中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。


こだわり屋~理科系?

 今回はフェルナンド・ソルの楽譜の話です。ソルについては皆さんもよくご存知のことと思いますが、昨年現代ギター社から1830年に出版されたソルのギター教則本の全訳が出されました。教則本といっても入門者のためのエチュード集のようなものではなく、ソル自身のギター論を展開するといったものです。若干理屈ぽい感じもあり、日本語に翻訳されていても、読みやすいといったものでありません。例えばギターの持ち方の説明で、「テーブルの角でギターを支えて持つ」といったようなことが、

 「その角の一つと第12フレットが垂線の横で並び、ギターの点Bを少し開いた右膝の上に、そして点Cをテーブルの角D・・・・・」

といったように、ほとんど数学の教科書のようです。また腕の動かし方の説明に「運動量云々」といった物理学の授業のような言葉が飛び交い、ソルはかなり「理科系な」人のようです。またギターの演奏についてだけでなく、楽器製作に関することや、ギター以外の音楽全般について、あるいは他の一般教養などについての自らの豊富な知識をアピールしている部分も感じます。

 しかし仮に書いてあることすべてが理解出来なかったとしても、あるいはギターを弾く上で特に重要なことでなかったとしても、この教則本により、すくなくともフェルナンド・ソルという人の性格などはよくわかるのではと思います。確かにかなりの「こだわり屋」のようですが、そうしたことはソルの楽譜を読む上ではたいへん参考になると思います。



譜例13

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 さて、ソルの最初の譜面は有名なト長調の「ギャロップ」です。ギター教室の教材や発表会の演奏曲として、かなりポピュラーな曲ですが、学生やアマチュアのギター・コンクールの課題曲にもよくなります。「譜例13」は中野二郎編の現代ギター社版ですが、初版(Heugel版)を忠実に再現されたものとされています。この現代ギター社版が出されたのは1972年頃で、今から40年近く前ですが、原典に全く手を加えずそのまま再現という、当時としては画期的なことで、ギターにおける原典主義の先駆けとなったものではないかと思います。私たちよく見る譜面はこれに運指が付いたものがほとんどですが、音的にはそれほど変更されてはいないようで、運指も譜面によってそれほどは違いがないでしょう。


スタッカート・マーク

 この譜面をよく見ると、最初の2小節の4つの8分音符にスタッカート・マークが付いています。これは「ギャロップ」という飛び跳ねる感じ、あるいは疾走する感じを出すために必要なもので、5、6小節も1,2小節と同じ部分ですから当然そちらにも付くはずですが、「当然のこと」として省略されています。ソルの場合、当然と思われることはあえて書かないのでしょう。しかしこのスタッカートをあまり短く弾いてしまうとその音が鳴り切らなくなってしまうのであまり短く切ってしまうのはよくないでしょう。なんといっても拍の表ですからある程度響かせる時間は必要です。一般にスタッカートは書かれた音符の半分くらい音を響かせるのですが、少し長い位でも良いでしょう。全体のテンポが速ければ、「次に音を残さない」くらいの感じでもよいかも知れません。もちろん「前のめり」になってテンポを乱しては絶対にいけません。



4分音符の箇所も

 さらに拡大して読めば、この4箇所のスタッカート・マークにより、この曲が全体に「歯切れよく」といったことも示していると考えられます。特に9、10小節目のように3度の和音が二つ続くところは、常識的に考えてもスタッカートになるでしょう。ただし12小節目の4分音符の「レ、シ」は決して8分音符の間違いではなく、意図的に4分音符にしてあると考えられるので、譜面どおり4分音符で、なおかつレガートに弾くべきでしょう。

 短調に変わる17、18小節の上声部(メロディ)は8分音符で書かれています。短調になってもやはり「歯切れよさ」は継続しているわけです。ギャロップは「馬の駆け足」ですから軽快な足取りを表しているものと思います、さらに若干スタカート気味も考えられるでしょう。市販されている譜面の中には、ここを4分音符に変更してあるものも見かけますが、あってはならない変更でしょう。



フレーズの最後はレガートで閉める

 19小節の「シ」は8分音符ではなく、4分音符で書かれていますが、ここも12小節同様、意図的なものと考えられます。この曲は確かに全体的には「歯切れよく」ですが、フレーズの最後は「レガート」で閉めるようになっていて、それにより「まとまり」を出しているわけです。そう考えると、23小節目の上声部の「ソ」と「ファ」は4分音符の可能性も出てきますが、断定はできません。

 譜面の一番下のほうの30小節目の最初のところに⑥弦の「ミ」がありますが、前後関係を考えると誤植の可能性が高いと思われます。実際に弾いている人はあまりいませんが、楽譜どおりこの音を入れるとちょっと違和感はあります。ただ100パーセントミスとも言い切れないところもあり、ソルの場合このように意図的なものなのか、単なるミスなのか判断が難しいところがよく出てきます。しかしこの箇所についてはミスの可能性が非常に高いので、生徒さんには省くように言っています(今のところ)。



2箇所だけ強弱記号

 強弱記号についてですが、下から2段目のところに「f」と「p」が付いていて、他にはありません。ソルの場合、強弱記号は曲によって付いていたり、全く付いていなかったりなのですが、おおよそで言えば大曲には付いていて、小品には付いていない傾向があるようです。そういう意味ではこの曲は2箇所付いているだけ「付いているほう」とも言えます。もちろん付いているところだけ強弱を付けるというわけではなく、他の箇所も「常識の範囲内」で強弱を付けなければなりません。「ギャロップ」ということからすれば、全体には明るく、はつらつ、元気よく、といった感じですから音はあまり小さくなく、となりますが、この曲は各フレーズとも上がって、下がるようになっていますから、それぞれのフレーズがクレシェンドして、デクレシェンドとなります。仮にメロディが上がってゆくのに音量が小さくなれば、聴いている人の期待感をはずしてしまうことになります。また全く音量が変わらなくても、もの足りなく感じるでしょう。



高らかに鳴り響くファンファーレ?

 16小節目の後半(16分音符の「ソ」「ファ」)からは短調になるので、「常識的」には音量を押さえて始まります。しかし短調の部分全体を小さく弾くというより、「気分が変わったのをはっきりさせる」くらいに考えればよいと思います。やはりメロディの上、下行にあわせたクレシェンド~デクレシェンドは必要でしょう。前述のとおり24小節目の後半(「シ」「シ」)にはフォルテ記号が付いています。ソルがあえて書き入れたわけですから、ここの強弱ははっきりさせる必要があるでしょう。このfの部分はファンファーレ的なものかも知れません。また音色の変化も考えられます、ソル自身も右手のポジションによる音色の変化は行っていました(前述のギター教則本によると)。 



一滴の水も加えない
  
 あえて言うまでもないことかも知れませんが、最後の区切り(大楽節)のところのリピート・マークが脱落しています。ここも他の区切り同様、リピート・マークが当然付くはずですが(ほとんどの譜面には書き入れてある)、こうしたところも修正しないといった、出版社、あるいは編者の姿勢には共感できます。こうしたことにより、微細なことも原典どおりと言ったことが証明されるからです。まさに「一滴の水も加えない」といったところでしょうか。
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