中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

 昨日(7月12日) 石岡市ギター文化館で大萩康司ギター・リサイタルを聴きました。大萩君については紹介は不要かも知れませんが、現在の日本を代表する若手ギタリストと言えるでしょう。もっともそろそろそういった「将来のギター界を背負って立つ若手ギタリスト」とか「日本ギター界のプリンス」といった形容詞も不要になってきているのではと思います。また「ハバナ国際ギター・コンクール第2位」とか、「パリ・コンセルバトワール卒業」とかといったことも、今となってはあまり意味を持たないでしょう。


 この日のギター文化館はいつになく聴衆で溢れ、その結果私が座れた場所はかなり端のほうになってしまいました、やはり相変わらずの人気です。


 大萩君の演奏(音楽といったほうがよいかも知れませんが)は確かに他のギタリストと違います。それを言葉にするのはたいへん難しいのですが、この会場に来ている人は多かれ少なかれ、それを感じているのは確かなことだと思います。その違い、あるいは大萩君の演奏の最も根本的な特性とか言ったものを的確な言葉で表現するのは、もちろん私には不可能ですが、的を得ていないことを恐れず言えば、「独自の音響空間」を持っているということでしょうか。優れた演奏家というのはその会場のすべての響き(空気といってもよいかも知れません)を支配してしまいますが、大萩君もその一人と言えるのではないかと思います。


 もちろん大萩君の演奏は美しいのですが、その美しさは単に一音一音が美しいとか、メロディの歌わせ方が美しいということだけでなく、ギターの「響き」そのものが美しいのだと思います。ギターの「響き」に関して独自で、またたいへん繊細な感覚を持ったギタリストなのでしょう。それはこの日の前半に演奏され、大萩君がデビュー当時から取り組んでいるキューバの作曲家、レオ・ブローウェルの作品について特に言えるように思います。前半の最後に演奏された「ギターのためのソナタ」はこれまで聴いたこの曲の演奏とはかなり違った印象を持ちました。クラシック音楽にとってはその音楽の構造も大事なのですが、美しさがなければ、それも意味を持たないのではないかと思います。特に印象に残る演奏でした。


 後半の最初に演奏されたピアソラの「5つの小品」はタンゴの巨匠アストル・ピアソラの唯一のギター独奏曲ですが、こちらは音楽の性質上、ブローウェルとは若干違ったアプローチのようです。リズムのキレとか、音の多彩さとか、あるいは曲自体の面白さとか、とても楽しめました。最後に演奏されたアッセルボーンの曲や、本日は演奏されませんでしたがルイ・ゲーラの曲では、一見自由に弾いているようですが、装飾的な部分の変更や追加などは作曲者からの了承の下におこなっているとのことで、律儀な面もあるギタリストのようです。また今現在は19世紀ギターにも興味を持っているとのこと、今後はそうしたレパートリーも聴けるかも知れません。なおこの日のリサイタルの演奏曲目は以下のとおりです。


 円柱の都市(まち)~題名のない小品による変奏曲 (レオ・ブローウェル)

 8つのコントルダンサス (マヌエル・サウメル~レオ・ブローウェル編)

 ギターのためのソナタ (レオ・ブローウェル)

 5つのタンゴ (アストル・ピアスラ)

 想いの届く日 (カルロス・ガルデル~ビクトル・ビジャダンゴス)

 老いた賢者、風の道 (アリエル・アッセルボーン)



*さらに鳴り止まぬ拍手に応え、アンコールとして、 「セリエ・アメリカーナ」より「プレリュード」、 アルハンブラの思い出(タレガ)、 タンゴ・アン・スカイ(ディアンス)、 11月のある日(ブローウェル)の4曲が演奏されました。
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