中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

         マグダレーナ


13人の子を生んだ2人目の妻

 2ヶ月くらい前だったでしょうか、本屋さんの本棚でこの本を見つけました。バッハについての本などはそれなりに読んだりしていたのですが、こんな本があったのは知りませんでした。アンナ・マグダレーナはバッハの二人目の奥さんで、バッハがケーテンの宮廷にいた頃、バッハ35才、マグダレーナ20才の時に結婚し、13人の子を産みました。有名なメヌエットが入っている「アンナ・マグダレーナの音楽帳」でも知られていますが、これはバッハが妻の音楽の勉強のために書いたものです。


孤独な晩年に

 この本には、マグダレーナがバッハと死別して孤独な生活をしている頃、バッハのことをよく知る人物から「あなたは他の人の誰も知らない先生をご存知なのですから」と勧められ、書いたものとなっています。別の資料などによると、バッハが亡くなった時マグダレーナは50歳、その後は子供たちとは同居せず、孤独な年金暮らしとなり、60歳で世を去っています。この本の中では、この本を書いたのが57歳の時で、亡くなる3年前ということになります。


夫は音楽史上最大の音楽家

 この本ではマグダレーナから見たバッハの音楽と、その人物像ということについて書かれています。なんといっても自分の夫について書いたわけですから、「音楽史上最高の音楽家」と言った感じで書かれているのは当然でしょうが、でも現在一般的に語られているバッハの評価とあまり違わない感じもします。「夫の音楽は、今は忘れられたり、あまり高く評価されていないが、後世においては必ず正しく評される。夫の生存中はヘンデルやテレマンなどが高く評価され、現在では息子達、エマニュエルやクリスティアンの評価が高いが、夫の音楽とは比較出来ない」といった感じで書いています。現在では確かにその通りになっていて、マグダレーナには先見の明があったのでしょうか。


人間バッハ

 またバッハの人物像について、肖像画などの印象では厳格な感じがするが、実際はとても温か味や人間味のある人で、たいへん家族想いであると言っています。時には忙しい時間を割き、家族を連れてハイキングに出かけ、子供たちと大はしゃぎをしたり、また子供達の教育には特に熱心だったと書かれています。マグダレーナにもオルガンやチェンバロを教え、前述のテキストも書いています。作曲のことでは時にはマグダレーナに相談したり、また新しい曲が出来ると真っ先にマグダレーナに聴かせたとも言っています。ある時はマグダレーナをひざの上に載せたままフーガを演奏したこともあったそうです。人間バッハとしては理想的な父親像、および夫像として書かれています。


ドラマティックな出会い

 バッハとの出会については、「ハンブルグの聖カタリーナ教会の前を通ると、教会の中からオルガンの音が聴こえて来て、思わず中に入ってみると、あまりにすばらしい音楽で体が動かなくなってしまった。その弾き手が自分の方にやってくるのに気付き、慌てて外に逃げ出した。その話を両親に話すと、そのオルガンを弾いていたのはヨハン・セバスティアン・バッハという人であることを教えられた」と書いてあり、その後のマグダレーナにはバッハは音楽家としても、一人の男性としても特別な存在になったと言っています。バッハの若い頃から「順を追って話を進める」としながら、話は時々時代を超え自分と一緒に過ごした頃の話になってしまい、「彼の思い出のあれもこれも、あんまりたくさん一遍に押し寄せてくるものですから」と言っていますが、確かにありうることでしょう。


意外と現代的

 ここで書かれているマグダレーナの「バッハ観」は前にも言ったとおり、音楽的にもまた人物像的にも意外と今現在私たちが持っているバッハ観と近い感じがします。普通に考えると、バッハの音楽に対する評価は、18世紀中頃と今日とではかなり違うのではと思いますが、この本の中で書かれているマグダレーナのバッハの音楽観は私たちのもとそう変わらないというか、ほとんど違和感がありません。バッハの人物像にしても、多少美化されているとしても私たちが「こうあって欲しい」といったイメージにかなり近いものになっています。むしろ本当はもっと頑固で扱いにくい人だったのではと思いますが、結構物分りもよく、特にマグダレーナには優しかったようです。また時々出てくる逸話などは、別の本などで読んだようなものも多いのですが、身近で直接見聞きした人の言葉ということで、やはり重さは違います。


バッハの音楽を正しく理解できるのは

 またバッハの名言といえるような言葉もいくつか書いてありますが、特に印象的だったのは、「僕が演奏するのはね・・・・ 世界の一番優れた音楽家聴いてもらうためなんだ。おそらくその人はその席にいないだろうけど・・・・ しかしいつもその人がいるつもりで演奏するのさ」。それに対しマグダレーナは「その人はいつもそこにいるじゃありませんか」と応えたとしてあります。確かにそのとおりだと思います。バッハの音楽を正しく理解出来るのは確かにヨハン・セバスティアン・バッハ、その人しかいないかも知れません。


私しか・・・・

 これまでアンナ・マグダレーナ・バッハについては、バッハの二人目の妻で、子供を13人生み、メヌエットで有名、と言った程度のことくらしか知らず、実際にどんな性格の女性だったかなどは全くわからなかったのですが、この本を読むと、そのキャラクターもだいぶはっきりわかってきます。 マグダレーナがこの本の中で最も言いたかったのは、もちろんバッハの音楽的偉業でしょうが、それに加え自分自身のこととして「私は自らの人生すべてを音楽史上最大の音楽家、ヨハン・セバステイアン・バッハに捧げた。その音楽もさることながら、生身の人間としてのバッハを最もよく知っているのはこの私。またバッハが最も愛した女性も、この私!」といったことも言いたかったようにも読み取れます。もちろん実際の文章はたいへん丁寧に、また謙虚に書いてあります。


1台のギター?

 些細なことかも知れませんが、この本を読んでいて、ちょっと気になる点がありました。この本の中でバッハの遺品として、いろいろな楽器の中に1台のギターがあったと書いてあります。他の資料からすれば、おそらくリュートのことを言っているのではないかと思いますが、どうしてギターになってしまったのでしょう? まさかマグダレーナがギターとリュートの区別が付かなかったなどというこはないでしょう。あるいは翻訳の時に「リュート」が「ギター」になってしまったのでしょうか。ドイツ語ではギターは「Gitarre」、リュートは「Laute」と表記され、だいぶ違うはずですが? 


ラウテンクラヴィツィンベル?

 さらに「ラウテンクラヴィツィンベル」なる楽器が登場しますが、この楽器についてマグダレーナは通常のチェンバロよりも「ずっと長く音を保持することができるもの」と言っています。しかし「ラウテン」とはリュートのこと、「クラヴィツィンベル」はだいぶ変なカタカナ表記ですが、チェンバロで、まとめれば「リュート風チェンバロ」と言うことになります。この楽器は我々ギターをやるものにとっては、バッハが自分で作曲した「リュートのための作品」を演奏するための楽器として知られています。リュート風の音を出すわけですからどちらかと言えばミュート気味の音だったでしょうから、この説明では全く逆になってしまいます。これはいったいどうしてなのでしょう? この本の中ではマグダレーナは特に上手ではないが、オルガンをはじめ、鍵盤楽器は一通り弾けると言っていて、鍵盤楽器については詳しいはずです。本筋とは関係のない話ですが私たちにはちょっと気になる話です。

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