中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

第27回中村ギター教室発表会

11月8日(日) pm.2:00〜  ひたちなか市文化会館小ホール

入場無料




 当教室の生徒さんによる発表会を上記のように行います。出演者と演奏曲目は当教室のホーム・ページのコンサート案内の方に乗せてありますが、主な曲目としては以下のとおりです。


舟歌(コスト)
エーデルワイス(ロジャース)
オーヴァー・ザ・レインボー(アレン)
カヴァティーナ(マイヤーズ)
星に願いを(ハーライン)
ワルツ第3番(バリオス)
枯葉(コスマ)
幻想曲作品54bis(ソル)




 この発表会はギターを始めたばかりの人から、長年やっている人まで、さまざまな人が出演するもので、今回初めてステージで演奏するという方も何人かいます。実際に今回出演していただくのは、当教室の生徒さんのうちの、半数弱くらいの人で、内心もう少し多くの生徒さんに出演していただければとは思います。開演は14:00ですが、終わるのは16:00頃と思います。入場無料ですので、時間のある方はぜひ覗いてみてください。

 バッハ : リュート=ハープシコードのための作品集

      リュート=ハープシコード(ラウテンチェンバロ) : エリザベス・ファー 

      リュート組曲1〜4番他 (BWV995〜1000、1006a、964、990) 



 24日にアコラでのデュオ・コンサートが終わったかと思えば、来月は教室の発表会(8日)、再来月(12月13日)はアルベニスのコンサートと、ちょっと忙しい時期になってしまいましたが(自分のことを忙しいと言う人は「出来る男」ではないそうですが)。最近聴いたCDの中から気になったものを紹介したいと思います。今回紹介するのは、J.S.バッハの「リュート=ハープシコードのための音楽集」です。


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リュートの音が出せるチェンバロ

 この「リュート=ハープシコード」という楽器については以前「アンナ・マグダレーナ」のところでも話をしましたが、「リュートの音が出せるチェンバロ」で、原語では”Lauten Wercke”(ラウテン・ヴェルク)と言うのだそうです。その現物は残されていないようですが、バッハの遺品の目録中にその楽器が書かれています。因みに”本物”のリュートも遺品として残されました。文献などによれば、この「ラウテン・ヴェルク」は通常のチェンバロ用の弦の代わりにリュート用のガット弦を張り、弦を弾く部分も鳥の羽を使ったものだそうで、要するに演奏の仕方はチェンバロ、音色はリュートといったものだと思います。この楽器が当時どの程度普及していたかはわかりませんが、バッハ自身の考案とも言われています。



バッハの「リュート組曲」は本当にリュートのための作品?

 クラシック・ギター愛好者の人でしたら、バッハが4つの組曲を始め、いくつかのリュートのための作品を残していることをご存知だと思います。それらの譜面の多くは単に「pour la Luth」、つまり「リュートのための」とだけ書かれていて、言葉上では”本物”のリュートのための作品となっています。しかし当時のリューテストは演奏の際に五線譜は使わず、弦の番号やフレットの番号を数字や記号などで示した「タブラチュア」を用いていましたが、バッハの自筆譜はすべて鍵盤用の譜面、つまり2段の五線譜で書かれています。おそらく当時のリューテストはバッハの自筆の五線譜を見て、直接演奏は出来なかったと思われます。そこでこれらのバッハの作品のうちいくつかのもの(BWV995、997、1000)は他のリューテストが書いたものと思われるタブラチュアも残されています。


 バッハの「リュートのための作品」と言われるものが、本物のリュートのための曲なのか、あるいはこの「ラウテン・ヴェルク」のための曲なのかという議論もありますが、それは厳密に特定することは難しいでしょう。おそらくバッハ自身はそのどちらでもよいと思っていた、もしかしたら故意に曖昧にした可能性もあります。BVW998の場合は「リュート、またはチェンバロのため」と記しています。



リュートを練習するのがたいへんなので?

 前述のとおりバッハが生前リュートを所持していたのは確かなようで、どんな楽器も演奏出来たバッハですから、リュートもある程度演奏出来た可能性は十分にあります。しかしこれらの自分の作品を自在に、あるいは知人のヴァイスのように巧みに演奏出来た可能性は少ないと考えるべきでしょう。またタブラチュアを見ながらの演奏出来た可能性はもっと少なかったと考えられます。となればバッハが自身の「リュートのための作品」を演奏するとしたら、このラウテン・ヴェルクを使用したとしか考えられないでしょう。しかしまた他のリューテストがそのバッハの作品をタブラチュアに書き直して演奏出来るようにとも配慮したはずでしょう。


確かにリュートぽいが、クリヤー過ぎ

 さて前置きが長くなってしましたが、このCDで使われている楽器は、現物が残されていないので、前述のような文献をもとに復元した楽器が使用されているとのことです。聴いてみると、確かにリュートぽい音にはなっていて、特に低音は本物のリュートの音にかなり近くなっています。その一方ではリュートぽく聴こえない部分もあるわけですが、一つには特に高音や中音域では音がクリヤー過ぎることでしょう。リュートは指で押さえて、指で弾く関係から全体に音が曖昧な感じ、あるいはソフトな感じがあり、爪を使わないのでギターよりもさらにその傾向はあります。またリュートでは多用されるスラー奏法、つまりハンマーリングやプリングが、このラウテン・ウェルクの奏法にはないので、そういったニュアンスはかなり違っています。



リュートの弾き方を意識して

 また当然どちらの楽器にしろ実際に演奏する演奏者の力量によってかなり違ってはくるでしょうが、同じ譜面を弾いたらやはり本物のリュートの方が難しく、このCDにあるようなクリヤーに、また正確に弾くのはかなり難しいでしょう。ただスピードに関してはリュートを意識してか、それほど速くは弾いていません。また和音などではアルペジオ風の弾き方を多用したり(チェンバリストもよくやるかな?)、小刻みにテンポを揺らしたりするなど、リュートを意識した弾き方をしているようです。



リュートの方が本家?

 このCDの中の曲では、特にBVW995(いわゆるリュート組曲第3番)が最もリュートぽく聴こえる気がします。プレリュードの冒頭の部分など本当にリュートのように聴こえます。ただしばらく聴くとやはりクリヤーに聴こえすぎというか、「このリューテスト、ちょっと上手すぎ」と聴こえてしまいます。この曲はもともとはチェロ組曲第5番からの編曲ですが、私にはチェロで演奏されるよりもリュートで演奏されるほうが自然に聴こえます。なんとなく古風な感じのする曲(昔の曲だから当たり前?)で、近代的な感じのするチェロよりもより古風な感じのリュートのほうがずっとしっくりきます。誰だったか、本当はリュート曲のほうがオリジナルで、チェロのほうが編曲だと言っていた人がいたような? 



  *パソコンの故障により、当記事が一時的に中途半端な状態でアップされてしまいました。

 今日はひたちなか市アコラでジヴェルニー・コンサートが行われ、そのゲスト演奏として中村俊三&鈴木幸男ミニ・コンサートを行いました。いろいろあって(ちょっと道に迷って?)「朝の歌」は結局2回弾くことになってしまいましたが、それが指ならしになったせいか、他の曲はかえってよく弾けたような気がします。終わってみれば結構気持ちよく弾けたコンサートかなと思います(弾く方が気持ちよいだけではよくないかも知れませんが)。


 ソルの「幻想曲」は一昨年ギター文化館で佐藤純一君とも演奏しましたが、やはりステージで演奏すると興奮してくる曲ですね、スリリングで、かつ色合いの変化もある名曲だと思います。フーガの後半では6弦が上がってしまいちょっと困ってしまいました、配慮不足です。因みに横尾編では静かに終わるエンデングを、迫力ある終わり方に変更したのは鈴木さんの考えによるものです。


 今年の6月の水戸ギター・アンサンブル演奏会の時には、まだ「久々感」があった話をしましたが、今日弾いた感じでは気持ちも、またタイミングなどもそうズレはなく、お互いに比較的同じイメージで演奏出来たかなと思います。なおプログラムに書かれた曲以外に、冒頭でゴンチチの「放課後の音楽室」、最後にアンコールとしてロシア民謡の「二つのギター」を演奏しました。


 ミニ・コンサートに先立って、愛好者の演奏があり、私の教室からもニ重奏2組と独奏一人の、計5人の人が演奏しました。私が言うのも何ですが、なかなかよい演奏だったと思います。きっと11月8日のひたちなか市文化会館での発表会でも良い演奏をしてくれると思います。
 

 フェルナンド・ソル : 幻想曲作品54bis (コスト編)


 ソルのニ重奏曲の中でも人気のある曲で、最近ではもう一つの人気曲、アンクラージュマンよりも耳にする機会も多くなっているかも知れません。曲は「アンダンテ・アレグロ」、「アンダンティーノ」、「エスパニョール」の3つの部分からなります。「アンダンテ・アレグロ」はイントロダクション的ですが、それにしても「アンダンテ・アレグロ」とはちょっとややこしい表記です。「アンダンテなアレグロ」なのか「アレグロなアンダンテ」なのかどっちなのでしょうか。どうもソルには「アンダンテ・ラルゴ」のように速度記号を2つ並べる表記が時々あります。私の知る限りではこのような表記をする作曲家は他にはあまりいません。結果的に言えば「アレグロなアンダンテ」、つまり「速めのアンダンテ」と考えるべきなのでしょうが、それなら「アンダンティーノ」などと表記してくれればよいと思いますが、次の楽章は「アンダンティーノ」なのでそれと違った感じで弾いて欲しいということなのかも知れません。「アンダンティーノ」が軽快にといった感じがあるとすれば、こちらは「あまり遅くはないが、レガートに」といったように解釈しています。いずれにしてもソル独特の表記です。


 第2の部分の「アンダンティーノ」は三部形式の曲と考えられますが、冒頭の部分が再現される際は単純な繰り返しではなく変奏されています。つまり三部形式と変奏曲の両方の性格を持っています。前述のとおり軽快な感じですが、中間部は短調となります。第3の部分の「エスパニョール」は8分の6拍子と、4分の3拍子が交錯する典型的なスペイン舞曲となっています。活き活きとした爽快な曲で、この曲の人気の源となっています。


 ソルのオリジナルでは1stギターは常に主旋律、2ndギターは常に伴奏とはっきり区別されていますが、この「コスト編」では細かくパートが入れ替わるようになっています。このコスト編だと、確かにパートを決める時もめなくてすむのですが、主旋律部分と伴奏部分と両方練習しなければならなくなります。特に「エスパニョール」では頻繁に主旋律部分と伴奏部分が入れ替わるので、その切り替えは意外とたいへんです。必然的にポジション移動も多くなってきます。サッカーでいえば相手陣内深くでクロスをあげたかと思えば、直ぐに自陣に戻ってディフェンスをするサイド・バックといったところでしょうか。うっかり集中を切らすと、二人で同じメロディを弾いていた・・・・などということにもなりかねません。パートの割り振りに関して言えば、「優しき玩具」と「幻想曲」は私が1st、バッハの「フーガ」は鈴木さんが1stです。




 J.S.バッハ : フーガ (ファンタジアとフーガイ短調BWV561より〜横尾幸弘編)


 この曲は「さくら変奏曲」で有名なギタリストの横尾幸弘氏が1969年に出版したギター二重奏曲集に入っているもので、以前にも二人でこの曲を演奏したことがあり、今回も鈴木さんの提案よりこの曲をやってみることにしました。この譜面にこの曲の原曲に関することは何も書かれていなかったのですが、今回もう一度やることになり、この曲の原曲のことが気になり、それらしいCDをいろいろ聴いてみました。幸いに私のCDコレクションもその時からするとだいぶ充実してきました。


 そう思ったのも前にこの曲をやった時にちょっと「ひっかかり」があり、「確かにこの曲は有名な『小フーガト短調』に似ているけど、なんとなくバッハらしくないな」と感じていたからなのです。「ひょっとしたら横尾氏の作曲では」などと思ったりもしました。もっとも当時はただ「なんとなく」で、全く客観的な根拠などがあったわけではありません。今回あらためてこの曲の譜面(横尾氏編曲の)を見てみると、普通バッハのフーガには頻繁に現われる転調がほとんどなく、主題も主調と属調以外では出てきません。また装飾的なパッセージもどうもバッハ的には見えません(ヴィヴァルディなどに近い)。


 そうこうしているうちに適当にかけたバッハのオルガン曲集のCDからこの曲の主題が聴こえてきて、「なんだ、思い過ごしか、やはりバッハの真作なのか」と思ったのですが、解説を読んでみると、やはりバッハの真作ではなく、バッハの作品として伝えられているが、現在の研究では別の作曲家の作品だとされているようです。いわゆる「偽作」というわけですが、本当の作曲者は不明なようです。いずれにしてもバッハの身近な人の作品か、少なくとも同時代の作曲家の作品のようです。


 といったわけでこの曲の正式な名称が「ファンタジアとフーガイ短調 BWV561」で、ということがわかったわけですが、さらに言えば「伝バッハ作曲」と付け加えるべきかも知れません。原曲では曲の最初と最後にかなり技巧的な部分があり、横尾氏のアレンジではそうした技巧的な部分は省き、フーガになっている部分のみをギターニ重奏にしてあります。フーガの部分はほぼ二声になっていて、主題は前述のとおり有名な「小フーガ」の後半部分によく似ています。主題は上声部にも現われますが、どちらかといえば下声部に現われることが多く、上声部は主に装飾的なパッセージとなっています。この曲全体からすればかなり技巧的な曲なのですが、横尾氏がアレンジした部分についていえば意外とシンプルで確かによくギターニ重奏にはまります。横尾氏は他にもさまざまな曲をニ重奏にアレンジし、またソルなどのオリジナルのニ重奏曲も出版するなど、ギター界への貢献はとても大きいものがあります。


 横尾編ではこの曲はホ短調に移調されていて、前回の時も、また今回も当初はその譜面どおりに練習していたのですが、鈴木さんのほうからこの調では弾きにくいということで、1音下げ、ホ短調からニ短調に移調することにしました、こんな時パソコン・ソフト(ミュージック・タイム)は便利です。そのことでだいぶ弾きやすくなり、また響きも重厚になった感じがします。またエンディングも若干変更しました。


 
演奏曲目の紹介


 いつの間にかコンサートは来週になってしまいまい、今日も夜(7:30〜)音あわせです。今回は演奏曲目の紹介をしましょう。


吉松隆 : 優しき玩具より「朝の歌」、「水色のアリオーソ」、「ペンギン公園の午後」
 

 この「優しき玩具」は作曲家の吉松隆氏が、1983年4月号から1984年3月号まで現代ギター誌に楽譜を連載したもので、1985年には曲集としても出版されました。「・・・・そのまま床に落ちていつの間にかなくなってしまうこともあるし、気がついてそっとすくいあげ、陽の光に透かしてみたりしてそれなりに鑑賞してみることもある。光っているものもあるが、ただ鈍くくすんだだけのものもある。可愛いのもあるし、生意気で子憎たらしいだけのものもある・・・・」といった作品だそうですが、毎回楽譜といっしょにユニークなエッセイが添えられ、それがまたとても面白いのですが、残念ながら出版譜ではそれらはほとんど省かれています。


        duo 001

           1985年の出版譜(現代ギター社)


 「朝の歌」と「水色のアリオーソ」はともに1983年5月号に掲載されたもので、「・・・・何もかもがいつものとおりの何気ない一日のように思えた。しかし、いつもそうそう安心ばかりもしていられない。夜の次に朝が必ずくるものだ・・・・などとたかをくくっていると、人間誰でも一生に一度は朝のない夜を迎えねばならないことを思いしらされることになる。・・・・・・・ともかく、朝というものは常に、さりげなくかつ何気ないものでありたい。起きてみたら空がカラフルな水玉模様になっていた・・・・というような朝も悪くないし、街がペンギンだらけになっていた・・・・というような朝もいい。・・・・」 と言った文章が添えられています。


 「ペンギン公園の午後」は1983年7月号に掲載されたもので、 「・・・・人間もペンギンも所詮は地球に巣喰う一生物。発生し、なにやらわやわやとうごめき、そしていつしか絶滅してゆく。悠々たるかな天壌、遼遼たるかな古今・・・・という処か」 といったように吉松氏のエッセーではこのペンギンがよく登場します。吉松氏のもっとも愛着のある動物なのかも知れません。確かにこの曲もペンギンがユーモラスに、また愛らしく表現されています。


     duo 002


 福田進一氏のCD (1997年録音)。なかなか面白く、とても楽しめます。