中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

中村ギター教室発表会 6月4日(日) ひたちなか市文化会館小ホール



 6月4日の発表会の曲目、及び出演者が決まりましたのでお知らせします。 多少の変更はあるかも知れませんが、演奏順も以下の通り予定しています。







   《  第  Ⅰ  部  》


1.<二重奏>  舟歌(コスト) 、 吟遊詩人の調べ(カルリ)      関  義孝   清水 和夫

2.<二重奏>  月光(ソル~フォルテア編)          鈴木 俊彦   澤畑 敦史

3.喜びの歌(ベートーヴェン)、たなばた(下総皖一)          相坂 蓮太

4.枯葉(コスマ)                       久保田敬一

5.太陽がいっぱい(ロータ)                  東谷  滋

6.真珠とり(ビゼー)                      眞分  昭

7.二つのギター(ロシア民謡)                 斎藤  立

8.タランテラ(サルコリ)                   河井由美子

9.マイ・ウェイ(フランソワ&ルヴォー)            深作 純子

10.グリーン・スリーブス(イギリス民謡)            小池 清澄

11.舟歌(コスト)                       谷  政則

12.アデリータ(タレガ)、イタリア舞曲(ノイジトラー)      安西 玲子

13.タンゴ第3番(フェレール)                 澤畑 敦史

14.月光(ソル)                        鈴木 恵一

15.アンダイティーノ(ソル)                  根本  滋

16.セレナーデ(シューベルト)                 甲斐  洋

17.アランブラの想い出(タレガ)                赤沼 増美

18.禁じられた遊び(ルビラ他)                 関  義孝

19.黒いオルフェ(ボンファ)                  鈴木 俊彦

20.<二重奏> ホワイト・ローズ(中村俊三)       吉野 智美    中村 俊三




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   《  第  Ⅱ  部  》


*ゲスト演奏   宮下 祥子      アランブラの想い出(タレガ)、 大聖堂(バリオス)、 羽衣伝説(藤井敬伍)



21.前奏曲第1番(ヴィラ・ロボス)             石井 嘉人

22.ソナタ(カルリ)                    清水 和夫

23.パラグアイ舞曲第2番(バリオス)            有我  等

24.スペイン舞曲第5番(グラナドス)            及川 英幸

25.練習曲第11番(ヴィラ=ロボス)、 シンプリシタス(バーデン・ジャズ組曲より)       久保田 浩

26.ノクターン(ショパン)                 米沢 洋樹

27.おいしい水(ジョビン)、サマータイム(ガーシュイン)   佐藤 眞美

28.魔笛の主題による変奏曲(ソル)             吉野 智美

29.<二重奏> ロス・マレアドス(コビン~飯泉編)、 So in Love(ポーター~江部編)    中川眞理子   丹  朋子

30.<合奏> 花のワルツ(チャイコフスキー)    水戸ギター・アンサンブル

   Alt.G   中川眞理子  及川英幸  久保田浩
   P.G.1  丹 朋子  佐藤眞美  後関信一  清水和夫
   P.G.2  萩野谷稔  鈴木俊彦  根本 滋  澤畑敦史
   P.G.3  赤沼増美  深作純子  鈴木高彦  阿部広宣
   B.G    米沢洋樹  関 義孝  甲斐 洋
   指揮 中村俊三



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 以上のように、今回は久々のひたちなか市文化会館での発表会ということや、宮下祥子さんにゲスト演奏をお願いしたことなどで。だいぶ盛りだくさんの発表会になりそうです。 そうしたことで、当初は14:00の開演を予定していたのですが、13:30開演に変更しました。 聴きに来ていただく方も多くなればと思います、ぜひお出かけください。



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中村ギタ―教室発表会

6月4日(日) 13:30~16:30   ひたちなか市文化会館小ホール




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久々にひたちなか市文化会館で


 6月4日(日曜日) 13:30~ ひたちなか市文化会館で中村ギター教室発表会を行います。 中村ギタ―教室発表会は、このところ石岡市のギター文化館で行っていましたが、今年は久々にひたちなか市文化会館で行います。



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ゲスト出演  宮下祥子さん


 今回は、世界的に演奏活動をされているギタリストの宮下祥子さんをゲストに迎えて行います。 宮下さんは、最近ご主人の仕事の関係で、札幌より水戸に活動の拠点を移されました。




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独奏20名以上、水戸ギター・アンサンブルも

 また、ギター文化館のほうでは合奏などは出来なかったのですが、今回は水戸ギター・アンサンブル(約18名)の演奏もあります。独奏は、20名以上の方が行い、二重奏も4組ほどあります。



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盛りだくさん

 今回は例年に比べ、ちょっと盛りだくさんということで、所要時間も3時間ほどになりそうです。 いつもの通り入場は無料ですので、ぜひお出かけ下さい。 曲目や演奏者など、プログラムの内容ははまた次の機会に書きこみます。




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タレガ : タンゴ




タンボラートやラスゲアード、ハーモニックスを用いた面白い曲

 「タンゴ」の話だったのですが、前回は前フリで終わってしまいました。 今度は本当にタンゴの話をしましょう。 この曲はタレガの曲の中でも人気のある曲で、なかんか面白い曲で、タンボラートやハーモニックスを効果的に使っています。 比較的シンプルな曲ですが、3連符と付点音符の組み合わせを正確なタイミングで弾くのはなかなか難しいです(たいていの人はアバウトに弾くが)。




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タレガのタンゴ  最初の出版は1909年前後と思われる。 タンボラートやハーモニックスなどが効果的に用いられたタレガの人気曲だが、3連符と付点音符のカラミを正確なタイミングで弾くのは難しい。 




二重奏曲のパート譜?

 このタンゴの出版はタレガの死の前後、つまり1909年前後と思われますが、この曲はガルシア・トルサの二重奏曲「ハバネラ」の1stパートとほぼ同じになっています。 トルサは1905年に亡くなっているので、必然的にトルサの二重奏曲のほうがタレガの出版譜よりも早いと言うことになります。




椿姫やグラン・ホタなどから考えれば

 となれば、先の事情から、このタンゴも椿姫幻想曲やグラン・ホタ同様に他のギタリストの作品がタレガ作となってしまったのか、と誰しも思うでしょう。 実際にCDなどの解説ではそのように書いてあることが多いです。 私自身もそのように認識していました。




なんとなくタレガらしくない曲

 さらに、アラビア風綺想曲は、ラグリマ、マリエッタなどの作品と比べると、確かにこの曲は趣が異なり、タレガの作品らしくないところもあります。 セゴヴィアがこの曲を弾かなかったのはそういったところもあるかも知れません。




有罪確定だったが

 いろいろな点で ”真っ黒” と思われていた、つまり有罪が確定していたこの曲ですが、2012年に現代ギター誌に書かれた毛塚健旨氏の記事では、1894年にタレガは、当時流行った民謡を基にこの曲を書いていて、その日付なども書き記されているそうです。




タレガの独奏譜のほうが先?

 つまり、トルサの二重奏曲の1stパートを、タレガが自らの独奏曲として出版したのではなく、その逆でトルサがタレガの独奏曲に2ndパートを作曲して二重奏曲にしたものだそうです。 つまり冤罪を晴らす証拠が出てきたと言うことになります。

 また、このタンゴがあまりタレガらしくないというのも、当時流行していた曲の編曲だとなれば、合点がいきます。 エンターティメント性を大事にしていたタレガは、流行っている曲や、一般に人気のある曲は、とりあえずギターにアレンジしなければ気が済まなかったのでしょう。   ・・・・・ウン、ウン、何となくよくわかる。




感動の逆転勝訴!

 と言った訳で、このタレガのタンゴは足利事件や何とか事件同様、長年にわたる裁判闘争の結果、無罪を証明する確たる証拠の発見により、逆転無罪となりました。 法廷から走って出てきた弁護団の持つ「逆転勝訴」 の垂れ幕に、本人はじめ、関係者の皆さんは喜びと感動で沸き返っています・・・・・・・ 




今後はこのようなことが起きないために

 ・・・・・・・感動中ではありますが、無罪を告げた裁判長から、タレガ氏に 「あなたの無罪は証明されましたが、今後はこのようなことが起きないために、編曲の場合は編曲、また、他の音楽家の作品の一部などを引用した場合は、必ずそうしたことを明記するように」 との注意がありました。
偽作の名曲いろいろ 5 ~濡れ衣編



フランシスコ・タレガ : タンゴ




「椿姫幻想曲」がアルカスの作品であることは知られているが

 最近では皆さんもご存じと思いますが、タレガには偽作とされるものが結構あります。 特に有名なものとしては 「椿姫幻想曲」 で、これはタレガの先輩にあたるスペインのギタリストのフリアン・アルカスの作品と言われています。

 とはいっても、そのアルカスの書いた原曲の譜面を私自身では持っていないので、どの程度タレガが書いた譜面とアルカスの原曲が近いのかは、よくわかりません。 ・・・・いろいろがんばればアルカスの原曲の譜面も入手できるのかな?




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 フリアン・アルカスはタレガ以前においてはスペインで最も高く評価されたギタリストで、この曲を始めとしてヴィルトーゾ的な作品を多数残しています。 かつては ”谷間の時代 (暗黒時代だったかな?)” と言われた19世紀半ば頃のギタリストですが、最近ではタレガに劣らない優れたギタリストとして、その偉業を再評価されています。




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マリア・エステル・グスマン演奏のフリアン・アルカス作品集のCD  この「椿姫幻想曲」は収録されていない




 この曲が一般に知られるようになったのは比較的最近で(比較的最近タレガの名の入った譜面が再発見された?)、私の知る限りでは1980年代にカルロス・ボネルの録音で知られるようになったのではと思います。  また、その時点でこの曲がアルカスの作品であることも、ほぼ同時に言われていたような記憶があります。 





冤罪が晴れることも?

 しかし今現在では、アルカス作曲とされる場合もありますが、堂々と ”タレガの傑作” として表記されたり、解説されているものも少なくありません。 アルカスのためにも、その辺ははっきりしておいた方がよいのではと思います。  ・・・・・・最もいろいろ研究した結果、この作品は紛れもなくタレガの真作だったなどという根拠が出てくる可能性もなくはないかもしれませんが。

 



タレガがリサイタルの際に必ず演奏したという 「グラン・ホタ」 も

 タレガがリサイタルの時に必ず演奏したと言う 「グラン・ホタ」 もフリアン・アルカスがスペインでよく知られた旋律(ホタ)を基に作曲した 「ホタ・アラゴネーズ」 を改編した作品で、アルカスの書いた変奏のうち、いくつかのものはそのまま使用されているようです。 また、1910年頃のアリエール社の出版譜(現代ギター社版と同じ)に付いているイントロは、同時代のスペインのギタリストのホセ・ヴィーニャスの作品の一部だそうです。




今現在なら違法行為?

 こうしたことは、今現在だったら偽作というより ”盗作” ということになってしまい、違法行為となりますが、当時はそうした著作権的なことはあいまいだったのでしょう。 タレガにはこうした他の音楽家から引用した作品がかなりあり、そしてその出典を明記しないこともしばしばあったようです。

 こうした件について、決してタレガは悪気があって他の音楽家の作品を盗用したわけではないと言われていますが、19世紀といえど、ある程度は著作権といった概念も出来ており、大半の音楽家はこのようなことはしてはいなかったので、タレガが他の音楽家の作品を使用することについて、ややルーズだった点は否めないでしょう。




過去の大作曲家はリスペクトしていたが

 タレガはもちろんギターのための作品を残していますが、作曲より演奏の方に主眼が置かれていたという点もこうした事が起きた理由の一つかも知れません。 ただ、タレガはベートーヴェンやシューマンなど、過去の大作曲家に対する尊敬の気持ちは強かったようで、自らの作品よりも重要視してた印象があります。

 その反対に同時代のギタリストの作品をリスペクトする気持ちは多少薄れていた可能性もあります。 特にフリアン・アルカスはタレガにとって師匠とも言える存在だったはずで、実際にタレガは師の作品(一部分だとしても)を演奏していたわけですから、自らの作品のタイトルなどにその名が現れてもよいはずなのですが、そうしたものは一切ないようです。




師というより越えるべき存在

 タレガにとってアルカスの存在は大きかったはずですが、師というよりライバルで、越えるべき存在だったのかも知れません。 これと同じ関係はタレガとリョベット、 あるいはリョベットとセゴヴィアの間にもありそうですが、この話はまた後にしましょう。 でもこれらのスペインの大ギタリストたちの相関図は、なんだか面白いですね。


 


 
偽作の名曲いろいろ 4 ~濡れ衣編



ヴィターリ : シャコンヌ




以前にも書いたが

 以前、当ブログの 「シャコンヌ再考」 でも書いた曲ですが、このバロック時代のイタリアの作曲家、トマソ・アントニオ・ヴィターリのシャコンヌは、シャコンヌとしてはバッハの作品と並ぶバロック時代の人気曲です。 知名度などではアルビノーニの「アダージョ」には一歩譲るところもありますが、CDなどにもよく録音されています。




ちょっと聞いた感じではバロック時代のの作品と思えないほど濃厚

 この曲をウンチクなしで聴いた場合、多くの人はおそらくブルッフやビオッティなど、ロマン派のヴァイオリニストの作品のように思えるのではないかと思います。 それくらい、この曲はドラマチックで、濃厚なロマン派の作品のような味わいがあります。

 もっとも、そう聴こえる理由の一つとして、もともとはヴァイオリンのソロ・パートに通奏低音が付いているだけのものでしたが、現在聴かれるものは、ほとんどの場合、その低音を基に19世紀的なオーケストラ伴奏を付け加えていることもあります。

 


メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を初演したダヴィドの演奏で知られるようになった

 この曲が一般に知られるようになったのは、ダヴィドという19世紀のヴァイオリニスト (メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を初演したことでも知られている) が演奏したことによります。 ダヴィドはこの曲の原曲については、あまり明らかにしなかったようです。


 そして、この曲があまりにもロマンティックな感じがするため、本当はバロック時代の作品ではなく、ダヴィドのオリジナル、つまり偽作ではないかと疑われたりもしました。 実際にダヴィドには偽作、つまり過去の音楽家などの名で作曲した作品があるようです。





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20世紀半ば頃活躍したジノ・フランチェスカッティのCD。 この演奏だとヴィターリのシャコンヌは19世紀のヴァイオリン協奏曲のように聴こえる。





大胆な和声で、転調もしている


 聴いた感じがロマンティックな感じが強いだけでなく、和声的にもバロック時代としてはかなり進んだもので、また通常シャコンヌは変奏曲である関係上、転調はしないのが普通ですが、この曲では大胆な転調もあります (転調好きなバッハでさえ、シャコンヌでは転調を用いていない!)。 




やはり有罪?

 つまり、この曲がバロック時代に書かれたとすると、かなり ”進んだ” メロディの作り方や、和声法となっているということで、いわば当時としては ”前衛的” な音楽と言うことになるでしょう。 そう考えると、この曲はかなり疑わしいですね。 状況証拠により有罪確定?




本人のものではないが

 ・・・・・いや、ちょっと待ってください。 確かにヴィターリ自身が書いた譜面は残されてはいないのですが、1710年~1720年頃、ドレスデンの音楽家のリンダーによって写譜されたと言う譜面が残されているのは確かなようです。


 下の譜面はネットでダウンロードしたもので、詳しい説明がなかったので、これがそのリンダーが写譜した譜面だという確証はないのですが、ヴァイオリンのソロ・パートに数字付の低音、つまり通奏低音が書かれています。 見た感じでは、やはりバロック時代に書かれた譜面と言った感じで、リンダーの譜面である可能性はあるように思います。



 

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ヴィッターリのシャコンヌの原曲と思われる譜面(ダウンロードによる) ヴァイオリン・ソロと通奏低音の形で書かれており、見た感じでは典型的なバロック時代の譜面。




 もっとも、19世紀以降の誰かが、いかにもバロック風の譜面に似せて書いたとなれば、話は違いますが、そこまで手の込んだことをやる人も、そうはいないのではないかと思いますので、 このシャコンヌが間違いなくヴィターリの作曲であると言う確証はないものの、少なくとも19世紀の作品ではなく、バロック時代の作品であると考えてよいのではないかと、素人ながら思います。




150年ほど作風が進んでいたため

 因みに、CDなどの解説では、偽作としているものが多いですが、真作としているものもあります。 専門家の中でも、まだ意見は分かれているようです。 要するに、ヴィターリの作風が150年ほど進んでいたために、あらぬ疑いをかけられてしまったと言うことでしょうか。




単なる印象や思い込みで決めつけるのは

  ・・・・・・結審!  「当法廷は被告の無罪を証明する証拠は確実に存在すると判断し、よって被告を無罪といたします。  余談ながら、単なる印象や思い込みで判断することは、何人も慎まなければなりません、特に何らかの法律上の権限を有する人々は。 そうしたことが、往々にして冤罪という、法治国家としてはあってはならぬ悲劇を生みだすきっかけとなります。   ・・・・・・以上もって閉廷!」