中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

プログラムの作り方 ⒓

 <パヴェル・シュタイドル ギター・リサイタル>
     2008年 3月4日 水戸市佐川文庫




メルツ : 「吟遊詩人の調べ」より ロマンスホ短調他
パガニーニ : ギター独奏のための34のソナタより
ジュリアーニ : ロッシニアーナ第1番

・・・・・・・・・・・・

オブロフスカ : ゴシック・コラール讃歌
バッハ : シャコンヌ
アルベニス : カディス、セビージャ

 *第1部と2部の間に宮下祥子さんの独奏と、宮下、シュタイドルの二重奏あり





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見た目も何となく宇宙人ぽいパヴェル・シュタイドル。 だがその能力も圧倒的で、まさに人間離れしている



曲目をよく覚えていない

 プログラムの作り方についての記事なのですが、実はこの時シュタイドルが演奏した曲目がはっきりせず ”だいたい” のものになってしました。 その時の感想は当ブログでも書いているのですが、残念ながら曲目がきちんと書いていません。  ・・・・いまさら後悔しても遅い



曲目が詳しく書かれておらず、実際の演奏もプログラムどおりではない

 チラシのほうはあったのですが、当日配られたプログラムのほうは見当たりません。 なお且つ、配られたプログラム通りには演奏していなくて、 またパガニーニの曲などは具体的にどの曲かなどは書いてありませんでした。 確か、メルツの作品を演奏するなどということはプログラムには全く記されてなく、アナウンスなどもありませんでした。

 もしかしたらこの日に演奏された曲目を正確に把握していた人は演奏者本人を除くとほとんどいなかったかも知れません。 私自身も曲目がはっきりわからなかったので、記事に細かく書かなかったのかも知れません。

 

21世紀型プログラム

 さて、そんな頼りない記憶で恐縮、ですが、シュタイドルのプログラムはセゴヴィアのものとはだいぶ異なっています。 レパートリーもだいぶ違いますし、また作品の年代といったことも演奏順にはあまり関係がないようです。  セゴヴィアのプログラムを ”20世紀型” とすればこちらは ”21世紀型” となるでしょうか。



19世紀の音楽へのこだわりが強い

 シュタイドルは楽器も19世紀の楽器のレプリカを用いていて、19世紀、特にロマン派の音楽へのこだわりが強いようですgs、こうしたことも前世紀にはあまりなかったことです。 プログラム構成も、前半は、その19世紀の作品、 後半はその他の曲となっています。   ・・・・・バッハやアルベニスという、セゴヴィアの時代にはメインデッシュだった曲が ”その他” の括りとなっている



20世紀ではバロック音楽や古典音楽の演奏様式を重視した

 20世紀では、”演奏の時代様式” ということが良く言われるようになりました。 19世紀ではバッハなどを演奏する場合でもその時代、つまり19世紀的な演奏仕方で演奏していたわけですが、20世紀では、特に古典やバロック音楽などではその時代の演奏様式にしたがって演奏しなければならないと言ったことがよく言われました。



ロマン派の音楽もバロック音楽のように

 場合によっては、19世紀のロマン派の音楽の場合でも、まるで古典やバロック音楽のように演奏する人もあり、 ギターの場合でもタレガの作品はグリサンドやハイポジションの使用が多すぎると、ローポジションを多用し、装飾音、グリサンドなしで、 ”さっぱり” と演奏されることも多くなりました。

 20世紀では19世紀の音楽はあまりにも近かったために客観的に考えることをあまりしなかったのかも知れません。 逆に言えば20世紀ではまだまだ19世紀てきな音楽が体に浸み込んでいて、特に意識しなくても19世紀的な演奏出来たのでしょう。



19世紀の音楽は歴史となった

 しかし21世紀ともなれば、多くの人は常に一定のリズムを刻むポピュラー系の音楽に親しむようになり、日常的にロマン派の音楽を聴くことはかなり少なくなりました。 つまり19世紀の音楽は ”ちょっと前の音楽” ではなく、”音楽史上の一時代の音楽” となってきた訳です。



シュタイドルの演奏は19世紀の演奏様式を重く見たもの

 21世紀人にとっては19世紀の音楽はすでに ”体で感じる音楽” ではなく、客観的に演奏様式を学ばなければ演奏出来ない音楽であるのでしょう。 話がちょっと長くなりましたが、シュタイドルの演奏はそんな ”19世紀的演奏様式” に従った演奏といえるのはないかと思います。



何の曲だかわからない?

 パガニーニやメルツなど曲目がよくわからない原因として、シュタイドルはそれらの曲を ”19世紀の演奏様式にしたがって” かなり自由に演奏していることもあります。 「吟遊詩人の調べ」も原曲とだいぶ違ってますが、パガニーニのソナタなどオリジナルとは全く違ったものになっています。

 パガニーニのギター・ソロのための曲は中級者程度のわりと平易に作られた曲が多いのですが、シュタイドルはこれらの曲を完全にヴィリトーゾ的な曲に作り替えています。



シュタイドルの能力の高さは群を抜いている

 後半の「ゴシックコラール讃歌」では特殊超絶技巧の連続にさらに重音唱法、つまり人間の声で同時に二つの音を出すと言うまさに”人間離れ”した技も見せました。 最近では優れた技術を持つギタリストは少なくありませんが、そうした中でも、このシュタイドルの能力の高さは群を抜いているような気がします。



見た目も、中身も地球人離れしている

 私の当時のブログでも 「このギタリスト何となく宇宙人ぽいかな」 などと書きましたが、まさに ”21世紀型ギタリスト”、あるいは ”未来型ギタリスト” といったところでしょう。

 ・・・・・・それまでの演奏が凄すぎて、その後に演奏した「シャコンヌ」や「セビージャ」などはあまり印象に残っていない・・・・
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プログラムの作り方 11


<ジョン・ウィリアムスのリサイタル>


ヴァイス : 組曲第11番
バッハ : シャコンヌ
スカルラッティ : 4つのソナタ

・・・・・・・・・・・・・

トゥリーナ : ファンダンギーリョ
モレーノ・トロバ : ノットルノ、 マドローニョス
ドッジソン : ファンタジー、 ディヴィジョンズ
アルベニス : コルドバ、 セビーリャ

  1971年9月27日  東京虎の門ホール




突然のイメチェン

 ジョン・ウィリアムス、2回目(たぶん)の来日時のプログラムです。 ウィリアムスは1941年生まれですが、20代、つまり1960年代では見た目も銀行マンのようで、どちらかといえば、大人しく、清楚な演奏が売りだったのですが、70年代になってから突然ファッションも変わり、LPで聴く限りでは、演奏ぶりも力強く、華麗なものになりました。

 そんな”変身”時の時の来日で、いろいろな意味でセンセーショナルなものでした。 私は当時大学生でギター漬けの毎日を送っていましたが、まだあまりいろいろなギタリストのリサイタルは聴いていなかった頃で、このウィリアムスの演奏は、やはり衝撃的な印象でした。




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クラシック・ギタリストとは思えないファッションのウィリアムス(30歳前後)



たいへん美しい音

 まず、何といってもたいへん美しい音で、当時ウィリアムスはアグアードを使用していたと思いますが、透明感のあるとても美しい響きで、こんなに美しいギターの音は、それまで聴いたことのないものでした。 会場は決して小さなところではありませんでしたが、よく通る音で、全く不足は感じませんでした。

 
 
見た目はロック・ミュージシャンだが
 
  さて、プログラム構成の方ですが、上記のとおり前半はバロック、後半はスペイン音楽(ドッジソンはイギリス人)を中心としたもので、ロック・ミュージシャンかた見まごうファッションながら、プログラムの内容はセゴヴィアなどの伝統的なものを踏襲したものと言えます。 



いつかはこんなプログラムでリサイタルをやってみたい

 基本は伝統的なプログラムですが、内容はかなりすっきりとしたものになっていて、センスの良さが窺われます。 当時はまだギター・リサイタルのことなどよくわかりませんでしたが、 なんとなく 「かっこいいプログラムだな」 と感じました。

 当時の私は、まだまだこんなプログラムは演奏出来ませんでしたが、いずれはこんなプログラムでリサイタルをしたいなと思いました。 まさにあこがれのプログラムと言った感じです。 



最初から全開のギタリスト

 最初の「ヴァイスの組曲」はどんな曲だったかあまり覚えていません。 「組曲」とされていますが、実際は「ソナタ」と題されているようで、確か当時は20数曲ほどしか知られていなかったようです。 現在は5~60曲くらいあると言われていて、ナクソス・レーヴェルで、ロバート・バートが全曲録音を実行中です(現在Vol.11)。

 この曲は”指ならし”的に弾くにしては決して易しい曲ではありませんが、ウィリアムスはセゴヴィアのように徐々に調子を上げてゆくと言うより、最初から全開で弾けるギタリストのようです。  



透明で美しいシャコンヌ、とても幸せな気持ちになれた

 バッハの「シャコンヌ」は、厳粛で力強い曲ですが、とても透明感のある美しい演奏でした。 後半のスペインものにはさらに躍動感も加わり、聴いていて、とても幸せな気持ちになれたリサイタルでした。 その後の私にいろいろな意味で強い影響を与えたのはもちろんです。



1995年はアンプ使用

 1995年の24年ぶりに来日時の東京文化会館でのリサイタルも聴きに行きました。 ウィリアムスは1970年代からリサイタルでアンプを使用するようになりますが、この時もアンプ使用による演奏でした。

 アンコールの際、客席からの 「1曲でいいからアンプなしで演奏もらえませんか」 という声がありましたが(流暢な英語で)、「ギターの音は小さいから」と(たぶん)、 結局最後までアンプを通しての演奏となり、最後までウィリアムスの生音を聴くことはできませんでした。




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1990年代のウィリアムス。 この頃にはウィリアムスの生音はなかなか聴けなくなった。



まるでCDを聴いているよう

 この時のリサイタルは、前半がアルベニスなどのスペインもの、後半がバリオスといったものでした。 セゴヴィアの場合は、サイタルの最後で演奏されることの多かったアルベニスの「朱色の塔」を、リサイタルの冒頭に演奏し、しかも、技術的には全く完璧でした。 ウィリアムスにはステージで緊張するなどという感覚はないのでしょう。

 アンプ使用のおかげで音は大変良く聴こえ、また技術も完璧なので、コンサート会場にいながらまるでCDを聴いているよう・・・・・ 1995年のリサイタルの印象はそんな感じでした。 しかし実を言うとこの時のリサイタルは1971年のものほど記憶がありません。 ついついCDを聴いているようで、途中から若干集中力をなくしてしまったのかも知れません。



やはり生に限る?

 ウィリアムスは、元々微妙なニュアンスの変化や表現で演奏するといったタイプではないのですが、 アンプを通すとさらに音楽が硬直するようにも思えます。   やはりクラシック・ギターのリサイタルは”生”に限りますね  ・・・・・例えどんなに音が小さくても・・・・

 
プログラムの作り方 10

<セゴヴィアのプログラム 3>




         第Ⅰ部
ヴァイス : アダージョ、 アレグレット
フレスコヴァルディ : アリアと変奏
バッハ : プレリュード、 フーガ、 ガヴォット
スカルラッティ : ソナタイ長調
ハイドン : アンダンテ、 アレグレット


         第Ⅱ部
テデスコ : 「プラテーロと私」より
   プラテーロ
   メランコリア
   かえり道
   ロンサール
   子守唄
   春

         第Ⅲ部
ポンセ : 南のソナチネ
トゥリーナ : ファンダンギーリョ
アルベニス : グラナダ、 セビーリャ

   *1980年7月17日 新宿文化センター




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セゴヴィア87才の来日、 全盛期と変わらぬ充実したプロ

 セゴヴィアは1980年に3度目の来日をしていますが、この時、東京、大阪、、札幌、名古屋など5回のリサイタルを行っています。 私はそのうち東京の新宿文化センターでのリサイタルを聴きに行き、上はその時のプログラム(Aプロ)です。 残念ながらアンコール曲などは思い出せません(記録も見当たらない)。

 セゴヴィア87才での来日、及びリサイタルですが、プログラムのほうは若い頃に比べ、質、量ともに減ずることなどなく、非常に充実したものであることがわかると思います。

 ちなみに、Bプロの方はド・ヴィゼー、メンデルゾーン、グリーグ、チャイコフスキー、ヴィラ・ロボス、タンスマン、タレガ、アセンシオ、エスプラ、グラナドス、アルベニスの作品で構成されていました。




詳しくは当日になってみないとわからない

  セゴヴィアの場合は事前に主催者などに詳しいプログラム内容を伝えないようで、例えば「ヴァイスのアダージョとアレグレット」と言っても具体的にどの曲かは当日になってみないとわからないことがよくあるようです。

 この日実際に演奏されたのは、「アダージョ」は 「ロジー伯のトンボー」で、「アレグレット」の方はポンセ作曲の「前奏曲ホ長調」でした。 このポンセの「前奏曲」はセゴヴィアが”ヴァイス”作曲として発表した曲です。 この時点(1980年)ではすでに一般にポンセの作品として浸透していましたが、セゴヴィアは終生この曲を”ヴァイス作曲”として演奏していました。

 バッハの 「プレリュード」はチェロ組曲第1番、 「フーガ」は無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番、 「ガヴォット」は無伴奏チェロ組曲第6番からでした。

 ハイドンの「アンダンテ」はタレガ編のニ短調のもの、 「アレグレット」は交響曲第96番「奇跡」のメヌエット(セゴヴィア編)でした。 また「南のソナチネ」の第2楽章は本来のものではなく、「ソナタ第3番」の第2楽章を演奏していました(セゴヴィアはよくこの形で演奏する)。




プログラム構成

 プログラム構成を見ると、おおまかには、前回の1955年のものとほぼ同じ構成で、ほぼ時代順に作品が並び、最後に スペインものとなっています。 ポンセの「南のソナチネ」は”スペインもの”扱いなのでしょう。 Bプロもほぼ同じような構成で、セゴヴィアのプログラム構成を図式化すると、このようになるでしょう。


  ルネサンス、バロック  ⇒  古典、ロマン派  ⇒  近、現代  ⇒  スペイン


 セゴヴィアはこうした形で50年以上にわたりリサイタルを行っていましたが、前述のとおりこれは多くのギタリストに影響を与えました。



拍手が凄かった

 このリサイタルを聴いた感想などは以前にも書きましたが、まず何といってもセゴヴィアがステージそでから現れた時の観衆の拍手が凄かった記憶があります。 もうセゴヴィアを生で聴くことはないだろうと多くの人が思っていたでしょうし、またギター史上の大ギタリストを目の前にしているといった興奮がその拍手に表れていたのでしょう。



もっと小さな会場で聴きたかった?

 若干 ”にわかギター・ファン” も含まれているとも思われますが、当然の満席状態で、ほとんど空席はみあたりませんでした。 会場のキャパが1000人以上といったこともありますが、拍手の音が非常に大きかった分、演奏を始めたセゴヴィアの音はかなり小さく聴こえました。

 出来れば数百人程度のホールで聴きたかったところですが、そういった会場でセゴヴィアを聴くのはあまりにもぜいたくなことなのかも知れません。



ハイドンの「メヌエット」が最も記憶に残っている

 セゴヴィアの演奏は、確かに細かい部分ではコントロールが完全でないところがあったとしても、もちろん大きく内容を損なうようなことは全くなく、特に主旋律などは美しく歌わせていたのが印象に残っています。 当然のことながら、ある意味勢いに任せて弾いていた若い頃とは全く違った音楽へのアプローチです。

 「セヴィーリャ」などでは、以前とアレンジが変わり、原曲に比較的忠実になっているのも印象に残っています。 曲目としてはハイドンの「メヌエット」が最も記憶に残っています。 相変わらずの音の美しさ、躍動感には感動しました。



メイン・デッシュにはあまり興味がなかった?

 テデスコの「プラテーロと私」からの6曲は、これのみで1ステージとなっているわけですから、これがこのプログラムの ”メイン・デッシュ” であるのは間違いありません。

 でも今となってはその演奏を聴いた印象が思い出せません。 以前に、「この 『プラテーロと私』がセゴヴィアの録音の中で最も素晴らしいもの」 と言っていた私ですが、この時点ではこの曲にあまり興味がなかったのでしょうか。






プログラムの作り方 9

<アンドレス・セゴヴィアのプログラム 2>



ヴィンツェンツォ・ガリレイ : 6つの小品 (セゴヴィア編曲)

  1. プレリュード
  2. 白い花
  3. パサカリア
  4. クーランテ
  5. カンション
  6. サルタレッロ

ロベルト・ヴィゼー : 6つの小品 (組曲第9番ニ短調より、 12のみ組曲第12番ホ短調  セゴヴィア編曲)

  7. メヌエット(ロンド)
  8. アルマンド
  9. ガヴォット
  10. サラバンド
  11. メヌエット
  12. メヌエット

J.S.バッハ (セゴヴィア編曲)

  13. フーガイ短調 (原曲ト短調)BVW1000
  14. ロンド風ガヴォット (組曲ホ長調BVW1006bより)

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フランツ・シューベルト (セゴヴィア編曲)

  15. メヌエット (ピアノ・ソナタト長調 D894より) 


アレキサンドル・タンスマン : カヴァティーナ組曲

  16. プレリュード
  17. サラバンド
  18. スケルツィオ
  19. バルカローレ
  20. ダンサ・ポンポーザ

エイトール・ヴィラ=ロボス

  21. 前奏曲第3番イ短調
  22. 前奏曲第1番ホ短調

マリオ・カステルヌオーボ・テデスコ

  23. セゴヴィアの名によるトナディーリャ Op.170-5
  24. タランテラ Op.87-1

<アンコール曲>
 
エンリケ・グラナドス
  25. スペイン舞曲第10番「悲しき舞曲」


  *1955年8月28日 エジンバラ・フェスティヴァル  フリーメースン・ホール




オススメのライブCD

 このプログラムは現在セゴヴィアのライブ盤としてイギリスのBBCからCDが発売されているもので、 モノラル録音ですが、音質もたいへんよく、何といってもセゴヴィアの絶頂期と言った感じで、演奏も素晴らしいものです。 セゴヴィア・ファンならずともオススメの一枚と言えるでしょう。

 上の曲目表記はなるべくCDに記載されている通りにしましたが、当日配られたものそのものではなく、CD制作の際に補足、修正したものではないかと思います。 このCDについては以前にもは当ブログで紹介しましたが宅に最初のガリレイとド・ヴィゼーの作品(とされている)については曲目表記などに大きな問題があります。



はっきりと時代順に並んでいる

 その曲名表記については、後で触れることにして、このプログラムは前半はレネサンス時代、バロック時代の作品、 後半はロマン派の作品と近現代の音楽と、はっきり時代順に並んでいます。 なお前半、後半に分けたのは私の判断ですが、おそらく間違いないでしょう。

 前回も書いたとおり、1930年代からセゴヴィアはこのように作品を時代順に演奏するようになりました。 それは他のクラシック音楽のコンサートの影響と思われますが、 この後1980年頃まではギターのリサイタルといえば、このように作品をその時代順に並べるのが常識となっていました。



技術的に易しい曲から始めている

 ルネサンスやバロック時代の曲が必ずしも技術的に平易というわけではありませんが、セゴヴィアのプログラムでは、やはり古い作品は比較的易しいものが多いようです。 こうしたことも作品を時代順に演奏する理由の一つなのでしょう。 前半では二つのバッハの作品あたりで難しくなり、この辺が最初のヤマ、つまり”魚料理”といったところでしょうか。 



後半はロマン派、および近、現代

 後半はシューベルトの編曲にタンスマン、ヴィラ=ロボス、テデスコの作品となりますが、この中でセゴヴィアとしてはおそらくタンスマンの「カヴァティーナ組曲」にウエイトと置いていたのではないかと思います。

 何といっても組曲の全曲(ダンサ・ポンポーザを含む)演奏ですし、1951年に作曲されたばかりで、この年(1955年)にセゴヴィアはスタジオ 録音しています。 確かにこのカヴァティーナ組曲は素晴らしい演奏で、音質、演奏内容ともそのスタジオ録音に勝るものと言えるでしょう。 



最後はスペインものではなくテデスコの作品

 最後はスペインものではなく、テデスコの作品となっていますが、自分のために作曲された曲(トナディリャ)と華やかな曲(タランテラ)を弾いています。

 その代わりにアンコールでグラナドスのスペイン舞曲を弾いているわけですが、 おそらくアンコール曲は他にもあったと思われます。 しかしこのCDでは時間等の関係でこの曲のみの収録となったのでしょう。




正しい曲名表記

 さて曲名表記のほうですが、最初の6曲を正しく表記すれば次のようになるでしょう。


16世紀のイタリアノリュートのための作品より キレソッティ編曲 : 6つの作品
  1.アリア
  2.白い花
  3.ダンツァ
  4.ガリャルダ
  5.カンション
  6.サルタレッロ

 

 ヴィンツェンツォ・ガリレイは有名なガリレオ・ガリレイの叔父にあたる人だそうで、リュートを弾いていたのは確かだそうです。 この6曲の中のいずれかはこのヴィンツェンツォの作曲である可能性はゼロではないとしても、その確証はなく、一般には「作者不詳」とされています。 また「白い花」はチェザレ・ネグリの作品と断定されています。





 ド・ヴィゼーの作品はもっと複雑ですが、なるべく正確に書くとすれば次のようになります。

ロベルト・ド・ヴィゼー : 組曲ニ短調より
  7.第1メヌエット
  8.アルマンド
  9.ブーレ
  10.サラバンド
  11.第2メヌエット(組曲ホ短調のメヌエットを中間部として挿入)

マヌエル・ポンセ : 組曲ニ長調より
  12.クーラント




なんと、ド・ヴィゼーの作品ではない

 なんと、12.はド・ヴィゼーの作品ではなく、20世紀のメキシコの作曲家マヌエル・ポンセの作品です。 おそらくセゴヴィアはヴィゼーの作品がやや暗いので、明るく華やかな曲が最後に欲しいと言うことで、このポンセの作品をヴィゼーの作品であるかのように装い、プログラムに入れたのでしょう。



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マヌエル・ポンセの組曲ニ長調の「クーラント」  バロック風といえばバロック風だが、ヴィゼーの作品とはだいぶ違う感じ



 この曲は1967年に5曲からなる「組曲ニ長調」として出版されますが、同じ組曲の中の「プレランブロ」をヴァイス作、「ガヴォット」をアレッサンドロ・スカルラッティ作としてセゴヴィアは発表しています。



ばらばらにして再編成?

 メヌエットのほうも複雑で、本来ダ・カーポ形式で組み合わせて演奏すべき第1、第2メヌエットをばらばらにし、なおかつ第2メヌエットのほうは別の組曲のメヌエットと組み合わせて演奏しています。 その事からすれば低音などを追加して本来軽い感じの曲を重厚なものにしているなどあまり問題ないことかも知れません。



ブーレをガヴォットと間違えた? でもそう間違えてもおかしくない

 「ブーレ」を「ガヴォット」と表記したのは単純ミスかも知れませんが、セゴヴィアはこのブーレの最初の二つの音を本来の8分音符から4分音符に変更していて、確かにこれではガヴォットに聴こえてしまいます(ガヴォットとブーレの区別が出来人なら)。 おそらくナポレオン・コストの影響と思われますが、 ナルシソ・イエペスも「禁じられた遊び」の中で、同じように弾いています。



セゴヴィアにとっては曲名や作曲家名は重要でなかった?

 セゴヴィアにとっては曲名とか作曲者名など重要なことではなかったのでしょうが、 でもこれではリサイタルを聴きに来た人やCDを買った人は混乱してしまいますよね。 特に真面目な人ほど。

 「ド・ヴィゼーの最後のメヌエットすごくいい曲だと思うんだけど、楽譜どこから出ているのかな?」 と思ったとしてもそう簡単には見つかりませんね、 まさか別の作曲かの作品だとは思わないでしょうし ・・・・賢明な愛好者だったらヴィゼーの作品にしてはおかしいと思うかもしれないが。

 なお他の曲の方は特に大きな問題はありません。
プログラムの作り方 8

<アンドレス・セゴヴィアのプログラム>



1. A) ソナティナ     ・・・・・・・・・・・・・・  ジュリアニ
   B) 主題による變奏曲 ・・・・・・・・・・・・・  ソール 
   C) 組曲キャステラナ
        (セゴヴィアの為に作曲) ・・・・・・・トルロバ  
     (イ) プレリュウド
     (ロ) アラダ
     (ハ) ブウレスク
   D) エボケイション   ・・・・・・・・・・・・・・・・ タレガ

2. A) プレリュウディオ
   B) アレマンデ
   C) サラバンド
   D) クウランテ
   E) ガボッテ      ・・・・・・・・・・ 以上 J.S.バッハ
   
   F) グラシュウス   ・・・・・・・・・・ チャイコフスキー

 
     《  休  憩  》

3. A) セヴィラナ(セゴヴィアの為に作曲) ・・・・・・ テュリナ
   B) ト調ダンツァ   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ グラナドス
   C) カディス
   D) セレナータ
   E) セヴィラ  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上 アルベニス


      1929年11月20日   大阪 朝日会館



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1920~1930年代のアンドレス・セゴヴィア



セゴヴィアの初来日、実質デビューから13年のプログラム

 上のプログラムはセゴヴィアの初来日、つまり1929年の大阪でのリサイタルのプログラムです。 以前にもこのリサイタルの話は書きましたが、プログラム構成と言った点でもう一度検証してみようと思います。

 アンドレス・セゴヴィアは1893年の生まれで、1908年、セゴヴィア15歳の時に演奏活動を始めました。 しかし、しばらくの間は特に高い評価も得られず、いわば”鳴かず飛ばず”の状態だったようです。 1915年にバルセロナのリョベットのところに行ったのをきっかけに翌年からスペイン全土で演奏活動をするようになり、高い評価を受けるようになりました。 それがおそらくセゴヴィアの実質的なプロ・デビューとなるのでしょう。

 そのデビューから13年後の1929年に日本公演を行った訳ですが、もちろんこの時にはセゴヴィアは世界を代表するギタリストの地位をゆるぎないものにしていました。 そして、まだ音楽的には未開の地だった日本で演奏を行うなど、セゴヴィアは積極的に演奏活動を行っていました。




当時のまま書き出した

 デビュー当時のリサイタルのプログラムの詳細などはわかりませんが、比較的早い時期のプログラムとして1929年の初来日時のプログラムを挙げておきました。

 上のプログラムは当日配られたと思われるものを、なるべく当時のまま記したものです。 もちろん今現在の曲目表記とは異なりますが、当時の雰囲気が感じられるので、なるべく当時のまま記しました。 カタカナ表記などもちょっと変な感じはしますが、意外と原語の発音に近いものもあります。




<オリジナル> <編曲> <スペイン> の三部構成

 全体は三部構成となっていますが、休憩は一回なので二部構成的だったのでしょう。 それでも3部構成のプログラムとしているのは、第1部はギターのオリジナルlの作品、 第2部は編曲作品、 第3部はスペイン音楽としているからなのでしょう。

 セゴヴィアのプログラムはほとんどの場合、時代順に作品を並べるのですが、このプログラムではそうはなっていません。 たまたまこのリサイタルの時だけそうだったのかどうかはわかりませんが、少なくとも1930年代以降はほとんど時代順に作品を並べています。

 しかしその代わりにはっきりと3つのグループに分け演奏するなど、このプログラムでもはっきりとしたコンセプトがあるのが特徴です。



第一部は古典とモレーノ・トロバの新作にアランブラ

 最初のジュリアニの「ソナティナ」はどのソナチネなんでしょうか、「ニ長調作品71-3」 などが考えられますが、セゴヴィアの場合、4楽章全曲演奏することはあまりないので、その中の一つの楽章でしょうか、あるいは全く別の作品でしょうか。  ソールの「主題と變奏」は「モーツァルトの『魔笛』の主題による変奏曲」と考えてよいでしょう。

 「キャスラナ組曲」 は現在では 「カスティーリャ組曲(ファンダンゴ、アラーダ、ダンサ)」と表記されますが、この当時まだ本当に作曲されたばかりで、超現代音楽と言ったところでしょう。 「エボケイション」は「アランブラの想い出」と考えられます。



バッハは一つの組曲からではない

 バッハの作品についてははっきりとどの曲かわかりませんが、少なくとも一つの組曲からではないでしょう。 その当時のSP録音などから推測すると、「プレリュウディオ」 は「リュートのための小プレリュード」か「チェロ組曲第1番」のプレリュード。 

 「アルマンデ」は「リュート組曲第1番」より、 「サラバンド」も同じリュート組曲第1番、もしくは無伴奏バイオリン・パルティータ第1番ロ短調」。 「クウランテ」は無伴奏チェロ組曲第3番。 「ガボッテ」 は「無伴奏バイオリンパルティータ第3番」、 あるいは「無伴奏チェロ組曲第6番」からと考えられます。

 チャイコフスキーの「グラシュウス」はよくわかりませんが、「喜び」といったような意味なんでしょうか。




セゴヴィアはほとんどの場合、スペインものを最後にしている

 プログラムの最後はスペイン音楽で閉めていますが、これはセゴヴィアが終生行ってきたことで、その後多くのギタリストがそれを踏襲しています(私もそうしていることが多い)。



「カディス」はその後あまり演奏していない

 「セヴィラナ」はトゥリーナの「セビーリャ幻想曲」ですが、これも作曲されたばかりだったでしょう。 「ト調ダンツア」はスペイン舞曲第10番」と考えられます。 アルベニスの「カディス」が演奏されたようですが、セゴヴィアはこの曲の録音を残していません。 ニ長調のタレガ編を使用したのでしょうか。

 アルベニスの「セレナータ」はどの曲だったのでしょうか、タレガの場合は「グラナダ」、あるいは「カディス」だったのですが、やはり「グラナダ」の可能性が強いでしょう。 あるいは「朱色の塔」かも知れません。 「セヴィラ」でリサイタルを閉めるのも、セゴヴィアが終生行ってきたことです。 この頃はまだ「アストゥリアス」は弾いていなかったかも知れません。



タレガのリサイタルからまだ30年ほどしか経っていないが

 このセゴヴィアのリサイタルは前回のタレガのリサイタルから30年弱ということになりますが、 ずいぶんプログラムの組み方が違っているのがわかると思います。 タレガの場合は”今、まさに目の前にいる聴衆をいかに楽しませるかということに主眼を置いてプログラムを作っています。



評論家やジャーナリストを意識している

 もちろんセゴヴィアにしても目の前にしている多くの聴衆を喜ばせることは大事なのですが、プログラムの構成などを見ると決してそれだけを考えてリサイタルを行っている訳ではないように思えます。

 セゴヴィアにとって演奏の対象は音楽をより深く聴き取る専門家であったり、またジャーナリストであったりもするのではないかと思います。 つまりセゴヴィアは目の前の聴衆を満足させるとともに、後日ジャーナリズムにより、どのように紹介され、評価されるかというこを意識したのではないかと思います。



単なるエンターティメントではない方向に向かっている

 タレガとセゴヴィアのプログラム構成に違いは、もちろんそのギタリストの個性の違いということもありますが、時代の流れといったものも大きいでしょう。 当時の(クラシック)音楽界全体が、徐々にエンターティメント性以外のものを指向してゆくようになり、 クラシックのコンサートは、より ”クラシック音楽” らしいコンサートになってくるわけです。

 ちょうどそんな時代にアンドレス・セゴヴィアが登場したわけで、今日のギターリサイタルのプログラムの原型はセゴヴィアが作ったわけではないとしても、この時代につくられたのは確かでしょう。