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中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

 この「新進演奏家シリーズ」もかなり長くなってしまいましたが、今回は最終回としてこれらの14枚のCDの中から私自身の好みと誤解によるベスト3を、もちろん当事者の了承を得ず勝手に決めてしまおうと思います。
 
 「ベスト3」と言ってもそれは演奏の優劣などではなく、あくまでも私の趣向に合ったものと言う意味です。優劣といった意味では彼らはそれぞれ世界の最高ランクのコンクールで1位を(しかも複数)獲っているわけですから、14人とも当然同率1位ということになります。また私などには彼らの能力の優劣を見極められる力があるはずもありません。

 またそのギタリストの特徴などをたった1枚のCDなどで掴みきれるものではなく、生の演奏聴いたり、また別のCDを聴いたり、また別の楽器を使ったりすると全く違った印象を持つのは当然です、全く正反対の印象ということもあり得るでしょう。

 そう言ったわけで、私の偏向的ベスト3の発表! ・・・・と行きたいところですが、その前に惜しくもベスト3を逃したギタリストからの発表です(別に惜しくもないか)。  



次点  マルティン・ディラ

 このギタリストの音は本当に美しい。透明感があり、高貴さが漂います。1曲目、2曲目のロドリーゴとタンスマンの曲ではまさにそのとおり、単音が美しいだけでなく和音や重音も美しい。ポンセの「ソナタ・ロマンティカ」はこれまで聴いたどの演奏よりもすばらしく、曲の内容もしっかり伝わってきます。この曲の演奏の一つの指標になるのではと思います。

 当初は3位以内に考えていたのですが、最終的に外れてしまったのは3位以内のギタリストの演奏に比べて、どこかで強い印象を残しきれないものがあったのでしょう(相当勝手なことを言っていますが)。曲目などが違えばまた別のランキングになったのではと思います。



次点  トーマ・ヴィロトー

 この人の演奏はギター的というよりピアノ的な演奏を感じます。タンスマンの作品では曲の内容とも重なって、それが顕著に出ています。ヒナステラの「ソナタ」では音量の幅も大きく、またクリヤーに演奏され、頻繁に出てくる特殊奏法もたいへん効果的でとてもスリリングで面白く聴けました。一方、クライマックスでもコントロールを乱すこともありません。

 特殊チューニングの「トリアエラ」もたいへん印象的、このCDも迷った末での「次点」ですが、出来れば別の楽器での演奏も聴いてみたいと思いました。



  *音の美しいギタリスト

 前にも書いたとおり、音色の美しいギタリストは多く、その中でもラファエル・ミニャーロ、 ジェローム・ドゥシャーム、 ニルセ・ゴンザレスなどが挙げられます。ミニャーロはこの14人中でも一、二を争う美しい音の持ち主。ドゥシャームは何度か書いたとおり穏やかでくつろげる音。ゴンザレスのタレガの小品は「これぞギター」といった印象です。





第3位  アドリアーノ・デル・サル

 いよいよベスト3ですが、第3位は最も新しく発売されたこの「アドリアーノ・デル・サル」のCDです。聴きようによっては「何もそこまでしなくても」と思える演奏で、多くのギタリストが作曲家の意図や音楽の自然さを大事にしているところ、あくまでも自分の表現にこだわる演奏です。その気持ちの入れ方には一種の執念を感じます。

 その気迫に押されてのベスト3入りとも言えますが、何度か書いたとおり、演奏次第では長くて冗漫にも聴こえるソルの「幻想曲作品7」を、最後まで集中と好奇心を欠くことなく聴きとおすことが出来、さらにこの曲のすばらしさを再発見することが出来たということが、私がこの順位にした最も大きな理由です。

 表現にこだわるといっても、それは決して直感的なものではなく、その音楽を徹底して考え抜いた結果の表現といえるでしょう。「主題と変奏」が室内楽的に聴こえるのはその結果なのだと思います。またあえて言うまでもありませんが、タレガ、ロドリーゴ、モレーノ・トロバの演奏も秀逸です。



第2位  イリーナ・クリコヴァ

 クリコヴァの演奏についてはこれまで書いたとおり、豊かで弾力性のある音で、旋律の歌わせかたには特にすばらしいものがあります。テンポやアーティキュレーション、音色、音量など音楽表現上のすべてのことがその音楽の要請に応じて極めて適切に行なっているのでしょう。

 クリコヴァの演奏はヨーロッパの音楽の伝統を感じる、といったことも書きましたが、プロフィールによるとチェリストの母親により、幼少時から音楽を学んだとのこと。持って生まれた素質に加え、音楽的にはたいへん恵まれた環境にあったのでしょう。クリコヴァの演奏にはそれらのことがよく反映されています。

 ”新進ギタリスト”と言っても、クリコヴァはすでに十分に成熟したギタリストと言え、おそらくその演奏は多くのギター・ファンに支持され、また高く評価されてゆくものだと思います。21世紀のギター界をリードしてゆくギタリストになることは間違いないのでは。




第1位  フローリアン・ラルース

 このシリーズのギタリストは、「上手い」とか「技術が高い」などということは当然ですが、こんな感性を持ったギタリストがいたと言うことにはたいへん驚きました。まさに”想定外”のギタリスト! 思い過ごしかも知れないと何度か聴きなおしてみても、その印象は変らず私の中では他を圧倒しての1位。

 レゴンディの「序奏とカプリッチョ」は演奏次第ではなかなかよい曲なのではと思っていたのですが、これまで納得できる演奏には遭遇せず、やはり”イマイチの曲”かなと思っていたのですが、このラルースの演奏を聴いて、これこそ私の望んでいた演奏、いやそれをはるかに上回る演奏と感じました。まさに妖艶な魅力がほとばしる演奏。

 ホセの「ソナタ」はこれまで特に興味のある曲ではなかったのですが、ラルースの演奏で、その真価を初めて理解出来たように思います。またダンジェロの曲は”この世のもとは思えない”演奏。

 いずれこのギタリストの生演奏とか、別のCDを聴く機会もあると思いますが、それは楽しみではありますが、同時に聴くのが怖い気もします。生演奏を聴いてみたらまるで別人だった ・・・・そんなことにならなければ。




ギターの未来は明るい
 
 結局のところベスト3には2009年以降録音したCDが入りました。ということは年を追うごとにすばらしいギタリストが登場しているということになります。正しくは年々私の好みにあった演奏家が育っているということでしょうか。最近ともすれば暗い話題が多いのですが、ことギターの未来に関しては、極めて明るい ! 21世紀はまさにギターの世紀では。

 ギタリストだけでなくその作品も年々優れた作品が作られていて、ギターのレパートリーはますます充実してゆくでしょう。こういったことは同じクラシック音楽でもオーケストラやピアノなどにはあまり見られないことではと思います。重ねて言っておきましょう、 ギターの未来は明るい !!



CDコンサート

 といった訳でこの「新進演奏家シリーズ」の記事も終わりになりますので、前に言っていた「CDコンサート」を私のギター・スタジオでささやかに行ないたいと思います。日にち的には、6月5日(日曜日)を考えていますが、詳細については後日また案内させていただきます。特に会費等は考えていませんが、10名前後くらいで、時間はティー・タイムなどを含めて3時間くらいと考えています。対象者としては、当ブログを読んでいる方、当教室の生徒さんその他ということになります。
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<カーテン・コールの続き>

マルティン・ディラ (2008年録音 GFA1位)  ~美しい音、大作曲家に因んだ曲を演奏

新進演奏家 006

 スクリャービン、メンデルスゾーン、シューベルトといった大作曲家に因んだ曲とロドリーゴの作品をCDに収めています。ロドリーゴ(フェネラリーフェのほとりで)やタンスマン(スクリャービンの主題による変奏曲)ではたいへん美しい音を聴かせます。メンデルスゾーンの弦楽四重奏の一節が出てくるモウの曲も印象的で、ポンセの「ソナタ・ロマンティカ」では曲の内容が正しく伝わってくる感じです。



ラファエル・アギーレ・ミニャーロ (2008年録音 タレガ国際1位)  ~多彩に作品を弾き分けるスペインのギタリスト

新進演奏家 005

 このミニャーロについては、「スペインの香り漂う美しい音」と本文中では紹介しましたが、ルバートなどを多様したり、「弾き癖」が目立つギタリストではなく、むしろ端正な演奏と言えます。また「ソルとタレガの違いを際立てている」とも書きましたが、あらためて聴き直してみると、これはどの作品についても言え、その作品や作曲家ごとにかなり違ったアプローチをしているようです。CD全体は小品集的ですが、ジャック・イベールのギター独奏曲など珍しい曲も録音しています。



ガブリエル・ビアンコ (2009年録音 GFA1位)  ~広いエリアで勝負するフランスのギタリスト

新進演奏家 004

 楽器はグレッグ・スモールマン使用ですが、音量を押さえて始まる冒頭のメルツの曲では、19世紀の楽器のように聴こえます。他にバッハとコシュキンの曲を弾いていますが、音色や、細かいニュアンスにこだわるというより、音楽を大きく構成するタイプのようです。遅めのテンポのバッハの「プレリュード」など、たいへん息の長いクレシェンドをしています。



イリーナ・クリコヴァ (2009年録音 M.ピッタルーガ1位)  ~豊穣な音、歌心は母親のDNA?

新進演奏家 003

 冒頭のポンセの「ソナタ第3番」から圧倒的な響きの音を聴かせ、他のギタリストとの違いを際立たせています。このギタリストの演奏を聴いていると、この人が幼少時から恵まれた音楽環境の中でで育ってきたことが想像出来ます。フレージングやメロディの歌わせ方などは、チェリストである母親ゆずりなのでしょうか。確かにギター的というより、弦楽器的です。



フローリアン・ラルース (2009年録音 GFA1位)  ~魅力的なギタリスト、ただそれだけ

新進演奏家 001

 ラルースは1988年生まれということで、おそらく今回紹介したギタリストの中で最年少と考えられます。再三再四聴き直してみても上の「ただ魅力的な」という形容は確かに有効と感じました。レゴンディの「序奏とカプリッチョ」はやはり「なまめかしい」。ホセやダンジェロの作品は、このギタリストによってその魅力が最も発揮されるのでは。



オンドラス・チャーキ (2010年録音 M.ピッタルーガ1位)  ~コーノ使用、東京国際1位

新進演奏家

 河野ギターを使用し、2008年に東京国際ギター・コンクールで優勝するなど、日本とは何かと縁のあるギタリストです。バッハやテデスコ、ブリテンなどの難曲を余裕をもって正しく弾きこなす高い技術を持っていますが、同時にいろいろな面で「中庸を得た」演奏とも言えるでしょうか。「あっさりしょう油味」などと例えてしまいましたが、私個人的には、ラーメンはしょう油味です。



アドリアーノ・デル・サル (2010年録音 タレガ国際1位)  ~ストイックなまでに表現にこだわるギタリスト

新進演奏家 015

 何といっても6分もかけて演奏する「アラビア風奇想曲」が特徴的ですが、本当に1フレーズ、1フレーズ、また一音、一音の表現にこだわるような演奏です。タレガの曲の場合、作曲家の意図を表現するというより、自らの感性などを重んじているようです。モレーノ・トロバやロドリーゴの曲もすばらしいが、きめ細かい表現をしたソルの「幻想曲作品7」は出色。
カーテン・コール 

 14人もの新しいギタリストを紹介したので、皆さんも、最初のほうのギタリストはもう忘れてしまったのではないかと思いますので、ここでカーテン・コール的に14人のギタリストにもう一度登場してもらい、おさらいをしておきます。紹介した順番はだいたい新しい順だったのですが、若干順番も入れ替わってしまったので、今度はあらためて録音の古い順に登場してもらいます。



アナ・ヴィドヴィッチ (1999年録音 タレガ国際1位)   ~天才美少女系ヴィルトーゾ、今はどのように成熟?

新進演奏家 008

 録音年代は古く、唯一20世紀の録音ですが、10代での録音なので、ヴィドヴィッチ自身は他のギタリストとほぼ同世代のギタリストと言えます。このCDではいかにも少女らしいその外見に相反して、強靭とも言える音でどの曲もかなり速いテンポで弾き通しています。しかしこのCDは10年以上前の、しかも10代での録音なので、今現在の演奏とはある程度隔たりがあるでしょう。おそらく今現在ではその音楽もいっそう成熟したものになっていることと思います。



パブロ・サインス・ビジェガス (2004年録音 タレガ国際1位)  ~オール・スペインもの、モレーノ・トロバとセゴビアの曲を初演


新進演奏家 014

 1977年生まれということで、今現在では若手というより中堅ギタリストと言えます。スペイン人らしいギタリストと言えますが、感性だけで演奏するタイプではなく、他のギタリスト同様、客観的に音楽を捉えています。明るいブリリアントな音としっとりとした音の使い分けが印象的で、その作品の内容が過不足なく聴こえてきます。また何といってもトロバやセゴビアの秘曲ともいえる曲を初演しているのが特徴的です。単なる自己紹介的なアルバムを超えた内容のCDです。




ゴラン・クリヴォカピック (2005年録音 GFA1位)  ~編曲作品を中心としたアルバム、スカルラッティ、ボグダノビッチがすばらしい

新進演奏家 012


 このシリーズでは、ほとんどのギタリストがギターのオリジナル作品を中心に収録していましたが、このクリヴォカピックのみ編曲ものを中心に収録し、オリジナル曲としては同国(セルビア)出身のボグダノヴィッチの作品のみとなっています。ヴィドヴィッチほどではありませんが、他のギタリストに比べてテンポはやや速めです。やや軽めな音質はスカルラッティの演奏にはよく合っていて、バルエコやウィリアムスなどに比べても遜色ありません。ボグダノヴィッチの演奏は他の曲の演奏と雰囲気が違い、同国の作曲家への共感がそうさせているのでしょうか。




ジェローム・ドゥシャーム (2006年録音 GFA1位)  ~USAで生まれ、カナダで学んだギタリスト、優しい音が特色

新進演奏家 011


 このCD1曲目の「アパラチアの夏」は聴いていてとても和む曲ですが、このギタリストの音色は優しさを感じるもので、いわゆる”癒し系”のギタリストと言えるでしょうか。他にマネンやヒナステラのソナタなど、曲目はすべて20世紀の作品となっていますが、あまり刺激的な演奏ではなく、ギターらしい響きを大事にした演奏と言えます。ロドリーゴの「ファンダンゴ」もいわゆる「難曲」ではなく、あくまでメロディの美しい「スペイン風小品」として演奏している感じです。



ニルセ・ゴンザレス (2007年録音 タレガ国際1位)  ~ベネズエラ出身のギタリスト、ギターらしい音

新進演奏家 010

 14人中唯一の南米出身のギタリストで、たいへんギターらしい音色を持つことが最大の特徴と言えるギタリストです。あまり音量や音色の変化や細部のニュアンスなどにはこだわらない感じで、また音楽の様式や構造など音楽の「考える」部分をあまり表に出すほうではないようで、あくまでも「自然に」、「ギターらしく」といった感じです。しかしやはり21世紀のギタリストであり、当然のごとくその音楽の様式や作曲者の意図に沿った演奏をしています。特にポンセの曲がすばらしい。



トーマ・ヴィロトー (2007年録音 GFA1位)  ~フランス出身のギタリスト、雑味のない音楽

新進演奏家 009

 1曲目のリョベートの曲の演奏はまさにヴィルトーゾ的、何の苦労もなく難しい部分を弾いているように聴こえます。低高音よく鳴る楽器(スモールマン)を使用していることもあって、音楽はたいへんくっきりとしたものになっています。ギター的というよりピアノ的な感じがしますが、ハーモニックスの音はたいへん美しく響きます。ヒナステラの曲も、聴く人によって好みの違いはあるでしょうが、曲の内容はドゥシャームの演奏よりわかりやすく、またスリリング。6弦を「ラ」にチューニング(多分)して演奏するディアンスの「トリアエラ」はなかなか面白い曲。



ペトリック・チェク (2008年録音 M.ピッタルーガ国際1位)  コソボ出身の知性派ギタリスト、バッハが面白い

新進演奏家 007

 このシリーズのギタリストは皆それぞれ磨きぬかれた美しい音を持っているのですが、このペトリック・チェクは、やや「無造作」とも言える音色で演奏しています。ギターの音色的なことより音楽を構成することの方に意識が強く行っているのでしょう。バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」が面白く、低音をかなり加えた第1楽章の「グラーヴェ」は、まるで別の曲のように聴こえます。異色の個性派ギタリストとも言えるかも知れません。
14人の新進ギタリストの傾向と共通点

 前回で1枚1枚のCDの紹介は終わりですが、今回からはそのまとめを行ないたいと思います。これらの14人の新人ギタリストの傾向や共通点などを考えてみるということは、現在のギター演奏の潮流、または将来の方向性を知ることに繋がるのではないかと思います。また現在の世界のギター教育の状況なども探ることが出来ると思います。そういったことで以下に14人のギタリストの演奏の傾向や共通点などをまとめてみました。



1.技術が完璧 ~指や楽器の事情にとらわれず、音楽的な音だけを出せる

 これらのギタリストたちは世界の主要な国際コンクールで優勝している人たちですから、技術が完璧なのは当然のことといえますが、どう完璧なのかと言った点で、やはり触れずにはおけないでしょう。この「技術が完璧」と言う意味は、もちろん指が速く動くとか、間違えない、とかいった次元の問題ではありません(かつてはそういった意味に使われていたこともありました)。

 ギターは指で弾く関係上、一般的にはその「指の都合」によって、音が途切れてしまったり、小さくなってしまったり、音色が乱れてしまったりと、音楽的な要求に従った音がなかなか出せないことがよくあります。またギターという楽器はいろいろな原因でノイズの発生しやすい楽器で、右手の爪が弦に触れる音、左手で低音弦を擦る音、押さえている左指を離す音・・・・・。

 しかし彼らの演奏ではそうした「指の都合」など全く感じさせるところがなく、すべての音が音楽の要求に従って発音されています。またほとんど不要なノイズ等が聴こえないのも共通しています。CDを聴いている分にはこれらのことはごく当然のように思えるかも知れませんが(特にギターを演奏しない人には)。ある程度ギターを弾いている人には、これがいかに難しいことで、また決して普通でないことがよくわかると思います。
 
 ギターという楽器は音色や響きなどには、独自のすばらしい面を持っているのですが、同じ独奏楽器でもピアノなどに比べれば、音量なども含め、まかなか音楽的要求に従った音が出せない楽器でもあります。若干「不器用な楽器」とも言えますが、これらのCDを聴いているとそうしたことが全く感じられません。彼らの演奏では「指の都合」とか「楽器の事情」とかを感じさせないといった意味で「技術が完璧」と言えます。



2.音色が美しい

 これは実はちょっと以外だった点です。何といってもコンクールの優勝者ですから、技術が完璧というのは間違いないことでしょうが、しかし音色とか、音楽の美妙なニュアンスといったものはもう少し経験を積んでからというイメージがありましたが、この新しいギタリストたちの音色は、すでにすばらしいものがあります。

 音色については諸条件でいろいろ変ってしまい、特にCDではよくわからない部分もありますが、これまでの中堅や大ギタリストたちのCDと比べるても、かなり美しい音と感じます。また美しいばかりでなく、多彩で幅広い音色を持ち、その音色を自在に使い分け音楽の微妙なニュアンスや奥行きを表現しています。



3.音楽をよく学んでいる

 これも当然と言えば当然と言えますが、彼らの演奏を聴いていると、彼らが幼少時から正しい音楽教育を受け、しっかりと伝統音楽を理解し、自分のものにしているように思えてきます。また音楽教育だけでなく、芸術や文化などの一般教養もしっかり身に付けているのでしょう。




4.作曲家の意図を最大限尊重している ~テンポは音楽的要請に従って

 これらのギタリストの多くは、自分の好みや思いつきで演奏するということはなく、いつも楽譜を深く読み込み、作曲者が何を意図を最大限尊重して演奏しています。

 特にテンポについては比較的遅めのテンポをとっているギタリストが多いようで、これは「作曲家の意図したテンポ」、あるいは「表現上、もっとも適切なテンポ」ということでそうしているようです。「速く弾けるから」とか「自分の技術が高さをアピールできるから」といった理由でテンポ設定をするギタリストは少ないようですが、逆に音楽的に必要さえあればかなり難しいところでも速いテンポで弾いています。またそれが出来る力は皆持っているようです。

 またその作品や、作曲家によって自らの演奏スタイルを大きく変えて演奏しているギタリストもいました。



5.一見みな同じような演奏に聴こえる

 かつての巨匠たち、例えばセゴビアとイエペスでは、同じ曲を聴いてもかなり違った感じに聴こえ、ひょっとしたら別の曲に聴こえたりもします。かつての巨匠たちはたいへん個性的な演奏していて、間違ってもセゴビアとイエペスの演奏を取り違えることはありません。それに比べると、この14名のギタリストたちの演奏は比較的似ていて、ちょっと聴いただけではだれの演奏かはあまりわからないようになっています。

 これを「最近のギタリストは個性がない」と言うことも出来かも知れませんが、しかし前述のとおり、「ギターを演奏=作曲家の意図の再現」と考えると、その演奏が似通ってくるのは必然的かも知れません。

 確かに大きくは違わないのですが、しかし音楽は考え方だけで行なうものではなく、最終的にはそれぞれのギタリストの感性がたいへん重要になってきます。これらのCDをじっくり聴くと、考え方が比較的近い分だけ、その演奏の「肌触り」というか、感覚的なものの違いはよく伝わってきて、聴いている側の好みの差もはっきりあらわれると思います。



おまけ ・・・・日本人がいない  ~日本のサッカーが強くなったのは末端の指導者とサポーターの力

 この14人の中に日本人が一人もいないだけでなく、この「新進演奏家シリーズ」で日本人のギタリストが録音したという話も聴かないので、このシリーズでは日本人のギタリストは一人もいないのでしょう。ということは最近、GFA、タレガ国際、M.ピッタルーガ国際コンクールなどで優勝した日本人がいないということになります。もちろんコンクールがすべてではありませんが、優秀な若手ギタリスト輩出と言う点では、ヨーロッパ諸国に比べて一歩譲っている感は否めないでしょう。

 もちろんこれは日本の若いギタリストたちの才能と言う問題より、わが国のギター教育のシステムの問題、あるいは指導者の技量の問題ということに集約されるのではと思います。サッカー界では、最近日本人の優秀な選手が育ち、世界でも話題になっています。これなどまさに日本のサッカーの教育システムが整い、指導者の技術が高まってきたことによるものだと思います。

 もちろん近年、日本のギターのレヴェルも上がってきているのは確かで、また優れたギタリストも指導者も存在するのは確かですが、ただそれが末端にまでは浸透していないといったところが現状なのだと思います。結局のところ、日本全国にいる私たちのような「街のギター教師」の責任が重大なのでしょう。やはり最初にギターを手にする機会に立ち会うことの多い私たちの責任は特に重いのではないかと思います。

 また同時に優れた演奏家が育つには、すぐれた聴衆が絶対に必要ということも言えます。強いサッカーチームには必ず強力なサポーターが存在します。優れた演奏家を育てるだけでなく、優れた聴衆を育てるのも私たちの大事な仕事でしょう。
 
Adriano Sel Sal  2009年タレガ国際ギタ・コンクール1位


新進演奏家 015


タレガ : アルボラーダ、アラビア風奇想曲、メヌエット、ゆりかご、ロシータ
ソル : 幻想曲作品7
モレーノ・トロバ : 特性的小品集
ロドリーゴ : 祈りと踊り
モリコーネ : ガブリエルのオーボエ


最新のCD~当ブログ最後の紹介

 いよいよ当ブログでの新進演奏家紹介の最後のCDです。このアドリアーノ・デル・サルのCDは2010年の8月に録音され、今年の2月に発売されたものです。2009年にタレガ国際ギター・コンクール優勝ということですから本来なら昨年に発売されるべきCDと思われますが、種々の理由で今年になったのでしょう。生まれた国、年などは記されていませんが、名前や学んだ学校などからすればイタリア人、おそらく30才前後くらいでしょうか。

 当ブログでは、このシリーズの最も古いものは1999年録音のアナ・ヴィドヴィッチ、そして一番新しいものはこの2010年録音のデル・サルのCDとなり、計14枚のCD、14人のギタリストを紹介しました。この期間だけとっても実際にはほぼ同数の、紹介できなかったCDが発売されていると考えられます。もちろんその中には優れたギタリストがたくさんいたに違いありませんが、とりあえずこのあたりで区切りをつけておきましょう。



オール・スペインのプログラム

 曲目は上記のとおり”ほぼ”オール・スペインで、最後の曲だけイタリア人の作曲家の作品となっています。タレガ国際ギター・コンクールの優勝者は必ずタレガの曲を録音することになっているらしいということは前にも書きました。その場合、ほとんどギタリストは小品を1~2曲程度、アンコール曲のような形でCDに収めていたのですが、このデル・サルは上記のようにタレガの曲を5曲まとめて演奏していて、演奏内容もそうした”いきさつ”だけでなく、かなり本格的に取り組んでいる印象があります。



イタリア人と言うと・・・・

 デル・サルの演奏は、一フレーズごと、あるいは一音ごとに音量や音色、テンポなどを考慮し、またコントロールして弾くような感じの演奏で、表情の変化や幅を出しています。かなり慎重で丁寧な演奏で、自らの感性や勢いで弾くタイプのギタリストからは最も距離のあるギタリストといえるでしょう。また表情のメリハリをきっちり付けて弾くのも特徴のようです。

 一般的にイタリア人というと、どちらかと言えば明るく大雑把な性格の人が多いように言われますが、こと音楽家に関しては、非常に几帳面なイタリア人も結構います。ピアニストのマウリッツィオ・ポリーニなどその典型的な人ですが、ギタリストではステファーノ・グロンドーナなどでしょうか。このデル・サルもそうしたタイプの音楽家かも知れません。



6分のアラビア風奇想曲

 「アラビア風奇想曲」は、ほぼ6分かけて演奏していて、かなり遅い演奏です。冒頭のスラーのパッセージも一音一音をしっかりと吟味しながら発音し、1回目と2回目のニュアンスも変えて弾いています。全体的にも各フレーズを一つずつ練り上げるように演奏していて、表情豊かとも言えますが、ここまでくると一種のストイックさすら感じられます。ほぼ4分で、小気味よく弾いているアナ・ヴィドヴィッチの演奏とは全く対照的な演奏と言えるでしょう。



幻想曲作品7~あまり全曲演奏されないが

 ソルの「幻想曲作品7」はハ短調の「ラルゴ・ノン・タント」とハ長調の「主題と変奏」からなる20分弱の曲で、たいへん優れた曲ですが、その長さが禍してか、同じ幻想曲でも「第6幻想曲作品30」や「悲歌風幻想曲」などに比べると演奏される機会が少なくなっています。ジュリアン・ブリームは前半の「ラルゴ・ノン・タント」に「メヌエット」や「ロンド」などのソルの別の作品を組み合わせて演奏していて、以後そのような形で演奏するギタリストも多くなりましたが、あまりよい習慣とはいえないでしょう。



モーツアルトの幻想曲ハ短調を彷彿させる

 デル・サルのこの曲の演奏はすばらしく、このCDの中では出色の曲ではないかと思います。「ラルゴ」においては前述のごとく一つ一つのフレーズ、あるいは一音一音に、細心の注意でアーテキュレーション、音量バランス、音色の変化を施していて、この曲を変化に富む、内容豊かな曲にしています。この「ラルゴ」を聴いていると、モーツアルトの傑作「幻想曲ハ短調k475」が彷彿されます。



ただ音楽だけが聴こえてくる

 また「主題と変奏」は10分以上かかる曲で、ともすれば聴いている人が途中で飽きたり、集中を欠いたりしてしまいそうな曲ですが、このデル・サルの演奏ではそうしたことを全く感じさせず、最後まで集中と好奇心をもって聴くことが出来ます。この演奏を聴いていると、ギターの演奏を聴いているというより室内楽かピアノの演奏を聴いているような感じになります。あるいは楽器の音が聴こえてくるではなく、ただ音楽が聴こえてくるといった感じでしょうか。

 細かいことですが、「主題と変奏」の第5変奏は「etouffez」と書かれており、この変奏全体をこの奏法で弾くことが指示されています。ソルが教本の中で言っているように”左手で軽く押さえる”弾き方ではこの変奏全体を演奏することは出来ないのは明らかです。デル・サルはいわゆる「ピッチカート奏法」で、しかもごくわずかミュートする感じで弾いています。妥当なところだと思います。



特性的小品集

 モレーノ・トロバの「特性的小品集」は「前奏曲」、「オリベラス」、「メロディア」、「ロス・マヨス」、「アラーダ」、「パノラマ」の6曲からなり、1930年頃の作品です。デル・サルの演奏は前述のとおりですが、「前奏曲」は”13の和音”から始まるのでしょうか、印象派的な響きです。「メロディア」はトレモロ奏法の曲ですが、デル・サルの音はトレモロの音でも通常の弾き方と同じような充実した音質です。低音もよく歌っていて、まさに2声の曲となっています。「パノラマ」では1、2曲目が回想されます。

 楽器は「マティアス・ダマン使用」と記されていますが、重厚でふくよか、さらに甘い響きもします。同じ杉の楽器でもスモールマンなどに比べると、ボリューム感などは同じですが、いっそうまろやかで、音色の変化の幅も大きいようです。デル・サルの演奏を聴いている限りでは、たいへんすばらしい楽器に思えます。


重厚で彫りの深いロドリーゴ

 ロドリーゴの「祈りと踊り」は前回のビジェガスに引き続いてということになりますが、デル・サルのほうはCDのほうに「ホアキン・ロドリーゴ版使用」とかいてあり、もちろんその譜面に忠実に演奏していますが、ごく一部分オクターブの変更を行なっています(妥当性のあるもの)。

 ビジェガスに比べると、デル・サルの演奏はこれまで書いたとおり、強弱の変化や音色、テンポの変化など大きくとった演奏です。また音質も音楽自体も重厚さが感じられ、いっそう彫りの深い演奏となっています。



最後のスイーツ

 最後にイタリアの作曲家のモリコーネの映画(The Mission)のための曲をギターにアレンジした「ガブリエルのオーボエ」を演奏しています。こちらはあまり気負わずさらりと美しく弾いています。濃厚な食事をした後なのでちょうどよいデザートとなっています。