中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

バッハ:平均律クラヴィア曲集 9



第7番変ホ長調



変ホ長調といえば、「英雄」、「皇帝」 などの名曲があるが


 変ホ長調と言えば、ベートヴェンには 「英雄」、「皇帝」、「7重奏曲変ホ長調」 と言った名曲があります。 モーツアルトも変ホ長調で交響曲第39番、ピアノ協奏曲第22番などを書いていて、古典派時代では、変ホ長調は比較的ポピュラーな調です。 

 しかしバッハの曲では変ホ長調はあまりないようですね、とりあえず思いつくのは 「無伴奏チェロ組曲第4番」 くらいしかありません。 同時代のヘンデルやヴィヴァルディにもほとんどありませんから、バロック時代では変ホ長調というのはかなり珍しい調だったのでしょう。



バロック時代には使われない調が結構ある

 クラシック音楽としては結構ポピュラーな変ホ長調でさえ、こんな感じですから、この平均律曲集で書かれている24の調のうち、ほとんどこの曲集でしか出てこない調がかなりあることが想像出来ます。



おおらかな感じがする

 プレリュードは16分音符中心に書かれていますが、のびやかな感じがします。途中で32分音符があることからも、おそらくそれほど速いテンポは想定されていないでしょう。 その32分音符のパッセージの後、4分音符と2分音符中心のコラール風の部分が表れます。 その後再び16分音符中心の比較的長い部分となります。 



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このプレリュードは結構長い。 このあと4分音符や2分音符で書かれたコラール的な部分となり、その後に16分音符でかかれた ”一見” フーガ風の部分となる。





フーガのようでフーガではない?

 この部分は模倣的で、ちょっと聴いた感じではフーガのように聴こえます。 しかしよく譜面を見ると音型は微妙に変えられ、フーガにはなっていません。 そう言えば前にフーガらしくないフーガというのもありましたが、こちらはその逆と言った感じです。

 このプレリュードの後半部分はその直前に出てくるコラール風の部分と関係があるのは確かなのですが、単純に変奏や装飾と言った感じではないようです。 いずれにしてもプレリュードとしては力の入った曲で、長さもこの曲集の中でも1,2を争う長さになっています。



モーツァルトやベートーヴェンにも通じるところがある

 ”本物” のフーガのほうも明るくおおらかな感じで、テーマにはアルペジオなども含まれていて、声楽的というよりは器楽的、あるいは鍵盤的と言った感じと言えるでしょう。 やはりバッハも変ホ長調と言う調には明るく、のびやかな印象があるのでしょう、これらの印象はモーツァルトやベートーヴェンの曲にも通じるところもあります。 楽しい感じのフーガなのですが、エンディングは半音階で、そっと消えるように終わります。



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プレリュードは声楽的だったが、フーガは器楽的で、軽い感じ。







第8番変ホ短調



変ホ短調など、この曲集で初めてみる人も

 フラット3個の変ホ長調でさえ、バロック時代にはあまり作品がなかったわけですから、フラット6個の変ホ短調など、おそらくこの時代にはほとんど使われなかったでしょう。 当時としては変ホ短調など、この平均律曲集で初めて見る、などという人も少なくなかったでしょう。



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なんか、ギター曲ぽい。 フラット6個で、ギター愛好者には読みにくいと思うが、6個のフラットを無視して、ファをシャープとすれば、ホ短調となる



プレリュードはアランフェスぽい?

 プレリュードのほうは2分音符で和音をならしながらメロディを歌わせるタイプになっています。 なんだかギターぽいですね、アランフェス協奏曲の第2楽章みたいな感じです。 ギター独奏だとちょっと厳しいですが、ギター二重奏にはすっぽりとはまってしまいそうですね。 



ギターだったら当然ホ短調

 今のところあまりやっている人はいませんが、そのうちやってみようと思います。  ・・・・・・その時は、フラット6個の変ホ短調ではなく、当然のことながら半音上げて、シャープ1個のホ短調でしょうね。





単独のテーマによる長大なフーガ

 フーガの方は、これぞフーガの主題といった、悠々とした声楽的なテーマによるフーガです。 オルガン、または大編成のコーラスが似合いそうな堂々としたフーガですが、第4番のフーガのように3重フーガではなく、単独の主題によるフーガです。



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正攻法で堂々とした感じのフーガ。 オルガンや合唱が似合いそう。




 単独の素材を極限まで使いつくした、正攻法、あるいは求心的なフーガと言えるでしょう。 最後の半音階での ”せり上がり” も迫力満点。

 この平均律曲集のフーガはどちらかと言えば、軽妙なものが多いのですが、この第8番のフーガは第4番のフーガと並び、重厚で長大なものになっています。 この第8番はプレリュードもフーガも聴きごたえ十分なものです。

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バッハ:平均律クラヴィア曲集 8



第5番ニ長調

 それぞれの曲についてはとばしながら書くつもりだったのですが、今のところ結局全部書いてしまってますね、これではいつ終わるかわからないので、なるべくサッサと進みましょう・・・・・・   と言いつつ、結局次の第5番ニ長調の話です。



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第5番ニ長調のプレリュード  第2、第3番のプレリュードに近い



10個の音の和音?

 第4番の嬰ハ短調が重厚だったので、第5番ニ長調は比較的軽い曲で、プレリュードは第2、第3番と同じく練習曲タイプになっています。バッハにとってもニ長調は軽い感じなのでしょう、35小節の比較的短い曲になっています。 

 でも、33小節の和音はなんか、スゴイですね! 何といっても音が10個ある!  10個音があるということは左右の指、全部で弾く訳ですね、ピアノもチェンバロも弾かないので、よくわかりませんが、こういうことはそう頻繁に出てくるものではないでしょう。



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この和音は”見た目”だけでも凄そう



中身は保持低音+減7

 この和音の中身を見ると、「ラ」 の保持低音の上に 「レ、ファ、ソ#、シ」  の乗っているようになっています。 この 「レ、ファ、ソ#、シ」は減7の和音ですが、バッハの場合はこの減7の和音は短調の属9の和音の根音省略形として用いることが多いので、コード・ネーム的に言えば 「E(-9)」 という感じなんでしょうか、ドッペルドミナントに短9度が加えられたものですね。 



普通は4+4で、それだけでもすごい音になる


 減7の和音は4個の音で出来ていますから、左右の手で4個ずつ弾けば、どの音も2個ずつになるので、音量にこだわったとしても、たいていは、このように8個、そして別に保持低音として「ラ」があるので、それを弾いても計9個となるのが一般的かなと思います。



1本でも指を余らせたくない?

 これだけでも結構凄い音になりますが、バッハは1本でも指を余らせたくなかったのでしょうね。 オルガンのように足鍵盤があれば、さらにもう1個音をいれたのかも知れません。

 32分音符のパッセージの後にも半音ずらした形で減7の和音が2回鳴らされます。 こちらの方は保持低音がないので、純粋に減7の和音ですが、普通8個でいいところを、9個の音となっています。






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最近話題のゲリラ豪雨か?

 このニ長調のプレリュードは、出だしこそ、わりと普通で、何てことのない練習曲タイプなのですが、最後にガツンとくるわけですね。 今日は快晴で、風もなくとても穏やかな日だと思ったら、夕方頃になって突然黒い雲が沸き上がって、もの凄い稲光と雷鳴がし、大粒の雨や雹が降ってきた・・・・・・・  みたいな曲かな?



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第5番ニ長調のフーガ  聴いた感じはフーガぽくない




あまりフーガぽく聴こえないフーガ


 フーガのテーマは32分音符と付点音符で出来ていて、あまりフーガのテーマらしくはないです。 少なくとも声楽的なテーマではありません。 なんとなく ”指ならし” 的で、聴いた感じではフーガではなくプレリュードの方かなと思ってしまいます。 プレリュードに合わせて軽い感じになっていると思いますが、フーガのほうの終りは、わりと普通です。





 第6番ニ短調



パークニングがギターで弾いていた


 この第6番ニ短調のプレリュードは1970年代にクリストファー・パークニングがギターで演奏していてギター愛好者にもなじみのあるものではないかと思います。 パークニングは平均律曲集第1巻より、第1、第6、第9番のプレリュードを録音しています。 



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16分音符の3連符で書かれていて、見た感じでは速い曲の印象がある



以前の譜面ではAllegro moderato と書かれていたが

 バッハはこの平均律曲集のほとんどの曲に速度標語を付けていませんが、16分音符の3連符で書かれているので、見た目からすれば速めに弾く曲かなと思います。 例の1970年頃の全音出版の譜面を見ると、「アレグロ・モデラート  4分音符=80 」 となっています。




かつてはこの曲集は練習曲的に扱われていた


 このような速度標語は19世紀半ばころからの慣習によるものと思われますが、かつて、このバッハの平均律曲集は演奏会用ではなく、練習曲的に扱われたので、全体的にかなり速めの速度標語となっているようです。




カンタータ147番のソプラノのアリアのヴァイオリンによるオブリガード・パートに似ている

 しかし、この曲、ただの指ならしに使ったのではとても ”もったいない” 気がします。 この曲の譜面見ていると、何かに似ていることを気付きました。 「カンタータ第147番」 のソプラノのアリアのヴァイオリンによるオブリガード・パートによく似ていいます。

 カンタータ147番というのは有名なコラール 「主よ、人の望みのよろこびよ」 を含むカンタータですが、 このソプラノのアリアはたいへん美しい曲で、この曲の美しさには、ヴァイオリンのオブリガード・パーートが大いに貢献しています。




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カンタータ第147番のソプラノのアリア「備えて下さい、イエスよ、今なお道を」  上声部で16分音符の3連符で書かれたパートはヴァイオリンのパート。 アリア自体も美しい曲だが、このヴァイオリン・パートがとても美しい。 もちろんそんなに速くは演奏されない。 見た感じでは第6番のプレリュードによく似ていると思う。





ゆっくり弾いてもよいのでは

 つまり、この第6番のプレリュードは、遅いテンポで弾くのもありかなと思います。 アンドラーシュ・シフなどは比較的ゆっくり弾いていて、確かに美しく聴こえます。 このプレリュードは、1950~70年代など、時代をさかのぼるほど速いテンポで演奏される傾向があるようです。




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単独の主題による、短めのフーガだが、主題はやや長めで、この主題をいろいろ変化させながら曲を組み立てている。




単独の主題によるフーガだが


 フーガの方は単一の主題による、比較的短いもので、主題は8分音符、4分音符、16分音符から来ていて、やや長めの素材となっています。 基本はこの素材のみで出来たフーガなのですが、このテーマを上下逆転して使ったりしています。さらにこの主題を構成する3つの要素を分解して用いたりなど、単独の素材を極限まで使い込んだフーガといえるでしょう。
バッハ:平均律クラヴィア曲集 7



前回は楽譜の話で終わってしまったが

 前回は楽譜の話で終わってしまいましたね、相変わらず話の進みが悪いですが、第2番ハ短調と第3番嬰ハ長調のプレリュードの話をしたところでしたね。どちらも16分音符が連続する、いわゆる無窮動的な曲といったもので、練習的な要素もある曲です。 きっと音大などで頑張って練習した人も多いのでしょうね。



かつてのピアニストはこれらのプレリュードの対比ははっきり付けて弾いていたが

 この二つのプレリュードはよく似た感じの曲ですが、力強さのある第2番のハ短調に比べて、第3番嬰ハ長調は軽快でさわやかな感じもします。 前回の楽譜の話で、第2番のハ短調にはアクセント記号が付いている譜面もあると言うことですが、元々は付いていません。 そのアクセントの付いた個所というのは右手と左手の距離が離れる、つまり音域が拡がるので、かつてのピアニストなどがアクセントを付けて弾いたのでしょう。 



そう言う意図ではなかったかも

 確かにピアノで弾くとそうなるのかも知れません。でもチェンバロで聴くと、ほとんど逆に、その拡張した部分のほうが小さく聴こえます。これはチェンバロの場合、中音域はよく出るが、高い音域や低い音域がよく出ないからだと思います。 そう考えると、バッハは音域の拡張した拍頭にアクセントを置くということは、それほど考えなかったのかも知れません。

 ピアニストによっては、この2曲の対比をはっきりと付けて、第2番は非常に強く、速く、エネルギッシュに弾き、第3番のほうは小さな音で軽く弾くというように弾く訳ですが、そうしたこともバッハが意図したかどうかは、微妙なところです。 最近のピアニストはやはりそれほど音量や、テンポの対比を極端には取っていません。



フーガの方も少し似ている

 それぞれのフーガのほうは、似ていると言う程ではありませんが、8分音符と16分音符の組み合わせということで、やや近いと言えば近いといえるかも知れません。 第2番ほうは譜例のように2個の16分音符に8分音符が続く形になっていますが、この音型はバッハがよくフーガの主題に使う、定番的な音型といえるでしょう。


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この8分音符と16分音符による音型は、バッハのフーガにはよく使われる




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第2番のフーガと似ていると言えば似ている




 私たちギターをやるものには馴染みの深い、無伴奏ヴァイオリンソナタ、第1番と第2番のフーガの主題もこの音型で出来ています。 どちらも単一の主題によるフーガだと思いますが、どちらも対旋律が二つあり、やや複雑に聴こえます。 





第4番嬰ハ短調 

 嬰ハ長調という調は、あまり使われず、どちらと言えば変ニ長調として書かれることは前に言いました。 つまり嬰ハ長調は#7個で、変ニ長調は♭5個だからです (どっちも多い!)。




#や♭は8個以上は付けられない?

 しかし短調の場合は逆で、嬰ハ短調とは書かれますが、あまり変ニ短調とはかかれません。それはそうですね、嬰ハ短調は#4個だが、変ニ短調は♭8個となるからです。 どんなに#や♭をたくさん付けるのがが好きでも、8個以上付けることは出来ません(多分そうだと思います)。



真打登場?

 そう言った訳で、第1巻も第2巻もまたプレリュードもフーガも嬰ハ短調は嬰ハ短調です。 さて、この嬰ハ短調ノプレリュードとフーガですが、こちらはこれまでの曲に比べて規模も大きく、内容も充実しています。 ここにきて、いよいよ真打登場ということでしょうか。


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第4番嬰ハ短調のプレリュード


 プレリュードはインベンションの第7番ホ短調によく似ています。 似ていると言うより、最初の7つの音の動きは全く同じです。


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2声のインヴェンション第7番。 この譜面も1970年頃買ったものなので、メトロノームの数字などが付いている(いくらなんでも112は速すぎると思うが!)。 最近の譜面ではこういったものはあまりない。 ともかく最初の6個の音は同じになっている。その次の跳躍もこちらは5度だが、その後て4度上がるので、結局平均律の方と同じく8度上がることになる。
 


これまでのプレリュードは練習曲風だったが

 たぶんバッハの好みのメロディなのではと思いますが、確かに聴くものの気持ちを惹きつけるメロディだと思います。これまでのプレリュードは練習曲タイプだったのですが、このプレリュードはアリア風です。 第1巻の中でも、たいへん魅力的な曲の一つですね。


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第4番のフーガ  最初のテーマは声楽曲風で、主題自体が長い。  第2のテーマは小フーガト短調に似ている。




3つの主題を持つフーガ

 それに続くフーガはテーマが3つある ”三重フーガ” となっていて、たいへん規模の大きいものになっています。 最初のテーマはルネサンス時代の声楽曲を思わせるような長い音符のもので、とてもシリアスな感じに聴こえます。 楽譜を見ると、フランチェスコ・ダ・ミラーノや、ルイス・ミランのファンタジアに似てる感じです (ギターをやっていない人には、そう言われてもピンとこないと思うが)。 



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第3のテーマはギターでもよく弾く、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番のフーガ(リュートのためのフーガ1000)のテーマに似ている。



聴きごたえ十分なフーガ

 次のテーマは8分音符のもので、有名な小フーガト短調に似ています。 第3のテーマは無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番のフーガ(リュートのためのフーガBWV1000)のテーマに似ています。

 つまりギターをやている人にとっては、聴いたことのある素材で出来たフーガなので、長めのフーガではありますが、親しみやすいフーガでもあると思います。 この平均律曲集には軽妙な曲も多いのですが、この第4番はプレリュードもフーガも、まさに正攻法というか、いかにもバッハらしいものです。 特にフーガはこれらの3つのテーマが絡み合う聴きごたえ十分な曲でしょう。
バッハ:平均律クラヴィア曲集 6



第2番、3番は素通りしようと思ったが

 個々の曲については、大ざっぱに話を進めようと思っていたのですが、第1番から手間取ってしまいましたね。 第2番ハ短調と第3番嬰ハ長調は、とばそうかと思ったのですが、この辺曲は最初の方の曲で、聴く機会も多く、やはり素通りというわけにはゆきませんね。



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第2番ハ短調のプレリュード。  右手の方は、もともとはト音記号ではなく、ソプラノ記号を用いていた





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第3番嬰ハ長調のプレリュード



第2番のプレリュードは力強く、3番のプレリュードは軽快

 第2番ハ短調と第3番嬰ハ長調のプレリュードは、どちらも無窮動的で、練習曲風ですが、その性格は正反対と言ってようでしょう。 ハ短調のほうは、短調であるばかりでなく、拍頭が強調されるような音型なので、力強さが感じられ、第3番は8分の3拍子なので軽快な感じがあります。もちろん嬰ハ長調という調の関係もあります。

 テンポにつてはどちらも指定がありませんが、どちらも16分音符で書かれているので、比較的速いテンポで演奏しているピアニストやチェンバリストが多いですが、ただ、どの程度速く弾くかについては演奏者次第ということになります。

 どちらかと言えば、ピアニストは比較的速めに、チェンバリストはあまり極端でないテンポをとっていることが多いようです。つまりピアニストは速い曲と遅い曲との差が大きいが、チェンバリストは差が少ない傾向があるようです。




平均律曲集の楽譜について

 ここでちょっと、この平均律クラヴィア曲集の譜面について若干触れておきましょう。 今現在、ピアニストやピアノを学ぶ人たちがこの曲集を練習したり、あるいは演奏したりする場合、どういった譜面を使うのか、はっきりはわかりませんが、現在入手出来る譜面を検索すると、いわゆる ”原典版” あるいはそれに運指などを付けた、原典版を基にしたものが主流のようです。




チェンバロでは強弱を付けられない


 この曲集はやや抽象的にクラヴィア、つまり鍵盤楽器のための作品と言っているのですが、状況的にはチェンバロを想定しているということは前に言ったとおりです。

 チェンバロは鍵盤の叩き方 (チェンバロの場合は”押いかた”といったほうがようかも知れないが) によって音量は変わりません。 レジスターを切り替えたり、複数の鍵盤を使ったりなどで強弱は付けられなくはないのですが、譜面のほうに強弱記号が付く事はあまりありません。



当時の譜面には、基本的に音符以外のものは書かれない

 ヴァイオリンやオーケストラだったら当然強弱が付けられるわけですが、それでも、バッハを始め、バロック時代の譜面には強弱記号が付けられることはあまりありません。 さらにクレシェンドなどとなると、そういった記号そのものがなかった可能性があります。

 古典派のモーツァルトの譜面でさえ、クレシェンド記号はほとんどなかったように思います。 そうしたものが譜面に書かれるようになったのはベートーヴェン以降ではないかと思います。

 この時代(バロック時代)では、それらの強弱記号以外にも、アクセントやスタッカート、レガート記号なども譜面に付くことがなく、要するにこの時代の楽譜に、は音符以外のものはほとんど付く事がありません。 平均律では運指もありません。 



平均律では速度標語もほとんどない

 アンダンテやアレグロなどの速度標語は、この時代には通常付けられますが、この平均律曲集に関しては、ほとんど付けられておらず、第1巻では最後の24番に付けられているのみです。

 また、バッハが書いた譜面では、この譜面の上の段、つまり右手の方は、ト音記号ではなく、ソプラノ記号となってになっていましたが、これではさすがに現在のピアニストなどが戸惑うので、現在出版されている譜面は、原典版としてあるものでもト音記号に直してあります。 
 



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1970年ころ市販されていた第3番プレリュードの譜面。  しっかりと Allegro Vivace と書いてあり、メトロームの数値まで書いてある。 他に強弱記号やアクセント記号、スラー記号などもあるが、これら音符以外のものはすべてバッハが書いたものではない。 当時は楽器店などにはこうした譜面しかなかったので、ピアノを習う人は皆、こうした譜面を使っていたと思われる。



1970年頃は

 上の譜面を見て下さい。 これは私が1970年頃買った全音出版の平均律曲集の譜面です。 このよ譜面では、運指のみではなく、速度標語、強弱記号からスラー、アクセント、、さらにはメトロノームの数字までフルに入っています。  理由はお分かりの通り、現代になってから出版の際に付けられたものです。 

 特にメトロノームについては、出来たのがベートヴェンの時代で、譜面にメトロームの数値を記入したのはベートーヴェンが初めてとされていますので、バッハが書き入れることはあり得ません。



こうした譜面しかなかった

 先ほど言いました通り、今現在ではバッハの曲を練習したり、レッスンしたりする場合、基本的に原典版、あるいはそれに準じた譜面を使用しているのではないかと思います。 恐らく楽器店にも、あるいは音楽関係の通販サイトでも原典版が主流となっているようです。

 しかしこ1970年代では楽器店にはこのような譜面しかなかったと思います。 この全音出版のもの以外に音楽之友社の楽譜もありましたが、内容はほぼ同じだった思います。 その当時、原典版もなくはなかったのですが、原典版は輸入版しかなく、少なくともピアノ教室でバッハの曲を習う場合は、こうした国内販を使用していたのではないかと思います。

 また、指導している先生自身も、かつてこの譜面で練習し、レッスンを受けてきたと思われますので、自らの生徒さんに対しても、当然この譜面に従ってレッスンを進めたと考えるのが自然でしょう。



オリジナル楽器による演奏が注目された時代に

 いつ頃からピアノ教室でも、バッハに関する限り、原典版を使用するようになったのかは、よくわかりませんが、おそらく1970年代の後半から80年代にかけての頃ではないかと思われます。

 この頃からバロック時代の音楽などに対して、オリジナル楽器を使用して演奏する演奏家や、演奏団体 (ホグウッドやブリュッヘン、コープマンなど)が注目されるようになり、バロック音楽は、バロック時代の習慣に従って演奏すべきということが強く言われるようになりました。



その結果、原典版指向となった


 そうした流れで、バッハの鍵盤音楽をピアノで演奏する場合も当時の習慣に従って、と言ってもバッハの時代にはピアノは普及していなかったので、チェンバロの演奏法を考慮した上で演奏しなければならなという風潮が強くなり、少なくとも譜面はバッハが書いたものになるべく忠実なものを用いなければならないということで、原典版の普及につながったと考えられます。

 恐らく、今現在ではピアノ教室の現場で、バッハの曲に対してクレシェンドやデミニュエンドを付けたり、極端な強弱やテンポ・ルバートを要求する先生はあまりいないのではないかと思います。 もちろんこうした流れは私達ギタ―界にも及んでいる訳ですが、その話はまたにしましょう。 




間違った解釈だからと言って、消し去ってしまうのは得策ではない

 と言った訳で、最近はこうした譜面(速度標語やメトロノームの数字が入った譜面)は見かけなくなったのですが、では、こうした譜面は間違った解釈のもので、何の価値もないもの、あるいはこの世から消え去るべきものなのかというと、私は、これはこれで音楽史を語る上ではたいへん重要なものなのではないかと考えます。

 というのも、こうした演奏上の記号は、仮にバッハの音楽やバッハの意図に合致しないものであったとしても、突然誰かが何の脈絡もなく付けたものとは思えず、おそらくバッハの作品の演奏が一般的に行われるようになった19世紀半ばから20世紀前半くらいにかけて、多くのピアニストの共通項をとって出来上がったものと思えるからです。

 この書きこみには19世紀的な演奏法が詰まっていて、バッハぼ作品の演奏史上、たいへん重要なものであり、この譜面によって19世紀の音楽が見えてくる  ・・・・・・なんてこともあるのではと思います。 したがって、このような譜面をこの世から消し去ってしまうのではなく、あくまで19世紀的な解釈とした上で、出版などは続けてもよいのではと思います。