クラシック音楽 = ヨーロッパの伝統的、芸術的音楽 = 楽譜により発展した音楽
前回の話では、「クラシック音楽は過去に作曲された曲を演奏することが多いので、楽譜との関係が深い」といったようなことを書きましたが、しかしクラシック音楽と楽譜の関係はそのような現実的なことだけでなく、その成り立ちから発展に至るまで、本質的なところで密接な関係があるように思います。言ってみれば、クラシック音楽とは ”楽譜に書かれた音楽” あるいは”楽譜にに書かれることによって発展した音楽”と言ってもよいのではないかと思います。
キリスト教的発想が楽譜を生み、発展させた
クラシック音楽、つまりヨーロッパの伝統音楽は中世のキリスト教の音楽にさかのぼる事が出来ます。キリスト教においてはミサなどの儀式や行事に音楽は欠くことが出来ないもので、たいへん重要なものと考えていました。しかし当時の社会を考えると、音楽の地域ごとの差は決して小さいものではありませんでした。キリスト教の歴代の指導者たちはそのことを嫌い、どの地域でも、あるいはいつの時代にも同じ典礼の音楽が演奏されるように努めました。初期の楽譜は歌詞に旋律の上げ下げを記す程度だったのですが、時代と共により詳しく、正確に記するようになりました。
音楽情報を次世代に引き継ぐ
おそらく音楽などと言うものは人類の発生と同時に生まれ、地球上のどの民族にも音楽はあり、また発展もしていったと考えられますが、このヨーロッパの音楽は、音楽を「記する」ことにたいへんこだわった音楽だと思います。楽譜を用いることにより、ヨーロッパ全体としてそれほど地域差もなく(ある程度はあったでしょうが)比較的同じような音楽が演奏されていました。楽譜の存在により、ヨーロッパ全体が一種の「音楽共同体」化されていったのではと思います。さらに大きな事として、楽譜により作品を正確に(その度合いは時代によって異なります)次の世代に残すことが出来、次の世代がその音楽的情報を基にさらに肉付けしてまた次の世代にというように、音楽を発展させてゆくことが可能になっていたわけです。
音楽の視覚化 = 音楽を思考する
もう一つ重要なこととして、楽譜を用いることにより音楽を「視覚化」したことです。音楽を耳で聞くだけでなく、「視覚化」したことにより、音楽を感じるだけでなく、「考え」、「構成」することが可能になった、いや、自然とするようになったのだと思います。「聴覚」は人間の感性とのつながりが深いと思いますが、視覚はなんといっても知性とのつながりが深いものだと思います。もし楽譜がなかったら、間違いなくベートーヴェンは「運命」を*書かなかったでしょう。またマーラーやブルックナーが1時間を越える交響曲を書くこともなく、シェーンベルクが12音技法を創始することもなかったでしょう。
ベートーヴェンはいつも見ていた
*作曲することを「書く」などという表現すること事態、クラシック音楽と楽譜の関係の深さを証明しています。ご存知のとおり、ベートーヴェンが作曲の時に用いていたメモ帳が残されていますが、そのメモ帳により、推敲に推敲を重ねた「交響曲第5番」の創作過程がよくわかります。ベートーヴェンはこのメモ帳をとても大事にしていて、いつも持ち歩いていただけでなく、よく見ていたようです。晩年になってからも若い頃のメモをよく見ていて、作曲のヒントにしていたようです。
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