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中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

美術の沖山先生 10



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ナカムラ君が通った高校の講堂。 明治時代の建物で、文化財となっている。




理数系が得意だと思っていた

 ナカムラ君は大学進学を考え、進学校を受験しました。 彼は小さい頃から理数系が得意だったので、大学の理数系の学部、できれば物理関係の学科に進学したいと思っていました。

 もっとも彼が“理数系が得意”というのも大きな誤解で、そのことを彼が理解するようになるまで、さらに数年間ほど必要となります。



絵を描くのが大の苦手の少年が美大進学?

 彼は中学生の時に版画展で金賞を受賞したことにより、自分には美術の才能がると思い込み、高校進学の時点では、その理数系に加え、美大進学も選択肢の一つとして真面目に考えていました。

 絵を描くなんて最も苦手なことと思っていた小学生の頃の彼からすれば、全く想像も出来ないことでしょう。 人間、変われば変わるものです。

 そして高校の授業が始まると、彼は当然のごとく芸術科目として美術の授業を選択しました。

 しかし、彼のその後の人生を考えれば、本当は音楽を選択すべきだったのは確かです。 

 もっとも、彼にとって音楽もまた苦手な科目の一つで、確かにその時点では音楽の選択はなかったかも知れません。

 でもその彼がいつの間にかギター教室の先生?  ・・・・・・・その辺の話は、今回は置いておきましょう。
 



高校の美術の授業が始まると

 高校の美術の授業が始まり、彼が自信満々に提出したデッサンは、なんと、先生から 「このように描いてはいけない」 とNGを出され、悪い例として皆に紹介されてしまいました。

 さらに、色彩のあるものはもっとひどく、よく考えてみると確かに彼は沖山先生にはデッサンと版画しか指導を受けていませんでした。




気付くのに2か月とはかからなかった

 彼のクラス・メイトの中には、本当に美大を目指している人もいて、そういう人は彼とは全く実力が違い、比べ物になりませんでした。

 彼らは才能だけではなく、早い時期から本格的に美術に取り組んでいて、基礎も出来上がっていました。

 彼が自分には美大進学など全くあり得ないという、ごく当然のことに気付くのに、2カ月とはかかりませんでした。




多少は勉強するようになったが

 小、中学時代には家でほとんど勉強しなかった彼ですが、さすがに高校に入るとそれなりに勉強するようになりました。

 最初の英語の試験の結果が悪く、先生から 「お前、基本が全然出来ていない! もう一度中学からやり直せ!」 と言われたのが結構効いているのでしょう。




自他ともに認める運動オンチが、何とサッカー部に!

 そしてスポーツ関係は音楽や美術以上に小さい頃から大の苦手で、自他ともに認める「運動オンチ」だったのですが、高校に入学してから一念発起して、なんと、サッカー部に入りました。

 もちろん、それまでほとんど体を動かしたことがなかったので、家に帰ると体中が痛くなり、最初は本当にたいへんでした。

 でもここでやめたら一生スポーツは出来ないといった悲愴な気持ちでがんばり、3か月くらい頑張ったら、ある程度辛くなくなってきました。

 そして次第にハードな練習もチョットした快感というか、結構楽しいものだと思うようになりました。

 因みに、大学で彼がもっとも得意だった科目といえば、ダントツで体育!




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毎日グラウンド (ピッチではなく小石混じりの土のグラウンド!) を走り回っていた頃のナカムラ君。 後年の姿からは想像できない感じだが。




美術のことなど考えている暇はなくなった


 彼の高校生活は授業が終わるとすぐサッカーの練習になり、家に帰るのは7時過ぎ。 簡単に食事を済ませるとテレビなどは見ずにちょっとギターを弾く(この頃でもほぼ毎日ギターは弾いていた)。

 それから3~4時間くらい勉強して12時頃就寝という、たいへん健康的な日々を送っていました。

 そして、彼はもう美術のことなど考えている暇はなくなりました。




君、なんで版画だけ上手いの?

 ただ、冬休みの宿題として、彼が版画を提出した時、美術の先生は 「君、なんで版画だけ上手いの?」 と、とても不思議そうにまじまじと彼の版画を見つめていて 「ウーン」 となかなかそれから手を離そうとしませんでした。

 ナカムラ君はその質問には特に答えませんでしたが、ただ、版画についてだけは沖山先生の教えを身に付けることが出来たのかなと、ちょっとホットしました。

 そして特に才能のない自分が中学生の時に金賞をとれたのは、やはり沖山先生の力だったのかなと、沖山先生の指導力の凄さというものをおぼろげながらに感じるようになりました。




沖山先生の教えを柿の木や庭の石に置き換えた

 その版画の題材は彼の家の庭の柿の木と大きな石、そして背景となる畑や遠くの家でした。

 方法的には中学生の時受賞作品 「教室の風景」 と同じで、沖山先生に指導された人物の描き方を、柿の木などに置き換えたものです。

 柿の木は、独特の”こぶ”の感じや、その質感なども表現し、柿木としての肌触りが感じられるようになっていました。

 つるつるした石と土や草との違い、また背景との距離感なども表現していました。 まさに沖山流といったところでしょう。



父が亡くなるまで床の間に飾っていた

 この柿木や庭石は、彼の父が日頃から大事にしていたもので、その後彼の父はその版画を立派な額縁に入れ、亡くなるまでずっと床の間に飾っていました。

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美術の沖山先生 9






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全校生の前で校長先生から

 それから何日かして、今度の美術展で入賞したナカムラ君たち二人が、全校生約1000人の前で校長先生から表彰されることになりました。

 これまで特に目立つこともなかったナカムラ君にとって、全校生の前で校長先生から賞状をもらうなど、小学校の卒業式以来です。



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ご祝儀袋が二つ!

 全校生の前で校長先生から渡されたのは賞状だけでなく、二つのご祝儀袋もありました。

 その一つには中学校の名前が書かれていて、もう一方には町の名前が書かれていました。

 その中を見るとそれぞれ、中学生のお小遣いからすればかなりの高額の現金が入っていました。

 もちろんナカムラ君はたいへん驚きました。  




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 このようなことが一般的に行われているのかどうかわかりませんが、少なくともナカムラ君はこのようなこと見たことも聴いたこともありません。


 ・・・・・こんなことってホントにあるんだ。 これ(美術展で金賞をとること)は、よほど凄いことなのかな・・・・・・





賞状を貰う以上に

 やはりナカムラ君としては、彼の版画がデパートに飾られたり、賞状を貰ったりするより、お祝い金を貰ったことの方がずっと衝撃的だったようです。

 しかしその金額はナカムラ君が日頃手にするお小遣いからすると、はるかに高額だったので、彼自身では使うことも出来ず、母親にそのまま渡し、最終的には高校入学の費用などに用いられたようです。

 


オレ、なんか、凄いことやったみたい、 オレって天才?

 沖山先生に 「お前の版画が金賞を受賞した」 と言われた時には、なんのことかさっぱりわからなかったのですが、校長先生から表彰されたり、高額のお祝いをもらったり、さらに小さくですが、新聞にも自分の名前が載ったりすると、ナカムラ君もだんだんと、何か凄い事をしたんだなと思うようになってゆきます。



・・・・・・オレ、なんか凄いことやったみたい。 美術展で金賞を取るということはとても凄いことみたいだな。

 大勢の前で賞状をもらうなんて、ちょっと恥ずかしかったけど、なんか、お金までもらって。

 それに、新聞に自分の名前が載るなんて、なんか変な感じ。

 ともかく、今まで経験したことのないことばかり。

 オレは絵が下手だと思っていたけど、それって思い込みだったみたいだ。

 今まで全然気が付かなかったけど、オレって美術の才能があるみたい。 

 いや、間違いない。 オレが言うんじゃなくて、みんながそう言うんだから・・・・・・




 もちろん、これまでの話からおわかりのとおり、彼が美術展で金賞になったのは、当然のことながら沖山先生の、たいへん熱心で細かい指導によるものです。

 何といっても、最後の仕上げはナカムラ君ではなく、沖山先生が行ったわけですから。

 ナカムラ君がしたことと言えば、ただ沖山先生のいうことを忠実に行っただけ。

 しかし当のナカムラ君は、学校を挙げてのお祝い気分に、いつのまにかそんなことも忘れてしまい、自分の力で賞を勝ち取り、さらに自分には美術的才能があるとまで、思うようになってゆきます。





沖山先生の記憶がない

  彼には職員室でお礼を言ってから、つまり校長先生から表彰されたりするようになってからの、沖山先生の記憶が不思議なくらいありません。 

 もちろんまだ美術の授業は続いていましたが、その頃にはすでに高校入試が近づいて、沖山先生の美術の授業でも何か作品を作るということはなくなり、入試対策のようなことが行われていたのでしょう。

  そうしたことで授業中の沖山先生の言葉も、ナカムラ君には記憶に残りにくかったのでしょう。

 またなんといっても沖山先生からも、その頃になると、ナカムラ君に個人的に言葉をかけたりすることがほとんどなくなっていました。 

 特に「おめでとう」 とか 「よくやったね」 といったような言葉は一切ありませんでした。
 
 そんな、こんなで、いつの間にかナカムラ君は校長先生から賞状や、お祝い金をもらったことは強烈な印象として残ったのですが、その一方で沖山先生の存在は、だんだんと小さくなってゆきました。



美術の沖山先生 8




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レストランで

 展示会場の中の版画を一通り見終えると、ナカムラ君たち二人は、先生にお昼をごちそうになることになりました。

 彼にとって、デパートのレストランなどには、そう滅多に行けるものではなく、まさにあこがれの世界でした。 

 テーブルをはさんで、窓際のナカムラ君の正面には沖山先生、その隣に男性。 ナカムラ君の右側には女子が座りました。

 先生から 「好きなもの注文しなさい」 と言われ、彼は女子と一緒にメニューを見たのですが、二人とも何を頼んでいいか全くわからず、結局、沖山先生が男性と相談して注文を決めてくれました。

 しばらくして、いかにも豪華で、美味しそうな料理が運ばれてきました。 

 ご飯が皿の上に載っていて、ナイフとフォークが付いてきました。



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フォークの背にライスを乗せて

 ナカムラ君は  ・・・・・確か、こういう時は、こうやって食べるんだったな、テレビで見た気がする。

 ちゃんとしたマナーで食べないと恥ずかしいからな・・・・・ 

 と、フォークの裏側にナイフでご飯を載せて食べ始めました。 それを見た沖山先生は、



 「お前、なかなか器用なととするな」



 と男性と一緒に笑っていましたが、ナカムラ君にはその意味がよくわかりませんでした。 

 しかし坊主頭でメガネの中学生が、不慣れな手つきでナイフでフォークの背に、ご飯を載せて食べている姿は、ちょっと滑稽に見えたでしょう。

 因みに、今現在ではこうしたことは誤ったマナーだとか、いやイギリスではそういう作法もある、などいろいろ言われていますが、もともとヨーロッパでは白いご飯が平皿の上に乗って出てくることは、まずないので、“正しいライスの食べ方”というのは特にないようです。 好きなように食べればいいようですね、余計な話ですが・・・・・






家に帰って

 家に帰ってナカムラ君は母親にその日のことを報告しました。



 「その美術の先生、沖山先生っていうのかい?  若い女の先生?

 へえー、 そうかい、 見た目はきれいだけど・・・・

 なるほど、そうなのかい、もったいないねえ。

 でも、まあ、その先生にはよく教えてもらって、賞にまで入れてもらって。

 ちっちゃい頃から絵が下手なお前がねえ、小学校の時なんか、いつも通信簿が2か3だったのにねえ。

 お前は、字も下手だけど、絵はもっと下手だったのにねえ、ウソみたいだね、ホントに。

 それに宇都宮に連れってもらって、お昼までごちそうになっちゃって、本当に済まないねえ、その先生には。 

 それで、どんなものごちそうになったんだい」



 「なんだか、よくわかんない」




それ、カツ・ライスって言うんだべ

 側にいたナカムラ君より14歳ほど上の兄が、


 「どうせお前らガキに食わせんだから、お子様ランチに決まってるべ。 旗ついてなかったか? 旗ア?」



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 「旗? 旗なんかあったかな・・・・・・   トンカツあった、でっかいの。 銀色の皿に乗っかってた、ご飯も。 うまかった」



 「そらあ、カツ・ライスって言うんだべ」



 「カツ・ライス?   オレ、ちゃんとナイフとフォークで食べた。   沖山先生、器用だって。

 沖山先生、男の人と一緒だった。   知らない人。   どっかの学校の先生みたい」



 「旦那さんなんじゃないの?」



 「そうかなあ、沖山先生、結婚しているって聞いたことないけど」



 「彼氏だ、彼氏。 彼氏に決まってるべ」



 「じゃないかな。 背高くて、カッコいい」



 「そう、 それじゃあ、結婚も近いのかも知れないね。  それにしても、そんなものごちそうになっちゃってすごいね。

 明日学校に行ったら、すぐに先生にお礼言うんだよ、すぐに職員室に行って」



 「そうだ、ちゃんと言っておけ、ちゃんとな。 

 先生だって、たいへんだべ、、いろいろとな」



 「丁寧にね、親から言われてきたってね」 





次の日職員室で

 母たちの言う通り、彼は翌日学校に行くと、ナカムラ君はすぐに職員室の沖山先生のところに行きました。

 沖山先生は机に向かって何か書き物をしているようでした。



 「沖山先生!」


 とやや背中越しに声をかけると、沖山先生は一瞬振り返り、



 「おう、ナカムラ。 どうした?」


 そう言うと、先生はまた机の方に向いて仕事の続きを始めました。 



 「先生、 あの、 さっ、 昨日はホントに ありがとうございました。

 宇都宮まで連れて行っていただいた上に、 あの、 お昼までごちそうになりまして。

 家のりょっ、両親からも、くれぐれも先生にお礼を言うようにと言われてきました。

 それから、 あの、 いつも本当に丁寧に、 ごっ、 ご指導、 くださいまして。  今度ののことも、 あの」



 沖山先生はナカムラ君の方には振り向かず、そのまま書き物を続け、少し間をとりながら、



 「バカに丁寧だな・・・・   今日は・・・・・    いいよ・・・・・    別に・・・・・・ 」



 「ハイ」



 「・・・・・・・・教室に戻りな」



 「ハイ。  ほっ、 本当に、 ありがとうございました」




なんだか、ほんわりした感じ

・・・・・やっぱり沖山先生と話をするのは緊張するな、最近少し慣れてきたはずだけど。 

 でもなんか、ほんわりした感じだな、今日は。

 沖山先生、なんだか照れ臭そう。

 もしかしたら、お礼言われたりするの、苦手なのかな?
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版画の授業

 デッサンの授業が終わると、版画の授業となりました。ナカムラ君はそれまで版画なんてお正月の年賀状にするものくらいにしか思っていませんでした。

 しかし沖山先生の授業を受けて、版画のイメージが全く変わりました。

 版画は白と黒だけで表現するので、デッサンの延長でもありました。 これまでデッサンの指導を受け、多少なりとも身に付けたものが役に立つわけです。

 しかし鉛筆でのデッサンの場合、同じ白黒でも濃淡をつけることが出来るのですが、版画には完全に白と黒しかありません。その点がデッサンとは異なる訳です。



限られた方法の中で

 しかし版画は、その限られた手段の中で、デッサン同様にものの形だけではなく、質感も表さなければならないという訳です。

 まずは下書きとしてデッサンから始まるわけですが、デッサンをするためには、しっかりと対象を見なければならない、つまりずっと見続けられるものを題材としないといけなかったので、ナカムラ君は鏡で見られる自分の顔を題材に選びました。

 そして背景として二人の友達と教室の壁などを描くことにしました。

 下書きのデッサンのほうは特に問題なく出来ましたが、実際に版画版にそれを貼って彫り始めるとなると、ナカムラ君には全くやり方がわかりません。

 彫刻刀の基本的な使い方なども全くわからなかったナカムラ君を、沖山先生は丁寧に指導し、時々自ら彫刻刀で彫って見本を示しました。



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いつもは怖いと思っていた沖山先生が

 沖山先生は文字通りナカムラ君の手を取りながら、細かく教えた訳ですが、そんな時、ナカムラ君はなぜか沖山先生を怖いとは思いませんでした。

 沖山先生が指導した内容と言うのは、大まかに言えば、細かい線を1本、1本重ねて、本来ないはずの濃淡を表すわけです。

 たいへん細かく根気と集中力の必要なことで、失敗はゆるされません。 




もともと嫌いだったが

 それまでの彼だったら、こういった細かいことをやるのは大嫌いだったのですが、この時点では、そうしたことを全く苦痛と思わず、慎重に根気強く行うことが出来ました。 

 そうしているうちに、その質感や立体感などがだんだん表われるようになり、ズボンの皺やふくらみ、机の硬さ、顔の皮膚の質感、後の友達との距離、そんなものがだんだんと表れてきます。

 そうなると彼はますます作業が楽しくなって、家に持ち帰って続きをやったりしていました。  




いよいよ出来上がって

 1枚の版画にしては、かなりの時間と労力を使いましたが、いよいよ出来上がって、先生から 「何とか展に出すから、提出するように」 と言われました。

 彫り終わった版画版に墨を塗り、慎重に紙をのせて刷りました。

 刷り上がってみると、自分の姿が、ちゃんと自分らしく見えて、また机や背景もそれぞれよくわかるようになっていて、立体感や、質感、距離感なども出ています。 

 ナカムラ君は自分でもなかなかよく出来たなと、感激でした。 



ナカムラ君が刷った版画を見るなり

先生のところに持ってゆくと、沖山先生は彼の刷り上げた版画を見るなり、

 「薄い! ダメだ! もっと墨を塗れ! もう一度やり直してこい!」

 とたいへん強い口調で言いました。 

 ナカムラ君はそれをたいへん意外に思いました。

 ナカムラ君自身ではたいへんきれいに仕上がったんじゃないかな、と思いましたが、もちろん沖山先生の言葉に異を唱える選択肢など、彼にはありません。

 先生に言われたとおり、彼は先ほどよりは多少、多めに墨を塗って刷り、再度先生のところに持ってゆきました。




全然ダメだ、版画版持ってこい!

 「全然駄目だ!  版画版、持ってこい!」

 ナカムラ君は席に版画版を取りに戻り、それを先生に差し出しました。

 沖山先生はその版画版を素早く受け取ると、これでもかとばかりに大量の墨を塗り始めました。



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え、そんなに塗るの?

 ・・・・・え、そんなに塗るの?・・・・

 と彼は驚きました。

 先生は版画版にたっぷりと墨を塗り終えると、その上に用紙をのせ、“ばれん”で手際よく刷り上げました。

 先生が刷り上げたものをみると、なんか真っ黒で、ちっともきれいには見えません。

 それに墨を塗り過ぎたため、せっかく時間をかけて彫った細部などにも墨が入ってしまい、よくわからなくなっているところもあります。 

 ナカムラ君にはどう見ても先生が刷ったもののほうが良いようにはみえませんでした。

 「これを出す! いいな」

 と、沖山先生は自ら刷った彼の版画を持ってゆきました。




沖山先生の見る目って、変わっているな

 ・・・・・・先生が刷ったやつ、なんか真っ黒で汚らしいな。 それにせっかく時間をかけて彫ったところ、よくわかんなくなってるし。 

どう見ても自分で刷ったほうがきれいで、上手そうに見えるんだけどな。 

 でも、先生がいいって言うんだから、まあ、いいか、オレ、別にどっちでも構わないし。 

ていうか、逆らう訳にもゆかないし。それにしても先生の見る目って、だいぶ変わっているな・・・・・  


 とナカムラ君は思いました。



終わったら忘れてしまった

 版画が出来上がって、先生に提出し、版画の授業が終わると、ナカムラ君はもう版画のことなどどこかに行ってしまい、“何とか展に出す”などと言うことも、後で先生から受賞したことを知らされるまで、完全に忘れていました。

美術の沖山先生 6

   =美人教師とメガネの中学生のお話=




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2組のカップル

 ナカムラ君たち4人は、デパートの最上階に設けられた県の美術展の会場内を、展示されている作品見ながらゆっくりと歩いていました。

 先生たち二人は寄り添うようにして前を歩き、その少し後ろを小柄で可愛らしい女子中学生と、メガネで坊主頭の男子中学生の2人が並ぶようにして歩いています。 


 ・・・・先生たちは誰が見ても美男、美女のカップルだな。  オレたち4人、他の人が見たら2組のカップルに見えるかな?

  オレとこの女子も中学生のカップルなんちゃって?  知らない人が見れば。  きっと。

  いや、そんな風に見えるはずないか、こういうの妄想って言うんだな・・・・・・ 



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ほとんどしゃべんネかった?

 後で、クラスの仲間にその女子も一緒に宇都宮に行ったことを言うと、


 「オンメエ、 2年4組のシノダ・キョウコちゃんと一緒に宇都宮に行ったってカイ?  トーブ・デパートに?

 いいなあ、オンメエ。  かわいいべ? キョウコちゃん。  みいんなそう言っているべヤ。 

 そういや、7組のアオキ、あいつ、キョウコちゃんに夢中になっちってよ、結局フラれちったけど。

 他にも何人かいるべ、あの子に気があんの。

 で、何話ししたん? キョウコちゃんと。 今度どっかで会うべ、とか言ったんカイ?

 え? ほとんどしゃべんネかった?  なんでヨ?」



 どうやらかなりモテる子のようでした。 





先生たちの会話

 ナカムラ君は、聴くとはなしに、前を歩いている先生たち二人の会話を聴いてしまいました。

 話の感じからすると、その男性もどこかの学校の美術の先生のようです。

 しかしどうもその男性と話している時の沖山先生は、今まで彼の知る沖山先生とはだいぶ違う感じでした。


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あくまで聴き手に

 沖山先生は、前にも言ったとおり、ナカムラ君たち生徒の前では乱暴とも言える男性的な話し方で、また常に自信を持って断定的に話し、曖昧な言い方は殆んどしませんでした。

 でも、この時の沖山先生の言葉は全然そんな感じではありません。

 何といっても沖山先生は、あくまで聴き手になっていて、あまり自分の考えや、意見を言っているようではありません。

 その男性の考えを尊重しているというのか、要するに”立て”ている感じです。

 そして、何といってもその声そのものが、いつも聴いているあの沖山先生の声とは違っています。

 彼は、こんな沖山先生今まで見たことがありません。




 「ねえ、これ、どう思う?」

 「ウウン、まあ、いいんじゃないかな。 質感とかはよく出ているね。 でもちょっと構成、弱いかな。 上手だけどね。 僕はそう思うね」

 「そう、やはりそう思う? じゃあ、こっちはどう?」

 「ウン、こっちの方がいいよ、絶対にね。 表現が強いし、勢いもあるね。 こういう表現なんか、なかなか出来ないと思うよ」

 「そうね、確かに力強いね」




聴いてはいけない大人の会話

 ・・・・・なんだか沖山先生の声は、いつもの声と違っている。  沖山先生もやっぱり女性なのかな・・・・

 ナカムラ君はそんな風に思い、ちょっとくすぐったいような違和感というのか、あるいは聴いてはいけない大人の会話を聴いているような感じというのか。

 そんな気がして、前を歩いている先生たちとの距離を少しとりました。