中村俊三 ブログ

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ソル : モーツァルトの「魔笛」の主題による変奏曲 第1変奏



7月号の現代ギター誌の記事

 現代ギター誌7月号に、「有名ギター曲徹底検証、どちらが正しい?」と言う記事が二橋潤一氏と小川和隆氏によって書かれていて、読んだ人も多いかもしれません。そこにちょっと気になることが書いてあったので、それについて若干コメントしたいと思います。



クラシカル・ギター・コンクール本選出場者のうち、5名が間違った音で弾いている?

 小川氏の文章で、今年の5月にあったクラシカル・ギター・コンクールの時の本選課題曲の”モーツアルトの「魔笛」の主題による変奏曲”で、「第1変奏の装飾音を6人中、山田(第1位になった)以外の5人が間違った音で弾いていることに驚愕!」 とありました。


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 問題の箇所は上記の譜面の↓印のところで、初版を忠実に再現したと言われている現代ギター社の中野二郎編の標準版ではこのように特に変化記号はなく、したがって通常の「ファ#」となっています。  一方、それ以外の一般に市販されている譜面では、この「ファ」にはダブル・シャープが付いています。

 小川氏が「間違い」といっているのは前者の「ファ#」のほうで、つまり5人が「ファ#」で弾いていて、山田さん一人が「ファ・ダブル#」で弾いたということのようです。




今現在では通常のファ# (ダブル#でなく) が主流


 この記事にはいろいろな意味で私も驚きました。 一つは、まだここはダブル#で弾いている人の方が多いのかなと思っていたのですが、若いギタリストの間では「ファ#」のほうが圧倒的主流になっているんですね。 

 また小川氏が「間違い」と断定している点は、はっきりしていてよいかも知れませんが、少なくとも今現在では、この音には諸説あり、ギタリストや音楽学者の間でも結論の出ていないところと言えるでしょう。



「ダブル#が正しい」というのは、かなり勇気がいる

 少なくとも今現在の時点で、 「『ファ#』は間違い」 とはっきり断定するのは、かなりの勇気が必要なこと、そう結論付けられるだけの確たる根拠を持っているか、または逆に情報に乏しいかどちらかでしょう。



昔だったら何の迷いもなく

 この現代ギター社の標準版が出版されたのは1970年代の前半だと思いますが、それまではどの譜面も、またLPなどの演奏もすべてここはダブル#となっていましたから、誰もが何の迷いもなくダブル#で弾いていました。

 聴いた感じも自然ですから、ここが間違っているなどと考える人はいなかったのではないかと思います (ごく一部の研究者を除いて)。 もちろん私も、周囲のギタリストたちもです。

 私もこの譜面を買った時、ダブル・シャープが付いていないことは気付きましたが、単なる脱落だと思い、時に気にもかけませんでした。 実際に70年代では「ファ#」で弾いている人はいませんでした。

 「ファ#」の演奏を聴いたのは、80年代に録音されたセルシェルのCDが初めてだったと思いますが、そういう弾き方や、考えもあるのかな、くらいで自分ではダブル#で弾いていました。



福田進一先生のレッスンで

 90年代の半ば頃だったと思いますが、息子の創が福田先生(福田進一氏)のレッスンを受けた時、「ここは初版ではダブル#は付いていないので、『ファ#』で弾くように」とおっしゃっていました。

 私も 「なるほどどう見てもダブル#は付いていない、ちょっと違和感はあるが、ダブル#だというはっきりした根拠がない以上、やはり譜面(現代ギター社の)どおり、『ファ#』で弾くべきかな」 と思い、以後自分でも「ファ#」で弾き、またレッスンの時にも、そのように生徒さんに言うようにしました。



指導者たちも

 前述のクラシカル・ギター・コンクールの本選出場者たちも、おそらくですが、本人の判断というより、指導者の方々がそのように指導した結果ではないかと考えられます。 

 今現在のギタリストや指導者のうち、おそらく年齢の高い人はダブル#で弾いたり、指導したりして、比較的若い(20~40代)ギタリストや指導者は通常の#ではないかと思います。 つまりコンクールに出るような生徒さんを指導しているのは、比較的若いギタリスということになるのでしょう。






果たして結論は



ダブル#のような目立つ記号は脱落しにくい

 以上のようなところが現状ではないかと思いますが、結局のところどっちが正しいのか、ということですが、これは大変難しいところです。 「ダブル#が正しい」 と言う根拠については、現代ギター誌に書かれた小川氏の文章を読んでいたただければと思います。

 確かにダブル#が脱落している可能性がない訳ではないと思いますが、しかしソルの意志に反してダブル#が脱落する可能性は、比較的少ないのではと感じます。

 その理由として、ダブル#が脱落するには、大きく分けて二つの段階があると思います。 一つはソルが印刷の基になる手書き譜を書いた段階、もう一つは印刷作業の段階です。

 前者の場合、ソルが手書きで楽譜を書いている際にダブル#が脱落する可能性は、楽譜を手書きで書いたことのある人なら、あまり可能性が少ないことがわかると思います。 手書きで書く場合、こうした臨時記号は音符よりも先に書きます。

 もしソルの頭の中が 「ファ・ダブル#」 であるとすれば、いきなり音符から書いて、ダブル#を書き忘れてしまうということはあまり考えにくいのではと思います。

 なおかつダブル#のような記号は曲の中でそれほど頻繁で出てくるわけではありませんから、自然に注意が行くと思われます。 これが頻繁にダブル#が出てくるとなれば、ソルの性格からして付け忘れも生じるでしょう。

 また一応譜面を書いた後で、多少は見直すでしょうから(ソルの場合、あまり見直さない可能性もあるが)、 ダブル#のような目立つ記号は見落としにくいのではとも思います。

 後者の印刷の際でも同様で、校正などの段階でダブル#などんも目立つ記号の脱落は気付かない可能性が低いのではないかと思います。その点がナチュラル記号のつけ忘れなどとは違う点だと思います。

 


4つの32分音符の音型を揃える?


 音楽的な点で言えば、 ダブル#にする最も大きな理由として、32部音符4つによる他の同様の音型の1個目と2個目がすべて半音になっているという事。 ここを通常の#にするとここだけ1個目と2個目が全音になってしまいます。 通常の#で弾いた時の違和感はこの音型の違いにあります。




4つの32分音符が減3度(2フレット分)になることを嫌った?

 しかし、もしここにダブル#を付けると、この4つの32分音符(ソ#ーファ##-ラーソ#)の一番高い音(ラ)と低い音(ファ##)の音程が減3度(2フレット分)となってしまいます。 これもちょっと違和感があり、それを嫌ってダブル#にしなかったとも考えられます。 



時代の流れに・・・・

 と言った訳で、はっきりととした結論は出ません。 となれば、今現在の演奏法の主流としては、「なるべく作曲家が書いた通りに」 ということで、ダブル#ではなく、通常の#でここを弾くギタリストが多くなっています。

 私もそのように弾いている訳ですが、人間って、知らず知らずのうちに時代の流れというか、世の中の流れに沿ってしまうのですね。   ・・・・・・・・結論になっていない?


 
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