中村俊三 ブログ

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ワルツ二長調  =楽譜信頼度 C


 今回は曲としてはなかなかよい曲なのいですが、楽譜の精度としてはタレガの曲の中でも最悪に属するケースの話です。楽譜のコピーがあまり上手く行かなくてちょっと見にくくなってしまいましたが、内容的には皆さんの手元にある譜面とほぼ同じですので、そちらをご覧になりながら読んでいただければと思います。


 タレガはいくつかのワルツを書いていますが、その中でもこのワルツは弾きやすく、また弾き方しだいでは表情豊かにもなるので、コンサートにも、また教材としてもたいへんよい曲だと思います。いつ作曲されたかは情報がありませんが、出版されたのは「ラグリマ」よりも少し後の時代、少なくともタレガの没後と考えられるでしょう。


tarrega 005


tarrega 006


スペースの割り振りを誤る?

 この譜面を見てまず目につくところとしては、”2ページ、1段目の最後の小節”でしょう。この小節だけやたら広く、2小節分のスペースがあり、あきらかにスペースの配分を間違っています。確かに演奏に差し障りのあることではないのですが、版下を作った人が熟練した人であればまずありえないことだと思います。



なぜここだけ強弱記号?

 次に”1ページ目、5段目、3小節の1拍目”に付いている「p」(=2ページ、2段目、5小節も同じ)。この曲全体を見ると強弱記号はこの2箇所に「p」が付いているだけです。どう考えても他のところには強弱記号が全くついていないのに、ここだけ「p」がついているのはたいへん不自然で、またこの部分を弱く弾かなければならない理由は思い当たりません。何かの間違いと考えるのが自然でしょう。



笑ってしまいそうな話だが

 よく見るとこの「p」の記号のすぐ上の音(ド#とソ#)には、「波線」がつけられ、この二つの音をアルペジオ奏法で弾くことが指示されています。もうお分かりと思いますが、この「p」は強弱記号の「p」ではなく、右手の親指を表す「p」なのでしょう。しかしこの譜面では、どう見てもこの「p」は運指の「p」ではなく、強弱記号の「p」にしか見えません。おそらく版下を作った人が、ギターの譜面に慣れてなく、親指を表す「p」を強弱記号の「p」と勘違いしてしまったのでしょう。

 笑ってしまいそうな話ですが、ここをあえて親指で弾くように指示してあるとすれば、その前後の4弦のメロディも当然親指を用いなければならないということになると思います。親指によって4弦のメロディをたっぷりと鳴らすようにとのタレガの指示ではないかと思います。



最も問題になるのが

 この譜面で最も問題になるのが、この曲の終わり方です。この譜面の最後には何も書かれていませんから、この譜面どおりに弾くとこの2ページ目の終わりのところで終わることになります。しかしこの曲は二長調で始まり、2ページの後半からシャープが一つ減って、ト長調に変わります。当時の常識として曲が冒頭と違う調、つまり転調したまま終わることは考えられません。とすればこのページの最後のところから冒頭に戻るための「D.C.」記号が脱落していると考えられます。



ダ・カーポ記号が抜けているだけでなく

 しかし問題はそれだけでは済まず、ダ・カーポした場合の終わり方がはっきりしません。譜面上だけ見れば2ページも5段目あたりで終わればよさそうなのですが、しかしこの和音は主和音(Dメジャー)ではなく属7(Dセヴンス)の和音になっていて、この和音では終われません。なお且つ、1ページの4段目、3小節目からこの2ページ、5段目、1小節目までのところは同じものが2回書かれていて、実質上のリピートとなっていて、ダ・カーポした場合は習慣的にリピートを省略しますから、曲の終わりは2ページ、1段目の4小節目あたりになります。



実際にはこのように終わっている

 しかしこの1段目の4小節目の1拍目の音は、4弦の7フレットのハーモニックスになっています。この音は実際には「ラ」の音になりますから、この音では曲は終われません。終わるためには二長調の主和音(レ、ファ#、ラの和音)または「レ」の音になければなりません。そこで実際にこの曲を演奏するギタリストは、次のような3種類くらいの方法をとっています。


 ① 1段目、3小節目の3拍目の和音で終わる(次の小節は弾かない)


 ② 1段目4小節目の1拍目で、4弦の12フレット、または5フレット。6弦の12フレットなど「レ」になるハーモニックスで終わる。


 ③ 1段目4小節目の1拍目で、前の小節の1拍目と同じ和音を弾いて終わる(譜面に書いたとおり)。


 私の場合は③の方法をとっていて、生徒さんにもそのように薦めています。この方法がもっとも自然な感じがします。①の方法も確かに考えられるのですが、弱拍で終わってしまうので、唐突な感じは否めません。②の方法もちょっと頼りなく感じます。またここ以外の場所で終わっている演奏は聴いたことがありません。

 

エチュードとして生徒に書いて与えた譜面?

 この譜面が不完全なものになってしまった理由は、推測するしかないのですが、まず出版の際にあまり細かい配慮はなされれず、また出版にたずさわった人の楽譜出版、およびギターや音楽に関する知識などに問題があった可能性があります。さらに基となった譜面(タレガの実筆譜、またはそれに準ずるもの)も、出版を想定したものではなかったと思われます。

 おそらくは、この譜面は生徒の誰かに教材として渡したものではないかと思われます。おそらく前もって書いておいたものではなく、次回の宿題として、その場で書いて与えたものかも知れません。今だったらコピーして渡すところなのでしょうが、当時ですからタレガが書いて渡したか、あるいは生徒自身に写譜させたかのどちらかでしょう。 ・・・・全くの推測ですが。


にもかかわらず

 理由ははっきりわかりませんが、残念ながらこの譜面はあまり正確には書かれなかったのですが、しかしそうした譜面であっても、音の間違いや、運指の間違いは見当たりません。これはタレガの譜面の特徴といってもよいかもしれません。

 タレガの他の曲でも反復記号の脱落や混乱といったことはよくあるのですが、シャープやナチュラルの付け間違いなど、音に関する間違いや、運指の間違いはタレガの曲の場合あまり見当たりません。著名なギタリストの編曲譜などでも、時折臨時記号が脱落していたり、逆に付いてしまったりということは意外とよくあることなのですが(もちろん私の場合も)、タレガの場合はそうしたことはほとんど見当たりません。


これもタレガの能力の高さか

 運指については音以上に間違いやすいものですが(心当たりおおいにあり!)、これもタレガの場合には見当たりません、おそらく譜面を一目みただけで運指の間違いが発見出来るのでしょう。タレガの場合、音感もさることながら、完全に頭の中だけでギターを弾くことが出来るのでしょう。

 

何度も何度も

 市販されている「タレガ作品集」の楽譜のページをめくっても一見それぞれの曲の音符に違いはないのですが、実際にはそれらの曲の楽譜は曲ごとにかなり違った経緯でその曲集に収められています。「楽譜を読む」といってもその譜面がどのような性質の譜面であるかによって、読み方も異なってきます。そうした問題は決してやさしいことではないのですが、何度も何度も譜面を注意深く読むことによって少しずつわかって行くのではないかと思います。 ・・・・・だから早く、安易に暗譜してはいけない!



今や音楽史上のギタリスト

 長くなってしまいましたが、今回で「タレガの場合」を終わりにしよう思います。タレガが亡くなってから100年経ちました。私がギターをちょろちょろ弾き始めた頃(1960年代)は、タレガはまだ「ちょっと前のギタリスト」だったのですが、没後100年経って、今やタレガは押しも押されもしない「音楽史上のギタリスト」となりました。この100年を機にもう一度改めてタレガの譜面にじっと目を注いでみましょう。 
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