中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

<カーテン・コールの続き>

マルティン・ディラ (2008年録音 GFA1位)  ~美しい音、大作曲家に因んだ曲を演奏

新進演奏家 006

 スクリャービン、メンデルスゾーン、シューベルトといった大作曲家に因んだ曲とロドリーゴの作品をCDに収めています。ロドリーゴ(フェネラリーフェのほとりで)やタンスマン(スクリャービンの主題による変奏曲)ではたいへん美しい音を聴かせます。メンデルスゾーンの弦楽四重奏の一節が出てくるモウの曲も印象的で、ポンセの「ソナタ・ロマンティカ」では曲の内容が正しく伝わってくる感じです。



ラファエル・アギーレ・ミニャーロ (2008年録音 タレガ国際1位)  ~多彩に作品を弾き分けるスペインのギタリスト

新進演奏家 005

 このミニャーロについては、「スペインの香り漂う美しい音」と本文中では紹介しましたが、ルバートなどを多様したり、「弾き癖」が目立つギタリストではなく、むしろ端正な演奏と言えます。また「ソルとタレガの違いを際立てている」とも書きましたが、あらためて聴き直してみると、これはどの作品についても言え、その作品や作曲家ごとにかなり違ったアプローチをしているようです。CD全体は小品集的ですが、ジャック・イベールのギター独奏曲など珍しい曲も録音しています。



ガブリエル・ビアンコ (2009年録音 GFA1位)  ~広いエリアで勝負するフランスのギタリスト

新進演奏家 004

 楽器はグレッグ・スモールマン使用ですが、音量を押さえて始まる冒頭のメルツの曲では、19世紀の楽器のように聴こえます。他にバッハとコシュキンの曲を弾いていますが、音色や、細かいニュアンスにこだわるというより、音楽を大きく構成するタイプのようです。遅めのテンポのバッハの「プレリュード」など、たいへん息の長いクレシェンドをしています。



イリーナ・クリコヴァ (2009年録音 M.ピッタルーガ1位)  ~豊穣な音、歌心は母親のDNA?

新進演奏家 003

 冒頭のポンセの「ソナタ第3番」から圧倒的な響きの音を聴かせ、他のギタリストとの違いを際立たせています。このギタリストの演奏を聴いていると、この人が幼少時から恵まれた音楽環境の中でで育ってきたことが想像出来ます。フレージングやメロディの歌わせ方などは、チェリストである母親ゆずりなのでしょうか。確かにギター的というより、弦楽器的です。



フローリアン・ラルース (2009年録音 GFA1位)  ~魅力的なギタリスト、ただそれだけ

新進演奏家 001

 ラルースは1988年生まれということで、おそらく今回紹介したギタリストの中で最年少と考えられます。再三再四聴き直してみても上の「ただ魅力的な」という形容は確かに有効と感じました。レゴンディの「序奏とカプリッチョ」はやはり「なまめかしい」。ホセやダンジェロの作品は、このギタリストによってその魅力が最も発揮されるのでは。



オンドラス・チャーキ (2010年録音 M.ピッタルーガ1位)  ~コーノ使用、東京国際1位

新進演奏家

 河野ギターを使用し、2008年に東京国際ギター・コンクールで優勝するなど、日本とは何かと縁のあるギタリストです。バッハやテデスコ、ブリテンなどの難曲を余裕をもって正しく弾きこなす高い技術を持っていますが、同時にいろいろな面で「中庸を得た」演奏とも言えるでしょうか。「あっさりしょう油味」などと例えてしまいましたが、私個人的には、ラーメンはしょう油味です。



アドリアーノ・デル・サル (2010年録音 タレガ国際1位)  ~ストイックなまでに表現にこだわるギタリスト

新進演奏家 015

 何といっても6分もかけて演奏する「アラビア風奇想曲」が特徴的ですが、本当に1フレーズ、1フレーズ、また一音、一音の表現にこだわるような演奏です。タレガの曲の場合、作曲家の意図を表現するというより、自らの感性などを重んじているようです。モレーノ・トロバやロドリーゴの曲もすばらしいが、きめ細かい表現をしたソルの「幻想曲作品7」は出色。
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カーテン・コール 

 14人もの新しいギタリストを紹介したので、皆さんも、最初のほうのギタリストはもう忘れてしまったのではないかと思いますので、ここでカーテン・コール的に14人のギタリストにもう一度登場してもらい、おさらいをしておきます。紹介した順番はだいたい新しい順だったのですが、若干順番も入れ替わってしまったので、今度はあらためて録音の古い順に登場してもらいます。



アナ・ヴィドヴィッチ (1999年録音 タレガ国際1位)   ~天才美少女系ヴィルトーゾ、今はどのように成熟?

新進演奏家 008

 録音年代は古く、唯一20世紀の録音ですが、10代での録音なので、ヴィドヴィッチ自身は他のギタリストとほぼ同世代のギタリストと言えます。このCDではいかにも少女らしいその外見に相反して、強靭とも言える音でどの曲もかなり速いテンポで弾き通しています。しかしこのCDは10年以上前の、しかも10代での録音なので、今現在の演奏とはある程度隔たりがあるでしょう。おそらく今現在ではその音楽もいっそう成熟したものになっていることと思います。



パブロ・サインス・ビジェガス (2004年録音 タレガ国際1位)  ~オール・スペインもの、モレーノ・トロバとセゴビアの曲を初演


新進演奏家 014

 1977年生まれということで、今現在では若手というより中堅ギタリストと言えます。スペイン人らしいギタリストと言えますが、感性だけで演奏するタイプではなく、他のギタリスト同様、客観的に音楽を捉えています。明るいブリリアントな音としっとりとした音の使い分けが印象的で、その作品の内容が過不足なく聴こえてきます。また何といってもトロバやセゴビアの秘曲ともいえる曲を初演しているのが特徴的です。単なる自己紹介的なアルバムを超えた内容のCDです。




ゴラン・クリヴォカピック (2005年録音 GFA1位)  ~編曲作品を中心としたアルバム、スカルラッティ、ボグダノビッチがすばらしい

新進演奏家 012


 このシリーズでは、ほとんどのギタリストがギターのオリジナル作品を中心に収録していましたが、このクリヴォカピックのみ編曲ものを中心に収録し、オリジナル曲としては同国(セルビア)出身のボグダノヴィッチの作品のみとなっています。ヴィドヴィッチほどではありませんが、他のギタリストに比べてテンポはやや速めです。やや軽めな音質はスカルラッティの演奏にはよく合っていて、バルエコやウィリアムスなどに比べても遜色ありません。ボグダノヴィッチの演奏は他の曲の演奏と雰囲気が違い、同国の作曲家への共感がそうさせているのでしょうか。




ジェローム・ドゥシャーム (2006年録音 GFA1位)  ~USAで生まれ、カナダで学んだギタリスト、優しい音が特色

新進演奏家 011


 このCD1曲目の「アパラチアの夏」は聴いていてとても和む曲ですが、このギタリストの音色は優しさを感じるもので、いわゆる”癒し系”のギタリストと言えるでしょうか。他にマネンやヒナステラのソナタなど、曲目はすべて20世紀の作品となっていますが、あまり刺激的な演奏ではなく、ギターらしい響きを大事にした演奏と言えます。ロドリーゴの「ファンダンゴ」もいわゆる「難曲」ではなく、あくまでメロディの美しい「スペイン風小品」として演奏している感じです。



ニルセ・ゴンザレス (2007年録音 タレガ国際1位)  ~ベネズエラ出身のギタリスト、ギターらしい音

新進演奏家 010

 14人中唯一の南米出身のギタリストで、たいへんギターらしい音色を持つことが最大の特徴と言えるギタリストです。あまり音量や音色の変化や細部のニュアンスなどにはこだわらない感じで、また音楽の様式や構造など音楽の「考える」部分をあまり表に出すほうではないようで、あくまでも「自然に」、「ギターらしく」といった感じです。しかしやはり21世紀のギタリストであり、当然のごとくその音楽の様式や作曲者の意図に沿った演奏をしています。特にポンセの曲がすばらしい。



トーマ・ヴィロトー (2007年録音 GFA1位)  ~フランス出身のギタリスト、雑味のない音楽

新進演奏家 009

 1曲目のリョベートの曲の演奏はまさにヴィルトーゾ的、何の苦労もなく難しい部分を弾いているように聴こえます。低高音よく鳴る楽器(スモールマン)を使用していることもあって、音楽はたいへんくっきりとしたものになっています。ギター的というよりピアノ的な感じがしますが、ハーモニックスの音はたいへん美しく響きます。ヒナステラの曲も、聴く人によって好みの違いはあるでしょうが、曲の内容はドゥシャームの演奏よりわかりやすく、またスリリング。6弦を「ラ」にチューニング(多分)して演奏するディアンスの「トリアエラ」はなかなか面白い曲。



ペトリック・チェク (2008年録音 M.ピッタルーガ国際1位)  コソボ出身の知性派ギタリスト、バッハが面白い

新進演奏家 007

 このシリーズのギタリストは皆それぞれ磨きぬかれた美しい音を持っているのですが、このペトリック・チェクは、やや「無造作」とも言える音色で演奏しています。ギターの音色的なことより音楽を構成することの方に意識が強く行っているのでしょう。バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」が面白く、低音をかなり加えた第1楽章の「グラーヴェ」は、まるで別の曲のように聴こえます。異色の個性派ギタリストとも言えるかも知れません。
14人の新進ギタリストの傾向と共通点

 前回で1枚1枚のCDの紹介は終わりですが、今回からはそのまとめを行ないたいと思います。これらの14人の新人ギタリストの傾向や共通点などを考えてみるということは、現在のギター演奏の潮流、または将来の方向性を知ることに繋がるのではないかと思います。また現在の世界のギター教育の状況なども探ることが出来ると思います。そういったことで以下に14人のギタリストの演奏の傾向や共通点などをまとめてみました。



1.技術が完璧 ~指や楽器の事情にとらわれず、音楽的な音だけを出せる

 これらのギタリストたちは世界の主要な国際コンクールで優勝している人たちですから、技術が完璧なのは当然のことといえますが、どう完璧なのかと言った点で、やはり触れずにはおけないでしょう。この「技術が完璧」と言う意味は、もちろん指が速く動くとか、間違えない、とかいった次元の問題ではありません(かつてはそういった意味に使われていたこともありました)。

 ギターは指で弾く関係上、一般的にはその「指の都合」によって、音が途切れてしまったり、小さくなってしまったり、音色が乱れてしまったりと、音楽的な要求に従った音がなかなか出せないことがよくあります。またギターという楽器はいろいろな原因でノイズの発生しやすい楽器で、右手の爪が弦に触れる音、左手で低音弦を擦る音、押さえている左指を離す音・・・・・。

 しかし彼らの演奏ではそうした「指の都合」など全く感じさせるところがなく、すべての音が音楽の要求に従って発音されています。またほとんど不要なノイズ等が聴こえないのも共通しています。CDを聴いている分にはこれらのことはごく当然のように思えるかも知れませんが(特にギターを演奏しない人には)。ある程度ギターを弾いている人には、これがいかに難しいことで、また決して普通でないことがよくわかると思います。
 
 ギターという楽器は音色や響きなどには、独自のすばらしい面を持っているのですが、同じ独奏楽器でもピアノなどに比べれば、音量なども含め、まかなか音楽的要求に従った音が出せない楽器でもあります。若干「不器用な楽器」とも言えますが、これらのCDを聴いているとそうしたことが全く感じられません。彼らの演奏では「指の都合」とか「楽器の事情」とかを感じさせないといった意味で「技術が完璧」と言えます。



2.音色が美しい

 これは実はちょっと以外だった点です。何といってもコンクールの優勝者ですから、技術が完璧というのは間違いないことでしょうが、しかし音色とか、音楽の美妙なニュアンスといったものはもう少し経験を積んでからというイメージがありましたが、この新しいギタリストたちの音色は、すでにすばらしいものがあります。

 音色については諸条件でいろいろ変ってしまい、特にCDではよくわからない部分もありますが、これまでの中堅や大ギタリストたちのCDと比べるても、かなり美しい音と感じます。また美しいばかりでなく、多彩で幅広い音色を持ち、その音色を自在に使い分け音楽の微妙なニュアンスや奥行きを表現しています。



3.音楽をよく学んでいる

 これも当然と言えば当然と言えますが、彼らの演奏を聴いていると、彼らが幼少時から正しい音楽教育を受け、しっかりと伝統音楽を理解し、自分のものにしているように思えてきます。また音楽教育だけでなく、芸術や文化などの一般教養もしっかり身に付けているのでしょう。




4.作曲家の意図を最大限尊重している ~テンポは音楽的要請に従って

 これらのギタリストの多くは、自分の好みや思いつきで演奏するということはなく、いつも楽譜を深く読み込み、作曲者が何を意図を最大限尊重して演奏しています。

 特にテンポについては比較的遅めのテンポをとっているギタリストが多いようで、これは「作曲家の意図したテンポ」、あるいは「表現上、もっとも適切なテンポ」ということでそうしているようです。「速く弾けるから」とか「自分の技術が高さをアピールできるから」といった理由でテンポ設定をするギタリストは少ないようですが、逆に音楽的に必要さえあればかなり難しいところでも速いテンポで弾いています。またそれが出来る力は皆持っているようです。

 またその作品や、作曲家によって自らの演奏スタイルを大きく変えて演奏しているギタリストもいました。



5.一見みな同じような演奏に聴こえる

 かつての巨匠たち、例えばセゴビアとイエペスでは、同じ曲を聴いてもかなり違った感じに聴こえ、ひょっとしたら別の曲に聴こえたりもします。かつての巨匠たちはたいへん個性的な演奏していて、間違ってもセゴビアとイエペスの演奏を取り違えることはありません。それに比べると、この14名のギタリストたちの演奏は比較的似ていて、ちょっと聴いただけではだれの演奏かはあまりわからないようになっています。

 これを「最近のギタリストは個性がない」と言うことも出来かも知れませんが、しかし前述のとおり、「ギターを演奏=作曲家の意図の再現」と考えると、その演奏が似通ってくるのは必然的かも知れません。

 確かに大きくは違わないのですが、しかし音楽は考え方だけで行なうものではなく、最終的にはそれぞれのギタリストの感性がたいへん重要になってきます。これらのCDをじっくり聴くと、考え方が比較的近い分だけ、その演奏の「肌触り」というか、感覚的なものの違いはよく伝わってきて、聴いている側の好みの差もはっきりあらわれると思います。



おまけ ・・・・日本人がいない  ~日本のサッカーが強くなったのは末端の指導者とサポーターの力

 この14人の中に日本人が一人もいないだけでなく、この「新進演奏家シリーズ」で日本人のギタリストが録音したという話も聴かないので、このシリーズでは日本人のギタリストは一人もいないのでしょう。ということは最近、GFA、タレガ国際、M.ピッタルーガ国際コンクールなどで優勝した日本人がいないということになります。もちろんコンクールがすべてではありませんが、優秀な若手ギタリスト輩出と言う点では、ヨーロッパ諸国に比べて一歩譲っている感は否めないでしょう。

 もちろんこれは日本の若いギタリストたちの才能と言う問題より、わが国のギター教育のシステムの問題、あるいは指導者の技量の問題ということに集約されるのではと思います。サッカー界では、最近日本人の優秀な選手が育ち、世界でも話題になっています。これなどまさに日本のサッカーの教育システムが整い、指導者の技術が高まってきたことによるものだと思います。

 もちろん近年、日本のギターのレヴェルも上がってきているのは確かで、また優れたギタリストも指導者も存在するのは確かですが、ただそれが末端にまでは浸透していないといったところが現状なのだと思います。結局のところ、日本全国にいる私たちのような「街のギター教師」の責任が重大なのでしょう。やはり最初にギターを手にする機会に立ち会うことの多い私たちの責任は特に重いのではないかと思います。

 また同時に優れた演奏家が育つには、すぐれた聴衆が絶対に必要ということも言えます。強いサッカーチームには必ず強力なサポーターが存在します。優れた演奏家を育てるだけでなく、優れた聴衆を育てるのも私たちの大事な仕事でしょう。
 
Adriano Sel Sal  2009年タレガ国際ギタ・コンクール1位


新進演奏家 015


タレガ : アルボラーダ、アラビア風奇想曲、メヌエット、ゆりかご、ロシータ
ソル : 幻想曲作品7
モレーノ・トロバ : 特性的小品集
ロドリーゴ : 祈りと踊り
モリコーネ : ガブリエルのオーボエ


最新のCD~当ブログ最後の紹介

 いよいよ当ブログでの新進演奏家紹介の最後のCDです。このアドリアーノ・デル・サルのCDは2010年の8月に録音され、今年の2月に発売されたものです。2009年にタレガ国際ギター・コンクール優勝ということですから本来なら昨年に発売されるべきCDと思われますが、種々の理由で今年になったのでしょう。生まれた国、年などは記されていませんが、名前や学んだ学校などからすればイタリア人、おそらく30才前後くらいでしょうか。

 当ブログでは、このシリーズの最も古いものは1999年録音のアナ・ヴィドヴィッチ、そして一番新しいものはこの2010年録音のデル・サルのCDとなり、計14枚のCD、14人のギタリストを紹介しました。この期間だけとっても実際にはほぼ同数の、紹介できなかったCDが発売されていると考えられます。もちろんその中には優れたギタリストがたくさんいたに違いありませんが、とりあえずこのあたりで区切りをつけておきましょう。



オール・スペインのプログラム

 曲目は上記のとおり”ほぼ”オール・スペインで、最後の曲だけイタリア人の作曲家の作品となっています。タレガ国際ギター・コンクールの優勝者は必ずタレガの曲を録音することになっているらしいということは前にも書きました。その場合、ほとんどギタリストは小品を1~2曲程度、アンコール曲のような形でCDに収めていたのですが、このデル・サルは上記のようにタレガの曲を5曲まとめて演奏していて、演奏内容もそうした”いきさつ”だけでなく、かなり本格的に取り組んでいる印象があります。



イタリア人と言うと・・・・

 デル・サルの演奏は、一フレーズごと、あるいは一音ごとに音量や音色、テンポなどを考慮し、またコントロールして弾くような感じの演奏で、表情の変化や幅を出しています。かなり慎重で丁寧な演奏で、自らの感性や勢いで弾くタイプのギタリストからは最も距離のあるギタリストといえるでしょう。また表情のメリハリをきっちり付けて弾くのも特徴のようです。

 一般的にイタリア人というと、どちらかと言えば明るく大雑把な性格の人が多いように言われますが、こと音楽家に関しては、非常に几帳面なイタリア人も結構います。ピアニストのマウリッツィオ・ポリーニなどその典型的な人ですが、ギタリストではステファーノ・グロンドーナなどでしょうか。このデル・サルもそうしたタイプの音楽家かも知れません。



6分のアラビア風奇想曲

 「アラビア風奇想曲」は、ほぼ6分かけて演奏していて、かなり遅い演奏です。冒頭のスラーのパッセージも一音一音をしっかりと吟味しながら発音し、1回目と2回目のニュアンスも変えて弾いています。全体的にも各フレーズを一つずつ練り上げるように演奏していて、表情豊かとも言えますが、ここまでくると一種のストイックさすら感じられます。ほぼ4分で、小気味よく弾いているアナ・ヴィドヴィッチの演奏とは全く対照的な演奏と言えるでしょう。



幻想曲作品7~あまり全曲演奏されないが

 ソルの「幻想曲作品7」はハ短調の「ラルゴ・ノン・タント」とハ長調の「主題と変奏」からなる20分弱の曲で、たいへん優れた曲ですが、その長さが禍してか、同じ幻想曲でも「第6幻想曲作品30」や「悲歌風幻想曲」などに比べると演奏される機会が少なくなっています。ジュリアン・ブリームは前半の「ラルゴ・ノン・タント」に「メヌエット」や「ロンド」などのソルの別の作品を組み合わせて演奏していて、以後そのような形で演奏するギタリストも多くなりましたが、あまりよい習慣とはいえないでしょう。



モーツアルトの幻想曲ハ短調を彷彿させる

 デル・サルのこの曲の演奏はすばらしく、このCDの中では出色の曲ではないかと思います。「ラルゴ」においては前述のごとく一つ一つのフレーズ、あるいは一音一音に、細心の注意でアーテキュレーション、音量バランス、音色の変化を施していて、この曲を変化に富む、内容豊かな曲にしています。この「ラルゴ」を聴いていると、モーツアルトの傑作「幻想曲ハ短調k475」が彷彿されます。



ただ音楽だけが聴こえてくる

 また「主題と変奏」は10分以上かかる曲で、ともすれば聴いている人が途中で飽きたり、集中を欠いたりしてしまいそうな曲ですが、このデル・サルの演奏ではそうしたことを全く感じさせず、最後まで集中と好奇心をもって聴くことが出来ます。この演奏を聴いていると、ギターの演奏を聴いているというより室内楽かピアノの演奏を聴いているような感じになります。あるいは楽器の音が聴こえてくるではなく、ただ音楽が聴こえてくるといった感じでしょうか。

 細かいことですが、「主題と変奏」の第5変奏は「etouffez」と書かれており、この変奏全体をこの奏法で弾くことが指示されています。ソルが教本の中で言っているように”左手で軽く押さえる”弾き方ではこの変奏全体を演奏することは出来ないのは明らかです。デル・サルはいわゆる「ピッチカート奏法」で、しかもごくわずかミュートする感じで弾いています。妥当なところだと思います。



特性的小品集

 モレーノ・トロバの「特性的小品集」は「前奏曲」、「オリベラス」、「メロディア」、「ロス・マヨス」、「アラーダ」、「パノラマ」の6曲からなり、1930年頃の作品です。デル・サルの演奏は前述のとおりですが、「前奏曲」は”13の和音”から始まるのでしょうか、印象派的な響きです。「メロディア」はトレモロ奏法の曲ですが、デル・サルの音はトレモロの音でも通常の弾き方と同じような充実した音質です。低音もよく歌っていて、まさに2声の曲となっています。「パノラマ」では1、2曲目が回想されます。

 楽器は「マティアス・ダマン使用」と記されていますが、重厚でふくよか、さらに甘い響きもします。同じ杉の楽器でもスモールマンなどに比べると、ボリューム感などは同じですが、いっそうまろやかで、音色の変化の幅も大きいようです。デル・サルの演奏を聴いている限りでは、たいへんすばらしい楽器に思えます。


重厚で彫りの深いロドリーゴ

 ロドリーゴの「祈りと踊り」は前回のビジェガスに引き続いてということになりますが、デル・サルのほうはCDのほうに「ホアキン・ロドリーゴ版使用」とかいてあり、もちろんその譜面に忠実に演奏していますが、ごく一部分オクターブの変更を行なっています(妥当性のあるもの)。

 ビジェガスに比べると、デル・サルの演奏はこれまで書いたとおり、強弱の変化や音色、テンポの変化など大きくとった演奏です。また音質も音楽自体も重厚さが感じられ、いっそう彫りの深い演奏となっています。



最後のスイーツ

 最後にイタリアの作曲家のモリコーネの映画(The Mission)のための曲をギターにアレンジした「ガブリエルのオーボエ」を演奏しています。こちらはあまり気負わずさらりと美しく弾いています。濃厚な食事をした後なのでちょうどよいデザートとなっています。
 
ミドルの部が4人?

 昨日谷島夫妻のミニ・コンサートを聴きにビター文化館に行ってきましたが、代表の木下さんの話では、今年のシニア・ギター・コンクール(5月4、5日)の出場申し込み者は、震災の影響でたいへん少なく、特に35歳以上の「ミドルの部」では4月17日現在で4名とのことでした。これまではミドル、シニアの部ともそれぞれ20~30人くらいはいましたから、今年は激減ということになります。


 いろいろと影響の多きい震災ですから、やむを得ないといえばやむを得ないのですが、あらためてその影響の大きさを感じます。でも、こういう時だからこそ平常どおりやってゆこうというのが木下代表の考えのようで、出場者数にかかわらず予定通り行なうということでした。私も今年も審査員を務めます。



この機を逃す手はない! 

 でも考えを変えれば、コンクール入賞、あるいは優勝を目指す人にとっては、今年はまたとないチャンスではないかと思います。申し込みの受付はコンクール前日まで行なうとのことですので、今からでも十分に間に合います。因みに予選課題曲はシニアの部(55歳以上)がアルバの「ハバネラ」、ミドルの部(35歳以上)がフェレールの「タンゴ第3番」で、どちらも弾きやすい曲です。


 多少なりとも腕に覚えのある方なら(全然ない方も)、この機を逃す手はない! ぜひともエントリーしてみましょう。   


 ・・・・・詳しくはギター文化館のホーム・ページで
 今日(4月17日 日曜日)石岡市のギター文化館で谷島崇徳(ギター)、谷島あかね(ピアノ)さんのミニ・コンサートを聴きました。震災後初めてギター文化館に行きましたが、途中の道路では、時々段差でゴツンとなってしまい、やはり地震の影響は大きい。



 第1部 14:00~

ギター 
・ケルティックテイル  F.ハンド
・アストゥリアス    アルベニス(自編)
・カディス       アルベニス(リョベート編による自編)
・フェリシダージ    A.ジョビン

ピアノ
・グラナダ       アルベニス
・セビリヤ       アルベニス
・8つの演奏会用練習曲より
 プレリュード     カプースチン
 
デュオ
・はかなき幻影     佐藤弘和



 第2部 16:00~

ギター
・ケルティックテイル  F.ハンド
・セビリヤ       アルベニス(リョベート編による自編)
・カディス       アルベニス(リョベート編による自編)
・澄み切った空     シネーシ

ピアノ
・カディス       アルベニス
・アストゥリアス    アルベニス
・8つの演奏会用練習曲より
 トッカティーナ    カプースチン

デュオ
・はかなき幻影     佐藤弘和



 以上のようなプログラムですが、第1部、第2部ともそれぞれ1時間近いもので、たいへん充実した内容のコンサートでした。第1部、第2部とも一見同じような曲目なのですが、特にアルベニスについては、第1部ではギター(谷島崇徳さん)で「アストゥリアス」と「カディス」、ピアノ(谷島あかねさん)で「グラナダ」と「セビーリャ」を演奏したのですが、第2部ではギターで「カディス」と「セビーリャ」、ピアノで「カディス」と「アストゥリアス」と、お互いに曲目を入れ替えて演奏するという、かなり凝ったプログラミングです。


 谷島崇徳さんはもともとジャズやロックなどのポピュラー系の音楽をやっていたそうで、ジョビンなどのポピュラー系、ラテン系の演奏は得意で、またたいへんすばらしいものなのですが、今回アルベニスの演奏を聴いて、こうしたスペイン系(ご夫妻ともアルベニスはロマン派的な作曲家と言っていましたが)の音楽の微妙なニュアンスも表現できるギタリストであることが、あらためてわかりました。


 「アストゥリアス」は自らの編曲ということで、特に中間部は原曲をかなり忠実にトレースしたものになっています。また曲全体の取り組み方も、これまでの大ギタリストたちの演奏法を参考にするというより、直接アルベニスの音楽と向き合い、対峙している様子がうかがわれます。例の16分音符で駆け上がるエンディングが力むことなく優雅に、また美しく演奏しているのがとても印象的でした。


 「カディス」はリョベート編ということで、二長調(原曲は変二長調)での演奏ですが、バルエコ編などのイ長調版よりかなり難しい編曲です(私はこちらの方で演奏しています)。セビーリャは”リョベート編による自編”となっていますが、実質上は谷島さん自身の編曲と言ってよいでしょう。またアルベニスの演奏ではギター文化館所蔵のサントス・エルナンデスを使用していましたが、確かにすばらしい楽器です。


 アルベニスの曲は、もともとピアノ曲ですから、ピアノで聴くのは本来なら当たり前なのですが、実際にはこのように生で聴く機会はあまりないのではないかと思います。確かにCDではよく聴いているのですが、このようにライブで聴いてみるとまた違った印象があります。特に響きの点ではCDではよくわからないことがかなりあり、またギターと比べてみるとその違いもよくわかります。


 あかねさんのピアノで演奏された「グラナダ」と「セビーリャ」とではかなり違った響きに聴こえました。これらにはペダルの使用が大きく関係しているのでしょうが、ペダルを使用することのないギタリストにはよくわからないところでしょう。グラナダでは、音の余韻が長く、また豊かになっているのがうらやましいところですが、一方「アストゥリアス」はピアノでは結構弾きにくいのだそうです。それぞれ得意な分野が違うのでしょう。また楽譜に書かれている強弱記号も、こうしてピアノで聴いてみると確かに納得のゆくところです。ただしそれをそのままギターで再現することは難しいと思いますが。


 第1部、第2部とも最後に佐藤弘和さんのピアノとギターのためのオリジナル作品を演奏しました。ギターとピアノというのは以外と難しい組み合わせだと思いますが、とても自然で、美しいアンサンブルでした。アンコールとして崇徳さんのギター伴奏で、あかねさんの歌が披露されました(曲名は聴き取れず)。


 ミニ・コンサートとは言えないミニ・コンサートでした。
 
Pablo Sainz Villegasu  2003年タレガ国際ギター・コンクール1位


新進演奏家 014


トゥリーナ : セビーリャ幻想曲、 タレガを讃えて
モレーノ・トロバ : ソナタ~幻想曲、 トリーハ、シグエンサ、 カスティーリャ組曲
ロドリーゴ : 小麦畑で、 祈りと踊り
ファリャ : ドビュッシー讃歌
ジェラルド : 幻想曲~カンタレスの間奏
セゴヴィア : 5つの逸話
タレガ : マリア(ガヴォット)


オール・スペイン

 新進演奏家シリーズもしばらくぶりになりましたが、今回は少し古くなって、2004年5月に録音されたパブロ・サインス・ビジェガスのCDの紹介です。ビジェガスは1977年スペイン生まれということで録音当時27歳、今年34歳になります。

 上の曲目リストでもわかるとおり、このCDはオール・スペイン物で、またかなり盛りだくさんの内容になっています。収録時間も他のCDは60分前後のものがほとんどだったのですが、このCDは75分余りとなっています。



キレのよいラスゲアード

 最初のトゥリーナの「セビーリャ幻想曲」の冒頭は、スペインのギタリストらしく切れのよいラスゲアードで、16分音符もきれいに16分音符になっています。また歌わせるところの音色は、とてもギターらしい美しい音になっていて、リズムのキレも、しっとりとした表情もどちらもたいへんよく出ています。

 また音階的な部分の音を、各音の余韻を重ねて弾いているのが特徴的で、そうしたことは他の曲でも行なっています。ピアノのペダルを使用したような効果を出しています。



なぜ埋もれてしまったのか、トロバの秘曲

モレーノ・トロバの「ソナタ~幻想曲」は世界初録音だそうで、私もこの曲の存在はこのCDで出会うまで知りませんでした。このCDの解説によれば、2001年にアンジェロ・ジラルディーノというギタリストがセゴヴィアの手書き譜の中から発見したそうです。

 この曲は3つの楽章からなる17分ほどの曲で、なかなか充実した曲だと思います。なぜこのような大曲が埋もれてしまったのかは不思議です。またなぜセゴヴィアはなぜこの曲を世に出さなかったのでしょうか。

 第1楽章は10分ほどあり、曲全体の比重が第1楽章に置かれているようです。この第1楽章に関する限りでは、他のトロバの曲のように明るく、軽快な感じはなく、また先のトゥリーナの曲のようにスペイン的な響きや、またフラメンコ的なリズムも聴かれません。どちらかと言えばシリアスな感じとか、文字通り幻想的といった感じの方が顕著です。

 第2楽章は1分半程の短い曲で、ユーモアのある感じ、第3楽章はロンドでスペイン的なリズムを感じる曲ということで、この二つの楽章はどちらもトロバらしい曲になっています。


トロバの音楽の魅力を十分に

 幻想曲に続いて「スペインの城」から2曲と「カスティーリャ組曲」を演奏しています。どちらもトロバの作品としてはよく演奏されるものです。「カスティーリャ組曲」はトロバの初期の作品で、セゴヴィアのSPにも録音されています。「スペインの城」は1960年代の作品で「トリーハ」の冒頭は山田耕作の「この道」に似ています。

 ビジェガスの演奏は張りのある音としっとりとした音を巧みに使い分け、トロバの音楽の魅力を十分に出しています。またテンポのとり方やリズムの刻み方も違和感なく自然に聴けます。



ロドリーゴの二つの作品~派手なパフォーマンスではないが

 次にロドリーゴの「小麦畑で」と「祈りと踊り」を演奏しています。「小麦畑で」は前述のように切れのよい音としっとりとした音を使い分けた演奏で、この曲の魅力を十分出していますが、派手なパフォーマンスは控え、真摯に作品と向かい合っている感じがします。

 「祈りと踊り」はマヌエル・ファリャを讃えた作品で、所々ファリャの作品が引用されています。またコンクールなどでもよく演奏され、若いギタリストが自らの技術と音楽性をアピールするための重要な曲にもなっています。また譜面は何通りかあるようで、私自身はアリリオ・ディアス版とホアキン・ロドリーゴ版を持っていますが、ビジェガスの演奏はそのどちらでもないようです。

 ビジェガスの演奏は的確な表現をしつつも、音量的にも音色的にもはみ出すことなく、清楚と言える演奏で好感が持てます。もちろん技術的にはかなり難しい曲ですが、そういったことを全く感じさせないなどということは、あらためて言うまでもないことでしょう。


ファリャとジェラルドの作品 

 次にマヌエル・ファリャの唯一のギター・オリジナル曲の「ドビュッシー賛」を演奏しています。もちろん先のロドリーゴの曲との関連でしょう。ドビュッシー → ファリャ → ロドリーゴ と言う構図なのでしょう。

 ロベルト・ジェラルドはスペイン生まれですが、ドイツ系スイス人の両親を持ち、グラナドス、ペドレル、シェーンベルクなどに音楽を学んだ作曲家だそうです。曲のほうはスペイン風というよりは、無調的な曲です。


セゴヴィアの作品、これも初演

 次にアンドレ・セゴヴィアの「5つの逸話」を演奏しています。この曲も世界初録音だそうで、確かに初めて聴く曲です。セゴヴィア自身でもあまり演奏はしていなかったのではと思います。それぞれ1~2分程度の短い曲で、トロバとポンセとテデスコを合わせたような曲、などというと、ちょっと安易な例えになってしまいますが、強いていえばテデスコの曲に一番近そうです。
 
 それぞれなかなかチャーミングな曲ですが、セゴヴィアの曲らしく、ギターのさまざまなニュアンスが表現できる曲、逆に言えばそうしなければよい音楽にならない曲といえるでしょう。ビジェガスの演奏を聴いていると、いつのまにかセゴヴィアが弾いているように錯覚してしまいます。ただし、かなり行儀のよいセゴヴィアですが。


何気なく弾いているが

 このシリーズではタレガ国際ギター・コンクールの優勝者は必ずタレガの曲をCDに収めることになっているようですが、このビジェガスは「マリーア(ガヴォット)」を選択しています。軽くさっと一筆書きにしたような演奏ですが、よく聴くとテンポの変化、音色、強弱などたいへん適切になっています。そうしたことがしっかりと身に付いたギタリストなのでしょう。
 昨日、今日あたりは余震も比較的少なくなっていますが(そう感じているだけ?)、月、火曜日などは余震のたびにJRなどが止まっったり、いまだにおさまる様子を見せません。一方桜のほうはいつもよりは遅めになりましたが、昨日あたりから満開となったようです。

 さて、アコラのホーム・ページのほうにも記されていますが、10日のコンサートでは以下の方々から参加費として震災のための義援金をいただきました。また中にはコンサートには来られなかったのですが、義援金のみをいただいた方もいます。



義援金をいただいた方々(敬称略)


清野 貫男    長塚 彰    鈴木 幸男    名川 晴美    代永 英雄

杉澤 百樹    高橋 正    伴 正宏(2名様)    佐藤 智美    石川 博久

深作 純子(2名様)    関 義孝    山崎 守    赤岡 伸雄    綿引 武

根本 秀則(2名様)    鈴鹿 貢    伊藤 邦雄(2名様)    及川 英幸

熊坂 勝行    熊坂 まゆみ    中村 俊三


合計で3万となり、熊坂さんのほうから日本赤十字社に送金していただきました。

ありがとうございました。
 今日、アコラでのジヴェルニー・サロンのゲストとしてミニ・コンサートを行いました。こういったさなかですが、約20名ほどの方々に聴きに来ていただきました。曲目等は前回紹介したとおりで、メルツやハインリッヒ・アルベルトの作品の他、「魔笛の主題による変奏曲」や「さくら変奏曲」「サンバースト」といった人気の高い曲を演奏しました。アンコール曲としては南沢大介編の「ルパン3世」のテーマを演奏しました。

 震災後生徒さん以外のギター愛好者の方たちに合うのは初めてですが、皆さんそれぞれ震災の関係などで仕事のほうもたいへんな様子です。義援金のほうは熊坂さんの方にお願いしていますが、日本赤十字社の方に近々送金することになります。

 演奏を聴いていただいた方々、およびチャリティに協力していただいた方々、本当にありがとうございました。
 震災からそろそろ1ヶ月になろうかというところですが、今だ、原発事故は危機的状態から脱することができず、また津波による犠牲者も2万人をはるかに越えるとのこと。また長きにわったて通常の生活が送れなくなってしまった人は数知れません。

 テレビなどによれば、そうした犠牲者の中には、体の不自由な年老いた母親と共に避難しために逃げ遅れた人・・・・ 津波が迫る中、子供たちを迎えに行ったために津波に飲み込まれてしまった母親・・・・ 住民の避難誘導のために最後まで持ち場を離れなかった自治体職員、遺体の手には拡声器が握られたままだったそうです・・・・

 もしこのような人達が、自らの命だけを守ろうとしたら、この犠牲者の数はもう少し小さくなっていたのかも知れません。こうした行動は、もちろん熟慮して行なった訳ではなく、危機迫る中でのとっさの判断だったのでしょう。そうした極限状態だったからこそ人間本来の行動がなされたのかも知れません。

 こうした人たちは決して自らの生命を軽んじたわけではなく、自分の家族や、周囲の人たちと共に生きてこそ、自らが生きることになると判断したのでしょう。自分だけ生きても、それは生きることにならないと・・・・

 人の命というものは、それぞれ別個に存在するように見えるが、それらは点のようなものではなく、ある一定の拡がりをもって存在し、そしてそれらは重なり合い、共有しあっている。 ・・・・・・そんなことを感じました。 





 10日のミニ・コンサートで私が演奏する曲目の紹介をしておきましょう。普通なら当日演奏しながらお話するところですが、どうも話が上手くないので、当日の話は最小限度にして、紹介はこのブログで行いたいと思います。



フランツ・ウィルヘルム・アプト~メルツ編 : 燕が家に翔る時

 この曲は当時(1850年頃)人気のあったアプトの歌曲をヨハン・カスパル・メルツがギターに編曲したものです。原曲を聴いたことはないのですが、メルツのアレンジはたいへん自然で、ギターのオリジナル曲のような感じがします。またメロディがたいへん歌わせやすくなっています。



ヨハン・カスパル・メルツ : 吟遊詩人の調べ作品13より

 この「吟遊詩人の調べ」は30曲からなる曲集で、それぞれロマンティックでメルツらしい作品です。メルツの作品の中ではよく演奏される曲です。

 1曲目の「ロマンス」は「マエストーソ」と「アダージョ」の二つの部分からなりますが、初級などの教材に用いられる「ロマンス」と似ていて、関連性があるのでしょう。

 2曲目の「不安」はイ短調で、速めのテンポの曲です。「不安」というより、激しい感情といった方がよいかも知れません。

 3曲目は「フィンガルの洞窟」ですが、「フィンガルの洞窟」と言えばメンデルスゾーンの序曲が有名です。この洞窟はスコットランドのヘブリディーズ諸島の無人島にあるもので、柱状節理の発達した幻想的な洞窟だそうです。波の浸食を受けて出来たこの洞窟は、その柱状節理に反射し、波の音がとても幻想的に、また不気味に響くのだそうです。おそらくこのメルツの曲も、その洞窟の幻想的で不気味な響き表現したものなのでしょう。

 4曲目の「愛の歌」はハ長調、アダージョで優しく語り掛けるような曲になっています。この曲集の中では最も演奏されることの多い曲です。



ハインリッヒ・アルベルト : ソナタ第1番ホ短調 

 ハインリッヒ・アルベルトはおそらく20世紀前半頃のドイツのギタリストと思われますが、詳細はわかりません。この「ソナタ第1番」は比較的短い3つの楽章からなりますが、古典的な形で作曲されていて、どちらかと言えば演奏会用の作品というより、教育的な作品と考えられます。


 確かに高度な技術を要する曲ではありませんが、この曲を内容あるものとして表現するには、相応の技術と経験と努力が必要でしょう。教育的作品としてはなかなか優れた曲だと思いますので、一般愛好家などにもっと演奏されてもよい曲ではないでしょうか。1970年代に荘村清志さんが録音していました。


新進演奏家 013


第1楽章 Energich bewegt(力強く、活発に) ホ短調

第2楽章 Langsam und mit viel Warme(ゆっくりと、温かさをもって) ト長調

第3楽章 Schnell(速く) ホ短調




フェルナンド・ソル : モーツァルトの「魔笛」の主題による変奏曲作品9

 19世紀初頭に活躍した、スペインのギタリスト、フェルナンド・ソルについては説明は不要と思いますが、この「モーツァルトの魔笛の主題による変奏曲 作品9」はアマチュアからプロのギタリストに至るまで多くの人に愛され、演奏されている曲で、クラシック・ギターの代名詞的な曲です。

 ソルが用いたテーマはモノスタトスたちが歌う「何とすばらしい鐘の音」という短い歌で、特に有名な曲ではありませんが、ソルはこの曲を好んだようで、他にもこのテーマを用いた作品を書いています。この変奏曲ではテーマをオリジナルより若干変更し、特に付点音符を用いることにより、モーツァルト風というより、ソル風のメロディになっています。

 曲は、ホ短調の序奏、ホ長調のテーマと5つの変奏、コーダから出来ています。かつては序奏を省いて演奏されることが多かったのですが(セゴビア、イエペスなど)、現在ではそうしたことは少なくなりました。5つの変奏とも比較的シンプルな形で、そういった点も人気の一つの要因だと思いますが、技術的にも音楽的にも、きっちりと弾くのはそれほど簡単ではありません。ギター・ファンなら誰でも知っている曲である分、自然とハードルは上がってしまいます。



アンドリュー・ヨーク : サンバースト

 アンドリュー・ヨークはアメリカのギタリスト兼作曲家で、この「サンバースト」をはじめ、人気曲を多数作曲しています。またロサンゼルス・ギター・カルテットの一員としても知られています。この曲は1弦と6弦を通常「ミ」のところを「レ」にするという特殊調弦を用いていて、独特の響きを持った曲です。リズムは最近のポピュラー音楽的で、シンコペーションを多用しています。また中間部は急速なスラー奏法を用いたテクニカルなものになっています。因みに「サンバースト」とは雲間から急に射し込む太陽の光、もしくは太陽のデザインを意味するようです。



日本古謡~横尾幸弘編 : さくら変奏曲

 これまでサッカーの試合の時以外はあまり日本と言う国を強く意識することはなかったのですが、このようのな出来事が起きると、私たちが生きてゆくこととに、日本という国が密接に係わり合いを持っていることが強く実感させられます。もっとも私たちにはそうしたことをあまりにも強く意識しすぎたために、極めて悲劇的な結末を迎えた歴史があります。そうしたことも踏まえつつ、あらためて個人と組織の関係を考え直す時期なのかも知れません。

 今日は4月5日ということで、いつもの年なら桜前線がどこまで来たなど、桜の話でもちきりになるところですが、さすがに今年はあまり聞かれません。相変わらずあまり出歩かないのでよくわかりませんが、水戸市内ではもう咲き出したのでしょうか? 地震のせいではないでしょうが今年はちょっと遅そうですね。やはり今回のコンサートの最後の曲は、この曲にしましょう。
 このカテゴリもしばらく休みになってしまいましたが、そろそろ再開しましょう。予定ではこのCDを含めてあと3枚紹介しようと思っています。




Goran Krivokapic   セルビア出身 2004年GFA優勝


新進演奏家 012


フランツ・ヴェルトミュラー : ソナタイ長調作品17
J.S.バッハ : ソナタ第3番ハ長調BWV1005(無伴奏ヴァイオリンのための)
ドメニコ・スカルラッティ : ソナタK.162、K.208、K209
デュシャン・ボグダノヴィッチ : ギターのためのソナタ第2番


 今回のCDは2005年の4月に録音された、セルビアのベオグラード出身のギタリスト、ゴラン・クリヴォカピッチのものです。クリヴォカピッチは1979年生まれということで今年で32歳になりますが、東ヨーロッパ諸国からは優れたギタリストが多数現れています。

 これまで紹介したCDは、バッハの作品を除けばほとんどギターのオリジナル作品でプログラムが構成されていました。このシリーズのCDは実質上の国際デビューということもあって、そうした形になっているのではないかと思いますが、そうした中にあって、珍しくこのクリヴォカピッチのCDは編曲作品が多くなっており、最後のボグダノヴィッチの「ソナタ」を除いてすべて編曲作品となっています。



ヴェルトミュラーのソナタ = 聞いたことのない作曲家だが

 最初の曲はヴェルトミュラーの「ソナタ」ですが、ヴェルトミュラー(1769~1841)はベートーヴェンと同世代の作曲家で、名前からすればオーストリア生まれと思われますが、残念ながら詳しいことはわかりません。ギターへのアレンジは演奏者自身のものではなく、19世紀のオーストリアのギタリスト、Franz Pfeiferのものとなっています。

 この曲は3つの楽章合わせて13分ほどの、おそらくピアノのためのソナタと思われますが、大曲というより、どちらかと言えば練習曲的なソナタのようです。ただしこれをギターで弾くとなると、結構難しい曲になるのではと思います。第1楽章は3分ほどで、音形は当時音楽によくある感じですが、展開部は調がいろいろ変えられています。再現部は型どおりには再現されず、かなり変化しています。雰囲気としては同時代の作曲家(兼出版業者)のアントン・デアヴェリの曲を連想させます。


バッハの「ソナタ第3番」は2度目の登場

 次はバッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調」ですが、この曲は4人目に紹介したフランスのギタリスト、ガブリエル・ビアンコも収録していました。この曲も最近の若いギタリストには人気があるようです。


全体に速め

 演奏時間はビアンコに比べると全体で3分ほど速くなっています。特に第1楽章の「アダージョ」はビアンコが4:21に対して、クリヴォカピッチは2:55と1分以上も速くなっていますが、ビアンコの演奏も決して遅いテンポではありません。多くのヴァイオリニストは4~5分くらいで演奏しており、イ・ムジチのメンバーだったフェリックス・アーヨは6分くらいかけていたように思います。

 この楽章は付点音符による音形がずっと続く曲で、「アダージョ」となっていますが、確かにテンポ設定の難しい曲でしょう。その「アダージョ」の指示に従って遅めのテンポをとると、確かに重厚な雰囲気は出るのですが、聴衆には集中と、場合によっては忍耐も要求することになります。その逆に、テンポを速めにとれば聴きやすくはなるが、重厚さや敬虔さのようなものは薄れてしまうでしょう。

 2曲目のフーガは長大なもので、聴く人に集中を要求する音楽と言えるかも知れません。クリヴォカピッチの演奏は速めのテンポで(7:55)、なおかつ音の「キレ」もよく、快適に聴けますが、同時にやや落ち着かない感じもします。

 第3楽章の「ラルゴ」は一般的な速さに近く、しっとりと歌わせています。第4楽章はビアンコより40秒ほど速く演奏演奏していますが、もともと速く演奏するように曲が出来ているせいか、違和感はありません。かなりの速さにもかかわらず、若干低音も追加していて、気持ちよく聴けます。



スカルラッティの演奏はすばらしい

 次にドメニコ・スカルラッテイのソナタを3曲弾いています。スカルラッテイのソナタは数百曲もあるので、当然知らない曲のほうが多いのですが、幸いにこの3曲はどこかで聴いたことのある曲です。とはいっても具体的にどこで聞いたかまでは覚えていないので、K番号(カークパトリック番号~かつてはL《ロンゴ》番号で表記されていた)を頼りに探してみました。

 1曲目のK162はアサド兄弟が二重奏で弾いていました。またホロヴィッツのCDにも収められています。5分を越えるやや長い曲で、「アンダンテ」とありますが、実際はゆっくりな部分と速い部分が交互に出てきます。クリヴォカピックの演奏は明るく、軽快な演奏といった感じですが、アサド兄弟の演奏は表情やテンポの変化に富む演奏になっています。


ギターでよく弾かれる曲~4度高く

 2曲目のK208はさらによく聴く曲で、ジョン・ウィリアムスが以前から弾いていましたが、バルエコやAttademo(ブリランテの25枚組)、さらに1970年代にブローウェルも録音していました。日本語のオビにはイ長調「Andante et cantabile」となっており(原文のほうには調名は記されていない)、確かに原曲はイ長調で、多くのギタリストはこれを1オクターブ下げる形で原調で弾いています。


 クリヴォカピッチの演奏は、他のギタリストの演奏に比べかなり音域が高い感じで、実際は二長調で弾いているようです。技術的には難しくなっていると思いますが、聴いた感じではすっきりと、美しい感じで、移調されてはいますが、原曲とのギャップもかえって少ないようです。また繰り返しの際に装飾をかなり加えているのも印象的です。

 K209のほうは前の208とセットになっているようで、この2曲を続けて演奏するギタリスト(ピアニストも?)が多いようです。こちらは「Allegro」で速い曲になっています。クリヴォカピッチの音はスカルラッティの音楽によく合っていて、ギターによるスカルラッティの演奏としてはかなり優れたものではないかと思います。


ボグダノヴィッチのソナタ

 最後はこのCD唯一のオリジナル作品として、同じベオグラード出身のデュシャン・ボグダノヴィッチの「ソナタ第2番」を演奏しています。この曲は河野智美さんも演奏していたでしょうか。

 4つの楽章からなりますが、全体的にメロディックというか音階的に聴こえます。またリズム的な要素は強いものの、対位法的、複旋律的でもあります。

 第1楽章はホ短調のように聴こえます。ホ短調と言っても本当の短調(旋律的短調)ではなく、自然短調というもので、モード・ミュージック的ともいえるかも知れません。他の楽章も特に、3,4楽章などはリズム的な要素は強いですが、いわゆる前衛的な作品ではなく、打楽器的な奏法などの特殊奏法もあまり使われてなく、旋律的、対位法的な処理が目立ちます。


同郷の作曲家への深い共感

 そういえばクリヴォカヴピッチの演奏は、特に最初のヴェルトミュラーの曲などでは明るく、軽快な演奏だったのですが、このボグダノヴィッチの曲では一転して陰影のの深い演奏になっているように感じます。オリジナルの作品のせいでしょうか、あるいは同郷の作曲家への深い共感がそうさせているのでしょうか。いずれにしてもまだまだいろいろな面を持っているギタリストかも知れません。