中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。



タレガの収入

 タレガは若い頃よりそのギタリストとしても実力は高く評価され、コンサートも多く、また生徒もたくさんいたようです。したがって収入もそれなりにあったはずで、一家の家計を支えることは十分に出来たのではないかと思います。しかしタレガ自身や家族が病気になったりなどすると、家計はすぐに苦しくなったようで、あまり余裕とはいえなかったようです。

 タレガのギタリストとしての評価の高さが、ストレートには収入に結びつかなかったようですが、その理由としては優れたギタリストとはいえ、同じ音楽家でも当時はピアニストやヴァイオリニストとは社会的地位に若干に違いがあったのでしょう。

 またタレガには一部の熱狂的なファンがいたのは確かですが、大ホールに多くの聴衆を集めることは難しかったのかも知れません(そうした場ではタレガの真価が発揮されないのも確か)。前述のとおり、たくさんの生徒がいたといっても、そのレッスン代を必ずしも受け取っていたわけではないようです。



タレガのコンサート・プログラム

 この2冊の本には、タレガの行ったコンサートのいくつかのプログラムが記されていますが、これらを見る限りでは、タレガのプログラムは少なくとも30代から晩年に至るまで、だいたい似たような構成になっています。参考として1903年にローマで行ったコンサートのプログラムを記しておきます。



  第1部

メロディ(ヴェルディ)
舟歌(メンデルスゾーン)
セレナータ『グラナダ』(アルベニス)
セギディーリャス(チュエカ)
アンダルシア狂詩曲(アルベニス)
スペイン幻想曲(タレガ)

  第2部

トレモロ(タレガ)
スペインのモチーフ(チュエカ)
楽興の時(シューベルト)
主題と変奏『ラ・パストラール』(モーツァルト)
夜想曲変ホ長調(ショパン)
パガニーニの主題による変奏曲(タレガ)




ギター曲が少ない

 一見してわかるとおり、タレガのプログラムの最大の特徴は編曲ものが多いということです。タレガの自作を除いて、このプログラムにはギタリストの作品は一曲もありません。練習としてはソルやアグアードの曲も弾いていたようですが、少なくともそれらの作品をコンサートのプログラムに載せたことはないようです。

 上記のプログラムの中にチュエカという作曲家の作品が2曲入っていますが、この作曲家はタレガと同時代、同世代のサルスエラ(スペインのオペレッタ)の作曲家で、これらの曲は当時スペインで流行っていたものなのでしょう。



やはりアルベニスは弾いていた

 アルベニスの曲が2曲入っていますが、以前にも述べたとおり、タレガはアルベニスの曲をよく演奏していて、ほとんどのコンサートのプログラムに載っています。特にこの「グラナダ」は演奏する機会も多かったようです。もう一曲の「アンダルシア狂詩曲」についてはよくわかりませんが、おそらくは私たちが知っている曲の別称なのではないかと思います。アルベニスの曲は、タレガの弟子たちや、周囲のギタリストたちもよく演奏していたようで、この時代、つまりアルベニスの生存中からよくギターで演奏されていたのは間違いないようです。

 ショパン、シューベルト、メンデルゾーン、モーツアルト、さらにこのプログラムには入っていませんが、ハイドン、ベートーヴェン、シューマンなどの作品もよく演奏していて、そうした点は現代のギター・コンサートのプログラムと最も異なるところでしょう。




タレガ作曲「スペイン幻想曲」?

 タレガの自作として3曲入っていますが、そのうち「スペイン幻想曲」は、「グラン・ホタ」の別称で、フリアン・アルカスの原曲を基にタレガが作曲したものです。私自身はアルカスの譜面を見たことがないので(演奏も聴いたことがない)、アルカスの原曲とタレガの曲がどれくらい同じで、どの程度異なるのかはわかりませんが、4つほどの変奏が同形と言われています。

 タレガは若い時からこの曲を演奏していて、記録が残っているすべてのコンサートのプログラムに載っているそうです。まさにタレガの愛奏曲中の愛奏曲と言えるでしょう。

 どのコンサートでも必ず弾いていたこともあり、この曲は「スペイン幻想曲」、「スペインの調べ」、「大衆的スペインの歌メドレー」、「スペインの歌メドレー」、「グラン・ホタ」などたくさんの曲名を使い分けていたようです。



一つの曲を、二つの曲名で演奏!

 また変奏の数も少なくとも40くらいあるそうで、コンサートによってはその変奏を二つのグループに分け、前半に「グラン・ホタ」、後半に「スペインの歌メドレー」というように、曲名もそれぞれ別なものを付け、その両者を一つのコンサートで演奏することも稀ではなかったようです。

 現在この「グラン・ホタ」の譜面は4種類以上はあるそうですが、こうした事情を考えれば当然のことかも知れません。おそらくコンサートの度に演奏内容は違ったでしょうし、即興的な部分も相当あったでしょう。また書いた譜面もその時期により当然違ったものになったでしょう。今後研究が進めば、さらに新たなバージョンも発見されるかも知れません。
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