美術の沖山先生 8
レストランで 展示会場の中の版画を一通り見終えると、ナカムラ君たち二人は、先生にお昼をごちそうになることになりました。
彼にとって、デパートのレストランなどには、そう滅多に行けるものではなく、まさにあこがれの世界でした。
テーブルをはさんで、窓際のナカムラ君の正面には沖山先生、その隣に男性。 ナカムラ君の右側には女子が座りました。
先生から 「好きなもの注文しなさい」 と言われ、彼は女子と一緒にメニューを見たのですが、二人とも何を頼んでいいか全くわからず、結局、沖山先生が男性と相談して注文を決めてくれました。
しばらくして、いかにも豪華で、美味しそうな料理が運ばれてきました。
ご飯が皿の上に載っていて、ナイフとフォークが付いてきました。
フォークの背にライスを乗せて ナカムラ君は ・・・・・確か、こういう時は、こうやって食べるんだったな、テレビで見た気がする。
ちゃんとしたマナーで食べないと恥ずかしいからな・・・・・
と、フォークの裏側にナイフでご飯を載せて食べ始めました。 それを見た沖山先生は、
「お前、なかなか器用なととするな」
と男性と一緒に笑っていましたが、ナカムラ君にはその意味がよくわかりませんでした。
しかし坊主頭でメガネの中学生が、不慣れな手つきでナイフでフォークの背に、ご飯を載せて食べている姿は、ちょっと滑稽に見えたでしょう。
因みに、今現在ではこうしたことは誤ったマナーだとか、いやイギリスではそういう作法もある、などいろいろ言われていますが、もともとヨーロッパでは白いご飯が平皿の上に乗って出てくることは、まずないので、“正しいライスの食べ方”というのは特にないようです。 好きなように食べればいいようですね、余計な話ですが・・・・・
家に帰って 家に帰ってナカムラ君は母親にその日のことを報告しました。
「その美術の先生、沖山先生っていうのかい? 若い女の先生?
へえー、 そうかい、 見た目はきれいだけど・・・・
なるほど、そうなのかい、もったいないねえ。
でも、まあ、その先生にはよく教えてもらって、賞にまで入れてもらって。
ちっちゃい頃から絵が下手なお前がねえ、小学校の時なんか、いつも通信簿が2か3だったのにねえ。
お前は、字も下手だけど、絵はもっと下手だったのにねえ、ウソみたいだね、ホントに。
それに宇都宮に連れってもらって、お昼までごちそうになっちゃって、本当に済まないねえ、その先生には。
それで、どんなものごちそうになったんだい」
「なんだか、よくわかんない」
それ、カツ・ライスって言うんだべ 側にいたナカムラ君より14歳ほど上の兄が、
「どうせお前らガキに食わせんだから、お子様ランチに決まってるべ。 旗ついてなかったか? 旗ア?」

「旗? 旗なんかあったかな・・・・・・ トンカツあった、でっかいの。 銀色の皿に乗っかってた、ご飯も。 うまかった」
「そらあ、カツ・ライスって言うんだべ」
「カツ・ライス? オレ、ちゃんとナイフとフォークで食べた。 沖山先生、器用だって。
沖山先生、男の人と一緒だった。 知らない人。 どっかの学校の先生みたい」
「旦那さんなんじゃないの?」
「そうかなあ、沖山先生、結婚しているって聞いたことないけど」
「彼氏だ、彼氏。 彼氏に決まってるべ」
「じゃないかな。 背高くて、カッコいい」
「そう、 それじゃあ、結婚も近いのかも知れないね。 それにしても、そんなものごちそうになっちゃってすごいね。
明日学校に行ったら、すぐに先生にお礼言うんだよ、すぐに職員室に行って」
「そうだ、ちゃんと言っておけ、ちゃんとな。
先生だって、たいへんだべ、、いろいろとな」
「丁寧にね、親から言われてきたってね」
次の日職員室で 母たちの言う通り、彼は翌日学校に行くと、ナカムラ君はすぐに職員室の沖山先生のところに行きました。
沖山先生は机に向かって何か書き物をしているようでした。
「沖山先生!」
とやや背中越しに声をかけると、沖山先生は一瞬振り返り、
「おう、ナカムラ。 どうした?」
そう言うと、先生はまた机の方に向いて仕事の続きを始めました。
「先生、 あの、 さっ、 昨日はホントに ありがとうございました。
宇都宮まで連れて行っていただいた上に、 あの、 お昼までごちそうになりまして。
家のりょっ、両親からも、くれぐれも先生にお礼を言うようにと言われてきました。
それから、 あの、 いつも本当に丁寧に、 ごっ、 ご指導、 くださいまして。 今度ののことも、 あの」
沖山先生はナカムラ君の方には振り向かず、そのまま書き物を続け、少し間をとりながら、
「バカに丁寧だな・・・・ 今日は・・・・・ いいよ・・・・・ 別に・・・・・・ 」
「ハイ」
「・・・・・・・・教室に戻りな」
「ハイ。 ほっ、 本当に、 ありがとうございました」
なんだか、ほんわりした感じ・・・・・やっぱり沖山先生と話をするのは緊張するな、最近少し慣れてきたはずだけど。
でもなんか、ほんわりした感じだな、今日は。
沖山先生、なんだか照れ臭そう。
もしかしたら、お礼言われたりするの、苦手なのかな?