中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

              アルベニス演



イサーク・アルベニスについて


敬意と感謝

 私の場合、これまで行ってきたコンサートのほとんどではアルベニスの曲が含まれ、アルベニスの曲を弾かなかった時の方が稀なくらいです。これまで7回行ってきたリサイタルのうち、アルベニスの曲を弾かなかったのは1回のみでした。昨年のリサイタルでも後半のプロはアルベニスの作品のみといったように、私のレパートリーの中でアルベニスの作品の占める割合は他のギタリストよりもやや多いのではないかと思います。今年はそのアルベニスの没後100年ということで、アルベニスとその作品に敬意と感謝の意を込めて、今回このコンサートを企画しました。


ピレネー山脈の谷間の小さな町

 アルベニスの生涯などについては以前にもこのブログ書きましたが、若干触れておきましょう。イサーク・アルベニス(本名はもっと長い)は1860年にピレネー山脈の谷間にある、カンブロドンという小さな町で生まれ、3才の時にバロセロナに移っています。3才頃より姉にピアノを習い、後にマドリッド、ライプチヒ、ブリュッセルなどで音楽を学んでいます。若い頃はピアニストとして高く評価され、またロマン派的な作品を作曲していましたが、20代半ば、つまり1880年代の中頃よりスペイン的な音楽に目覚め、私たちが知るようなアストゥリアスとかグラナダといった曲を作曲しています。代表作としてはピアノのための組曲「イベリア」が挙げられます。1909年5月18日にバスク地方の避暑地、カンボ・ル・パンで亡くなりました。


クラーク氏の著作

 これまでアルベニスの生い立ちとして、「4才で演奏会を行い、神童ぶりを発揮し、12才でアメリカ大陸へ放浪の旅に・・・・ 」といった冒険物語のような逸話が語られていますが、実はこれらはアルベニス本人が作った「お話し」のようです。1999年にカンサス大学の助教授である、ワルター・アーロン・クラーク氏が当時の公文書や新聞記事、乗船名簿など膨大な資料を基にした著作が出版され、最近ではそのクラーク氏の労を惜しまない研究により、アルベニスの実像がかなり明らかにされています。


邦訳はないが

 クラーク氏が書いた著作(Issac Albeniz Portorait of a Romantic)は英語で書かれた約300ページのものだそうですが、今現在では日本語には翻訳されていないようです。ただしインターネットでこの本の内容を要約したものは読むことが出来ます。また富川勝智さんが現代ギター誌(NO.485~490)にアルベニスに関する詳しい記事を書いていてますので、詳しいことを知りたい方はそういったものを読んでいただければと思います。因みに富川さんの記事も、おそらくこの本を参考にしているのではないかと思います。全くの余談ですが、フランスのサルコジ大統領の現在の夫人は、このイサーク・アルベニスの「ひ孫」にあたるそうです。


今ではさまざまな作品が

 アルベニスが残した作品は、自身がピアニストであったこともあって、ピアノの作品が最も多く、6曲のソナタの他、100曲以上の作品(組曲などに含まれる曲をそれぞれ1曲として)があるそうです。他に完成されたオペラが3曲、ピアノ協奏曲が1曲、歌曲が約30曲、オーケストラ曲、室内楽が若干となっています。最近ではオペラや協奏曲なども録音されており、CDも入手可能になっています。アルベニスに関しては、これまで文字通り若干の伝説的な逸話と、ごく僅かな作品が知られていただけでしたが、最近ではその人物像もかなりわかるようになり、今までほとんど演奏されなかった曲も聴くことが出来るようになりました。

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