中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

 バッハ : リュート=ハープシコードのための作品集

      リュート=ハープシコード(ラウテンチェンバロ) : エリザベス・ファー 

      リュート組曲1~4番他 (BWV995~1000、1006a、964、990) 



 24日にアコラでのデュオ・コンサートが終わったかと思えば、来月は教室の発表会(8日)、再来月(12月13日)はアルベニスのコンサートと、ちょっと忙しい時期になってしまいましたが(自分のことを忙しいと言う人は「出来る男」ではないそうですが)。最近聴いたCDの中から気になったものを紹介したいと思います。今回紹介するのは、J.S.バッハの「リュート=ハープシコードのための音楽集」です。


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リュートの音が出せるチェンバロ

 この「リュート=ハープシコード」という楽器については以前「アンナ・マグダレーナ」のところでも話をしましたが、「リュートの音が出せるチェンバロ」で、原語では”Lauten Wercke”(ラウテン・ヴェルク)と言うのだそうです。その現物は残されていないようですが、バッハの遺品の目録中にその楽器が書かれています。因みに”本物”のリュートも遺品として残されました。文献などによれば、この「ラウテン・ヴェルク」は通常のチェンバロ用の弦の代わりにリュート用のガット弦を張り、弦を弾く部分も鳥の羽を使ったものだそうで、要するに演奏の仕方はチェンバロ、音色はリュートといったものだと思います。この楽器が当時どの程度普及していたかはわかりませんが、バッハ自身の考案とも言われています。



バッハの「リュート組曲」は本当にリュートのための作品?

 クラシック・ギター愛好者の人でしたら、バッハが4つの組曲を始め、いくつかのリュートのための作品を残していることをご存知だと思います。それらの譜面の多くは単に「pour la Luth」、つまり「リュートのための」とだけ書かれていて、言葉上では”本物”のリュートのための作品となっています。しかし当時のリューテストは演奏の際に五線譜は使わず、弦の番号やフレットの番号を数字や記号などで示した「タブラチュア」を用いていましたが、バッハの自筆譜はすべて鍵盤用の譜面、つまり2段の五線譜で書かれています。おそらく当時のリューテストはバッハの自筆の五線譜を見て、直接演奏は出来なかったと思われます。そこでこれらのバッハの作品のうちいくつかのもの(BWV995、997、1000)は他のリューテストが書いたものと思われるタブラチュアも残されています。


 バッハの「リュートのための作品」と言われるものが、本物のリュートのための曲なのか、あるいはこの「ラウテン・ヴェルク」のための曲なのかという議論もありますが、それは厳密に特定することは難しいでしょう。おそらくバッハ自身はそのどちらでもよいと思っていた、もしかしたら故意に曖昧にした可能性もあります。BVW998の場合は「リュート、またはチェンバロのため」と記しています。



リュートを練習するのがたいへんなので?

 前述のとおりバッハが生前リュートを所持していたのは確かなようで、どんな楽器も演奏出来たバッハですから、リュートもある程度演奏出来た可能性は十分にあります。しかしこれらの自分の作品を自在に、あるいは知人のヴァイスのように巧みに演奏出来た可能性は少ないと考えるべきでしょう。またタブラチュアを見ながらの演奏出来た可能性はもっと少なかったと考えられます。となればバッハが自身の「リュートのための作品」を演奏するとしたら、このラウテン・ヴェルクを使用したとしか考えられないでしょう。しかしまた他のリューテストがそのバッハの作品をタブラチュアに書き直して演奏出来るようにとも配慮したはずでしょう。


確かにリュートぽいが、クリヤー過ぎ

 さて前置きが長くなってしましたが、このCDで使われている楽器は、現物が残されていないので、前述のような文献をもとに復元した楽器が使用されているとのことです。聴いてみると、確かにリュートぽい音にはなっていて、特に低音は本物のリュートの音にかなり近くなっています。その一方ではリュートぽく聴こえない部分もあるわけですが、一つには特に高音や中音域では音がクリヤー過ぎることでしょう。リュートは指で押さえて、指で弾く関係から全体に音が曖昧な感じ、あるいはソフトな感じがあり、爪を使わないのでギターよりもさらにその傾向はあります。またリュートでは多用されるスラー奏法、つまりハンマーリングやプリングが、このラウテン・ウェルクの奏法にはないので、そういったニュアンスはかなり違っています。



リュートの弾き方を意識して

 また当然どちらの楽器にしろ実際に演奏する演奏者の力量によってかなり違ってはくるでしょうが、同じ譜面を弾いたらやはり本物のリュートの方が難しく、このCDにあるようなクリヤーに、また正確に弾くのはかなり難しいでしょう。ただスピードに関してはリュートを意識してか、それほど速くは弾いていません。また和音などではアルペジオ風の弾き方を多用したり(チェンバリストもよくやるかな?)、小刻みにテンポを揺らしたりするなど、リュートを意識した弾き方をしているようです。



リュートの方が本家?

 このCDの中の曲では、特にBVW995(いわゆるリュート組曲第3番)が最もリュートぽく聴こえる気がします。プレリュードの冒頭の部分など本当にリュートのように聴こえます。ただしばらく聴くとやはりクリヤーに聴こえすぎというか、「このリューテスト、ちょっと上手すぎ」と聴こえてしまいます。この曲はもともとはチェロ組曲第5番からの編曲ですが、私にはチェロで演奏されるよりもリュートで演奏されるほうが自然に聴こえます。なんとなく古風な感じのする曲(昔の曲だから当たり前?)で、近代的な感じのするチェロよりもより古風な感じのリュートのほうがずっとしっくりきます。誰だったか、本当はリュート曲のほうがオリジナルで、チェロのほうが編曲だと言っていた人がいたような? 



  *パソコンの故障により、当記事が一時的に中途半端な状態でアップされてしまいました。

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 今日はひたちなか市アコラでジヴェルニー・コンサートが行われ、そのゲスト演奏として中村俊三&鈴木幸男ミニ・コンサートを行いました。いろいろあって(ちょっと道に迷って?)「朝の歌」は結局2回弾くことになってしまいましたが、それが指ならしになったせいか、他の曲はかえってよく弾けたような気がします。終わってみれば結構気持ちよく弾けたコンサートかなと思います(弾く方が気持ちよいだけではよくないかも知れませんが)。


 ソルの「幻想曲」は一昨年ギター文化館で佐藤純一君とも演奏しましたが、やはりステージで演奏すると興奮してくる曲ですね、スリリングで、かつ色合いの変化もある名曲だと思います。フーガの後半では6弦が上がってしまいちょっと困ってしまいました、配慮不足です。因みに横尾編では静かに終わるエンデングを、迫力ある終わり方に変更したのは鈴木さんの考えによるものです。


 今年の6月の水戸ギター・アンサンブル演奏会の時には、まだ「久々感」があった話をしましたが、今日弾いた感じでは気持ちも、またタイミングなどもそうズレはなく、お互いに比較的同じイメージで演奏出来たかなと思います。なおプログラムに書かれた曲以外に、冒頭でゴンチチの「放課後の音楽室」、最後にアンコールとしてロシア民謡の「二つのギター」を演奏しました。


 ミニ・コンサートに先立って、愛好者の演奏があり、私の教室からもニ重奏2組と独奏一人の、計5人の人が演奏しました。私が言うのも何ですが、なかなかよい演奏だったと思います。きっと11月8日のひたちなか市文化会館での発表会でも良い演奏をしてくれると思います。
 

 フェルナンド・ソル : 幻想曲作品54bis (コスト編)


 ソルのニ重奏曲の中でも人気のある曲で、最近ではもう一つの人気曲、アンクラージュマンよりも耳にする機会も多くなっているかも知れません。曲は「アンダンテ・アレグロ」、「アンダンティーノ」、「エスパニョール」の3つの部分からなります。「アンダンテ・アレグロ」はイントロダクション的ですが、それにしても「アンダンテ・アレグロ」とはちょっとややこしい表記です。「アンダンテなアレグロ」なのか「アレグロなアンダンテ」なのかどっちなのでしょうか。どうもソルには「アンダンテ・ラルゴ」のように速度記号を2つ並べる表記が時々あります。私の知る限りではこのような表記をする作曲家は他にはあまりいません。結果的に言えば「アレグロなアンダンテ」、つまり「速めのアンダンテ」と考えるべきなのでしょうが、それなら「アンダンティーノ」などと表記してくれればよいと思いますが、次の楽章は「アンダンティーノ」なのでそれと違った感じで弾いて欲しいということなのかも知れません。「アンダンティーノ」が軽快にといった感じがあるとすれば、こちらは「あまり遅くはないが、レガートに」といったように解釈しています。いずれにしてもソル独特の表記です。


 第2の部分の「アンダンティーノ」は三部形式の曲と考えられますが、冒頭の部分が再現される際は単純な繰り返しではなく変奏されています。つまり三部形式と変奏曲の両方の性格を持っています。前述のとおり軽快な感じですが、中間部は短調となります。第3の部分の「エスパニョール」は8分の6拍子と、4分の3拍子が交錯する典型的なスペイン舞曲となっています。活き活きとした爽快な曲で、この曲の人気の源となっています。


 ソルのオリジナルでは1stギターは常に主旋律、2ndギターは常に伴奏とはっきり区別されていますが、この「コスト編」では細かくパートが入れ替わるようになっています。このコスト編だと、確かにパートを決める時もめなくてすむのですが、主旋律部分と伴奏部分と両方練習しなければならなくなります。特に「エスパニョール」では頻繁に主旋律部分と伴奏部分が入れ替わるので、その切り替えは意外とたいへんです。必然的にポジション移動も多くなってきます。サッカーでいえば相手陣内深くでクロスをあげたかと思えば、直ぐに自陣に戻ってディフェンスをするサイド・バックといったところでしょうか。うっかり集中を切らすと、二人で同じメロディを弾いていた・・・・などということにもなりかねません。パートの割り振りに関して言えば、「優しき玩具」と「幻想曲」は私が1st、バッハの「フーガ」は鈴木さんが1stです。




 J.S.バッハ : フーガ (ファンタジアとフーガイ短調BWV561より~横尾幸弘編)


 この曲は「さくら変奏曲」で有名なギタリストの横尾幸弘氏が1969年に出版したギター二重奏曲集に入っているもので、以前にも二人でこの曲を演奏したことがあり、今回も鈴木さんの提案よりこの曲をやってみることにしました。この譜面にこの曲の原曲に関することは何も書かれていなかったのですが、今回もう一度やることになり、この曲の原曲のことが気になり、それらしいCDをいろいろ聴いてみました。幸いに私のCDコレクションもその時からするとだいぶ充実してきました。


 そう思ったのも前にこの曲をやった時にちょっと「ひっかかり」があり、「確かにこの曲は有名な『小フーガト短調』に似ているけど、なんとなくバッハらしくないな」と感じていたからなのです。「ひょっとしたら横尾氏の作曲では」などと思ったりもしました。もっとも当時はただ「なんとなく」で、全く客観的な根拠などがあったわけではありません。今回あらためてこの曲の譜面(横尾氏編曲の)を見てみると、普通バッハのフーガには頻繁に現われる転調がほとんどなく、主題も主調と属調以外では出てきません。また装飾的なパッセージもどうもバッハ的には見えません(ヴィヴァルディなどに近い)。


 そうこうしているうちに適当にかけたバッハのオルガン曲集のCDからこの曲の主題が聴こえてきて、「なんだ、思い過ごしか、やはりバッハの真作なのか」と思ったのですが、解説を読んでみると、やはりバッハの真作ではなく、バッハの作品として伝えられているが、現在の研究では別の作曲家の作品だとされているようです。いわゆる「偽作」というわけですが、本当の作曲者は不明なようです。いずれにしてもバッハの身近な人の作品か、少なくとも同時代の作曲家の作品のようです。


 といったわけでこの曲の正式な名称が「ファンタジアとフーガイ短調 BWV561」で、ということがわかったわけですが、さらに言えば「伝バッハ作曲」と付け加えるべきかも知れません。原曲では曲の最初と最後にかなり技巧的な部分があり、横尾氏のアレンジではそうした技巧的な部分は省き、フーガになっている部分のみをギターニ重奏にしてあります。フーガの部分はほぼ二声になっていて、主題は前述のとおり有名な「小フーガ」の後半部分によく似ています。主題は上声部にも現われますが、どちらかといえば下声部に現われることが多く、上声部は主に装飾的なパッセージとなっています。この曲全体からすればかなり技巧的な曲なのですが、横尾氏がアレンジした部分についていえば意外とシンプルで確かによくギターニ重奏にはまります。横尾氏は他にもさまざまな曲をニ重奏にアレンジし、またソルなどのオリジナルのニ重奏曲も出版するなど、ギター界への貢献はとても大きいものがあります。


 横尾編ではこの曲はホ短調に移調されていて、前回の時も、また今回も当初はその譜面どおりに練習していたのですが、鈴木さんのほうからこの調では弾きにくいということで、1音下げ、ホ短調からニ短調に移調することにしました、こんな時パソコン・ソフト(ミュージック・タイム)は便利です。そのことでだいぶ弾きやすくなり、また響きも重厚になった感じがします。またエンディングも若干変更しました。


 
演奏曲目の紹介


 いつの間にかコンサートは来週になってしまいまい、今日も夜(7:30~)音あわせです。今回は演奏曲目の紹介をしましょう。


吉松隆 : 優しき玩具より「朝の歌」、「水色のアリオーソ」、「ペンギン公園の午後」
 

 この「優しき玩具」は作曲家の吉松隆氏が、1983年4月号から1984年3月号まで現代ギター誌に楽譜を連載したもので、1985年には曲集としても出版されました。「・・・・そのまま床に落ちていつの間にかなくなってしまうこともあるし、気がついてそっとすくいあげ、陽の光に透かしてみたりしてそれなりに鑑賞してみることもある。光っているものもあるが、ただ鈍くくすんだだけのものもある。可愛いのもあるし、生意気で子憎たらしいだけのものもある・・・・」といった作品だそうですが、毎回楽譜といっしょにユニークなエッセイが添えられ、それがまたとても面白いのですが、残念ながら出版譜ではそれらはほとんど省かれています。


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           1985年の出版譜(現代ギター社)


 「朝の歌」と「水色のアリオーソ」はともに1983年5月号に掲載されたもので、「・・・・何もかもがいつものとおりの何気ない一日のように思えた。しかし、いつもそうそう安心ばかりもしていられない。夜の次に朝が必ずくるものだ・・・・などとたかをくくっていると、人間誰でも一生に一度は朝のない夜を迎えねばならないことを思いしらされることになる。・・・・・・・ともかく、朝というものは常に、さりげなくかつ何気ないものでありたい。起きてみたら空がカラフルな水玉模様になっていた・・・・というような朝も悪くないし、街がペンギンだらけになっていた・・・・というような朝もいい。・・・・」 と言った文章が添えられています。


 「ペンギン公園の午後」は1983年7月号に掲載されたもので、 「・・・・人間もペンギンも所詮は地球に巣喰う一生物。発生し、なにやらわやわやとうごめき、そしていつしか絶滅してゆく。悠々たるかな天壌、遼遼たるかな古今・・・・という処か」 といったように吉松氏のエッセーではこのペンギンがよく登場します。吉松氏のもっとも愛着のある動物なのかも知れません。確かにこの曲もペンギンがユーモラスに、また愛らしく表現されています。


     duo 002


 福田進一氏のCD (1997年録音)。なかなか面白く、とても楽しめます。

 中村俊三 鈴木幸男 ギター・デュオ・コンサート

 10月24日(土) AM. 11:30~  ひたちなか市アコラ

 会費1500円 要予約

        曲   目

吉松隆 : 優しき玩具より 「朝の歌」 「水色のアリオーソ」 「ペンギン公園の午後」

F.ソル : 幻想曲作品54bis

J.S.バッハ : フーガ (ファンタジアとフーガイ短調BWV56より~横尾幸弘編)




 今日は今月の24日(土)にアコラで行われる鈴木さんと二重奏のコンサートの告知です。パートナーの鈴木幸男さんについては、当ブログでも時々登場しますし、シニア・コンクールなどでよくご存知の人も多いかも知れませんが、この機会に若干詳しく紹介しておきましょう。


 私が鈴木さんに出会ったのは、私が大学を卒業して4年目の1979年だったと思います。今はもうなくなってしまいましたが、水戸市内にあった音楽教室の一室に、色白で細身の長身、いかにも大学を卒業したばかりといったフレッシュな感じの鈴木さんが習いにきました(実際は事前に電話で問い合わせがありましたが)。大学のサークルでギターをやっていたというので、「なにか1曲弾いてもらえませんか」と言うと、「人前で弾けるようなものはないんですが」と言いながらコストの「舟歌」を弾いたと思います。太くてしっかりとした音だった記憶があります。


 基本的なことはすでに出来上がっていると思ったのでカルカッシの25のエチュードからレッスンを始めましたが、レッスンを始めてみると私に教えられることはほとんどないことがわかりました。いろいろ聞いてみるとギターを始めた年齢とか、これまでの経歴とか私とほとんど同じだったのです。ひどい我流でギターを始めた私より、むしろ「ちゃんと」ギターをやってきた感じです。私は栃木県の出身で、茨城大学へ、鈴木さんは茨城出身で千葉大学へといった感じで、お互いなんとなく「横滑り」した感じですが、その大学では同じようにクラシック・ギター部に入り、さらに同じ理学部物理学科卒業! もっとも私は授業にはついてゆけず中退寸前でなんとか思い留まり、2年留年して卒業したのに対し、鈴木さんは「ちゃんと」4年で卒業し、さらに「ちゃんと」就職したといった点が違っています。因みに鈴木さんは高校でもギター部に入っていたと思いますが、その時の2年先輩がアコラの熊坂さんだそうです。


 カルカッシのエチュードの後、ソルのエチュードなどもやりましたが、さすがにそれ以上教えることもなく、確か1982年だったと思いますが、「卒業」ということでレッスンを強制終了しました。最後の頃にレッスンしたのはバッハの「シャコンヌ」と「リュート組曲第1番」だったと思います。足掛け4年ということになりますが、今思えばよくそれまで、特に教えてもらうことのない先生に習っていたなと思います。私が逆の立場だったら直ぐにやめていたのでは。でもその場合にはこのコンサートはなかったでしょう。




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1981年頃。茨城県民文化センターでアンクラージュマンを演奏。
私(右)が30才、ブッフシュターナーを使用。鈴木さんが26歳、河野を使用。




 その後はレッスンこそはしていなかったのですが、一緒に合奏やニ重奏をやったり、また当時は私の教室で合宿や、旅行などもあり、そんな時にはいつも参加してもらっていました。また時には夜遅くまで、あるいは明け方まで飲んでいろいろ語り明かしたりとかもしていましたが、どちらかと言えば私の方が聞き役だったのではないかと思います。そんなわけで鈴木さんとは師弟関係というより、強いて言えば大学のギター部の先輩、後輩といった関係が一番近いのではないかと思います。確かに卒業した大学は違うのですが、当時の私の教室はなんとなく大学のギター部的な「ノリ」があったのではないかと思います。かなりアバウトな先輩と、几帳面な後輩といった関係でしょうか。私は基本的に血液型とその人の性格とは関連性は信じない方なのですが、どうも私たちの関係では一般的に言われているとおりのようです。ご想像どおりA型とB型なのですが、どっちがどっちという説明は不要でしょう。


 ニ重奏としてはこれまで、「アンクラージュマン」、カルリの「二重奏曲ト長調」、「セレナーデ」、アルベニスの「コルドバ」、ファリャの「スペイン舞曲第1番」、グラナドスの「ゴエスカス間奏曲」、「オリエンタル」、ブラームスの「主題と変奏」など、主な人気のあるニ重奏曲はだいたいやってきたのではないかと思います。今回のコンサートの曲目のメインになっているソルの「幻想曲」も以前にやっています。


 今回の演奏曲目の紹介もしようと思ったのですが、長くなったのでまた次回にします。なおコンサートを聴きに来て頂く場合は「アコラ」のホーム・ページ(最近アドレスが変わりました!)をご覧の上、メールなどで予約して下さい。なお10:00から愛好者の演奏もあります。アドレス等がわからない場合は私の方に連絡していただいても結構です。

 今頃になってこんな話をするのも何なのですが、スタンリー・マイヤーズ作曲の「カヴァティーナ」と言えば、今や「アルハンブラの想い出」に並ぶクラシック・ギターの名曲中の名曲。かつて映画で最も有名なギター曲と言えば「禁じられた遊び」でしたが、最近ではその地位も取って代わろうかというところだと思います。もちろん私自身でも時々弾きますし、レッスンもしています。この「カヴァティーナ」は映画「ディア・ハンター」のテーマだということは皆さんもご存知だと思いますが、実は私はこの映画を最近まで見たことがなく、レッスンの時にも、 「この曲は『ディア・ハンター』というベトナム戦争を描いた映画の主題曲で・・・・・・」 などと説明しているわりには、実際はどんな映画なのか全くわかっていませんでした。前から気にはなっていたのですが、私の場合、基本的に映画もDVDもあまり見る方ではないので最近まで、ついつい見ないままになってしまいました。自分でもこの曲を演奏したり、また生徒さんにレッスンをしている以上、この映画の内容は当然知っていなければならないはずなのですが。



 先日、ちょっとした偶然でこの「ディア・ハンター」のDVDをSさんから借りることが出来ました。ただしDVDプレヤーがないのでパソコンで見るしかなかったのですが、なにぶんパソコンでDVDをあまり見たことがなく、最初は字幕が出せなかったり(英語はもっとわからない!)、画面がやたら暗かったり(モニター調節不良)など、ちゃんと見られるようになるまでちょっと手間がかかりました。なお且つ話の筋がなかなか掴めず、何度か前に戻って見直したりしました。正味で3時間というやや長めの映画ですが、全部見終わるまで結局のところ4時間以上はかかってしまったと思います。といっても続けて見たわけではなく、一週間くらいかけてやっと見終わりました。



 当ブログを読んでいる方々は、この映画を見たり、内容をよく知っている方も多いとは思いますが、私なりには結構頑張って最後まで見たので、一応内容などを紹介することにします。「カヴァティーナ」は知っている、あるいは弾いているけど、「ディア・ハンター」は見たことがないという人はぜひ読んでみて下さい。



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 この映画は1978年の映画で、ベトナム戦争の末期に、製鉄で有名なピッツバーグから徴兵される3人の青年(ニック、マイケル、スティーヴン)が主人公となっています。出兵する直前、スティーヴンはアンジェラと挙式をあげ、ニックは美しい恋人のリンダと帰国後の結婚を約束します。また他の仲間と鹿狩りに行き、ニックは見事に鹿を射止めます。その3人は戦地で捕虜になり、川の上の小屋の中で、ベトナム兵士に銃口を突きつけられながらロシアン・ルーレットを強制されますが、銃を奪い取って反撃し脱出に成功します。脱出する途中、ニックはヘリコプターに救出されますが、スティーヴンは足を負傷し、マイケルが担いで帰還します。その後マイケルは無事帰国。ステーヴンも帰国しますが、足は失われます。ニックはサイゴンに残り、サイゴンの闇社会に於いて、今度は自らの意志で大金をかけてロシアン・ルーレットをやるようになり、その金をスティーヴンに送金します。それに気付いたマイケルはニックを連れ戻しにサイゴンに向かいますが、そのマイケルの目前で自らの手から撃ちだされた銃弾がニックの頭部を貫通します。



 ディア・ハンターというタイトルからして「狩」がテーマの映画なのかとか、勝手に想像していましたが、狩の方は本題とあまり関係ないようで、おそらく「故郷での狩仲間」と言う意味でこのタイトルが付けられているようです。その代わりこの映画で最も大きな意味合いを持つのが「ロシアン・ルーレット」で、最初は見る人の心も凍らせるほどの恐怖として描かれますが、最後は自らの意志で行うというシュールなエンディングとなっています。比較的、娯楽的な要素は薄いと思われますが、かと言って単純な反戦映画でもなさそうです。確かに簡単に言い表すことの難しい映画と言えると思います。



 ベトコン(ベトナム解放民族戦線)兵士による残虐な行為を描いたことに対しては、その後ベトナム側から反発もあったようで、もちろん私にはそのような行為が行われたかどうかなどということはわかりませんが、戦争というのはそういったこともあり得る状況にさせてしまうのは確かなのでしょう。またそうした残虐さや、恐怖を描いた映画のもう一つのテーマは若者達の極限状態の中での友情ということになるのかも知れません。日本の映画などで戦争がテーマになる場合は戦争を絶対的な「悪」として描くことが多く、この映画もそれに近いとは思いますが、ニュアンスはやはり多少違うでしょう。



 テーマ曲となった「カヴァティーナ」はもともとはこの映画とは関係ない曲だったようで、この映画の音楽を担当することになったギタリストのジョン・ウィリアムスが、彼の友人でもあったスタンリー・マイヤーズの作曲のこの曲がこの映画に合うと考え、この曲を使用したということのようです。普通私たちはこの曲をギター独奏で弾きますが、この映画ではメロディーと伴奏のアルペジオを別録りし、さらに弦などを加えた、いわゆる「オーヴァー・ダビング」の形になっています。そうした関係もあって、ちょっと聴くと簡単そうでも、独奏で弾くと結構難しい曲になるわけです。また多彩にコードが変化し、それがこの曲の持ち味にも、また難しさの原因にもなっています。



 この曲はこの映画の冒頭とエンディングで流れ、その他に映画の後半に3回くらい出てきます。他に別な楽器などで断片的にも現われます。メイン・テーマですからそれなりの回数登場するのは当然ですが、3時間の映画とするとそれほど頻繁に現われるといった感じでもありません。またこの曲は、過酷な戦争のイメージとは全く似合わないたいへん美しい曲で、なぜこの曲がこの映画のテーマ曲なかと不思議な気もしますが、もしかしたらこの若者達の心の優しさを描いていて、この映画の核心とも無関係ではないのかも知れません。



 長くなりましたが、やはり映画は見てみないとわかりませんね(誰かのセリフみたいですが)。


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 Union Musical Edicionesのピアノ譜


パヴァーナ・カプリッチョ

 今回より今度のコンサートで弾く曲の紹介をしてゆきます。最初はアルベニスの初期の曲で、「パヴァーナ・カプリッチョ」です。原曲はピアノのための作品で、1883年(アルベニス23才)に出版されています。アルベニスがまだスペイン音楽に目覚めていない頃の作品で、どちらかといえばショパンやシューマンなどのロマン派風の曲と言えます。まだまだ初々しさも感じる可憐な作品と言ったところでしょうか、スペイン的ではありませんが魅力的な作品です。原曲はホ短調の主部とホ長調の中間部からなる三部形式で出来ていて、全体に高い音域が使われていて、その辺が「可憐さ」にも繋がっているのですが、ギターで演奏すると音域はどうしても低くなってしまいます。

 アストゥリアスとかセビーリャとかに比べれば、この曲がギターで演奏されることは少ないのですが、アルベニスと親交もあったと言われているタレガも編曲していると言われています。ただし私自身はその譜面を見たことがありません、出版はされているのでしょうか? その他にも何種類か入手可能なギターへの編曲譜もあるとは思いますが、私の場合、写真のようにスペインのUnion Musical Edicionesのピアノ譜を取り寄せました。なるべく直接アルベニスと対話したいと思うからです。今回演奏する他の曲も、基本的には原曲のピアノ譜からアプローチしています。もちろんセゴビアやバルエコといったギタリストの編曲や演奏を参考にはしています。


 私の場合は掲載した譜面のように原調のホ短調で編曲しました。全体的には原曲より1オクターブ低くなっていますが、部分的にはやむを得ずさらに1オクターブ低くなっているところもあります。イ短調に移調した編曲もあるようですが、このホ短調の方がハーモニックスなども使用でき、演奏しやすいのではないかと思います。若干の音の省略はありますが、全体的にはほぼ原曲の音を再現していて、原曲とかけ離れているところはあまりないと思います。また私の演奏技術に合わせて編曲してあるので、超絶技巧的なところはありませんが、かといって易しいとも言えないでしょう(少なくとも私のレヴェルでは)。この曲は他のアルベニスの曲とはちょっと違った感じなので、他のアルベニスの作品を演奏する時とは違った感覚が必要でしょう、どちらにしろよい曲に聴こえるか、聴こえないかは演奏者次第、責任は重大!



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私の編曲譜。 読みにくい時は画像をクリックして下さい。
              アルベニス演



イサーク・アルベニスについて


敬意と感謝

 私の場合、これまで行ってきたコンサートのほとんどではアルベニスの曲が含まれ、アルベニスの曲を弾かなかった時の方が稀なくらいです。これまで7回行ってきたリサイタルのうち、アルベニスの曲を弾かなかったのは1回のみでした。昨年のリサイタルでも後半のプロはアルベニスの作品のみといったように、私のレパートリーの中でアルベニスの作品の占める割合は他のギタリストよりもやや多いのではないかと思います。今年はそのアルベニスの没後100年ということで、アルベニスとその作品に敬意と感謝の意を込めて、今回このコンサートを企画しました。


ピレネー山脈の谷間の小さな町

 アルベニスの生涯などについては以前にもこのブログ書きましたが、若干触れておきましょう。イサーク・アルベニス(本名はもっと長い)は1860年にピレネー山脈の谷間にある、カンブロドンという小さな町で生まれ、3才の時にバロセロナに移っています。3才頃より姉にピアノを習い、後にマドリッド、ライプチヒ、ブリュッセルなどで音楽を学んでいます。若い頃はピアニストとして高く評価され、またロマン派的な作品を作曲していましたが、20代半ば、つまり1880年代の中頃よりスペイン的な音楽に目覚め、私たちが知るようなアストゥリアスとかグラナダといった曲を作曲しています。代表作としてはピアノのための組曲「イベリア」が挙げられます。1909年5月18日にバスク地方の避暑地、カンボ・ル・パンで亡くなりました。


クラーク氏の著作

 これまでアルベニスの生い立ちとして、「4才で演奏会を行い、神童ぶりを発揮し、12才でアメリカ大陸へ放浪の旅に・・・・ 」といった冒険物語のような逸話が語られていますが、実はこれらはアルベニス本人が作った「お話し」のようです。1999年にカンサス大学の助教授である、ワルター・アーロン・クラーク氏が当時の公文書や新聞記事、乗船名簿など膨大な資料を基にした著作が出版され、最近ではそのクラーク氏の労を惜しまない研究により、アルベニスの実像がかなり明らかにされています。


邦訳はないが

 クラーク氏が書いた著作(Issac Albeniz Portorait of a Romantic)は英語で書かれた約300ページのものだそうですが、今現在では日本語には翻訳されていないようです。ただしインターネットでこの本の内容を要約したものは読むことが出来ます。また富川勝智さんが現代ギター誌(NO.485~490)にアルベニスに関する詳しい記事を書いていてますので、詳しいことを知りたい方はそういったものを読んでいただければと思います。因みに富川さんの記事も、おそらくこの本を参考にしているのではないかと思います。全くの余談ですが、フランスのサルコジ大統領の現在の夫人は、このイサーク・アルベニスの「ひ孫」にあたるそうです。


今ではさまざまな作品が

 アルベニスが残した作品は、自身がピアニストであったこともあって、ピアノの作品が最も多く、6曲のソナタの他、100曲以上の作品(組曲などに含まれる曲をそれぞれ1曲として)があるそうです。他に完成されたオペラが3曲、ピアノ協奏曲が1曲、歌曲が約30曲、オーケストラ曲、室内楽が若干となっています。最近ではオペラや協奏曲なども録音されており、CDも入手可能になっています。アルベニスに関しては、これまで文字通り若干の伝説的な逸話と、ごく僅かな作品が知られていただけでしたが、最近ではその人物像もかなりわかるようになり、今までほとんど演奏されなかった曲も聴くことが出来るようになりました。