中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

<勝手に選ぶセゴヴィア名録音 第9位>

ポンセ(伝ヴァイス) : プレリュード、アルマンド(組曲イ短調より) 1954年録音(LP:アンドレス・セゴヴィア・プレイズ)



SP時代の全曲録音もあるが

 セゴヴィアが作曲者名をヴァイスなどとしたポンセの作品、いわゆる”偽バロック作品”を多数演奏、録音しているのはご存知のとおりだが、その中では”ヴァイスの組曲”とした、5曲からなるこのイ短調の組曲が最も印象深い。セゴヴィアはSP時代にこの組曲全曲を、また1952年にはこの組曲中のジグも録音しているが、録音状態などからすると、やはりこの1954年のものがすばらしい。


最初は”バッハの作曲”とするつもりだった

 一説によれば、当初はこの組曲をバッハの名を付して発表するつもりだったが、バッハではあまりにも有名過ぎてすぐに疑われるので、当時あまり一般には知られていなかったリューティストのヴァイスの名を使用したと言われている。確かにある意味それは成功し、実際にかなり長い間に渡りこの曲はシルビウス・レオポルド・ヴァイスの真作としてほとんど疑われなかったようだ。

 私自身もヴァイスの名を知ったのはこの作品からであり、しばらくの間はヴァイスの本当の作品は知らなかった。当時(1970年頃)のほとんどのギター・ファンはヴァイスとはこう言う作風の人だろうと思っていたのではないかと思う。しかし一部の識者(ギター界における)の間では偽作であることは周知の事実だったようだ。

 これらの曲は、実際に聴いてみるとヴァイスの真作とはかなり作風が違い、バロック的な作品ではあるにせよ、リュートらしさはほとんど感じられない。ヴァイスの作品が一般に知られるようになった現在では、この曲を”ヴァイス作”といっても誰もが疑うかも知れない。強いて言うならヴァイスよりは、バッハの作品のほうに近いかも知れない。


年代不詳、国籍不明の不思議な魅力

 それにしても、この年代不詳、国籍不明の作品は不思議な魅力を持っているのは確か。私自身では若い頃から数え切れないくらい何度も聴いた。もちろん自分でも弾いてみたが、当然セゴヴィアの演奏に似せたものになってしまう。

 セゴヴィアはこれらの曲を生前には譜面にしなかったが、確かに譜面には書ききれない音楽でもあるかも知れない。現在出ている譜面はセゴヴィアの演奏を譜面にとったものらしい。

 因みにセゴヴィアはポンセの名で発表した作品は出版したが、ポンセの作品でもバロック時代作曲家などの名で発表した作品は出版していない。また完全に自分で編曲した作品は出版しているが、他のギタリストの編曲を若干変更して演奏しているような場合は全く出版していない。その点はセゴヴィアははっきりしている。





<勝手に選ぶセゴヴィア名録音 第10位>

メンデルゾーン : カンツォネッタ(弦楽四重奏曲作品12より)  1955年録音(アンドレス・セゴヴィア・シャコンヌ)



学生時代の下宿で深夜ラジオから聴こえてきた

 メデルスゾーンの弦楽四重奏曲からの編曲だが、甘美とも言えるメロディで、これも一般に人気の高い曲。学生の頃、セゴヴィアの演奏するこの曲が深夜にFM放送から聴こえてきて感動した記憶がある。若くして世を去ったメンデルスゾーンの曲には、青春の甘酸っぱい味と香りがある。メンデルスゾーンの作品は、仮に深遠な音楽ではないとしても、心を揺さぶる音楽ではあろう。


基本はタレガ編

 セゴヴィアは基本的にタレガの編曲を用い、原曲に応じ若干修正して演奏しているようだ。セゴヴィアの場合、他のギタリストの編曲を用いる場合、ほとんどこのような方法を取る。そうしたものを、後に”セゴヴィア編”とされることもあるが、セゴヴィア自身ではそれを自らの編曲として出版などすることはないのは前述のとおり。
 

多くの人をギターの世界へと誘った1曲、「シャコンヌ」のB面

 セゴヴィアはSP時代にもこの曲を録音しているが、この1955年の録音は、発表当時のLPでは「シャコンヌ」のB面に収録されている。モノラル録音時代の末期だが、初期のステレオ録音よりもリアルで、好感度が高い録音。多くの人をセゴヴィア・ファン、あるいはギター・ファンへと誘った1曲であろうと思われる。

 私個人的にも好きな曲だが、この順位になってしまったのは、この曲なら他のギタリストが弾いてもいい曲に聴こえるかなという点。時々自分でも弾いてみようと思ったりするが、なぜか上手く弾けない。



・・・・・・・・・・・・・・


やっと終わった

 以上で「勝手に選ぶセゴヴィア名録音」は終了です。結局ベスト10までとなりました。文字通り「勝手に」選んだのでかなり偏った内容になったと思います。おそらく皆さんの考えとは全く異なったものでしょう。
 


バッハ、タレガ、ソルの作品の演奏が外れてしまったが

 結果的にセゴヴィアが力を入れて録音したと思われるバッハ、タレガ、ソルなどの作曲家の作品が上位に入りませんでしたが、私の中では、バッハでは「ルール」の名で演奏したチェロ組曲第3番の「ブーレ」=1955年録音、タレガではムーア風舞曲=1944年録音。 ソルの作品ではアレグロ・ノン・トロッポ(ソナタ作品25より)=1952年録音などが好みの演奏です。

 言い訳になりますが(勝手にやっているのだから言い訳の必要はないが)、結果的にこれらの演奏を上位に入れなかったのは、どこかで演奏者と作曲家との間にちょとした隙間みたいなものを感じてしまったからかも知れません。もちろん客観的にみればそれぞれたいへん優れた演奏であるのは間違いないでしょう。



1年以上に亘ってしまった

 以上で「20世紀の巨匠たち」のテーマを終了しようと思いますが、いつの間にかに1年をはるかにに越えた記事になってしまいました。特にセゴヴィアについては、当初はそんな気など全くなかったのですが、結局全部の録音(私が知りうる限りの)を紹介することになってしまいました。

 当初は他に伝説のデュオ、プレスティ・ラゴヤやイエペス、ブリームなどの録音の紹介もしようと思っていたのですが、結局出来なくなってしまいいました。


初めて聴いたような曲も

 この記事を書くのを機に、セゴヴィアのCDを改めて聴きなおしてみました。かなり前から持っているにも関らず、初めて聴くような曲もちらほら。聴いたことはあるのかも知れませんが、ほとんど忘れてしまっているのでしょう。

 また当然といえば当然かも知れませんが、若い頃聴いた時と今では同じ曲、同じ演奏でもまた違った印象に聴こえてきます。曲によっては当時感じたほど強烈な印象は感じなくなったものもあり、また当時はわからなかったことがいろいろわかってきたものもありました。

 セゴヴィアの演奏は何歳になっても、はやりセゴヴィアですが、同時に年齢によってメカニックだけでなく、その音楽観が徐々に変ってゆくこともだいぶ感じられました。


ありがとうございました

 この記事も、ただただ長いだけの記事となってしまい、ごく少数の人だけが読んでいる記事だったと思いますが、私自身では世紀の大ギタリストの演奏と真剣に取り組む、たいへんよい機会となり、たいへん勉強になりました。

 最後までお付き合い下さった方々、本当にありがとうございました。
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つくばギター・フェスティヴァル

 一昨日になってしまいましたが、28日(日)につくば市カピオ・ホールで行なわれたつくばギター・フェスティヴァルに水戸ギター・アンサンブルが出演しました。

 水戸ギター・アンサンブルでは前回言いましたとおり、アルベニスの3曲を演奏しました。ある程度予定通りに出来たところもありますが、不慣れな会場ということもあってか、思うように行かなかった部分が多々あったのは否定できず(こういうのを”言い訳”?)。

 言い訳ついでに出番直前にバス・ギターの弦が切れ、とりあえず通常のギターの弦を張るなどのトラブルもありましたが、なんと言ってもイスの配置の関係でお互いが視野に入りにくくなってしまった。しかしやはり私のアクション・ミスが最も影響が大きい・・・・

 言い訳はこれくらいにして、これらの曲は今後も演奏してゆくので、今後7月の市民音楽会や、来年の水戸ギター・アンサンブル演奏会に向け、修正して行きます。3曲ともギター・ファンには独奏曲として馴染みの深い曲ですが、独奏とはちょっと違った形、あるいは合奏でも独奏ぽい感じを聴いていただけたらと思います。

 それにしても今回は客席が超満員と言った感じでしたが、やはり「いちむじん」の人気なのでしょうか? 若いデュオらしい、スリリングな演奏でした。





<勝手に選ぶセゴヴィア名録音 第7位> 

I.アルベニス : セヴィージャ (1944年録音)



実際に聴く前から好きに?

 この曲を私が知るようになったのは大学に入ってからだが、当初は曲名とか楽譜だけでしか知らず、曲そのものは聴いたことがなかった(もちろん弾いたこともない)。でもアストゥリアスなど、他のアルベニスの曲から推測して、実際に聴く前からこの曲のファンになっていたと思う。

 最初に聴いたのはやはりこのセゴヴィアの演奏で、ギターの先輩の部屋で何回も繰り返して聴かせてもらった記憶がある。その先輩はとても迷惑したと思うが、それでも当時の私は聴き飽きなかった。



かなり速く、ライヴ以上にライヴ的。多くのファンを魅了した

 セゴヴィアの「セヴィージャ」の録音は1920~30年代のものや、ライヴ録音などがあるが、やはりこの1944年
の録音が最も印象的で、演奏時間も3:47とかなり速く、スリリング。おそらくセゴヴィアのセヴィージャの中では最もファンに聴かれた録音で、前述の先輩のところで聴いたのもこの録音。

 1944年のニューヨーク録音ということで、音質そのものはあまり良くない。それもやむをえないこと、何しろ戦時中で、その当時の日本はたいへんなことになっていたのだから。文字通りギターどころではなかった。

 そうした音質の問題も超えて、この演奏は魅力的なもの。とても勢いがあり、ライヴ録音以上にライヴ的な演奏。SP時代のものだが、録音はダイレクトではなく、磁気テープ録音と思われるが、それほど編集はしていなくて、ほぼ一発録りなのでは。いずれにせよ、多くのファンを引き寄せた不朽の名演。





<勝手に選ぶセゴヴィア名演 第8位)

ハイドン~セゴヴィア編 : メヌエット(交響曲第96番より) 1954年録音




なりきりセゴヴィア?

 このブログでは何度か話に登った曲で、セゴヴィアの演奏した曲の中では個人的に最も愛着のある曲。最近時々私自身でも演奏していることも話したが、この曲を演奏すると、意識的か、無意識か、ほとんどセゴヴィアのコピーになってしまう。

 本来そうしたことはギタリストとしてあまり良いことではないのだろうが、この曲に関しては自分自身では完全にそれを許している。まさに”なりきりセゴヴィア”。



その度に幸せな気分になれた

 この曲の演奏が入っているLPは1954年発売の「プレイズ」と題されたものだが、私が買った最初のセゴヴィアのLPでもある。買った当時はそれこそ1日に何回も聴いた、そしてその度に幸せな気分になれた。この曲はそのLPの中でも最も気に入ったもの。

 この演奏がオリジナルの曲と多少違うものだとか、かなり個性的な演奏などということは当時の私には全く関係なかった。原曲とセゴヴィアの演奏スタイルの違いなど全く区別せず、その演奏が丸ごと自分の中に入ってしまい
、ハイドンのメヌエットにグリサンドがかかるなど何の抵抗も不思議さも感じなかった。



隠れ1位? 別に隠れる必要ないんじゃない?

 今聴きなおしても、この演奏は感動的、本当に体に浸み込んでしまったらしい。「第8位」とはしたが、もしかしたら自分の中では1位、つまり隠れ1位かも知れない。 ・・・・・それなら普通に1位にすれば? 世間体気にしすぎ?

 録音は1952年の録音とは違い、かなり優れたもの。モノラル録音の最高傑作の言ってよいのでは。少なくとも1950年代末のステレオ録音よりずっとよく、セゴヴィアの音がリアルに録られている。
明後日は「つくばギター・フェスティヴァル」

 明後日の4月28日はつくば市カピオ・ホールで「第11回つくばギター・フェスティヴァル」が行なわれ、水戸ギター・アンサンブルも出演します。出演団体は水戸GEの他、主催団体のギターアンサンブル・リベルタなど8団体で、ゲスト出演はデュオの「いちむじん」です。

 開場13:30、開演14:00で、入場無料です。なお水戸ギター・アンサンブルではイサーク・アルベニスの「アストゥリアス」、「カディス」、「コルドバ」で、これらの曲は普通ギター独奏で演奏されますが、今回はギター合奏で演奏します。





<勝手に選ぶセゴヴィア名録音 第5位>


F.モレーノ・トロバ : ソナチネ  1952年録音




1970年録音の「スペインの城」が気になるところだが

 スペインの作曲家、モレーノ・トロバとはセゴビアは親交も深く、ポンセ同様にかなりの作品を演奏し、録音している。それらの中では1970年に録音された「スペインの城(全8曲)」が気になるところだが、その音源が手元になく、発売当時友人(大学のギター部の後輩)宅で聴かせてもらって以来聴いていない。従ってこの曲は残念ながら今回は対象外とするしかない。

 その他では1958年に録音された「特性的小品集」や「マドローニョス」、「ノクトゥルノ」などの小品が上位候補として考えられるが、やはりその中では1952年に全曲録音されたこの「ソナチネ」が真っ先に挙げられるだろう。



私たちがよく知っているセゴヴィア

 やっと1950年代の録音の登場で、これまでの1960年代の演奏とはだいぶ異なる。この時代のセゴヴィアの演奏は、私たちがよく知っているセゴヴィアの演奏と言うことも出来る。かつて多くのギター・ファンを虜にしたあのセゴヴィアの演奏だ!

 「アレグレット」の楽譜の指示からすればかなり速めに演奏されている第1楽章は、たいへん”キレ”よく演奏されていて、まさにセゴヴィアの演奏の醍醐味といったところ。セゴヴィアの”弾き癖”といったものは1960年代の録音に比べるとよく出ているが、しかしこの曲に関してはそれほど崩しているというほどのものではない。



緊張感を削ぐことなく、細部もきっちり

 第2楽章もじっくりと歌っているが、遅すぎることもなく、聴き手の集中力を削ぐことはない。しっかりと最後まで緊張感を保っている。速いテンポで演奏されている終楽章も見事で、細かい音型もきっちりと演奏され、聴いていて小気味よい。



若さ溢れる59歳の演奏

 この「ソナチネ」はトロバの若い頃の作品で、ラヴェルに絶賛されたと言う話もあるが、確かに名曲だ。セゴヴィアの演奏もそれを裏付けている。セゴヴィアの演奏にも若さを感じるが、この年セゴヴィアは59歳! この歳で”若い”と形容されるのギタリストはセゴヴィアくらいだろう。使用楽器はもちろんハウザーⅠ、音のキレも確かにラミレスよりよい。

 音質のほうは、やはり1950年代のモノラル録音ということで、前述の1960年代の録音に比べると耳障りな点が若干あるのはやむを得ないが、鑑賞の妨げにはそれほどならない。




<勝手に選ぶセゴヴィア名録音 第6位>

M.M.ポンセ : ソナタ第3番より 第2、第3楽章    1955年ライヴ録音(イタリア アスコーナ)



同じ年にスタジオでも録音しているが

 セゴヴィアは1955年にこの「ソナタ第3番」をスタジオ録音していて、その録音も優れたものだが、その上を行くのが同じ年のアスコーナでのライヴ録音。一般にはあまり知られていなく、また全曲ではなく2,3楽章のみの録音だが、いろいろな面でともかくすばらしい。

 まず録音だが、相当力を入れて録音されたと思われる同年のスタジオ録音に比べて、このライヴ録音は遜色ないどころか、むしろこちらの録音のほうが優れている。

 ノイズの少なさからして、おそらくマイクは演奏者にかなり近いところにあったと考えられる。また人工的に音質を操作していることはないと思われるが、会場の自然な残響がたいへんよい効果をもたらしているようだ。



伝説のセゴヴィア・トーンがリアルに聴こえてくる、奇跡の録音

 セゴヴィアのポルタメントやヴィヴラートがたいへん美しく録音されており、伝説の「セゴヴィア・トーン」が決して録音技術により、人口的に作られたり改造されたものではないことが証明される。

 第2楽章はともかく美しく、第3楽章ではさっそうとしたテクニックのキレを見せている。また観客席からのノイズもかなり少なく、演奏だけを聴いているとスタジオ録音のようだ、ライヴだとわかるのは熱狂的な拍手の時だけだ。再度だが、観客にも拍手を送りたい。おそらく選ばれた質の高い観客なのだろう。

 今から60年近く前の録音だが、まるですぐ目の前でセゴヴィアが演奏しているようなリアルさのある録音で、ある意味奇跡的な録音といってよいだろう。
<勝手に選ぶセゴヴィア名録音 第3位>


A.タンスマン : ポーランド風組曲  1965年録音



ブログ 085



カヴァティーナ組曲のほうが有名だが

 ポーランドの作曲家、タンスマンのギターのための作品はポンセほど多くはないが、セゴヴィアにとっては重要な作品であることは間違いなく、リサイタルでもよく取り上げている。タンスマンの作品としては、一般的に「カヴァティーナ組曲」のほうが有名で、演奏される機会も多い。セゴヴィア自身でもそのカヴァティーナ組曲のほうがリサイタルでもよく弾いていて、1955年には録音(スタジオ録音)している。

 確かにその「カヴァティーナ組曲」の録音も名演だが、今回じっくり聴きなおしてみた感じでは、セゴヴィアの演奏としてはこの「ポーランド風組曲」のほうが印象的で、感銘度も高く、音質(録音の)もすばらしい。やはりこちらの方を上位にすべきと感じた。



録音時期は1,2位の曲とほぼ同時期で、曲へのアプローチも共通している

 録音時期は、第1位、2位の「プラテーロと私」、「ソナタ・ロマンティカ」とほぼ同じで(それらのLPの録音の翌年)、したがってセゴヴィアの曲へのアプローチ姿勢も共通している。セゴヴィアはこれらの録音では、作品の内容に関係なく自らの演奏スタイルを前面に出したり、また直観力だけに頼ることもなく、真摯にその作品の内容に迫っている。

 こうしたことは、この年代のセゴヴィアの演奏一つの特徴と考えてよいだろう。またこの1960年代には、セゴヴィアはソナタや組曲の全曲録音など、まとまった内容のLP、あるいはテーマを絞ったLPの発表に意欲的だったこともその一つと言える。



素朴でしみじみした曲

 このタンスマンの「ポーランド組曲」は「カヴァティーナ組曲」に比べるとやや素朴な音楽と言え、ポーランドの民謡などをモチーフにしたメロディックな曲といえる。タンスマンはどちらかと言えば保守的な作曲家だが、この曲はさらに古風な感じがあり、バロックかルネサンス時代の作品のようにも聴こえる。

 この組曲の中のそれぞれの曲も、なかなか美しく、また親しみやすい曲でもあり、比較的早い時期に録音されていたらもっと浸透していたかも知れない。また曲数が多い(オリジナルでは9曲、セゴヴィアの演奏では10曲)ことも、この曲をリサイタルなどで取り上げにくくしている理由かもしれない。

 録音は「プラテーロ」、「ロマンティカ」同様優れた美しいものだが、人工的な残響は若干感じる。もちろん前述のとおり感銘度の高い演奏で、ぜひ聴いていただきたい演奏の一つ。現在でもDG(ドイツ・グラモフォン)盤などで聴くことが出来るようだ。






<勝手に選ぶセゴヴィア名録音 第4位>

F.モンポウ : コンポステラ組曲  1965年録音
 



演奏内容や曲の内容は1~3位の曲と遜色ない

 私がこの曲を上位に挙げたのは1~3位までの録音とほぼ同じ理由だが、この順位になったのはセゴヴィアの演奏と作品の個々の問題というよりも、両者の相性といったものだ。

 モンポウはたいへん優れた作曲家だが、セゴヴィアとの相性と言った点では、テデスコ、ポンセ、タンスマンには及ばない。もっとも華やかさから全く背を向けたようなモンポウの音楽と相性のよい演奏家やギタリストはそれほど多くはいないだろう。



音の美しさ、重量感、密度

 不要なアクセントやタイミングのデフォルメなどがない、あるいはかなり少ないと言ったことは1~3位の曲と同じで、その分セゴヴィアの音の美しさ、あるいは重量感、高密度といったものが前面に出ている。プレリュードはいくぶん速めのテンポで演奏され、中間の4つの楽章も非常に存在感のある音で歌っている。

 この「コンポステラ組曲」は最近でも人気が高く、多くのギタリストによって演奏されているが、この録音には他のギタリストでは聴けないところがたくさんある。

 


私のランキングは偏っているが

 この「コンポステラ組曲」は、当初のLPでは第3位の「ポーランド組曲」とカップリングされて発売されている。つまり私のランキングは、LPで言うと、1964年録音の「プラテーロ」、「ロマンティカ」のLPが第1位、と2位、1965年録音の「ポーランド組曲」、「コンポステラ組曲」のLPが第3位、4位ということになる。

 私のランキングはかなり偏ったものだが、やはり”録音”と限定した場合、この時期のもはたいへんすばらしい。セゴヴィア・ファンも、そうでない人も(あるいは隠れセゴヴィア・ファンも)これら録音をじっくりと聴いてみると、これまでのセゴヴィア像とは多少違ったものが浮かび上がってくるようになるかも知れない。


勝手に選ぶセゴヴィア名録音

 前回言いましたとおり、このタイトル記事のシメとして、私個人がたいへん優れていると思うセゴヴィアの名録音を挙げてゆこうと思います。テレビ番組などではこういい時には、「まず、第10位は!」なんて始まると思いますが、ここではそんなまわりくどい事はせず、堂々と(?)第1位から発表してゆきたいと思います。まだ第何位まで発表するかも決まっていし。


 それではまいりましょう、栄光のセゴヴィア名録音、第1位に輝いたのは! デロデロデロデロ・・・・



<勝手に選ぶセゴヴィア名録音  第1位>


C.テデスコ : プラテーロと私   1962年、1964年録音
  

 <プラテーロ、メランコリア、夕べの鐘、つばめ、子守歌、帰り道、井戸、カナリアが飛ぶ、春、プラテーロはモゲールの空にいる>


ブログ 103
「プラテーロと私Ⅰ」のLPジャケット。2年の間隔をおき、5曲ずつ録音された


作品への共感が

 セゴヴィアの名演奏、名録音は数々あるが、第1位に関しては迷わずこの曲。セゴヴィアの演奏の充実度、作品内容、作品へのセゴヴィアの共感度、録音・・・・ なんと言ってもこの録音を聴いたときの感銘度・・・・ 間違いなくセゴヴィアの数々の録音の中でも最高傑作。

 どちらかといえば、作品の内容にかかわらず自由な演奏するセゴヴィアだが、こうした作品にたいしては真摯な態度で接し、自らの演奏スタイルよりも、その作品を活かすことを第一にかんがえているようだ。この作品へのセゴヴィア自身の共感がそれをさせているのだろうか。



朗読なしでも表現内容は十分

 セゴヴィアのギターの音色といえば、セゴヴィア・トーンと称される、高音にポルタメントやヴィヴラートかけた音が話題にされるが、セゴヴィアの音の特色はその重厚で、密度の濃い音にあるように思う。低重心のゆるぎない存在感ある音は、他のギタリストの追従を許さぬもの。

 作品としても、間違いなくギター音楽の最高傑作と言え、こうした表現はギター以外の楽器では不可能と思える。本来朗読に添えられる音楽だが、朗読なしでも表現内容は十分に伝わってくる。最後の「プラテーロはモゲールの空にいる」は特に感動的。



あまり広くないスペースで

 録音はアナログ・ステレオ録音時代のもだが、当時の録音機器の性能の限界に挑むものと思える、セゴヴィアの音を極力忠実に再現しようとする録音技術陣の意気込みが伝わってくるような録音。

 特に1964年の録音では”何も足さず、何も引かず”といった姿勢を感じる。その音は近い距離でセゴヴィアの演奏を聴いているような音と言える。1962年のものに関しては若干人口的な残響が感じられ、リアルさでは一歩譲る。



過度の賛辞は慎むべきだが

 世紀の大巨匠と言えど、過度の評価や賛辞は慎むべきであろうが、この録音(プラテーロと私)に関しては、作品、演奏、録音技術の3者共に極めて優れ、高い評価を受けるのに値するもの。今後長きに渡って多くの人々に聴かれるものと思う、またそうあるべきだ! 

 私はこの録音を、1990年頃に発売されたMCA盤で聴いているが、現在は10曲まとまった形では入手出来ないようだ。5曲のみがDG盤で入手できるようだが、どの5曲かはわからない。

 




<勝手に選ぶセゴヴィア名録音  第2位>

M.M.ポンセ : ソナタ・ロマンティカ    1964年録音



ブログ 084
発売当初のLPでは「プラテーロと私」とカップリングされていた


ポンセの名演は数々あるが

 セゴヴィアは親交の深いポンセの作品を自らの作品ように扱っていた。従ってポンセの作品の演奏に優れたものが多いのは当然と言える。セゴヴィアはポンセの4つのギターのためのソナタを録音していて、いずれも優れた演奏。どの作品を真っ先に挙げるかはたいへん迷うところだが、作品の内容、録音技術などを加味すると、結局このソナタ・ロマンティカになった。


プラテーロとカップリング

 この録音は「プラテーロと私Ⅱ」とカップリングされたもので、LPのA面が「ソナタ・ロマンティカ」、B面が「プラテーロと私(帰り道、井戸、カナリアが飛ぶ、春、プラテーロはモゲールの空にいる)」として1964年に録音されている。つまりLPで言えばこの「プラテーロ」と「ロマンティカ」のものが最高傑作と言える。



録音ではこの1960年代こそが絶頂期

 一般にセゴヴィアの絶頂期といえば1930年代から1950年代くらいを指すことが多い。確かにライブでの演奏となればそれは確かだろう。しかし録音としては1960年代こそがセゴヴィアの絶頂期といってよいと思う。

 また楽器もその1930年代~1950年代に用いたヘルマン・ハウザーの評価が一般的に高く、1960年頃にそのハウザーが故障し、やむなくホセ・ラミレスⅢに持ち替えたと言われている。しかしこうした録音を聴いているとそうした消極的な理由でラミレスにも誓えたわけではないように思える。



ホセ・ラミレスⅢ=この時期のセゴヴィアに最も合った楽器

 この時代であればセゴヴィアの使用する楽器の選択肢は限りなく拡がっていたはずだ、つまり極めて広い選択肢の中からこのホセ・ラミレスⅢを選んだわけである。当然その時点で最も自分の演奏に合うと考えたからこの楽器を選び、それが間違い出なかったからその後20数年間使用することになった。これらの録音を聴いていると、やはりこの時代のセゴヴィアには、この楽器が最も合っているように聴こえる。



永遠の名演と言える

 セゴヴィアの演奏については以前にも述べたが、「プラテーロと私」同様、作品の構成など、その本質を捉えた演奏と言える。また録音も良好で、3年後に録音された「ソナタ・メヒカーナ」などよりもセゴヴィアの音がリアルに聴こえてくる感じがする。

 最近でもこの「ソナタ・ロマンティカ」は若いギタリストなどによってよく演奏されるが、やはり他のギタリストの演奏とは明らかに違う。永遠の名演奏と言えよう。