中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

 結局優勝したのはスペイン。結果だけみれば下馬評どおりということになりましたが、高い技術で圧勝したというより、しぶとく前線からボールを追いかけ、運動量と勝利への執念、そして何といっても幸運により、初の栄冠を手にした感じです。いずれもこれまでのスペインにはなかったものだと思います。現在では各国の実力も拮抗し、ある意味横綱相撲で勝てるチームはないのかも知れません。


 でもやはりスペインの技術は高い。蹴る、止める、見る、走る、予測する、といった一つ一つのプレーが正確ですね。いくらよいパスがきたからといっても、それを足元にとめられなかったらなにもならない。かつて多少やっていたので、サイドを交換するロングパスを足元に止める難しさはよくわかります。ちょっと間違えるとほとんど「キック」になってしまいます。


 それにしてもスペインの選手や国民の喜び方もすごかったですね、唯ののスポーツ大会とは思えません、ほとんど国家行事ですね。スペインも財政的にはピンチなようで、これをきっかけに改善の方向に進むとよいですね。もっとも、この日本も結構たいへんなことになっていますから、他人事ではないですね。


 ・・・・さてワールド・カップも終わって、これからは「ギター上達法」に集中してゆきましょう。




ラグリマの続き

 さて「ギター上達法」のほうは「ラグリマ」の続きです。間が空いてしまいましたので、もう一度楽譜を載せておきます。この譜面は1908年~1920年頃に出版された初版のコピーです。表情記号等については前半と後半の最後に「rit.」があるだけで、強弱記号はありません。その点も「アデリータ」とは異なっています。そうしたこもたいへん重要なことなのですが、それについては今回は置いておきます。


tarrega 004


運指がものを言う

 前回話したとおり、若干アバウトなところもあるこの曲の譜面ですが、運指はかなり細かく付いています。これはタレガの譜面の特徴とも言え、他の曲の場合も同様です。たとえ練習のために書いて与えた譜面でも、タレガの場合、運指はきちんと正確に書いていたのでしょう。タレガが運指に強いこだわりを持っていたのは前にも言いましたが、タレガの運指は私たちへのたいへん重要なメッセージと言えます。場合によっては運指が表情記号や、強弱記号以上にものを言うこともあります。



冒頭の運指は

 この譜面の運指が読めるかどうかわかりませんが、1小節目は、1弦のほうが順に3-2-4、4弦のほうが1-1-3と付けられています。普通あまりこのように弾いている人は少なく、1弦のほうが4-4-4、4弦が1-2-2とするのが一般的です。前者の運指ではポジション移動が少なくて済むという利点はあります。後者の場合は、特に1弦を同一指でグリサンド風に移動し、レガートにはなりやすいと思います。私としては、この箇所の運指の変更は可能と思います。



かなり凝った部分

 前半の後半つまり5~8小節はこの曲の中では特徴的な部分と言えますが、楽譜に書き込んだとおり、a、b、c、の3つの部分に分けられると思います。「a」の部分は冒頭の4小節を受けて、3声で書かれた部分、「b」の部分はカンパネラ奏法によるアルぺジオの部分、「c」はフレーズを閉じるための定石的な和音(Ⅴ/Ⅴ、Ⅴ7、Ⅰ)による部分となっています。



弦の関係が逆

 「b」の部分はメロディともいえるかも知れませんが、和音を形成していて、この調からするとやや遠い和音となっています(Ⅱ7の和音の展開形)。7小節目の1拍目の「ソ#」と「シ」は高いほうの「ソ#」のほうが低音弦になるという運指になっていて、特に前の小節の最後の音の「ラ」とは半音違いでありながら、違う弦(しかも
通常とは逆の弦の使用)となっています。



もっと弾き易い方法もあるが

 確かにこの運指では音を繋げるのが難しくなり、この「ソ#」を2弦(ソ#=②9フレット、「シ」=④9フレット)に変更して弾いているギタリストもいます。その方がメロディとしては自然で、レガートにもなりやすくなります。

 しかしそうしたことは十分承知の上で、タレガがこの運指を付けているのではないかと思います。前の小節のカンパネラ奏法を受けて、ここもあえて弦の関係を逆ににしたカンパネラ奏法としているのでしょう。またこの箇所はメロディとしての要素よりも和声的な要素のほうがより重要なのだと思います。やはりここを通常のポジション取りにすると、この曲の意味合いが変わってしまうのではないかと思いますので、多少弾きにくいからといって、使用弦などの変更は不可と私は考えます。



タレガ以外の人には付けられない

 確かにこの譜面は完全にタレガの意思を反映しているとは言い切れないところもあり、もしかしたらタレガ以外の人が運指を記入している可能性もあります。しかしタレガの譜面の運指は多少信頼度の低い譜面であっても矛盾なく書かれており、出版にたずさわった人たちもタレガの書いた運指を最大限尊重しているように思います。またこの箇所につけられているような、ある意味大胆な運指は、逆にタレガ以外の人には付けられないのではないかと思います。



あくまでも慎重に

 タレガの曲の場合、運指の変更は極めて慎重に行われなければなりません。一般的に言えば、運指はなるべく弾きやすくするために付けるもので、演奏者によって変更することは十分可能です(曲の内容をちゃんと把握していれば)。しかしタレガの場合は運指はその曲のニュアンスや内容を決定付けるものにもなりますので、慎重に行われなければなりません。



同じというわけにはいかないが

 しかし一方ではタレガの技術と私たちの技術は同じというわけにはいきません。タレガには極めて容易なことでも私たちには出来ないこともかなりあります。そうした場合は現実には変更せざるを得ないのですが(私の場合はこうしたこよく結構あります)、ただしオリジナルの運指が持っているニュアンスを十分に感じ取る必要は絶対にあります。

 長くなってしまいましたので、後半(短調の部分)についてはまたの機会にしましょう。
 




 
 
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