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中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

令和時代のギター上達法 39


タレガのグリサンド ~アラビア風奇想曲



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1902年にバレンシアの「アンティック・イ・テナ社」から出版された譜面。タレガ最初の出版となる。



タレガの代表作の一つ

 今回は「アラビア風奇想曲」のグリサンドの話です。 アラビア風奇想曲と言えば「アランブラの想い出」と並ぶタレガの代表曲ですね。 

 「アランブラの想い出」 は1890年代の末頃作曲されたようですが、その当時の曲名は 「即興曲『グナナダ』アラビア賛歌」 というもので、曲の細部も今現在伝わる「アランブラの想い出」とは若干異なるようです。  曲名や細部が今日伝われているものになったのは、タレガの死後(おそらく1910年代)に出版されてからのようです。

 「アラビア風奇想曲」 のほうは1889年頃作曲されたようで、当初の曲名は 「ムーア風奇想曲」、「アラビア風セレナータ」 などとなっていました。 タレガは1902年に自らの作品を初めて出版したのですが、その中にこの曲も含まれ、曲名も今日伝わる「アラビア風奇想曲」となりました。

 1902年に段階で、すでにタレガの弟子の何人か(ホセフィーナ・ロブレド、 エミリオ・プジョール)は演奏しており、アラビア風奇想曲は出版以前からよく知られていたようです。



自らのリサイタルのプログラムには載らなかった

 因みに、タレガが行ったリサイタルのプログラムはいくつか知られていますが、それらの中にはこの両者とも見いだせません。 タレガのプログラムにははっきりしたパターンがあって、まず 「グラン・ホタ」 と 「ベニスの謝肉祭」 は必ず含まれ、特に「グラン・ホタ」は曲名を変えて前後半にそれぞれ演奏するなどということもあったようです。

 それ以外はほとんどベートヴェン、ショパン、シューマン、あるいはサルスエラ(スペインのオペレッタ)からの編曲もの、タレガの自作としては演奏会用練習曲などわずかな曲が含まれるだけででした。

 つまり、わたしたちが今現在タレガの作品として知っている曲のほとんどは、タレガ自身のリサイタルでは演奏されなかったということになります。 もっとも、アラビア風奇想曲やアランブラの想い出がプログラム上では ”演奏会用練習曲” という形で演奏された可能性はあるでしょうし、またタレガはプログラム本番よりもアンコールの形で弾くほうが好きだったので、アンコール曲として自らの作品を演奏した可能性は大きいでしょう。

 また、タレガはよく自宅などで知人や弟子たちの前演奏することが多く、そうした際にもアラビア風奇想曲やアランブラの想い出を含む、これらの自作曲が演奏された可能性があるでしょう。特に「ラグリマ」や「マリエッタ」などの小品は基本的に演奏会用の作品とはされず、おそらくレッスンの際などに弟子たちに聞かせていたのでしょう。タレガのレッスンは言葉で説明するより、弾いて聞かせるのが主だったようです。



なぜ単音?

 ちょっと脇道にそれてしまいましたが、問題になるのはこの譜面の4段目の中央付近ですね、ここを拡大しておきましょう。



アラビア風グリ1
ここが前の小節のように「ソ、ラ、ド#」の和音とならないで、「ラ」の単音となっているのは、グリサンドをするためと考えられる。しかし一般の愛好者にはわかりにくいということで、1弦の1フレットからのグリサンドに変えてあるのでは。


 
 イントロが終わって、2小節の伴奏部分となるところです。赤い矢印のところが「ラ」の単音になっていますね。普通に考えれば、ここは前の小節と同じく 「ソ、ラ、ド#」 の和音となるべきところです。 私は以前からなぜここが単音になっているのか不思議に思っていました。技術的に弾きやすく意味もそれほどないでしょうし、誤植とも思えませんが、でもタレガがこう書いているんだから、取り合えずそう弾いておくしかないか、なんて思っていました。



ダニエル・フォルティアの演奏によると

 そんな折、シニア・ギター・コンクールの際に、藤井圭吾さんが周囲の人に 「ここは本来グリサンド・・・・・」 と言っていたのを小耳に挟み(盗み聴き?)、後でタレガの弟子であるダニエル・フォルティアの録音を聴いてみると、確かにそのように弾いています。

 楽譜上では、ここは1弦の「ファ」(1フレット)からのグリサンドとなっていますが、タレガの本来の意図は3弦からのグリサンドで、弟子たちにもそのように指導していたようです。 もっとも、みな優れた弟子たちですから、タレガを演奏を見たり、聞いたりして覚えたのかも知れませんが。



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CD:セゴヴィアと同時代のギタリストvol.12  このCDにはタレガの弟子のフォルティアやロブレドの他、セゴヴィアやリョベットの録音も収録されている。タレガ自身の録音と言われているものもあるが、信憑性は不明。



 このフォルティアの録音は「セゴヴィアと同時代のギタリストVol.12」のCDに収録されていますが、このCDには同じくタレガの弟子のホセフィーナ・ロブレドとアラビア風奇想曲の録音もあります。

 ロブレドの録音では、この部分のグリサンドの音は、はっきり聞こえませんが、「ラ」を単音で弾いているのは確かです。少なくとも1弦の「ファ」からのグリサンドをしていないのは確かで、おそらくグリサンド気味には弾いているのだが、たまたまグリサンドの音がよく出なかっただけなのかも知れません。どちらにしても音質の悪い録音なのではっきりとは聞き取れません。



おそらくタレガは3弦からグリサンドしていた

 といったわけで、ここは上の譜面のように1弦の「ファ」からグリサンドするわけではなく、3弦の「ラ」からグリサンドするのがタレガの意志であり、タレガ自身もそう弾いていたと考えられるでしょう。

 ではなぜ、出版された譜面はこのような形、つまり1弦からグリサンドするように書かれているのか? 単純な間違いなのか? しかしこの譜面はタレガが満を持して出版したもので、そんなにいい加減なものではないはずです。実際に同時に出版された他の曲も慎重に吟味された形跡があって、譜面としては信頼度の大変高いものです。



一般の愛好家にはわかりにくい?

 以下は私の勝手な想像ですが、楽譜を出版するということは身内の人だけでなく一般のギター愛好家に向けてということになります。 そうすると、この ”3弦からのグリサンド” というのはやはりわかりにくいと考えたのでしょう。それなら2回目以降のように最初から1弦のグリサンドにしておいたほうがわかりやすいと考え、1弦からのグリサンドに変えたのではないかと思います。

 それならばこの「ラ」の単音も「ソ、ラ、ド#」の和音に変えるべきだったのでしょうが、そこはそのままにした、もしかしたら3弦からのグリサンドも暗示しておいたのかも知れません。
 
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