中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

2011年はどんな年だった?

 2011年もあと丸一日というところになりました。この一年を振り返って、などテレビや新聞などでいろいろやっているとは思いますが、私なりに、また当ブログなりにもやっておこうと思います。


3月11日

 この2011年と言う年は、好むと好まざるに関らず、私たち日本人には長い間記憶される年と言えるでしょう。3月11日の未曾有の大震災と原発事故。それらは66年前の戦争以来の大惨事、大事故と位置づけられるでしょう。そのことについては改めて言うまでもないことですが、今年の3月11日までと、それ以降では日本と言う国も、また私たち一人一人の考え方にも違いが生じているでしょう。

 東北地方を襲った大津波は膨大な人命と財産、産業などを奪った一方、原発事故の影響は非常に長い年月にわたりそうです。今のところ放射能による人的被害は報道されていませんが、それらがはっきりとわかるようになるには、まだ数十年は必要かも知れません。

 今年のこの出来事は、あって欲しくなかった、また絶対にあってはならなかったことだと思いますが。しかし現実に生きるということは、こうした可能性、あるいはもっと予測不可能な出来事の可能性を秘めながら生きているということを常に気持ちのどこかに置いておかなければならないということなのでしょう。・・・・しかしそんな教訓を得るためにしては、あまりのも犠牲が大きすぎた・・・・



ギター関連

 なに分あまり出歩かず、また情報通でもないので、今年の世界や日本のギター界の出来事などにコメントすることは出来ませんが、私、及び私の周辺でのギターに関する今年の出来事について振り返ってみたいと思います。

 

チャリティ・コンサート

 4月10日にひたちなかのアコラで予定していた私のミニ・コンサートも開催が危ぶまれたのですが、コンサート間近になってガスや水道などが復旧し、予定通り開催することが出来ました。内容は一部変更してチャリティー・コンサートとし、熊坂さんのご好意もあり、来場者からいただいた入場料+α(計3万円)を義援金とさせていただきました。
 

シニア・コンサート

 毎年5月の連休にギター文化館で行なっているギター・フェスティヴァル、及びシニア・ギター・コンクールも予定通り開催されましたが、コンクール出場者は例年に比べて激減し、特に東北地方からの出場皆無でした。それでも会場は例年通りの熱気に包まれ、ミドルの部では上原淳さん、シニアの部では種谷信一さんが1位となりました。



ギター部同窓会

 5月28、29日には筑波山で茨城大学ギター部の同窓会が行なわれ、私も出席しました。還暦同窓会というわけです。特に今回は楽器も持ちより、合奏なども行い、まるで現役時代の合宿のようでした。なに分もう何十年もギターに触れていなかった人が、ほとんど初見で弾くわけですから、その出来栄えについてはなんとも言えませんが、皆とても楽しそうに弾いていました。

 ブログのほうでも筑波山に行く途中たいへん険しい道に入ってしまったことを書いたら、とても興味深く呼んでいただいた人も多かったようです。本当にその時は「生きるか、死ぬか」みたいな気持ちだったのですが、真剣なものほど、後で振り返ってみるとおかしいのかも知れませんね。



オーシャン・パル・ギター・コンサート

 1月と7月に「オーシャン・パル」という日立市を中心としたギター・サークル(代表、代永英雄さん)のコンサートが、日立市吉田記念館と東海村リコッティであり、私も出演しました。最近ではいろいろなところでギター愛好者の活動が活発になっていますね。



水戸市民音楽会

 例年ですと7月に水戸芸術館で行なわれ、私の教室でやっている水戸ギター・アンサンブルも毎年出演している水戸市民音楽会は、地震の被害で水戸芸術館が使えないということで中止となりました。来年は行なわれるのではないかと思います。


ギター教室発表会

 10月2日にひたちなか市文化会館出予定していた教室発表会は、まだ会場が使用できる状態にはならないということで、10月1日ギター文化館に変更して行いました。急遽こ変更でしたが、たいへん音響のよいホールで、「ここで是非弾いてみたかった」と言う人も少なくなく、かえってよかったという人もいました。また若干遠くなったにも関らず、思ったよりもたくさんの人に聴いてもらえました。


クラシック&ポピュラー・コンサート

 11月13日と26日にはアコラとギター文化館で私のクラシック&ポピュラーのコンサートを行いました。特に今回はいろいろなジャンルからの曲をプログラムに入れてみたのですが、その演奏の出来はともかく、プログラムはよかった、あるいは自分には合っていたと言っていただいた人も結構いました。



今年聴いたコンサート

 今年私が聴いたコンサートを拾い上げてみました。

4月17日 ギター文化館      谷島DUo ミニ・コンサート
9月4日 ギター文化館      大萩康司 ギター・リサイタル
9月10日 茨城県民文化センター  谷島崇徳&あかね ギター&ピアノ・コンサート 
9月18日 アコラ         宮下祥子 ギター・リサイタル
11月20日 東京都日経ホール    東京国際ギター・コンクール
12月4日 ギター文化館      角圭司 ギター・リサイタル


 内容はすべて当ブログに書いてあります。それにしても少ないですね。自らの”出不精”にあらためて驚きます。来年はもっとがんばらねば!! 

 どうも私の場合、音楽好きというより、ただの”CDオタク”なんでしょう。 ・・・・オタクって、いつも家にいるからオタクって言うんだとと思っていたら、本当は違うんですね・・・・・


来年も当ブログ読んで下さい

 来年こそ本当に良い年なって欲しいですね。今度のお正月には本当にこの言葉が重いと思います。・・・・またブログ読んで下さい。 重ねて、良いお年を!!
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同じものを3回買った

 アルゲリッチがDGに録音した2枚目のショパンアルバムは、「ピアノ・ソナタ第2番」、「アンダンテ・スピナートと華麗なるポロネーズ作品22」、「スケルツィオ第2番作品31」の3曲です。1974年の録音なのでもちろん初出はLPですが、このLPは私にしては珍しく発売とほぼ同時に購入しました。その後CDでも買い、最近このDGでのソロ全集の形でも買いましたから、同じ音源のものを計3回買ったことになります。


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ピアノ・ソナタ第2番、アンダンテ・スピナートと華麗なるポロネーズ作品22、スケルツィオ第2番作品31
1974年録音




A面、B面?

 といった訳でこのアルバムは、私としてはたいへんよく聴いたもので、この中では特に「アンダンテ・スピナートと華麗なるポロネーズ作品22」が気に入りました。序奏部にあたる「アンダンテ・スピナート」はたいへん美しく、アルゲリッチの演奏の中でも特に好きなものです。「ポロネーズ」のほうも前回の2曲のポロネーズよりずっとニュアンスに富んでいる感じがして、聴いていて楽しいものです。

 LPではこちらがB面ということになりますが、ソナタのあるA面よりこちらのB面の方がよく聴いたかも知れません。次の「スケルツィオ第2番変ロ短調」はショパンの中でも、あるいはアルゲリッチの演奏した曲の中でも人気曲と思いますが、前の曲である程度満足してしまうせいか、私にとってはちょっと印象が薄いのですが、やや力技的な部分もあるからかも知れません。

 しかし改めて聴きなおしてみると、決して力技的な演奏などというものではなく(力技もあるのは確かだが)、とてもセンシシブで、やはり名演であるのは間違いありません。



この演奏が普通になってしまうと

 順番が逆になってしまいましたが、「ソナタ第2番」のほうは、よく考えてみると他に何種類かCDは持っているのですが、圧倒的にこのアルゲリッチの演奏を聴くことの方が多く、私の中ではこのアルゲリッチの演奏が標準になってしまっています。

 改めて他のピアニストの演奏を聴いてみると、それぞれはやり物足りなさを感じてしまいます。表現の彫の深さにはかなり違いがあるようです。比較的近い演奏といえばエフゲニー・キーシンかな?

  




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24の前奏曲集作品28、前奏曲第25番、第26番
1975年録音



珍しく全曲演奏

 アルゲリッチの3枚目のショパン・アルバム、同時に最後のショパン・アルバムでもあるのですが、それは1975年に録音した「24の前奏曲集」ということになります。あまり全集ものは録音してこなかったアルゲリッチですが、この前奏曲集は全曲録音しています。やはりアルゲリッチもこの曲は24曲で一つの作品と考えているのでしょう。

 この曲はバッハの「平均律曲集」に習って、全24の長短調で曲を書いているわけですが、バッハの場合は半音階的に調並んでいるのですが、ショパンの場合は5度関係で調が並んでいます。


30秒余りの中に

 1曲目はバッハと同じくハ長調の曲ですが、30秒余りで終わってしまう短い曲です。アルゲリッチの演奏ではその短さの中にもちゃんと起承転結が付いています。もちろん曲がそうなっているのでしょうが、アルゲリッチの演奏ではそれがたいへんよく、また自然に感じ取れます。

 この曲集はゆっくり歌わせるタイプの曲と練習曲のような技術的な曲とが交互に並んでいる感じですが、それにしても「第8番」、「第16番」、あるいは最後のの「24番」とかは恐ろしく難しそうな曲ですね。全くピアノを弾いた事のない私にとってはそれがどの程度難しいのかはわかりませんが、他のピアニストの演奏を聴くと、その難しさがある程度分かる気がします。



奔放なのは私生活だけ?

 アルゲリッチの演奏は直感的だとか奔放とか言われることもありますが、こうして楽譜を見ながら聴いていると楽譜に書いてあること、あるいはそれを書いた人の意思をとても忠実に再現しているように聴こえます。決して自らの感性や考え方、あるいは技術などを全面に押し出しているような演奏ではないようで、まして”わがまま”な演奏とはいえないでしょう。

 もっとも”奔放”なのはあくまで私生活であって、作品や、それを書いた作曲家に対してはてとても謙虚なのかも知れませんね。また、どのように難しいパッセージでも必ず要求される音量、均一さ、レガートさなど、音楽的に要求されることを的確に音にしているように聴こえ、それを実行できる技術が備わっているということでしょう。 



もし練習曲集を録音していたら

 この前奏曲集の演奏を聴くとアルゲリッチがショパンの「練習曲集」を録音しなかったのが悔やまれる気がします。今現在ではこの練習曲集については、マウリツィオ・ポリーニの演奏が高く評価されています。ポリーニの演奏は確かに完璧な演奏と言えるのでしょうが、私自身ではこのCDを最後まで聴くのは若干忍耐が必要になります。

 もしアルゲリッチがこの練習曲集を録音していたら、この曲集の演奏の決定盤になっていただけでなく、この曲集がとても魅力的な曲になっていたでしょうね。



unbelievable!

 それにしても前奏曲集の最後の「24番」の急速な3度の半音階を、アルゲリッチはどうしてあのように弾けるのか?  ・・・・もちろん”ただ”弾けているというようなものではない、音楽的に要求されることをすべて満たしながら弾いている。
ドイツ・グラモフォンの3枚のショパン・アルバム

 今回紹介するアルゲリッチのCDは、ショパン・アルバムですが、一般的に、アルゲリッチの演奏のうちで最も人気が高いのは、何といってもショパンの演奏でしょう。1965年のショパン・ピアノコンクールに優勝して一躍世界に名が知れるようになったアルゲリッチとしては、ショパンの演奏はアルゲリッチの代名詞とも言えるものでしょう。

 アルゲリッチがドイツ・グラモフォンに録音したショパンのアルバムは1967年、1974年、1975年に録音した3枚があります。1967年の録音は「ソナタ第3番」と「幻想ポロネーズ」、「英雄ポロネーズ」、「3つのマズルカ作品59」。1974年のものは「ソナタ第2番」、「アンダンテ・スピナートと華麗なるポロネーズ」、「スケルツオ第2番」。1975年は「24の前奏曲」他となっています。


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ソナタ第3番、幻想ポロネーズ作品61、ポロネーズ第6番作品53「英雄」、3つのマズルカ作品59
1967年ミュンヘン録音




ショパン・コンクールの2年後

 アルゲリッチがショパン・コンクールに優勝してから2年後に録音したもので、LP時代からたいへん多くのファンに聴かれた録音だと思います。ショパン・コンクール優勝の勢いさめやらぬ演奏と言えるでしょう。

 ソナタ第3番の第1楽章は両主題の性格の違いが際立つ曲ですが、ほの暗い情熱の第1主題に対して、第2主題は心行くまで歌わせる感じです。走り抜けるような第2、第4楽章とノクターンのような第3楽章とこの曲はアルゲリッチにはよく合っているように思います。


何か、シューベルトに似ている?

 ところでこの第4楽章のテーマは何となくシューベルトの曲を思い起こさせます。このテーマの旋律の動きがシューベルトの曲の中にあたっような気がするのです。そういえばあまり演奏されないショパンの「ソナタ第1番」はもっとシューベルトに似ているような気がします。あまり話としては聴いた事がないのですが、ショパンはシーベルトから強い影響を受けているのでしょうか?

 両ポロネーズ(幻想、英雄)は、定規で測ったようなポリーニの演奏(私自身よく聴いた演奏ですが)から比べれば、柔軟を感じる演奏です。ここでのアルゲリッチは、いつもの情熱的な演奏というより、気持ち距離をおいて演奏しているように感じるのは気のせいでしょうか。



隠れた(?)名演

 「3つのマズルカ」は他の曲に比べるとあまり派手な曲ではありませんが、じっくり聴くと本当に名演奏だと思います。3曲の個性の違いを際立たせているのもさることながら、部分部分の表情やイメージの変化は他のピアニストのものとはだいぶ異なるように思います。

 そういった違いを私にはよく説明できませんが、具体的に言ってもリズムやテンポの柔軟性、ダイナミックの微妙な変化、及び大胆な変化、そういったものは聴けば誰にでもわかることかも知れません。

 録音に関しては、1960年代の録音なので、最新のものと比べれば多少違和感のあるところもありますが、問題というほどでもありません。
トッカータBWV911、パルティータ第2番BWV826、イギリス組曲第2番BWV807


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1979年に録音したバッハ・アルバム。バッハのソロの録音(セッション録音)としては唯一のもの。



1曲目でも大丈夫

 アルゲリッチとバッハは一見あまり結びつかないようですが、でもアルゲリッチはバッハを弾くのが好きなようです。特に「パルティータ第2番」はよく演奏していて、前に紹介した本によれば、「この曲(パルティータ第2番)は弾きやすいわ、これならリサイタルの1曲目でも大丈夫」と言っているようです。

 最近はソロの演奏はほとんどしていないということは前にも言いましたが、比較的最近(2008年)でもこの曲は弾いています。アルゲリッチにしてみると、このパルティータ第2番は最もハードルの低いソロ曲なのでしょう。



この3曲しか弾いていない

 もっともアルゲリッチならバッハだろうとショパンだろうと、また1曲目だろうと10曲目だろうとどの曲でも「大丈夫」のはずです。またバッハの曲ならそれほど難しさに差はないと思いますが、他の曲はほとんど弾かず、弾くにはこの「パルティータ第2番」と、このCDにある他の2曲(トッカータ、イギリス組曲第2番)だけのようです。



耳が痛い?

 もちろんアルゲリッチの場合、その曲が難しいかどうかという問題ではなく、「完璧な演奏をする自信があるかどうか」ということが問題で、これまでステージで演奏したことのない曲は弾く自信がないということのようです。

 これは極度の”潔癖症”なのか、気が弱いだけなのかわかりませんが、ただ、実生活においてはアルゲリッチは潔癖症にも、気が弱い性格にも全く縁がないようです。・・・・どちらかと言えば「片付けられない女」?

 しかし実際に弾いてしまえば、どの曲でもアルゲリッチ以外の人は完璧な演奏と思うでしょう。もしかしたらアルゲリッチ自身もそう思うかも知れません。 

 ・・・・完璧な演奏には全く程遠いのに、平気でコンサートなど行なっている私としてはとても耳が痛い・・・・



フリードリッヒ・グルダにあこがれて

 アルゲリッチのバッハは、おそらく師のフリードリッヒ・グルダの影響があるものと思われます。グルダには尊敬とあこがれ、そして恋愛感情も混じったいろいろな気持ちを抱いていたようです。アルゲリッチはグルダの知的な演奏にあこがれ、自らも意外にも(?)知的な音楽、演奏を好んだようです。

 アルゲリッチはグルダのようなバッハを目指していたのかも知れません。グルダのバッハはこれまでのピアニズムや因習を捨て、新しい方向からバッハの音楽を表現したと言え、違った形ではありますが、グレン・グールドなどとも共通項があるように思います。



二次元世界には閉じ込められない

 しかしアルゲリッチには、どう転んでもグルダになることは出来ない。アルゲリッチのバッハは、グルダのような線的な2次元世界に閉じ込めることは不可能で、どうしても3次元、4次元の世界にまで浸透してしまう。

 アルゲリッチのバッハはグルダのように音楽の構成美を表現するだけには留まらず、その構成美に加え、色も、香りも、味も加わり、さらにパッションも付いてきます。

 このCDを聴くと、バッハの音楽が、ただ知的好奇心を満足させる音楽ではないことがよくわかります。またこのCDを聴いてしまうと、他のピアニストやチェンバリストの演奏がちょっともの足りなく聴こえてしまう。それにしてもなぜバッハの他の曲を弾かないのか、いや弾かなかったのか・・・・・
だいぶ間が空いてしまいましたが

 ギター文化館での私のコンサートが終わって2週間経ちました。一応今年のコンサートの予定はすべて終わりで、しばらくは予定はありません。当ブログのほうもこのところコンサート関係の記事となっていましたが、思い返すと10月頃までアルゲリッチの本とCDを紹介していたところでした。CDのほうはまだショパンの協奏曲のCDを紹介しただけだったと思います。

 しばらく間が空いてしまって、読んでいただいた方も前の話を忘れてしまっているかも知れませんが(私自身が一番忘れている?)、やり始めたことはやはりちゃんとやらなければならないと思いますので、気を取り直して再開したいと思います。もちろん紹介すべきすばらしい名盤はたくさんあります。

 アルゲリッチのソロの録音は少ないといっても協奏曲や室内楽などを合わせるとかなりの数になりますので、もちろん紹介出来るのはその中のごく一部。皆さんのこだわりの名盤や、優れた録音が多数抜けると思いますがご容赦下さい。




モーツァルト: ピアノ協奏曲ニ短調第20番他  共演アレクサンドル・ラビノヴィッチ 


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 前回(といっても一ヶ月以上前ですが)紹介したショパンの協奏曲をはじめ、チャイコフスキー、シューマン、ラヴェルなどのピアノ協奏曲はアルゲリッチにとっては”十八番”ともいえるレパートリーで、演奏回数や、録音はかなり多いもです。またそれらは多くの音楽ファンや評論家などから高い評価を受けていています。

 そうしたものに比べ、モーツアルトの協奏曲はアルゲリッチの場合、演奏回数も演奏曲目もあまり多いとはいえません。またその評価も賛否両論といったところかも知れません。でもこの「第20番ニ短調」の演奏は、私自身としては、他のピアニストのものに比べても特に印象的な演奏と思っています。

 モーツァルトの作品の中でも極めて”デーモニッシュ”な曲と言われるこの曲ですが、ラビノビッチと共演したこの演奏は、まさに”鬼気迫る”もので、たいへん凄まじい演奏と言えます。



アレクサンドル・ラビノヴィッチ

 共演者はアレクサンドル・ラビノヴィッチで、ラビノヴィッチとは結婚はしていなかったようですが、”恋愛関係”にはあり、しばらくの間一緒に暮らしていたそうです。ラビノヴィッチはピアニスト、指揮者、作曲家と何役もこなす奇才と言われる人ですが、このアルゲリッチとの共演以外ではあまり知られていないようです。アルゲリッチはこのラビノヴィッチの作品もいくつか演奏しています。

 まるで煽り立てるようなラビノヴィッチの指揮、それに呼応するアルゲリッチ。まさに血しぶきがあがるような演奏です。演奏が進むにつれて熱を増す感じで、ライブ録音ではないとのことですが、聴いている感じではライブ感満載です。



共演者に影響されやすい?
 
 普通協奏曲の場合は、ソロに比べて演奏者の個性や音楽性などが出しにくいと思いますが、アルゲリッチの場合はむしろ協奏曲のほうにそれらがよく出るようです。それだけ彫の深い表現力を持っているということでしょうか。

 またもう一つのアルゲリッチの特徴として、共演者の影響をたいへん受けやすいピアニストでもあるようです。そしてその共演者には個性の強い人のほうが相性はよいようです。その強い個性との”やりとり”を楽しんでいるのかも知れません。

 このCDではそのラビノヴィッチがアルゲリッチの底知れない表現力を上手く引き出した感じになっています。一般的にはそれほど高い評価を受けているCDではないかも知れませんが、際立つ名盤だと私は思います。確かに”癒し系”のモーツァルトではありませんが。

今日(12月4日)ギター文化館で角圭司ギター・リサイタルを聴きました。プログラムは以下の通りです。


ソル : モーツアルトの主題による変奏曲
タレガ : アデリータ
    : アランブラの想い出
    : マリエータ
ブローウェル : 11月のある日
   (以上 アントニオ・トーレス 使用)


ヴィラ・ロボス : 前奏曲第5番、第1番
バリオス : 大聖堂
   (以上 マルセル・バルベロ 使用)

   
      ・・・・・休  憩・・・・


バッハ : プレリュード、アレグロ、フーガ
藤井敬吾 : 羽衣伝説
   (以上 田邊雅啓 使用) 


 プログラムの前半は館所蔵の銘器を用いての演奏でした。冒頭に演奏された「モーツアルトの主題による変奏曲」は角君自身でも演奏する機会も多い曲と思われますが、序奏はともすれば音価が乱れがちな部分ですが、もちろんそういった点は全くありません。「主題と変奏」に入ってからは全体に速めのテンポで、あまり癖のないすっきりとした演奏です。

 「アランブラの想い出」もかなり速めのテンポながら、とても粒の揃った美しいトレモロです。一般には難しいとされる「大聖堂」の第3楽章も、角君の演奏ではそのようなところは全く感じさせず、力強さの一方で、軽々とした感じさえする演奏でした。


     ブログ



 でもやはり圧巻は後半のプログラムだったでしょう。ギターで演奏するバッハの曲としては難曲に含まれると思われる「プレリュード、アレグロ、フーガ(BWV998)」も、やはり全体に速めのテンポをとりながらもほとんど形を崩すことなく演奏していました。プレリュードでは和声の変化、フーガではアーティキュレーション、アレグロではバスの流れなどに気を配った演奏と思えました。見事なバッハだと思いました。




 藤井敬吾作曲の「羽衣伝説」についてはなかなか一言では説明しきれませんが、いろいろな意味で”新たなギターの演奏法と音楽を開拓した曲”と言える曲だと思います。まだこの曲を聞いた事のない方は一度聴いてみるか、あるいは”見て”みて下さい。

 沖縄地方の「羽衣伝説」をもとに作曲されたこの曲は、始めから終わりまで特殊奏法の連続といった曲です(チューニングも特殊)。普通ギターは「左手で弦を押さえて、右手で弦を弾く」楽器ということになっていますが、そんな常識はこの曲では通用しないようです。

 右手と左手が全く別なことをし、また別な音を出すという箇所もかなりたくさんあります。例えば右手でハーモニックス奏法を行ないながら、左手は別の弦をハンマーリングで音を出すとか、左右の手で交互にラスゲヤードを行なうなど、これまでのギター演奏の常識を遥かに超えた作品であるのは間違いありません。

 角君自身はいつもは「短縮バージョン」で演奏しているとのことですが、今日は「フル・バージョン」での演奏でした。10数分はかかる曲ですが、今日の演奏ではその長さは全く感じられませんでした。また藤井氏へのリスペクトも感じとれる演奏でした。



 アンコールとして以下の曲が演奏されました。

ハーライン : 星に願いを
ディアンス : タンゴ・アン・スカイ
タレガ : ロシータ
バリオス :クリスマスの歌