イサーク・アルベニス : セビーリャ
今回のリサイタルの最後はセビーリャです。アルベニスの中ではアストゥリアスに並ぶ人気曲で、私のリサイタルだけでなく、よくコンサートの最後に演奏されることが多い曲です。それだけ華やかな曲なのですが、⑤=ソ、 ⑥=レ という変調弦にも関係があります。中にはこうした変調弦など全く関係なくプログラムを組むギタリストもいますが、普通、こうした変調弦の後、通常の調弦の曲を弾くのは、演奏中にチューニングが狂ったりして、結構いやなものです。多くのギタリストはそうした調弦を考慮した上でプログラムを組みます。
気付いた方もいるとは思いますが、この私のリサイタルでも前半の最初の3曲は通常のチューニング(⑥=ミ)、バッハの2曲は⑥=レ、となっていて、後半はアストゥリアス、グラナダ、カディスが⑥=ミ、 朱色の塔、コルドバが⑥=レ、 セビーリャが⑤=ソ、⑥=レ というようにチューニングに応じて曲が並んでいます。こうすると演奏中のチューニングが安定しやすいのと、結果的にですが、それぞれの調が5度づつ下がる感じになって耳に馴染みやすくなると思います。例えば後半は、アストゥリアス(ホ短調)、グラナダ(ホ長調)-カディス(イ長調)-朱色の塔、コルドバ(ニ短調)-セビーリャ(ト長調)というようになります。
話は戻りますが、セビーリャは前の曲のコルドバど同じくグアダルキビール川沿いにある町ですが、コルドバよりは下流にあって、町の規模も大きく、この地域の中心都市になっています。一応内陸にはありますが、比較的大きな船でもさかのぼれて、「日の沈まぬ国」と言われた大航海時代にはカディスやリスボンと並ぶ港町として賑わったそうです。
アルベニスの曲はご存知のとおり、そのほとんどに地名が付けられていますが、多くの場合その地名と実際の曲とは相関関係がありません。ただしこの曲に関しては「セビーリャナス」というこの町の名が付いたフラメンコのリズムで書かれ、珍しく曲名と曲の内容が一致しています。
多くのギタリストがこの曲を弾く時は、なるべく速めのテンポで、またより激しく演奏します。フィナーレを飾るのにふさわしくとか、演奏者自らのヴィルトーゾぶりを発揮するためなどということだと思いますが、原曲の譜面を見ると4分音符が1分間に100という指示で、特に速くということではないようです。アストゥリアスなどほとんどのアルベニスの曲は一般にピアニストの演奏の方が速いのですが、この曲に関してはピアニストの方がゆっくり弾いていて、セゴビアなどの多くのギタリストの方が速く演奏しています。本当はどちらかと言えば 「急速で激しい曲」 ではなく、「軽快で楽しい曲」 なのではないかと思います。
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イサーク・アルベニス : コルドバ
後半の5曲目はアルベニスのコルドバです。また曲名からですが、コルドバはグアダルキビール川(舌を噛みそうな名前ですが)の中流にある人口数十万の都市です。私自身は行ったことがありませんが、市内にはローマ時代の橋が残されていたり、また14世紀くらいまではイスラム人が支配し、回教寺院なども残されているそうです。
この曲はその回教寺院の鐘の響きで始まります。主部は3拍子で8部音符の伴奏に乗ってメロディが現れます。浜田滋郎氏によれば、この伴奏のリズムは「バンドブレ」という舞曲のリズムだそうです。ギターに適したリズムといえ、曲全体もギター的な感じがしますが、この曲をギター独奏で弾くようになったのは以外と最近で、1969年にジョン・ウィリアムスがレコーディングして以来だと思います。もっとも二重奏ではエミリオ・プホールが編曲していて、演奏もしていたと思います。独奏では技術的に難しいと考えられていたのでしょう。確かにウィリアムスのLPの解説にも「超難曲」と書かれていたような気がします。
実際には編曲のしかたにもよりますが、私のようなものでも弾いているわけですから、他のアルベニスの作品と比べて特にギターでは難しいということでもないでしょう。もちろん易しいということもありませんが、編曲で無理しなければ他のアルベニスの曲が弾ける人なら弾けるのではないかと思います。
私の場合、最初に聴いたのはそのウィリアムス盤だったと思います。しばらくしてブリームとウィリアムスの二重奏盤も出ました。その頃はまだギター独奏の譜面が出ていなかったので、原曲のピアノの譜面を買い、それを自分でギター二重奏用に編曲し、ギター部の仲間と弾いたりしていました。その後全音出版から阿部保夫編の譜面が出て、独奏でも弾き始めるわけですが、その時にはすでに原曲のイメージがあったので、目では阿部編を見ているのですが、実際はそれを自分なりに編曲しなおした形で弾いていました。そうしないと弾けない個所もあったので。
メロディは4分音符中心、伴奏は8分音符中心と、確かに特に難しいと言うわけではないのですが、これをギター独奏で弾くと、なかなか思ったようには行きません。細かいことですが、メロディが単独の場合、低音と同時の場合、中声部の和音と同時の場合などでどうしても音量や音色が変わってしまい、また左手が難しい個所はなかなかレガートに弾けなかったりなど、一応音は出せたとしてもなかなか音楽的には上手くゆかなかったりします。
ピアノで弾けば右手はメロディ(ほとんどオクターブ・ユニゾンになっていますが)、左手は伴奏とはっきりしているので、特に技術的に難しい点はそれほどないと思いますが、ギターでは結構これが難しいのです。確かにアストゥリアスの方が聴いた感じ難しそうでも、奏法上はギターによく馴染みます。
と言うわけで、この曲を弾くのに超絶技巧が必要な曲ではないのですが、音楽的に、要するに聴いてよい感じに弾くには、やはりそれなりの力と努力が必要という、当たり前の結論にんまってしまいました。また上手く弾ければギター曲として優れた曲になるということも同じでしょうか。
アルベニス : 朱色の塔
アルベニスの4曲目は「朱色の塔」です。この曲は「特性的小品集作品92」に含まれますが、ドイツのギタリスト、トーマス・ミュラー・ペリュングがこの曲集全曲をギターに編曲し、CDも出していました。他の曲もなかなか良い曲が多いのですが、アレンジは結構難しく、弾くのはあまり簡単ではありません。ペリュングというギタリストは手も大きいらしく、私などには届かないところがたくさんあります。CDのほうは、今は入手出来なくなっているかも知れません。
この曲の最初のギターへのアレンジはミゲル・リョベットということになっているのですが、その「リョベット編」とした譜面は実際には見たことがありません。ただ現在出版されているこの曲のギターの譜面は、大きく見ればほぼ同じなので、おそらくそのリョベット版が基になっていると思われます。私が演奏しているものも、その一つです。原曲はホ短調ですが、ギター版はすべてニ短調になっています。今のところ他の調に編曲されたギター版は見たことがありません。
速いアルペジオに乗せてメロディを歌わせると言う曲で、超難曲ではないとしても、ちゃんと弾くには決して易しいとは言えないでしょう。細かい話になりますが、このアルペジオ・パターンはギター版では若干変更されます。ギターの弦の関係でいえば、オリジナルでは②①③の順になりますが、ギター版では③①②、または③②①の順に変えられます。ちょっとしたことですが、この②①③の順のアルペジオはギターでは弾きにくいのです。リョベットやセゴビアなどの大ギタリストでもそう感じるようです。因みにセゴビアは③②①の順で弾いていますが、③①②の順の方がオリジナルに近く聴こえるので私はこの順で弾いています。
中間部は長調になって、3連符のアルペジオはなくなるのですが、その代わりポジション移動が激しくなり、音を外さず弾くのはやはり簡単ではありません。曲も盛り上がってきますし、ここで音は外したくないところです(でも時々外れてしまいますが)。一つのフレーズすべて自然ハーモニックスを用いたところが出てきますが、ここなど確かにリョベットらしいところでしょう。
曲名についてはいろいろなところに書いてあると思いますが、朱色の塔といっても朱色に塗装した塔でなく、夕日に染まって朱色に見える塔といった意味で、アルハンブラ宮殿の別称だそうです。人気曲の一つですが、上手く弾ければカッコよく聴こえると思います。
昨日(10月19日)ひたちなか市アコラで宮下祥子マスター・クラスが行われ、聴講しました。宮下さんは北海道出身のギタリストで、全国にファンの方もたくさんいるようです。
大聖堂、黒いデカメロン、トゥリーナのファンダンギーリョなどレヴェルの高い曲のレッスンだったのですが、内容としては音の出し方や、和音のバランスのとり方といった基本的な事柄が主でした。曲が難しくなればなるほど基本は大事で、確かに共感できるレッスン内容だったと思います。
宮下さん自身はたいへん美しい音の持ち主ですが、それは「たまたま」とか「爪の形が良いから」とかといったものではなく、意識的に自分の音を聴き、そして作り上げてきたのでしょう。また和音のバランスなどには特に優れた聴力をもっているのも窺えます。そういった点は確かにアマチュアのギタリストには難しいところかも知れません。
レッスンの最後にアストゥリアスと藤井敬吾の羽衣伝説の演奏もありました。受講者や聴講者にはとてもすばらしいプレゼントだったと思います。
アルベニス : カディス
カディス湾に面した港町
アルベニスの3曲目は「スペイン組曲作品47」の第4曲目の「カディス」です。カディスもスペインの地名で、ジブラルタルから北西に約100キロほどで、カディス湾に面した港町です。曲の内容ととこの街との関係はよくわかりませんが、多分あまり関係ないのではないかと思います。
ボレロ風のリズムとメロディ
三部形式で書かれているこの曲の主部では、ボレロ風のリズムに乗せて明るく、穏やかなメロディが歌われます。ギターでこのリズムの軽快さを出しながら、なおかつメロディを歌わせるのはなかなか難しいものがあります。ちょっと聴くと「何気ない」感じなのですが、相当演奏能力が高くないとその「何気なさ」は出ません。美しいメロディの楽しい感じの曲に聴こえてくればよいのですが(中間部では多少勢い込む部分もあります)。
タルレガ編 → バルエコ編
ギターへの編曲は、古くはタルレガ、比較的最近ではバルエコなどのものがあります。原曲は変ニ長調ですが、タルレガ編は1音高めてニ長調、バルエコ編はそれより5度低くイ長調となっています。
私が1985年のリサイタル(第4回目)で弾いた時にはタルレガ編を使用しましたが、技術的には難しく、次の1989年のリサイタル(第5回目)ではバルエコ編に変えました。こちらのほうが多少弾きやすく、また原曲に近い感じになっています。もっとも部分的にはさらに私の指に合うように、多少弾きやすく直して弾いています。
シャープ脱落
確かにこのバルエコ編は弾きやすく、原曲にも近い感じなのですが、ただ1ヶ所、16小節目の2拍目ウラの「ラ」にシャープが脱落しています。楽譜にシャープが脱落しているだけでなく、演奏(CD)のほうでもシャープが脱落しています(しかも2度とも!)。つまりバルエコは自分が書いた楽譜の通りに弾いているわけです。どう考えても(どう聴いても)ナチュラルはおかしいので、単純ミスと考えられます。
4小節まるごと
間違いといえば同じ組曲の「カタルーニャ」では逆にナチュラルのところにシャープが付いてしまっていて、これもどう聴いても変だと思いますが、同じように楽譜も演奏も間違ったままにになっています(あえて変更したとはあまり考えにくいところです)。また同じ組曲の中の「キューバ」ではなんと4小節まるごと脱落してしまっています! これなど一度原曲の譜面を見直したり、あるいは原曲の演奏を聴いたりすればすぐに気が付くと思いますが、やはりこれも譜面と2度にわたる録音でも同じように脱落したままになっています。
結局はバルエコ編で
確かにバルエコの編曲は弾きやすく、優れた編曲だとは思いますが、同時にいろいろ疑問な点もある編曲です。バルエコ編を使用する時には必ず原曲の譜面と照らし合わせて使用するべきかも知れません(他の編曲の場合でも同じ)。グラナダの場合はバルエコ編で長く弾いてきて、今回のリサイタルの直前に自分のアレンジに変更しました。でもカディスの場合はやはりバルエコ編が弾きやすく、上記の点以外には特に問題点もないので、今回も部分修正のみで、全体的にはバルエコ編で演奏します。
今日(10月5日 日曜日) つくば市で行われた 「第5回 レーベンハイム・コンサート」 で演奏をしました。このコンサートは同市にお住まいの大山さんご夫妻宅で行われたコンサートで、この企画は今回で5回目だそうです。演奏は私のギター独奏の他、フルーテストの三澤美佳さんと大山さんの奥様の光江さんとのデュオがありました。リコーダーなどを愛好している方、国際交流活動をしている方、外国からの留学生など約20名くらいの人たちが聴きに来ていました。
私の演奏曲目は今度のリサイタルの前半のプログラムの、パガニーニ、ジュリアーニ、バッハなどで、ホーム・コンサートとしては重厚すぎましたが、とても熱心に聴いていただいた感じがしました。
三澤さんと光江さんのデュオでは、夢うつつ(メッザカーポ)、G線上のアリア(バッハ)、埴生の宿(ビショップ)、対話風小二重奏曲よりロンド(カルリ)が演奏され、他に光江さんの独奏で、クリスマスの歌(バリオス)、三澤さんのソロで、シリンクス(ドビュッシー)、チャルダッシュ(モンティ)が演奏されました。私自身の演奏が終わってから聴いたのですが、自分の演奏の疲れが癒されるような、とても和むフルートの音でした。
カルリのギター二重奏曲をフルートとギターという形で演奏されましたが、三澤さんがご自分で付けたと思われるアーテキレーションは、ギターでこの曲を演奏する時にとても参考になるように思いました。フルーテストがこの譜面を見ると、このように感じるのでしょうか。
日常的のこうしたコンサートが行われるのは、つくば市ならではでしょうか。これからもずっと続けて行かれるとよいと思います。