中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

中村俊三ギター名曲コンサート

 12月4日(日)14:00  ひたちなか市文化会館小ホール


曲目解説



<オーケストラ曲をギター一本で>

くるみ割り人形組曲より 「行進曲」、 「あし笛の踊り」、 「こんぺいとうの踊り」、 「花のワルツ」 (チャイコフスキー)


 クラシック音楽でクリスマスと言えば、やはりこの「くるみ割り人形」でしょうね。 「白鳥の湖」、 「眠れる森の美女」 と並ぶチャイコフスキーの3大バレエ曲の一つで、クリスマスの挽、主人公の女の子がくるみ割り人形になってしまった王子様とお菓子の国に行くといったような内容になっています。 なんとなくディズニー・アニメを先取りしたような内容ですね、どちらもクリスマス・シーズンには最適でしょう。


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一人ギタ―合奏

 「オーケスラ名曲をギター一本で」 ということで昨年のコンサートで演奏した「展覧会の絵」 の続編ということになります。 「展覧会の絵」と同様に、この「くるみ割り人形」も水戸ギター・アンサンブルで演奏しているのですが、そういった意味では ”一人ギタ―合奏” シリーズというこにもなります。



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 こうしたオーケストラ曲をギター独奏で演奏する場合は、かなり音を省略しないといけないのですが、なるべく原曲の感じが出るように頑張ってみました。 目をつぶって聴くと、何人かで弾いているように聴こえたら幸いです。   


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編曲は難しくないが

 また、オーケストラ曲をギタ―独奏に編曲するのはなかなか大変なのでは、と聴かれますが、これまでたくさんの曲を編曲してきたので、編曲は特に難しいことも、また時間がかかることもありません。   ・・・・・・でも弾くのは難しいです、特に ”ちゃんと” 弾くのは。






<放浪のロマンティスト、アウグスティン・バリオス>

ワルツ第3番、 クリスマスの歌、 森に夢見る




いよいよメインデッシュ

 今回のコンサートのシメはバリオスの3曲です、まさにメインディッシュといえます。 前回のコンサートのアンケートでも、バリオスの曲はバッハに次いで希望の多かったもので、そういった意味では前回のアンケート結果を反映した選曲です。 第1位のバッハについては、またあらためて、多分名曲コンサートとしてではなく、”バッハ・リサイタル” としていずれコンサートを行いたいと思います。




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 今現在、バリオスはクラシック・ギターの作曲家としてはソルやタレガを凌いで最も人気があるといえるでしょう。 バリオスはパラグアイ出身ですが、南米各地を転々とし、メキシコでその生涯を閉じています。 そうしたことから南米各地の舞曲などを多数作曲しているので、民族音楽的な作曲家と、一般には思われています。 確かにパラグイのグァラニ族の酋長のコスチュームで写っている写真も残されています。



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民族音楽的というより、ロマン派の作曲家


 しかし音楽的な内容からすれば、ヨーロッパ音楽の後期ロマン派の作曲家といってよいでしょう。 作風からするとタレガやリョベットに近いものがあります。 また作品にもショパンなどから影響を受けたと思われるものも少なくありません。 そういったところで”放浪のロマンチスト” という副題を付けました。



息子の十八番

 今回演奏する3曲もロマン派的な曲と考えてよいでしょう。 「ワルツ第3番」 は明らかにショパンの影響が感じられ、情熱的でギター・ファンの間ではたいへん人気のある曲です。 私事的には(ブログは基本的に私事だが)、この曲は息子(創)のかつての十八番で、この曲でいくつかのコンクールの賞をいただきました。



静かなクリスマス

 「クリスマスの歌」 は8分の6拍子のパストラール風の曲で、静かなクリスマスの雰囲気がよく出ています。 愛好家などにもたいへん人気で、よく演奏されます。




アランブラに並ぶトレモロの名曲

 「森に夢見る」 は、今現在では 「アランブラの想い出」 に並ぶ、ギターのトレモロの名曲となっています。 ①弦でトレモロを弾くことが多いので、「アランブラの想い出」 よりも、むしろトレモロは美しく聴こえやすいです。




20フレットを使う

 ゆっくりしたイントロにト長調のトレモロ、中間部、そしてト短調ート長調のトレモロとなっていて、演奏時間は7分くらいのやや長い曲です。 この曲には20フレットを使うところが出てくるのが特徴で、通常のギターは19フレットまでしかありません。 そこで通常のギターでこの曲を弾く場合はそうした部分を省略して弾くしかありません。




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ポール・ジェイコブソン  暗くて見にくいかも知れないが、①弦だけに黒い20フレットが付いている



 私のギター(ポール・ジェイコブソン)に20フレットが付いているので、そうした省略をせずにこの曲を弾くことが出来ます。 もっとも、せっかく20フレットが付いているのだから、この曲を弾こうと思ったのも事実です。 最近は20フレットが付いたギターも少なくありませんが、おそらくこの「森に夢見る」の影響と考えられます。 私の知る限りでは、20フレットを使うギター曲は他にありません。



 因みに今回のコンサートでは、前半はヘルマン・ハウザーⅢ(ドイツ)、 後半はこのポール・ジェイコブソン(USA)を使用します。 



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ヘルマン・ハウザーⅢ  塗装をしなおしてピカピカになっている




ご来場お待ちしています

 それでは、当ギター名曲コンサートも来週となりました。 気が向いた方、ぜひお出かけください。 
 
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中村俊三ギター名曲コンサート 

12月4日(日)14:00    ひたちなか市文化会館小ホール



曲目解説




<ディズニー・ファンタジー>

ありのままで(アナと雪の女王より)

 クリスマスといえば、ディズニーですね。 後半のプログラムではディズニー・アニメの曲、3曲を演奏します。 1曲目は2013年から2014年にかけて、たいへん人気となったミュージカル・アニメ 「アナと雪の女王」 から 「ありのままで」 です。 日本語吹き替え版では松たか子さんが歌っていましたね。



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 この歌では、雪の女王こと、アナの姉のエルザが、「これまで自分が雪の女王で、強い魔力持っていることを、ひたすら隠し続けてきたが、皆に知られてしまった。 これからは、もう悩まず、自分らしく、ありのままに、どんなに厳しい境遇でも、雪の女王として生きてゆこう」 といった決意が熱く歌われています。 

 曲自体も、松たか子さんの歌もたいへんすばらしいのですが、静かに歌い始め、曲が進むにつれてだんだん熱を帯び、決意が強くなってゆく感じを、ギター・ソロで表現するのは、なかなか難しいところです。 やや長めの曲ですが、なるべくオリジナルに近い感じになるように編曲しました。 





星に願いを(ピノキオより)

 長編ディズニー・アニメとしては第2作目となる、1940年の「ピノキオ」 の主題曲ですが、そんなこと忘れてしまうくらい有名な曲で、クリスマスの定番曲の一つですね。 原作の童話と、このデズニー・アニメとは内容が若干異なるそうですが、私たちが子供の頃から知っているのは、このデズニー・アニメの方といってもよいでしょう。 昔の童話とか、物語などは今現在としては、少々毒気の強すぎるものがよくありますね。


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 この曲は、ゼベットが 「ピノキオが自分の子供になりますように」 と星に願いをかける内容で、たいへん美しいメロディとなっています。 ギターでもいろいろな人が編曲、演奏していますが、私の編曲では、星空の感じを出すため、ハーモニック奏法を多用しています。 





ビビディ・バビディ・ブー(シンデレラより)

 1950年の映画「シンデレラ」からですが、カボチャが馬車になるという有名なシーンで歌われる挿入歌です。 映画が封切られてすぐに江利チエミさんなどがこの歌をカヴァーしていましたね、私も子供の頃聴いていました。  


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 曲のタイトルは魔法使いの呪文で、日本的に言えば 「ちちんぷいぷい」 といったところでしょうか。 私のアレンジでは、原曲から多少はなれ、変奏曲風にアレンジしてみました。 結構ギター曲ぽくなったと思います。

 因みに、この 「シンデレラ」 にはⅡとⅢの続編(オリジナル・ビデオ)があるそうです。
中村俊三ギター名曲コンサート 

 12月4日(日)14:00~    ひたちなか市文化会館小ホール



曲目解説



もう一度聴きたい曲 ベスト3

 昨年5月に同タイトルのコンサートを行いまして、その時 「もう一度聴きたい曲」 として回答していただいた曲を3曲演奏します。
その時のアンケート結果は次の通りでした。


当日(昨年5月27日)の演奏曲のうち、もう一度聴いてみたい曲

第1位 アストゥリアス(アルベニス)             23
第2位 ラ・クンパルシータ(ロドリゲス)           16
第3位 アランブラの想い出(タレガ)            13
第4位 モーツァルトの「魔笛」の主題による変奏曲    9
第4位 粉屋の踊り(ファリャ)                 9
第6位 禁じられた遊び (練習曲ホ短調~A.ルビラ)   8
第6位 展覧会の絵より(ムソルグスキー)         8
第8位 スペイン・セレナード(マラッツ)           7
第8位 ルパンⅢ世のテーマ                   7
第10位 太陽がいっぱい(ロータ)               4
第10位 第3の男(カラス)                    4
第10位 悲しき口笛(万城目正)                4
第10位 君といつまでも(弾厚作)               4
第14位 22才の別れ(伊勢正三)                3
第15位 カヴァティーナ(マイヤーズ)             3
第16位 奥様お手をどうぞ(エルビン)             2



上記の曲以外で聴きたい曲、またはジャンル

第1位 バッハの作品         8
第2位 映画音楽           7
第3位 古賀メロディ          5
第4位 バリオスの作品        4
第4位 ジプシー・キングの曲    4
第6位 日本の歌           2                       
第6位 花は咲く            2                       
第6位 ジャズ             2                        
第6位 ビートルズ           2                      
    


 と言った訳で、第3位アランブラの想い出、 第2位ラ・クンパルシータ、 第1位アストゥリアス を演奏することになりました。


アランブラの想い出(フランシスコ・タレガ)

 この曲については、当ブログでも何度も書いていますので、特に紹介はいらないでしょう。 やはり根強い人気の曲と言えます。 私も高校生の頃から弾いています。   


タレガ




ラ・クンパルシータ(ロドリゲス)

 タンゴの名曲ですが、ギターにもよく合います。 1990年頃編曲しましたが、なかなかの好評で(自分で言うのも何ですが)、その後いろいろな場で弾いています。 ラスゲアードやスケールを多用して結構、華やかに聴こえますが、音楽的にはシンプルな編曲です。

 ラスゲアードには、普通は使わない親指の爪の、通常弦に触れる側とは逆側を使用するのが特徴です。 ”見た目” が面白いのと、通常の弾き方よりもシャープな音が出るので、これをやっています。 一応画像も載せておきましょう。


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ちょっと見にくいかも知れませんが、通常弾く方の反対側の爪で一気に弾き上げます。 人差し指で弾き上げるより刺激的な音が出ます。


 子供の頃から知っている曲ですが、学生時代にギター合奏でやった時の印象が強く、私の編曲もその影響が若干あります。





アストゥリアス(アルベニス)

 堂々の1位に輝いたのが、このアストゥリアスです。 もちろんクラシック・ギターの名曲として知られていますが、オリジナルはピアノ曲などということも皆さんご存じと思います。

 私自身でも、これまで、おそらくコンサートで最も多く演奏してきた曲だと思います (「アランブラの想い出」や、「禁じられた遊び」よりも)。 私の ”十八番” といってもよいでしょう。

 この曲も大学1年生のころから弾いています。  当初は市販の譜面を使っていましたが、演奏するごとに編曲を少しずつ変え、今現在は一般的に弾かれているものとはだいぶ違っています。 

 今現在演奏しているものは、特に主部(16分音符が連続する)の弾き方が一般的なものとは違い、和声的にはより原曲に近いものになっています。 また、左手の動きは一般的なものよりかなり難しくなっていますが、音量とスピードがより一層出せ、またノイズ等も抑えられるものになっています。 



中村俊三ギター名曲コンサート 12月4日(日) 14:00~

  ひたちなか市文化会館小ホール



<曲目解説>



永遠のポップス・スタンダード&オリジナル


黒いオルフェ(ルイス・ボンファ)


 この曲は1959年発表の同名の映画の主題曲で、ボサ・ノバの名曲として知られています。 1940年頃からサンバの新しい形として”ボサ” という言葉がブラジルで使われるようになったそうですが、世界的にボサ・ノバが知られるようになったのは1950年代で、この曲も、「想いあふれて」 や 「イパネマの娘」 などとともに、ボサ・ノバと言う音楽ジャンルの形成と浸透に大きな役割を果しました。


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 ボサ・ノバはギターがよく似あう音楽ジャンルで、このボンファを始め、ジョアン・ジルベルト、 カルロス・ジョビン、 バーデン・パウエルなどボサ・ノバ・ギターの名手がおり、今現在でも多くのファンがいます。 

 ボサ・ノバをやりたいという人は少なくないのですが、変化のあるコードを軽快なリズムに乗せて弾き、なお且つメロディも歌わせるというは、なかなか難しいところです。 今回の演奏は私のアレンジによるものですが、前半はじっくりと歌う感じ、後半はリズムに乗せて演奏します。






オネスティ(ビリージョエル)

 ビリー・ジョエルは1970年代から1990年代にかけて世界的なヒット曲を出したアメリカの歌手です。 この曲は1978年の発表だそうですが、どちらかといえばアメリカ国内よりも、日本国内で人気があったようです。  歌詞の内容にも関係があるかも知れませんが、その憂いを帯びたメロディは、私たち日本人の共感を得やすかったのではと思います。 


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 また、このメロディの動きはアルペジオ的なところが多く、たいへんよくギターに乗ります、ギター独奏に向いた曲と言えるでしょう。 アレンジの方は、何人かのギタリストのアレンジを参考にしながら行いました。





July Breeze(中村俊三)

 この曲は ”永遠” でも ”スタンダード” でもありませんが、無理やりプログラムに入れてしまいました。 まあ、”ポップス” というところだけ合っているかも知れません。 確かにポップス調、最近の言葉で言えば ”アコースティック・ギタ-風” と言えます。

 ”7月のそよ風” と言った意味になりますが、この曲が出来上がったのが今年の7月の末頃で、曲名をどうしようかと、外に出てみた時、その日は真夏の快晴にも関わらず、あまり暑くなく、たいへん爽やかな日でした (爽やかという言葉は、この季節には使ってはいけないようですが)。


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 どうやら東からの海風が入っているようです。 水戸市では夏でも東よりの風が吹く日はあまり暑くなく、西よりの風が吹く日は猛暑になります。 Breezeという言葉には東風と言う意味もあるようなので、この曲のイメージによく合うと思い、この名前にしました。

 曲の前半はゆっくりとした部分ですが、ギターの響きの美しさと、真夏に吹く風の涼しさを感じていただけたらと思います。 中間部はテンポ・アップして若干 ”暑い夏” となっています。 私が曲を作るようになったのは、今年になってからですが、このJuly Breezeは第5作目となります。
中村俊三ギター名曲コンサート

   ポユラー&クラシック  クリスマス・シーズンのギターのひと時

     2016年12月4日(日) 14:00~    ひたちなか市文化会館小ホール






曲目解説


<癒しのアーリー・ミュージック>
 
作者、曲名不詳の作品


 今回のコンサートは16世紀のリュートの作品で始めます。 素朴で美しく、クセのない味は、コンサートのオードブルとして最適と思います。 最初の曲は 「作者、曲名不詳の作品」 ですが、これでは何が何だかさっぱりわからない感じですね。 でも曲の方はとても美しく、わかりやすいものです。 もう20年くらい前になりますがテレビCMで、リューティストの ”つのだたかし” さんが演奏して、当時話題となり、人気のあった曲です。

 この曲は、20世紀前半にイタリアの作曲家オットリーノ・レスピギーが 「古代の舞曲とアリア第3組曲」 第3曲として用いられ、以後知られるようになりました。 その際、曲名が不明だったのですが、レスピギーは 「シシリアーナ」 と名付けましたが、時代的にも、この曲名は不自然だということで、リューティストのゲルビッヒなどは 「コレンタ」 として演奏していました。



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 その結果、現在ではこの曲を 「シシリアーナ」 または 「コレンタ」 とされています。 しかしどちらも本当の名前ではなく、また内容と曲名が合わないとも言えます。 従って、正確にはこのように 「作者、曲名不詳の作品」 となるでしょう。

 以前、、この曲の本来の曲名は 「エスパニョレッタ」 ではないかと、当ブログへコメントして下さった方がいました。 確かにエスパニョレッタと呼ばれる曲は、この曲たたいへんよく似ているものが多く、可能性は高いと思います。  この曲の原曲の譜面は入手出来なくて、今回の演奏では、レスピーギの作品からアレンジしています。  

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パイパーのガリヤード、エセックスのガリヤード(ジョン・ダウランド)

 16世紀末から17世紀初頭のイギリスのたいへん有名なリューティスト、ジョン・ダウランドの作品を2曲演奏します。  ガリヤードは3拍子の軽快な舞曲なのですが、ダウランドのガリヤードには、この2曲のようにメランコリックなものがよくあります。 また旋律的に美しいのも、ダウランドの作品の特徴でしょう。 「パイパー」 、および 「エセックス」 は人名で、曲を献呈した人物と思われます。 

 では、オードブルの3曲、 次の料理へ向けて、食欲増進となればと思います。







永遠のポップス・スタンダード&オリジナル

枯葉(コスマ)

 このシーズン、この曲は欠かせませんね、たいへん有名なシャンソンです。 この歌の歌詞の訳を読んでみると、「昔はは良かった、輝いていた」 といった感じのようです。 私の場合、この曲のメロディは昔からよく知っていたのですが、歌の方はちゃんと聞いたことがなく、したがって歌詞のほうも、今回ほぼ初めて読みました(お恥ずかしながら)。

 これまで本当の歌詞がわからなかったので、勝手にいろいろ妄想して弾いていました。 本来なら、当然この歌詞の内容にそって演奏しなければならないところですが、どうも本当の歌詞の方がピンとこないので、これまでどおり、勝手な妄想に従って、この曲を演奏したいと思います、悪しからず。 




パリは冬の訪れが早い

 パリは冬の訪れが早い。 午後の弱々しい日差しが、舞い落ちる枯葉を朱く照らす。 男が歩いている。 初老と言う程ではないが、若くもない。 その両手を寒そうにトレンチ・コートのポケットに突っ込んでいる。 その男の後ろ姿は、いくぶん猫背気味だ。

 男は思い出していた。 あいつと別れたのも、こんな枯葉の舞う午後だったな、 何年経ったかな、20年? いや30年になるか。 俺のわがままで別れちまったけど・・・・・  いい女だったな、本当に。

 若かったよな、あの時の俺は、今の俺だったら、絶対にあいつを手放さなさなかった。 あいつの頬から流れ落ちる涙を見た時、俺はあいつを抱きしめて、ずっと一緒にいよう、と言いそうになった。 でも俺には俺の生きる道がある。 その時はそう思った。 今じゃそんなもの、ろくでもないものだってことは、よくわかっている。 何の足しにもならん。 あいつの存在に比べたら・・・・・・    男の後ろ姿は次第に小さくなり、並木道の遠景に消えてゆく・・・・・・・ 



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男の女々しさ?

  ・・・・・なんて、こんな感じかなと思っています。 因みに、分かれた元カノの方は、その後セレブな紳士と結婚し、リッチな生活を楽しんでいます。 昔、そんなつまらない男と付き合っていたことは、どうにか覚えているが、その男といつ出会って、どこで別れたかは思い出せない・・・・・   おっとと、これ、本当の歌詞ではないですから、 気になる人は本当の歌詞を読んで下さいね!


 男って、女々しいですね、”男々しい” って書いて ”めめしい” と読みたいくらいです。 では、男の ”男々しさ” をたっぷりと味わって下さい。
 
中村俊三ギター名曲コンサート

  ポピュラー&クラシック名曲  ~クリスマス・シーズンのギターのひと時


  2016年 12月4日(日)  14:00~ 
  ひたちなか市文化会館小ホール
  前売り、予約1800円、  当日2000円
  問い合わせ、予約受付   中村ギター教室  Tel 029-252-8296
                    E-mail   mitoguitar@camel.plala.or.jp


クリスマスリース-19




<演奏曲目>


★癒しのアーリー・ミュージック  
   作者、曲名不詳の作品、   パイパーのガリヤード、エセックス伯のガリヤード(ダウランド)


★永遠のポップス・スタンダード&オリジナル  
   枯葉(コスマ)、  黒いオルフェ(ボンファ)、  オネスティ(ジョエル)、  July Breeze(中村俊三)


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★もう一度聴きたい曲ベスト3
   第3位 アランブラの想い出(タレガ)   第2位 ラ・クンパルシータ(ロドリゲス)  第1位アストゥリアス(アルベニス)


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★ディズニー・ファイナジー
   ありのままで、  星に願いを   ビビディ・バビディ・ブー


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★チャイコフスキーの名曲をギター1本で  
   行進曲、  あし笛の踊り、  こんぺいとうの踊り、  花のワルツ  ~くるみ割り人形組曲より


★放浪のロマンチスト、アウグスティン・バリオス
   ワルツ第3番、  クリスマスの歌、  森に夢見る




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もうすぐですね

 ばかな記事を書いていたら、コンサートももうすぐですね。 そろそろ真剣に練習に取り組まなければなりません。 当ブログでコンサート関連の記事を書いてゆくことにしましょう。 いつものように何回にわたって曲目の紹介などをしてゆきたいと思います。



誰にでも親しめる内容

 今回のコンサートは 「中村俊三ギター名曲コンサート」 というもので、昨年の5月に行ったコンサートの続編ということになります。 今年の5月にはギター文化館で 「中村俊三ギター・リサイタル」 を行いましたが、これは19世紀のギター作品のみに内容を絞ったコンサートでした。

 私の場合、「リサイタル」 としたコンサートは純粋なクラシックのコサートで、今年の5月のように19世紀作品とか、バッハ、スペイン音楽など内容を絞る場合が多くあります。 一方、「ギター名曲コンサート」 とした場合は、バラエティに富んだ内容で、誰にでも楽しんでいただけるような内容にしています。

 今回は 「名曲コンサート」 の方なので、上記のようにクラシック、ポピュラーを問わず、いろいろな曲をチョイスしました。 また昨年のコンサートでアンケートを頂いた結果に従いまして、「もう一度聴きたい曲」のベスト3も演奏します。 




電話かメールでご予約を

 チケットに関しましては、当日(2000円)でも大丈夫ですが、電話やメールなどで予約をしていただきますと、1800円とさせていただきます。 ぜひご連絡下さい。 次回より曲目解説などを行います。 ご来場の予定のある方にはぜひ読んでいただきたいと思いますが、来られないか方も読んでみると、多少はコンサートを聴いた気になれるかも知れません。

 
クイーン・ヒミコ・ストーリー  ~なあんちゃって 6 最終章



仄かに灯る命の炎

  ヒミコは宮の奥で臥していた。 周囲には側近や女官、親族などが詰めていた。 日頃は女王の寝所に立ち入ることが許されない大臣たちの何人かも、この時ばかりは立ち入りを許された。 その女王の寝所は、かなりの人数がいるにも関わらず静寂のままだった。  その女王の寝所にいたすべての者は、息の音一つで、仄かに灯る女王の命の炎が消え去ってしまうとでも思っているかのようだった。



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 ヒミコは朦朧とした意識の中で、もうすぐ自分に課された幾千の山も重さにも匹敵する重荷を下ろすことが出来ると思った。 自らの死が悲しいとも、辛いとも、苦しいとも思わなかった。 しばらくすれば身も心も軽くなる、むしろ弾む思いだ。




母の膝の上にいた

 いつしかヒミコは7歳で別れた母の膝の上にいた。 今のヒミコにはそれが現実なのか、ただ、過去の記憶なのか、判断はつかなかった。  優しく、美しい顔だった。  柔らかくて、暖かい膝だった。  なんとも言えない母の匂いもする。  母が着ているのは緋の衣だ。 そうだ、自分でもこの緋の衣は着ていた!   お母上様!   
 
 父の顔も見える!  なんという高貴なお顔立ちだろう。 幼い頃、いずれは父のような殿御を婿に迎えたいと、密かに思っていた。  父と母は本当に仲睦まじかった。 母が亡くなった時、父は幾晩も泣きとおしていたのを覚えている。

 父はいつも私のことを慈しんでくれた。 そして父の言うことはすべて正しかった。  私は父から言われたことを本当にやれただろうか。 女王になってから父と会うことはかなわなかったが、何かある度にいつも 「こういう時、父ならなんとしただろうか? どう判断なされたろうか?」 と思いながらやってきた。 

 私は父の言うとおりに出来たでだろうか? 父は私のことを誉めてくれるだろうか?    お父上さま!  お父上様の言った通りには出来ませんでしたが、自分に出来ることはすべて行ったつもりでおります!  至らぬところは、切にお許し下さい!  




もうすぐ皆に会える

 弟もいる!  弟は本当に私のために尽くしてくれた。 弟がいなかったら私は今日までヤマトの女王など続けることは出来なかった。 何かあるたびにくじけそうになる私を、いつも励ましてくれた。 弟に泣き言を言うと、なぜか心が晴れた。

  私にとっては本当にかけがえのない、いい弟だった、私より先に旅立ってさえ、しまわなければ。    タケル!   行かないで!   先に行かないで!   私を置いて行かないで!
 
 妹も来た! 父が亡くなったことを知らせに、わざわざヤマトまで来てくれたが、その後会っていない。 ナ国の王子を婿に迎えて、子も幾人か設け、今では孫や、ひ孫も数多くいると聴く。 本当なら妹のような一生を送りたかった・・・・・・ 
 
 もうすぐ皆に会える、楽しみだな・・・・・・・・  




三輪山の聖水で清めども

 ・・・・・・・でも、そうだろうか?  本当に私は父や母や弟と同じところに行けるのだろうか?  それは叶うまい。 皆と同じところに行くには、私は穢れ過ぎた。 本当に神のような父や母に比べると、私は余りにも穢れている!  三輪山から流れ落ちる聖水で幾度身を清めたとしても、その穢れは落とせるものではない。 私がこれまで犯した罪は、どの海の深さよりも深い。


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 これまで神の名のもとに、幾度自分の考えを押し通してきたか!  またそのことにより、いかに多くの人の自由を奪い、命を奪ってきたか!  私は神などではない、神の名を借りた、いや騙っただけだ! 

 もとより、私には神の御心を知る力などない!  霊力など微塵もないことは、この私が一番よく知っている。 ただそれがあるように振舞っただけだ。 しかしそれはヤマトの女王である限り避けられぬものだった。 神もそのことはよくご存じのはず。

 いや、もうやめよう、そんな言い訳するのは。 私はこの倭国のためにすべてを捧げた、身も、心も。  その結果地獄に落ちようが、どうしようが、それはまさに神の御心次第!

  願わくば、この倭国が永遠に続きますよう!   倭国の人々が末永く、永遠に幸せに過ごせますよう!



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卑弥呼以死 

 ヒミコは生前に、自の死に伴って殉死することを厳しく禁じた。 自分と死を共にするものは地獄に落ちるとも、人々に説いた。 しかし百名を超える者がその禁を破って死を共にした。 女王がこの世を去ればこの世も終わりと思った者、女王がどこに行っても一緒についてゆきたいと思った者・・・・・  死を共にした者の動機は様々であった。

 そうでない者たちは、この偉大な女王のために、これまでにない大きな墓を、数年かけて女王の宮殿の近くに作った。 人々が手渡しで大きな石を運んだ。 周囲に青々と水を湛えた堀をめぐらしたその墓においては、毎年女王の命日になると大々的な行事が行われた。

 ヒミコの意に反して、ヒミコは世を去ってからも倭国の女王であり続けた。 むしろ死んでからの方が女王ヒミコの威厳は一層増したともいえる。 人々の間で、ヒミコは本当に神となった。


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 ヒミコが去ったあとの倭国は、一時、大臣の一人が王に就いたが、まとまらず、結局はヒミコの妹の孫の、トヨが王に就くことになった。 トヨはヒミコの政策を手本とし、倭国をまとめることに尽力し、その後の大和政権の礎となった。


      
クイーン・ヒミコ・ストーリー  ~なあんちゃって 5




長い年月が流れた

 ヒミコがヤマトの女王の座に就いてから長い年月が流れた。  尾張から三河、駿河にかけての東海地方は、相変わらずヤマト政権の傘下に加わる村や国と、そうでないものがが混在していた。



東国で反乱

 また、これまでヤマト政権に従っていた国や村においても、ヤマトの役人と、その地の豪族や民たちとの間で、税の取り立てや、役人の不正などを巡って争いが時折あったが、 ここにきて、そうしたものが頻発するようになった。

 そして東海地方の多くの地域が ”反ヤマト” を掲げて連合する動きが現れた。 さらにそれらの小国連合に、東国の覇者とも言えるケヌ国が支援する形となり、「ヤマト政権」 対 「反ヤマト連合」 という構図が出来上がった。  両者は一触即発の様相を示してきた。

 東海のいくつかの国ではヤマトの役人の館が襲われ、長官たちが一族と共に滅んだり、またヤマトに逃げ戻ったりする事態が起きた。



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東国征伐を奏上

 ヤマトの大臣たちは宮殿内において会議を開き、近畿から中国、四国、九州などで、ヤマト政権下のすべての地域で兵を招集し、東国の反乱勢力を一気に攻め滅ぼすべき、という結論に至った。 そしてそれを女王ヒミコに奏上した。

 これまでの通例では、女王に最終的な決断を求めるといっても、それは形だけのもので、大臣たちが下した判断に、女王が異を唱えることはなかった。 大臣の誰もが今回の場合も、通例通りに事が運ぶと信じて疑わなかった。



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御簾の奥から甲高い声が鳴り響いた

 大臣の筆頭が女王の御簾の前で会議の結果を奏上し、下がろうとした時、御簾の奥から、これまで聴いたことない甲高い声が鳴り響いた。 その場に居合わせた大臣一同は何事が起きたのかと、一瞬呆然となった。



 「一同の者たち!  お前たち大臣一同の下した判断は聴いた。  お前たちはこの度の事態に対して、全国から兵を集め、東の諸国と大戦をすると言っている。  しかし、今、全国から兵を集めたらどうなる?  この度の東国の反乱の事態を考えると、生半可の兵の招集では、東国の勢力を打ち破ることは出来まい。  それこそ、ヤマトに従うすべての国から根こそぎ若者たちを集めての、徹底した招集が必要なのは自明だ。 でも、それを今行ったらどうなる? 」



 通例では、女王の話は側近を通して大臣たちに伝えられるので、大臣たちは女王の声を直接聞くことなどなかった。 このように大臣たちを前にして女王自身が声を張って話をするなどということは、前代未聞のことであって、皆、呆然となったのは無理もない。 女王はさらに続けた。
 


  「戦場となった村々が荒廃し、あるいは村ごと消え去ったりするのは当然だが、戦場とならない村でさえ働き盛りの男を兵にとられ、また、その兵のために米などを送らなければならなくなる、女手や老人中心にだ。 そうでなくとも村々では、昨今の日照りなどで厳しい状況である。  ここで全国を巻き込んだ戦など始めては、これまでヤマトに従っていた村や国でさえ反乱を起こしかねない。

 確かに兵力においては我が方が上だ。 東国勢がどのように兵をかき集めたとしても、我が方の半分にもみたないであろう。  しかし戦の勝ち負けは兵力だけで決まるものではない。 我が方が東国に攻め入った時、東国勢は自らの存亡をかけての戦いとなる。 おそらく兵も、民もなく、皆死を恐れず我が方に戦いを挑んでくるであろう。 我が方は数で勝るといえ、村々から強いて集められた者たちが中心だ。 戦意に差が出るのは明々白々。 




私は大倭国の女王ヒミコである! 私は神である! 

 この度の戦は簡単に勝てないだけなく、長引くことも往々にしてある。 戦が年をまたぐことにでもなったらどうする?  今、倭国を二分しての戦いなど、誰にも利するものではない。 事態が悪い方向に進めば、このヤマトを中心とした倭国が、漢などのように滅びることすらあり得る。 私はこのヤマトを滅ぼすために王になったのではない・・・・・・

 一同の者!  それでも戦がしたいなら、まずこの私を、死たらしめよ!   私は彼の世に行き、そして事の次第を神にお告げ申す。 その時、神がどういう判断をなされるか、神の御心次第である。  お前たちが正しいのであれば神はお前たちを許すであろう。  しかし、もし、そうでなかったら・・・・・     

 さあ!  お前たちが、自分たちの考えが正しいと思うならば、 あるいは、この女王ヒミコが間違っていると思うのであれば、 この場ですぐ私を殺しなさい!  さあ!  私を刺しなさい! 

 ・・・・・・それが出来ぬのであらば、 この場で私を刺すことが出来ぬのであらば、 この件については、すべて私に任せよ!  そして一同の者! 今後すべて私の命に従いなさい!   私には、この倭国の、あまねくすべての王や民たちを守ることを、神から委ねられている!  私は大倭国の女王ヒミコである!  私は神である! 」





皆、女王の命に従うことを誓った

 大臣たちは神の声を聴いた。  そして、その神の言葉のあまりの恐れ多さに、ただただ、ひれ伏すのみであった。  今後すべて女王の命に従うことを皆誓ったのは言うまでもない。 






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不満を吐露させた


 大臣たちから完全な委任を取り付けたヒミコは、まず信頼できる腹心の者たちを、反乱を起こした村や国に使者として送った。 ヒミコは使者たちに、決して説得するな、まず黙って話を聴けと命じた。 そしてヤマト国や、ヤマトの役人たちへの不満を洗いざらい話させるように言った。 そうすると、これまでヤマトに不満や反意を持っていた者たちも、次第に気持ちも和らいでいった。

  しかし、その一方で、近江や伊勢、美濃などの東国勢と接する箇所に精鋭軍を配置して、これ以上戦禍が拡がるのを防ぐことも怠らなかった。 そして、兵を出した地域からの年貢等を免除し、民たちの疲弊に備えた。 




魏に使者を出し、倭王の称号を得る

 ヒミコにはさらに奥の手があった。 これまで大陸の遼東半島から楽浪郡を押さえていた公孫氏に使者を出していたが、その公孫氏が滅んだ。 そうした情報を素早く得ていたヒミコは、すかさず魏に使いを出し、魏から倭王の称号を得、ヤマトの王は魏が認めた倭国の唯一の王であることを倭国全土に知らしめた。 また詔書、黄幢も得て、ヤマトには魏が後ろ盾になっていることを、反勢力に対して強く誇示した。

 ヒミコは焦らなかった。 ヤマトの王、つまり自らが魏も認める大倭国の正統的、かつ唯一の王であることを全国に知らしめ、東国勢に心理的圧力を加えつつ、その一方でヤマトに反感を持っている者たちの気持ちを少しずつ和らげる手だてを行っていった。

 そして、ヤマトに心を開いた国や村には最新式の鉄製農具や、また優れた品種の種もみなどを与え、また新たな作物の栽培方法なども伝授した。 それらにはヒミコの腹心の部下である渡来人たちの尽力が大きかった。




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三角縁神獣鏡

 また、そうした国などの王や首領たちに対しては、神の御心を映す鏡として魏から下された鏡も与えた。 国が一つになるには、まず同じ神を崇める必要があると、ヒミコは考えた。 そしてその魏鏡を持つということは倭国唯一の王であるヤマトの王、つまりヒミコからその地方を治めることを認められた証となった。

 そうしたヒミコの硬軟にわたる策で、徐々にではあるが、ヤマト政権に、よりを戻したり、新たにヤマト政権の一員に加わる国も、次第に出てきた。 中には陸奥や出羽のような遠隔地にもかかわらず、ヤマトとの繋がりを求める国もあった。 

 結果的に、ヒミコは戦争で大勝利して得られるもの以上のものを、全く血を流さずに得た。 さらに混迷していた倭国も、東国の含めた、本当の意味での ”大倭国” が、ここに成立した。  ヒミコはヤマトの大臣や民たちからだけでなく、倭国全土の者たちから、神と崇められるようになった。



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平城宮



現在の奈良市はかつての平城京の位置と少しずれている

 今回の旅行では、この平城宮は最初に行ったのですが、記事のほうは年代順ということで最後に書きます。 奈良の観光といえば、まず何といっても大仏のある東大寺、それから興福寺、奈良公園、春日大社、若草山といったところでしょうか。

 これらの寺社などのある場所は、かつては、平城京の中核部分である長方形の右京、左京の東側に付け足された ”外京” と呼ばれた部分にありました。


 
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現在の奈良市は、外京にあった東大寺や興福寺の門前町として残ったもの

 平城京は710年に前述の藤原京から遷都し、さらに784年に長岡京に遷都します。 遷都となると、天皇、および大臣や官吏、その下で働く人など、すべての人が移動してしまいます。 往時には人口10万人と言われ、日本で最も賑わっていた平城京もゴースト・タウンになってしまいました。 大極殿などの主要な建物などは解体して長岡京に移築されたそうです。

 一方、外京の寺社のなどは引っ越しせずその地に残されたので、それらの寺社を中止とした門前町として外京のみ残り、それが現在の奈良市の中心街となっている訳です。 上の地図を見ると、かつての外京と、現在の奈良市街地がちょうど重なるのがわかると思います。




再建された大極殿

 さて、かつては何もなかった平城宮跡ですが、今現在は天皇が公式行事などを行う建物である大極殿と、平城宮の正門、あるいは玄関にあたる朱雀門が再建されています。 大極殿は2010年、朱雀門は1998年に再建されたとありました。



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6年ほど前に再建された大極殿。 天皇が臣下などを前にして公務を行うところ。



 再建された大極殿はかなり大く、写真のように朱色に塗られてたいへんきれいな建物で、遠くからでも見ることが出来ます(付近に高い建物がない)。 バスを降りて敷地内に入ってみると、小雨模様のこともあってか、観光客などは私たち以外に見当たりません。




恐る恐る中に入ると

 大極殿の中まで入ってよいのかどうかわかりませんでしたが、一応 ”入り口” とあるので階段を上がってみました。 すると警備の人がいて、「入ってはいけません」 と言われるのかと思いましたが、「どうぞ、お入りください」 と案外、丁寧な応対。

 こういったところは、無料のはずはないと思いましたが、料金所のようなものは見当たりません。 中に入ると、さらに2,3人の警備の方がいましたが、相変わらず観光客は私たち二人だけで、警備の方も、なんとなく手持無沙汰な感じでした。



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天皇の御座らしい、ガラスが光ってしまったのがちょっと気になる。 ボランティアのガイドさんに撮ってもらった(ガイドさん指定のアングルによる)。



 少しすると、私と同じくらいの年齢の男性が近づいてきて、「私はボランティアで、この大極殿のガイドをしています。 もしよければご説明いたしましょうか」 と声をかけてきました。 「では、お願いします」 というと、 「どちらから来ました? イバラキ? ああ、私も栃木県の生まれなんですよ。  それでは、 えー、  この平城京は710年に藤原京から遷都し、東西××キロメートル、南北・・・・・・ 」





警備員とプラヴェート・ガイド付きで、 無料!

 柱の跡などで建物の大きさと高さなどはわかるのですが、装飾品のようなデティールは、はっきりとはわからず、推測によって再現されているそうです。 それにしても、再建されたばかりのピカピカの大極殿に、警備員とプライヴェート・ガイドも付いて、まるごと貸し切り状態!  しかも無料!  最高ですね!




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大極殿を引きで撮っても人影はない。 別にアングルを選んだわけではない。






朱雀門

 ガイドさんには、いろいろ詳しく説明していただいたのですが、次の予定もあるので、その大極殿を離れ、 再建されたもう一つの建物の朱雀門まで歩いてゆきました。 これは先ほどの大極殿の南約800メートルのところにありますが、少し歩いてみても相変わらず人はいません。

 

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朱雀門   ちょっと見た感じでは大極殿と区別が付きにくいが、柱の本数が違うようだ




朱雀門の前を電車が走る?

 大極殿からこの朱雀門を見ていた時、その前を電車が走っているのを見ました。 ちょっと不思議な感じですね、例えるなら、家の門と母屋の間に電車が通るみたいなものですから。 しかし平城宮跡といっても、一時期何もなくなってしまったわけですから、それは家も建つし、道路や電車も走りますよね。 再建、整備計画なんて比較的最近のことですし。


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朱雀門のすぐ前を近鉄線が走る、後ろに大極殿の屋根が見える。 





次の日にこの電車に乗った


 それにしても再建された朱雀門のすぐそばを近鉄線が通っています。 じつはこの翌日、飛鳥方面から帰る時にこの電車に乗りました。 電車に乗った時には前の日見たあの電車だということはわからなかったのですが、電車の窓に見たことのある赤い建物が見えたので、その時前日に見たあの電車に乗ったことがわかりました。

 こうした光景も面白いといえば面白いですが、この近鉄線は、奈良駅の近くになると地下鉄になるので、いずれは地下を走ることになるのでしょう。 そうでないと観光スポットとしては成立しないでしょうね。