中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

    腕の重みでギターを支える

 右手の話に入る前にギターの持ち方の話をしなければなりませんが、詳しくは別の機会にして、簡単に話しておきます。ネックは「目」の高さくらいにし、やや前に出します。右ひじをボディの一番膨らんだあたりに乗せ、その腕の重みでギターを支えます。表面板の角に上腕部のひじの間接付近がくるとよいでしょう。上腕部の中央付近や、二の腕がくるのはよくないと思います、またひじでギターを自分の体のほうへ押し付けるのもよくありません。右腕の重みだけでギターを固定するのが大事です。そうしないと左手のポジションが変わるたびにギターが動いてしまったり、両方の手の脱力が出来なくなったりします。


    手首の間接は曲げない

 次に手首をサウンド・ホールの右端のあたりにもって行き、弦を軽く掴んで下さい。この時手首の間接は曲げないようにし、正面から見て(鏡で見ればよいと思いますが)、腕と親指を除く4本の指が一直線になるようにします。結果的に親指以外の指は弦は斜めに(45度前後)あたるようになると思います。かつては手首を折り曲げ、弦に対して直角になるようなフォームで弾いているギタリストも多かったのですが、最近のギタリストの多くはこのようなフォームで弾いています。この方法が最も合理的で、指やひじへの負担も少なく、また音色的にもよいとされています。


    i、m、aのアポヤンド奏法

<爪の親指側のほうで~次の弦で止まる> 
 ギターの弾き方には基本的に「アポヤンド奏法」と「アルアイレ奏法」がありますが、まず人差し指(i)、中指(m)、薬指(a)の「アポヤンド奏法」から話を始めます。手首全体は前述のとおり、ひじから真っ直ぐ伸びるようにし、親指以外の指が弦に斜めになるようにします。この時親指を⑥弦に添えておくと右手全体が安定するでしょう。弾く場所はサウンド・ホールの右端くらいがよいでしょう。次に爪の「生え際」あたりで①弦に触れて下さい、爪の親指側のほうが弦にあたっていて、また皮膚の一部も弦に触れている状態にします。次に②弦の方に指を押し付けるような感じで弾いて下さい、①弦を弾いた後、その指が②弦で止まるようになります。

<美しくて、大きな音>
 一般にアポヤンド奏法はアルアイレ奏法よりも太くて、大きな音が出ます、弾き方がよければ柔らかく、美しい音が出るでしょう。音を出す方法としては確実な方法で、比較的個人差も少なく、弦の弾き間違いなども少ないと思います。欠点としては複数の音が弾けないとか、速く弾けない、親指との連携がしにくい、次の弦に触れてしまうのでその弦の音を響かせておく場合には使えないなどがあります。

<爪を磨く>
 美しい音を出すためには爪の手入れが必要となります。ギタリストの中には爪をかなり個性的な形にする人もいますが、一般的には指頭の形に合わせてゆるやかにカーブするように磨けばよいと思いますが、細かい点では各自の指の形や弾き方などに合わせることになります。適切な長さも人によって違いますが広くみれば指の腹側から見て、1~3ミリくらいでしょう。いろいろな爪磨き用のグッズがありますが、私はプラモデル用のヤスリを使用しています(400番~2000番)。なおどうしても爪を伸ばせない人は爪がなくてもギターを弾くことは可能です、いろいろ工夫すればいい音も出るでしょう。ギターを始めたばかりの人もある程度弾けるようになるまではなくてもよいでしょう。


     pのアポヤンド奏法

 親指(p)は主に低音弦を弾きますが、まず⑥弦弾いてみましょう。親指を弦に斜めにあて、そのまま⑤弦のほうに押すようにします。この時人差し指と中指を①②弦に添えておくと安定します。弦を捉えた時、皮膚と爪の一部が両方とも弦に触れるようにするのはimaの場合と同じです。 爪のほうは、弦に当たる方を磨いてゆき、斜めにします、つまり弦に当たらない側は長めになります。imaに比べると爪の磨き方や使い方は難しいかも知れません、どうしても上手く出来ない場合は爪なしでやってみて下さい。また爪を伸ばせない人や、初心者の人も爪を使わないほうがいいでしょう。
 右手全体が上にあがり過ぎていたりすると、親指のアポヤンド奏法はしにくくなります、うまく出来ない場合は右手全体のフォームを見直してみて下さい。
 親指のアポヤンド奏法はアルペジオの低音などにはぜひとも必要な弾き方で、これによって和音のバランスが整ったり、imaのフォームが安定したりもします。ima以上に大事な弾き方になりますので、ぜひ確実に身に付けて下さい。
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水戸芸術館で行われる水戸市民音楽会[6月30日(土)~7月1日(日)]に水戸ギターアンサンブルが出演します。

 出番は6月30日(土)の11番目で、開演はpm.5:00ですが、私たちの演奏は6:00ちょっと過ぎくらいだと思います。ドボルザークの交響曲第8番の第3楽章「アレグレット・グラッチオーソ」を演奏します、あまり有名な曲ではないかも知れませんが、なかなかいい曲です。

他の出演団体はコーラス関係が多いのですが、マンドリン・アンサンブルなどもあります。入場無料ですので、よければ聴いてみて下さい。
 前回の「左手」の話だいぶ長くなってしまい、読むのもたいへんだったかも知れません。読むのが面倒な方は見出しだけ見ておけばよいでしょう。さて今回は「ヴィヴラート」の話です。


より美しい音のため

 ギターの音色はたいていの場合、右手の方で決まりますが、唯一左手が関与するのがこの「ヴィヴラート」いうことになります。ヴィヴラートはギターに限らず、どの楽器でもとても重要なもので、その音色をより美しく聴かせるため、場合によってはその音楽の微妙なニュアンスを表現するためにも用いられます。またその演奏家の個性や特徴に大きく関係するものだと思います。ギターのヴィヴラートについてはこれまであまり語られることも少なかったと思いますので、ここで私の実行している方法や考えなどをお話したいと思います。


ギターの場合は

右に動かす=弦をゆるめる=音程が下がる
左に動かす=弦を引っ張る=音程が上がる             

 ヴィヴラートは音程を小刻みに振動させることですが、ギターの場合は押さえている指を、左右に動かすことによって生じます(上下方向にかける場合もありますが、私は実行していません)。
 もっとも押さえている指をどう動かしてもギターの弦はフレットで押さえる訳ですから、ヴァイオリンなどのように直接押さえる場所が変わる訳ではありません。ギターの場合は指を動かすことにより弦のテンションが変わるので、そのことによって音程が変化します。
 つまりヴァイオリンの場合は指を右に動かすと音程が上がり、左に動かすと音程が下がりますが、ギターの場合は逆に「右」に動かすと弦を「ゆるめる」ことになり音程は「下がり」、「左」に動かすと弦を「引っ張る」ことになっで音程は「上がり」ます。これは感覚的なものとは逆になりますので、意識しておいた方がよいと思います。


手首でかける

 ヴィヴラートを正しくかけるには、まず左手のフォームなどが正しくなければなりません(フォームに関しては前回の「左手」を参考にして下さい)。特に左手に不要な力が入っていてはヴィヴラートはかかりません。その正しいフォームを意識しながら、中指で②弦の10フレットを押さえて下さい(この辺りが一番ヴィヴラートがかけすい)。この時親指の位置は中指のちょうど裏側かやや右、ネックの中央よりはやや上になります。
 右指でその音を弾いて、「左手首」全体を左右に動かして見て下さい。さきほどわかりやすく表現するために「押さえている指を、左右に動かすことによって生じます」と書きましたが、正確には指ではなく手首です。指は弦から離れない程度に押さえておいて下さい、強く押さえると手首が動かなくなってしまいます。


音色の変化のため

 手首を左右に動かすことが出来たら、よく聴くと音程が変化するのがわかると思います。あまりはっきりしない場合もありますが、はっきりわかるほどかからなくてももよいと思います。音程はほんの少しだけ上下すればよく、あまり高低の差があるとかえって不快な感じになってしまいます。多少なりとも手首を動かすと、弦にかかるテンションが変化し、かならず少しは音程も変わるはずです。ヴィヴラートの本来の目的は音程を揺らすことではなく、音色に変化を与えるためですから(少なくとも私はそう思います)、多少なりとも音色が変わればそれでいいと思います。
 左右に動かすスピードもそれほど速くなくてもよいと思います、あまり遅いのも変かも知れませんが、だいたいトリルくらいの感じといったらいいでしょうか。
 一応ヴィヴラートがかかったら他のポジションや他の指でもやってみて下さい、5フレットから12フレットくらいだとだいたいかかると思います。日常的にも、本格的に曲を練習始める前に時々やってみるのもよいでしょう、これは左手全体の脱力の練習にもなりますし、常に音色を意識する習慣にもつながります。


和音やセーハの場合でも

 ヴィヴラートの正しいかけ方が出来れば、和音などでも、あるいはセーハをしている時にでもヴィヴラートがかけられます、もちろん不要な力や手首の柔軟性がなければ出来ませんが。 和音にヴィヴラートをかけるとたいへん効果的です、またスラーや、グリサンドの時などにかけるのもたいへん美しく響きます。単音で出来た人はぜひこのような場合もやってみて下さい。
 

私の場合は

 ヴィヴラートはその基音より「高め」にかけると言う人と「低め」にかけるという人がいますが、私の場合、基本的にはその基音を中心にかけますが、①弦や、ロー・ポジションなどのヴィヴラートがかかりにくい場合は、左のほうに動かしやや高めにかけます。こうするとヴィヴラートがわかりやすくなります。逆②弦や③弦のハイポジションのなどのヴィヴラートのかかりやすいポジションでは、あまり高くなり過ぎないように、左右平均的にかけます。
 また短い音の場合は1回左の方に動かすだけですが、これだけでも結構音色のアクセントになります。速いパッセージなどでは最初の音だけにかけたりもします。


グリサンドの時にも、音程の調節にも

 私の場合、上行のグリサンドの場合は一度左の方に手首を動かして、音程をやや上げ、それからグリサンドします、下行の場合は逆に一度右に動かしてからグリサンドします。これはポジション移動の時にお話したとおり、腕全体を滑らかに移動させる意味もありますが、こうするとグリサンドが効果的に聴こえます。よければ試してみて下さい。
 また低音弦で上行のグリサンドをした場合、目的のポジションまで指を移動した時、どうしても右よりに力が入ってしまい、音程を下げ気味になってしまいますから、目的のポジションまで行ったら、左よりにヴィヴラートをかけます。これは音程を正しくとることが一番の目的ですが、そのついでにヴィヴラートをかけてしまうわけです。グリサンドの入った曲というのはたいていギターぽさを出す曲になっているので、たいていグリサンドとヴィヴラートをセットにしています。また正しい音程をとるためのヴィヴラートというのもあります。


ヴィヴラートがない方がよい場合も

 ギターでメロディを歌わせる場合はヴィヴラートはたいへん重要で、聴き手の気持ちを掴んだり、自分の気持ちを表現したりするためにもたいへん重要な手段であると思います。しかし曲によってはヴィヴラートをかけない方がよい場合もあります。一般にルネサンスやバロック時代の作品にはあまり用いません、現代の作品でもヴィヴラートを用いないほうが美しい作品もありますので、その作品の時代様式や、性格などを考えた上でヴィヴラートを用いる必要もあるでしょう。

 次回からは「右手」の話です。
7月16日(月~祝日)にギター文化館(石岡市柴間)のミニ・コンサートに出演します。今回は2:00の部と4:00の部で曲目を変え、

<pm.2:00~2:30 「日本の歌」>
浜辺の歌(成田為三)
中国地方の子守歌(山田耕作)
城ヶ島の雨(梁田 貞)
荒城の月(滝廉太郎~山田耕作編)
花(滝廉太郎)
さくら変奏曲(横尾幸弘)
落ち葉の精(武井守成)
水に落ちた喋々(武井守成)
大利根(武井成守)


<pm.4:00~4:30タンゴ名曲>
ラ・パロマ(イラディエル~タルレガ)
ジェラシー(ガーデ)
奥様お手をどうぞ(エルヴィン)
夜のタンゴ(ボルクマン)
エル・チョクロ(ビジョルド)
ラ・クンパルシータ(ロドリゲス)
ブエノスアイレスの夏(ピアソラ)
天使の死(ピアソラ)

というような内容で行います。


 「日本の歌」はこのギター文化館ではあまり演奏されることも少ないと思いますので、今回やってみることにしました。日本の歌のうち「浜辺の歌」~「花」は私も子供の頃、まだクラシック・ギターなどあまり知らない頃よく弾いていましたが、今回新にオリジナルの伴奏譜などからギター独奏に編曲してみました。若い人にはあまり縁のない曲かも知れませんが、聴いてみるとなんとなく懐かしさを感じるのではないかと思います。

 「さくら変奏曲」はギターではおなじみの横尾編ですが、横尾編のさくら変奏曲は2つあり、今回演奏するのはジョン・ウィリアムスなどの海外のギタリストがよく弾く「短いほう」のヴァージョンです、琴の感じがよく出ています。

 武井守成(たけいもりしげ)は大正時代から昭和初期にかけての人で、ギターのための作品を多数残しています。ギター以外にマンドリン・オーケストラも主宰し、絵も描いていたようです。男爵で、官僚でもあり、ヨーロッパ留学の経験もあり、当時のエリートで、ヨーロッパの文化を日本に啓蒙した一人というところでしょうか。今聴くと「日本的情緒の曲」といった感じがしますが、おそらく当時の人にはヨーロッパ的な音楽に感じられたのではないかと思います。



「タンゴ名曲」は「ラ・クンパルシータ」などの有名なタンゴが6曲と、タンゴの巨匠、アストル・ピアソラのタンゴが2曲で、6曲の有名なタンゴのうち、タルレガ編の「ラ・パロマ」以外の5曲は私の編曲です。タンゴはご存知のとおり男女で踊るダンスで、その音楽も男性的な魅力と女性的な魅力を同時に持っています。また演奏しだいということもありますが、こうしたタンゴはギターにもよく合う音楽だと思います。

 ピアソラの2曲は昨年も演奏しましたが、オリジナルはピアソラ自身のバンドネオンにヴァイオリン、ピアノ、コントラバス、エレキ・ギターなどが加わった5重奏曲で、今回演奏するのはウルグアイのギタリスト、バルタサール・ベニーテスのアレンジです。特に「ブエノスアイレスの夏」はオリジナルとはかなり違っていますが、2曲ともギター・ソロとしてよくまとまったアレンジだと思います。

 時間のある方はぜひ聴いてみて下さい。どちらかお好きな方だけでも、あるいは両方聴いていただいても結構です。


            
前回に引き続き「左手」の話です。


 セーハ=音が出なくても形を崩さない

 セーハは人差し指を伸ばして、複数の弦を押さえることですが、ギターを始めたばかりの人には難しいことの一つで、ギターを始めてみたけどセーハが出来なくてギターをやめたなどと言う話も聞きます。しかしある程度ギターを続けて行けばたいてい出来るようになるので、最初はうまく音が出なくてもあまり心配する必要はないと思います。

 音が出ないとどうしても気になると思いますが、最初のうちは少し我慢してください。無理して音を出そうとするとフォームを崩してしまって、かえって良くなくなりますので、まず人差し指を真っ直ぐ伸ばすなど、フォームを整えることの方を優先してみて下さい。フォームさえ出来ていれば、音の方は自然に出るようになるでしょう。
 
 ある程度形が出来たら、人差し指全体に力を入れるのではなく、実際に弾く弦だけ、つまり必要なところだけに力を入れられるようになると良いでしょう。またセーハを使ったコードなどでは人差し指以外の指に力が入らないようするのも大事です。 またセーハの場合何弦まで押さえるかが問題になりますので、これも正確に出来るようにしましょう。

 普通の押さえ方から、セーハに移行する場合、左手はネックから少し離すようにします。親指も①弦側の方に移動しますが、これがなかなか難しいので意識して練習してみて下さい。なおセーハの場合は親指は人差し指の裏側にきます。


 ポジション移動=脱力して「ひじ」で行う

 ポジション移動は中、上級者でもなかなか難しい問題です。ポジション移動をした時、余計な力が入らなければよいと思いますが、これはポジション移動をした時、ギターのヘッドがあまり揺れていないかどうか見てみればよいと思います。かなり動いたりしていれば何か問題があります。

 ポジション移動する場合は、人差し指は弦に軽く触れた状態で移動し、親指は少しネックから離すようにします。移動中は左手の握力を抜き、親指の位置も含め、左手全体の形が変わらないようにするのも大事です。ポジション移動は指で行うのではなく、「ひじ」で行います。

 またあまり速い動作で移動するのも良くないでしょう、あまり速く移動し過ぎると滑らかさを失い、かえってレガートでなくなります。ポジション移動の際に音がつながるかどうかは、左右の手のタイミングの問題で、移動の速さではありません。ポジション移動の距離がある場合、左手全体が「ムチがしなる」ように、つまり手首より「ひじ」のほうが先に動くようにすると柔らかい移動が出来ます。

 難しい曲になれば当然ポジション移動が頻繁になりますから、難しい曲に挑みたい方はぜひとも正しいポジション移動を身に付けて下さい。


 スラー奏法=下行の場合は同時に二つの指を押さえる

 スラー奏法は左指だけで音を出す奏法ですが、ポピュラー系では上行の場合を「ハンマーリング」、下行の場合を「プリング」と言いますが、このほうが意味がわかりやすいかも知れません。

 上行の場合は文字通り「叩く」感じですが、各指の「正しい場所で」指盤の正しい位置を、速い、小さな動作で叩けば、そう強く叩かなくても音が出ると思います。下行の場合は左指で弦を弾く感じになりますが、こちらの方がやや難しいかも知れません。

 下行の場合は同時に二つの指を押さえるのが大事で、それが出来れば音がある程度出るでしょう。また指先の間接が動けばさらに良いと思います。

 スラー奏法が指示されている場合、後の音は小さくなることを前提としますので、それほど大きな音が出なくても構いません。あまり大きく出そうとすると左手全体に力が入り、必要な指が動かなくなり、結果的に音が出なくなります。スラーは軽く少しだけ出ればいいと思うと、かえって出たりします。

 またはっきりと音を出したければ、スラー奏法を使わず、通常の弾き方にすればよいと思います。指のトレーニング的な場合は別ですが、実際の曲の中では、楽譜にスラー奏法の指示があった場合でもどうしても出ない音や、左手に負担がかかり過ぎる場合はスラー奏法を使わないことも可能です。また右手が難しい場合はスラー奏法は有効で、特に指示されていなくてもスラー奏法を使うこともあります。スラー奏法の指示はある程度相対的なもので、演奏者によって多少変更することも出来ます。


 グリサンド=ニュアンス勝負

 ギターらしいニュアンスを出すのに、グリサンドはとても有効です。特にタルレガやリョベットの曲などの演奏には欠くことの出来ない奏法です。グリサンドは技術的には難しいものではなく、特にトレーニングのようなものは必要ありませんが、グリサンドするスピードとかタイミングで様々にニュアンスが変化します。グリサンドは技術的なものではなく、感性の問題ということになるでしょう。

 具体的には、グリサンド後の音を弾くもの、弾かないもの、前打音的なも、などの種類に分かれます(私の教材ではレッスン4に記してあります)。グリサンドを強調したい場合はゆっくり左手を動かすとよいでしょう。あまり目立たせたくない時には速めに移動します。またグリサンド音を全く出したくない場合は移動の際、力を抜きます(ポジション移動)。いずれにしても優れたギタリストたちの演奏を聴いて、グリサンドの様々なニュアンスを感じ取るのが最も大事なことでしょう。


 指を弦から離す=脱力によって

 押さえた指を弦から離す動作のことについては、これまであまり言われることはありませんでしたし、おそらく皆さんも意識したことはないと思いますが、これが意外と大事なことです。通常の弾き方の場合、スラー奏法の場合のように弦を叩きつけるように押さえたのでは滑らかな演奏にはならないことはおわかりと思いますが、押さえた指を弦から離す場合も勢いよく弦から離したのでは右手とのタイミングが狂ったり、次の動作に差し支えるなど、レガートな演奏は出来なくなります。

 弦から指を離す場合は筋力で行うのではなく、「押さえている力を抜く」ことで行います。特定の指の力をタイミングよく抜かなくてはなりませんから少し難しいことかも知れませんが、上達するためには必要なことです。

 練習としては、なるべくテンポも動作もゆっくりと音階練習をして、極力レガートに弾けるようにやってみればいいと思います。この練習はいろいろな人に勧められます、レガートな演奏はギターの演奏の基本で、レガートな演奏が出来ない場合には、マルカートやスタカートの演奏は出来ません。 


 左手のまとめ

 ちょっと長くなってしまいましたが、それでも詳しく書けなかったことや書き忘れていることもあると思います。それらについてはまた後日となりますが、ここまで読んでいただいた方にはお気づきのとおり、左手については「力を入れすぎない」という表現が何度も出てきて、これが最も重要なキーワードになっています。人間というのは意識的に力を入れることは出来るのですが、「意識的に力を抜く」のはなかなか難しいようです。もちろん個人差はありますが、気になる方はぜひ「意識的に力を抜く」ということを文字通り「意識」してみて下さい。

 次回は「ヴィヴラート」についてです。
中村俊三のギター上達法  

  1. 左手~1

さて今日から
 さて今日から「中村俊三のギター上達法」ということで、いつも私がレッスン室で生徒さんに話していることなどを、あらためて文章にまとめて行こうと思います。私のところでギターを習っている方にとっては「聞いたことのある話に」になるかも知れませんが、レッスン中はどうしても話が断片的になりやすいですし、また皆さん自身の練習内容から離れる話は省略しますので、このようにまとまった形で読んでいただくのもいろいろな点で有意義と思います。今までのレッスンの復習とこれからの予習ということで、ぜひ読んで下さい。また他の先生に習っている方や、独学の方、かつて習っていた方、これから始める方などにもたいへん参考になると思います。


弦を捉える場所=指の中心部分
 まずなんと言っても弦を押さえる方の手、つまり「左手」のことが気になる人が多いと思いますので、この話から始めます。弦を押さえるのは指の先端部分、さらに言えば先端の「中心」部分です。人間の指先は神経が集中していてセンサーのようになっていると思いますが、その指先の中でも特に神経の集中している部分があります。別の指で触ってみると場所がわかると思いますが、そこが弦を捉えるところです。そこで弦を押さえるとあまり力を入れなくても音が出せますが、逆にそこから外れるとより強い力が必要になってしまいます。また中心から外れると感覚が鈍くなり、どうしても強く押さえてしまうことにもなります。したがって常にその神経の集中した「中心」部分で弦を捉えられるようにする必要があります。またそうすることで、自然に指先も曲がることになります。以前はよく「指を立てて押さえる」と言われていましたが、あまり立てすぎるのは不自然で、斜めくらいでちょうどよいでしょう。和音などでない限り、隣の弦に触れても別に構わないと思います。
 

押さえる場所=フレットに触れない程度に右寄り
 ギターの場合、フレットとフレットの間だったら、どこを押さえても原理的には同じ音が出ます。しかし左の方や中央付近を押さえると、音がよく出ず、また雑音(「ビリ付き」などと言ったりします)も出てしまいます。したがって押さえる場所はフレット間のなるべく右の方ということになります。またフレット(金属棒)の真上を押さえると、弦の振動に指が触れることになり、この場合も音がよく出ません。と言うわけで、フレットに直接触れないようにしながら、フレット間の一番右よりの場所を、常に押さえられるようにしなければなりません。
 フレットを強く押さえると位置が多少がずれていても音が出ますが、日常的にそうすると正確な位置が覚えられなくなりますので、やはり必要以上の力で押さえること禁物です。軽く押さえて、位置がずれると音が出なくなったり、雑音が出たりする方が、だんだんに正確な位置取りが出来るようになり、上達につながります。


親指の位置取り=常に微調整 左手の親指は人差し指や小指を押さえた場合でも、中指と薬指の間の裏くるのがよいのでしょう。無意識に押さえると人差し指の裏、さらにはもっと左に来てしまう傾向があります。また通常ネックの中央付近に親指を置きますが、⑤弦や⑥弦を押さえる時には少し上の方(⑥弦側)に移動します。後述のセーハの場合は逆に①弦側に移動します。
 親指は他の指が押さえやすい場所を探して常に微調整しなけらばなりません、これはスポーツなどのフット・ワークに似ていると思います、テニスなどでもよいフット・ワークがなければ的確にボールを打ち返すことは出来ないでしょうから。また左手の動作と動作の間に瞬間的に脱力出来れば、親指が自然に正しい位置をとることができますが、常に握力が入ったままだとそれは不可能になってしまいます。いろいろな意味で左手に力を入れ過ぎるのは禁物で、ギターの上達のためには、常に必要最低限の力で弦を押さえる必要があります。



指の拡張=半音階練習
 左手は最低限度、第1ポジションで、1フレットから4フレットまでを人差し指、中指、薬指、小指の順に指を拡げて押さえられるようになる必要があります。もちろん前述した通り、それぞれの指が正しい場所で弦を捉えた上です。これはいわゆる「半音階」の練習ですが、あまり拡がらない人の場合は9~12フレットから練習を始め、だんだんローポジションの方に移動して行くとよいでしょう。なおこの時親指の位置にも注意して下さい、前述のとおり親指は中指と薬指に間の裏側にくるようにします。
 また強く押さえ過ぎると指が拡がらなくなりますが、さらには押さえている弦を①弦方向に引っ張ってしまう人もいます。これは絶対に避けてください、音程が狂うなど、たいへん問題になります。
今日、ギター文化館でカルステン・グロンタールの11弦ギター・コンサートを聴きましたので、若干レポートします。このギタリストについてはデンマーク人ということしかわかりませんが、手塚健旨さん(間違いでなければ)が通訳をしていました。プログラムは以下のとおりです。

<11弦~ボリン>
アリア変ロ長調(E.G.バロン)
シャコンヌ(ヴァイス)
アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ(組曲11番より~ブクスデフーデ)
プレリュード、ルール、ガヴォット(リュート組曲第4番より~バッハ)


<6弦~サントス・エルナンデス>
アルマンド、クーラント(テレマン)
アルゼンチンの2つの小品(モスカルディーニ)

他にアルベニスの曲が2曲(マジョルカ、サンブラ・グラナディーナ)プログラムにのせてありましたが、演奏されませんでした。アンコールは「ソプラノとオーケストラ曲」というだけで曲名は聞き取れませんでしたが、サラバンド風の曲でした。


 バロン(たぶん17世紀頃のリューテスト)とヴァイスの曲は番外弦(7~11弦)の共鳴をうまく使ったリュート的な演奏で、様式観をしっかりと持ちながらも、表情付けもされていて、なかなか共感できる演奏です。このギタリストは響きの美しさ(音色ではなくて)を持った人だと感じました。どちらかといえば、ヴィルトーゾ・タイプの人ではなくしっかりと音楽を勉強してきた人かなと思いました。


 ブクスデフーデの曲はかつてブリームが編曲していたもので、ミハエル・シェハーもリュートで弾いていたものですが、アルマンドはバッハのリュート組曲第1番のアルマンドに少し似ています(バッハの方が後から作曲されていますが)。バッハのリュート組曲第4番はセルシェルと同じく変ホ長調で、運指上は「ハ長調」で演奏されていました。スタートをやりなおしたりしていましたが、バッハの曲はちょっと意識するのかも知れません。


 後半は名器サントス・エルナンデスを使って演奏されましたが(明るい響で、なかなか味わいのある音)、旅の疲れもあったのか、ずい分短くなってしまいました。前半がなかなかよかった分だけ、なんかちょっと拍子抜けした感じでした。やはりコンサートは全体の構成が大事だなと感じました。
 

   「2」 のつづき

 いよいよ新人戦となりました。まず地区大会で各グループ3チームの総当りのリーグ戦を行い、1位のチームが県大会に進出します。最初の試合は9-0で大勝、その先制点は私が入れました。ゴール前にフラフラと上がったボールを頭で押し込んだだけですが、これが記念すべき私の公式戦初ゴールです。次の試合の先制点も私が入れました。こちらはミドル・エリアで右からのハーフ・バウンドの結構難しいボールでしたが、うまくゴール右隅に決めることが出来ました、公式戦2ゴール目です。この試合は3-0と点差こそ少ないが、一方的なゲームで、味方のキーパーはほとんどボールに触りませんでした。


 以上のように圧勝で地区大会を勝ち上がりましたが、県大会のほうは、まず3チームでの予選リーグを行い、1位と2位のチームが決勝トーナメントに進出、つまり最下位にならなければいいわけです。チームには楽勝ムードが漂い、決勝トーナメント進出は間違いないといった雰囲気でした。しかし県大会の試合が始まってみると私たちの予想とは全く違う試合になりました。対戦した2つのチームともチームの完成度が私たちのチームとまるで違うのです。私たちのチームはどちらかと言えば個人技を主としたしたチームで、あまりパス回しとか、チーム戦略なんてあまりありませんでした。対戦したどちらのチームともしっかりとしたゲーム・プランをもっており、特に守備に関しては、こちらの攻撃の選手一人一人をしっかりとマークし、自由に仕事が出来ないようにしていました。もちろん私のほうにもきっちりマークが付き、ほとんどプレーが出来ない状態でした。点差こそはあまりつきませんでしたが、二つの試合とも完敗です。


 自分たちの力を過信していただけに、大会が終わってからのチームの落ち込みはかなりのもので、私もこの時ばかりはサッカーをやめようと思いました。私などがいたのではこのチームは強くなれない、早い段階で後輩たちに座をゆずるべきだと考えました。しかし決断が付かずにぐずぐずしているうちに、他の仲間が次々にやめてゆき、いつのまにか1年生以外で練習に出ているのは私だけになってしまいました。結局私が1年生の指導をしなければならなくなり、やめるのも休むのも出来なくなってしまいました。


 3年生になると部活をやめる人のほうが多かったのですが、私はもう一人の元部長と残りました。チームのほうは攻撃の核となる選手もいなくて、前年よりは弱体化していました。6月に大会があり、1回戦は勝ち残ったのですが、2回戦で対戦するのはなんと昨年の新人戦で戦って何も出来ずに負けてしまった、あのチームです。私たちの試合のほうが先に終わったので、そのチームのゲームを観戦しました。昨年よりいっそう洗練されたチームになったようです、きれいにパスをまわしてきて、それぞれ個人技もあります。今の私たちのチームでは全く歯が立たないと感じました。よく観察するとその中心、つまり司令塔的な役割をしている選手は私のポジションと相対するポジションにいて、ほとんどの攻撃の基点になっているようで、ボール扱いもなかなかです。私はこの選手を押さえれば、なんとかゲームになると思いました。


 2回戦当日は土砂降りの雨で、私にとってはいつもグラウンド状態の悪いところで練習しているので、かえって好都合でした。試合が始まると私は、反則すれすれのタックルなどを行い、その相手の司令塔を徹底的にマークしました。さらに田んぼのようなグラウンドに足元をとられたりで、その選手はほとんど思うようなプレーが出来なくなっていました。結局私のサイドからの相手の攻撃は完全につぶした思います。しかしながら両チームの実力差は歴然としていて結果的には1-3で負けましたが、私自身はとても満足のゆく試合でした、借りを少し返した気持ちにもなり、また一人前の高校サッカー選手になった気がしました。結局その後も11月頃まで、ほとんど受験近くまで毎日サッカーをやることになりましたが、楽しい毎日でした。他の人より少し時間がかかりましたが、この頃になると普通のウイング・プレーヤーがすることが出来るようになりました。


 あれだけ遅かった足も、いつのまにか50メートルで7秒を切るようになりました。もちろんこの程度では速いとまではゆきませんが、私の場合最初の数歩だけは特に速く、最初の数歩で相手の前に体を入れ、ボールを自分のものに出来るようになりました。ウイング・プレーヤーというのは相手選手とボールの追いかけっこによくなりますが、この頃にはその追いかけっこではほとんど勝てるようになりました。またこれが一番大きいのかも知れませんが、ゲームの流れとか、先の予測がだいぶ出来るようになり、次に何をすればよいかわかるようになってきました。ある試合で、オフサイド・ルールの裏をついて、逆サイドのエンド・ライン付近までいっきに走り、エンド・ラインぎれぎれでスローインを受け取り(スロー・インにはオフ・サイドはない!)、ゴール前に絶妙のセンターリング。もちろんゴールも決まり、このプレーは私の中でのベスト・プレーです。


 私は、子供の頃はわがままで、辛いことやがんばることなど大嫌い、勉強もスポーツもほとんどしたことがないという子供でした。高校のサッカー部に入ってはじめて、努力とか辛抱とかをした訳ですが、努力が結果を生むと言うことも、この時はじめて実感しました。それまでは自分が足が遅いのや、運動が苦手なのは生まれつきで、がんばっても無駄なことだと思っていました。そう言えば子供の頃音楽も苦手で、音楽の試験で皆の前で歌を歌う時など、本当に恥ずかしかった記憶があります(今も苦手ですが)。聴音の時などはこっそり先生の手を見ていました。どこでどう間違えたか今はなんとギター教室の先生などしています。


     終わり





 「私の数字」ということで、私の個人的なことなどをいろいろ書いてきましたが、このシリーズは今回をもちまして最終回とさせていただきます。お付き合い下さった方々、本当に有難うございました。




 次回からは「中村俊三のギター上達法」と称しまして、ネット上のギター・レッスンを行ってゆきます。私のレッスンを受けている方は通常のレッスンの補足として、ぜひ読んで下さい。また他の先生などに習っている方も、こんな教え方もあるのかと読んで頂ければと思います。その他、独学の方、かつて習っていた方、これから習おうと思っている方など、ギターに興味のある方ぜひ読んでみて下さい。  

私の公式戦でのサッカーのゴール数は2です。といっても遥か昔、ほとんど前世とも言える高校時代の話です。1年間のレギュラーのFWとしてプレーして、この数字は決して大きいわけではありませんが、でも存在することそのものが奇跡的な数字です。


 私は、子供の頃から運動は嫌いというか、大の苦手で、小学校の運動会の競走はいつもビリで、運動会が近づくたびにゆううつになっていました。中学生になってもいつも家でごろごろしている毎日で、たまに野球などはしましたが、外野で8番、振れば3振、守れば後逸と、ほとんどドラえもんの「のび太君」状態でした。


 中学校を卒業するまでほとんど体を動かしたことがなく、そんな体ではどうしょうもないと家族からも言われ、また自分でも真剣にそう思うようになり、高校進学を機に一大決心をして、運動部に入ることにしました。運動部に入るといっても、人気のある野球部などには入れませんし、テニス、卓球もだめだろうし、かといって柔道、剣道は恐そうというので、結局サッカー部にしました。サッカーは入部する人も少なそうだし、ただ走っているだけで、あまり運動神経もいらなそう、11人でやるのだからもしかしたら試合に出られるかも知れない、出られなくても体力を付けるだけだからと、そんな理由で決めました。


 私の高校入学は1966年で、2年前の東京オリンピックで日本代表はベスト・エイトに入り、Jリーグの前身ともいえる日本サッカー・リーグもその頃はじまり、いわば「第1次サッカー・ブーム」ともいえる頃だったと思います。また68年にはメキシコ・オリンピックでは釜本選手の活躍などで銅メダルに輝きました。しかし一般にはサッカーのことはあまり知られてなく、ただボールを蹴飛ばして遊ぶものくらいにしか思われていませんでした。サッカー部のある中学校はまだめずらしかった頃です。


 高校の入学式の次の日、入部申し込みにサッカー部の部室に行きました。それにしてもよく入部を認めてくれたと思います、体が小さい上に、足はやたら細く、おまけにメガネで、どう見てもサッカーをやれるようには見えなかったでしょう。でもその部室にいた部長らしき先輩はそうしたことは顔に出さず、「用意ある?・・・・そう、じゃ、これとこれ着て」と言い、汚いシャツやストッキングなどを差し出しました。サッカー用のストッキングなどその存在はこの時初めて知りました。
「あ、それからメガネはずして」 
「え、でも、あのう・・・・メガネはずすと何にも・・・・」
「メガネかけたままじゃサッカー出来ないだろ」
「え、でも・・・・あ、はい」
というわけで当時視力は0.06と0.04でしたが、しかたがなくネガネをはずし、赤と黒の縞の汚いストッキングと青いパンツ、汗臭そうなシャツを身に付け、グラウンドに出ました。人の顔はほとんど判別できませんが、ボールは大きかったせいでなんとか見えるようです。先輩の部員たちがボールを蹴る音がやたら大きく、またそのスピードもすごく速く感じました。


 その先はだいたい想像のとおりです。それまで走るどころか、歩くことも少なかったので、入部して最初の頃は球拾い程度でたいして練習したわけでもないのに、全身筋肉痛で、一番痛かったのが足の裏です。それほど私の足の裏は柔らかかったのです。中学校に入った時テニス部を3日もたずにやめてしまったので、なんとか3日は続けようとがんばり、その次はともかく1週間、そして1ヶ月となんとか持ちこたえ、2,3ヶ月するとなんとか体が馴染んできました。とはいえ最初はまともにボールも蹴れない状態で、足も格別遅く(入部時は50メートル=8.2秒)、おそらく先輩や同輩たちもとんでもないのが入っちゃったなと思ったでしょう。誰しも戦力になるとは思わなかったでしょうが、唯一評価されていた点は、ともかく休まないということだけでした。これは熱心だったというより、私としては休むのが恐かったのです。1回休むと、次の日に練習に出るのがいやになり、それっきりになってしまいそうだったからです。


 昔運動部を経験した人はよく知っていると思いますが、当時はよく練習中に水を飲むなと言われていて、特に真夏の炎天下での練習の時には本当にたいへんです。夏休みの練習で紅白戦を2試合続けてやった時など、本当に気絶しそうになりまりました、よく死ななかったと思います。夏休みが過ぎる頃には私の顔は真っ黒になり、担任の先生に「中村は真っ黒で健康そうだな」とよく言われていました。クラスの同級生たちはほとんど外に出ることもなく受験勉強に専念してましたから、私の真っ黒い顔は結構目立ったのでしょう。私の入学した高校は県内でも有数の進学校ということもあり、成績は鳴かず飛ばずで、先生の目からは「成績イマイチの運動部員」と見えたのでしょう。


 2年生の夏くらいまでは当然のごとく、試合に出ることはほとんどありませんでした。唯一1年生の6月頃、上級生の修学旅行と大会が重なって、1年生だけで大会に出場することになり、その時はじめて試合に出場しました。私はハーフ・バック(今で言えばボランチ)のポジションで、4点差くらいで負けたのは覚えていますが、内容のほうは全く思い出せません。おそらくサッカー以前のプレーだったのでしょう。


 2年生の秋になり、上級生が引退し、新チーム結成となりました。1年生もいましたが、なんとかレギュラーになれました。新チームに変わったのを機にハーフ・バックからレフト・ウイング(今でいえば左サイドのMF)にポジションが変わりました。背番号もこれまでの「4」から当時快速ウイングでならした杉山選手と同じ「11」になり、それだけでも嬉しく感じました。このポジションは普通、足が速く、ドリブルが上手い選手が就くポジションですが、私の場合は他に行くところがなく、ここに落ち着いたのだと思います。この辺に置いておけば特に害はないだろうと言うことだと思います。コーチからは「ドリブルはするな、ボールが来たらすぐパスしろ」と言われていました。
 

 秋の新人戦を前に市内の工業高校との練習試合がありました。その試合の前半だったと思いますが、私は普通左サイドにポジションをとっているのですが、プレーが右サイドのほうに偏り、中央のポジションに誰もいなくなってしまったので、私はその時中央のポジションを埋めていました。すると私の少し前方に、右のほうからグラウンダーのボールが流れて来ました。私にパスをしたのか(あまりあることではない!)、たまたま味方の選手が中央にボール蹴ったのか(多分このほうが正しい!)わかりませんが、絶好球です。なおかつ近くにディフェンダーもいません、いわゆるド・フリーの状態です。私の場合相手チームからもノーマークだったのでしょう。ペナルティ・エリアの少し手前で、ゴール真正面だったと思いますが、走りこんだ勢いで右足を思い切り振りぬきました。ゴールの隅などを狙っている余裕はありません、ほとんどゴール・キーパーめがけて蹴ったと思います。ゴール正面を狙って蹴ったボールはややアウト・サイドにきれて、結果的にはゴールの右隅のネットに突き刺さりました。練習試合とはいえ、対外試合での初ゴールで、しかもこんなにきれいに決まるとは思いませんでした。思わず飛び上がって何か叫んだと思います、チーム・メイトも抱きついてきました、こういう時というのは一種独特の興奮状態に陥ります。40年近くたった今でもその時の感触が、私の右足の甲のやや外側のところに、ごく僅かですが残っています。

   つづく