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中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

中村俊三ギターリサイタル ~ギター文化館を応援しよう

 9月16日(金)  ギター文化館




ありがとうございました

 昨日ギター文化館でリサイタルを行いました。 ギター文化館支援のためのリサイタルということで、茨城新聞社他、新聞のほうでも紹介していただいたので約70名と、いつもよりたくさんの人に来ていただきました。中にはかなり遠方から来ていただいた方もいて、本当にありがとうございました。



13万円あまり寄付をいただきました

 入場料分として13万円余りほどの寄付が集まりましたが、それ以外にもギター文化館に寄付していただいた方もいらっしゃいました。本当にありがとうございます。




当面は大丈夫だが

 池田館長の話によれば、クラウド・ファンディングも予定金額に達し、運営母体の東京労音からも当面、3年間ほどは援助が受けられるということでしたが、長期的にみれば、これからも私たちで応援してゆく必要はあるでしょう。 池田館長もギター文化館存続のために、文字通り身を粉にして働いていらっしゃいます。本当に頭の下がる思いです。




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茨城新聞の記事




今回の反省を踏まえ

 たくさんの方々に聴きに来ていただいた割には、演奏の方には若干残念なところもありました。それらを現実としてしっかりとらえ、次のコンサートに向けて努力してゆきたいと思います。皆様、本当にありがとうございました。




柿や栗が旬!

 なお、この時期、ギター文化館のある石岡市、柴間、柿岡付近では道路の両側に柿、栗など秋の果物がたわわに実っているのが目に入ります。近くの農協の店にもそうしたものがたくさん並んでいます。今現在、この辺にドライブに来るのに絶好の季節でしょう。その際にはぜひギター文化館に寄って行きましょう!


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中村俊三ギターリサイタル ~ギター文化館を応援しよう


 9月16日(金)14:00  石岡市ギター文化館


曲目解説 6




フェデリーコ・モンポウ : プレリュード、カンション ~コンポステラ組曲より  



隣国とは

 フランス音楽の次はスペイン音楽です、やはりスペイン音楽とギターとの関係は深いですね。 フランスとスペインはお隣同士ですので、似たようなところもあれば、また違う点もあります。お隣同士の国といえば、仲がいい場合もあれば、そうでない場合もありますね。

 わが国の場合も他人事ではない面もありますが、そこはちょっと置いておいて、フランスとドイツは過去に何度も戦争していて、若干 ”うまがあわない” ところもあるのでしょう(今現在はそうでないといいのですが)。音楽においてもドイツ音楽とフランス音楽は対照的なものとなっています。



相思相愛?

 その点、フランスとスペインは、多分ナポレオン戦争以来戦争はなく、少なくとも ”犬猿の仲” ではなさそうです。 スペイン出身で、パリに留学し、またパリで活動したという音楽家もたくさんいますし(ソルもその一人)、またフランスの作曲家で、スペイン風の音楽を作曲した人もたいへん多いです。 その例としては、ラヴェルの「スペイン狂詩曲」、「ボレロ」。 シャブリエの「スペイン狂詩曲」。 ラロの「スペイン交響曲」などが挙げられます。

 フランスの音楽家にはスペインへの憧れみたいなものがあったようですが、その一方で、スペインの作曲家、特に近代以降の作曲家はドビュッシーなどの印象派音楽の強い影響を受けています。 ギターでお馴染みのスペインの作曲家、マヌエル・ファリャ、ホアキン・トゥリーナ、そしてこのフェデリーコ・モンポウなどがその例です。



ただ茶色い大地が拡がる

 しかし、フランス印象派の影響を受けたと言っても、やはりスペインの音楽はフランス音楽とだいぶ異なります。何十年か前にスペインに旅行に行ったことがありますが。3月頃だったこともあってか、スペインの大地には緑が非常に少なく、たまにややくすんだ緑のオリーブをみかけるくらいです。

 また林とか畑地とかもほとんどなく、一面に茶色い地面がずっと遠くまで続いている感じでした。スペインはアフリカと同じ風土という話もあって、たいへん乾燥したところであるは確かでしょう。 その分日差しも強く、日の当たっているところと当っていない所の差が激しいです。



スペインの光と影

 スペインという国を形容する言葉として 「光と影」 というものがあります。この言葉はそうしたことからきているのでしょう。 このことは音楽にも当てはまり、スペインの音楽は暗いものはより暗く、明るいものは底抜けに明るい傾向があります。

 その点フランス音楽はめちゃくちゃ明るくはないが、暗くもない、常に淡い中間色的です。確か2~3日パリにいましたが、その間ずっと、雨が降っている訳でもなく、晴れている訳でもなく、なんとなくどんよりした日、そんな感じでした。



神秘的な世界

 この「コンポステラ組曲」にも印象派音楽の影響が強く表れていますが、フランス音楽のように中間色で、浮揚感というより、暗く、神秘的な感じがします、不思議な世界観ですね。

 モンポウは主にピアノのための作品を書きましたが、ほとんどの曲が静かな感じの曲となっています。華やかな曲というものがほとんどないようですね。 この「コンポステラ組曲」 はスペイン北西部にあるキリスト教の巡礼地の一つとなっているコンポステラという町で行われていたマスター・クラスで、アンドレス・セゴヴィアと出会い、1962年にセゴヴィアのために書かれた作品です。

 この組曲は6曲からなりますが、今回演奏するのは第一曲「プレリュード」と第5曲「カンション」です。




フェデリーコ・モレーノ=トロバ : マドローニョス



江戸っ子ならぬマドリッド子?

 マドローニョスとは生粋のマドリッド人を指す言葉だそうで、”江戸っ子” みたいなイメージなんでしょうか。 江戸っ子といえば粋でいなせである一方、”宵越しの金はもたねえ” とかやたら熱い風呂に入るとか、蕎麦のつゆはほんのちょっとだけつけるとか、変なところにこだわったりしますね。



光の部分

 ”マドリッド子” のほうはどうかわかりませんが、おしゃれで、こだわりが強く、人情にも篤いと、江戸っ子とちょっと似た面もあるようです。 こ曲はそうしたマドリッド子を描いた作品とされ、軽快なリズムで明るい曲です。 






イサーク・アルベニス : キューバ、 セビージャ (スペイン組曲作品47より)


ギターではおなじみの作曲家

 アルベニスは19世紀末から20世紀初頭にかけてのスペインの作曲です。「アストゥリアス」、「グラナダ」、「入り江のざわめき」 などギターではおなじみの作曲家ですね。作曲したのは主にピアノ曲ですが、実際にはピアノで演奏されるよりもギターで演奏される方が多いという作曲家です。

 「スペイン組曲作品47」 は、前述の「アストゥリアス」、「グラナダ」、そして今回演奏する「セビージャ」など、アルベニスの作品の中では、ギターで最もよく演奏される曲が含まれます。 原曲どおり、ピアノで演奏されることも、まあまあありますが ・・・・・本来逆だが。



8曲からなる組曲として完成するはずだったが

 この組曲は 1.グラナダ  2.カタルーニャ  3.セビージャ  4.カディス  5.アストゥリアス  6.アラゴン  7.カスティーリャ   8.キューバ の8曲で構成されているのですが、若干いわくつきで、アルベニスはこれらのうち最初の4曲、つまりグラナダ、カタルーニャ、セビジャ、カディスまでを作曲したところで他界してしまいました。

 しかし曲名だけは8曲とも生前に決め、最終的にこの8曲で出版する予定だったようです。つまり曲名だけが決まっていて、中身のほうは作曲されないままになってしまったのですね。 



出版社で他の作品を当てはめた

 アルベニスの没後、出版社のほうでこの作品をそのままにしておくのはもったいないと、アルベニスの他の作品の中から適当なものを選んで、その曲名に当てはめて全8曲の組曲に完成して出版しました。 アストゥリアス、アラゴン、カスティーリャ、キューバの4曲は、もともと別の組曲の曲だったり、あるいは単独の作品だったもので、曲名も違うものが付けられていました。

 ギターでよく演奏されるアストゥリアスも本来は「スペインの歌」の「プレリュード」だったのですね。 しかし皮肉にも、結果的にはこの組曲が他の組曲などよりも有名になってしまったのですね。



中身はキューバに関係なさそう

 今回演奏する「キューバ」もこの ”後から編入された” 曲なのですが、元の曲名とかは何だったかちょっと忘れました(調べればわかることだが)。 そのような関係なので、曲名と中身はほとんど関係がなく、特にキューバ風の音楽というわけではありません。 スペイン組曲にいきなりキューバが出てくるのはピンとこない所と思いますが、キューバはスペインの植民地だったのですね。

 曲のほうは8分の6拍子、変ホ長調で書かれ、軽快なリズムの曲です。 変ホ長調(♭3つ)では弾きにくいので、マヌエル・バルエコは半音上げてホ長調にしています。 一方、私のアレンジでは半音下げてニ長調にしています。



フラメンコのリズムで

 セビージャのほうはもともとこの曲名で作曲されたので、中身と曲名はある程度関係あるでしょう。おそらくセビージャナスというフラメンコのリズムで書かれているのではないかと思います。 フラメンコにあまり詳しくないので、はっきりしたことはわかりませんが。



フランスの淡い光とスペインの光と影

 華やかな曲で、まさにスペインの ”光” といったところです。 ・・・・・後半のプログラムはフランスの淡い光から始まり、スペインの影からまばゆい光へ・・・・・・    まあ、そんな感じになっているのですが。



ぜひご来場を!

 以上で解説終了です。 まだまだ空席があると思いますので、気が向いた方はぜひご来場ください。 入場料はギター文化館への支援金となります。
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9月16日(金)14:00



曲目解説 5




M.ラヴェル : 泣き王女ノためのパヴァーヌ



フランス印象派の音楽

 後半のプログラムはフランスとスペインの音楽です。 ラヴェル、ドビュッシーといえば印象派の音楽とされています。 印象派といえば、一般的には音楽より絵画の方がよく知られています。セザンヌ、マネ、ルノアール、モネなどが有名ですね。 印象派絵画の特徴としては、明るい色とか浮揚感とかがありますが、そういった点では音楽も絵画も共通している部分もあるように思います。

 古典的、あるいはロマン派的な音楽においては、協和音と不協和音を明確に区別し、不協和音は基本的に不快なものであるから、必ず協和音へと進む、つまり ”解決” をしなければならないことになっています。和音の不協和度が強ければ強いほど、その解決へと進む力は大きくなり、そのことにより、音楽によりいっそうダイナミズムが生まれるということになります。



ダイナミズムよりは浮揚感

 そういった意味では印象派の音楽では協和音と不協和音の概念がやや曖昧です。したがって和声的解決によるダイナミックな進行にはあまりこだわらず、力強さよりは浮揚感、あるいは濃厚な響きよは透明感が特徴となります。

 ラヴェルののこの「亡き王女のためのパヴァーヌ」はは比較的初期の作品だそうですが、「ボレロ」と並んでラヴェルの作品としてはよく知られています。 当初はピアノのために作曲されましたが、評判がよかったため、ラヴェル自身でオーケストラに編曲されており、オーケストラ曲としても親しまれています。 またヴァイオリン、フルート、ハープなど様々な楽器に編曲され演奏されています。



教会旋法ぽいところも

 原曲はト長調ですが、メロデイは主音の「ソ」よりも3度上の「シ」に落ち着く傾向があって、教会旋法の一つである「フリギア調」のようにもなっています。そうしたところもこの曲の浮揚感に繋がっているでしょう。 色合いとしては原色系ではなく、まさにパステル・カラーといったところでしょうか。

 ギターへのアレンジは私自身によるもので、ト長調を2度上げてイ長調にしています。といっても原曲からすると7度低くしていると言った方がよいかもしれません。この調だとハーモニック奏法がうまく使えます。 メロディの美しさに加え、響きの美しさも味わい深い曲です。





E.サティ : ジュ・ト・ヴ(あなたが欲しい)



梨の形をした前奏曲?

 エリック・サティは印象派の音楽家とはされていませんが、ドビュッシー、ラヴェルと同世代のフランスの音楽家です。非常に個性的な作曲家で、ロマン派とか新古典派とか言われることもあるようですが、そのような ”なんとか派” といったことはあまり似合わなそうな音楽です。

 サティの作品は、主にピアノ曲ですが、「犬のためのぶよぶよした前奏曲」、 「干からびた胎児」、 「梨の形をした前奏曲」 などよく意味の分からに曲名が多いです。

 この 「ジュ・ト・ヴ」 はカフェで歌われるシャンソンとして作曲されましたが、ピアノ曲としても出版されています。 なとなく19世紀末から20世紀初頭にかけて、まさに黄金期であった芸術の都パリの香りがする・・・・・かな?





Cドビュッシー : 亜麻色の髪の乙女(前奏曲集第1巻第8曲)



まさに天才としか

 ドビュッシーのおなじみの曲です。 シンプルな曲だが、ともかく美しい。 音に全く濁りを感じさせませんね。 シンプルで、美しく、透明感のある音  ・・・・・・・まさに天才としか言いようはない。   

 ドビュッシーといえば印象派の音楽家を代表する人、いや、本当に印象派の音楽家と呼べるのはドビュッシーしかいないのかも。 ラヴェルも印象派の音楽家の一人とされますが、それでも伝統的な音楽というか、ロマン派的な音楽を踏襲している部分も少なくありません。そういった意味ではドビュッシーはそれまでの音楽を一掃し、全く新しい音楽を開拓した人といえるでしょう。

 ドビュッシーはアンチ・ロマン派、 アンチ・ドイツ音楽 の旗手といったところですが、しかしドビュッシーは若いころ熱狂的なワグネリアンだったとか。 ・・・・・決して食わず嫌いというわけではなかったようです。
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 9月16日(金)14:00  石岡市ギター文化館



曲目解説 4


F.タレガ : グラン・ホタ




大きいことはいいことだ

 前半のプログラムの最後はタレガのグラン・ホタです。 今回のプロでは  「グラン・ソロ」 と 「グラン」 繋がりになっていますが、「グラン」はスペイン語で「大きな」といった意味で、英語の「グランド」に相当します。 確かにこの2曲とも10分前後と、ギター曲としては大曲に入るでしょう、まさに 「大きいことはいいことだ!」 って感じでしょうか。



タレガの代表曲といえば

 ところで、タレガの代表曲といえば、誰しも「アランブラの想い出」を挙げるでしょう。アランブラの想い出はギターファンでなくても知っている人も多いでしょう。 次には「アラビア風奇想曲」とか小品の「ラグリマ」といったところでしょうか。

 アランブラの想い出は1899年頃作曲されたようですが、その時の曲名は「即興曲『グラナダに!』」となっていたようです。他に「アラビア風カテンガ(トレモロ練習曲)」といったものもあります。 「アランブラの想い出」 という曲名になったのはおそらくタレガの没後の出版時と思われます。



「アランブラの想い出」としては演奏されなかった

 曲名が違ったにせよ、「アランブラの想い出」 に相当する曲が、タレガの生存中より一般に知られていたかどうかは不明ですが、少なくともタレガがその曲を演奏したという記録は見当たりません。 だからといって、全く演奏されなかったということも言えず、「トレモロ練習曲」として演奏されたか、あるいは曲名などを告げずにアンコールのような形で演奏された可能性はあるでしょう。

 そのような状況だったので、少なくとも 「アランブラの想い出」、あるいはそれに相当する曲がタレガの代表曲だった、という認識を持つ人はあまりいなかったと思われます。



タレガは演奏会の度に必ず演奏した(場合によっては2回も)

 では、タレガが演奏活動を行っていた時期における、真のタレガの代表曲は? というと、迷いなくこのグラン・ホタが挙げられます。 何といってもタレガは自らのリサイタルでは必ずこの曲を演奏していました。 それも一回では足らず、プログラムの前半と後半に、別の曲名で1回ずつ演奏したりしていました。



いろいろな名前で演奏していた

 そういったこともあってか、今現在はこの曲は「グラン・ホタ」と呼ばれていますが、タレガは「大衆的スペインの歌メドレー」、「スペイン幻想曲」、「ホタ・アラゴネーサ」、「演奏会用グラン・ホタ」、「スペイン民謡メドレー」 などいくつもの曲名をつけています。 この曲も、今現在は「グラン・ホタ」と呼ばれているのも、タレガの没後の出版の際に、この曲名となったからです。

 また、おそらく曲名が異なるだけでなく、曲自体がいくつかのメロディとその変奏からできていて、かなり自由度の高いもので、タレガも演奏するごとに色々変化を加えていたのではないかと思います。したがってプログラムの前半と後半にそれぞれ演奏したと言っても、全く同じものを演奏したというわけではないでしょう。



エンタメ性がありすぎてセゴヴィアなどからは敬遠された

 このように、おそらく当時タレガの演奏を聴いた人々からすれば、タレガといえばまずこの曲を思い出したのではないかと思います。しかし、タレガの没後、その代表の座を「アランブラの想い出」に譲ることになってしまったのは、おそらくセゴヴィアなど、後のギタリストたちがこの曲はエンターテイメント性が強すぎる、つまり”ウケ”狙い、ということであまり演奏しなかったこのにあるのでしょう。



作曲なのか編曲なのか、自作なのかそうでないのか曖昧

 おそらくこの曲はタレガは演奏活動を始めた当初から演奏したと思われますので、作曲の年代などは不明です。多分本人もわからないのではないかと思います。作曲というよりは編曲に近く、また、タレガ以前にスペインで名を馳せたギタリストのフリアン・アルカスの作品からの引用もあるようです。またイントロはホセ・ヴィーニャスの作品の一部を使用しているとも言われています。
 


猫の鳴き声?

 タレガはこの曲の中で、”ファゴットの音” や ”猫の鳴き声” を真似ています。 猫の鳴き声は、その気になれば、確かにそのように聴こえますが、ファゴットのほうはかなり想像力豊かな人でないと、そうは聴こえない気がします。 スネア・ドラムの音はリアルですね、結構それっぽく聞こえます。



信頼度の高い現代ギター社版にも疑問の点が

 おそらく譜面は何種類も出版されているのではないかと思いますが、私が使用したのは1910~20年頃スペインのAlier社から出版されたもの(おそらく初版と思われる)です。 わが国の現代ギター社版も、そのAlier社のものに基づいていると思われますが、誤植かなと思われるところがあるので、一言書いておきましょう。




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現代ギター社版の冒頭部分。 やはりこの 「ファ」 は 「ミ」 の間違いだろう




やはり「ミ」に解決すべき

 上の譜面は現代ギター社版ですが、赤い線を引いたところの和音の下から2番目の音が、その前の和音と同じく 「ファ」 となっています。 しかし初版(Alier版)では半音下の「ミ」となっています。 例のレッキー氏に書いた譜面でも「ミ」となっていますから、やはりここは「ミ」でしょう。 やはり「ファ」は半音下の「ミ」に解決しないとおかしいと思います。 




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現代ギター社版の2ページ目。 これでもそれほどおかしくはないが、やはりAlier版の形の方がいいだろう




小節が入れ替わっている

 もう一つは間違いといえるかどうか微妙なところかもしれませんが、現代ギター社版の2ページ目で、半音階の部分の小節が入れ替わってしまっています。 現代ギター社版のように弾いてもあまり違和感はありませんが、やはり初版(Alier版)のほうが自然でしょう。

 


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Alier版の終わり近くの部分。 トレモロ奏法に付けられた右手の運指は、単なる ami の間違いか? それとも意図的に ima にしたのか?




間違い? 意図的?

 余談ではありますが、Alier社版のほうで、最後の頃に出てくるトレモロ奏法の指順が、通常の 「 a m i 」 ではなく、 「 i m a 」 の順となっています。 アランブラの想い出など他の曲のトレモロ奏法はほとんど  「 a m i 」 となっています。 単純な間違いとは思いますが、タレガは  「 i m a 」 の順でもトレモロを弾いたのだろうか?

 おそらく書き間違いだろうとは思いますが、私はこのれを 「間違いではない!」 と受け入れ、あえて 「 i m a 」 の指順で弾いています。 私にとってはこのほうが速く、また若干ノーコン気味ではありますが、パワーもあり、フィナーレ的には通常の ami より合っている気がします。
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 9月16日(金)14:00  石岡市ギター文化館


曲目解説 3  




グランソロの初版が出版されている!

 前回の記事で、グランソロには主に3種類譜面があると言いましたが、リュートの奇士さんから、他にも19世紀初頭に出版された譜面(カストロ版)が存在するというコメントをいただきました。 そこで改めてネットで調べてみると、なんと、現代ギター社版のソル・ソナタ全集(徳岡編)に、初版と、改訂版(いわゆるメソニエ版)とされる譜面の、両方が含まれていることに気が付きました。 
 
 一応グランソロに関する譜面は一通り検索したはずなのですが、旧版(中野編)と同じと思い込んでしまったのか、その時は気が付きませんでした。とりあえず発注しておきましたので、その”初版”に関しては後日また記事を書くことにします。






F.メンデルゾーン~F. タレガ編曲 : ベニスの舟歌作品19-6(無言歌集より)




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F.メンデルゾーン~F. タレガ編曲 : ベニスの舟歌作品19-6(無言歌集より)



タレガはロマン派のピアノなどの作品をたくさん編曲していた

 タレガにはたくさんの編曲作品があるのは皆さんもご存じのことと思います。実際にタレガは自らのリサイタルでは、自らの作品よりもさまざまな音楽家からの編曲作品の方を多く演奏していました。 特にロマン派のシューマン、ショパン、メンデルゾーンなどの作品はよく演奏していたようです。



ソナタよりも小品

 メンデルゾーンは 「無言歌集」 というピアノ曲集を作曲しましたが、これは題名の通り”ピアノの歌”といった感じで、情緒的な小品からなります。 無言歌集は作品番号19、30、38、53、62、67、85、102、の8つの番号にそれぞれ6曲ずつ含まれ、計48曲となっています。 つまりメンデルスゾーンは作曲活動を行っていたほとんどの期間、この「無言歌」を作曲し続けていたことになります。

 ベートーヴェンの頃までは、ピアノ作品と言えば多楽章からなるソナタが中心でしたが、メンデルゾーンはそうしたソナタよりも、このような情緒的な小品を好んだようです。



もう一曲「ベニスの舟歌」がある

 この作品19-6「ベニスの舟歌」はセゴヴィアの名演でギター愛好家には馴染みの深い曲ですが、「ベニスの舟歌」と題された曲はこの曲以外にもう一曲、作品62-5があります。こちらもたいへん美しい曲ですが、ギター独奏だと少し難しく、二重奏向きかも知れません。




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もう一曲の「ベニスの舟歌」 こちらもたいへん美しい曲






F.メンデルゾーン~F. タレガ編曲 : カンツォネッタ (弦楽四重奏曲変ホ長調作品12第2楽章)



FM放送から流れてくるセゴヴィアの演奏に感動した

 こちらは弦楽四重奏曲からの編曲です。メンデルゾーンはこうした室内楽も多数残しています。 このタレガ編「カンツォネッタ」は、大学生の頃、深夜FM放送から流れてくるセゴヴィアの演奏を聴いて感動した記憶があります。

 何といっても弦楽四重奏曲からの編曲なので、ベニスの舟歌に比べると、若干難しくなるのはやむを得ないところでしょう。 下のように原曲はト短調(弦楽四重奏全体としては変ホ長調)ですが、タレガはイ短調に移調して編曲しています。


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メンデルゾーン : 弦楽四重奏j曲変ホ長調作品12第2楽章「カンツォネッタ」 ~原曲の譜面




偉大な芸術家は不幸でなければならない?

 メンデルゾーンは文字通り前期ロマン派(19世紀初頭)の大作曲家の一人ですが、ベートーヴェンやバッハに比べると、一般にやや評価が下がるようです。 その根拠として、その作品は美しいが、深遠さがないとか、あるいはメンデルゾーンが裕福な銀行家の生まれで、苦労が少ないとか、そういったことのようです。

 世の中、どうも裕福な家に生まれ、苦労なく生涯を送った人には見る目が厳しいようですね、特に芸術家は苦労して、苦労して、血の滲む思いで作品を捻り出さないと高評価が得られないようですね。 本当はそんなこと関係ないはずですが。

 確かにメンデルゾーンはお金に困らなかっただけでなく、才能豊かで作曲も苦労を重ねて完成さえるタイプではなかったようで、モーツァルトなどに勝るとも劣らない天才肌だったと言われています。



苦労したかどうかは

 でも苦労したか、しなかったなんて、本人でないとわからないことですね、モーツァルトだってよくその生涯を顧みれば、苦労と言えるかどうかはわかりませんが、努力、あるいは勉強の連続だったと思えます。天才というのであれば、まさに”勉強の天才”といったところでしょう。

 メンデルゾーンもそういったタイプの音楽家だったのではと思いますが、作曲以外にメンデルゾーンの大きな功績として残されていることの一つに、バッハの「マタイ受難曲」の再演があります。 そのころにはすでにバッハの時代とは音楽の形態が異なってきていて、演奏上の困難はいろいろあったそうですが、この再演以来、ヨーロッパの音楽界に於いて、バッハの音楽が再び演奏されるようになったそうです。



若いころからよく聴いている

 私個人としてはメンデルゾーンは好きな作曲家で、若いころから交響曲「イタリア」、「スコットランド」、ヴァイオリン協奏曲などよく聴いています。 メンデルゾーンの音楽はいつ聴いても青春の香りがしますね。


スコットランド
クラウディオ・アバド、ロンドン交響楽団の「イタリア」のLPジャケット
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    9月16日(金) 14:00  石岡市ギター文化館




曲目解説 3

フェルナンド・ソル  グラン・ソロ作品14




アグアド版はメソニエ版をさらに技巧的にしたもの

 前回の記事で、このグランソロには主に3つの版があることをお話ししました。 今回はそれらの関係についての話となります。 まず、アグアド版はアグアド自身が記しているようにメソニエ~ユージェル版からの編曲で、譜面を見てもメソニエ版(メソニエ~ユージェル版をメソニエ版と短縮します)を華麗にしたものであることがわかります。 通常のグランソロでは物足りないという方にお勧めでしょう。



ソルとも親しかったメソニエが出版した楽譜が初版と思われるが

 ソルの作品のうち作品番号33までの曲はすべてパリのメソニエが出版しているので、シンプルに考えればメソニエ版が初版ということになるでしょう。 どいつで出版されたジムロック版はそのメソニエ版を簡略化して出版されたものと考えられます。



これまではセゴヴィアの演奏などでジムロック版のほうが親しまれていた

 ただし、一般にセゴヴィアなどの演奏などによりジムロック版のほうが先に知られ、多くの人に親しまれたため、逆にメソニエj版のほうに違和感を感じる人も多い訳です。おそらく20世紀前半においてはメソニエ版よりもジムロック版の方がよく知られていたのでしょう。



メソニエ版のほうが改訂版?

 そのようなこともあってか、ジムロック版のほうが初版とする人もいたり、またメソニエ版のほうも改訂版で、この二つの版以外にそれぞれのもととなる未知の ”初版” が存在したという人もいるようです。



展開部における大胆な和声法

 メソニエ版が改訂版だと主張する理由の一つとして、メソニエ版の展開部にあります。この展開部は主調のニ長調から変ロ短調を経ながらも、一気に半音下の変ニ長調となり、その変ニ長調の主和音をこの曲の属調であるイ長調のⅢの和音とみなしてニ短調へと導く・・・・  と言った大胆な和声法を用いてます。

 このグランソロは全体的には典型的なソナタ形式で作られ、和声法もそれほど複雑ではありません。その作品番号(14)が表すようにソルの初期の作品と言えるでしょう。 ソルの中期や、後期の作品に比べるとかなりゴツゴツ感があり、洗練されているとは言い難いところもあります。

 こうした曲全体の作りとこの大胆な和声法を用いた展開部がややチグハグで、おそらく後から追加されたものではないかというわけです。



出版時に追加?

 確かにそうしたことは言えますが、実際にこのグランソロが出版されtのは中野二郎氏によれば1814年以降で、番号からすれば1820年代の可能性があります。ソルが若いころに作曲したこの曲に出版時に展開部を変更、あるいは追加したということは十分に考えられます。1820年代のソルであれば、このような革新的な和声法を用いても不思議ではないでしょう。

 そう考えれば、メソニエ版以前にその基となるバージョンがあった可能性はあるかもしれません。しかしそれは少なくとも出版されたものではなく、手書きのままだったのではないかと思います。



やはりメソニエ版が初版でいいのでは

 中野氏の所有していたメソニエ版は1920年頃出版されたもので、おそらく初版時の版下をそのまま用いたものではないかと書いています。つまり1820年前後に作った版下を、その後100年間使用し続けたということになります。それだけ一度作った版下は貴重だったのでしょう。 

 となれば、当時短い期間内に改訂版を出す可能性は少なく、やはりこのメソニエ版が第1版、つまり初版といっていいのかなと思います。
 


再現部の第二主題を比較してみると

 因みに、ジムロック版がオリジナルで、メソニエ版が改訂版ということは、譜面を見る限りでは可能性は少ないと思います。 両者の再現部の第2主題を比較すると、そう感じられます。

 下の譜面はメソニエ版の主題提示部における第2主題です。ジムロック版は少しこれと異なりますが、大まかにはそれほど変わりありません。ソナタ形式では第2主題は属調で書かれることが多く、典型的なソナタ形式を踏襲しているこのグランソロにおいても属調のイ長調で書かれています。


第2主題提示
メソニエ版の主題提示部における第2主題。 通例に従い主調ニ長調の属調のイ長調となっている。 若干異なる部分もあるが、ジムロック版もほぼ同じ。





 下はメソニエ版の再現部における第2主題です。 属調で書かれた第2主題は、再現部においては主調に戻されるのが通例で、グランソロに於いても主張のニ長調となっています。 音型を見れば、提示部と全く同じではないにしても、類似しており、提示部のものが移調されたものだということがわかります。


第2主題再現
メソニエ版の再現部における第二主題。いくぶん変更もあるが、おざっぱに言えば、上の提示部のもをニ長調に移調したものと言える。




ジムロック版では再現部に於いて、この第二主題が次のようになっています。


ジムロック第2主題
ジムロック版の再現部の第2主題。和声進行とピークの音にその面影があるが、主題提示部のものとはかなり異なっていて、主題提示部のものを移調したものとはあまり見えない。



ソナタ形式とは言えなくなる

 これは、おそらくメソニエ版では技術的に難しいので、それを簡略化したものと思われます。 確かに弾きやすくはなっていますが、しかしこれでは提示部の第2主題をニ長調に移調したものとは見えなくなります。

  ソナタ形式の基本的な構造として、属調や並行調となっていた第2主題が主調となって現れるということがあります。これはソナタ形式の根本的な概念でしょう。 こうしたことがなければソナタ形式とは言えなくなります。



ソル自身ではやらないのでは

 逆に言えばそれさえ守れば他のことは省略してもよい訳です。ですから展開部のないソナタ形式、第1主題が再現されないソナタ形式というのも可能なわけです。

 ソルという作曲家の傾向を考えれば、このようにソナタ形式の基本構造を曖昧にするような作曲の仕方は、あまり考えられないでしょう。 となれば、やはりジムロック版は二次的な版で、ソルの意志を反映したものではないと考えていいでしょう。



メソニエ版で演奏

 因みに、メソニエ版の再現部の第2主題は、左手の拡張など一見難しいように思えますが、私の小さな手でも可能なので、特別むずかしいわけではないと思います。

 言い忘れましたが、今回のリサイタルではメソニエ版で演奏します。