クイーン・ヒミコ・ストーリー ~なあんちゃって 6 最終章
仄かに灯る命の炎

ヒミコは宮の奥で臥していた。周囲には側近や女官などが詰めていた。
日頃は女王の寝所に立ち入ることが許されない大臣たちも、
この時ばかりは立ち入りを許された。
その女王の寝所は、そうした様々な人がいるにも関わらず、
異様な静寂に包まれていた。
その寝所にいたすべての者は、自らの息の音一つで、
仄かに灯る、自分たちの女王の命の炎が、
消え去ってしまうとでも思っているかのようだった。

ヒミコは朦朧とした意識の中で、
もうすぐ自分に課された、幾千の山も重さにも匹敵する重荷を、
下ろすことが出来ると思った。
自らの死が悲しいとも、辛いとも、苦しいとも思わなかった。
しばらくすれば身も心も軽くなる、むしろ弾む思いだ。
母の膝の上にいた
いつしかヒミコは7歳で別れた母の膝の上で、その母の顔を見上げていた。
今のヒミコにはそれが現実なのか、夢なのか、
過去の記憶なのか、そうした判断はつかなかった。
母の顔は優しく、清らかで、美しい顔だった。
そして、柔らかくて、暖かい膝だった。
絹の衣のほのかな香り、母の匂いだ。
母がよく着ていた緋の衣。
そうだ、この衣は自分でも着ていた。
お母上様!

父の顔も見える
父の顔も見える!
なんという高貴なお顔立ちだろう。
幼い頃、いずれは父のような殿御を婿に迎えたいと密かに思っていた。
母が羨ましいとも思っていた。
父と母は本当に仲睦まじかった。
母が亡くなった時、父は幾晩も泣きとおしていた。
父はいつも私のことを慈しんでくれた。
そして父の言うことはすべて正しかった。
私は父から言われたことを、本当にやれただろうか。
女王になってから父と会うことはかなわなかったが、
何かある度に、いつも
「こういう時、父なら、なんとしただろうか? どう判断なされたろうか?」
と思いながらやってきた。
私は父の言うとおりに出来たでだろうか?
父は私のことを誉めてくれるだろうか?
お父上様の言った通りには出来ませんでしたが、
自分に出来ることはすべて行ったつもりでおります!
至らぬところは、切にお許し下さい!
お父上さま!
タケル
弟もいる!
弟は本当に私のために尽くしてくれた。
弟がいなかったら私は今日までヤマトの王など続けることは出来なかった。
何かあるたびに、くじけそうになる私を、いつも励ましてくれた。
弟に泣き言を言うと、なぜか心が晴れた。
私にとっては本当にかけがえのない弟だった。
私より先に旅立ってさえ、しまわなければ。
行かないで!
先に行かないで!
私を置いて行かないで!
待って!
タケル!
トミ? そなたはトミなの?
父が亡くなったことを知らせにヤマトまで来てくれた時、会ったきりだったね。
そなたはナ国の王子を婿に迎え、子も幾人か設け、
今では孫や、ひ孫も数多くいると聴く。
私も何度、そなたのような一生を送りたいと思ったことか・・・・・・
父上様、 母上様、 タケル、 妹のトミ、 もうすぐ皆に会える、楽しみだな・・・・・・・・
三輪山の聖水で清めども
・・・・・・・でも、そうだろうか?
本当に私は父や母や弟、妹と同じところに行けるのだろうか?
それは叶うまい。
皆と同じところに行くには、私は穢れ過ぎた。
本当に神のような父や母に比べると、私は余りにも穢れている。
三輪山から流れ落ちる聖水で、幾千度身を清めたとしても、
その穢れは清められるものではない。
私がこれまで犯した罪は、どの海の深さよりも深い。

これまで神の名のもとに、幾度自分の考えを押し通してきたか。
またそのことにより、いかに多くの人の自由を奪い、
命を奪ってきたか。
私は神などではない。
神の名を借りた、いや騙っただけだ。
もとより、私には神の御心を知る力などない。
霊力など微塵もないことは、この私が一番よく知っている。
しかし、それがあるように振舞わなければならなかった。
ヤマトの女王であり続ける限り、拒むことは出来なかった。
そえれが如何様に罪深いことであろうと。
それもまた、神の御意志。
いや、慎もう、そのような申し開きは。
私はこの倭国のためにすべてを捧げた、身も、心も。
地獄に落ちようとも、それもまた神の御心。
願わくば、この倭国が幾千代と、続きますよう。
倭国の民が末永く、とわに幸せに過ごせますよう。

卑弥呼以死
ヒミコは生前に、自の死に伴って殉死することを厳しく禁じた。
自分と死を共にするものは地獄に落ちるとも、人々に説いた。
しかし百名を超える者がその禁を破って死を共にした。
女王がこの世を去ればこの世も終わりと思った者。
女王がどこに行っても一緒についてゆきたいと思った者。
そうでない者たちは、この偉大な女王のために、
これまでにない大きな墓を作った。
ヒミコは現世を去ってからも倭国の女王であり続けた。
むしろ来世に居を移してからほうが、その威光は一層増した。
そして、残された人々の間で、ヒミコは本当に神となった。

仄かに灯る命の炎

ヒミコは宮の奥で臥していた。周囲には側近や女官などが詰めていた。
日頃は女王の寝所に立ち入ることが許されない大臣たちも、
この時ばかりは立ち入りを許された。
その女王の寝所は、そうした様々な人がいるにも関わらず、
異様な静寂に包まれていた。
その寝所にいたすべての者は、自らの息の音一つで、
仄かに灯る、自分たちの女王の命の炎が、
消え去ってしまうとでも思っているかのようだった。

ヒミコは朦朧とした意識の中で、
もうすぐ自分に課された、幾千の山も重さにも匹敵する重荷を、
下ろすことが出来ると思った。
自らの死が悲しいとも、辛いとも、苦しいとも思わなかった。
しばらくすれば身も心も軽くなる、むしろ弾む思いだ。
母の膝の上にいた
いつしかヒミコは7歳で別れた母の膝の上で、その母の顔を見上げていた。
今のヒミコにはそれが現実なのか、夢なのか、
過去の記憶なのか、そうした判断はつかなかった。
母の顔は優しく、清らかで、美しい顔だった。
そして、柔らかくて、暖かい膝だった。
絹の衣のほのかな香り、母の匂いだ。
母がよく着ていた緋の衣。
そうだ、この衣は自分でも着ていた。
お母上様!

父の顔も見える
父の顔も見える!
なんという高貴なお顔立ちだろう。
幼い頃、いずれは父のような殿御を婿に迎えたいと密かに思っていた。
母が羨ましいとも思っていた。
父と母は本当に仲睦まじかった。
母が亡くなった時、父は幾晩も泣きとおしていた。
父はいつも私のことを慈しんでくれた。
そして父の言うことはすべて正しかった。
私は父から言われたことを、本当にやれただろうか。
女王になってから父と会うことはかなわなかったが、
何かある度に、いつも
「こういう時、父なら、なんとしただろうか? どう判断なされたろうか?」
と思いながらやってきた。
私は父の言うとおりに出来たでだろうか?
父は私のことを誉めてくれるだろうか?
お父上様の言った通りには出来ませんでしたが、
自分に出来ることはすべて行ったつもりでおります!
至らぬところは、切にお許し下さい!
お父上さま!
タケル
弟もいる!
弟は本当に私のために尽くしてくれた。
弟がいなかったら私は今日までヤマトの王など続けることは出来なかった。
何かあるたびに、くじけそうになる私を、いつも励ましてくれた。
弟に泣き言を言うと、なぜか心が晴れた。
私にとっては本当にかけがえのない弟だった。
私より先に旅立ってさえ、しまわなければ。
行かないで!
先に行かないで!
私を置いて行かないで!
待って!
タケル!
トミ? そなたはトミなの?
父が亡くなったことを知らせにヤマトまで来てくれた時、会ったきりだったね。
そなたはナ国の王子を婿に迎え、子も幾人か設け、
今では孫や、ひ孫も数多くいると聴く。
私も何度、そなたのような一生を送りたいと思ったことか・・・・・・
父上様、 母上様、 タケル、 妹のトミ、 もうすぐ皆に会える、楽しみだな・・・・・・・・
三輪山の聖水で清めども
・・・・・・・でも、そうだろうか?
本当に私は父や母や弟、妹と同じところに行けるのだろうか?
それは叶うまい。
皆と同じところに行くには、私は穢れ過ぎた。
本当に神のような父や母に比べると、私は余りにも穢れている。
三輪山から流れ落ちる聖水で、幾千度身を清めたとしても、
その穢れは清められるものではない。
私がこれまで犯した罪は、どの海の深さよりも深い。

これまで神の名のもとに、幾度自分の考えを押し通してきたか。
またそのことにより、いかに多くの人の自由を奪い、
命を奪ってきたか。
私は神などではない。
神の名を借りた、いや騙っただけだ。
もとより、私には神の御心を知る力などない。
霊力など微塵もないことは、この私が一番よく知っている。
しかし、それがあるように振舞わなければならなかった。
ヤマトの女王であり続ける限り、拒むことは出来なかった。
そえれが如何様に罪深いことであろうと。
それもまた、神の御意志。
いや、慎もう、そのような申し開きは。
私はこの倭国のためにすべてを捧げた、身も、心も。
地獄に落ちようとも、それもまた神の御心。
願わくば、この倭国が幾千代と、続きますよう。
倭国の民が末永く、とわに幸せに過ごせますよう。

卑弥呼以死
ヒミコは生前に、自の死に伴って殉死することを厳しく禁じた。
自分と死を共にするものは地獄に落ちるとも、人々に説いた。
しかし百名を超える者がその禁を破って死を共にした。
女王がこの世を去ればこの世も終わりと思った者。
女王がどこに行っても一緒についてゆきたいと思った者。
そうでない者たちは、この偉大な女王のために、
これまでにない大きな墓を作った。
ヒミコは現世を去ってからも倭国の女王であり続けた。
むしろ来世に居を移してからほうが、その威光は一層増した。
そして、残された人々の間で、ヒミコは本当に神となった。

スポンサーサイト