中村俊三 ブログ

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クラリネット



 モーツアルトは美しい音楽をたくさん書きましたが、その中でもひときわ美しいのが、この「クラリネット5重奏曲イ長調K581」でしょう。クラリネットはモーツアルトの時代にはまだ生まれたての楽器でまだそれほど普及されてなく、交響曲などにも使われたり、使われなかったりしていた楽器です。しかしモーツアルトはこの楽器をたいへん好み、クラリネットを用いた曲はことごとく名曲になっています。モーツアルトのクラリネットを主役とした曲としては他に「クラリネット協奏曲イ長調K622」があり、この曲もたいへん美しい曲で人気も高い曲ですが、私個人的にはこの「5重奏曲」のほうが思い入れがあります。

 今回楽譜を載せてみましたが、どうでしょうか、画像を大きくしたりすればなんとか読めると思いますが。この「クラリネット5重奏曲」というのはクラリネット(A管)と弦楽4重奏(第1、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)によるもので、「5本のクラリネット」によるものではありません。もっとも、昔、私の家に「幸せの・・・・」といったタイトルの映画主題曲としてこの曲を管楽器だけで演奏しているレコードがあって、その当時、私は本当に5本のクラリネットによるものと思っていました。

 譜例「1」はこの曲の冒頭部分で、弦楽だけで始まります。わかりやすいようにギター的な譜面にしてみました。多少入れ替えはありますが、だいたい上から第1、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロと考えてよいでしょう。主旋律は2分音符で、ミ-ド#-シ-ラ-と下がるたいへんシンプルなメロディです。 全体を見ると、最初に2オクターブ以上離れていた音程が、4つ目の和音では10度(1オクターブと3度)に縮まります。これだけでも何かとても気持ちがなごむ感じがします。映画のタイトルではないですが、幸せな感じとか、暖かい感じとか。

 ところでその4つ目の和音のチェロの音がとても印象的で、どう表現していいかわかりませんが、私には、なにかやさしく語りかけるような感じがに聴こえます。スコアを見るとその音は「ファ#」になっていて、普通に考えれば、その前の和音は属7の和音(E7)ですから、ごく当たり前に行けば、譜例「2」のように4つ目の和音は主和音(この場合ではAメジャー・コード)となり、1番下の音、つまりチェロのパートは「ラ」になります。それを「ラ」ではなく「ファ#」にしたわけなのですが、こうするとその4つ目の和音はF#マイナー・コードとなり短和音に変わります。これは実はそれ程特別なことではなく、Ⅰの和音の代わりにⅥの和音が使える、つまりハ長調でいうとCコードのかわりにAマイナー・コードが使えるという和声法の規則を使っただけです。しかし重要なのはその使われ方なのでしょう、短和音ですから本来は暗く、あるいは悲しく聴こえるはずなのですが、あまりそうは聴こえず、前に言ったとおり何か温かみと言うか、人間味みたいなものを感じると思います。それは前の小節で広がった音程がだんだん縮まってくることに関係があるのでしょう。

 譜例「1」と「2」とでは2小節目と4小節目の低音が1つづつ違うだけなのですが、聴いた感じはまるで違うと思います。「2」のほうはかなり常識的なほうですが、これを聴くと(2小節目だけならギターで音が出すると思います)確かに「普通」で、曲が始まったのにもう終わってしまうような、話しが始まったかと思えば、何か言い切られてしまうみたいで、もうその先沈黙みたいな、そんな感じがします。それに比べて実際にモーツアルトが作曲した「1」のほうは「ということなんだけど、実はね」とかその先がいろいろありそうに聴こえます。思わず「それで、それからどうなったの」と言ってしまいたくなります。
 このⅥの和音(F#マイナー)は少し不安定な感じがあって、次の小節を見ると最初の和音が下から[レ、ファ#、レ、シ]でⅡの和音つまりBマイナーになっていますが、この和音はⅥの和音が最も行きたがる和音で、自然にその和音へと進んでゆく感じになり、確かに話が先に進んで行きます。恐ろしいファ#ですね。それにしてもモーツアルトという人は一つ一つの音の意味合いを深く、鋭く感じとる人なんだなと思います。また作曲するには和声法などいろいろな規則がありますが、その規則を単なる規則に終わらせず、様々なイメージを創造することが出来る音楽家とも言えるでしょうか。

 この当時の主な作品はふつう「ソナタ形式」という作曲法で出来ていて、この曲の第1楽章もそうなっています。ソナタ形式というのを説明していると長くなってしまいますので、またの機会にしまして、とりあえず2つの主題から出来ているということにしましょう。さきほどの冒頭の部分は第1主題ということになり、クラリネットがその後登場します。
 しばらくすると第2主題(一般的な規則に従いホ長調に変わる)となりますが、チェロのピチカートと第2ヴァイオリン、ヴィオラのハーモニーに乗って譜例「3」のようにまずヴァイオリンによって奏でられます。明るくたいへん美しいメロディですが、4分音符で刻むチェロの伴奏もとてもゆったりと落ち着く感じがします。
 ヴァイオリンがメロディを弾き終わると、伴奏が突然シンコペーション(裏打ち)となり、クラリネットは短調で(ホ短調)でそのメロディを引き継ぎ、美しさはいっそう凄みを増します。短調でシンコペーションといえば、第25番ト短調の交響曲(K183)とか第20番ニ短調のピアノ協奏曲(K466)のように悲劇的、あるいは悲愴といった感じになりそうですが、ここではそうではないようです。何か「寂しさ」とか「孤独感」とかいった感じで、ここを聴くととても「人恋しく」なります。
 これはクラリネットのという楽器の特徴なのかも知れません、クラリネットの音はとても人間の声に近いという印象があるようです。もしこれが反対に、クラリネットが長調で、ヴァイオリンが短調だったらもっと悲劇的に聴こえるのかも知れません。もちろんその効果などを熟知した上でモーツアルトは書いているのでしょうが。
 曲が悲しい、あるいは寂しい感じになったのはなかのよい仲間たちに、ちょっとした行き違いが生じたのでしょうか、しばらく曲が進行し再びホ長調で一段落すると、弦はたいへんのびやかで明るいアンサンブルを始めます。そこにクラリネットが親しげに絡んできて、またみんなで仲良く音楽を奏でます、めでたし、めでたしというところでしょうか。とはいってもまだやっと主題提示部が終わったところですが。

 この曲は全4楽章で、以下細かくは話せませんが、第2楽章はクラリネットとヴァイオリンが美しく会話し、第3楽章メヌエットの第1トリオは涙なくしては聴くことが出来ず、軽やかな第4楽章ではこれまであまり目立たなかったヴィオラも歌いだします。全体で40分弱くらいで、長いと言えば長いかも知れませんが、全曲聴き所のみであまり長さは感じられないのではないかと思います。
 もちろんこの曲はクラリネットを主役とした音楽なのですが、いつもクラリネットが主役であるのではなく、5つの楽器それぞれに美しい音楽を書いていて、かなり対等に扱われています。そう言えばモーツアルトのオペラの登場人物はその役柄に関係なく、たとえ端役であったとしてもそれぞれに美しい曲が与えられています。またピアノが中心であるべきのピアノ協奏曲でも、管楽器群のすばらしいアンサンブルがあります。基本的にモーツアルトの音楽に「脇役」はないのかも知れません。

 モーツアルトの音楽は美しいのは当然としても、温かみというか人間味のようなものも、とても感じられます。生きることの素晴らしさを讃え、人それぞれの多様な生き方を称賛しているようにも感じます。モーツアルトについてはぜひ紹介したい曲も、お話したいこともたくさんありますが、また次の機会にということにしましょう。

 


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