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中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

Jerome Ducharme  2005年GFA優勝 アメリカ生まれでモントリオールで学ぶ


新進演奏家 011



韻を踏んだ?

 今回のCDは2006年3月に録音されたジェローム・ドゥシャームの演奏です。韻を踏むような名前ですが、原語でもJerome Ducharme となっていて、確かに韻を踏んでいるのでしょう。1978年、シカゴの近くのジョリエットと言う町に生まれ、モントリオールでギターを学んでいます。今年33歳になるのでしょうか、USA出身のギタリストも今回初めてということになります。  


ひげと笑顔

 写真のひげからすると、豪快な演奏をしそうにも見えますが、そのひげの間から見える笑顔のとおり、とても優しい演奏です。このギタリストもまた、たいへん美しい音を持っています。


コープランドの「アパラチアの春」の続編?

 1曲目のマシュー・タン作曲、「アパラチアの夏」はコープランドの「アパラチアの春」に因んだ曲なのでしょうか。アルペジオの伴奏にのって民謡風のメロディが奏でられますが、曲は5つの部分からなるようです。それぞれ同じ素材を用いているようで、変奏曲のようになっているのかもしれません。

 最初の部分は前述tのとおり、ゆっくりとしたメロディックな部分ですが、第2の部分はテンポが速くなり、ややアサドの「アクアレル」風。第3の部分は再びゆっくりとした部分になります。第4の部分ではメロディと伴奏が通常の8分音符(たぶん?)と3連符という、異なる音価の音符で奏されます。最後の部分は活発な部分となって曲が終わります。全体としては比較的耳に馴染みやすい曲で、ドシャームの優しく、美しい音によく合っています。


カナダの作曲家の曲

 次はカナダの作曲家、Lacques Hetu(ジャケス・エテュ?)の組曲作品41で、前奏曲、夜想曲、バラード、夢想、終曲の5曲からなる15分ほどの曲です。「アパラチアの夏」よりは無調的ですが、鋭い響きや特殊奏法などを使う曲ではなく、繊細な感じの美しい曲です。終曲のみ活発な感じの曲になっています。 


ヴァイオリニストでもあったマネンの唯一のギター曲

 ホアキン・マネン(1883~1971)は若い頃は優れたヴァイオリニストとして活動したが、後に作曲を主にするようになり、オペラや管弦楽曲などを作曲しました。ギター曲としては1930年頃に、セゴビアのために書かれたこの曲のみのようです。この「幻想的ソナタ」は、細かく見れば6つの部分からなりますが、切れ目なく演奏され、全体で20分弱の曲です。

 「ミ」「シ」「レ」「ラ」という5度関係の音による和音で始まり、テンポの速い第2、第4の部分(楽章といってもよいのかも知れませんが)ではスペイン的なリズムも聴かれますが、全体的には外見上、特にスペイン風とかフラメンコ風にしてはいなようです。5音音階なども使用し、どちらかと言えば印象派的といえるでしょうか。

 この曲は1950年代にセゴビアも録音していて、なかなか内容のある曲ですが、曲が大きすぎるのかあまり演奏される機会は少ないようです。ある意味貴重な録音と言えるでしょうか。



スペインの風のような3つの小品

 次はロドリーゴの「スペイン風3つの小品」で、たいへんよく演奏される曲です。「小品」とはなっていますが実際には高度な技術が要求される曲で、出場者が自らの技術の完成度をアピールすべく、コンクールなどでもよく演奏されます。

 しかしこのドゥシャームの演奏では、そういった「自らの技術をアピールする」ような感じは全くありません。ともすれば気負いがちな1曲目の「ファンダンゴ」も、むしろ歌わせることに気持ちが行っているようです。2曲目の「パッサカリア」も重たくなりすぎず、「サパテアード」も力むことなく、全体として爽やかな「スペインの風」といった感じです。ドゥシャームにとってこの曲は文字通り「スペイン風3つの小品」なのでしょう。



再び登場、ヒナステラの「ソナタ」

 次はトーマ・ヴィロトーも弾いていたヒナステラの「ソナタ」です。作曲者はギタリストでないにもかかわらず、ギターの特殊奏法のオン・パレードの曲ということで、これまでの曲とはちょうっと毛色の違った曲といえます。ヴィロトーの演奏に比べると基本的なところではそれほど決定的な差はなく、テンポも曲によって若干違いがありますが、トータルするとどちらも13分台とほぼ同じです。

 強いて言えばヴィロトーの方が強弱の差が若干大きく、ドシャームの方は弱音でも不明快にならず、強音でも音を歪ませることなく弾いているということでしょうか。もちろん使用している楽器の違いからくる音色や音質の違いはあります。

 第2.第4楽章は共にテンポも速くリズム系の曲ですが、第2楽章の方は常に3拍子系、あるいは3連符系で、特殊奏法はいろいろあってもリズム的にはシンプルですが、第4楽章のほうは8分の5、8分の6、8分の7拍子などが入り混じる複雑なリズムの曲になっています。



”閉め”はドビュッシー賛

 最後はファリャの「ドビュッシー賛」で、しっとりと閉めていますが、スタッカートなどのニュアンスに繊細な気配りをしている演奏です。

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ニルセ・ゴンザレス  ヴェネズエラ出身 2006年タレガ国際ギター・コンクール優勝



  新進演奏家 010


Nirse Gonzalez 

アントニオ・ホセ : ソナタ
マヌエル・ポンセ : 主題と変奏、終曲
J.S.バッハ : 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番
ホアキン・クレルチ : ヴォロにて、和音の練習、レガートの練習
フランシスコ・タレガ : アデリータ、マズルカト長調



ラテン的な温もり

 今回紹介するのは2007年1月に録音された、ニルセ・ゴンザレスののCDです。ニルセ・ゴンザレスは1981年、ヴェネズエラの生まれということで、今年で30歳、これまで紹介したギタリストの中で、中南米出身は初めてということになります。国籍や出身地でそのギタリストに先入観を持ってはいけないとは思いますが、やはりこのギタリストの音色はラテン系を感じさせます。

 もっとも 「音楽を総合的に学び、その作品が要求することを自らのギターで表現する」 といったことはこシリーズの他のギタリストと全く同じで、演奏技術が高いということも、もちろん同じです。そういった点では現在は世界中で国境や地域差がなくなっているのでしょう。しかしそのい一方で、音色のようなものには、やはり伝統とか、民族性のようなものは残っているのかも知れません。



ホセの「ソナタ」は3人目

 1曲目は、アントニオ・ホセの「ソナタ」ですが、この曲はこのシリーズで他にフローリアン・ラルース、イリーナ・クリコヴァが録音しています。前の二人がとてもすばらしい演奏をしていただけに、私の耳的には若干高いハードルとなってしまいました。

 ゴンサレスの演奏は二人に比べてどの楽章もやや速めに演奏しています。音量の幅や音色の変化などはあまり極端には付けていませんが、音色的にはとても自然で、ギターらしい音になっています。神秘性とかシリアスさというより、気さくで、日常的な感じ。聴いて疲れない演奏とも言えるでしょう。



ギター好きに好まれそうな音、演奏

 録音の関係もあるでしょうが、このゴンザレスの音は余計な響きがなく、とてもギターらしい音がします。ギター好きには好まれる音、あるいは演奏ではないかと思います。第2、3楽章もとても自然な音でゆったりとした気分で聴けます。第4楽章は速めのテンポで、あまり細かい表情付けにはこだわらない演奏ですが、決して即物的ではなく、音楽はあくまで自然で、耳に馴染みやすい演奏です。そういえば、この第Ⅳ楽章では第1楽章が回想されているのですね。


やはりポンセとの相性はよい

 次はポンセの名曲の一つ、「主題と変奏、終曲」で、8分前後くらいの曲ですが、ポンセの魅力がよく出た曲
です。ヴェネズェラとメキシコはもちろん違う国ですが、このギタリストとポンセの音楽はとても相性がよいようで、理屈抜きで楽しめます。テンポも速いとも遅いとも感じない、と言うことは適切なテンポで演奏しているということでしょう。


バッハはリュート的アプローチ

 次はバッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番」ですが。これはペトリック・チェク(7回目に紹介)も演奏しており、はやり最近のギタリストの中では人気の高い曲なのでしょう。チェクの場合は、特に最初の「グラーヴェ」で、低音を追加して「協奏曲の第2楽章のように」演奏していましたが、このゴンザレスの場合は、低音はあまり追加せず、その代わりに装飾音をふんだんに付けています。要するにリュート奏者などがよくやるような演奏法なのですが、こちらの方が現在では主流でしょう。つまり、チェクの場合は鍵盤楽器的なアプローチ、ゴンザレスの場合はリュート的なアプローチといえるでしょう。 

 第2楽章の「フーガ」も、もちろんバッハの音楽様式に的確に従って演奏していますが、演奏があまり分析じみていないところがよい点でしょう。繰り返すようですが、音楽が自然に耳に入ってくるのが、このギタリストの最大の特徴なのでしょう。第3楽章の「アンダンテ」もヴァイオリンの譜面をそのまま演奏(結果的に1オクターブ下)していますが、反復後は装飾音をかなり付けています。またリピートや後半に移る部分などの”つなぎ”のパッセージもとても自然です。

 第4楽章の「アレグロ」はチェクより若干速めに弾いていますが、適切な範囲といえ、決して”指まわり”をアピールするような演奏ではありません(こうした表現は蛇足ですが)。控えめに追加された低音もなかなか効果的です。



ホアキン・クレルチ門下

 以前紹介したホアキン・クレルチの作品を3曲弾いていますが、このゴンザレスもクレルチ門下なのでしょう。クレルチ門下からは、こうした若い優れたギタリストが育っているようです。

 ヴォロ( Volos)はギリシャにある美しい町で、毎年ここでギターのサマー・スクールが開かれるそうです(現代ギター誌でも取り上げられていた?)。1曲目はその時の印象を曲にしたものなのでしょう、メロディックな曲ですが、現代的な和声が付けられています。

 2曲目は「和音の練習曲」で、ヴィラ・ロボスの「練習曲第4番」に若干似ています。3曲目は”de ligados”ということでスラー奏法の練習曲になっています。


ソルへのマズルカ?

 最後にタレガ国際ギター・コンクール優勝ということでタレガの曲を2曲(アデリータ、マズルカト長調)を弾いています。ところで、このナクソスのCDには日本語のオビが付けられていて、あまり英語などの外国語に弱い私としてはとても助かっています。

 このCDの日本語のオビに、タレガ作曲「ソルへのマズルカ」 と言う曲名があります。「ソル」といえばギター界ではあのフェルナンド・ソルしかいません。伝記などによればタレガはソルの曲を弾いていたという記述はなく、ましてソルに因んだ曲の存在は聴いたことがありません。一瞬 「タレガの幻の作品の発見?」 と思ったのですが、原文表記を見ると何のことなく”Mazuka en Sol” 有名な「マズルカト長調」ではないか。

 なんと「Sol」が「Sor」になってしまったわけですが、このオビを書いた人は”それなりに”ギターのことを知っていたので音名の「Sol」を「Sor」と勘違いしてしまったのでしょうね。私なども「R」と「L」の区別が付かない方ですが、でもこの訳者がもう少しギターに詳しく、タレガとソルの関係などを知っていたらこうした間違いも起こりにくかったでしょうね。

 また語学的にみても”Mazuruca en Sol”が「ソルへのマズルカ」とはなりにくいと思いますが、どうやらこの訳者には、この曲は「タレガが同国の大先輩、フェルナンド・ソルにささげた曲」という強い思い込みがあったようです。でも本当にそんな曲が発見されれば嬉しいですね。


この日本語のオビなかなか面白いのですが

 この添えられた日本語のオビには他にも面白いことがいろいろあるのですが、その話はまた後にしましょう。このオビを作るのもなかなかたいへんだろうと思います、特にクラシック・ギターなどというマニアックな世界では。過去から現在にいたるまで、クラシック・ギターについて相当詳しくないと書けないでしょうし。



多くの人に受け入れられる演奏では

 話がそれてしまいましたが、このニルセ・ゴンザレスのCD、最初に聴いた感じでは、あまり際立った特徴が感じとれなかったのですが、何度か聴いているうちになかなかすばらしい演奏ではないかと思うようになりました。強烈に自己アピールするタイプでも、また曲の解釈の独自性を強調するわけでもないのですが、何度も書いたとおり音楽がとても自然で、またたいへんギターらしい音で、聴いていて和みます。おそらく多くの聴衆に受け入れられる演奏ではないでしょうか。
当スタジオCDコンサート「21世紀のギタリストたち」 

 このシリーズも今回で9人目のギタリストの紹介になります。もちろんこのシリーズのすべてのギタリストを紹介することも出来ないので、2005年以降の録音のあと数人、つまり合計で10数人程度紹介したいと思っています。しかし文章でCDを紹介するのは文字通り「絵に書いた餅」。仮に私がどんなに文章力があったとしても正確に伝えるのは無理な話。まして私の鑑賞力や文章力からすれば言わずもがなというところでしょう。

 そのうち一段落つたところで、ささやかながら私のスタジオでCDコンサートでもやろうかと思っています。もちろんあまり広いところではないので、10人前後ということになりますので、対象は私の教室に近い人や、よほどの物好きの方に限ることになりますが、特に私の教室の関係者でなくてもよいと思っています。

 ここで紹介しているギタリストたちは、間違いなく21世紀のギター界を背負って立つ人々で、これらの演奏を聴くことによって”ギターの明日”が見えてくるでしょう。時期的にはいろいろな行事等の関係もありますが、4~5月くらいかなと思っています。日にちなど決まったらまたブログに書きます。



新進演奏家 009


Thomas Viloteau   フランス出身 2006年 GFA優勝

ミゲル・リョベート : ソルの主題による変奏曲
アレキサンドル・タンスマン : カヴァティーナ組曲
レオ・ブリーウェル : オリシャスの祭礼
アルベルト・ヒナステラ : ギターのためのソナタ作品47
ローラン・ディアンス : トリアエラ



 今回紹介するのは1985年、フランス生まれのトーマ・ヴィロトーです。フランス生まれですが、13才よりバルセロナでアルバロ・ピエッリなどに師事しています。2006年にアメリカのGFAで優勝している他、数々のコンクールで入賞しているのはこのシリーズの他のギタリストと同じです。



スモールマン使用

 楽器はガブリエル・ビアンコと同じくスモールマンを使用していますが、この楽器は低音、高音ともよく鳴り、ノイズの少ないクリヤーな音が特徴でしょう。伝統的なギターの音色というより、ピアノの近い感じといってもよいでしょうか。よく鳴る分だけ音色の変化、微妙なニュアンスなどは逆に出しにくいようです。



透明度の高い演奏

 最初のリョベートの曲はそるの作品15の「スペインのフォリアによる変奏曲」の主題を使用したもので、ソルの原曲よりいっそう技巧的になっています。ヴィロトーの演奏は、その技巧上何の問題もないのは当然のことながら、音色的にも、音楽の構造的にもたいへん透明度の高い演奏と言えるでしょう。


 タンスマンの「カヴァティーナ組曲」は後に追加された「ダンサ・ポンポーザ」を含めない「プレリュード」、「サラバンデ」、「スケルツィーノ」、「バルカローレ」の4曲となっています。タンスマンの曲はどちらかと言えば、ピアノ曲的なところがあり、あまり派手ではないがギターでその音楽を忠実に再現するのはなかなか難しいところもあります。

 しかし、この演奏ではそうした「ギターの都合」といったものは全く感じさせず、古典的に作曲されているタンスマンの音楽を忠実に、クリヤーに、また端正に再現しています。



ブローウェル : オリシャスの祭礼

 ブローウェルの「オリシャスの祭礼」は1993年にアルバロ・ピエッリのために書かれた作品ということで、ヨルバ族の祭礼と舞踏を題材にした作品です。ヨルバ族とは前にも出てきましたが、アフリカのナイジェリアによく住む部族で、多くのキューバ人のルーツになっています。

 曲は、Ⅰ.Exordium-conjuro (イントロダクション)と Ⅱ.Danza de las negras (黒人の神々の踊り)からなり、Ⅰの冒頭は「舞踏礼賛」によく似ています。ヴィロトーの演奏は、前のタンスマンの曲とは一転して、強弱の変化などをはっきり付けています。「弱」の部分でも不明瞭にならず、「強」の部分でも雑音にならず、しっかりとした芯の強い音を出しています。



ヒナステラのソナタ 

 アルベルト・ヒナステラはアルゼンチンの作曲家で、このソナタは1976年にギタリスト、カルロス・バルボサ・リマのために作曲されています。10年くらい前にテレビでヒナステラの交響曲を聴いたことがありますが、なかなか面白い曲でした。この「ソナタ」に若干似ている感じです。


ギタリスト以上にギターに詳しい?

 この曲を聴いていると、ギターの糸倉を弾き鳴らしたり、弦を擦る音、各種ハーモニックス、グリサンド奏法、指板やボディーを叩くなどの各種パーカッション奏法、ラスゲヤードやミュート奏法、おまけに冒頭はギターの6本の開放弦による和音など、どう聴いてもギタリストの作品にしか思えないのですが、ヒナステラは全く(少なくともステージなどでは)ギターを弾かない作曲家。信じがたい気がします。

 結局ヒナステラはギターのための作品をこの1曲しか書かなかったのですが、この作品を書くにあたっては、ギターの技法を徹底して研究したそうです。ギタリスト以上にギターの技法に詳しい作曲家かも。またこの曲は最近ではコンサートやコンクールなど、多くのギタリストによって演奏されます。



特殊技法のオン・パレード

 曲は4つの楽章からなります。Ⅰ、Ⅲ楽章は叙情的な楽章で、Ⅰは前述のとおりギターの6本の開放弦の和音で始まります。Ⅲは「愛の歌」ということで美しい楽章ですが、一般的な意味では、メロディックな曲ではありません。

 Ⅱ、Ⅳ楽章は無窮動的で、リズムを主体として、前述のとおり、各種の特殊奏法をふんだんに使った楽章です。Ⅱでは糸倉の弦を弾く奏法、グリサンド、バルトーク・ピチカート、打楽器的奏法など初めて聴いた人でもとても楽しめます。Ⅳも同様の楽章ですが、パーカッションを織り込んだラスゲヤード奏法が中心で、聴く人の興奮を誘う音楽になっています。

、ヴィロトーの演奏はそれらの特殊奏法を効果的に演奏し、特に最後はエキサイティングに盛り上げていますが、その一方でリズムやテンポをしっかりとキープし、暴走や音楽の崩れなどは一切見せません。



Three come ?

 最後の曲は「タンゴ・アン・スカイ」や「リブラ・ソナチネ」で知られているフランスのギタリスト兼作曲家(生まれはチュニジア)のローラン・ディアンスの作品(2001~2002年)で、「Triaela」です。この曲名はギリシャ語で「3」を表す「Tria」と「come」を表す「ela」を合成した造語だそうです。

 題名どおり3つの楽章からなりますが、1曲目は「Light Motif ~Takemitu au Bresil」となっていて、日本の作曲家、武満徹へのトリビュートということで、武満の音楽にブラジルの「サウダージ」の要素を加えたものだそうです。確かにハーモニックスの部分は武満のギター曲を思わせます。「ライト・モチーフ」とはワーグナーが用いた「示導動機」ということですが、確かに同じ音形が繰り返して現れます。ところで「au」は何の意味なのでしょうか、どうも英語ではなさそうです。まさか「合う」ではないとは思いますが。



6弦=ラ?

 2曲目は「Black Horn ~when Spein meets Jazz」となっています。冒頭のところはスペイン風というより何となくブローウェル風にも聴こえますが、後半は確かにブルース風になります。3曲目は「Clown Doun ~Gismonti au cirque」となっていて、ブラジルのジャズ・ギタリスト、エグベルト・ジスモンチへのオマージュだそうです。「cirque」は「サーカス」のことで、ジスモンチのヒット・アルバムの「Circense」からきているようです。特殊奏法、特に親指で弦を叩く奏法などが使われ、なかなか盛り上がる曲になっています。

 言い遅れましたが、この曲は特殊調弦が用いられていますが、かなり低い音まで聴こえてきます。おそらく6弦を「ラ」、つまり5弦の1オクターブ下にしているようです。なかなか面白い曲で、今後いっそう演奏されるようになるのではと思います。



クリヤーな音質と大きな強弱の差で、音楽全体をしっかりと構成する

 このヴィロトーの演奏の印象をまとめると、まず一つはこれまで紹介してきた新進ギタリストの特徴の大部分を持っているということでしょうか。各部分にも細かい注意を払いながらも、音楽全体をしっかりと見通している、また古典から現代に至る様々な様式の音楽を的確に演奏い分ける、自分の演奏スタイルよりも作品の内容を優先させる・・・・・・など。

 とは言ってもそれぞれ「生身」のギタリストですから、音色とか、微妙なニュアンスとかいったものはそれぞれ異なるのは当然です。このギタリストの場合は、使用している楽器の影響もありますが、クリヤーで、透明感のある音色、微妙なニュアンスで勝負するタイプではなく、どちらかと言えば音楽を大きく捉えるタイプ、テンポの変化は必要最小限度だが、強弱の幅は大きい・・・・といったように感じました。
 今日は予定ではギター文化館でのカルドーソのリサイタルを聴きに行くつもりだったのですが、ちょっとした手違いで車が使えなくなってしまい、行くことが出来なくなってしまいました。行っていたらそのレポートを書くはずだったのですが、その代わりにこの「新進演奏家シリーズ」を書きます。



Ana Vidovic  1998年 タレガ国際ギター・コンクール優勝


新進演奏家 008


バッハ : パルティータホ長調BWV1006a(リュート組曲第4番)
ポンセ : ソナタ・ロマンティカ
タレガ : ムーア風舞曲、アラビア風奇想曲、ワルツ(二長調)
ステファン・シューレック : 3つのトロバドゥール
ウイリアム・ウォルトン : 5つのバガテル



昨年来日し、現代ギター誌でも取り上げられた

 これまで録音の新しい順に紹介してきましたが、今回は順序を替え、かなり前の録音になりますが、昨年来日し、現代ギター誌でも紹介され、現在話題の女流ギタリストということで、このアナ・ヴィドヴィッチのCDを紹介します。

 このCDの録音は1999年の7月ということで、12年ほど前のものです。「1980年、クロアチア生まれ」と記されていますから、この当時18~19歳ということになりますが、写真の感じからするともっと若いようにも見えます。なお現在の写真、および村治佳織さんとの対談が今年の1月号の載っており、昨年の9月号の表紙にもなっています。各地でリサイタルも行ったので、聴いた人もいるでしょう。


天才美少女ギタリスト

 このシリーズのギタリストは皆、それぞれ幼少時から才能を発揮し、若い時から様々なコンクールに入賞してきていますが、このヴィドヴィッチなどその好例で、20歳を待たずして、この「タレガ国際」をはじめ、多くのコンクールで優勝しています。いわゆる「天才美少女ギタリスト」の一人といえるでしょう。録音当時には、すでにクロアチア国内をはじめ、世界各地で演奏活動を行っているとのことです。



かなりの速弾き 

 さて演奏の方ですが、ころまで聴いたギタリストは、それぞれ非常に高い演奏技術を持っているにもかかわらず、常軌を逸した速いテンポで弾く人は意外といませんでした。皆それぞれその曲の内容に合ったテンポを慎重に吟味して選んでいたように感じました。

 このヴィドヴィッチの演奏は、このCDを聴く限りではかなり速弾きを好むギタリストのようです。どの曲もかなり速めのテンポをとっていますが、特にバッハのパルティータの「プレリュード」は3分22秒で弾いています。このシリーズの最初に紹介したオンドラス・チャーキは4:07で演奏、かなり速めのイメージがあるマヌエル・バルエコでも4:00、セルシェルは5:09、6分前後で弾くギタリスもいます。それらのギタリストの演奏と比較すると、この3:22と言うのがかなりの速さと言うことがわかると思います。

 因みにヴァイオリンの場合は、普通ギターよりも速めに演奏されますが、シゲティ、シェリングが3:58、3:55、速めのテンポのクレーメル、クイケンが3:17と、ヴァイオリンの演奏に比べても速い方になります。


 もちろん重要なのは、その速いテンポをとった結果、その音楽がどう聴こえてきたかということで、こ何度かのCDを聴いてみたのですが、結論としては、このテンポの必然性とか、曲が面白くなったとかということは、私にはよくわかりませんでした。


強い音

 この演奏の最大の特徴は「テンポが速い」と言うことでしょうが、それ以外の特徴としてはどんなところかなと思って聴いてみたのですが、そうした特長を捉えるのもやや難しいところです。音質てきには「強い」音といったところでしょうか。もちろんノイジーな音ではありませんが、柔らかいとか、優しい音といった感じではありません。またクリヤーで透明度の高いというよりは、やはり「強い」という言葉がもっとも当てはまるように思います。


 2曲目の「ルール」などのようなゆっくりとした曲は、普通にゆっくり目に演奏していて、落ち着いた演奏といえます。しかしじっくり歌うというよりはさらりとした感じで、装飾などもほぼ譜面にあるとおりに弾いています。若干気になる点としては、低音と高音をずらし気味に弾いていることですが、こうしたことはバッハのような曲では声部の流れなどをわかりにくくしてしまうのではとも思います。



すっきりとはしているけども

 ポンセの「ソナタ・ロマンティカ」も同様にかなり速めのテンポで弾いています。速く弾くことにより、曲の内容がわかりやすくなっているようにも思いますが、その分シューベルト的な雰囲気もポンセの洒落っ気のようなものは薄れてしまっているように感じます。「モーメント・ミュージカル」とされた第3楽章の「アレグレット・ヴィーヴォ」もシューベルトの音楽からはほど遠い感じです。


マイナスなことばかり書いてしまいましたが

 次にタレガの曲を3曲弾いています。これまでマイナスなコメントが多くなってしまい、どうしようかと思っていたのですが、この3曲はたいへん楽しめました。タレガの自己評価も高い「ムーア風舞曲」はまさにヴィルトーゾ的な演奏、たいへん気持ちよく聴けます。

 「アラビア風奇想曲」も速めのテンポでたいへん引き締まった感じがします。この曲は「アンダンティーノ」の指示があり(楽譜によっては「アンダンテ」と書き直されているものもある)、タレガ自身も意外と速弾きだったようで、このテンポで、全く問題ないのではと思います。ニ長調になってからのグリサンドの弾き方はちょっと変っていますが、それもなかなか面白いです。

 短くて、愛らしい小品の「ワルツ二長調」もとても楽しい演奏です。因みに譜面どおりにト長調のところで終わりにするのではなく、ダ・カーポを付けて二長調のところで終わっています(3拍目で終わり)。

 

シュレークの3つのトロバドール

 次は Stjepan Sulek というクロアチアの作曲家の作品で 「The Troubadours Three 」 と言う曲を演奏しています。「メランコリー」、「ソネット」、「セレブレーション」の3曲からなります。「トロバドール」とは13世紀の吟遊詩人のことですが、曲としてはメロディックな感じで、不協和音的ではありません。おそらく教会旋法などを使用していると思われます。3曲目は舞曲的ですが、急速な音階などが頻繁に現れます。



人気の高い現代曲

 最後はウィリアム・ウォルトンと「5つのバガテル」で現代曲としては人気も高く、よく演奏される曲です。バッハやポンセの曲では若干戸惑ったものの、やはりこういった曲ではこのギタリストの良さが十分に伝わり、とても楽しめます。とはいっても、2回目に紹介したフローリアン・ラルースが弾いたら、いっそうイメージを膨らませてくれたかな、などと、つい思ってしまいます。



20世紀型ギタリスト?

 最後まで聴いて見ると、このギタリスト、つまりアナ・ヴィドヴィッチは若いけれども、その演奏はなんとなくかつての巨匠たちの演奏を思わせます。このシリーズの他のギタリストたちのように、音楽を正しく学び、その作品の内容をできるだけ正しく表現しようという姿勢ではなく、どちらかと言えば自らの感性と能力を全面に出す、いわゆるヴィルトーゾ的なタイプのギタリストなのでしょう。

 そういえば前述の低音と高音をずらし気味に弾く弾き方は、過去のギタリストは皆やっていました。アナ・ヴィドヴィッチは、ちょっと遅れてきた20世紀型ヴィルトーゾなのかも知れません