中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

中村ギター教室発表会 6月4日(日) ひたちなか市文化会館小ホール



 6月4日の発表会の曲目、及び出演者が決まりましたのでお知らせします。 多少の変更はあるかも知れませんが、演奏順も以下の通り予定しています。







   《  第  Ⅰ  部  》


1.<二重奏>  舟歌(コスト) 、 吟遊詩人の調べ(カルリ)      関  義孝   清水 和夫

2.<二重奏>  月光(ソル~フォルテア編)          鈴木 俊彦   澤畑 敦史

3.喜びの歌(ベートーヴェン)、たなばた(下総皖一)          相坂 蓮太

4.枯葉(コスマ)                       久保田敬一

5.太陽がいっぱい(ロータ)                  東谷  滋

6.真珠とり(ビゼー)                      眞分  昭

7.二つのギター(ロシア民謡)                 斎藤  立

8.タランテラ(サルコリ)                   河井由美子

9.マイ・ウェイ(フランソワ&ルヴォー)            深作 純子

10.グリーン・スリーブス(イギリス民謡)            小池 清澄

11.舟歌(コスト)                       谷  政則

12.アデリータ(タレガ)、イタリア舞曲(ノイジトラー)      安西 玲子

13.タンゴ第3番(フェレール)                 澤畑 敦史

14.月光(ソル)                        鈴木 恵一

15.アンダイティーノ(ソル)                  根本  滋

16.セレナーデ(シューベルト)                 甲斐  洋

17.アランブラの想い出(タレガ)                赤沼 増美

18.禁じられた遊び(ルビラ他)                 関  義孝

19.黒いオルフェ(ボンファ)                  鈴木 俊彦

20.<二重奏> ホワイト・ローズ(中村俊三)       吉野 智美    中村 俊三




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   《  第  Ⅱ  部  》


*ゲスト演奏   宮下 祥子      アランブラの想い出(タレガ)、 大聖堂(バリオス)、 羽衣伝説(藤井敬伍)



21.前奏曲第1番(ヴィラ・ロボス)             石井 嘉人

22.ソナタ(カルリ)                    清水 和夫

23.パラグアイ舞曲第2番(バリオス)            有我  等

24.スペイン舞曲第5番(グラナドス)            及川 英幸

25.練習曲第11番(ヴィラ=ロボス)、 シンプリシタス(バーデン・ジャズ組曲より)       久保田 浩

26.ノクターン(ショパン)                 米沢 洋樹

27.おいしい水(ジョビン)、サマータイム(ガーシュイン)   佐藤 眞美

28.魔笛の主題による変奏曲(ソル)             吉野 智美

29.<二重奏> ロス・マレアドス(コビン~飯泉編)、 So in Love(ポーター~江部編)    中川眞理子   丹  朋子

30.<合奏> 花のワルツ(チャイコフスキー)    水戸ギター・アンサンブル

   Alt.G   中川眞理子  及川英幸  久保田浩
   P.G.1  丹 朋子  佐藤眞美  後関信一  清水和夫
   P.G.2  萩野谷稔  鈴木俊彦  根本 滋  澤畑敦史
   P.G.3  赤沼増美  深作純子  鈴木高彦  阿部広宣
   B.G    米沢洋樹  関 義孝  甲斐 洋
   指揮 中村俊三



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 以上のように、今回は久々のひたちなか市文化会館での発表会ということや、宮下祥子さんにゲスト演奏をお願いしたことなどで。だいぶ盛りだくさんの発表会になりそうです。 そうしたことで、当初は14:00の開演を予定していたのですが、13:30開演に変更しました。 聴きに来ていただく方も多くなればと思います、ぜひお出かけください。



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中村ギタ―教室発表会

6月4日(日) 13:30~16:30   ひたちなか市文化会館小ホール




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久々にひたちなか市文化会館で


 6月4日(日曜日) 13:30~ ひたちなか市文化会館で中村ギター教室発表会を行います。 中村ギタ―教室発表会は、このところ石岡市のギター文化館で行っていましたが、今年は久々にひたちなか市文化会館で行います。



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ゲスト出演  宮下祥子さん


 今回は、世界的に演奏活動をされているギタリストの宮下祥子さんをゲストに迎えて行います。 宮下さんは、最近ご主人の仕事の関係で、札幌より水戸に活動の拠点を移されました。




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独奏20名以上、水戸ギター・アンサンブルも

 また、ギター文化館のほうでは合奏などは出来なかったのですが、今回は水戸ギター・アンサンブル(約18名)の演奏もあります。独奏は、20名以上の方が行い、二重奏も4組ほどあります。



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盛りだくさん

 今回は例年に比べ、ちょっと盛りだくさんということで、所要時間も3時間ほどになりそうです。 いつもの通り入場は無料ですので、ぜひお出かけ下さい。 曲目や演奏者など、プログラムの内容ははまた次の機会に書きこみます。




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タレガ : タンゴ




タンボラートやラスゲアード、ハーモニックスを用いた面白い曲

 「タンゴ」の話だったのですが、前回は前フリで終わってしまいました。 今度は本当にタンゴの話をしましょう。 この曲はタレガの曲の中でも人気のある曲で、なかんか面白い曲で、タンボラートやハーモニックスを効果的に使っています。 比較的シンプルな曲ですが、3連符と付点音符の組み合わせを正確なタイミングで弾くのはなかなか難しいです(たいていの人はアバウトに弾くが)。




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タレガのタンゴ  最初の出版は1909年前後と思われる。 タンボラートやハーモニックスなどが効果的に用いられたタレガの人気曲だが、3連符と付点音符のカラミを正確なタイミングで弾くのは難しい。 




二重奏曲のパート譜?

 このタンゴの出版はタレガの死の前後、つまり1909年前後と思われますが、この曲はガルシア・トルサの二重奏曲「ハバネラ」の1stパートとほぼ同じになっています。 トルサは1905年に亡くなっているので、必然的にトルサの二重奏曲のほうがタレガの出版譜よりも早いと言うことになります。




椿姫やグラン・ホタなどから考えれば

 となれば、先の事情から、このタンゴも椿姫幻想曲やグラン・ホタ同様に他のギタリストの作品がタレガ作となってしまったのか、と誰しも思うでしょう。 実際にCDなどの解説ではそのように書いてあることが多いです。 私自身もそのように認識していました。




なんとなくタレガらしくない曲

 さらに、アラビア風綺想曲は、ラグリマ、マリエッタなどの作品と比べると、確かにこの曲は趣が異なり、タレガの作品らしくないところもあります。 セゴヴィアがこの曲を弾かなかったのはそういったところもあるかも知れません。




有罪確定だったが

 いろいろな点で ”真っ黒” と思われていた、つまり有罪が確定していたこの曲ですが、2012年に現代ギター誌に書かれた毛塚健旨氏の記事では、1894年にタレガは、当時流行った民謡を基にこの曲を書いていて、その日付なども書き記されているそうです。




タレガの独奏譜のほうが先?

 つまり、トルサの二重奏曲の1stパートを、タレガが自らの独奏曲として出版したのではなく、その逆でトルサがタレガの独奏曲に2ndパートを作曲して二重奏曲にしたものだそうです。 つまり冤罪を晴らす証拠が出てきたと言うことになります。

 また、このタンゴがあまりタレガらしくないというのも、当時流行していた曲の編曲だとなれば、合点がいきます。 エンターティメント性を大事にしていたタレガは、流行っている曲や、一般に人気のある曲は、とりあえずギターにアレンジしなければ気が済まなかったのでしょう。   ・・・・・ウン、ウン、何となくよくわかる。




感動の逆転勝訴!

 と言った訳で、このタレガのタンゴは足利事件や何とか事件同様、長年にわたる裁判闘争の結果、無罪を証明する確たる証拠の発見により、逆転無罪となりました。 法廷から走って出てきた弁護団の持つ「逆転勝訴」 の垂れ幕に、本人はじめ、関係者の皆さんは喜びと感動で沸き返っています・・・・・・・ 




今後はこのようなことが起きないために

 ・・・・・・・感動中ではありますが、無罪を告げた裁判長から、タレガ氏に 「あなたの無罪は証明されましたが、今後はこのようなことが起きないために、編曲の場合は編曲、また、他の音楽家の作品の一部などを引用した場合は、必ずそうしたことを明記するように」 との注意がありました。
偽作の名曲いろいろ 5 ~濡れ衣編



フランシスコ・タレガ : タンゴ




「椿姫幻想曲」がアルカスの作品であることは知られているが

 最近では皆さんもご存じと思いますが、タレガには偽作とされるものが結構あります。 特に有名なものとしては 「椿姫幻想曲」 で、これはタレガの先輩にあたるスペインのギタリストのフリアン・アルカスの作品と言われています。

 とはいっても、そのアルカスの書いた原曲の譜面を私自身では持っていないので、どの程度タレガが書いた譜面とアルカスの原曲が近いのかは、よくわかりません。 ・・・・いろいろがんばればアルカスの原曲の譜面も入手できるのかな?




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 フリアン・アルカスはタレガ以前においてはスペインで最も高く評価されたギタリストで、この曲を始めとしてヴィルトーゾ的な作品を多数残しています。 かつては ”谷間の時代 (暗黒時代だったかな?)” と言われた19世紀半ば頃のギタリストですが、最近ではタレガに劣らない優れたギタリストとして、その偉業を再評価されています。




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マリア・エステル・グスマン演奏のフリアン・アルカス作品集のCD  この「椿姫幻想曲」は収録されていない




 この曲が一般に知られるようになったのは比較的最近で(比較的最近タレガの名の入った譜面が再発見された?)、私の知る限りでは1980年代にカルロス・ボネルの録音で知られるようになったのではと思います。  また、その時点でこの曲がアルカスの作品であることも、ほぼ同時に言われていたような記憶があります。 





冤罪が晴れることも?

 しかし今現在では、アルカス作曲とされる場合もありますが、堂々と ”タレガの傑作” として表記されたり、解説されているものも少なくありません。 アルカスのためにも、その辺ははっきりしておいた方がよいのではと思います。  ・・・・・・最もいろいろ研究した結果、この作品は紛れもなくタレガの真作だったなどという根拠が出てくる可能性もなくはないかもしれませんが。

 



タレガがリサイタルの際に必ず演奏したという 「グラン・ホタ」 も

 タレガがリサイタルの時に必ず演奏したと言う 「グラン・ホタ」 もフリアン・アルカスがスペインでよく知られた旋律(ホタ)を基に作曲した 「ホタ・アラゴネーズ」 を改編した作品で、アルカスの書いた変奏のうち、いくつかのものはそのまま使用されているようです。 また、1910年頃のアリエール社の出版譜(現代ギター社版と同じ)に付いているイントロは、同時代のスペインのギタリストのホセ・ヴィーニャスの作品の一部だそうです。




今現在なら違法行為?

 こうしたことは、今現在だったら偽作というより ”盗作” ということになってしまい、違法行為となりますが、当時はそうした著作権的なことはあいまいだったのでしょう。 タレガにはこうした他の音楽家から引用した作品がかなりあり、そしてその出典を明記しないこともしばしばあったようです。

 こうした件について、決してタレガは悪気があって他の音楽家の作品を盗用したわけではないと言われていますが、19世紀といえど、ある程度は著作権といった概念も出来ており、大半の音楽家はこのようなことはしてはいなかったので、タレガが他の音楽家の作品を使用することについて、ややルーズだった点は否めないでしょう。




過去の大作曲家はリスペクトしていたが

 タレガはもちろんギターのための作品を残していますが、作曲より演奏の方に主眼が置かれていたという点もこうした事が起きた理由の一つかも知れません。 ただ、タレガはベートーヴェンやシューマンなど、過去の大作曲家に対する尊敬の気持ちは強かったようで、自らの作品よりも重要視してた印象があります。

 その反対に同時代のギタリストの作品をリスペクトする気持ちは多少薄れていた可能性もあります。 特にフリアン・アルカスはタレガにとって師匠とも言える存在だったはずで、実際にタレガは師の作品(一部分だとしても)を演奏していたわけですから、自らの作品のタイトルなどにその名が現れてもよいはずなのですが、そうしたものは一切ないようです。




師というより越えるべき存在

 タレガにとってアルカスの存在は大きかったはずですが、師というよりライバルで、越えるべき存在だったのかも知れません。 これと同じ関係はタレガとリョベット、 あるいはリョベットとセゴヴィアの間にもありそうですが、この話はまた後にしましょう。 でもこれらのスペインの大ギタリストたちの相関図は、なんだか面白いですね。


 


 
偽作の名曲いろいろ 4 ~濡れ衣編



ヴィターリ : シャコンヌ




以前にも書いたが

 以前、当ブログの 「シャコンヌ再考」 でも書いた曲ですが、このバロック時代のイタリアの作曲家、トマソ・アントニオ・ヴィターリのシャコンヌは、シャコンヌとしてはバッハの作品と並ぶバロック時代の人気曲です。 知名度などではアルビノーニの「アダージョ」には一歩譲るところもありますが、CDなどにもよく録音されています。




ちょっと聞いた感じではバロック時代のの作品と思えないほど濃厚

 この曲をウンチクなしで聴いた場合、多くの人はおそらくブルッフやビオッティなど、ロマン派のヴァイオリニストの作品のように思えるのではないかと思います。 それくらい、この曲はドラマチックで、濃厚なロマン派の作品のような味わいがあります。

 もっとも、そう聴こえる理由の一つとして、もともとはヴァイオリンのソロ・パートに通奏低音が付いているだけのものでしたが、現在聴かれるものは、ほとんどの場合、その低音を基に19世紀的なオーケストラ伴奏を付け加えていることもあります。

 


メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を初演したダヴィドの演奏で知られるようになった

 この曲が一般に知られるようになったのは、ダヴィドという19世紀のヴァイオリニスト (メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を初演したことでも知られている) が演奏したことによります。 ダヴィドはこの曲の原曲については、あまり明らかにしなかったようです。


 そして、この曲があまりにもロマンティックな感じがするため、本当はバロック時代の作品ではなく、ダヴィドのオリジナル、つまり偽作ではないかと疑われたりもしました。 実際にダヴィドには偽作、つまり過去の音楽家などの名で作曲した作品があるようです。





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20世紀半ば頃活躍したジノ・フランチェスカッティのCD。 この演奏だとヴィターリのシャコンヌは19世紀のヴァイオリン協奏曲のように聴こえる。





大胆な和声で、転調もしている


 聴いた感じがロマンティックな感じが強いだけでなく、和声的にもバロック時代としてはかなり進んだもので、また通常シャコンヌは変奏曲である関係上、転調はしないのが普通ですが、この曲では大胆な転調もあります (転調好きなバッハでさえ、シャコンヌでは転調を用いていない!)。 




やはり有罪?

 つまり、この曲がバロック時代に書かれたとすると、かなり ”進んだ” メロディの作り方や、和声法となっているということで、いわば当時としては ”前衛的” な音楽と言うことになるでしょう。 そう考えると、この曲はかなり疑わしいですね。 状況証拠により有罪確定?




本人のものではないが

 ・・・・・いや、ちょっと待ってください。 確かにヴィターリ自身が書いた譜面は残されてはいないのですが、1710年~1720年頃、ドレスデンの音楽家のリンダーによって写譜されたと言う譜面が残されているのは確かなようです。


 下の譜面はネットでダウンロードしたもので、詳しい説明がなかったので、これがそのリンダーが写譜した譜面だという確証はないのですが、ヴァイオリンのソロ・パートに数字付の低音、つまり通奏低音が書かれています。 見た感じでは、やはりバロック時代に書かれた譜面と言った感じで、リンダーの譜面である可能性はあるように思います。



 

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ヴィッターリのシャコンヌの原曲と思われる譜面(ダウンロードによる) ヴァイオリン・ソロと通奏低音の形で書かれており、見た感じでは典型的なバロック時代の譜面。




 もっとも、19世紀以降の誰かが、いかにもバロック風の譜面に似せて書いたとなれば、話は違いますが、そこまで手の込んだことをやる人も、そうはいないのではないかと思いますので、 このシャコンヌが間違いなくヴィターリの作曲であると言う確証はないものの、少なくとも19世紀の作品ではなく、バロック時代の作品であると考えてよいのではないかと、素人ながら思います。




150年ほど作風が進んでいたため

 因みに、CDなどの解説では、偽作としているものが多いですが、真作としているものもあります。 専門家の中でも、まだ意見は分かれているようです。 要するに、ヴィターリの作風が150年ほど進んでいたために、あらぬ疑いをかけられてしまったと言うことでしょうか。




単なる印象や思い込みで決めつけるのは

  ・・・・・・結審!  「当法廷は被告の無罪を証明する証拠は確実に存在すると判断し、よって被告を無罪といたします。  余談ながら、単なる印象や思い込みで判断することは、何人も慎まなければなりません、特に何らかの法律上の権限を有する人々は。 そうしたことが、往々にして冤罪という、法治国家としてはあってはならぬ悲劇を生みだすきっかけとなります。   ・・・・・・以上もって閉廷!」
 
偽作の名曲いろいろ 3 ~濡れ衣編




坊主憎けりゃ

 バロック時代を代表する名作が実は20世紀の作品だったり、ハイドンの人気曲が全くの別人の作曲だったりとなると、世の中、何を信じればと言う気になります。

 正真正銘のその作曲家の名作であっても、この曲もしかしたら偽作じゃないの? とか。  この納豆、国産大豆100%、遺伝子組み換えなしって書いてあるけどホント?  国産牛って表記されているけど、値段からしたら輸入ものじゃないの? なんて気になりますね。

 こういうのを、なんていうんでしょうね、 「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」 ちょっと違うな、 「熱さに懲りて、なますを吹く」 かな?  それもちょっと違うな、ともかくついついいろいろなものを疑ってしまいますよね。




疑いをかけられた気の毒な作品たち

 そんなわけで、今回は本物であるにも関わらず、偽作の疑いをかけられてしまった気の毒な作品についての話となります。 それらの中には関係者の努力により冤罪が拭われ、晴れて本物と認められたものや、まだ裁判で係争中のもの、あるいは疑わしい点はあるものの、証拠不十分で、とりあえず無罪みたいな曲もあります。 






J.S.バッハ : トッカータとフーガニ短調BWV565




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誰もが知っているバッハの名作だが

 この曲は、バッハのオルガン曲としては 「小フーガト短調BWV578」 と並ぶ人気曲で、一般的にはバッハの代表作の一つと言われています。 「バッハの曲はこの曲しか知らない」 とか 「バッハにはあまり興味ないが、この曲だけは好き」 といった人もいるのではと思います。 特にこの曲の 「タ↓ラ↑ラ~~  (ラソラー )」  という部分は有名で、ちょっとした効果音的にも使われます。



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バッハのオルガン曲としてはたいへん人気のある 「トッカータとフーガニ短調」  モルデントによる最初の音は有名で、効果音てきも使われる。 ただし内容がバッハらしくないということで専門家の評価は低い。 このページを見ても確かにバッハらしくないオクターブ・ユニゾンが目立つ。





いかにも軽率、展開がない、ともかく内容がない?

 そんな誰でも知っているといったバッハの人気曲ですが、これが ”その筋の人” いや、一部のバッハの専門家たちからはたいへん評判が悪い。 「オクターブ・ユニゾンが続くなど、バッハの作品としてはありえない」 とか 「減7の和音の強調の仕方がいかにも軽率」 「全くバッハのフーガらしい展開がない」  「ともかく内容がない」 など散々です。




自筆譜などは残されていない

 この作品については、曲の内容からすると、バッハの若い頃の作品と言われていますが、バッハの自筆譜は残されてなく、18世紀半ば頃、つまりバッハの晩年の時期に写譜されたと思われる譜面が残されているだけのようです。 つまり絶対的にバッハの真作であるとは言いきれない部分もあるということになります。

 また、そうしたこと以上に、前述の通り 「この曲はバッハの真作ではない、バッハがこんなつまらない曲を書くはずがない」 、とその内容から真作を疑う人も少なくないようです。 そうしたことで、この曲は弟子、あるいは親族など、バッハの近親者の作品ではないかという説もあります。




ヴァイオリン曲からの編曲という説も

 また、この作品はヴァイオリン的な部分が多く、バッハが自ら、あるいは別の音楽家のヴァイオリン曲からの編曲ではないかという説もあります。 どうやら今現在はこのヴァイオリン曲からの編曲説がやや有力なようです。 確かにこの曲には部分的にヴィヴァルディの協奏曲のようなパッセージも出てきます。





フーガは内容が濃ければ濃いほど、一般の人にはわかりにくい

 専門家たちによる 「オクターブ・ユニゾンが多い」 「減7の和音の多用」 「展開が貧弱」 といったこの曲への評価は、裏を返すと、一般の人にはこの曲がシンプルで、たいへんわかりやすく、共感を持ちやすいと言った点にもつながります。 フーガという形式の曲は、その内容が優れていれば、優れているほど、逆に一般の人には理解しにくい傾向があります。





同じ 「トッカータとフーガ」 でも、ヘ長調というのもある

 同じ 「トッカータとフーガ」 でも 「ヘ長調BWV540」 はメンデルスゾーンも絶賛したほど、専門家からは評価の高い作品ですが、確かに一般の人には印象に残りにくいところもあります。 フーガはテーマが二つある二重フーガになっていて、最初のテーマは半音階的なものですが、声部も多く、各声部の音を耳でトレースしてゆくのはなかなか難しい感じです。





わかった上で作曲?

 この 「ニ短調」 の方は出だしが仰々しい割には中身がないということで専門家たちから不評なわけですが、表面的な効果やシンプルな部分が多いということは、前述のように一般の人には音が追いやすく、また何といっても ”つかみ” というか冒頭のインパクトの強い作品となっています。

 と考えると、あえてバッハは一般の人の気持ちを掴むために、このようなわかりやすく、聴きやすい曲を作った、などという深読みも出来なくもないかも知れません。 




他人の演奏は嫌いだが、自分で弾くのは好き?

 ところで、前述の ”一部の専門家” の中に、我が国ではバッハ演奏の第一人者とされている、オルガニスト兼指揮者の鈴木雅明氏も含まれます。 鈴木氏はその著作の中で 「鈴木さん自身では、この曲を弾かないのですか」 と聴かれた時、 「いえ、自分で弾くのは結構好きなんです、弾いていると気持ちが乗ってくるし。 でも他の人の演奏を聴くのはまっぴらですけどね」 と答えていました。

 言っていることがよくわかりませんが、要するにこの曲(トッカータとフーガニ短調)は結構ウケルということなんでしょう、ともかく音楽家という職業の人は ”ウケル” という言葉に弱い。 確かに、クラシック音楽といえど、 ”ウケルもの勝ち” といったところもありますからね。



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証拠不十分につき、無罪

 それで、結局この曲はどうなの、有罪なの、無罪なの? もちろん私にはそんなことわかりませんが、少なくとも今現在の音楽界では、偽作、あるいは他の音楽家からの編曲もあり得るが、はっきりそう言える根拠は特にない。 したがってとりあえずバッハの作品としておこう・・・・・・    といった感じです。

 つまり、 「その内容に疑わしい部分もあるが、証拠不十分につき、被告は無罪!  ただし当法廷はさらなる審理の必要もあると考えますので、原告には上告することをお勧めいたします。 以上で閉廷!」

新井伴典&宮下祥子 デュオコンサート

  4月1日(土) 東京都ティアラこうとうホール



 <演奏曲目>

M.ジュリアーニ : 協奏風変奏曲 作品130

E.モリコーネ : ニューシネマパラダイス、 初恋、 愛のテーマ

A.ジョリベ : 2つのギターのためのセレナード

佐藤弘和 : 風が運んだ4つの歌

A.ピアソラ : タンゴ組曲

F.ソル : 幻想曲作品54bis


 *アンコール曲  マイヤーズ : カヴァティーナ





二人は同世代


 昨日、上記のとおり新井伴典さんと宮下祥子さんのデュオ・コンサートに行ってきました。 二人はほぼ同世代ですが、デュオを行うのは今回が初めてだそうです。




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本格的デュオ・コンサート


 通常デュオ・コンサートといっても、お二人のように主にソロ活動をしているギタリストどうしの場合は、デユオの曲目は半分くらいで、残り半分はそれぞれ独奏を行うのが普通ですが、 今回のコンサートでは完全に二重奏のみのプログラムになっています。 つまり本格的なデュオ・コンサートといえます。

 プロログラム構成としてはジュリアーニとソルという古典派時代の両巨匠の作品を最初と終わりに置き、その間に20世紀以降の作品を置くといったものです。 




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ご冥福をお祈りします

 ギターのための作品を数多く残し、アマチュア、プロを問わず様々なギタリストにその作品を演奏されている佐藤弘和さんは、残念ながら昨年50歳という若さで亡くなり、その佐藤さんの曲目が演奏されました。 ご冥福をお祈りいたします。

 ジョリベの作品は伝説のデュオ、プレスティ&ラゴヤのために書かれた無調の曲ですが、最近このような無調の作品はあまり演奏されなくなりましたね。



デュオの名曲として定着

 タンゴの巨匠と言われるアストル・ピアソラの作品は1990年代から2000年代にかけてたいへんよく演奏され、”ブーム”的な感じでした。 最近はそうしたものもやや落ち着いてきましたが、このアサド兄弟のために書かれた 「タンゴ組曲」 はギター・デュオのための作品のなかでは超一級品として、今現在も将来も演奏されて行くでしょう。 お二人の演奏からはそんなことが感じられました。




とてもスペイン舞曲

 私も時折演奏することもあるソルの幻想曲の「エスパニョール」は、沸き立つリズムで、まさにファンダンゴと言った感じでした。 全体に、速いテンポの曲はより速めに演奏され、たいへんきびきびした演奏でした。 




ラ・マンチャの歌を思い出す

 そう言えば新井さんの演奏は久々に聴きました。 私が最初に新井さんの演奏を聴いたのは確か新井さんが中学生くらいの頃っだたと思います。

 学生ギター・コンクールでモレーノ・トロバの「ラ・マンチャの歌」 を聴きましたが、明るく溌剌とした演奏で、その時の印象はよく覚えています。 もちろん、その当時と今では全く違う演奏なのでしょうが、新井さんの音を聴いていて、その時の演奏を思い出しました。





浅草といえば

 コンサートは19:00~だったので、その前に浅草とスカイ・ツリーに行ってきました。 浅草といえば、私の生まれは栃木県の現在は栃木市となっているところなので、東京に行く時には東武日光線で浅草駅まで行き、そこから地下鉄にのりました。

 東京に親戚があったので、よく(おそらく年に2、3度)この東武鉄道で東京に行っていました。 浅草と言ってもそこで乗り換えるだけだったので、浅草の街へは今回初めて行きました(行ったことがあるかも知れないが、記憶はない)。 



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お馴染みの雷門の提灯




”雷” のちょうちん

 かなり寒い日でしたが、やはり人であふれています。 最近行ったところでは最も混んでいるところかなと思います。 あまり寒いので、とりあえず ”雷” の提灯のある門をくぐってお参りして駅に戻りました。 



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仲見世通りはかなり混んでいる





当然ながら近くで見ると大きい

 その昔よく乗った東武日光線に乗ってスカイツリーまで行きましたが、スカイツリーが昔よく乗った東武線沿いにあったのは、今回気が付きました。 スカイツリーは高速バスの窓越しに見たり、またテレビで見たりはしていましたが、間近で見ると、当然ながらその大きさに感じ入ります。 



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近くで見るとさすがに大きい




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東武浅草駅方面を望む、その上の方には浅草寺も見える。  子供の頃、よくこの東武線で栃木から東京に行ったが、電車が川を渡って大きなビル(松屋デパート) に入っていったのをよく覚えている。 当時は他に大きなビルなどはなく、かなり大きなデパートに思えたが、今ではあまり目立たない。 当時屋上が遊園地のようになっていて、そこで遊んだのがとても楽しい思い出となっているが、今ではそれもなくなっているようだ。 (デパートそのものも残っているのかな?)




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屋形船が出ているが、さくらはまだよく咲いていない




竜神狭のほうが怖い?

 450メートルという回廊展望から見る風景はあまりにも高すぎて、まるでミニチュア模型を見ているか、あるいはテレビモニターを見ているような感じです。 東京タワーの展望台から真下を見ると、ちょっと怖い感じがしましたが、ここではそんな感じもしません。 怖さで言ったら、竜神狭のつり橋のほうがちょっと怖いかな?




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あまり高過ぎてリアリティがない。 まるで模型のよう