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中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

譜忘れの心配をするくらいなら

 前回まではステージでの暗譜のトラブルの話でした。しかしステージで演奏する場合、どうしても譜忘れの心配が付いて回るということなら、いっそ暗譜ではなく、譜面を見て弾けばよいのではないかということになります。確かにそのとおり!



話はそれほど簡単ではない

 なんだ、それで問題解決! と思うのはちょっと早計、話はそれほど簡単ではありません。譜面を見て弾いても途中でわからなくなることはよくありますし、ステージで譜面を見て弾くにはそれなりの要領と練習が必要です。譜面を正確に目で追って弾くこと自体人によっては難しいことですし、譜面を見ているとフレットを外しやすくもなります。少なくとも練習の段階だったら暗譜で弾いたほうがずっと簡単ということもあるでしょう。



楽譜を見ながら弾くのは不真面目?

 また一般には、ピアノやギターのリサイタルでは暗譜で行なうのが通例で、ステージで譜面を見ながら弾くことは、特にプロの演奏家の場合、真剣さが足りないと思われたりするようです。しかし私自身はそうしたことはあくまで外見上の問題で、音楽や演奏の本質とは関係ない問題と考えています。結果がよければどちらでもよいのではと思います。


 私自身の場合では、明らかに暗譜の方が弾き易いとか、暗譜でなければ弾けないという曲の場合は、もちろん暗譜で弾きます(十分準備をした上で)。しかし曲によっては視奏(譜面を見ながら弾く)でも全く問題ない、あるいはその方が良い演奏に繋がりやすいと思った場合は視奏します。



記憶のことばかりに頭を使いたくない

 視奏で弾く曲の場合でも、実質上は暗譜している場合が多いのですが、前述のとおり、「完全な暗譜」と「とりあえずの暗譜」とでは大きな開きがあります。「完全な暗譜」をするということは、やはりかなりの時間と労力が必要となります(必要でないギタリストもいますが)。また演奏中も記憶を呼び起こすことにかなりの神経を使うことになり、表現のほうに意識が行かなくなることもあり、さらに私の場合、テンポの不安定に繋がることもあります。そうしたことから曲によっては“視奏”を選択しています。



視奏出来ない曲もある

 逆に視奏出来ない、あるいは向かない曲としては、まずポジション移動が多い曲。視奏の場合どうしてもポジション移動の時にトラブルが発生しやすくなります。次にテンポの速い曲で、テンポが速い曲では目で譜面を追うことがかえって難しくなります。



かえってキケン

 またどちらでも弾けるが、長年のレパートリーになっていて、暗譜で問題ないという曲もあります(例えば「アランブラの想い出」など)。しかしこういう曲の方のほうがかえってキケンということは前にも言ったとおりで、前述のとおり、しっかりとした暗譜対策は必要です。



バッハの平均律は、音楽の旧約聖書?

 実際には暗譜で弾くのだが、気持ちを落ち着かせるために一応譜面を前に置いておく、などという場合もあります(いわゆる“お守り”的に)。有名なピアニストのリヒテルも、ステージでは平均律クラヴィア曲集の分厚い楽譜を表紙も開けずに前に置いていたのだそうですが、これなどまさに聖書に手を載せるようなものかも知れません。大ピアニストといえどもやはりステージというのは不安なのでしょう。



わからなくなってからでは遅い

 またその曲は譜面がなくてもよいのだが、前後の曲の関係で譜面を置いておくなどという場合もあります。こうした場合でも“視奏”なのか“暗譜”なのかは、はっきりさせます。「とりあえず暗譜で弾いて、わからなくなったら譜面を見る・・・」 などというのは絶対に不可能です。暗譜で弾く頭の使い方と視奏のそれでは全く違うので、急には切り替え出来ません。また“わからなくなった場所”を演奏中に探すこと自体不可能です。視奏の場合は完全に最初から最後まで譜面を目で追う必要があります。



見るか、見ないか、はっきりさせる。 ページごとに決めることも

 仮に譜面を前に置いたとしても(“お守り”せよ“いきがかり”にせよ)、暗譜と決めたら暗譜で弾き、当然それを前提に練習をします。ということは比較的早い段階でそのどちらかを決める必要があります。ただし1曲の中でも大きな段落で区切り、前半は視奏、後半は暗譜と決める場合もあります。



弾きやすい方を選ぶ

 教室の発表会の場合ですが、教室によっては発表会は”必ず暗譜で”としているところもあるようですが、私の場合、基本的にその生徒さんの弾き易い方を選んでもらっています。傾向としては、小さい子や若い人(20代くらい)の場合は暗譜を、比較的年齢の高い人には視奏を薦めています。

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今日午前に、ネット注文しておいたCDが届きました。


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ベートーヴェン:交響曲全集他   リカルド・ムーティ ~フィルハーモニアO.他

ベートーヴェン:交響曲全、ピアノ協奏曲全集他  オットー・クレンペラー ~フィルハーモニアO.

ラフマニノフ:交響曲、ピアノ協奏曲全集  マリス・ヤンソンス ~ペテルブルクPh.

マーラー:交響曲全集  クラウス・テンシュテット ~ロンドンPh



全部で何枚かな?

 以上の4セットですが、手元に届いてみるとすべて交響曲なのに気が付きました。どうも私は同じようなものを同時に買う傾向があるようです。いずれも優れた名盤だと思いますが、全部で何枚になるでしょうか。数えるのはちょっと面倒ですが、多少サービス・ポイントを使ったせいもありますが、4セットで1万円を割っています。


ラフマニノフの交響曲は何曲?

 まずラフマニノフの交響曲第3番の第1楽章から聴いてみました。ラフマニノフはピアノ協奏曲のほうはそれなりに聴いていますが、交響曲はあまり聴いたことがありません、どうやら全部で3曲あるようです。この「第3番」は短調のようですが(よく確かめるとイ短調)、なかなか聴きやすい感じです。

 プロコフエフやショスタコーヴィッチの全集も持っているのですが、どちらもどうも聴くのが遠ざかり気味で、それから比べると馴染みやすそうな感じがします。ロシア的な部分は若干薄いようです。



細かいことは気にしない?

 次にクレンペラーの「第9」の第1楽章を聴いてみました。1950年代の録音のようですが、音質はかなり良いようです。とても強く重厚な響きで、音を「最後の最後まで鳴らしきる」といった感じでしょうか。音楽をあくまで大きく捉え、細かいことはほとんどしないといった感じで、最近の「オリジナル楽器」的な演奏と真逆の演奏と言えますが、かなり満足感のある演奏のような気がします。

 バレンボイムとの「合唱幻想曲」と「皇帝」も聴いてみましたが、こちらは1960年代の録音とあって、音はいっそうすっきりしています。オーケストラの部分は相変わらずどっしりとした揺るぎのないテンポと響き。バレンボイムのピアノは一音一音表情を込めて弾くような感じで、ゆったりとしたテンポ感ということでは共通していますが、「強さ」という点では正反対の感じもします。



美しく整った演奏

 ムーティの「第9」も聴いてみました。クレンペラーほど重厚ではないとしても、決して軽いといった演奏ではありません。1980年代の録音ですから、美しく、整った音質です。それでもすっきりとした美しい音はとても音程が良いせいでしょうか。

 ムティーの演奏もテンポを速めにとることの多い、「オリジナル楽器」系の演奏とは対極の演奏で、テンポのとりかたも中庸から、やや遅めといった感じですが、好感度以上のものを感じる演奏です。再現部に入ったところの盛り上げもなかなかの迫力。



セッション録音の全集の他にライブ録音も

 テンシュッテットの「マーラー交響曲全集」は9曲の交響曲に「第10番」の「アダージョ」などの他、別にライブ録音の5,6,7番で、計16枚。これで3000円ほどですから、ちょっと驚き。

 ライブ盤の「第5番」から聴いてみましたが、なかなかすばらしい。弦が静かに歌うところは胸をえぐられるよう。マラーの交響曲は規模は大きいが、”情”に訴えてくるような感じがありありますね。

 そういえば何ヶ月か前に買ったバーンスタインの「マーラー全集」もまだほんの一部の曲しか聴いていなかったような・・・・
 
10月2日(日)ひたちなか市文化会館小ホール → 10月1日(土)石岡市ギター文化館


 10月2日(日)ひたちなか市文化会館小ホールで予定していた第28回中村ギター教室発表会は、震災の影響で会場が使用不可との連絡があり、急遽10月1日(土)14:00~ 石岡市ギター文化館に変更することにしました。

 震災後すぐに連絡がなかったので大丈夫かなと思い、ちょっと油断してしまいました。ちゃんと確かめればよかったですね。なお、ステージの大きさの関係で、水戸ギターアンサンブルや、予定していた合奏などは出来ません。独奏の方は予定通り行ないたいと思います。なお演奏時間は14:00~16:30、入場無料です。





オープン・リール?

 話は全然変ってしまいますが、この2、3日、大学のギター部時代の定期演奏会のCDを編集しています。これは当時オープン・リールのテープで録音したもの(「オープン・リール」って、わかるかな?)を、CDにコピーしたもので、かつてのギター部の仲間が送ってきてくれたものです。



トラック分けは意外と難しい

 1971年の定期演奏会の録音ですから、40年前のものですが、意外とよい録音で、40年の歳月を感じさせません。ただしこのCDは全体が一つのトラックになっていて、曲の頭出しが出来ません。CDのトラック分けというのは意外と難しく、編集ソフトがないと出来ません。また一部の曲は左右のスピーカーから別々の曲が聞こえてしまっています。

 以前にも編集を試みたのですが、その時はまだ編集ソフトの使い方がよくわからず、上手く編集できませんでした。その後この編集ソフトがある程度使えるようになり、再度行なっているところです。(同期のギター部の仲間の中で、この編集したCD欲しい人は声をかけて下さい)。



私が3年生で、指揮者をやっていた時のもの 

 このCDに収められているのは「第8回茨城大学クラシック・ギター部定期演奏会」で、1971年11月2日に茨城県民文化センターで行なわれたものです。私が3年生の時で指揮者を務めていた時のものです。全体は以下のような4部構成になっていました。

第1部 小合奏(2~4年生のみ、クラシック)
第2部 独奏と重奏
第3部 小合奏(ラテン音楽)
第4部 大合奏(1年生も含む、クラシック)



大合奏?

 「小合奏」といっても30人くらいで、「大合奏」となると60人以上です。本当に大合奏ですね。最近ではこういったギター合奏など見かけなくなりました。私は「第1部」と「第4部」のクラシックを指揮し、「第2部」で独奏もしています。相当の”出たがり”ですね。また好みがクラシックに偏っています。

 「第3部」のラテン音楽はこのCDを送ってくれた同期のW君が指揮しましたが、なかなか評判でした。私はこの演奏会終了後、退部しましたが(次の年にまた復帰!)、W君は次の年も指揮者を務めました。



昔の写真を見るよう

 私が指揮した第1部ではバッハの「3声のインヴェンション」、レスピーギの「リュートのための古代の舞曲とアリア第3組曲」から「シシリアーナ」、アルベニスの「グラナダ」、ヴィヴァルディの「協奏曲Op.3-6」を演奏しています。今聴いてみると当然のことながら問題だらけですが、若い頃の写真を見るようで、ちょっと恥ずかしい感じもします。

 「シシリアーナ」は、原曲をFM放送で聴いて「この曲合奏で弾けるんじゃないかな」と思い、スコアを取り寄せ、ギター合奏に編曲したものです。現在では当然のように行っていることですが、オーケストラ譜からギター合奏に編曲したのはこの時が初めてです。



意外とよく合っている

 最初のほうでちょっと音を外していますが、意外と音出しのタイミングは合っています。3拍子の付点音符で、なお且つハイポジションで、一つのパート10人くらいで弾いていますから、ポロポロとずれてもおかしくないのですが、結構そろっています(もしかしたら水戸ギター・アンサンブルでやったらずれてしまうかも)。

 アンサンブルとしての練習量は現在の水戸ギター・アンサンブルとは比較になりませんが、部員のほうもかなりよく指揮を見ているのでしょうか。ハイポジションですから指揮を見るのは難しいはずですが(暗譜もしているのでしょう)。



弦楽器的なフレージングには気を使っている

 トレモロによるメロディはかなりオリジナルの弦をイメージしたフレージングになっていて、フレーズごとにフェイドイン、フェイド・アウトを繰り返しています。

 音量の増減にもかなり気を使っていますが、演奏不可能と思われるところでもオリジナルどおりに弾いているので、そうした点はちょっと目だってしまいます。今の私なら違った方法をとるところです(この指揮者が本格的に音楽を始めてからまだ2年半というところだから、やむを得ないか)。



原曲を重んじるより直感的

 「グラナダ」は私の編曲ではなく、先輩が残した編曲で、イ長調になっています。この次点ではオリジナルのピノ譜は手元になかったので、原曲のイメージを追うといった演奏ではなく、ギター独奏をイメージした曲想といえます。「直感的」と言えば聴こえはいいのですが、実際はいろいろなギタリスト(特にセゴヴィア)の演奏を参考にしている感じです。



独奏的? かなり協力してもらっている

 その結果かなり”的外れ”的なところもあるのですが、よく聴いてみると、よくも悪くも一つの意思の下に演奏している感じがあります。確かに”独奏”的です。テンポも微妙に変えつつもタイミングのずれはほとんど見当たりません。今思えば、メンバー全員にしっかりと協力してもらっていたのでしょう。メンバー全員、細部にいたるまで、相当わがままな指揮者の意思を反映させようとしています。40年前に戻って、メンバーに感謝の意を伝えなければならないでしょう。



ちょっと残念な演奏かも

 その”わがままな指揮者”は独奏ではバッハの「チェロ組曲第3番」の「ブーレ」を弾いていますが、これがまた残念な演奏。弾き始めて1分くらいで一旦演奏をやめ、また最初から弾き始めています。再開後もテンポは”突っ込み”気味で、音抜けや弾きなおしも散見。なぜかフレーズの最後の和音だけ妙に強音。

 あえてよい点を見つければ、メロディ・ラインの音は明るくクリヤーに聴こえています。アポヤンド奏法を多用しているせいかも知れません。このアレンジでは左手はかなり難しいですが、それでも音をあまり切らずに弾いています。相当弾きこんでいるのでしょうが、やはり曲が難しすぎるのは明らか。

 

ガードが甘い

 アンコールとして「グリーン・スリーブス」を演奏しています。当時の私の編曲で、教会旋法的な2小節のイントロを付けてありますが、若干意味不明かも。またサスペンション・コードなども使用していますが、曲にあっているかどうかは疑問。最後のほうでは対位法的な処理が見られますが、この指揮者の精一杯の背伸びというところでしょうか。

 聴いた感じでは、そのようなことの前に、ちょっと弾き間違いが多い。たまたまにしては多すぎるので、もしかしたら部員の覚え間違いか、譜面の間違いがあるのかも。

 どうもこの”指揮者”、自分のイメージを追いかけることには人一倍意欲的だが、ミスをなくすとか無難にまとめるとかいった”守り”にはかなり弱いのかも・・・・




 ・・・・今は多少守備も出来るようになったと思っているのですが。
祝! なでしこW杯優勝!


コパ・アメリカを見ているうちに

 今回の女子Wカップは、時間もさすがに遅いのもあって、ハイライト以外ではあまり見ていませんでした。どちらかといえばコパ・アメリカのほうを見ていました。そんなことをしているうちに、なんと! なでしこは決勝進出! ・・・・まさか


スウェーデン戦は完璧な試合運び

 さすがにスウェーデン戦から再放送を見るようになりました。10センチ以上も身長差のある相手にどうして3-1で勝てたのか、セット・プレーなどからの失点をどのように防いだのかなと思ったのですが、実際に見てみるとそうした場面はほとんど作らせませんでしたね。

 かなり長い時間ボールを保持していて、スウェーデンにほとんど攻める時間を与えていませんでしたね。相手の攻撃はほとんどはカウンター的で、1点失ったのもそうしたものでした。なるほどこのような試合なら身長差など関係ありませんね。巧みな試合運びで、勝つべくして勝った感じでした。



強い! 上手い! 高い!

 さすがにアメリカ戦は若干様子が違いましたね。やはり相手の能力が高いのでしょうけど、パスの精度もスウェーデン戦に比べて、若干高くなかったように見えましたし、サイドからのクロスもかなり上げられていました。与えてはいけないコーナー・キックやゴール・エリア付近のフリー・キックなども結構ありました。また1対1の時の体の使い方や、ボールを追う時のコース取りではアメリカの選手の方に分があるようにも見えました。



スーパー・スターとは

 試合の流れとしては、結果を先に知っていなければ(再放送を見たので)、負け試合に見えたのは確かです。結局のところ、その負け試合を劇的な優勝へと変えたのは、澤選手のスーパー・ゴールということになるのでしょう。何度リプレーを見てもどの部分で蹴っているのか見えませんが、右のアウト・サイドのどこかで蹴っているのでしょうね、アメリカの選手も同じように足を出していて、本当にちょっとの差なのでしょう。

 最も大事なところで、最も優れたプレーが出来る人をスーパー・スターと呼ぶのでしょうが、まさにそのとおりでしょう。プレッシャーを力に変えることができるのがスーパー・スターといえるのでしょうか(ギター上達法の記事に関係なくもないですが)。PK戦の場合は後から追いついたチームが基本的に有利なのですが、海堀選手が足で1本目を止めたところでそれが決定的になったのでしょう。


男子はいつ?

 日本がW杯で優勝することがあるとすると、女子のほうが先かなと思ってはいましたが、こんなに早いとは思いませんでした。それにしてもなぜ、なでしこは平均身長が低いのでしょう(身長のことはあまり言える立場ではありませんが)? 男子の場合はヨーロッパのチームとそれほど差がないのに。彼女たちが自らの努力でここまでやってきたという、一つの証明なのかもしれませんね。ともかく、おめでとうございます!!



やはり指導者たちの力は大きい

 最近の日本サッカーの活躍、および好成績をもたらしたのは、全国のサッカーの指導者たちの力である、ということを誰かが言っていましたが(ザッケローニ監督だったかな?)、全国の指導者たちの積み重ねられた技術、情熱、努力といったものが今日の日本サッカーの躍進を支えていることは間違いないでしょう。

 ギター界においても、私たち末端の指導者が、スキルを磨き、労を惜しまず、よりいっそう情熱を傾けてゆかなければ・・・・

 
 前回の話では、暗譜に関するトラブルを防ぐには、まず第一にその曲、その音楽を正しく理解するのが重要ということを言いました。これはいわば「正論」で誰しも異論のないことかも知れませんが、しかし同時にそれはなかなか難しいこと。それが簡単に出来るなら、こんな記事全く不要なわけですから、もう少し現実的な方法について書きます。



”そろばん”なしで”そろばん”やるより

 暗譜を完全にするためには、「その曲を5線紙に書いて覚える」、「ギターを持たずに頭の中だけで弾いてみる」といった方法がよいことはこれまでも何度か話してきました。しかし“そろばん”の場合でも「“そろばん”なしで“そろばん”をやる」より「“そろばん”で“そろばん”をやる」ほうがずっと易しい。



頭の中に”そろばん”が入らなかった

 私も小学6年生の時そろばん塾に通いましたが、そろばんを頭の中で弾く「暗算」が苦手でした。そろばんが実際にあればそこそこ出来るのですが、暗算になると3ケタ以上は出来なかったと思います。隣の女の子たちが3ケタ、4ケタの暗算を苦もなくやっているのが不思議でした。といったわけで、ここでは実際にギターを使った方法について話をしましょう。



区切る”のはトラブル対処だけではない

 また「月光」を例にとりますが、この曲は8小節の部分(大楽節)、6つからなりますが、その6つの部分のどこからでも始められるように練習するといったことは前にも書きました。その時には「もし記憶にトラブルなどが生じたら、次の8小節から始める」といったことで、トラブルが生じた場合の対策としてお話ししたのですが、この「区切って覚える」ということは記憶を整理する意味でも、また記憶が混乱しないためにも重要です。


全部まとめてぶち込んでしまっては

 電話番号などの10桁以上の数字を覚えるには4つくらいずつ区切って覚えた方が記憶しやすいことと同じです。また衣類などを収納する時も、押入れのようなところに、シャツや靴下、ジーンズなど何でもかまわず放り込んでしまったら、当然取り出すときにたいへんになってしまいます。靴下だけを取り出したいのに押入れの中身を全部取り出さなくてはならなくなります。



”覚える”ことと”思い出す”ことは別

 もちろん皆さんはそんなことはしていませんね、衣類の種類どころか、その用途や色、お気に入りの度合いなど細かく整理している人もいるのではないかと思います。そうでないと収納(記憶)しておく意味がないでしょう。記憶すること(収納する)と思い出す(取り出す)こととは別のことで、記憶する以上は、必要な時にすぐに思い出せないといけません。記憶(収納)する時にしっかりと整理するのがとても重要ですが、それと区切りとは密接な関係があります。



別人のように・・・・

 よくレッスンの時に、全体的にはうまく弾けているのだけれど、ある部分が気になるので、「ここから弾いてみて下さい」と曲の途中を指差すと、さっきは何の問題もなく上手に弾けていたのに、その場所から弾こうとすると妙に考え込んでなかなか始まらない、左手は全然違うところをさまよい出したり、さっきとはまるで別人になってしまったりする。結局、「あのう、曲の最初から弾いてもいいですか」・・・・ なんてことになってしまう。


決してそんなことしていないと思いますが

 そうした人は私のところで長く習っている人の場合は比較的少ないのですが、独学などで長くやっていた人、また家でよく練習してくる熱心な人、ギターを弾くのがとても好きな人などによく見かけます。もちろんこれは前の収納の例えでいえば、整理をしないですべてのものを押入れに「放り込んでしまう」タイプといえます。


途中から弾けない人はトラブルを起こしやすい

 こうした人の場合は普段リラックスした状態ではスラスラと弾けていても、ステージなどの緊張した場面ではやはり記憶上のトラブルはとても発生しやすいと考えられます。また記憶に不安があれば暗譜ではなく、譜面を見て弾けばよいわけですが、このようなタイプの人はそのほうが、つまり譜面を見ながら弾くほうがずっと難しいことと言えるでしょう。ということは、こうした人はどういう形でもステージなどで演奏する場合はトラブルを起こす可能性が高い人といえるでしょう。


同じような練習を繰り返さない 

 といったわけで、譜面を見る、見ないにかかわらず、曲の途中から弾くということは重要なことで、これは日常的に行なうとよいと思います。常に「最初から最後まで」弾くような練習方は薦められません。練習というのは弾く場所を変えたり、テンポを変えたり、曲想や考え方を変えるなど、いろいろ変化を付けて行なうとよいでしょう。 ・・・・・「移調して練習する」などという人もいますが、これは相当能力が高くないと無理! 残念ながら私には出来ません。


2,3小節先を思い出す

 次にはかなり「普通」の方法なのですが、練習をする場合、常に2~3小節先を考えて練習します。ただそれだけなのですが、意外と簡単ではありません。練習中だとついつい集中が切れて頭が休んでしまいます。本番中だと逆に心配になるので「次なんだっけ」と考えたりして、普段考えないのに、急に考え出すからかえってわからなくなります。

 そういったことを普段からやっておけばよいわけですが、これには結構ガンバリが必要です。しかしちゃんと出来れば効果は高いもので、譜忘れだけでなく、左指のトラブルを防ぐことにも繋がると思います。



逆弾き法 

 もう一つの方法として、曲の「最後の小節から」弾いてみるといったものがあります。この方法は現実的で、その効果も高いと思います。また「月光」例にとると、まず最後の小節(48)弾いてみます。こ小節は「シ」、「レ」、「シ」の和音1個で、このようなもの忘れるはずはないかも知れませんが、この曲を支配する大事な和音なので、一応弾いてみてください。またこれがわからなくなったり、曖昧になることだってないとは言えません。暗譜で弾く予定なら譜面を見ないで弾きます。


練習しやすく、効果も高い

 次にその前の小節から47-48小節と弾いてみます。それが出来たら46-47-48と続けて弾いてみます。この辺なると迷う人も少なくないでしょう。このようにして譜面を見ずに最初の小節まで行き着ければ、どんなに緊張しても譜面が飛ぶ可能性はかなり少さくなるでしょう。これを曲全部ではなく、8小節ごとにやってもよいと思います。

 この「逆弾き」はいろいろな方法の中では実行しやすく、効果も高いので、近々発表会などで暗譜で弾く予定の人は是非試して見てください。
オーシャン・ギター・パル・リコッティ

 昨日(7月9日)は東海村のリコッティ(JR東海駅前、イオン向かい)で、代永さんを中心としたギター愛好者のコンサート(オーシャン・ギター・パル・リコッティ)がありました。私の他、10名のギター愛好者がそれぞれ5~10分程度ギター独奏を行いました。会場には100名弱の方々が聴きに来ていました。

 当記事にも大いに関係あるところですが、ほとんどの演奏者(私も含めて?)は、おそらく普段、誰も聴いていないところではもう少し上手に、少なくともあまりトラブルなく弾いているのではと想像できます。もちろんこれは当然のことと言えば当然のこと、特に気にすることでもありませんが、当記事を読むことによって多少ともその差が小さくなればと思います。

 ギターを愛好している人の中にはこのようにステージなどの人前で演奏すると、普段どおりに弾けないから、あるいは上手く弾けないと恥ずかしいからと、こうした機会を避ける人も少なくありません。もちろんギター上達のためには絶対に避けてはならないことですが、この話についてはまた別の機会にしましょう。


やはり暗譜に関するトラブルが

 いろいろなトラブルのうち、ステージで緊張した場合、やはり暗譜に関してのことが圧倒的に多いようです。途中で行き先がわからなくなってしまうのはもちろん、一見つまずいたり、指がもつれたりしているような所でも、記憶が曖昧さによるものもかなり見られます。純粋に指の問題というのは意外と少ないようです。



時間と意欲さえあれば 

 つまり記憶さえ完全なら、多少アガったとしてもかなりミスは防げるということになるでしょう。またその「完全な暗譜」というのは時間と意欲さえあれば誰にでも出来ることなのではと思います。結果として、アガリ性のあなたでも時間と意欲さえあればそれを克服、少なくとも緩和させることは十分に可能でしょう・・・・ ただし「時間と意欲」が最も問題ということもありますが・・・・



満員の東京ドーム、全国生放送! 

 と言ったわけで、今回は以前の記事と若干重複しますが、完全な「暗譜」の話です・・・・ ちょっと極端な例になりますが、あなたが何らかの理由で、満員の東京ドームのステージで、なお且つ全国生放映、といった考えることが可能なだけの緊張する場でギターを弾くことになりました。ただし演奏するのはド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド、つまり第1ポジションでの1オクターブの音階・・・・


意外と緊張しないかも

 こんな時、喉がカラカラになり、指が震え、足も震えだしたりするかも知れません。もっとも人間というのは極限状態になるとそうした感覚も麻痺しますから、実際には以外と緊張など感じなくなるかも知れません(この可能性は大!)。



「ミ」の次ってなんだっけ?

 でもともかくこれ以上考えられないくらいアガったとします。そうなると指が弦につかなくなって、空振りしたり違う弦を弾いたり、違うフレットを押さえたりするかも知れません。でもおそらく「譜忘れ」することはないでしょう。ド、レ、ミ、と弾いたところで、「次なんだっけ、『ファ』だったかな、『ソ』だったかな」、なんていうことは、まずないでしょう。

 というのも誰かに「あなたが弾く曲(音階)の最初の音は何?」と聴かれても、即座に「ド」と答えられるでしょう。また「5番目の音は何ですか?」と言われても、「『シ』の前の音は?」と聴かれても即座に答えられるでしょう。つまり音階の8個の音がどのような順で並んでいるか完全に理解し、また瞬時に8個の音をイメージすることが出来るのでしょう。



たとえ指が他人の指のようになっても・・・・

 また人によっては全音と半音の関係とか、音は5度関係を基に作られているとかこの音階に関するさまざまな知識も持っているかも知れません。その前にこの音階を耳でしっかりと覚えていることでしょう。こうした状況であれば、どんなに緊張しても、またどんなに指が思うようにならなくなったとしても、音階の順番がわからなくなることはあり得ないでしょう。



やはり理解することが最も重要

 確かに実際に皆さんが弾いている曲はこの音階ほどシンプルではありませんが、これから弾こうとしている曲が、この音階と同レヴェルで理解出来ていれば、どんなに緊張しても譜忘れすることがないと言えます。譜忘れするということは、極論からすればその音楽が理解出来ていないということから起きるものなのです。

 しかし現実的にその曲がどのように出来ているかを100パーセント理解するのは確かに難しいことですが、その曲の理解度が、譜忘れと密接な関係にあることは確かなことでしょう。もちろんその曲を理解するということは結果的に演奏の良し悪しを本質的に決定するものとも言えますので、単に譜忘れ次元の問題ではなく、たいへん重要なことと言えます。

 このことは本題(アガリ対策)とは離れてしまいますので、ここではこれ以上フォローしませんが、ギターを弾く上では最も重要なことであるのは間違いありません。


譜忘れ対策


夢でよかった

 ステージで演奏している時、一番困るのは、なんと言っても緊張のあまり、記憶が完全に飛んでしまい、次どう弾いていいかどころか、今自分がどこを弾いているかさえもわからなくなってしまい、「ここはどこ? 私は誰?」といった状況になってしまうことです。

 私もステージでの演奏中、どう弾いていいか全くわからなくなり(時には何の曲を弾いているのかもわからなくなってしまう・・・・・)、苦しんでいる夢をよく見ます。そんな時目が覚めて、本当に夢でよかったなと胸をなどおろします。


誰にでもある

 今回の話は極端にアガった場合、よく起きてしまう「譜忘れ」の話です。私のようなギタリストならともかく、優れた一流のプロ・ギタリストだったら、ステージ上で譜忘れして曲のあちこちを右往左往・・・・ などということは考えられないかも知れませんが、時には著名なギタリストであってもそうした場面に出くわすこともあります。

 そうした一流のギタリストの場合は、難しい曲を演奏している時よりも、どちらかと言えば比較的易しく、また頻繁に演奏している曲の場合に起こるようです。そうした曲の場合、多少の気の緩み、特に準備の段階での気の緩みがあるのかも知れません。またアンコール曲などに発生しやすいのも、同じ理由なのでしょう。

 超一流のギタリスト(ピアニスト)でも譜忘れを起こすわけですから、一般の愛好家がステージで暗譜で演奏するとなると、譜忘れとは常に隣り合わせということになるでしょう。「アガる」、「アガらない」にかかわらず、ステージで暗譜で演奏する場合はやはり十分な対策が必要でしょう。


譜忘れすることを前提に練習する

 もちろん記憶を完全にするということが最も重要ですが、しかしどんなに記憶が完全であっても譜忘れが完全になくなるわけではありません。そうしたわけで、まず「譜忘れしてしまった」時の対策から話を始めます。何事も“備えあれば”というわけで、備えの重要さは私も皆さんも痛感したばかりですね。


またまた「月光」ですが

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 例として再度ソルの「月光」の譜面をのせました。この曲は以前にも取り上げましたが、この曲など練習で出来上がっていれば、ステージに出てから急に指が動かなくなって弾けなくなる、という可能性は低いでしょう。何かトラブルがあるとすれば記憶に関する問題だけだと思いますので、例としては適していると思います。

 あえて申し上げるまでもないと思いますが、この曲は48小節からなり、その48小節は8×6小節からなります。つまり8小節の“まとまり”が6つあるということになります。この8小節の“ひとまとまり”は「大楽節」と呼び、音楽としての最小限のまとまりと言えます。

 その8小節の大楽節を順にA、B、C・・・・Fとしました。またこの曲ではあまりはっきりとしませんが、4小節単位でも小さな切れ目がありその箇所をa、b、c、・・・・fとしました。



こんな内容だったかな

 A,B,Eはほぼ同じものですが、Cもほぼ同じ素材で出来ています。これらのA、B、C、Eはほとんど2種類の和音で出来ており(Bには多少違う和音も使われていますが)、また低音が省略されているもの特徴的です。

 Dではいろいろな和音が使われており、若干転調もしていて、和声的に単調なA,B,C、Eと対象的になっています。また低音も各小節ごとにしっかりと入っていて、響きも重厚になっています。

 Fはメロディが1弦の7フレットの「シ」まで上がっていて、最後の盛り上げを作っています。

 練習の際にも、なんとなく最初から終わりまで弾くのではなく、こうした曲の構成を常に意識して弾いてみるとよいと思います。

 意味のよくわからないものというのは、やはり記憶しにくいですし、混乱も起こしやすいものです。このように曲の構成などを把握しておくと記憶の混乱も防ぎやすいと思います。仮に部分的に記憶が曖昧になったとしても、大筋では混乱することがなくなると思います。



自分なりのストーリーなど作ってみる

 また、そうした音楽上の構成だけでなく、この曲の構成にあわせて、自分なりにストーリー的なものをかぶせてみるのも一つかも知れません。この「月光」という曲名は作曲者が付けたものではありませんが、その「月の光」に関係のある話でもよいかも知れません。

 子供の頃満月の下で遊んだ記憶でもよいでしょうし、かつて月明かりの中で好きな人と歩いた散歩道でもよいでしょう。

 淡い月の光でも目が慣れてくると結構明るく見える。「D」の部分などそういった部分でしょうか。最後は、高まる気持ちも、ついに淡い月の光の中に消え去ってしまう・・・・ こうしたイメージを持つことで、演奏中に完全に記憶が混乱してしまうのを避けられるのではと思います。



どこからでも始められるようにしておく

 頭の中でそうした曲の構成、あるいは区切りをしっかりと把握しておく以外に、練習の際には、このA,B,C・・・・のどこからでも始められるようにしておきます。そしてもし本番で記憶のトラブルが発生した時には、多少とばしてでもこのA,B,Cのそれぞれの最初の部分から弾くようにします。

 譜忘れするということはもちろん、今弾いた音の次の音がわからなくなるわけですから、必死になって次の音を思い出そうと思っても、もちろん出て来なくなるわけです。必死に考えても時間だけが経つだけですし、あれや、これや手当たり次第に弾いても余計にわからなくなります。


速く頭を切り替える

 そんな時には早い段階で頭を切り替えて最も近いと思われるA,B,Cの最初のところから弾き始めるようにします。その際には、すみやかに、テンポやリズムを崩さず行なうのがベストです。音がわからなくなったら、あれこれ考えてからとばしたりするより、早い段階であきらめて次の部分に進んだ方が演奏のダメージも小さくなります。



戻るより先に進む

 またその場合戻ってしまうより、とばして先に進んだほうがベターです。例えば「D」の部分の中央付近で譜忘れした場合は、「D」の最初に戻るのではなく、「E」に進んでしまうわけです。同じ部分を2回弾くとそれだけダメージも大きくなると考えてください。これは譜忘れではなく、指の関係のミスの場合も同様で、何かあっても必ず先に進むようにしてください。

また8小節区切りでなく、4小節区切り、つまりa、b、cなどのところからも始めることができれば、それだけ抜かしてしまう小節も少なくなるのでさらによいでしょう。



練習中の譜忘れやミスは幸運!

 もちろんこうしたことは急にはなかなか出来ませんから、練習の際にやっておくわけです、練習の時に譜忘れにしろ、ミス・タッチにしろ、何らかのトラブルなどが発生するということはたいへんラッキーなことですから、特にそうした時にこうしたことを実行してみて下さい。