中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。


        本 008




吉田秀和作曲家論集   音楽の友社
 
 1.ブルックナー、マーラー

 2.シューベルト

 3.ショパン

 4.シューマン

 5.ブラームス

 6.バッハ、ハイドン




 この本の話も久々になりますが、音楽に関しての本と言えば、我々水戸市民としてはこの吉田秀和氏の著作を抜きに語る訳にはゆかないでしょう。吉田氏は1913年生まれですから、今年で96歳になるはずですが、全く衰えを見せることなく執筆活動を続けています。吉田氏はたいへん著名な音楽評論家ですが、私たち水戸市民としては水戸芸術館の館長と言った方がピンとくるかも知れません。


 白水社から「吉田秀和全集」が出版されていますが、今現在は何巻まででているのでしょうか、たぶん20巻は超えているのではないかと思います。私の本棚にはそのうち6巻あり、図書館で借りて読んだ分を合わせると十数巻ほど読んだのではないかと思います。この「作曲家論集」はそれらを作曲ごとに6巻にまとめたもので、「全集を読むのはちょっと」と言う方には手ごろなのではと思います。


 吉田氏といえばモーツアルトやベートーヴェンに関する文章が最も多いのですが、このシリーズでその二人が抜けているのは、その全集の第1巻がモーツアルトとベートーヴェンに関するものだからなのでしょう。つまりこの作曲家論集の全6巻と吉田秀和全集の第1巻とで、作曲家論集が完成するのかも知れません。


 吉田秀和氏については当ブログで、前にも書いたと思いますが、私にとっての最初の出会いは学生時代に聴いていたFM放送でした。その話口調がたいへん知性的でありながら、音楽学者とか評論家とかいった感じではなく、なんとなく身近に感じられるところもありました。声の感じからすると年齢の高い人にも思えるが、その「秀和」と言う名前は当時の若い人の名前で、いったい何歳くらいの人なのかなとも思いました。逆算すると私がFMで聴いていた頃は60歳前後ということになりますが、当時は40代くらいの人かなと思っていました。


  当時を振り返ると、私の場合そのFM放送から得た知識や、興味を持った音楽はたくさんあったように思います。今でもはっきり覚えている内容としては、モーツアルトの弦楽5重奏曲第2番で、「この曲の第2主題は提示部では長調で出てくるが、再現部では短調で現れ、その時このメロディの真の姿が現れる」と話していたことで、この話は私にはとても印象的で、この曲を聴くたびにこの話を思い出します。というより、その違いを聴くためにこの曲のレコードを聴いたりしていました。


 また全集の中で特に印象的な内容としては、吉田氏が演奏を聴く時の心構えとして、「最初から自分の考えや感性で聴くのではなく、まずその演奏家の側に立ってみる、そうすることによりその演奏家が何を考え、何を表現しようとしているのかがわかる」と言っていたように思います。今現在、私がコンサートやCDを聴く時などもこの言葉を意識しています。また生徒さんのレッスンの時にも役立っているのではないかと思います。


 吉田氏とギターとの接点はあまりないようですが、確か全集の中で、ニューヨークでセゴビアを聴いた時の感想として「白くてよく動く手がきれいだった。とても小さな音だった」と書いてあったと思います。ただし昔読んだ記憶なので正確にこう書いてあったかどうかははっきりしません。少なくとも演奏内容についてのコメントはなかったと思います。


 若い頃吉田氏の著作や放送から学んだことはたくさんありましたが、その一方では私が聴く音楽がドイツ系の音楽に偏ってしまったことは否めません。しかし私にとってはギターの音楽を客観的に見るためにかえってよかったのではと思っています。


 さて、話がわが国の音楽評論界の重鎮であり、私たち水戸市民にも縁の深い吉田秀和氏に及んだところで、この「本の薦め」もとりあえず中締めということにしましょう。そしていよいよ「中村俊三のギター上達法」を再開、ということにしようと思います。再開第一弾としてはギターを弾く人なら誰でも気になる、というか出来ればなくなって欲しい「ミス」つまり「弾き間違い」について話をしてゆきたいと思います。この「ミス」、好きな人はいないと思いますが、さりとて縁を切るわけにはいかないという、確かにたいへん困った存在でしょう。
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