中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

昨日(8月3日)ギター文化館で佐藤純一ギター・リサイタルを聴きました。演奏曲目は以下のとおりです。

フェルナンド・ソル : 12のメヌエット作品11より
             第1番 ト長調
             第2番 ト短調
             第3番 ト長調
             第4番 ニ長調
             第5番 ニ長調
             第6番 イ長調

             練習曲 ハ長調 Op.6−8  (セゴビア番号 1)
             練習曲 ロ短調 Op.35−22  ( 5 )
             練習曲 イ長調 Op.6−6  ( 12 )
             練習曲 イ長調 Op.6−12  ( 14 )
             練習曲 ホ短調 Op.6−11  ( 17 )
             練習曲 変ロ長調 Op.29−1  ( 19 )
             練習曲 ハ長調 Op29−5  ( 20 )
       *Op.6−6、およびOp.29−1はプログラムには記されていませんでした。

             魔笛の主題による変奏曲 作品9

      ・・・・・・  休憩  ・・・・・

アウグスティン・バリオス : 大聖堂

フランシスコ・タルレガ : グラン・ホタ
               : アルハンブラの想い出

カルロ・ドメニコーニ : コユンババ


       * アンコール曲として

アウグスティン・バリオス : ワルツ第3番 

フランシスコ・タルレガ : アラビア風奇想曲

ローラン・ディアンス : タンゴ・アン・スカイ


 以上のようにかなりのボリュームのコンサートで、特に前半はソルの作品、計14曲で50分は超えるものでした。楽器は1829年製のルイス・パノルモを使用とのことで、楽器の構造上、大きな音は出せないと言っていましたが、低音や高音の主旋律はよく聴こえていました。主にアルペジオなどの中音域はかなり抑えられていましたが、それは楽器上の問題ではなく、演奏者の意図と考えるべきでしょう。佐藤君の演奏はそうした楽器の関係もあってか、どちらかと言えばソフトな音楽になっています。

 ソルの名曲「魔笛の主題による変奏曲」は佐藤君が1992年に学生ギター・コンクールの大学生の部で優勝した時の曲、私もその時会場にいて聴いていました。その時審査委員長をしていた今は亡き阿部保夫先生が「特に序奏が良かった」と言っておられたのを記憶しています。この日の演奏も全体にとても自然な音楽に聴こえていました。

 後半の演奏では特に「グラン・ホタ」が印象に残りました。左手のみのレガート奏法、親指の爪を効果的に用いたタンボラート奏法、猫の鳴き声を模したグリサンド奏法、スネア・ドラムを模した奏法などたいへんすばらしく、会場に来ていた人たちもたいへん楽しまれたのではないかと思います。

 最後のコユンババも久々に聴きましたが、技巧に走りすぎる事もなく、じっくりと音を聴かせていました。この曲は今井勇一氏の楽器を使いましたが、その重厚な音は曲によくあっていた感じでした。なおタルレガとバリオスは田邊雅啓氏の製作の楽器使用とのことでした。

 

                          

 11月29日の私のリサイタルのチラシ、およびチケットが昨日出来上がりました。



                       チラシ


 写真はひたちなか市の田澤純さんに撮ってもらいました。田澤さんは音楽関係の写真には定評のある方で、芸術館関係の写真もよく撮っていらっしゃいますが、福田先生(福田進一氏)の「シャコンヌ」のCDの写真も撮っています。先日は芸術館を被写体とした、「タワーのある風景」という写真展を行いました。私のチラシの写真も、粗末な被写体にもかかわらず、なかなか(それなり?)のものになっているように思います。

 これからリサイタルの内容などについて詳しく書いて行きたいと思いますが、とりあえず今日はチラシの紹介だけにしておきます。


 なおチケット(2000円)取り扱いは中村ギター教室の他

ひたちなか市文化会館
ギター文化館
ヤマハミュージック関東水戸店
双葉レコード(常陸多賀)

などです(8月中旬発売)。
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集

「四季」作品8−1〜4   ヘ長調(3つのヴァイオリン)RV.551   ニ短調 RV.128

『人間的情熱』
ホ短調 RV.277「お気に入り」   ニ長調 RV.234「不安」   ハ短調 RV.199「疑い」
ホ長調 RV.271「恋人」      ハ長調 RV.180「喜び」   ト短調 RV.153「変わり者」

『祝祭日のための協奏曲集』
ニ長調 RV.212「パドヴァの聖アントニウスの聖なる舌の祝日のために」   ホ長調 RV.270「安らぎ」
ヘ長調 RV.286「聖ロレンツォの祝日のために」         ニ長調 RV.582「聖母昇天のために」
ハ長調 RV.581「聖母昇天のために」              ニ長調 RV.208「LDBV」

violin : Giuliano Carmignola Sonatori de la gioiosa Marca


耳にタコが出来るほど

 
 今年の夏はそんなに暑くないなんて思っていたら、このところだいぶ暑くなってきました。でもまだ35度を超えたりはしていないのですから、まだまだなのでしょうけど。


 ヴィヴァルディは普段あまり聴かないのですが、なぜか暑くなると聴いてしまいます。ヴィヴァルディの音楽の風通しのよさが夏向きなのかも知れません。


 ヴィヴァルディは、確かに最近はあまり聴かなくなりましたが、クラシック音楽を聴くようになった当初はよく聴きました。当時は一般的にもバロック音楽、特にヴィヴァルディの「四季」の人気が高かった頃でした。私自身ギター以外で最初に買ったLPレコードが、イ・ムジチ合奏団のヴィヴァルデイのバイオリン協奏曲「海の嵐」と「3つのヴァイオリンのための協奏曲ヘ長調」がそれぞれ表裏に入っていた17センチのLPだったと思います。当時は他にほとんどレコードを持っていなくて、そのレコードを1日に何度も聴いていたように思います。文字通り「耳にタコが出来るほど」聴いたレコードです。


サービス過剰?

 「海の嵐」のほうは有名な曲ですから、後にCDでも買いましたが、いわゆるB面の「3つのヴァイオリン」のほうは相当マイナーな曲のようで、なかなかCD化されないようでした。しばらく前からそのCDを探していたのですが、今回なんとか見つかりました。「3つのヴァイオリンのための協奏曲ヘ長調」と書きましたが、実は何調かはわからなくなってしまっていて(もちろんRV551などということも)、「もしかしたらこれかも知れない」と買ってみたら、ビンゴだったというわけです。


 あまり一般的に知られている曲ではなさそうですが、個人的にはヴィヴァルディの中では結構気に入っている曲です。特にピチカートの伴奏に乗ってヴァイオリンが美しいメロディを奏でる第2楽章はなかなかのものだと思います。


 というわけで久々にこの曲を聴くことが出来たのですが、昔聴いたイ・ムジチのものとはだいぶ違っており、特に第2楽章はヴァイオリンがかなり装飾を加えて、ほとんど元のメロディ・ラインがわからなくなってしまっています。オリジナル楽器系の演奏だったので買う前からある程度覚悟はしていたのですが、ちょっと残念でした。演奏者としては原曲をさらに楽しめるようにとあれやこれや装飾を加えるのでしょうが・・・・ウーン、なくてもいいかな・・・・


夏にはやはり

 このCDを買ったもう一つの理由に「恋人」、「不安」、「疑い」、「安らぎ」の4曲が入っていたからなのですが、これもかつて「愛の詩」と題されたイ・ムジチのLPでよく聴いた曲です。これもまえから探していたもので、懐かしい曲を久々に聴けてたいへん嬉しかったです。演奏はいかにもオリジナル系らしく、きびきびとしていて決して悪くはないのですが、でもこれを聴くと、やはりイ・ムジチの何とも物憂げな、まとわり付くような、あの感じが懐かしい、あの演奏をもう一度聴いてみたい、特に夏の暑い日にはあのベトベト感がたまらない・・・・・・・


 もっともこのCD(Carmignolaの)の「四季」の方は、情景描写など、確かにおもしろい演奏で、このCD全体的にも演奏そのものはたいへん優れていると思います。21世紀の今現在ではイ・ムジチのような演奏は時代遅れというか、正しいヴィヴァルディの演奏法とは言えないかも知れません。でも一度その味を知ると・・・・・


 ただ暑くてたまらない時にはヴィヴァルディの協奏曲が合うのは確かだと思います。

 昨日(7月20日)は、午前中つくば市で行われた<ギター・フェスティバルinつくば>の実行委員会に出席した後、水戸市民会館で行われた<あひる会合唱団第47回定期演奏会>を聴きに行きました。プログラムは、前半がガブリエル・フォーレの曲と野口雨情作詞の曲、後半はモーツァルト最晩年の大作、レクイエムです。

 私自身はあまりこうした合唱関係のコンサートにはあまり行く事がないのですが、あひる会の演奏は市民音楽会で時々聴いていました。でもこうしてまとまった形で聴くと、やはり実力の高い合唱団なjだなと思いました。美しく、しっかりとした響き、何と言っても演奏者全員の意思統一がなされているような気がしました。

 なんと言ってもこの日のメインは後半のレクイエムだと思いますが、私がめずらしくコーラスのコンサートに足を運んだのもこの曲に大いに関係があります。会場いっぱいに広がる響きに、モーツァルトが最後の力をふりしぼって書いた名曲の魅力が生で、直接伝わってきた感じがしました。「ラグリモサ」の最後のアーメンなど、演奏者も聴衆も、その会場にいた人は皆、同じような感動を覚えたのではないかと思います。

 「音楽はどんな時にも美しくなければならない」と語り、実際にそれを実行していたモーツァルトですが、死に直面した時、ベートーヴェンのように悟りきったような穏やかな音楽は書かなかったようです。死に直面したモーツァルトは、その死を恐れ、悲しみ、振り乱して絶叫しているような感じが、私にはします。でもそれは裏返せば生きる事を讃えることなのかも知れません、モーツァルトのオペラではどんな端役にでも生命感溢れる音楽を書いています。

 同じ死に関する音楽でも前に書いたシューベルトの「冬の旅」のように、ともすれば聴くことに苦痛を感じるようなことは、このモーツァルトの曲にはないように思います。死を恐れ、悲しむことは、言い換えれば生を喜ぶことに他ならないからなのでしょう。「冬の旅」では前に言ったとおり、最後には死を悲しむどころか、死を望むこともしなくなり、生とか死とかに全く無関心になってしまいます。これこそ本当に恐ろしいことだと思います。

 それにしてもこのレクイエムは前述の「ラグリモサ」の「アーメン」のところを聴くと、ここで曲が完結してしまったような感じがします。実際はここのところがちょうど曲の半分にあたります。モーツァルトはこの曲の最初の<イントロイトゥス>と<キリエ>をほぼ完成させた後、この<ラグリモサ>の8小節まで声楽部分とバスを書いて力尽きてしまいました(よくご存知のことかも知れませんが)。曲全体は弟子のジェスマイアーによって完成され、特に後半はジェスマイヤーの作曲といってもいいようです。そんなこともあってこの曲の前半と後半とでは、聴く人に訴えかけるものはやはり違うようです。

 このコーラスの伴奏に使用したのは2台のエレクトーンでした。以前ヤマハ音楽教室などで仕事をしていたので、当時よくエレクトーンの音は聴いていたのですが、今回聴いたエレクトーンの音は実際のオーケストラの音をかなり忠実に再現していて、本当にオーケストラのように聴こえます。またこれはクラリネット、これはトロンボーン、などと楽器の種類も判別できます(もっともこのクラリネットはオリジナルではバセット・ホルンなんだそうで、そのどちらの音を出していたのかはわかりません)。弦の響きもかなりリアリティがあり、テンパニーの音も本当にテンパニーに聴こえます。以前に比べるとエレクトーンもだいぶ変わったようです、これならギター協奏曲などにも十分使えそうです。

 水戸市民音楽会、1日目が終わりました。年々参加団体が増え、今年は52団体となり、今日の出演団体も26団体ということで、13:00〜17:00までたっぷり4時間のコンサートとなりました。特に器楽関係の団体が増え、中国の民族楽器の「二胡」のアンサンブルや、大正琴などが今回新たに加わりました。

 私たちの水戸ギター・アンサンブルはホルストの惑星よりジュピターを演奏しました。いつも講師の長谷川先生からは、とても丁寧な励ましの言葉をいただいていますが、先生の講評を原文どおりに載せておきます。



  水戸ギター・アンサンブル    
  組曲「惑星」よりジュピター   グスタフ・ホルスト作曲  中村俊三編曲

 音に一体感のある、まとまりのよい響きをつくり出していました。ゆっくりのテーマから始まり次第に盛り上げてゆく手法も見事であったと思います。中間部のテンポはもう少し速めの方が効果的であったかも知れません。ギター・アンサンブルの「ジュピター」は初めて聴かせていただきましたが、中音域がとても効果的で面白かったです。アンサンブルとしては、とても完成された美しい演奏でした。ありがとうございました。

    講評 水戸市教育委員会 指導主事  長谷川眞人




 なお、私自身はまた明日もステージのドア・マンをやります。