中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

明日は水戸ギター・アンサンブル演奏会


 明日(11月30日 日曜日)は、ひたちなか市文化会館小ホールで第16回水戸ギター・アンサンブル演奏会を行います。開場は17:30で、開演は18:00、入場無料です。

 お近くで、お時間のある方、是非のお越しをお待ちしています。 明日はお天気のほうはよさそうですね。






Q : ギター教室の先生になるにはどうしたらよいでしょうか?



当時のレッスン時間は10~20分くらい

 私がギターの先生をやるようになったのは大学在学中ですが、私の先生(荻津先生)の紹介で音楽教室のギター科講師になる際、それまで大学の後輩などは教えたことはあるものの、一般の社会人は子供たちなどを教えた経験は全くなかったので、荻津先生や、他の先生のレッスンなどを見学させてもらいました。 

 当時(1970年代の初めころ)はギターを習う人が多く、そうした先生方は、1日20人くらいの生徒さんを教えていました。 そうなると当然一人当たりのレッスン時間は短く、10~20分くらいと言った感じでした。



かつての歯医者さんと同じく

 現在ギター教室では、それぞれの生徒さんのレッスン時間が決まっているのが普通ですが、当時はそれぞれの生徒さんのレッスン時間が特に決まっていなく、”来た順”にレッスンを行ってゆく形でした。

 そういえば歯医者さんなども今ではほとんど予約制になっていて、診療時間が決まっていますが、かつては予約制でなく、この受付順で、場合によっては2~3時間くらい待たなければならないこともありましたね。

 要するにギター教室もそれと同じシステムで、自分のレッスンが回ってくるまで5,6人くらい待つのは普通でした。 つまり1時間以上待って、自分レッスン時間は10分と少々といった感じになるわけです。 もちろん苦情を言う生徒さんもいましたが、ほとんどの生徒さんはその待ち時間に練習したりしていて、そうしたことは当然のことと受け入れていたようです。



雑談の方が長い?

 課題とされている曲もだいたい1曲で、生徒さんがその曲を弾き終えた後、先生がコメントを言うと、その後は雑談になる場合が多く、時には雑談の方が長いこともあるようでした。 正味のレッスン時間としてはさらに短くなるわけですが、しかし生徒さんのほうも結構それを楽しんでいるようです。

 生徒さんのほうもギター上達のためだけでなく、そうしたふれあいみたいなものを求めて通ってくる人も少なくないのでしょう。 もっともそれにはその先生の人柄とか、人格といったものが必要なのでしょう。



当時は世間話が出来なかった(今も?)

 ギターを教え始めた当初の私は(今も?)その雑談や世間話が苦手で、レッスンを始めても、結局レッスン、あるいはギターや音楽の話しか出来ませんでした。 レッスンの際には結構言葉は多く(今でも!)、よくしゃべっている方と思うのですが、でもよく 「中村先生は無口な方ですね」 などと言われることもありました。 要するにレッスンのこと以外はあまりしゃべらない、いやしゃべれなかったということなのでしょう。



レッスン時間は長いが、くどい

 当初、私のクラスは生徒さんもそれほど多くなく、その結果一人あたりのレッスン時間は、そうした先生方よりは長くとりました。

 先輩各の先生方の場合、生徒さんがまだよく弾けていないと「 じゃあ、今度までにしっかり練習して来てね」 といった感じでレッスンが終わるのですが、私の場合、なぜそこが弾けないか、とか、どんな方法で練習すればよいかとか、くどくどとレッスンを続けることがよくありました。 要するに生徒さんからすれば、ちょっとめんどくさいタイプの先生だったでしょう。



生徒さんが増えないのは時代のせい、それとも不人気のせい?

 愛想はない、レッスンはうるさい、人格、人柄最低・・・・   もっともそういった声は直接は聴こえてきませんが、新しく入学する生徒さんはどちらかと言えば私ではない先生を選んでいたのは確かで、私のクラスはあまり生徒さんが増えませんでした。

 もっとも私がギター教師になってから2、3年すると、つまり1970年代の半ば頃からは日本全体として、少なくともクラシック・ギターをやる人は徐々に少なくなり、同じギターでもフォーク・ギターとかエレキ・ギターを指向する人が多くなってきました。 誰にでもなれたギター教師の時代から、1970年代半ばを境に、ギター教師の淘汰の時代へと進んでゆくことになります。
 


街の中心街の音楽教室主導の時代

 このように私がギター教室の先生になった頃、つまり1950年代から1970代の前半くらいまでは、ギター教師になるは、まず楽器店などが併設している音楽教室のギター科の講師になることから始まるのが一般的でした。 

 また、そうした音楽教室で講師をしている先生も、自宅などでギター教室をやっている訳ですが、その場合も「○○音楽教室でギターの先生をやっているから」ということで信頼されていたと思います。

 私も当時、見た目はまるで学生みたいでしたが、地元のK音楽院や、全国展開のY音楽教室(Yだけでわかってしまうが)の講師をしているということで、ささやかな信用を得ていたのでしょう。

 当時は繁華街や商店街などにある楽器店併設の教室に通う人の方が多く、 住宅地にあるギター教師の自宅の教室に来る生徒さんの方が少なかったようです。 ギター教室においては、いろいろな意味でこの時代は街の中心街にある音楽教室主導の時代とも言えるでしょう。

  
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Q : ギター教室の先生になるにはどうしたよいでしょうか?  3



これまでどのようにしてギター教室の先生が誕生してきたか

 さて、旅行とか、アンサンブル演奏会が間近とかで、このテーマの記事もどこまで書いたかわからなくなりそうですが、確か前回はギター教室を始めるにあたっては,、特に資格のようなものはなく、本人の意思次第で誰でも始めることが出る、と言ったようなことを書きましたね。

 今回は、実際にはこれまでどのようにしてギターの先生が生まれ、あるいはギター教室を始めたかということを、私の経験や、知る限りでお話ししてゆきましょう。 



いつ頃からギター教室があった?

 我が国にギターなる楽器が持ち込まれたのがいつ頃なのか、正確にはよくわかりませんが、だいたい明治の中頃と言われtれいます(正確な情報ではないが)。

 一般にギターが普及するようになったのは昭和初期と言ったところで、少なくともこの頃にはギター教室が存在していたと思われますが、おそらく一部の都会のみでと考えられるでしょう。

 私のかつての生徒さんの中に、昭和10年代に、日本のギター界の草分けと言われる武井守成氏のお弟子さんにあたる人にギターを習ったという人がいました。 その人が10代の頃だったそうですが、 戦前にギターを習ったという人はかなり貴重でしょう。




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東福寺の紅葉  今回の記事には全く関係ありませんが、今回の記事には適当な画像がないので、代わりにこの前の京都の紅葉の写真を添えます。



 
1950年代には栃木市でもギター教室が

 私は栃木県の栃木市の近くで生まれましたが、私が小学校にはいるか入らないかくらいの頃、つまり1956年(昭和31年)頃、 私の兄がが栃木市でギター教室を開いていたギタリスト、荒川義男氏のところでギターを習い始めました。

 荒川氏はその後南米に渡り、フォルクローレの巨匠、ユパンキに師事し、ソンコマージュというステージ・ネームで活動していましたから、ご存じの方も多いのではないかと思います。




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東福寺 何の建物だったかは不明  ・・・・・本文とは全く関係ありません




ヒーローがギターを担いで登場?  ギターのバブル期

 この当時映画「禁じられた遊び」の主題曲が人気となり、また古賀メロディをはじめとして、歌謡曲でもギターが活躍し、さらに映画のスクリーンでは主役がギターを担いで現れるなど、ギターが一つのブームとなり、ギターを習う人がたいへん多くなりました。

 その結果として全国に多くのギター教室、及びギター教師が表れることになり、私の兄もギター教室に通うことになったものと思います。



ギター・ブームの末期に、大学生の頃からギター教室の先生を始めた

 私がギター教室の先生をやるようになったのは1972年で、1950年代から始まった、そのギター・ブームの終頃だったのでしょう。 その頃でもまだギターを習う人は結構多かったと思います。 ちなみに、その時代にギターに触れ、その後長い中断の後、最近になってギターを再開する人はこのところかなり多くなっています。

 私はその当時まだ大学生でしたが、その時ギターを習っていた荻津先生から、楽器店に併設してある音楽教室のギター科の講師に推薦していただき、大学在学中でも週に5日はギター教室にでかけ、ギターを教えていました。

 教えていた生徒さんの数も3~40人くらいはだったと思いますが、大学を卒業して本格的にギター教師となってからもその数はあまり変わらず、時期によってはもっと少なかったこともありました。





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上の写真と構図が似ているが、こちらは銀閣寺(真横から)  ・・・・・くどいけど本文とは関係ない





コンビニのバイトよりも簡単

 その音楽教室でギター科の講師を務めるにあたっては、特に面接とか試験とかもなく、履歴書すら書いた記憶がありません。 記憶は定かではありませんが、先生の方から教室の関係者の方に「中村さんです」と口頭で紹介してもらい、来月から何曜日の何時に来てくださいといった話になったと思います。 

 今現在だったら、コンビニのアルバイトでももっと手続きが必要なのではないかと思います。 おそらく音楽教室の方も「荻津先生の紹介であれば間違いない」と言ったことなのでしょう。

 荻津先生に認めていただいたとはいえ、当時の私はまだ演奏技術や音楽的知識も不十分で、教え方、特に初心者や子供たちへのギターの教え方など全くわからない状態でした。 当然失敗に次ぐ失敗で、今でも当時の生徒さんたちには申し訳ない気持ちでいっぱいです。





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高台寺




ギターを絶対に弾かないギターの先生

 この時代、つまり1950~70年頃は、急激にギターを習う人が増えだし、指導者不足といった状況で、ある程度ギターが弾ければ、あるいはギターが弾けなくても音楽のことにある程度詳しければ、比較的簡単にギター教師になれた時代とも言えます。 私もそんな状況でギター教師に”なってしまった”一人でしょう。

 その当時では専門的にギターを学んでいない人がギターを教えるといったことがよくあり、 ヴァイオリンや、ピアノの先生がギターも教えるといったことがそれほど特別ではなかったようです。 音楽さえわかっていれば楽器が違っても教えられるということなのでしょう。

 ギター教室の先生がコンサートや発表会でギターを弾かないのは普通で、レッスンの際でも絶対にギターを弾かない先生というのも実際にいたようです。

 
 
そうだ、京都に行こう!

 私の場合、あまり世間の流行などには左右されないように思っているのですが、実際には結構世の中の流れに敏感なようです。 昨挽もテレビで京都を取り上げていましたが、この時期、まさに京都旅行のシーズン。 そんな流れに乗って月曜日から水曜日まで(11月17~19日)京都に行ってきました。


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東福寺


店員さんたちは英語が堪能

 覚悟して行ったものの、やはりこの時期の京都は人が多い。 その中のかなりのパーセンテージが中国語、韓国語、英語を話す人たち、時にドイツ語、フランス語・・・・ まさに国際都市京都ですね。 さすがにお店の店員さんたちも英語は皆堪能、年配の人でもこなれた英語を話します。

 混雑するといっても、市内の道路が渋滞してなかなか動かないといったほどでもないようです。 平日だったのと、紅葉のピークには1週間くらいはまだ早いのでしょう。 でも各地ともなかなかきれいです。


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伏見稲荷


あれ? さっき通ったところ?

 ある意味、最も印象的だったのは銀閣寺で、拝観入口から入ると、山道を上がるようになっていて、「銀閣寺って、こんなに山の上にあるんだっけ」なんてしばらく山道をあがると突然視界が開けて銀閣寺が表れる! それはいいんだが、よく見ると 、「あれェ? あそこって、さっき入ってきたところじゃない? なんでさっき気が付かなかったんだろう」 

 でもよく考えてみると、この池を隔てた銀閣寺と反対側の高台が銀閣寺を見る場合のベスト・アングル。 どうやら拝観者にこのアングルで銀閣寺を見せるまで、銀閣寺が視界に入らないように演出していたようだ。 帰りにもその入口を通るので、よく見てみるとかすかに銀閣の屋根が見える。 本当に銀閣のすぐそばを通って来たのだ、恐れ入った。



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銀閣寺 この姿を見るためには、ぐるりと山道を一回りしなければならない



きめ細かい演出

 管理者としては銀閣が拝観者にとって最も美しく見えるように非常にきめ細かく配慮しているということなのでしょう。 まさにテーマ・パークと言うことなのでしょうが、その演出はまるでお芝居か小説。 私達音楽をやるものにとっても参考にすべきことは多い。

 私たちがこの建物を見ると、まるで室町時代の建物が、自然にそのまま建っているように感じる。 しかしそれは当然の事だが自然ではない。 その”古さ”を保つために最大限人の手が加わっているのでしょう。


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金閣寺は、入るとすぐに惜しげもなくその華麗な姿を表す。 いろいろな意味で銀閣寺とは対照的だ。


ゴミ一つ落ちていない

 これはこの銀閣寺に限ったことではなく、行ったところ全てと言ってよいのでしょう。 そういえばこれだけ多くの人が訪れるのに、どこに行ってもほとんどゴミ一つ落ちていない。 少し前を歩く人がパンフレットを落として行ったが、それは係員によってすぐにかたずけられた。 ウーン、なるほど。  歴史が古いだけで人が集まってくるわけではない!


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嵐山はさすがに人が多い


錦織圭?

 17日に京都駅内にあるホテルに戻った時、なにやら人だかり、どうやら特別な人が通るようだ、日の丸も見えている。 今こんなに大騒ぎになる人といえば誰だろう? テニスの錦織圭か? 基本的に私の場合、こういうところはなるべくさっと通り過ぎたい方なのですが、錦織圭の名前が出て(私達の間でだけだが)家内がここを動くわけがない。 私も覚悟を決めて家内と一緒にその人だかりの中に加わりました。



その白髪をほんの一瞬

 「誰が来るの? もしかしたら錦織?」と言った声も聴かれる。 私達の他にも同じようなことを考える人がいる、もしかしたら間違いではないのかなと思っていると警備の人から「間もなく天皇陛下がここを通られます」との声、私の位置からでは陛下の白髪が瞬間見えただけでしたが、家内の携帯にははっきりとご夫妻の歩く姿が映っていました。 
 

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ちょっと遠いが、確かに天皇、皇后両陛下の姿が映っている


 一時期健康の不安も報じられた陛下ですが、しっかりとした足取りで歩いておられ、ご健勝なようです。 もちろんほんの一瞬とは言え、始めて陛下の姿を直に見ることが出来ました。 確かに、今現在日の丸を振って迎えるといえば、陛下か錦織圭でしょうか。
ギター教室の先生になるには? 2



Q : ギター教室の先生になるにはどうしたらいいんでしょうか? 何か資格のようなものが必要なのでしょうか?




全くない!

 現在我が国では、医者、弁護士、教員、美容師、飲食業など、ある種の職業に就いたり、店などを始めるためにはそれぞれ資格、あるいは認可、届け出などが必要となるものが多くあります。

 ギターを教えるには専門的な知識や技術を必要とする訳ですから、ギター教師になったり、ギター教室を始めるとなれば、当然何か資格などが必要なように思われますが、 少なくとも我が国ではこれが、全くありません。



あなたも明日からギター教室が始められる?

 つまり、全くギターが弾けない人が、自宅の1室を使ってギター教室をはじめ、「○○ギター教室 生徒募集」と広告などを出したとしても、少なくとも法律上では全く問題になりません。 そうです、この記事を読んでいる皆さんも明日からすぐにでもギター教室を始めることが出来ます! 

  ・・・・いや、ちょっと言い過ぎたかな、法律のことは詳しくないのでよくわかりませんが、本人が全くギターを弾けないのがわかった上で、ギター教室を始め、生徒さんなどに全くでたらめなことを教えたとすれば、何らかの法律に抵触する可能性はあるでしょうね。 しかし、その教え方が全くでたらめだとか、効果が全くないということを証明するのは意外と難しいことかも知れません。 



本人の考え次第

 もちろん実際には、全くギターが弾けない人がギター教室を始めることはないでしょうが、その人がギターを教えるだけの能力があると思えさえすれば、ギター教室を始めることに何の問題もないでしょう。 良くも悪くも前述のとおり、我が国ではギター教室を始めるにあたっては、資格的なものは全くなく、また国や地方自治体などに届出をしたり、許可をとったりする必要はありません。 

 


水戸市の○○ 無資格営業で摘発?

 皆さんも新聞などで 「水戸市在住の○○は無許可で昭和○○年よりギター教室を開業し、これまで長年にわたり、多くの生徒に無資格でギターを教えたことにより、昨日検察庁より摘発を受けた」 なんて記事読んだことありませんよね。



ドイツでは

 こうした事情は国によって異なると思いますが、ドイツなどでは「ディプロマ制度」といったものがあり、これは大学などの卒業証書のようなものですが、「技術習得証明書」的な意味合いがあり、たいていの職業はこれが必要なようです。かつての「親方制度」の名残かも知れません。

 ギターを教える場合でも、基本的にこれが必要なようで、それに違反した場合、どうなるのかはわかりませんが、少なくとも社会的には「ギター教師」としては認められないようです。 しかしその他の多くの国では、日本と同様にギター教室を始めるのに、特に資格などはないようです。



始めるのは簡単だが

 確かにギター教室を始めるのは難しいことではないのですが、しかしそのギター教室で長年にわたってたくさんの生徒さんを教え、それによって生活に必要なだけの収入を得るとなれば、話は変わってきます。

 例え、一時期のブームのようなものでたくさんの生徒さんを教えることになったとしても、その生徒さんたちが長年習い続けて、さらに新たにたくさんの生徒さんたちが習いに来てもらえるようになるためには、その生徒さんたちや、他のギター愛好家、あるいはその地域社会の人々などから、ギター教師として認められ、支持されてゆく必要があります。

 

愛好者たちや地域社会によってその資格が与えられる

  結局のところ、ギター愛好者たち、あるいは地域社会などに認められた人だけが、この仕事を続けてゆくことが出来るということになるのでしょう。 そうしたことが資格といえば資格と言えるのかも知れません。 つまり私たちの仕事はそうした人たちによって資格が与えられているのでしょう。

 

Q : 

 僕は小学生の頃からギターを習っていて、今高校2年生になります。 特に最近ではギターってすごく面白いなと思い始めました。 先生(ギターの)からは 「最近、君、だいぶギターが上手くなっているし、今度コンクールに出てみない? 入賞の可能性は十分にあると思うよ。 君くらいの歳でコンクールに優賞したり、入賞したりしている子はたくさんいるし」 と言われています。 

 ただ、僕自身はコンクールのような競い合いが、どうも苦手です。 プロのギタロストになるにはそうしたコンクールで賞を取らないとだめなようですが、僕はどちらかと言えば僕の先生のような、ギター教室の先生になりたいと思っています。 いろいろな人にギターの楽しさを教えることの出来る仕事って、とても素晴らしいなって思います。 

 どうしたらギター教室の先生になれるんでしょうか? 音楽大学などを卒業する必要はあるんでしょうか? またギター教室をやるためには、何か資格が必要なのでしょうか?

                                                   16歳 高校生
 




A :


そもそも若い人が

 こんな質問よくありそうなのですが、意外と最近ではほとんどありません。 確かに20年くらい前だと、そういったことをたまに相談されたるすることもあったのですが、最近はそういったことはなくなりました。 そもそも、若い人でギターを習う人が非常に少なくなってしまったという現実があります、ちょっと寂しいですね。



本当に相談されると困るが

 しかし、本当に相談されると結構困ってしまう話で、一流のプロ・ギタリストになれるのは、人並み外れた才能を持つ、ごく限られた人だけでしょう。 またギター教室の先生となれば、世界を股にかけて活躍するプロ・ギタリストよりは確かにハードルは低くなるのでしょうが、この仕事は決して安定した収入が保証されるものでもありません。 実際に相談されれば、結局のところ否定的な答となってしまうでしょう。 



周囲の反対を押し切る人だけが

 強いて言えば、周囲の人たちから強く反対されつつも、絶対その道に進みたいという、たいへん強い意志のある人だけがこの道に進むべきなのでしょう。

 もちろんこの質問はバーチャルなもので、この高校生も架空の存在です。 普通こうした若い人がギターをやりたいと言った場合、まずはギタリスト=演奏家を目指すでしょうが、ここではあえて「ギター教師を目指す」ということに限定しました。 



願望と懺悔の意を込めて

 この質問者のように、最初からギター教室の先生を目指す若者が、実際にはどれくらいいるのかはわかりませんが、ギター教室の先生になるのなら、やはり最初からギター教室の先生を目指して、いろいろと勉強してほしいという願望と、さらにはそうではなかった私自身へ懺悔の気持ちも込めて、この質問の答えを書いてゆこうと思います。

  



私の場合は

 何はともあれ、私は今現在ギター教室の先生をやっている訳ですが、私がギター教室の先生になったいきさつなどは、このブログを始めた頃の2008年に、「私のギター修行」というテーマで詳しく書きました。 若干繰り返しになりますが、私の場合少なくとも高校生の頃までギタリストになりたいとか、ギター教室の先生になろうなどと言うことは一度たりとも脳裏をよぎったことはありません。



理科系の割には機械いじりが好きでない

 私の二人の兄は技術系の仕事に就いていて、私も中学生の頃まで工業高校か、大学の工学部に行って何か、技術系の仕事に就くんだろうなと漠然と考えていました。 でもだんだんと自分は理科系の科目が得意な割には、機械いじりや、ものを作ったりと言うことがあまり好きでないことに気が付き、同じ理科系でも物理学などがの方向に進むのがいいんじゃないかと思いようになりました。



なんとなくカッコいい感じ

 高校では比較的早い時点から志望学科を理学部物理学科に絞って準備をしましたが、実際に物理学がどういった学問で、物理学を学んだ人がどういった仕事に就くかなど、そういった知識は全くありませんでした。 ただ中学や高校で数学や英語の成績よりも、物理のほうが若干点数が良く、また何といっても物理学ってなんとなくカッコよく、ニュートンとか、アインシュタインとか、物理学者って、学者の中の学者みたいな感じ・・・・・ ただそんな雰囲気でしか物理学を捉えていなかったと思います。



そんなチャライ気持では

 そんなチャライ感じで大学の物理学科に進学したために、当然のごとく3年生の時には全く授業についてゆけず、完全に行き詰ってしまいました。 もっとも大学に入学してすぐにギターにのめり込み、文字通り朝から晩までギターづくめになっていたのでその点の方が大きかったかも知れません。



他の選択肢がなくなっていた

 そうなると私の手元にはギターしかなくなり、ギターをやるしか選択肢はなくなっていました。 自分がその職業に向いているかとか、またその能力が足りているか、生活のために必要な収入が得られるのかなどを考える余地などなくなっていました。



結果的には、その後40年余り

 そんな時、大学在学中から私のギターの師である荻津先生からギター教室の仕事をいただくようになり、大学を卒業する頃(6年かかったが)には、なんとか生活できるくらいの収入を得られるようになりました。 その後約40年この延長で今日まで至り、たぶん今後他の職業に就くこともなく、私は自分の生涯を終えるでしょう。 結果的にいえばギター教師というのが私のほぼ全人生をかけた唯一の職業となるのでしょうか。



次回から ”正しいギター教室の先生のなり方”

 私の場合、十分なギターの演奏能力や、また教えるための技術なども持たないまま、また、ギター教師としての自覚も希薄なまま、”なりゆき” のようなものででギター教室の先生になってしまったところは否めません。 今後は私のような(?)ギター教師を出さないためにも、次回より ”正しいギター教室の先生のなりかた” について話してゆきます。 
  


ちなみに

 ちなみに、ギター教室の先生ではなく、一流のプロ・ギタリストになる方法は非常に簡単です。 ただギターが上手ければよい、ただそれだけです。 よく芸術家は非常に才能があっても世間に認められず、人知れず埋もれてゆくなんてケースもあるなどと言われますが、 ギタリストに限っては、その実力さえあれば必ず認められるといってよいでしょう。



実力さえあれば世界各地のコンクールで認められる

 その才能を認めてもらう場としては、現在ではなんといってもコンクールがあります。 現在GFA(アメリカ)、ミケーレ・ピッタルーガ(イタリア)、タレガ国際(スペイン)、東京国際などの国際ギター・コンクールに優勝すれば世界的なギタリストとしての活動はほぼ保証されます。 もっとも最近では前述のとおり、東京国際をの除いて、日本人ではこれらの国際ギター・コンクールで優勝した人は、残念ながらほとんどいません。 

 またクラシカル・ギターコンクールやスペイン・ギターコンクールなどの国内級のギター・コンクールで入賞すれば国内でのギタリストとしての活動の場が開けます。 



方法は簡単(?)

 こうしたコンクールでは、多少そのコンクールによって評価の傾向はあるとしても、その実力は正当に評価されるといってよいでしょう。 実力さえあればだいたいは賞に入れると思います。 優れた能力を持ちながらも審査員に正しく評価されなかったり、主催者側の都合や、コネ、やお金などにより評価が変わったりと言ったことはあまりないでしょう。

 簡単ですね、一流ギタリストになる方法は、実力だけあればよい!  ・・・・それが最も難しい?