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中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

<Q&A 手が小さい 5>



バッハのシャコンヌ

 下の譜例はバッハのシャコンヌのセゴヴィア編で、曲の真ん中くらいのところのアルペジオの部分です。

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完全に1フレット分届かない

 ○で囲んだ部分は人差し指が⑤弦の1フレット、中指が④弦の3フレット、薬指が②弦の3フレットで、小指はなんと! ①弦の6フレットを押さえなければなりません。 セゴヴィア自身では問題なくこれが押さえられるのしょうが、これが押さえられる人は限られるでしょう。 私が押さえると下の写真のようになります。


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○印のところを押さえているつもりなのだが、全く届いていない!  本当は小指は6フレットにゆかなければならず、完全に1フレット分届かない


 全く届いていません、これではどうやっても弾けませんね!  そこで下のような運指にして弾いています。



6フレットセーハでも押さえるだけは出来るが

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 押さえるだけなら6フレット・セーハでも押さえられますが(上の譜例の2小節目、2拍目)、それでは右手の中指と薬指の間が空いてしまい、右手の方が難しくなってしまいます。 そこで、やや押さえにくいが「シ♭」は譜面のように②弦にしています。 



先に「レ」を押さえておく

 この方法だと確かにこの部分は手が小さくても押さえられますが、前後関係はいっそう難しくなります。 そこでここの前の拍で、あらかじめ③の「レ」を1指で押さえておきます。 これによって2拍目もなんとか止まらずに押さえられます。


 3拍目では、瞬時に1フレットの「シ♭」に行かなければならず、これもなかなか難しいところです。 問題の箇所をハイ・ポジションにしたために、いろいろなところにしわ寄せが来てしまいます。 出来るのあれば、やはりセゴヴィア編のようにロー・ポジションで押さえたい所です。確かに手が大きい人が羨ましいですね。


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問題の箇所(セゴヴィア編の○印)の1拍前。 あらかじめ③弦の「レ」を押さえておかなければならない



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問題の箇所を押さえたところ。 これならたいていの人は押さえられるが、前後関係はかなり難しくなる



この程度のことが出来なければ

 しかし私のように手が小さいと、このような方法をとるしかないでしょう。 この方法はかなりのテクニックがなければ滑らかに弾けませんが、どのみちこの曲は難しいところだらけなので、この程度のことが出来なければ、この曲を弾くのは不可能でしょう。

 
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 もうオリンピックも終わってしまいますね。木曜日深夜はショート・プログラムの予想外の結果により浅田真央選手のフリー・スケーティングが比較的早い時間に行われ、リアル・タイムで見ることが出来ました。

 とても美しく、素晴らしいスケーティングでしたね。たいへん厳しい状況下にかかわらず、非常に強い意志力で滑りきったその姿には、テレビを見ていた多くの人が感動を覚えたのではないかと思います。

 それにしても、見事に言っちゃいましたね。あのおじさん、大事なときには必ず失言するんですよね。なんでなんだろうなと・・・・・・





クラシック・ギター名曲ランキング


<第11位>  11月のある日(レオ・ブローウェル)




 さて、当ランキングも10位オーバーとなり、クラシック・ギターにあまり興味ない人、あるいはギターを初めて間もない人、最近ギターに興味を持ち始めた人などにはあまりなじみのない曲が多くなってくるかも知れません。しかしその曲の内容が劣るわけではなく、ここから先が、むしろクラシック・ギターの神髄ともいえるでしょう。



ギター界の重鎮レオ・ブローウェルの作品

 この曲(11月のある日)もかなり最近人気が出た曲で、最近のアマチュアのコンサートなどではたいへんよく演奏されるようになった曲です。

 作曲者のレオ・ブローウェルはキューバの作曲家で、若い頃はギタリストとしても活動していました。何枚かLP録音もしていたのですが、今現在は入手が難しいようです。自らの作品の他にスカルラッティのソナタなども録音していました。 今現在ではブローウェルの作品は「舞踏礼賛」、「ソナタ」、「黒のデカメロン」など多数の作品が重要なクラシック・ギターの作品として多くのギタリストにより演奏されています。




映画音楽

 この「11月のある日」はもともとは映画のために作曲されたそうですが、上記の作品のように前衛的な作風ではなく、たいへんメロディックな曲です。楽譜の出版は2000年ですが、それ以前からも一部のギタリストにより演奏されていました。


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2000年の出版だが、それ以前から手書き譜の形で一部のギタリストの間では広まっていた




大萩康司さんのCDにより人気が急上昇した

 我が国では1999年に大萩康司さんのデビューアルバムのタイトル曲となり、大萩さんのギタリストとしての人気と相ともない、この曲の人気も急上昇しました。この曲の主部(前半部分)は美しいメロディで書かれていますが、技術的にはそれほど難しくなく、そう言った点でも愛好者に親しまれています。



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大萩さんのデビューアルバム。 この曲の人気と深くかかわりのあるCD。彼の演奏を初めて聴いた時には「こんなギタリストが日本にいたのか」と衝撃を覚えた



 中間部はやや難しいですが、それでも技術やギター歴のあまりない愛好者でも、音楽的なセンスさえあればうまく弾ける曲ではないかと思います(逆にテクニックはあっても、音楽的センスに欠けると様にならない?)。
クラシック・ギター名曲ランキング

<第6位>  アストゥリアス(イサーク・アルベニス)




本来ギター曲ではないが

 この曲をこのランキングに入れるのは厳密には問題あるかも知れませんが、違和感を感じる人はそれほど多くはないでしょう。本来ギター曲でないにも関わらずギターの名曲として知られているのは周知のとおりです。

 この曲はピアノで演奏されよりもギターで演奏される方がずっと多いのは間違いありません。つまりピアノで演奏すれば「珍しい曲」で、ギターで演奏すれば「ごく当たり前の曲」と言えます。こうした事実を考えれば、ごちゃごちゃ言わず「ギターの名曲中の名曲」でいいでしょう(誰もごちゃごちゃ言っていないか)。



聴きなれていない人にもウケる

 この曲はフラメンコ風の無窮動のパッセージが繰り返される情熱的な曲で、この曲が弾ける人にも弾けない人にも、たいへん人気の高い曲です。人気の高さだけで言えばもう少し上のランキングもある得るでしょう。

 また、この曲は初めて聞く人にでも印象度が高く、あまりギター曲を聴きなれていない人を対象としたコンサートでも反応がなかなかよいものです。そうしたことから、私自身でもいろいろな場でこの曲を演奏していて、演奏頻度からすると「禁じられた遊び」、「アランブラの想い出」に並ぶものです。



当ブログでは何度も書いているが


 この曲については当ブログでも何度かにわたって書いていますが、一応おさらいしておきましょう。「アストゥリアス」はスペインの作曲家、イサーク・アルベニスによって1895年頃、5曲からなるピアノのための組曲「スペインの歌」の第1曲「前奏曲」として作曲され、作曲家の死後「スペイン組曲作品47」に第5曲「レーエンダ‐アストゥリアス」として組み入れられました。



曲名と内容が合っていない?

 現在はこの曲を「アストゥリアス」、または「レーエンダ(伝説)」と呼ばれているわけですが、この曲名は作曲者が付けたものではなく、出版社によって付けられたものと言えます。曲は文字通りフラメンコ的な曲ですが、曲名になったアストゥリアス地方というのはスペイン北部にあり、フラメンコとは全くと言ってよいほど縁のない地方だそうです。

 したがってこの曲名はおかしい言う声もありますが、このアストゥリアス地方というのは山と海に囲まれた厳しい環境の土地らしく、この曲の情熱的であると同時に緊張感のある雰囲気に、合わなくもないかも知れません。少なくとも私にはそう感じられます。



気になったことありませんか?

 この曲はピアノよりもギターで演奏されることがずっと多い曲だとしても、やはり基本的にピアノ曲ですから、そのままギターで演奏することは出来ません。当然編曲しなければならないということです。皆さん、特に多少なりともこの曲を弾いたことのある方、誰がギターに編曲したかって気になったことありませんか?

 ともかく有名な曲だけに譜面は以前からたくさん出ています。ギターやっている人なら何らかの形でこの曲の楽譜を持っているのではと思います。その楽譜に編曲者の名前はどう書かれていますか? おそらく何も書かれていないか、もしくはその曲集などを編集した人の名前が書かれているのではと思います。



編曲者名が違っていても似たり寄ったり

 細かいところ、特に中間部などでは多少違っていたとしても、大筋ではどの譜面もほぼ同じといってもよいと思います。本当にそれぞれのギタリストが別々にアレンジしたとしたら、もっと個々の譜面によって異なるはずです。場合によっては調も異なるかも知れません(現実的にはホ短調以外はかなり難しいが)。 



1991年にセゴヴィア編として出版されたが

 結論としては、それぞれのギタリストがピアノ譜から独自にギターにアレンジしているのではなく、一つの共通した編曲譜から再編曲、あるいは多くな影響を受けているということでしょう。つまりオリジナルの編曲譜があるということです。

 1991年にUnion Musical Edicionesからセゴヴィア編曲のアストゥリアスが出版されました。これぞ、そのオリジナルの編曲譜かなと思ったのですが、この譜面見覚えがある、かつて(1970年頃)よく見かけた譜面です。細かいところまで全く同じもので、あえて買う必要もなかったかなと思いました。

 それにしても、もしこの編曲譜が本当にセゴヴィア自身のものであれば、なぜセゴヴィアは生前にこの譜面を出版しなかったのだろうか、これだけ人気曲なのだから。

 一般にセゴヴィア編とされている曲の中にリョベットやタレガなどの編曲を若干手直ししたものがたくさんあります。中にはかなり変更していて確かに実質「セゴヴィア編」と言ってよいようなものもかなりあります。


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1991年にUMEから出版されたセゴヴィア編(と言われる)のアストゥリアス。中身は昔よく見た譜面だ。



セゴヴィアはそういったことにはきちんとしていた

 しかしセゴヴィアはそうした、他のギタリストが編曲したものに若干自らの手を入れたものをものを、決して自らの編曲として、演奏したり、まして出版する(自らの編曲として)ようなことは全くしていません。セゴヴィアが自らの編曲として出版したものは、すべて原曲から直接編曲したものに限られます。

 つまりアストゥリアスを生前出版しなかったは、セゴヴィア自身の編曲ではなく、他のギタリストの編曲で、セゴヴィアがそれに若干変更を加えて(和声法的には適切な変更)演奏していたといことを示すものです。

 1991年に「セゴヴィア編」として出版されたものは、むしろその基になったオリジナルの編曲譜そのものと言えるかも知れません。前述のとおり、セゴヴィアの演奏と若干異なっています。おそらくセゴヴィアの遺族などがその譜面をセゴヴィア編として出版したのでしょう(そういえば「禁じられた遊び」も遺族によって「イエペス作曲」とされている)。



現代ギター誌に本当の編曲者が書かれていたが

 この曲の本当の編曲者は確か現代ギター誌に書かれていたと思います。スペインのギタリストだったと思いますが、、名前の方は忘れてしまいました。2~3年くらい前の記事だったと思いますので気になる方はバック・ナンバーを当たってみてください。セゴヴィア自身でもそのギタリストのアレンジを若干変更して用いたと書いてあったと思います。


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おなじみの譜面だが、3段目から伴奏としてに②弦解放弦の「シ」が2個ずつ付いている。原曲ではオクターブの音を2個同時に弾いているのだが、この編曲では「ヨコ」に「シ」を2個重ねている。こうすることにより盛り上がりを減ずることなく、演奏を容易にしている。「タテ」のものを「ヨコ」にしたわけだが、なかなかの発想だ



その功績は讃えられるべき

 確かに今現在、このアストゥリアスのいろいろな編曲譜が出版されていますが、そのほとんどの譜面が、このオリジナルの編曲譜を継承していると言ってもよいでしょう。特に主部ではそれが顕著に出ています。とすればこの最初の編曲者はギター界における功労者となるわけですが、現在ほとんどその名前は知られていません。もっとこのギタリストの功績は讃えられるべきでしょう。

 ・・・・かく言う私も名前を忘れてしまっている、ゴメンナサイ。 ・・・・・・ちゃんと調べておこう。
 



Q : 4歳の女の子と2歳の男の子がいます。 二人ともギターに興味がありそうなので、ギターを習わせようかと思うのですが、何歳くらいから習わせるのがベストなのでしょうか。 


                                        30代 主婦



A : その4



小さいうちから始めるほうがよいのは確か 

 前回まで、優れたギタリストになるためには3~5歳くらいから始めるのがよいが、その年齢で始めれば誰でも上達するわけではなく、場合によってはギターへの意欲が全く湧かないまま、ただ「習い事としてやめずに続ける」ためにだけギター教室に通い続けることもある、いったことを話しました。

 ギターをはじめ、音楽に関することは小さいうちから始めるのが良いのは間違いないことですが、しかし音楽という性格上、意欲が伴わないとなかなか上達しないばかりか、仮に上達しても本人の人生にとってあまり有益なものではなくなってしまいます。



自分のお子さんに豊かな人生を送って欲しいという親心


 もちろんご自分のお子さんに小さいうちからギターを習わせるといっても、すべての親御さんがお子さんをプロのギタリストにしようとしているわけではありません。大多数の親御さんはお子さんに生涯にわたる趣味をもたせ、長い人生を豊かに過ごせるようにと考えてのことと思います。



熱心な愛好者は、意外と低年齢でギターを始めていない

 ところで、私の知る限りの、熱心なギター愛好家(=長年に亘って意欲的にギターに取り組み、コンサートやコンクールなどにも積極的に出場し、知識も演奏技術も高い人)たちが、いつ頃からギターを始めたかというと、この3~5歳くらいでギターを始めたという人は非常に少ないようです。

 その大きな理由として、かつては(私の年代の人)そういった低年齢からギターを始める人は、非常に少なかったと言うことで、早くて中学生で、高校生や大学生、あるいは社会人になってからギターを始めると言う人が主流だったと思います。

  

低年齢でギターを始めた子は少なくないはず

 低年齢、つまり3~5歳くらいでギターを始める子供たちが多くなったのは、30~40年くらい前からだと思います。私の教室でも、少なくとも10人くらい小学生、または小学生未満の子が習っていました。全国的にみればかなり多くの子供たちがギターを習っていたのではないかと思います。

 とすれば、今現在は、20~40代くらいで、小さいうちからギターをならったギター愛好家がたくさんいてもよいはずです。しかし意外とそうした人にはあまり出くわしません。この年代の人でも熱心にギターを愛好している人の多くは、やはりもう少し遅くなってからギターを始めています。

 もちろんそうした人(低年齢でギターを始めた人)のうちの少数の人は、現在第一線で活躍している優れたプロのギタリストになっているのでしょう。



自分の意志で始め、続けられる年齢

 低年齢でギターを始めた人が、必ずしもギターを生涯の趣味となっていない最も大きな理由としては、やはりギターを始めるきっかけや、続けることに意志が伴わないことにあるのでしょう。

 現在ギターを愛好している人の多くは、早くて中学生、あるいは小学校高学年、大多数としては10代後半くらいからと言う意味は、その歳にならないとなかなか自分の意志でギターをはじめ、また自分の意志でギターを続けられないものです。



4歳で自分の意志でギターを始めるのは、天才の証拠

 中にはセゴヴィアやイエペスのように4歳くらいから自分の意志でギターを、なお且つ独学で始めると言う人もいますが、もちろんこうした人は例外で、天才の天才たる所以でしょう。



では、ギターを始めるベストな年齢とは?

 結論としては、「始めたくなった時が、始める時」、「弾きたくなった時が弾く時」、といったところでしょうか。 そう思った年齢が5歳であっても、70歳であっても、その人にとってはその歳が 「ギターを始めるベストな歳」 となるのでしょう。


 ・・・・・・・ただ、ギター教師の立場からは、少しでも若い時期にギターを始めたくなって、ギターが弾きたくなって欲しい・・・・・


中村ギター教室発表会   11月10日(日)14:00~  ひたちなか市文化会館小ホール


 明後日の日曜日に、ひたちなか市文化会館で私の教室の発表会があります。 私の教室の生徒さんのうち、約半数にあたる30人が、合奏や独奏などで出演します。 時間は14:00~16:30くらいと思いますが、足を運んでいただけたら幸いです。 入場無料で、開場は13:30です。
       
                    ・・・・・・ではQ&Aの続きを





Q : 4歳の女の子と2歳の男の子がいます。 二人ともギターに興味がありそうなので、ギターを習わせようかと思うのですが、何歳くらいから習わせるのがベストなのでしょうか。 


                                        30代 主婦



A : その3



 第1線で活躍しているプロのギタリスト、特に最近の若手ギタリストのほとんど3~5歳くらいでギターを始めて、ピアノやヴァイオリンなどの分野でもだいたい同じか、あるいはちょっと早い時期に始めている、といった話をしました。

 そういった意味ではこの質問者の二人のお子さんたちは、ギターを始めるのにちょうどよい年齢と言ってよいでしょう。 特にこのお子さんたちの場合、両親の関係で、ギターや音楽が身近にある環境で育っていて、ギターへの関心も高いようです。 将来優れたギター愛好家、場合によってはプロのギタリストになる可能性は十分にあると思われます。



逆は成り立たない

 しかし一般論として、 <優れたプロ・ギタリスト = 3~5歳でギターを始めている>  ということは成り立ちますが、その逆、つまり <3~5歳でギターを始めた子 = 優れたプロ・ギタリストになる>  ということは必ず成り立つわけではありません。
 
 まず、はやりその子の適性というものがあり、適性が合わなければなかなか上達しないばかりか、レッスン自体が、習う方も、教える方もたいへん辛いものになってしまうこともあります。 



上手にはなるかも知れないが

 もっとも、この3~5歳頃というのは、基本的にどの子も天才的な要素があって、仮にギターが特に好きでなかったとしても、この時期から始めることによって、その優れた能力が引き出されることはよくあります。

 しかしこうした年齢でギターを始め、潜在能力が開花し、本人の意思とは関係なくギターが上達したとしても、はたしてそれがよいことなのかどうかはわかりません。

 小さいうちからギターを始めた場合、よく、ギターを習うということが、単なる”習い事”となってしまう場合があります。 つまり毎日決まった時間家で練習し、毎週決まった時間に教室の行く、ということが一つの義務的なものに留まってしまうわけです。

 ギターの上達に従ってギターへの興味も増して行ければたいへんよいのですが、残念ながらそうはならないこともあります。



練習したくない時には練習しない子のほうがよい

 もちろん大人でもギターを始めたけど、途中で面白くなくなった、ということはよくあるでしょう。 大人の場合でしたら、そうした時には当然自分の判断で習うのをやめるでしょう。

 小さい子供でも面白くなくなったら「やめる」と言い出す子もいますが、そういう子は特に問題ありません。もっと自分合ったことを探せばよいだけです。

 しかしそうでない子も意外と多く、仮に興味をなくしてしまったとしても「面白くなくなった」とは言えない子も少なくありません。 

 また練習したくない時には練習しないという子も、それはそれでいいように思います。そうした子は、逆にギターを弾く時には弾きたくて弾くわけですから。

 練習したくなくても、先生や両親のことを考えて、毎日決まった時間は必ず練習し、本当はギターが嫌いなのだけれど両親や先生には決して言わない・・・・ そんな子は決して少数派ではありません。



子供と言えど、途中でやめるのは挫折感を伴う

 両親のほうでも、仮にその子があまり意欲的にギターをやっていなかったとしても、「始めたのだから途中でやめないほうがよい」と言う事もあるでしょう。 

 またその子自身も途中でやめるということは、一種の挫折感を感じるので、自分からは「やめたい」とは言わない、ということもあるのでしょう。

  

がんばる気持ちを最大限尊重するしかない

 このような場合、「無理してギターやらなくてもいいんだよ、もっと自分にあった趣味があるかも知れないからね」 といってやるのが一番いいのかも知れません。 私の場合でも、その子が習い始めて1年とか2年くらいだったら、確かにそのように言うこともあります(ごく稀にですが)。

 しかしすでにもう何年もギターを習っている場合、「やっぱり君にはギターは向いていなかったね」 などということは絶対言えないでしょう。それまでがんばってきたことをすべて否定してしまうことになるからです。

 そうしたケースでは、その子のがんばっている気持ちを最大限尊重してあげることしか出来ないでしょう。