令和時代のギター上達法 46
タレガ/レッキー ギター手稿譜
タレガが弟子のレッキー氏のために書いた譜面 今回は前回言いました通り、タレガがイギリス人で医師のウォルター・レッキー(Walter James Leckie)氏のレッスンのために書いた譜面を基に、グリッサンドをどのように表記し、また呼んでいたかを見てゆきましょう。
この本はイギリスの AGS MUSIC という会社から出版されたもので、著者はブライアン・ホワイトハウスという人です(ホワイトハウスという苗字があるんですね)。 日本語版となっていいて(複数の言語で出版されているのかも)、限定版なので価格は高めです(2~3万円くらいだったかな?)。今現在では入手困難ではないにしても、しにくいかも知れませんね。
一人一人に丁寧に運指や奏法を書き入れていた タレガは自らの生徒さんへのレッスンの際には、一人一人に手書きで楽譜を書いていたようですね。また音符だけではなく運指や弦の指定、さらにはフレット番号、そしてスラー奏法やグリッサンド奏法なども丁寧に書き込んでいます。
同じ曲でもすべてのお弟子さんに同じように書いたとは考えられませんから、同じ曲でも微妙に、あるいははっきり違った譜面が残されたことになります。今現在出版されている楽譜でも違いがいろいろあるのも、そうした事情も関係あります。
こうしたものを、今日私たちが目にすることが出来るのも、レッキー氏が師の譜面を大切にし、またその遺族の方々も大事に保管しておいたからなのでしょう。「赤い本」、「青い本」 という2冊の形で残されているようです。
ショパンのワルツ 次の譜面はショパンのワルツ作品64-2嬰ハ短調(この編曲ではホ短調)です。 ちょっと見にくいかも知れませんが、弦や指使いの他、フレットの番号、スラー奏法、グリッサンド奏法についても言葉が添えられています。 本当に丁寧ですね。
ゴルペとティロン タレガはこのように生徒さん一人ひとりにこのように丁寧に書き込んでいたようで、本当に頭が下がります。私も一応自分で教材を作って生徒さんに渡していますが、もちろん手書きではなく、楽譜制作ソフトを使っていて、一度書いた曲は印刷して複数の生徒さんのレッスンで使っているので、手間という意味では全く違います。
1.は上行のスラー奏法、アコースティック・ギターで言うハンマリング・オンですね。ここにタレガは 「golpe」 と書き入れています。golpe(ゴルぺ)はフラメンコなどでギターを叩くこととして知られていますが、ハンマリングの意味もあるのですね、初めて知りました。
2.は反対の下行スラー奏法、つまりプリング・オフです。 よく読めないのですが、「tire」 と記されているのでしょうか。スペイン語に 「tiron」(ティロン?) =引っ張る という単語があるので、おそらくこのことと思われます。 プリングとほぼ同じ意味なのでしょう。
ある程度ギターをやっている人なら、スラー奏法の場合、「叩く」 か 「引っ張る」 かはあえて書かなくてもわかるはずですが、タレガは丁寧にほとんどのスラー奏法にこれらの言葉を入れています。 この本に載っている譜面の量からして、レッキー氏へのレッスンはかなり長い期間と思われますが、最後までこれらの言葉を書き入れています。タレガの性格が表れていますね。
グリセ 3.は後続音に小さい音符の付いた、後続音を弾くタイプのグリッサンドですが、 「glice」 と書いてあるようです。 スペイン語辞典にこの単語は載っていませんが、フランス語に 「滑る」 という意味の 「glisser」(グリセ?) という単語があるので、そういった意味で使っているものと思われます。
あまりスペイン語のことは詳しく知らないのですが、同じスペインでもマドリッドと、タレガが当時住んでいたカタルーニャ地方では言葉も若干違っていると考えられますし、フランスに近いカタルーニャではフランスの影響も大きいのかも知れません。
フレットというのは英語だけ? 4.の 「T5」(「T9に見えるが、音的にはT5?) 「T3」 はフレットの意味で、「tasto」 の頭文字と思われますが、なぜかスペイン語の辞典にはなく、イタリア語の辞典には載っています。
ギター用語として(ヴァイオリンなどでも使う) 「sul tasto」(指盤の方で) というようにも使われるので、音楽用語としてヨーロッパ全体で使われる言葉なのでしょう。 ドイツ語にも 「taste」(鍵盤、指盤)といった言葉があります。 fret というのは英語だけのようですね。


このように一人ひとりに丁寧に楽譜を書いていたのも驚きだが、書き間違いがほとんどないのも驚き。 おそらく ”写して” いるのではなく、頭の中にある音楽を書きとっているのだろう。運指などの訂正、変更もレッスン時のものと思われる。どちらもグリセ 8.10.などは後続音を弾かないタイプのグリッサンドですが、タレガ書き込みは、後続音を弾く場合(小さい音を書き足した場合)と同じく 「glice」 と書いてあります。 タレガは後続音を弾く場合と弾かない場合ののグリッサンドを、小音符を書き足すことにより、はっきりと区別して記したのですが、呼び方は同じだったようですね。
よく考えればどちらも同じ しかし6.のような場合でもグリッサンドの後続音は小音符ですので、「その小音符は弾かないで、次の通常の音符を弾く」 と考えれば、弾き方としては全く同じということになるでしょう。
タレガはアラストレやポルタメントなどの言葉は使っていなかった? といったわけで、結論としてはタレガは後続音を弾く場合も、弾かない場合もどちらも 「グリセ(glice)」 と呼んでいたように思われます。 アラストレ(arrastre)や、ポルタメント(portamento)という言葉は、この本を見る限りでは使っていません(これらの言葉を知っていたでしょうが)。
おそらくタレガが口頭で説明する場合も、「このグリセでは、小音符は弾きませんが、後の通常の音符は弾いてくださいね」 とか、 「このグリセでは後ろの音を右指で弾き直す必要はありません、グリセのみで後続音を出します」 などと言っていたのではないかと思います。
ソルもグリセーと呼んでいた また、前にお話しした通り、フェルナンド・ソルもフランス語で 「glisses(グリセー)」 と書いていて、奇しくも、このギター史における両巨匠はグリセと呼んでいます。 因みにソルは後続音を弾くタイプのグリッサンドは使っていません(楽譜に書かなかっただけ?)。
結論としては、ソルやタレガはアラストレ、ポルタメントという言葉を使っていなかったようですし、少なくともその両者を後続音を弾く、弾かないで区別してということはなかったと言えます。
ちょっと面倒だが と言ったことから、私の教室ではこれまでどおり、 「小音符付いたものは後続音を弾くグリッサンド」 、 「棒だけのものは後続音を弾かないタイプのグリッサンド」 と呼んでゆきましょう。 多少面倒ですが、これが最も誤解を防ぐ呼び方だと思います。
大多数の人がそのように理解するのなら だからといって、阿部氏や京本氏が言っているようなポルタメントとアラストレの定義が間違っているという意味ではありません。仮に我が国だけのこととしても、わが国の大多数のギター関係者(この場合クラシック・ギター関係者)がそのように理解するのであれば、わが国においては、それは正しい言葉となるでしょう。 言葉というのはそのようなものかも知れません。
他にも書きたいことはあるが グリッサンドに関してはまだまだ他に書きたいことがたくさんあります。例えばこれまで後続音を弾くか、弾かないかは楽譜をみればすぐわかるような言い方をしてきましたが、実際にはどちらなのか、楽譜を見ただけではよくわからないものあります。 いや、そのほうがかえって多いかもしれません。
また、どちらで構わないもの、あるいはグリッサンド記号はないが、状況的にグリッサンドとなるべきもの、逆にグリッサンドぽく書いてあるがグリッサンドではないもの、さらに重音や和音のグリッサンド、etc・・・・・・
阿部氏や京本氏のグリッサンドに関する説明にも触れたい気もしますし、さらにグリッサンドには関係ないのですが、阿部編のカルカッシギター教本を見ていたら、ギターの上達のために 「次の事柄について反省し、復習してもらいたい。その方が上達が早い」 と阿部氏によって書かれていました。
1.音階はアポヤンド奏法で正確に毎日練習したか?
2.音階は i、m のほか m、a の交互も練習したか?
3.アルペジオの練習も毎日練習したか?
4.ひきにくい曲をぬかしたりしなかったか?
5.よくひけないうちに次に進まなかったか?
一回もミスなしでひくことはできなくても同じ場所いつもミスするようではいけない
6.姿勢、特に手の型、弾弦その他が基本に述べたようになっているか?常識は変わる 私も50年前はこれらのことに何の疑問を持たなかったと思います、確かに昭和時代のギター上達のための常識でしょう。しかし今現在は平成時代を飛び超えて令和時代! やはり常識は変わってゆきます。
次回はリサイタルの曲目紹介 これらのことにもコメントしてゆきたいとは思ったのですが、9月のリサイタル(9月16日「ギター文化館を応援しよう」)も近づいてきて、その演奏j曲目の紹介もしなければなりません。ということで、これらの話はまた別の機会として、次回からはリサイタルの曲目の話をすることにしましょう。