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中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

グレーな音符たちのその後 5



ヘンツェ : ノクターン




教材としては有名だが、作曲家の詳細はわからない

 この曲もギターを習っていたり、あるいは教えている人にとっては馴染みの深い曲ですね。初級~中級程度の小品と言えるでしょうか。特に難しい曲ではないですが、弾き方次第では美しい曲になりますね。曲の方は有名なのですが、作曲者のカール・ヘンツェと言う人について検索してみたのですが、なかなかヒットしません、ドイツ人で生没年が1872~1946年ということしかわかりませんでした。



初版の情報などもないが

 譜面につても、だいたい市販されているのは以下のようなものですね(ドレミ楽譜出版)。初版などの情報はありませんが、おそらく特には変わらないものではないかと思います。



ノクターン3
聴いた感じは全く変ではないが



聴いた感じでは、特におかしいところがない

 この譜面通りに弾いても、特におかしな点はありません。グレーな音符とは言っても、音符自体にはグレーな点はありません。まあ、ちょっとした書き方の問題なのですが、赤矢印のところにちょっと気になる点があります。



メロディだけだと変

 問題の個所を拡大すると下の通りですが、この譜面からすると、ひと段落するところのメロディが ミーファード となっていますね。そうでしょうか、これで曲というか、フレーズが終われるでしょうか? これ、誰しも変に聞えるんじゃないかと思います。小学校とか、中学校の音楽の授業で、こんなメロディ作ると、先生から 「これじゃメロディになりません」 なんて間違いなく言われるでしょうね。




ノクターン1
譜面の書き方からすると、赤い線がメロディの終わりの部分となるが、この ミーファード は如何にも変、曲が終わらない。




棒の向きがおかしい

 しかし、メロディ(上向きの音符)だけでなく、楽譜通りに全部の音を弾けば、全くおかしくありませんね。 皆さん、もう気が付いたと思いますが、実は下向きに書かれている音符の 「ラ」と「シ」もメロディなのですね。本当は下のようにそれらの音符も上向きに書くべき音です。



ノクターン2
本当はこのように棒の向きを書くべき




ラ、シを伴奏とすると、コードもおかしい

 このように ミーファラシド とメロディを考えれば何の問題もなくなります。因みにこの「ラ」と「シ」が伴奏の音、つまりコードの音だと考えると、ここのコードが 「Gナインス」 ということになります。ナインス・コードからトニック(主和音)に進んでも別に問題ありませんが、曲全体がシンプルに出来ているので、ここに突然ナインス・コードはちょっと唐突で不自然でもあります。


 というわけで、ここの部分では、音自体には問題ないが、音符の棒の向きが違っているということで、解決となります。それでおしまいと言えばおしまいで、あとは私の勝手な妄想ということになります。



単純ミス?

 では作曲家、あるいは出版関係者のミスで、棒の向きが逆になってしまったのかと言ことですが、私にはどうも単純にそうは思えないところもあります。 



ショパンのノクターンの影響がある

 曲目のノクターンといえば、やはり何と言ってもショパンですね、19世紀後半以降、こうした曲が作曲される場合、どうしてもショパン抜きには考えられないでしょうね。この曲もおそらくショパンのノクターンの影響でか書かれたと思われます。下は有名なノクターン(作品9-2)を、このヘンツェのノクターンと同じくハ長調にアレンジしたものです(かなり易しくアレンジしている)。



ショパンノクターン
赤線のところの5つの音 ミ、ファ、ラ、シ、ド はヘンツェのノクターンと同じ



フレーズの終わりの5つの音はショパンの曲と同じ

 なんだか雰囲気似ていますね。原曲は変ホ長調(♭3個)で、ピアノ曲なので音の数も多いですから、それとは見た目だいぶ違いますが、このようにハ長調のギター曲にアレンジすると似ているのがよく分かります。 さらに赤線の5つの音は、音符の長さこそ違いますが、音の進行は全く同じですね。



ショパンのイメージがぬぐえなかった?

 ここまで似ていると、誰もがショパンのノクターンを参考にしている、もうちょっと平たく言えばパクリだということがわかると思います。おそらく作曲者も同じにはしたくはなかったのではないかと思いますが、どうしてもショパンのノクターンが頭から離れなく、他の終わり方が出来なかったのかも知れませんね。



隠ぺい工作?

 そこで、形の上ではショパンのノクターンと同じにならないように、ラとシを伴奏扱いにして、ショパンのノクターンと同じように見えないようにしたのかな? つまり、パクリ疑惑の隠蔽? 勘ぐりすぎかな?




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グレーな音符たちのその後 4



カタルーニャ民謡(リョベット編曲) : 盗賊の歌





ちょっと聴いた感じでは易しそうだが

 今回は盗賊の歌です。これもたいへん人気のある曲ですね、好きな人も多いのではないかと思います。ちょっと聴くとなんだかあまり難しくなさそうい聴こえて、とりあえずやってみるのですが、いざやってみるとなかなか難しくて弾けない、そんな思いをした人も多いのではないかと思います。私もこの曲弾けるようになるまで、何年もかかりました。


 最近、とはいってももう14年前となってしまいますが、2010年に現代ギター社からリョベート作品集が出版されました。その2ページ目を下に掲載しました。赤矢印が問題の個所です。



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2010年に現代ギター社から出版されたミゲル・リョベート作品集




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現代ギター社版では1個目の「ラ」に#





 しかし、私たちの世代ですと、これらの曲は1966年に出版されたギタルラ社版のほうが馴染みがあるかも知れません。このギタルラ社版が、現在でも入手可能かどうかわかりませんが(絶版?)、そのギタルラ社版では、赤矢印が、次のようになっています。



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1966年にギタルラ社から出版されたカタロニア民謡集




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ギタルラ社版では2個目の「ラ」に#





問題の個所を拡大しておきましょう。

グレー盗賊




#が付くのは1個目? それとも2個目?

 赤矢印のところの「ラ」(4弦)に#が付いていますが、その付く音がそれぞれ、一つずれている訳ですね。 現代ギター社版では最初の「ラ」について、ギタルラ社版では2個目についています。



初版では1個目から

 私の場合、前述の通り、ギタリラ社版で弾いていましたので(本当の最初はLPのオマケの楽譜)、当然2個目の「ラ」だけを#にしていました。10数年前だったか、シニア・ギターコンクールの審査員をやった時、参考に配られた楽譜には、現代ギター社版と同じく、一個目の「ラ」に#が付いています。それを配った方に聴いてみると、初版ではそうなっているとのことでした。

 その後で、この現代ギター社版を購入したのですが、この版でも1個目の「ラ」に#が付いており、おそらく初版を基にしているものと思われます。ということは、ギタルラ社版は間違いで、初版に基づいた現代ギター社版が正しいのか、ということになるのでしょうか。




やはり減8度は

 そうかも知れないのですが、短い時間とは言え、いきなりここで減8度という音程がぶつかっていいのか? ということになります。 おそらくギタルラ社版も、それはおかしいから、初版は間違いではないか、と言うことで、1個目の「ラ」ではなく、2個目の「ラ」に#を移動したのでしょう。 確かにこの方が自然に聞えます。

 しかし、絶対初版が間違っているという根拠がない限り、出来る限り初版に従うといった最近の潮流で、やはりここは一個目の「ラ」から#を付けるべきだという声も、最近あります(多分)。




リョベットの他の作品では

 ですが、リョベットの他の作品などを見る限りでは、このような例は見当たらず、ほとんどの場合類似したケースでは、半音ずつ上がるようになっています。 下は同じカタルーニャ民謡集の「糸をつむぐ娘」です。




糸を紡ぐ娘
リョベットの作品では、伴奏部分が半音階的に上がる3つの音をよく用いられる



殆どのギタリストは2個目から

 単純に聴いた感じでも、あるいはこうした例を考えても、やはり初版の一個目から#は間違いである可能性が高いように思われます。 

 しかし、私では、はっきりと答えを出すことは出来ないので、例の如く、いろいろなギタリストの演奏を聴いてみるしかないですね。 CDやネット動画を聴いた結果からは、どうも、ほとんどのギタリストが、一個目の「ラ」はナチュラルで弾いているようです。



アリバイ作り?

 中には指を見ていると、そのギタリストは一個目のラを#で押さえているようなのですが、その音がよく聴こえません。よほど小さい音で弾いているのかも知れませんね、ちょっと手品っぽいですが、やはり減8度の不協和音は気になるようですね。「いや、私はちゃんと楽譜通りに弾いていますよ」なんてアリバイ作り?




よくあること?

 と言ったところで、世間一般的には、ここは初版の間違いと考えられているようですね。それは私も同感です。#の位置が一音ずれるなんてよくある事では? 

 じゃあ、現代ギター社版が間違いかというと、それはそれでいんじゃないかと思います。最近ははっきり間違いとわかっていても、初版通りに出版するというのはよくある事です。間違いも含めて一つの情報なのでしょう。また99パーセント間違いであっても、1パーセントくらいは間違いではないこともある訳ですから(いや、もうちょっと多いかな?)。

 





 
グレーな音符たちのその後 3




F.タレガ : アラールの練習曲




腕に自信のあるギタリストなら

 今回はタレガ作曲の「アラールによる練習曲」です。今現在も人気のある曲だと思いますが、かつては腕に自信のあるギタリストならみんな弾いていたといった曲です。もっとも、私はあまり腕に自信がなかったので、これまでちゃんと弾いたことがありません(少なくともステージでは)。でも出来ればそのうち弾いてみたなと思っています。

 セゴヴィアの演奏を聴いた時、凄く速いテンポの曲だなと思いましたが、他のギタリスト、ブリームとか、パークニング、ラッセルなどはもっと速く弾いていて、だいたい2分くらいで弾いています。



編曲ではないと思うが

 原題は 「Estudio Inspirado en Alard」 となっていて、アラールによってインスパイアされたエチュードということになるでしょうか。アラールは19世紀フランスの有名なヴァイオリニストということだそうですが、私自身はこのヴァイオリニストについては詳しく知りません。おそらくは超絶技巧的なヴァイオリニストだったのではないかと思います。

 「インスパイア」ということですから、編曲というわけではないようですが、音形だとか、メロディなど一部引用しているのかも知れません。



3ページ目

 下の譜面は現代ギター社版、ターレガ・ギター曲集4、中野二郎監修、編曲による練習曲集で、この「アラールの練習曲」の3ページ 目です。問題の個所は赤矢印のところとなります。



アラール1
現代ギター社版 アラールの練習曲3ページ目



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アリエール社の初版では

 その前の小節が「ファ=ナチュラル」だから、当然この小節も「ファ=ナチュラル」ということなのでしょう。私自身では、なんとなく、この箇所変だなとは思っていたのですが、マドリッドのアリエール社から出版された初版では次のようになっています。



アラール2
アリエール社の初版  同じ個所にはしっかりと#が付いている。 しかし楽譜の書き方としては、その間のファに#を付けるのが通例。 タレガは演奏者が間違えないために、あえてここに#を付けたのではないかと思う




通常なら、前のファにシャープを付けるべきだが

 問題の個所にしっかりとシャープが付いていますね。もっとも確かにこのシャープの付け方変で、本来ならその前のファに#を付けるべきなのでしょう。しかし。おそらくタレガとしては、ここは前の小節とは違ってナチュラルではなくシャープだと言うことを強調するために、こちらの方に#を付けたのでしょう。

 おそらくは当時も(タレガ生存中も)ここをナチュラルで弾く人が多かったのかも知れません。つまりタレガとしてはこの曲を弾く愛好者やギタリストに気を配って、あえてここに#を付けたということになります。




タレガの気遣いが裏目に

 しかし逆に楽譜を読む人からすれば、通常ここに#を書き入れるはずがない。だからこれはナチュラル記号の間違いだ、おそらく版下を作った人がシャープとナチュラルを間違えたのだろうと解釈したのではないかと思います。つまりタレガの気遣いが裏目に出てしまったのでしょう。

 もっとも、タレガの場合、手書きなどの譜面が何種類か残されていることが多く、これとは別の譜面を基にして現代ギター社版が出版されているのではとも考えられますが、ここ以外に異なる点はないので、別の譜面を基にしたと言うことは考えにくいようです。




和声が前の小節とは異なる

 確かにここはその前の小節とよく似ていて、メロディはどちらも ラーシード# ですが、和声が違いますね、それは2弦の音を見ればよくわかります。




アラール3
一段目から二段目にかけての2弦の音は ファ#ーファ♮ーミ と半音ずつ下がってくるようになるが、このように次の小節もファ♮としてしまうと ファ#ーファ♮ーソ# と不自然な動きとなる。



ファ♮だと2弦の音の動きがおかしい

 上の譜面(現代ギター社版)の一段目から二段目にかけての2弦の音は ファ#ーファ♮ーミ と半音ずつ下がってくるようになりますが、このように次の小節もファ♮としてしまうと ファ#ーファ♮ーソ# と、ちょっと変な動きになってしまいます。

 ファに♮が付くのは、あくまで次にミにさがるからであって、上がってゆくなら半音下がることはあり得ないことになります。特に19世紀から20世紀初頭にかけてはこの3半音となる「増2度」という音程は、旋律上嫌われますから、そういった意味でもあり得ないと言えるでしょう。

 したがって、この箇所についてはシャープが正しく、ナチュラルが間違いと、比較的はっきりと判定できるのではないかと思います。つまりグレーではなく、ナチュラルは黒と言えるでしょう。




現代ギター社版だけではなく、国内版のほとんどがナチュラルに変更している

 しかし、これは現代ギター社版が間違っていると言うより、ほとんどの国内版がナチュラルになっています。ですからたまたま間違えたのではなく、伝統的にそう演奏されてきたとも言えます。




速くてなかなか聴き取れないが

 実際、それぞれのギタリストたちはどう演奏しているのかとCDなどで調べてみたのですが、これがまた、テンポが速くて、なかなか聴き取れません。何と言っても一個の音で、それも極めて短い音価ですからね。 もちろん音感のいい人であればどんなに速くても聞き取れるのではと思いますが、私の場合は、個々の音ではなく、響きとしてしか聴き取れません。

 響き的に言えば、ナチュラルでもあまり変な響きには聴こえません。むしろ私もこれまでほとんどナチュラルで聴いていたので、自然に聞えます、例の増2度の動きなども全然わかりません。 逆にシャープで弾くと、何というか、ちょとフワッという感じに聞えます。やはり明るく聴こえるようですね。



ブリームのみシャープで演奏

 そんなようにして聴いてみたら、セゴヴィア、パークニングなど殆どのギタリストはナチュラルで弾いているようなのですが、私が聴いた中では、唯一、ジュリアン・ブリームだけがシャープで弾いているようです。音感に自信のある方々、ぜひご自分でも聞き分けてみて下さい。

 この話、まだ一般的には認知されてないことなので、オトク情報(?)かなと思います。この曲を練習いている方々に参考にしていただければと思います。



今現在はChanterelle社から出ている

 因みに、このアリエール版は、今現在 Chanterelle 社からまとめて出版されています。この譜面が今現在も入手彼のかどうかわかりませんが、タレガ生存中から1920頃までに出版されたタレガの作品が含まれています。かなり厚い楽譜なので、それなりの価格はしますが、内容からすれば決して高いものとは言えないので、入手できるものであれば、ぜひ入手しておくといいでしょう。



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1900~1920年にスペインで出版されたタレガの作品が収められた The Comprete Early Spaish editions オリジナル、編曲を合わせ、100曲以上となる。
 

グレーな音符たちのその後 2




「魔笛」の主題による変奏曲 第1変奏




グレー魔笛1




ダブル・シャープに変更する主な理由は聞いた感じ

 この矢印の「ファ」をダブル・シャープで弾く理由はシンプルです、その方が自然に聞えるからですね。 この変奏では、4つの32分音符による同じ音形のものが何度か出てきますが、この箇所以外はすべて1個目から2個目の音には半音で動きます。しtがって、この箇所だけ全音というのは、ちょっと違和感を持つ訳です。



セゴヴィア含め、多くのギタリストがダブル・シャープの脱落と考えた

 そうしたことから、ここは単純にダブル・シャープが脱落していると、多くのギタリストが判断している訳です。 さらに、アンドレス・セゴヴィアもそのように演奏していて、ダブル・シャープに変更した譜面も出版しています。下の譜面はかつて音楽之友社からでていたショット版のセゴヴィアの譜面です。ご存じの通り、セゴヴィアは序奏を省略して演奏していて、この譜面でも省略されています。



魔笛セゴヴィア
ショット社版、アンドレス・セゴヴィア編の「魔笛」の主題による変奏曲




原典(ユージェル版)にはダブル・シャープが付いていないことを知っている人の方が少なかった

 かつてはこのセゴヴィア版を基にした譜面が多く出版されていたので、ほとんどのギタリストや愛好家が、何の疑問もなくダブル・シャープで弾いていました。 むしろ、ソルが生存中に出版されたユージェル版(それ以前に出版された譜面もあったようだが)にダブル・シャープが付いていないことを知っているギタリストの方が稀だったのではないかと思います、もちろん私もそうでした。



減3度を嫌った?

 しかし、1990年頃から、ユージェル版にダブル・シャープが付いていないことが、必ずしも間違いとは言い切れないのではないか、ソルはあえてここにダブルシャープを付けなかったのではないかと、考えるギタリストが現れようになりました。

 確かに、ダブル・シャープなどと言う記号は、結構目立つもので、作曲者としても、あるいは版下の制作者もその脱落を見逃しにくいものではないかとも考えられます。

 また、ソルが、ここにダブルシャープを付けると、この音形で、3つの音の高い音(ラ)と低い音(ファ=ダブルシャープ)の音程が減三度、つまり2半音となって、窮屈感が出てしまうので、あえてダブル・シャープを付けなかった、などと言うことも考えられます。




間違いかも知れないが、はっきりそうとも言い切れない

 つまり絶対に間違いだとういう根拠がはっきりないとも言えるわけです。間違いの可能性もあるが、はっきりそうとは断定できないのであれば、出来るだけオリジナルの譜面、つまりユージェル版のとおりに弾くべきだと言うことで、その後ここをダブル・シャープにしないで、シングル・シャープのままで弾くギタリストが多くなった訳です。

 結論から言えば、ダブル・シャープの脱落という可能性は強いが、絶対とも言い切れないと言うことになるのでしょうか。そのことは、以前書いた記事と同じ結論なのですが、ただ、その可能性の数字の方は時代と共に変わってゆくようです。



揺れ戻し?

 いつ頃だったか、多分2010年前後頃だろうと思いますが、クラシカル・ギターコンクールの関係者が、「本選出場者6人中、5人がダブルシャープを付けないで演奏している、なんで誤植通りに弾くのか」 とやや憤慨気味に言っていました(現代ギター誌)。

 その事からすれば、その当時、少なくとも若い人たちの間では、シングル・シャープの方が多かったようですね。しかし、今現在では、前回書いた通りに、ダブル・シャープで弾いている人の方が多くなっています。なんとなく、揺れ戻しというか、今現在は理屈よりも、感覚ということになってきているのでしょうか。




ある程度根拠となるかも

 ”感じ”だけでもいけないので、感覚以外の判断の根拠の一つとして、同じ曲の第3変奏が挙げられます。


グレー魔笛2
第3変奏にも第1変奏と似た部分が出てくる




やはりダブル・シャープに分があるのか

 赤い弧線で示した部分は、音の出てくる順番は違いますが、「ラ」、「ソ#」、「ファ=ダブル・シャープ」 で、第一変奏の例の部分と全く同じです(位置関係は若干違うが)。 これも高い音と低い音が「減3度」となっています。つまり、少なくともソルは別に減3度という音程を嫌うことはなかったと言えます。 逆に、ソ#に戻る時、その前のファはダブル#でないといけないと考えているのでしょう。

 これは結構有力な根拠かなと思います。もちろんだからと言って、第1変奏の方も”絶対”ダブル・シャープと言い切ることは出来ないかも知れませんが、ソルもやはりダブル#の方が自然と感じていたのでしょう。 このことからすると、よりいっそう、ダブル・シャープの方に分があることになりそうですね。



セゴヴィアはこんな風に変更している

 若干余談となりますが、セゴヴィアは、この部分をこのように変更しています。


魔笛第3変更
セゴビアはオレンジ色の部分を変更している



 要するに、その前の部分に音形を合わせている訳ですね、おそらくセゴヴィアとしても、譜面が間違っていると判断したわけではなく、この方がよいと判断したからなのでしょう。何と言っても大ギタリストの変更なので、かつてはこれと同じように弾いたり、またこれを踏襲した譜面も出ていましたが、さすがに今はこのように弾く人あまりいなくなりましたね。

 私も、最初は「阿部保夫珠玉のアルバム」で練習したので、このように弾いていたのですが、阿部先生も別の「古典ギター曲集」ではオリジナル通りにしてあって、私もそちらの方が正しいのかなと思って、比較的早い段階で直しました。



悪しからず

 私個人的には、もちろん元々はダブル・シャープで弾いていて、その後1990年代頃からシングル・シャープに直したことは以前にも書きました。また、前回の「グレーな音符たち」でも、どちらが正しいのか判別は出来ないが、絶対譜面がまちがいとも言い切れないので、その時点ではシングル・シャープで弾いているといったことも書きました。

 来年、久々にこの曲を弾こうかと思っているのですが、こうしたことからダブル・シャープに戻そうと思っています。シングル・シャープ派の方々、申し訳ありません、お先にダブル・シャープに変えさせていただきます、悪しからず。 

  ・・・・屁理屈こいて、だだ世間の流れに身を任せているだけ?  
グレーな音符たちのその後 1




「魔笛」の第一変奏

グレーな音符で、真っ先に思いつくのが、何と言ってもソルの「魔笛の主題による変奏曲」の第1変奏ですね。 例のこの箇所です。


グレー魔笛1




短いが、シンプルで美しいメロディ

 以前にも書きましたが、あらためてこの曲につて概要を書くと、この変奏曲の基になった旋律は、モーツアルトのオペラ、魔笛の第一幕の、モノースタートスたちが歌う「なんと素晴らしい鐘の音」という、短いですが、美しいメロディです。短いので、CDなどでもなかなか見つけにくいですね。



厳密にはオペラではなく、「ジングシュピール」

 「魔笛」は、厳密に言えばオペラではなく、「ジングシュピール」ということになります。 オペラは基本的にイタリア語で歌われ、セリフ的なものも”ふし”を付けて歌われます(レシタティーヴォ)。ジングシュピールは、直訳すれば「歌芝居」で、ドイツ語で歌われ、セリフは通常の芝居と同じく、歌ではなく”語り”となります。要するに、ドイツ人であれば、当時の一般庶民でも楽しめるように作曲されている訳ですね。



オリジナル通りではない

 ソルは、この変奏曲の主題としては、モーツアルトのものをそのまま用いている訳ではなく、若干変更して作曲しています。因みにソルはモーツアルトの原曲を比較的忠実になぞった曲も書いていて、当然のことですが、ソルが耳コピーを間違えて原曲と違ってしまっている訳ではありません。   ・・・・・蛇足



問題のダブル#

 さて問題の個所ですが、テーマが終わって、第1主題の冒頭部分です。赤矢印の「ファ」は、初版と思われるユージェル版を基にしている(と思われる)現代ギター社版では通常の#になっています。しかし、これまで、だいたい1970年代頃まで一般に演奏されてきたセゴヴィア版ではダブル#に替えられています。



かつては何の疑問もなくダブル・シャープ

 1970年代までは、ほとんどのギタリストはそのセゴヴィア版に従い、ダブル#で弾いていました。おそらくそれに疑問や違和感を感じたギタリストはいなかったのではないかと思います。



原典に忠実という風潮で

 しかし、これは我が国だけでなく、世界的な傾向だと思いますが、初版と思われるユージェル版を基にした譜面が普及し始め(現代ギター社版など)、そのユージェル版に忠実な演奏、つまり問題の個所を通常の#(2フレット)で弾くギタリストが現れるようになります。私の知っている限りでは、イェラン・セルシェルがそう弾いています。

 そのようにして1980年代以降、原典を重んじるといった、音楽界全体の風潮もあって、次第にダブルシャープではなく、通常のシャープで演奏するギタリストが多くなってきました。私自身でも、もちろんかつて、80年代くらいまではダブルシャープで弾いていましたが、1990年代頃から通常のシャープで弾いていました。



最近、みんなシングル・シャープで弾いているみたいだったので

 私の場合、確たる信念があって変更したと言うより、「なんとなく世の中(ギター界)がシングル・シャープになってきているなあ」という、様子見的に変更したという感じですね。正直、どちらがいいのかよくわかりませんでした、今現在もよくわかっていませんが。




最近のネット動画では

 確かに2000年前後ではシングル・シャープの方が主流だったように思うのですが、では、今現在のギター界ではどうなのか? 私しはあまりコンサートなど聴きに行かないので、よくわからないところもありますが、とりあえずネット動画などを見てみますと、やはりシングル・シャープのギタリストも、ダブル・シャープのギタリストもどちらもいるようです。



ダブル・シャープ派がやや優勢か

 比較的最近の7個くらいの動画しか見てみましたが、5対2で、ダブル・シャープのほうが多いようですね。もちろんセゴヴィアやイエペス、ウィリアムスなど、かつての大御所級ギタリストはみなダブル・シャープです。




福田先生もいつのまにかダブルシャープ

 シングル・シャープで弾いているのはヴィドヴィッチと角圭史さんで、譜面通りに弾くことが多いバルエコが意外とダブル・シャープで弾いています。因みにヴィドヴィッチと角さんはお友達のようですね。二人ともバルエコに習っているはずなのですが? 福田進一先生は、以前は間違いなくシングル・シャープだったのですが、最近の動画を見てみると、なんと、いつの間にかダブル・シャープで弾いているではありませんか!!

 といったわけで、今現在はダブルシャープのほうが多数派のようで、世の中、またダブル・シャープに戻っているのか?
 



流れに身を任す?

 でも、こんな話だと、ほとんど他人まかせというか、世の中の流れに迎合しているだけで、お前の考えとか、意志はないのか、と言われそうですね。 ・・・・・確かにその傾向はありますが。




最近はエビデンス、エビデンスと煩い?

 ところで、最近は何かにつけ”エビデンス”ということがよく言われるようになりましたね。何かを議論する時に思い込みとか、「そんな感じ」ではだめで、自分の意見を主張するためにはその根拠が必要ということですね。 「エビデンスなんて必要なの?」といった記事を書いて縁s上した新聞記者がいたとか、いないとか。まあ、新聞記事にはエビデンスは絶対必要ですね。



情報収集の限界

 当ブログも、やはりエビデンスのないことを書いてはいけないのですが、しかし”引きこもりギタリスト”としては情報収集にも限界があって、確かにエビデンスのないことも結構書いてしまっていますね。今回の記事でも、「初版と思われるユージェル版を参考にしたと思われる現代ギター社版では」 と二つも推測の言葉が使われています。

 手元にユージェル版そのもの、あるはそれの写しなどがば問題はないのですが、残念ながらそういったものはなかなか入手できません。また中野二郎編の現代ギター社版も、そのユージェル版を基にしているとは注釈に書いてあっても、どの程度忠実なのかは分かりません。  ・・・・・努力を惜しんでいるだけ?




ユージェル版以前に

 因に、そのユージェル版以前にスペインで出版された譜面も存在するそうで、それが本当の初版となるでしょうね。つまりユージェル版は改訂版と言うことになるようです。ただし、問題の第1変奏は、そのスペイン版にはないそうで、その初版があったとしても、このダブル・シャープの件は解決しないようです。

 とりあえず、今回はこの辺にして、次回、多少私の考えなども書いてゆきます。