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中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

F.シューベルト 歌曲集「冬の旅」


  メゾ・ソプラノ 駒ヶ嶺ゆかり
  19世紀ギター 宮下祥子


  5月23日(木) 東京オペラシティ近江楽堂




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京王線ではなく京王新線

 私の場合あまり東京に出ない。そもそもあまり外出しないので、東京でコンサートがある度に会場探しに手間取ってしまいます。

 今回も会場となっている東京オペラシティは、ネットの地図では 「京王線」 と書いてあったので、新宿駅の京王線のホームに行くと、東京オペラシティのある初台方面の4番線が見あたりません。

 駅員さんに聞くと、「4番線は京王新線なので、この3番線のホームをまっすぐゆくと4番線への連絡通路があります」 ということでした。

 この日は京王線で事故があったらしく、3番線のホームはたいへん混んでいて、とてもではないが先に進める状態ではありません。

 慣れている人は人を搔き分けて進めるのかも知れませんが、私にはちょっと無理なようでした。 一旦改札口を出て、あらためて京王新線の乗り場に行きました。

 その前にトイレ探しにも時間がかかってしまいました。 新宿駅にはあまりトイレがないのか、トイレの案内が出ていません。

 上野駅や東京駅だとすぐに見つかるのですが、新宿駅では皆忙しくてトイレなんて入る人は少ないのかも知れません。



ギターとの相性のよいホール

 そんな訳で時間には余裕を持って家を出たのですが、会場には開演の少し前に着きました。結果的に待ち時間が少なく済んだとも言えます。

 東京オペラシティの3階にある近江楽堂というのは教会風の100人くらいのホールで、 東京オペラシティの中のホールということからすると意外なほど小さなホールです。

 関係者の案内で席に着くと、しばらくしてコンサートは開演となりました。 「冬の旅」 の1曲目 「おやすみ」 のギターによる前奏が始まりました。

 ピアノではなく、ギターで有名なイントロが鳴り出すのは、ちょっと新鮮な感じでした。

 宮下さんの演奏は19世紀ギターによるものですが、低音がしっかりと鳴っています。 また通常のギターに比べるとスラー奏法がしっかりと聴こえ、スラーの入ったパッセージはとても自然に聴こえます。

 ギターの音はちょうどよい大きさで、美しく聴こえます。 このホールギターとはたいへん相性がいいなと思いました。



声楽家の声量

 歌が始まりました、よく知っているメロディです。 声楽家の方の声量は、私たちの声とは比べ物にならないほど大きいということは十分にわかってはいるのですが、 それでもはやり生で聴くとそのボリュームに驚きます。

  20代の頃有名なバリトン歌手のディトリッヒ・フィッシャー・デスカウを聴いた時も(この時も冬の旅)、2000人近く入るホールの後ろの方でも圧倒的に聴こえる声量に驚かされました。

 おそらくメゾ・ソプラノの駒ヶ峰さんは、今回は比較的小さなホールで、なお且つ伴奏がピアノではなく、ギターということでいつもよりは控えめに歌っているのではないかと思いますが、ギターの音に慣れた私の耳には、この3分の1くらいの音量で十分のように感じました。



私たちギター族は

 音量が大きいということは、弱音と強音の差が非常に大きいということになります。 こうしたことはなかなかCDではわからないことですが、生で聴くと美しい弱音と力強い強音との圧倒的な差に驚かされます。

 これは声楽だけでなく、ピアノの演奏や、オーケストラの演奏でも同じことで、クラシック音楽においてはこの程度のダイナミックスの変化は当然のことなのでしょう。

 むしろ私たち”ギター族” のほうが、ほとんど音量の差のない世界に住んでいて、クラシック音楽としては特殊なケースと言えるのかも知れません。

 ギター以外のクラシック音楽をやってる人がギターの演奏を聴いたら、その音量の小ささと、また強弱がほとんど変化しないことに驚くのかも知れません。

 

前半と後半が異なる

 この 「冬の旅」 は24曲からなる歌曲集ですが、前半の12曲と後半の12曲では作曲の時期がやや違い、内容も異なるようです。

 前半の12曲の中には、第1曲の「おやすみ」 や、「菩提樹」、 「あふれる涙」、 「春の夢」 などよく知っていてたいへんメロディの美しい曲が多いのですが、後半の12曲の方は、13曲目の「郵便馬車」 など一部の曲を除くと、メロディらしくないメロディ、歌らしくない歌が多くなります。

 後半では自分が死に近づくことを喜ぶと言ったような歌となってきて、最後の「辻音楽師」ではカラカラと心の中を冷たい風が通り抜けてゆくような歌となってゆきます。

 若い頃など、4畳半の一人きりの部屋で炬燵にもぐりながらこの曲を聴き、どうしようもないほどの孤独感に浸ったりしたものです。

  しかしこの日は気温もだいぶ上がり、小さ目のホールとは言え、大勢の人の中で聴くと、やはり絶望感のようなものは若い頃ほどには感じられませんでした。 

 ・・・・歳のせいで感受性が鈍くなったかな?



女声の「冬の旅」

 この「冬の旅」 は、もちろん本来は男声のために書かれたもので、バリトンとテノールの間くらいの音域なのだそうです。 

 駒ヶ嶺さんはメゾ・ソプラノと言うことでしたが、それにしてはかなり低い音域まで歌っていたようです。
 
 最近ではこうして「冬の旅」は女性でも歌うようになってきているようです。 通常はコントラルト(低いアルト)などの歌手が歌っていることが多いようで、メゾ・ソプラノとなると、比較的稀なケースではないかと思います。

 さらにギター伴奏となれば、いっそうレアな形の演奏と言えるでしょう。



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並ならぬ意欲がなければ

 声楽のことはあまりわかりませんが、おそらく 「冬の旅」 のような男声の曲をメゾ・ソプラノで歌うのはたいへん難しいことと思います。

 さらにピアノのために書かれた伴奏をギターで弾くということも決して簡単なことではないでしょう。

 こうしたコンサートは、お二人の並みならぬ意欲がなければ実現しなかったものと言えるでしょう。

 会場は満員で、おそらく入場出来なかった人も少なくなかったのではと思います。

 最後にアンコールとして「春の夢」を再演しました。 
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バッハ:無伴奏チェロ組曲 13


ブレー



比較的新しい舞曲

 こうした古典舞曲の多くは16世紀起源のものが多いのですが、ブレーに関しては現れたのが17世紀後半(フランス)くらいのようです。

 従ってバッハの時代(1700年前後)では比較的新しく流行した舞曲と言えます。

 比較的歴史が浅いためにメヌエットのようにいろいろな形のもはなく、2拍子系の速い舞曲ということで一致しています。 4分音符1個分のアウフタクト(上拍)を持つことも、ほぼ例外はないようです。





ガヴォットとはアウフタクトの拍数が違う


 2拍子系の速い舞曲といえば、この後に触れることになるガヴォットもあります。

 ガヴォットの場合、アウフタクトが2分音符1個分となりますが、そのこと以外はたいへんよく似ています。



ガヴォットはゴツゴツした感じがあるが、ブレーは流動感がある

 ガヴォットに比べるとブレーの方がやや速いテンポを取ることが多いですが、ガヴォットは1,3拍にはっきりしたアクセントがあり、ややゴツゴツした感じなのに対して、ブレーのほうは流動的な感じがあります。

 私たちが良く知る曲では、チェロ組曲第6番の「ガヴォット」と、リュート組曲ホ短調(第1番ともされる)のブレーを比較するとよくわかると思います。



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バッハのリュート組曲ホ短調(第1番)のブレー。 8分音符2個、つまり4分音符1個分のアウフタクトを持ち、低音部はほぼ4分音符となっている。 1,3拍目に若干アクセントが付くが、快速で、流動感のほうが特徴。




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バッハのチェロ組曲第6番のガヴォット(中村編)。 譜面を見ただけでも1,3拍目にアクセントがあるのがわかる。 4拍子というより2分の2拍子的な感じもする。 快速というより力強い感じで、若干ユーモラスな雰囲気もある。




ヴィゼーのガヴォットとブレーはよく似ている


 また、ロベルト・ド・ヴィゼーのニ短調組曲のブレーとガヴォットはたいへんよく似た曲です。 

 特に上声部に関しては、出だしの3個の音は全く同じになっていて、違いは8分音符か4分音符かということだけです。

 もちろんこの違いは大きく、このことによりブレーか、ガヴォットか決まる訳です。




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ロベルト・ド・ヴィゼーの組曲ニ短調のブレー。 アウフタクトは8分音符2個、つまり1拍分となっている。 これを4分音符2個に変えてしまうと、ガヴォットになってしまう。





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出だしのメロディは全くブレーと同じ。 でもこちらはガヴォットなので、4分音符2個となっている。 ブレーとの違いをさらにはっきりさせるためには、ブレーのほうをより速く弾くべきと思う。




以前にも書いたが

 以前、ナポレオン・コストがブレーの最初の8分音符を4分音符に変えてしまった話をしました。

 19世紀を代表するギタリストがなぜそんなことをしたのかわかりませんが、そうなるとこれはもうブレーではなく、ガヴォットになってしまいます。



イエペスやセゴヴィアも

 また、そのコスト編をイエペス(「禁じられた遊び」の中で)やセゴヴィアも演奏しているのも疑問です。

 少なくとも、この曲を「ブレー」として演奏するのであれば、当然のことながら、最初の二つの音(レ、ミ)は8分音符でなければなりません。

 またはやりテンポも変える必要もあり、ブレーの方をより速く弾きます。

 似ている分だけ、演奏に関して、その違いや特徴がはっきりするようにすべきでしょう。




ブレー? ブーレ?

 なお、フランス語でブレーは Bourre'e と綴りますが、カタカナ表記では「ブレー」、または「ブーレ」 と表記されます。

 フランス語がよくわからないので、フランス語的にはどのように発音するのかわかりませんが、発音記号からは 「ブレ」 と言った感じのようです。

 「ブ」 を伸ばすか、「レ」 を伸ばすかということですが、もしかしたらどちらもあまり伸ばさないのかもしれませんね。 

 以前は「ブーレ」と書かれることが多かったのですが、最近は「ブレー」という表記のほうが多いので、ここでもそのように表記しました。 

   ・・・・・・・どっちでもいいことかも知れませんが

バッハ:無伴奏チェロ組曲 12



メヌエット 2



速くなったり、遅くなったり

 メヌエットは、もともと速い舞曲でしたが、バロック時代のフランスの宮庭においては、ややゆっくりな、中庸なテンポの舞曲となりました。

 古典派時代には交響曲の中に取り入れられ、テンポも上がり軽快な舞曲となり、 さらに19世紀に入ってからは、実際に踊られることはなくなり、遅めのテンポをとることが多くなったようです。

 と言ったようにメヌエットは、時代により、あるいは作曲家により遅くなったり速くなったりしていて、テンポ的には、やや捉えどころない面もあります。




バロック時代では1拍目から始まる

 通常メヌエットは予備拍(アウフタクト)を持たず、1拍目から始まります。 少なくともバロック時代のメヌエットはすべて1拍目から始まっています。


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バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番のメヌエット(中村編)。 



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「アンナ・マグダレーナの音楽帳」 より有名なメヌエット。 バッハのメヌエットはすべて1拍目から始まる。 曲名表記はフランス語で、 「Menuet」 となっている



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ラモーのメヌエット(セゴヴィア編)。 やはり1拍目から始まる。 「Menuetto」 と表記されているが、もちろんラモーはフランス人なので、原曲では「Menuet」 と表記されていたはず。




古典派時代では交響曲などに含まれ、3拍目から始まる

 しかし、18世紀後半以降の古典派時代においては、ほとんどの場合1拍の予備拍を持つように、つまり3拍目からはじまるようになりました。

 ハイドンやモーツァルトのメヌエットはすべてそのようなものになっています。  古典派時代においても、メヌエットは人々に踊られていたようですが、踊り方などは変わっていったのでしょう。



またまた言葉の話だが

 また言葉の話になりますが、メヌエットはフランス語で Menuet、 イタリア語では Minuetto と表記されます。 バッハの場合は、こうした舞曲の場合、フランス語で表記することが多く、このチェロ組曲においても、また他の組曲などでもフランス語の Menuet で表記しています。

 ハイドンの場合は Menuet と Menuetto と両方使っており、初期の作品ではイタリア語の Minuetto も用いています。  モーツァルトやベートーヴェンはすべて Munuetto と表記しています。



Menuetto という綴りはどの国にもないが

 因みに、ドイツ語では Menuett で、英語では Minuet となるそうです。 従って Menuetto という綴りはどこの国の言葉にもなく、いろいろな国の言葉が混ざった綴りと言えます。

 単純に誰かが綴りを間違えてしまっただけなのかも知れませんが、少なくとも交響曲の中に含まれるメヌエットは、18世紀末以降は Menuetto と表記されるようになったようです。



勢いがある?

 モーツァルトなど語学堪能だったようですから、単純に間違えた訳でもないとも考えられます。  Menuetto という綴りはいろいろな国の綴りの中で、最も語気が強いように思います。 従って、交響曲においては、この綴りがもっともふさわしいと考えたのかもしれません。 ベートヴェンもその考えに同調したのでしょう。



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ハイドンの交響曲第96番「奇跡」のメヌエット。 3拍目から始まる。 Menuetto という綴りはどこの国にもないそうだが、いろいろな国の言葉がごっちゃになって、こう書かれるようになったのかも。 あるいは Minuet や Menuetto よりも Menuetto のほうが力強そうだからなのか。



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モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」のメヌエット。 ハイドンと同様。



ソルも使い分けている

 因みに、ソルの場合は作品11の「12のメヌエット」では Menuets と表記していますが、ソナタのほうでは Menuetto と表記しています。 おそらくベートーヴェンなどの表記を踏襲したものでしょう。


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ソルの「ソナタハ長調作品22」のメヌエット。 ソナタの中のメヌエットなのでハイドンやモーツァルトと同じようになっている。 因みに作品11の「12のメヌエット」のような単独のメヌエットは「Menuet」と表記され、1拍目から始まっている。




 前にも言いました通り、ソルの場合、「12のメヌエット」 と作品22、25のソナタのメヌエットは全く違うタイプのものになっています。そういった意味で表記も違うのかも知れません。
第50回クラシカル・ギター・コンクール

  5月3日 日本橋公会堂




今年は節目の第50回


 「最近のクラシカルはかなりレヴェルが上がっているから」と、知人の勧めで久々にクラシカル・ギター・コンクールを聴きに行きました。

 クラシカル・ギター・コンクールは今年で50回目と、ちょうど節目の年に当たるようです。 因みに当初は「新人賞選考会」で、第25回目から現在のクラシカル・ギター・コンクールに名前が変更されました。



創が出てから

 プログラムによれば、ついこの前のような気がする創の出場から23年経つようです。 もうそろそろ出場者が息子たちの世代から孫の世代になってきそうですね。



絶滅危惧種入り?

 今現在の10代から30代くらいの日本の人口は私たちの時代に比べて半数近くになっているのではと思います。 当然それだけクラシック・ギターをやる人の人口はすくなっているはずです。

 ギターを教えていると、20歳前後の生徒さんの数は私が20代の頃に比べて半減どころか、一桁少ないくらいの実感があります。

 クラシック・ギター愛好者など近いうちに絶滅危惧種になるのでは、といったような心配さえあります。



まだまだ真剣に取り組む若い人はいる

 確かにこのコンクールにエントリーする人の数は以前よりは少なくなっているかも知れませんが、出場者のレヴェルは、むしろ高くなっているように思えました。 予選からなかなか実力伯仲と言った感じです。

 クラシック・ギターに真剣に取り組む若い人たちがまだまだたくさんいて、ほっとした感じもしました。 



やはりバッハはゴマカシが利かない

 審査結果の発表は聴かずに帰ってしまいましたが、17:00から始まった本選会を聴いた感想を書いておきます。 課題曲はバッハのフーガ(パルティータBWV997より)でしたが、やはりコンクールでバッハは難しいですね。

 それでなくても出場者の皆さんは自由曲は堂々と自信を持って弾く感じなのですが、課題曲となるとかなり窮屈になってしまうようですね。

 その中でもやはりバッハは難しい。 ゴマカシは利かず、確かに本当の実力が問われるといったところでしょう。 
 




クラシカル・ギタ・コンクール本選会

課題曲   バッハ : フーガ ~リュートのためのパルティータBWV997より




大塚勇馬    自由曲  アセンシオ : 内なる思い

 バッハのフーガは美しく、また特に崩れもなく弾いていたのですが、音階風のパッセージをアルペジオのように各音の余韻を残して弾いているのがちょっと気になりました。

 カポタストを使って原曲のキーに近づける方法を取っていたことからも、当時のリュートの演奏法に従ってと言うことなのでしょう。

 確かに響は美しいのですが、しかしフーガとしての形が若干ぼやけてしまうのも確かです。 フーガという線的な構造の音楽が不明瞭になってしまったとも言えるかも知れません。

 アセンシオの曲はたいへん素晴らしかったと思います。 こうした印象派風の ” 響きの音楽” が得意な人なんだろうと思いました。 和音や、4度のユニゾンなどたいへんきれいでした。 また、音色やダイナミックの変化もありとても楽しめました。





赤井俊亮   自由曲  タンスマン : カヴァティーナ組曲

 この人のバッハは明瞭で、力強く、また前の出場者と違い余計な響きもなくフーガの構成がよくわかるように弾いていました。 

 不必要な弱音もなく、クリヤーに音を発音し、正攻法で、好感の持てるバッハでした。

 カヴァティーナ組曲の方は、さらに力演でしたが、若干気合が入り過ぎてしまったところもあり、もう少しコントロールも必要だったかなとも思います。

 いずれにしても高い技術を身に付けた人だと思いました(体に動きが大きいのがちょっと気になりましたが、それは審査の対象外でしょう)。





田中春彦   自由曲  テデスコ : セゴヴィアの名によるトナディーリャ、 世紀を渡る変奏曲

 バッハでは2音を弾く時、若干タイミングをずらして弾くクセがあるようで、その結果音に凹凸が出来、やはり構成が不明瞭に感じてしまいました。

 最後に弦を間違えてド#を鳴らしてしまったので、結果的にピカデリ終止になってしまったのは、愛嬌かな? でも全く動じた様子を見せないのはさすが!

 テデスコでは巨匠を思わせるような厚みのある音で、やはり自由曲となると聴きごたえがあるなと思いました。 確かにテデスコに相応しい音です。

 しかし「世紀を渡る変奏曲」の最後(フォックス・トロットとなっている)はもう少し軽快な音楽なのかなとも思いました。 テンポも速く弾いているのですが、やはり音質が重いのかな・・・・

 たいへんよい音質を持った人なので、多彩な音が出せるようになったら、鬼に金棒といったところでしょう(言葉が古い?)
 



藤原盛企   自由曲  ヒナステラ : ソナタ

 バッハはかなり速いテンポで始まりました。若干記憶の混乱などもあり、中間部の16分音符が続くところなど大丈夫かなと思ったのですが、そのテンポで中間部の16分音符を弾ききってしまいました。 かなりのテクニックを持った人のようです。

 自由曲では難曲といわれるヒナステラのソナタですが、最近のコンクールでは ”ソナタ勝負” になっているのでしょうか。

 技術的には問題なく弾いていましたが、 この曲の中には様々な奏法が出てくるので、確かにさらにもう少し響きや、音色の変化、あるは意外性などがあればと思いました。

 さらに一つ一つの音の充実度も高めて行ければとも思いますが、この世代に人だったら1年、2年で大きく変わってゆくのでしょう。




山口莉奈   自由曲   テデスコ : ソナタニ長調より第1.2.4楽章

 予選出場者27名中、唯一の女性です。 バッハはしっかりした音で、なお且つ美しい。 各音の余韻は残すところは残す、残さないところは残さないとはっきりしています。

 かつてデビット・ラッセルのバッハは間近で聴いたことがあります。 ラッセルの演奏を間近で聴いた時、必要な音は確実に残して、不必要な音は絶対に残さないと、その鬼のような徹底ぶりに驚かされました。 そんなラッセルの演奏を思い出しました。

 音もクリヤーで美しく、とても自然にバッハのフーガが耳に届いてくる、そんな演奏でした。

 こうした演奏を聴くと、 「バッハのフーガってこんな感じでしょ」 と、ごく当たり前に聴いてしまうところですが、そう聴こえるためには本当にいろいろなことが必要になるのですね。

 もちろんバッハは印象派風でも、ロマン派風でもいけないんですね。

 テデスコのソナタは途中でチューニングを変える必要があります。 そうするとどうしも演奏中にチューニングが狂ってしまうことがよくあるわけです。

 しかしこの人にはそうしたチューニングの不安定さのようなものは全く感じられませんでした。 物理法則と言うものは、ステージにおいて、演奏者の実力には関係なく、平等に働くはずなのですが。

 この人の音は音量あり、なお且つふくよかで美しいものですが、さらに多彩な音色も使い分けられるようです。そうしたことはテデスコのソナタでは十分に生かされていました。

 また、和音も美しいく、低高音のバランスがとてもよく合っていたのも印象的でした。
 




飯田敏史   自由曲   コスト : 劇的幻想曲作品31    リベラ : 舞踏の旋回

 どうしても前の演奏者と比較してしまいますが、 やはり音の線が細く、不明瞭(チューニングもちょっと不鮮明)。 音が不明瞭と言うだけでなく、音楽自体も不明瞭と言った感じに聴こえてしまいました。 

 順番が悪かったかな? いやそういった問題ではないと思うが。  でも正解を知った後のクイズみたいになってしまったような・・・・

 しかし自由曲のほうはのびのびと弾いていて、コストの幻想曲はすばらしかったです。 





 で、 誰が優勝したかって?    私も知らないんです、別のサイトで見て下さい
 
 


バッハ:無伴奏チェロ組曲 11


メヌエット



改元の話題で

 このところ、テレビやネットでは改元の話題でいっぱいですね。 ところで、元号って、日本だけのものなのかな? かつての中国には当然あったはずですが、今現在はないみたいですね。 

 かつては中国や日本だけでなく東アジアの諸国にはそれぞれ別個に元号があったのではないかと思いますが、今現在も続けている国はあまり聴きませんね(ネットで調べればすぐわかる?)。



明治生まれみたいなもの?

 ともかく私たち昭和生まれは ”ふた時代” 前の人間になってしまったのは間違いありません。 子供のころ、明治生まれなどと聴くと、相当昔の人みたいな印象でしたが、 私たちもそんな風な印象になるのでしょうね。



果てしない難題

 それにしても、前天皇陛下(上皇さまとも言うようですが)は、即位してからも、また即位する以前からも 「日本国、および日本国民の象徴」 とはなんであるか、ということをずっと問い続けてきたと述べられています。

 日本国憲法の 「天皇は日本国の象徴にして・・・・」 などという文章は国語的にも、また法律的にも極めて解釈の難しい、文字通り 抽象的で難解なものですが、それを身をもって形に表すなどいうことは、果てしない難題だと思います。



悲しみを分かち合う

 そうした難題に真摯に取り組んでこられた陛下の姿勢には本当に頭の下がるものですが、 その一つの答えというのが、最近何度も耳にする 「常に国民に寄り添い、悲しみも喜びも分かち合う」  という言葉に表れているようです。

 おそらく陛下にとってはその言葉の中でも特に「悲しい時」ということの意識が強かったのではと思います。 震災の時など、およそ一国の元首とは思えない服装で、前皇后さまと共に避難所の床に直接膝をつき、避難者と話をしておられた姿は多くの人目に焼き付きました。

 いずれにしても前天皇陛下がその生きざまを通して出した答えは、ただの言葉の連なりに過ぎない憲法の条文に、豊かなふくらみ、しかもたいへん人間的なふくらみを付加したと思えます・・・・・・・




本題に入りましょう。




メヌエットは皆さん知っていると思いますが

 メヌエットという言葉はあまりクラシック音楽に興味がない人でも聴いたことがあるのではないかと思います。

 私もクラシック音楽などほとんど聴いていなかった中学生くらいの頃でも知っていて、 これらの古典舞曲としては一般的に最も知られたものと言えます。

 メヌエットは元々は小さい(ミニ)という意味から来たフランス庶民の踊りだったようですが、宮廷舞曲としての起源はやはり17世紀のルイ14世にたどりつくようです (ほとんどのこうした舞曲は同じですが)。



他の舞曲は表舞台から消え去ったが

 アルマンドやクーラントなど、ほとんどのこうした宮廷舞曲は古典派時代以降(18世紀半ば以降)、表舞台から消えていったのですが、メヌエットは古典派時代以降でも交響曲やソナタの中に取り入れられ、19世紀以降においても作曲されて行きます。

 つまりメヌエットはバロック時代から古典派、ロマン派、さらに20世紀の音楽家によっても作曲され、その結果、今現在も広く一般にも知らている訳です。

 音楽家で言えば、バロック時代のバッハ、ヘンデルからハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、さらにビゼーやドビュッシーも作曲しています。

 ギタ―の方ではソルやタレガ、バリオスなどの曲が知られています。



一番有名なメヌエットって?

 ところで、一番有名なメヌエットって、どれでしょう? 皆さんはメヌエットと言うと、どのメヌエットを一番先に思いつきますか? あるいはどのメヌエットが最も好きですか?

 私の場合最初に知ったメヌエットは、モーツァルトの 「ピアノ・ソナタイ長調K331 ~トルコ行進曲付き」 のメヌエットだっと思います。
 
 ギター曲としてはソルの 「メヌエットイ長調Op.11-6」 だったかなと思います。

 他に一般に知られているメヌエットとしては、バッハのアンナ・マグダレーナのためのメヌエットでしょうか、ト長調とト短調の。 曲名は知らなくても聴いたことがある人は多いのではと思います。

 モーツァルトの「アイネ・クライネ」のメヌエット、ベートヴェンの 「ト長調のメヌエット」 、フルートの名曲としても名高いビゼーの 「アルルの女」 からのメヌエットなども人気があります。



結局、遅いのか、速いのか、よくわからない

 このように有名なメヌエットがたくさんあって、なお且つそれらの曲のイメージは全然異なってるので、一言でメヌエットってどんな曲? ということに答えるのはたいへん難しいです。

 テンポも、古典派後期のようにたいへん速いものもあれば、前述のビゼーのメヌエットのようにゆっくりしたものもあります。



ソルに至っては

 ソルに至っては、非常に速いメヌエット(ソナタハ長調のメヌエット)から、かなり遅いメヌエット(「12のメヌエット」など)。

 さらにメヌエットはその語源からしても軽い感じの曲 (可愛い感じといってもよいが) のはずなのですが、”アンダンテ・マエストーソ” 、つまりゆっくり、堂々と、というように全く正反対の性格付けがなされています。

 おそらくソルにとっては、メヌエットは 「3拍子の小品」 といったような意味しかなかったではとも思えます。



最初は速かったようだが


 しかしバロック時代について言えば、実際に宮廷で踊られていて、したがってテンポなどもほぼ決まっていました。 たいへんよく踊られた曲だそうですが、踊りとしてはなかなか難しいものだったそうです。

 前述の「トン・コープマンの音楽講義」 によれば、メヌエットは17世紀頃には 「かなり速い舞曲」 とされ、18世紀に入ると「速いものと、遅いものがある」 というよな説明に変わってきているようです。