中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

落ちる話 8




地球はどうなる? 50億年後太陽に飲み込まれると言われているが

  「では、非常に幸運が重なり、また人類が予想以上に賢かったと考えて、何億年でも生存し続けた場合、私たちの住む地球に寿命があるのかどうか考えてみよう。

 地球自体の寿命はないが、太陽はこの先50億年くらいすると、現在核融合の燃料としている水素を使い果たし、その代わりにヘリウムを燃料とするようになる。そうすると太陽の温度が上がり、その結果太陽が現在の地球の軌道くらいまで膨張すると言われている。つまりその頃には地球は太陽に飲み込まれて、跡形もなく蒸発してしまうということになる」



 「間違いなく、それで 『一巻の終わり』 ちゅうことすね」





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赤色巨星   太陽は約50億年後、赤色巨星となり、地球を飲み込むと言われている(最近では異説も)。 地球に最も近い赤色巨星はオリオン座のベテルギウスで、いつ超新星爆発をしてもおかしくない常態だそうだ。 超新星爆発をすると月くらいの明るさになり、昼間でも見えるようになるそうだ。 私たちが生きている間にそれが見られる可能性は十分にあるそうだが、地球環境への悪影響も考えられる。





 「と、まあ。ちょっと前まではこんな風に言われていたのだが、最近では若干ニュアンスが変わってきて、太陽が膨張する際に何度も爆発をくりかえして、その質量のかなりの割合を放出することになる。その結果太陽の引力が弱くなって、地球の軌道が大きくなる、つまり太陽から離れてゆくことになる。 その結果太陽が膨張したとしても、地球は飲み込まれないという説が有力らしい」



 「ギレギレ、セーフもあるっちゅうことすか?」




毎日、毎日、焼かれて

 「とはいっても、太陽が小刻みに爆発するということは、地球にとってはあまりありがたくないことだ。 大爆発ではなかったとしても、その影響は大きく、それだけでも地球上に生物は住めないかも知れない。

 また飲み込まれないとしても、鼻の先にやたら大きい太陽があって、見上げた空のほとんどが太陽ということだから、相当熱いのはまちがいない。 どう転んでも地球上に生物は住めそうもないね。

 飲み込まれる場合でも、膨張した太陽の表面温度はだいぶ下がり、瞬時に地球が蒸発するような温度ではなく、また基本的に太陽は気体だから、飲み込まれても、衝突して粉々になるわけではない。 

 太陽に吸収された地球は、しばらくは球体を維持し、太陽の表面付近を浮きつ、沈みつつ、ぐるぐると公転するという話もある。 なんか、地獄に落ちた亡者が血の池地獄で浮いたり、沈んだりみたいだね」




 「ていうか、「およげたいやきくん」 みたいすね。 『まあいにち~まあいにち~てっぱんのお~ 上で焼かれえてえ~』 なんて感じの」。



海が消える?

 「しかし、その地球が太陽に飲み込まれる前、今後10億年か、20億年後くらいすると、地表の水、つまり海が消え去ると言われている。 要因としては、今後太陽の温度は上昇してゆき、その熱で地表の水分が蒸発してしまうということがかんがえられるが、それ以外に、地球内部、つまりコアの温度が下がり、マントル対流で地球の内部に運ばれた海水が地表に戻されなくなるともいわれている。

 マントル対流、つまりプレート・テクトニスが地球にあるのは、地球内部に熱が蓄えられているからなのだが、この熱は当初は地球が出来た頃の微惑星の衝突の熱で、それを地球内部に取り込まれた放射性物質の核分裂によるエネルギーで維持している。




火山の噴火は地球内部に入り込んだ海水を地表に戻す役割をしている

 しかしこれらの放射性物質は新たに補充されることはなく、次第に半減期を過ぎ、10億年以上するとあまり熱を発しなくなる。 地球内部がある程度冷えてくると、マントル対流で地下深くに引きずり込まれた海水などがマグマなどとして地表に戻されることがなくなる訳だ。 火山の噴火は、実は地球内部に取り込まれた水を地表に戻す、とても大事な役割をしているんだ」

 



他の星に移住は可能?

 「そうなったら、他の星に移住すればいいんじゃねえですかねえ」



 「この太陽系で、地球と最も環境が近いのが火星で、火星に移住することを真面目に研究している人もいるみたいだね。 確かに火星では、シェルターの中で生活するくらいのことは出来そうだけど、地球上のように生身の体でそとを歩き回るのは今現在では不可能だ。 そうなると火星に住んで、地球と同程度に生産活動をするのは非常に難しいだろうね。

 火星に大気を作ればいいんだけど、引力が地球の10分の1くらなので、大気を作ったとしても、その大気を捕まえておくのが難しい。 火星が地球のようになれなかった理由のしては、質量が足りなかったもある。 太陽系の他の惑星に住むのは、まず無理だろうね」




太陽系以外の惑星は

 「最近では、太陽系以外の惑星も次々と発見されているらしいすけど」

「本当によく知っているね。 そういったものを系外惑星っていうんだけど、そうした中には地球とたいへんよく似た惑星もあるらしい。 いざとなったら、そうした地球によく似た系外惑星に移住すればいいんだけど、最も近くの系外惑星でも光速で飛んで数年以上かかる。

 また、人間を載せた宇宙船のように、ある程度質量のあるものを光速近くまで加速するためには、非常に大きなエネルギーを必要とする。 系外惑星に旅行することは、今現在では全く不可能なことだけれど、この先1億年以上科学技術が発達すれば、そうしたことも可能になるのかもしれないね。

 SFのように旅行中、人間の生命活動を停止させておいて、目的地についたら電子レンジで解凍するように生命活働を再開させる、なんてこともあるかもしれないね、それだったら、何百年、あるいは何千年でも旅行出来るってわけだ」



 「人間の冷凍保存ってとこすね、なんだかマグロって感じすね。 でも、もしそれで、また地球に戻ったりすると、ホントに浦島太郎状態すね。 『帰ってみれば、こはいかに、もといた家も、村もなくう』 なんて。 最近までこの歌、 『竜宮城から帰ったら、恐ろしいカニがいた』 っていう歌だと思ったんすが、違うみたいすね」







下りもの


 「私も子供の頃そう思っていたね。  ・・・・・・ところで、八つぁん、もう腹減ったろ、だいぶ長く話、聴いてもらったからね。  上方から取り寄せた羊羹があるんだ。 滅多には口に入らないものだから、食べてゆきな、宇治の銘茶も付けとくよ」


 「そうこなくっちゃ、だから大家さん、大好きなんすよ!」




京の老舗、虎屋の羊羹

 「そりゃまた嬉しいね。 私の話ちゃんと聞いてくれるの、八つぁんくらいだからね。 これは京でも老舗中の老舗、「とらや」 の羊羹なんだ。 とらやさんは関ケ原以前からのお店らしい。 普通だったらお大名か、大店の旦那衆しか食べられないものだよ。 上方の親戚に頼んでやっと手に入ったもので、私もたべるの初めてなんだよ」




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室町時代創業の老舗、虎屋の練羊羹。 パッケージは江戸時代からのデザインらしい。 江戸時代には特にこの練羊羹は超高級菓子として上流階級の贈答用に使われたらしい。 現在でも1本で2~3千円くらいするようだ。




 「なんか、黒光りして凄そう・・・・・・  ウン?  甘い!  こんな甘いの、始めてっす。 やっぱし下りものは違うね、その辺の芋羊羹とは、まるで比べもんになんねえ。  ・・・・ウウン、お茶もうめえ」



 「これ少しだけど、カミさんにも持って行ってやんな、カミさんも、きっと好きだろ、こういうの」



 「大家さん、気ィ使わせちまって、ホントありがてえ。 ウチのやつ、涙ながして喜びそう」




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 とらやの練羊羹は、江戸の庶民の口にはなかなか入らなかったようで、当時の江戸庶民は、同じ羊羹でも、芋羊羹、蒸し羊羹、水羊羹などを食べていたようだ。  因みに、室町時代では、砂糖は中国からの輸入のみで、非常に高価なものだった。 江戸末期には輸入ものに加えて、国内生産も多くなり、比較的手に入りやすくなった。 料理やお菓子などに普通に使われるようになったのもこの頃かららしい。





オチるの? オチないの?

 ・・・・・・まさに大家と店子は親と子も同然といったところでございます。 二人仲良く、室町時代からの老舗、虎屋の羊羹をほうばっております。 それでは今日の話は、これでおしまいとしましょう。


 ・・・・・・・え、なんですって?  オチはないんかいって?   オチ・ですか?  オチ?  なるほど。  えー、 そのう、 本日は、そういったものは、特にご用意してはございませんが。


 ・・・・・・『落ちる話』 ってタイトルに書いてあるじゃないかって?  それに、オチのない落語なんて、フーガを書かないバッハと同じ?  なんか、また、すごい例えだねえ。  


 まあ、いろいろご不満もあるとは存じますが、 いえ、いえ、決してお客さんのことクレーマーだなんて、そんなつもりは!  でも、 この地球、 やはり、 何も 『 オ・チ・な・い 』 のが何よりでございます。


 お後がよろしいようで。 



 テケテンテン テンテテッ  ドドン
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ドゥエンデ・デル・フラメンコ ~フラメンコの妖しい魅力   詩人フェデリコ・ガリシア・ロルカに捧ぐ

   6月18日(日) 水戸芸術館ACM劇場




 今日、水戸芸術館ACM劇場で行われた、上記のフラメンコの公演に行ってきました。 その第1部として荘村清志さんのギター独奏があり、曲目は次の通りです。



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魔笛の主題による変奏曲(ソル)
スペイン舞曲第5番(グラナドス)
バーデン・ジャズ組曲(イルマル)
入り江のざわめき(アルベニス)
アルハンブラの想い出(タレガ)
アストゥーリアス(アルベニス)
 *アンコール:禁じられた遊び




 水戸芸術館は、ATMホールの方にはよくゆくのですが、このACM劇場の方に入るのはあまりなく、久々です。 円筒形をした劇場で、平間の他、その筒状の壁面に沿って3階席まであります。 600席以上はあるようですが、どの観客からもステージは、かなり近く感じられます。


 荘村さんの演奏はアンプを通してのものですが、荘村さんが長年レパートリーとして来られたものです。 十分に弾きこなれたもので、随所に即興的な部分も加えられていました。 なお、入り江のざわめきは小松原庸子さんのカスタネット、 アストゥーリアスは男性のフラメンコ・ダンサーによる舞踏が添えられました。




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 第2部は 小松原庸子スペイン舞踏団によるフラメンコで、 スペインを代表する詩人のフェデリコ・ガルシア・ロルカの詩を基に、以下の8つのタイトルの朗読と踊りが演じられました。



プローグ
シギリージャのパソと舞い
カフェ・カンテ
カスタネット
不貞なる人妻
アントニート・エル・カンポリオの死
ギター
三つの河のバラード



 詩の朗読は舘形比呂一さん(おそらく俳優さん?)と言う方が非常に美しく通る声で行っていました。 言葉はよく聴き取れますが、ただ詩の内容がややシュールなところもあり、よくわからない部分も多少ありました(文学的センスの欠如?)。

 でも、本格的なフラメンコを見たり、聴いたりすることは意外と少ないので、新鮮な気持ちで聴けました。  スペイン南部を流れるグァダルキビル河が一つのテーマのようで、小松原さんがその河を演じていました(衣装に写真のような長い裾を付けて)。

 踊りはもちろん、ギターやカスタネット、ダンサーの足踏みに至るまで、たいへんきびきびとして、キレのあるリズムでした。 フラメンコ・ギターは高橋紀博さんというギタリストがカーテンの影で演奏していましたが、ギターだけでもなかなか聴きごたえのあるものでした。
落ちる話 7




1億年は?

 「話が脱線してしまったが、話を戻すと、人類があと10万年生存する確率を0,9とすると、100万年まで生存する確率は0.3486・・・・。 1000万年では0.00002758・・・・ということだったね。 では1億年というのも計算してみよう。 0.00002758・・・・だと面倒だから、ここは大盤振る舞いということで、ひとケタあげて 0.0001、つまり1万分の1としておこう、凄いだろ、ほぼ4倍だ、 どんな安売りだって、こんなにオマケしてくれることはない」
 


 「あんまり得した気にはなれねえけど」



 「1億年の生存確率は 0.0001の10乗で、言い換えると10のマイナス4乗の10乗 = 10のマイナス40乗となる」



 「それなんすか? 10のマイナス40ナントカって?」



 「0.00000・・・・と小数点以下の0が40個あるということだ」



 「なんだか、もう、大きいんだか、小せえんだか、さっぱり見当がつかねえ」




京、垓、抒、溝、潤 ・・・・・・・・・無量大数

 「そうだね、この数字がどれだけ小さいかということは、なかなか実感しにくいね、逆に大きい方で言えば、1億は10の8乗、1兆は10の12乗、 1京は10の16乗、 1垓は10の20乗、 さらに抒、溝、澗となって10の40乗は「正」というらしいが、これじゃ余計にわかりにくいね。

 ついでに最も大きい漢数字は『無量大数』で、10の68乗ということだが、これは具体的な数字じゃなくて、これ以上大きな数はないと言った意味らしい。





プランクの長さ


 さらに、別の言い方をすると、“もの”の小ささには限度があって、物理学的には最小の大きさというのがある。 プランクの長さっていうんだが、それがだいたい10のマイナス35乗メートルとなっている。この10の40乗というのはそれよりも小さい数字ということになるね」




 「余計わかなくなっちまったけど、要するに“ゼロ”ちゅうことがねえんすか? そんな風にゴチャゴチャいわねえで、ゼロっていってもらったほうがさっぱりすらあな、江戸っ子でえ、宵越しの金はもたねえ!」




幸運な場合で数百万年

 「江戸っ子じゃなくても確かにほとんど可能性ゼロで、1億年は絶対に無理となるかな。 結論としてこの仮定(10万年生存する確率が0.9)では、とても運がよかったとしても、私たち人類の寿命は、せいぜい数百万年くらいといったところかな」



 「そうっすね、あんまり歴史が長いと続くと、試験がたいへんなことになっちまう。 第一、『西暦395876431年』なんてなると、まず覚えられなくなるし、語呂合わせだって簡単じゃなくなる。 まあ、そんなところでいいでしょ」




これは他種との生存競争がある場合

 「八つあんに納得してもらったところで、何なんだが、この計算の大前提が「生物の一つの種の平均寿命は30~40万年」ということだったのだが、この数字というのは、あくまで他の種との生存競争がある状況での数字と言える。 

 今現在では、私たち現生人類には生存競争する相手はいない。 かつてはヒト属にはたくさんの“種”があって、同じ時期に複数の人類がいた。 しかし今現在は私たち以外のヒト属は絶滅してしまい、私たちホモ・サピエンス・サピエンスだけになっている。




今現在は私たちに取って代わる種は存在しない

 種が絶滅する場合は、多くの場合、他の同属異種によって置き換えられることが多い。今現在は私たちに取って代わるヒト属は存在していないので、私たちの人類が他のヒト属にとって代わる可能性はない。また映画のように人類が他の霊長類などに取って代わることもあり得ないだろうし、他の動物についても同じだろう。 

 このような状況下では30万年~40万年という、一般的な生物の平均の生存期間はあまり意味を持たないだろうね。 例えば、カンガルーなどの有袋類はユーラシア大陸やアメリカ大陸では絶滅してしまったが、オーストラリアでは生き残っている。 これは数千万年前にオーストリア大陸が他の大陸と離れて、他の哺乳類との生存争いが起きなかったからだ。





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アウストラロピテクス(400万年=200万年前)




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ホモ・ハピリス(240万年~140万年前)




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ホモ・エレクトス(150万年~100万年前)




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ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人 25万年~3万年前) 私たち現生人類とほぼ同時代を生きてきたが、3万年前に絶滅した。 わずかだが、現生人類もネアンデルタール人のDNAを引き継いでいると言われる。 少なくとも3万年前まではこの地球上に複数の人類が生存していた。





永遠に不滅?

 そうした淘汰圧がかからない場合では数千万年くらいでも、その形をあまり変えることなく生存することもあると言うことだね。 とすれば、人類はかつての巨人軍じゃないけど 『永遠に不滅』 なんてこともあるのかも」




 「でも、最近の巨人は13連敗とか、あんまりそんな感じじゃねえけど」





 「そうだね、永遠に不滅なんてことはないかもしれないけど、人類は地球環境を変える力を持っている。 今後はその力は、よりいっそう大きくなるだろうね。 他の種との生存争いだけじゃなく、地球環境の悪化とか、未知の病気とか、そういったものも乗り切れる可能性がある。 しかしその一方、人間自身が地球環境を壊滅的な状況にしてしまう可能性もある。つまり自滅の可能性もあるということだね」





日頃の心がけが良ければ


 「一番怖いのはトラやライオンとか巨大隕石じゃなくて、人間自身ということすね。 この地球を大事に、大事に使って行けば、もっと、もっと長く生存出来ることもあるっちゅうことすね。 何事も日頃の行いが大事だ」




 「そういうことになるかな。 人類が思ったよりも賢ければ、計算のもとになる数字を10万年が0.9じゃなくて、100万年が0.9、あるいは1000万年が0・9とかといった数字に取ることも出来る。 そうなれば、人類が1億年生存する確率もかなり現実的な数字となるね」
落ちる話 6



寺社方の吟味物取り調べ役が瓦版屋うぃ集め

 「“おかみ” といえば、ちょいとばかし小耳に挟んだ話だが、この前、寺社方の前の吟味物調役の、後川様というえらいお役人様が、江戸中のかわら版屋を呼び集め、在任中にご老中の長門の守様から、ご老中が懇意にしているお坊さんのために寺を一つ建立するから、早急に許可を出せ、と強く迫られたことをお話なされた。




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 ご老中より強く迫られたといっても、ご老中から直々に言葉があったのではなく、何人かの側近のお役人から、 『ご老中のご意向である』 と言われたらしい。 

 後川様は、『新たに寺を建立するに当たっては、これまでのしきたりにより、十分に吟味し、寺を建立する正当性、必要性があると認められなければなりませね。 特に今現在は寺社が過剰気味で、新たに寺を建立するとなると、檀家の奪い合いにもなりかね候』と側近を通じて申し上げたそうなのだが、結局、後川さまは役職を罷免となり、寺は建立することになったらしい。 





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町奉行所    寺社奉行には大名が就任するが、奉行所はその大名の屋敷に置かれるために、「寺社奉行所」 という建物は存在しない





幕閣では

 そうした一連のことを後川さまは、長門の守さまの側近から渡された書付などの証拠を示しながら、かわら版屋たちに詳しく説明した。このことはそのかわら版を通じて江戸中の大名や旗本、御家人のお武家様から、私たち町人に至るまで皆知っているが、ご老中を中心とした幕閣は、そのようなことは知らぬ、存ぜぬ、で通している。

 若年寄の出羽の守さまは、その書付について、 『そんなもの怪文書のようなものだ』 といっこうに取り合わなかったのだが、最近になって寺社奉行所の現役のお役人たちも、その書付は本物だと言い出すようになり、しぶしぶ 『その件については、寺社奉行のほうで、よろしく取り計らう』 と、ちょっと言葉が変わってきた」




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江戸城本丸(家光の時代)の再現画像




飛ぶ鳥を落とす勢いのご老中長門の守

 「へえー、 ご老中の長門の守様と言えば、いま飛ぶ鳥を落とす勢いのご老中じゃねえですか。 そんなお人にたてついて大丈夫なんですか、『ええい、幕府に逆らう不届き者!』 なんて感じで切腹とかにならねえんですか。 その、前・・・・ じゃねえ、後川様っていう人。 それにその寺社方の『吟味ナントカ』ちゅうの、それなんすか? あまり聴いたことがねえんすが」




寺社奉行所の実質のトップ

 「『吟味物調役』というのは、寺社奉行所では、奉行の次の地位の役職だ。 寺社奉行には基本的に、お大名がなるが、もちろんお殿様だし、それにそんなに長くはやらない。 ただの“腰掛”と考えている人もいるようだ。 当然仕事の方はそんなに詳しくはない。

 一方この吟味物調役のほうは専門職みたいな感じで、長く務めることが多い。寺社方の仕事についても詳しく、奉行所はこのお役人が仕切っているとも言える。 形の上ではナンバー2だが、実質上の寺社奉行所のトップということだね。

 後川様も、当然今度のことは、ただではすまないとは思っているだろうね。 でも、これだけ話が広まってしまうと、長門の守さまとしてもどうにもならないようだ。 後川さまは、なにかご法度に触れることをしたわけでもないので、ご老中としても切腹を言い渡すことは出来ないようだね」





だんまりを決め込んでいれば


 「でも、その後川様、大人しくだんまりを決め込んでいれば、そう言う大役に就いた人だから、優雅な老後を過ごすことが出来たんじゃねえすかね、天下りとか、なんだかんだとか。 ご自分が隠居なさったとしても、ご子息たちは間違いなくえらい仕事に就くことが出来たろうし、それこそ、お家は末代までご安泰って感じで。 あらいざらい言っちまったことで、棒に振っちまったんじゃねえですかね、そういった“おいしい”ことを」




 「確かにね。 でも、そうしたことを全部捨ててまで今度のことを公にしたということは、よほど腹にすえかねていたことがあったのだろうね。 本当にご政道の危機を感じていたのかも知れない、このままではご政道が長門の守さまに私物化されてしまうのではと」




相模の守さまがご老中だった頃は

 「後川様はこんなことも言っていた。 強引さで知られていた前のご老中、相模の守様にはよく反対意見を申し上げて、その場では言い合いになったりもしたが、最後には「頑張りなさい」と励まされ、私たち目下のものの考えも真剣に聴いてくれた。 なおかつ、そうしたことでなにかお咎めを受けることもなかったと、懐かしそうに言っていた」




 「相模の守さまは、やっぱし人格があったちゅうことですかね。 それに比べると長門の守さまは、ちょっと品がねえちゅうんか」





誰が聴いているかわからない

 「やめとくれ、そんなこと大きな声で言うと誰が聴いているかわからないよ、この狭い長屋じゃ、しゃべっていることはみんな筒抜けだからね、自身番にでも告げ口されたらどうするんだね。

 それにしても『知らぬ、存ぜぬ』を通しているお役人様方の目は死んでいるね、みんな下を向て、簡単なことでも書付をみながら話している。 『これは拙者の本心にはあらず、ただ上の命で言っているのみ』 ということなのかもしれないね」





懇意の者には手厚く

 「でも、なんで長門の守さまは強引に知り合いの坊さんのために寺なんか建ててやるんすか、前にもご正室の知りあいの学者が寺子屋を立てるちゅうんで、幕府の土地をただ同然で払い下げたなんて話もありましたね」




 「そうだね、長門の守さまはご老中になられてから長いこともあるが、そうしたことが目立つね。私たちには長門の守さまが、なぜそんなことをするのかよくわからないが、長門の守さまはそんなことをしながら、自分の力が大きいことを示そうとしているのかも知れないね。

 そうして便宜を図っている人たちは、長門の守さまとお考えを一つにしている人たちのようだ。 つまり自分の考えに同調する人には手厚く便宜をはかり、逆に意見を異にする人たちには厳しくあたる、というのが長門の守さまの流儀らしい」





おぼっちゃま老中

 「身内には優しく、よそ者には厳しく。 自分には甘く、他人にはきびしい。 やっぱし“おぼっちゃま”なんすね、それもかなり過保護な。 長門の守さまは、なんつっても代々、父方も母方もお大名の家で、老中を何人も出している家柄だから、そんなことあたり前か」



「八つぁんや、言葉には気を付けとくれ! 連座制っていうのもあるんだからね!」
落ちる話 5




10万年は”だいたい”大丈夫とすると

 「この10万年というのは適当言った数字で、ほとんど根拠のあるものではないが、仮に、仮にだね、人類はあと10万年 “だいたい” 生存出来ると仮定すると、最大で人類はどれくらい生存できる可能性があるかを考えてみよう。 逆に言えば、どんなに幸運だったとしても “それ以上生存し続けるのは絶対無理” という年数もあるだろう。

 計算するためには、当然 “数字” を使わなければならない。 この『だいたい』ということを数字に置き換えると『9割』ということになるかな、そんなもんでどうかね、八つぁん?」



 「どうかね? って言われても」




降水確率10パーセントの場合

 「天気予報で 『明日の降水確率10%』 ってのは9割は雨降らないと言いうことだね。 9割雨降らないという時は、たいていの人は 『明日は雨が降らないんだな』 って考えるよね。 八つぁんもそんな日には傘もってゆかないだろ?」




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 「うちのカミさんに、 『お前さん、いつも傘忘れてくるんだから、多少の雨くらいでは傘持ってゆかないで』っていつも言われてるんすよ、40パーでも持たせてもらえねえかな。 10パーなんて、もう、問題外の外すよね」




「もし、それでも雨が降ったとしたら、皆、天気予報が外れたと思うよね」




「そりゃそうすね、そんな時には、『あの太眉毛、また予報外したな』 と文句いってやりたくなりますね」




降水確率なんて言葉は

 「でも、別に予報が外れた訳じゃない。 『雨は降らない』 と言っている訳ではなく、『10回に1回は雨が降る』 と言っている訳だから、たまたまその日がその1回になっただけだ」

「そうですかい、なんか、また騙されているように気もするけど」

 「まあ、だましているかも知れないね、数字なんてそんなものだよ。 将来、天気予報がもっと正確に出来るようになると、降水確率などいう言葉は死語になるかも知れないね。 




”だいたい”という言葉を、確率0.9という数字に置き換える


 といった訳で、あと10万年くらいは “だいたい“ 大丈夫ということを、人類がこのあと10万年生存出来る確率が9割、つまり0.9ということに置き換えよう。 もちろんこの数字は、不運にも10万年を待たずに人類は滅亡することも十分あり得るという意味も含む数字だが」




「よくわかんねけど、まあ、そういうことにしておきましょう」




「そう話がきまると、あとは簡単、単純な計算で難しいことはない。 人類が10万年生存出来る確率を90パーセント、つまり0.9として、その先の生存確率を計算してみよう。




100万年後は

今から10万年後まで人類が生存出来る確率が0.9とすると、10万年後の10万年後、つまり今から20万年後まで生存できる確率は0.9×0.9で0.81となる。 さらに30万年後までは0.9×0.9×0.9で0.729。 40万年後はさらに0.9をかけて0.6561。

 100万年後まで生存する確率は0.9を10回かければよい。 ということは100万年後まで人類が生存出来る確率は、0.9の10乗で、0.3486・・・・となる。 つまり3割4分9厘ということだね」




イチローの全盛期の打率くらいの確率

「へえ、思ったよりいいんすねえ、100万年後なんて想像もつかないくらい先のことなので、そのへんあたりは、もう無理かと思ってたけど。 3割4分9厘と言ったら相当な確率すね、これなら何といっても首位打者は確実! 人類の未来は結構明るい!」




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人類が100万年後まで生存する確率は、イチローの全盛期の打率と同じくらい?




 「確かにイチローの絶頂期の打率だね。 途中で滅亡する確率も6割以上あるんだけど、確率が約3分の1という事は、十分に希望の持てる数字と言える。 後は我々の努力次第かな。





1000万年後は

 それでは、1000万年後も計算してみよう。 0.3486・・・・だとちょっと面倒なので四捨五入して0.35としておこう。 

さっきと同じ計算をすればよい、つまり人類が1000万年生存する確率は0.35の10乗。 計算するのちょっと大変だけど、答えは0.00002758」



 「 ? なんだか0がいっぱい過ぎてよくわからねえ。 1割とか2割とか、そんな感じで言ってもらえるとありがてえんですが」




「毛」の次って?

 「1割とか2割とかといったものからはちょっと遠いのだけれど、 「割」の次は「分」で、その次は「厘」、「毛」、その後は何て言うんだっけ? なんていうかわからないんだけど、その「毛」の次ということかな。   ・・・・・・え? 『糸』って書いて『し』って読む? まあ、そうも言うようですけど・・・・・  まあ、それはそうと、別な言い方をすると、くじを10万回引いて、2回、または3回当たるくらいの確率かな」




 「大家さん、誰と話してるんすか?  そんなことより、10万枚宝くじ買ったら1000万円超えちまいますね、それで100万円くらい当たってもしょうがねえ、どう考えても割のいい “くじ” じゃねえな。 大家さん、またなんかごまかしているんじゃねですか?  当たりくじを、そおっと引き抜いているとか」




皆から受け取った家賃は

 「またごまかしているなんて人聞きの悪い、私はちっともごまかしてないよ、ちゃんと皆から受け取った家賃はそのまま家持のほうに渡していてるよ」




 「別に、そんなこと言っている訳じゃねえすよ。 でも、大家さんなんていい仕事だよね、重たいもの担いだり、汗かいたりするわけでもなく」





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江戸時代の長屋には木戸があって、夜、時間になると閉まってしまう。 その他、江戸の町人には細かい規則がたくさん課せられていた。 窮屈と言えば窮屈だが、江戸の治安はたいへんよく、現在の東京よりも犯罪率が低くく、検挙率は高かったと言われる。





大家も結構たいへん

 「長屋の大家なんて、はたで見るほど楽な仕事じゃないよ。 やれ、雨漏りだ、道路がぬかる、ほこりが立つ、夫婦喧嘩の仲裁、捨て子だ、行き倒れだと、面倒なことはたくさんあるし、家持の方からは家賃を期日までにちゃんと集めろとか。 町名主のほうからは、またおかみ(奉行所)から新しいお触れが出たからと、しょっちゅう呼び出され、長講釈を聴かなければならない。




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 それを店子の皆にわかるように説明するのが、また一苦労。 何といっても一番困るのは、店子の誰かがそのお触れを守らなかったり、また何か悪さでもしようものなら、私までお咎めを受ける!  たまったものじゃないね・・・・・・