中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

<バッハ・シャコンヌ再考 24>



2拍目から始めたもう一つの理由

 バッハがチャコーナのテーマを2拍目から始めた理由の一つとして、同じ和声のが2小節連続せず、なお且つ曲全体を4の累乗数にするため、あるいはテーマ、および各変奏を4小節するためではないか、ということを前回書きました。 しかしその”数合わせ” のためだけに、バッハはチャコーナをこのような始まりにしたわけではないでしょう。



バッハのチャコーナの冒頭は誰が聴いてもインパクトを感じる

 バッハのチャコーナの出だしは、おそらく誰が聴いても緊張感に満ち、これから ”ただならぬ” 音楽が始まることを予感するのではないでしょうか。 そう感じる最も大きな原因としては、冒頭の不完全小節の後の第1小節目の和音()にあります。


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和声法的には特に変わった和音ではないが、9度、減5度などの不協和音程を含む

 ①の和音は、ニ短調の下属和音の第2転回形に6度の音(ミ)を加えたもので、コード・ネームで書けば、 Gm6/D となるでしょうか。 Ⅳの和音、つまり下属和音には、しばしば6度の音が付加されるので、この和音は和声法的には、特に変わったものでも、またバッハ独自のものではありません。

 しかし和音が転回され、バスが 「レ」 になっている関係で、上の譜例のようにバスとソプラノ間に ”長9度” 、 アルトとソプラノ間に ”減5度” という不協和音程を持ちます。 したがって、特に変わった和音ではないのもかかわらず、非常に緊張感に満ちた和音として聴こえるわけです。



5度跳躍して不協和音となる

 また、その緊張間のもとになっているソプラノの 「ミ」 は、前小節の 「ラ」 から一気に5度跳躍すると言った点も、尋常でない感じに貢献しているでしょう。 言ってみれば、この和音の存在によって、私たちは強くこの音楽に弾きこまれて行くのでしょう。




バッハのチャコーナのテーマは、出だしにインパクトを与え、徐々にそれを解いてゆく ”出オチ” タイプ

 この和音は次にⅤ⇒ⅠからⅥの和音(B♭メジャー)に進行します。 このⅥの和音は長和音でもあるので、冒頭の緊張感からすれば、ちょっとリラックスした感じがあります。 つまりチャコーナのテーマは非常に強い緊張感を冒頭に与えておいて、その後徐々にその緊張をほどいてゆくといった構図になっているのでしょう。




もしも・・・・・

 しかし、もしこのバッハのチャコーナの冒頭が、下の譜例のように完全小節、つまり1拍目から始まるようになっていたとしたら、どうでしょうか。


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やはりインパクトは弱まる

 第1小節目の不協和音もそれほどインパクトを感じなくなりましたね、本来のチャコーナでは、いきなり不協和音が出てくる感じでしたが、この場合だろ、一応曲が始まってから不協和音が出てくる感じで、心の準備ができるせいか、インパクトの強い和音が出てきても、「まあ、そんなこともあるだろう」 と言った感じで、受け流してしまいそうです。 



持ち上げた足をおろそうと思ったら

 1拍目があるということは、それだけ安定した感じが出ますから、しっかりと両足を地面に付けた状態で、障害物に出会っても、それほど困らないわけですが、 1拍目がないということは、持ち上げた足を地面におろそうかと思ったら、足元には危険物があった・・・・ なんて感じかも知れません。

 チャコーナのテーマを不完全小節の2拍目から始めたのは、不協和音のある第1小節目の1拍目により一層力点を加えるためと考えてよいのでしょう。


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代表的なバロック建築のサンピエトロ寺院



動的でダイナミック、 バロック芸術そのもの

 バロック芸術の特徴は、動的で、ダイナミックなもの、とされていますが、バッハのチャコーナのテーマは、まさにバロック芸術そのものといえるのかも知れません。
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<バッハ・シャコンヌ再考 23>




バッハがチャコーナを2拍目から始めたのは、2つ理由がある

 バッハがなぜチャコーナを2拍目から始めたかという、大きな理由としては2つあるということを以前書きました。 その一つは、テーマ、及び各変奏の小節数を4、または8にするためと考えられます。 

 別に、小節数を4にすることと2拍目から始めることとは関係ないじゃないかと思われそうですが、 ヴァイスやケルナーなど、ドイツ系の作曲家は、チャコーナ、あるいはパッサカリアを作曲する際に、同じ和音の小節が連続するのを避けるために、一つの変奏などを7小節としています。



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ヘンデルのシャコンヌ   一つのテーマ・および変奏が8小節になっていて、曲全体の小節数は8の倍数となっている。 テーマ、及び各変奏の最初と最後の和音が同じ(主和音)になっていて、変奏の変わり目で2小節主和音が続くことになる。 ヴィターリやパーセルなど、ドイツ以外の作曲家はだいたいこのようにチャコーナ、およびシャコンヌを作曲している。



ヘンデルやヴィターリなどのシャコンヌ、及びチャーコーナでは変奏の変わり目が同じ和音になっている

 上は、前にも例に挙げたヘンデルのシャコンヌですが、普通に考えれば、テーマ、及び各変奏は和声的に完結していなければならないので、最初と、最後は主和音でなければなリません。 また多くの場合、一つの小節は同じ和音になることが多いので、各変奏の変わり目では、主和音が2小節続くことになります。

 ヴィターリやヘンリー・パーセルなど、ドイツ以外の多くの作曲家は、このようにチャコーナ、及びシャコンヌ、さらにパッサカリアなどを、このように作曲しています。



ドイツ系の作曲家は同じ和音の小節が続くのを嫌った

 しかし、ヴァイスやケルナーなどのドイツ系の作曲家は、この主和音が2小節続くのいうことに抵抗があったようです。 そこで、テーマや各変奏が次の変奏にうつる場合、先行のテーマや変奏の最後の小節が、後続の変奏の税所の小節を兼ねる形にしています。 その結果として、一つの変奏などが7小節となっています(最後の変奏のみ8小節)。 

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ヴァイスのチャコーナ  矢印の小節は、前の変奏の最後の小節と、次の変奏の最初の小節を兼ねており、結果的に一つの変奏などが7小節となった。 同じ和音の小節が続かないことに注目。



同じ和音を続けず、数も合わせるバッハのマジック

 しかし、バッハは小節数が4、または8の倍数にならないことも、また同じ和音が2小節続くこともどちらも嫌いました。 「4、または8の倍数になることを維持しながらも、同じ和音の小節が続かないようにする」 といった手品のようなことをバッハは実現する訳ですが、その方法が ”2拍目から曲を始める” ということです。


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このチャコーナは4小節単位なのか、8小節単位なのかは、見方によって異なるが、8小節目(この譜面の小節番号では9小節目)の1拍目で、テーマが終わり、2拍目から第1変奏が始まる。 4小節単位と考えても同じ。



バッハのチャコーナは4小節単位

 上はバッハのチャコーナの冒頭ですが、バッハのチャコーナは4小節単位なのか、8小節単位なのかt言うことは意見が分かれるようですが、明らかに4小節単位、あるいは12小節単位と見られる部分もあり、どちらかと言えば、4小節単位と考えた方がよいのではないかと思います。



冒頭の不完全小節の存在、つまり2拍目から曲を始めることが ”ミソ”

 しかし、この冒頭を見る限りでは、確かに和声的には4小節でまとまってますが、旋律的には8小節単位と考えられます。 そこで、8小節単位の場合、8小節目(この譜面の小節番号では9小節目)でテーマが終わり、第1変奏が始まります。

 しかし冒頭に不完全小節があるために、ヴァイスのチャコーナのように一つのテーマ、および変奏が7小節とはならず、8小節ちょうどとなります。



4小節単位で作曲するとこの方法しかない

 この方法はオルガンのためのパッサカリアにも用いています。 もっとも、バッハは基本的には8小節ではなく、4小節単位で作曲していると考えられますので、最初と最後の小節を共に主和音にしてしまうと、残りは2小節しかなくなり、これでは充実した和声は作れなくなります。 

 またヴァイスなどの方法をとったら、3小節単位で作曲しなければならなくなりますから、4小節単位のチャコーナを作曲しようとしたら、必然的にこのような方法を取るしかないのかも知れません。


<バッハ・シャコンヌ再考 22>



8×32=256 バッハは小節数にこだわった

 今回からバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番第5楽章「チャコーナ」全256小節を、具体的に考えて行きます。 といっても2008年に記事と重複する部分はかなりありますが、改めて書いてゆきます。

 全部で256小節と言うのは、8小節のテーマ、および変奏が32で、計256小節になるということです。 ゴールドベルク変奏曲も32小節×32なので、チャコーナの4倍の1016ということになりますが、バッハはこのように4、または8の累乗数にこだわることがあります。



音楽には基本原理があると考えていた

 もちろんすべての曲についてではありませんが、重要な曲ではこのような傾向があります。 バッハ以外の同時代の音楽家で同様な傾向のある人がいるかどうかは、よくわかりませんが、決して多いとは言えないでしょう。 これは、バッハが、音楽とは、ただ耳を喜ばせるものではなく、絶対的な原理のもとに成り立つものと考えていたのでしょう。

 その ”絶対的な原理” を ”神” と呼べば、たしかにそうなのかも知れませんが、しかしその ”神” とは日本の神様のように人間的なものではなく、あくまで概念上のものと考えられます。 



実際は4×64と考えた方がよい

 数字的に見れば、チャコーナは8小節のテーマに30の変奏が続き、最後にまた8小節のテーマに戻ると見えますが、しかし実際にこの曲を見てゆくと、8小節ではなく、4小節のテーマ、および変奏と考えたほうがよさそうです。 そして、場合によっては、その4小節のテーマ、および変奏が、2つ対になって8小節単位になることもあります。

 曲の長さからすれば、4小節のテーマというのは短かすぎるように思いますが、もちろんそれはバッハが必要上、あえてそうしたものでしょう。 



短調⇒長調⇒短調 というのはよくある

 チャコーナ全体を見ると、最初から132小節の1拍目までがニ短調、 そこから208小節の1拍目までがニ長調、そこから最後までが再びニ短調で、短調⇒長調⇒短調 という構成になります。

 これは特別なものではなく、他の作曲家も長いチャコーナなどは、このように短調、長調を入れ替えて作曲していたようです。 ただ、どちらかと言えば、チャコーナの場合、 長調⇒短調⇒長調 のほうが多かったようです。



長さの比は、ほぼ3:2:1

 3つの部分に分けられるといっても、数字からわかるように均等に3分割しているわけではなく、最初の短調が最も長く、順に短くなってゆきます。 だいたいで言えば、 3:2:1 の関係になっています。 

 これは3楽章の協奏曲などの比率と同じで、このチャコーナは疑似的に3楽章形式になっているといってもよいでしょう。 したがって、単に短調、長調が入れ替わるだけでなく、それぞれの部分がはっきりした ”まとまり” や、個性を持っています。



2拍目から始まるシャコンヌは特に一般的ではない

 さて、皆さんもご存じのとおり、このチャコーナは1拍目からではなく、2拍目から始まります。 私もかつては、当時のシャコンヌはすべてこのように2拍目から始まり、また付点音符のリズムを持ったものと、漠然と思っていました。 CDなどの解説にも「シャコンヌとはスペイン起源の、付点音符を含むリズムの舞曲」 と言ったような内容がよく見られます。

 しかしこれまで見てきたとおり、チャコーナ、及びシャコンヌが常に付点音符を持つわけでもなく、まして、2拍目から始まるものも、ほぼ皆無といってよいでしょう。 確かにフランスのフランソワ・クープランのシャコンヌは付点音符を持つものが多く、中にはバッハのチャコーナ同様、2拍目から始まるものもあります。



あくまでもイタリア風。 だから ”シャコンヌ” ではなく ”チャコーナ” と書いた

 解説書などには、「バッハのチャコーナは、フランソワ・クープランの影響を受けている」 と書いてあるものもあります。 しかしよく考えてみると、フランソワ・クープランのシャコンヌは、バッハのチャコーナのように変奏曲形式ではなく、ロンド形式で出来ています。

 どう考えてもバッハのチャコーナはクープランなどのフランスの音楽の影響を受けているというより、やはりイタリア式のものです。 だからバッハは自らの作品に 「シャコンヌ」 ではなく、 「チャコーナ」 とタイトルを付けている訳です。 



舞曲的な要素は少ない

 また、 「バッハのシャコンヌは基本的に ”舞曲” であるから、まずシャコンヌの踊り方がわからなければ、あるいは実際に踊れなければ、この曲の正しい演奏は出来ない」 と言ってる人もいます。

 確かにシャコンヌは、元々舞曲ではありましたが、しかしバッハはチャコーナを舞曲としてではなく、変奏曲の一つの形式と考えていた方が大きいのではないかと思います。

 明確な根拠を述べるのは難しいですが、ただバッハの性格として、自らの作品で踊ってもらうより、じっと静かに聴き入ってほしいと考えていたほうが自然な感じがします。 バッハのチャコーナは、それで踊るよりも、イスに座って集中し、じっと聴き入った方がずっといいと、誰しも思うでしょう。 そのことは当時も、今現在もあまり変わらないのではと思います。



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チャコーナ(シャコンヌ)がこのように2拍目から始まり、付点音符を持つのは、特に一般的とは言えない。 バッハの深い意図があって、このような形になったと考えられる。



チャコーナのテーマが2拍目から始まり、付点音符を含むのは深い意図があってのこと

 結論として、バッハがこの曲を2拍目から始め、付点音符を含むテーマにしたというのは、決して慣例に従ったものではなく、非常に強い意志でこの音型を選んだと言えるのではないかと思います。 バッハは何の考えもなく音符を書ける人ではない、と私は勝手に思っています。
<バッハ・シャコンヌ再考 21>


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再開します

 このカテゴリも、いよいよバッハのチャコーナ本体の話になるところで、長い中断が入ってまいました。 難しい問題に、やや恐れをなしてしまった点はありますが、再び勇気をふり絞って再開したいと思います。



バッハがチャコーナを書いた動機

 これからバッハのチャコーナについて再度、具体的に考えてゆくわけですが、まずバッハがこのチャコーナを書いた動機などから探ってゆきましょう。 もちろん本人がこの曲を書いたきっかけや、動機などについて語ったものなど残されていませんから、様々な状況から推測してゆくということになります。



バッハは変奏曲を作曲するのを好まなかったということは前に書いたが

 バッハはチャコーナやパッサカリアなどの変奏曲を作曲するのを好まなかったということは、これまでも述べてきました。 そのことはバッハの弟子のひとりのフォルケルが語っています。

 また実際にバッハが残した変奏曲は非常に少なく、主要な作品としてはこのチャコーナ以外はオルガンのための 「パッサカリアとフーガハ短調」 と 「ゴールドベルク変奏曲」 しかありません。 しかしこれらの作品は音楽史上、稀な傑作となっています。



書く以上は自分にしか書けないものを書く

 これらの曲が極めて内容の充実した傑作となったのは、ある意味必然的のような気がします。 バッハは傑作を残すべくして残したとも言えます。 バッハには”ありきたり”のチャコーナや変奏曲を作曲する意志はなかったでしょう。



なぜソロ・ヴァイオリンのためにチャコーナ書いたか

 この3曲の傑作は無伴奏のヴァイオリン、オルガン、チェンバロと、それぞれ違った楽器のために作曲されています。 「パッサカリアとフーガ」がオルガンで、「ゴールドベルク変奏曲」がチェンバロというのはよくわかるのですが、 チャコーナがなぜ無伴奏のヴァイオリンのために作曲されたかは、ちょっとわかりにくいところかも知れません。


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なぜバッハは不向きと思われるソロ・ヴァイオリンのためにチャコーナを書いたのか?



その制約を楽しみ、逆手に取って、これまでにないチャコーナを書いた

 パッサカリアと同様に ”低音主題を持つ変奏曲” であるチャコーナは独奏楽器であれば、オルガンかチェンバロ、またはリュートなどに書くのが自然です。 しかし「バッハの無伴奏曲」の記事でも書いたとおり、バッハは、まるでその窮屈さを楽しむかのように、1台のヴァイオリンのためにフーガや、極めて和声法的なプレリュードを書いています。

 無伴奏ヴァイオリンのために書かれたチャコーナにしても、その制約を逆手にとって、それまでの一般的なチャコーナをはるかに超えたチャコーナを生み出したということでしょう。



確かに同時代の他の音楽家には書けない曲を書いたが

 バッハには、それまでの常識を打ち破る作品を書く意図は十分にあったと思いますが、その一方で、先人たちが築きあげた伝統と技法をしっかりと踏襲しています。 バッハは、現在の私たちにとってはバッハと同列に語るのは、若干躊躇してしまうかも知れない同時代の音楽家たち、 テレマン、ヴィヴァルディ、ブクスデフーデ、ヘンデルなどをたいへんリスペクトしていました。




同時に、他の音楽家たちをリスペクトし、代々引き継がれてきた伝統を継承した

 バッハの先輩にあたるブクスデフーデを尊敬していたのはもちろん、テレマンやヴィヴァルディの作品を書き写したり、編曲したりしていましたし、また結局は実現しなかったようですが、ヘンデルに合えるのをとても楽しみにしていたようです。 リューティストのヴァイスにも敬意を払っていたようです。



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アントン・ヴィヴァルディ  我が国のバロック音楽の権威、皆川達夫氏は 「わたしがいまだかつてヴィヴァルディの音楽に感動したことがない」 と言っていたが、バッハ自身は、かなりの数のヴィヴァルディの協奏曲をチェンバロやオルガンに編曲して演奏していた。



 もちろん、代々伝えられてきたバッハ家の伝統や音楽技法も一身に受けていたでしょう。  そうした伝統をしっかりと踏まえた上で、これまでにはなかったものを作る、まさにそれが伝統芸術といったものなのでしょう。 




和声法には厳格

 確かにバッハの作品は創造性溢れたものですが、他の作曲家以上に、バッハは和声法を極めて厳格に守ったとも言えます。 決してバッハの作曲の仕方は奇をてらうようなものではありません。



息子の家に行くにも都合を聞いて、手土産を持ってゆく?

 バッハの作曲の仕方を見ると、”息子の家に行くにも、事前にアポイントとり、都合を聞き、かならず家族にお土産をもってゆく” ような律義さが感じられます。 和声進行で例えば、その調の固有の和音、つまり家族の一員のような和音に進む場合でも、ちゃんと手続きを踏んで進むといったことです。 



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バッハの息子の一人、カール・エマヌエル・バッハ  本当に息子の家に行くのに、必ず手土産を持って行ったかどうかはわからないが、でも、バッハならありそうな気がする。



 もちろん本当にそうしたかどうかはわかりませんが、バッハは家族を大事にしたのは確かなようです。 バッハの中では、和声進行とは、ニュートンと万有引力のごとく、絶対的な法則の基に行われるものと考えていたかのようです。



伝統芸術の王道

  和声法など、伝統的な作曲技法を厳格に守りながらも、新しいことを創造してゆくという、バッハの作曲の仕方は、まさに伝統芸術の王道と言えるでしょう。 
 





 
2016年のコンサート予定



 2016年も、もう4日過ぎてしまいました。 昨年暮に義父が他界しましたので、今年は年頭のご挨拶など、遠慮さていたきました。 ちょっといつもの年より遅れてしまいましたが、私、及び水戸ギター・アンサンブルの今年のコンサート予定などをお知らせいたします。





◎ 5月14日(土)、または15日(日) 14:00  石岡市ギター文化館
 <中村俊三ギター・リサイタル  ~19世紀のギター作品>   前売り、予約 2000円  当日2500円


  《 曲 目 》

ジュリアーニ : ヘンデルの主題による変奏曲
ソル : ラルゴ・ノン・タント ~幻想曲作品7より
ソル : ソナタ ハ長調作品15-2 
ソル : モーツァルトの「魔笛」の主題による変奏曲
ジュリアーニ : 大序曲
パガニーニ : グランド・ソナタ イ長調(全3楽章)
メルツ : 愛の歌 ~「吟遊詩人の調べ」より 
レゴンディ : 序奏とカプリッチョ




19世紀初頭から半ば頃までのギターオリジナル作品によるリサイタル

 19世紀のギターのためのオリジナル作品によるリサイタルで、 19世紀初頭、古典派時代と呼ばれる時代のギターの両巨匠、ソル、ジュリアーニの作品。 それよりはやや時代が後で、ロマン派の作曲家とされている、パガニーニ、レゴンディ、メルツの作品を演奏します。

 ソルとジュリアーニはそれぞれソナタ形式の曲と変奏曲を1曲ずつ、 ただしソルのソナタにはたいへん美しい曲の「ラルゴ」 をイントロ的に添えます。 パガニーニの大ソナタは元々、ヴァイオリン伴奏付きのギター曲ですが、私自身で独奏曲に編曲しました。パガニーニのギター曲はほとんどが小品ですが、このグランド・ソナタはタイトルどおり、3楽章からなる大曲となっています。

 レゴンディとメルツの作品は典型的なロマン派の作品で時代的にはソルやジュリアーニとそれほど違いはないのですが、曲の内容はかなり違います。 「序奏とカプリッチョ」は高度な技巧を必要とする、ヴィルトーゾ的な曲で、「愛の歌」は情感たっぷりの小品です。



真っ向勝負!

 私の場合は、これまで19世紀のオリジナル作品にあまり積極的に取り組んで来なかったので、もちろん19世紀の作品のみのコンサートというの初めての企画です。 

 これらの曲のほとんどは、実際には何年か前から練習してきて、今回全く初めてステージで演奏するという曲はないのですが、こうして曲目を書き並べてみると、改めて大曲ぞろいで、ちょっと恐ろしくなる感じがします。 非常に重厚なプログラムですね。 久々(?)に ”真っ向勝負” のリサイタルといったところでしょうか。 



高橋達男氏の楽器

 なお、昨年暮れにギター製作者の高橋達男さんから写真のような新作の楽器をいただきました。 ギター文化館所蔵のアントニオ・トーレスの採寸によるものだそうです(内部構造等は別)。 この楽器は、どちらかと言えばトーレスというより、ラコートなどの19世紀の楽器の感じがするので、このリサイタルで何曲か弾いてみようと思います。 19世紀の作品によく合うと思います。




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高橋達男氏制作の楽器。 アントニオ・トーレスの採寸による楽器。 やや小ぶりだが低音はよく出て、19世紀楽器的な音がする。



 *日にちが土曜日になるか、日曜日になるか、まだはっきりしないのですが、近日中にわかると思いますので、わかり次第お知らせします。 なおチケット販売、および予約受付は3月頃と考えています。






◎ 7月2日(土)、または3日(日)  14:00  石岡市ギター文化館
<中村ギター教室発表会>   入場無料


 昨年も9月にこのギター文化館で教室の発表会を行いましたが、今年もここで発表会を行います。 内容は独奏および2重奏ということになりますが、今年も多くの生徒さんが出演することを期待しています。   また入場無料ですので、聴きに来ていただける方がいれば、たいへん嬉しいです。

 *このコンサートも土曜日か日曜日か、まだはっきりしていません。


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昨年9月ギター文化館での発表会





◎ 7月下旬(日)        水戸芸術館
 <水戸市民音楽会>   入場無料


 毎年恒例の水戸市民音楽会ですが、今年も水戸ギター・アンサンブルが出演予定です。 これもまだ日にちがはっきりわかりません。 演奏曲はソルのロンド(私がギター合奏に編曲したもの)にしようと思っています。 アンサンブルの練習は2月から行います(2,3月=中村ギター教室、  4~10月=双葉台市民センター)。


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昨年7月の水戸市民音楽会






◎ 10月2日(日)  14:00   ひたちなか市文化会館小ホール
<水戸ギター・アンサンブル演奏会>   入場無料


 予定としては、ひたちなかギター合奏フェスティヴァルと交互に行うことにしていますが、今年は水戸ギタ・アンサンブル演奏会を行う年と言うことになります。 内容は、全体合奏(21名)と 7~9名程度の小アンサンブル2つといった形でコンサートを行います。

 演奏曲目としては全体合奏で、前述のソルの 「ロンド ハ長調」、 「グリーン・スリーブス」、 「ペルシャの市場」。  小アンサンブルで、ピアソラの 「リベルタンゴ」、 「ブエノスアイレスの夏」、 「ブエノスアイレスの春」、 「亡き王女のためのパヴァーヌ」、 「カノン(パッフェルベル)」、 「涙のトッカータ」 などを予定しています。


  



◎ 12月4日(日)  14:00  ひたちなか市文化会館小ホール
<中村俊三ギター名曲コンサート>   前売り、予約 1800円  当日 2000円


 5月のギター文化館でのリサイタルと全く対照的なコンサートで、昨年5月に同じひたちなか市文化会館で行った「名曲コンサート」と同じ企画のものです。

 このコンサートは、なるべく幅広い方々にギター独奏を楽しんでいただこうといったもので、クラシック・ギターの名曲から、Jーポップ、 ポップス・スタンダード、 懐かしい曲、新しい曲など様々な曲でプログラムを構成します。 

 今のところの考えとしては、<癒しのアーリー・ミュージック ~ルネサンス時代の作品>、 <ポップス・スタンダード ~枯葉、黒いオルフェ他>、 <ギターの聖人、フランシスコ・タレガ ~アラビア風綺想曲など>、 <人気のJ-ポップ ~ハナミズキ、エール他>、 <くるみ割り人形>、 <放浪のロマンチスト、アウグスティン・バリオス ~森に夢見る、ワルツ第3番他> などとなっています。 

 しかし、まだ月日があるので、実際の内容は変わるでしょう。 なおアンコール曲などは、前回行ったアンケートに基づいて曲を選ぶ予定です。