中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

 今回はバッハの音符についてです。バッハの話はまた別の機会にと思ったのですが、話の行きがかり上、この話もしておこうと思います。

グレーバッハ


バッハ : メヌエット(無伴奏チェロ組曲第1番より)


 この話は、何年か前に、「バッハと5度」というタイトルでアコラで話したことなのですが、バッハの音楽の本質に関ることかなと思いますので、改めて書くことにしました。曲は無伴奏チェロ組曲第1番の「メヌエットⅡ」の前半の終わりのところです。もちろん原曲はチェロのための曲で、調はト長調(この部分はト短調)ですが、一般的にギター弾く譜面にしてあります(二長調~ニ短調)。

 1段目と2段目はほとんど同じで、それぞれ4小節目が若干異なりますが、それは”つなぎ”ということですので、実質上はリピートと考えられますが、大きな違いは四角で囲った2段目の「シ」の音です。

 この部分はニ短調ですから「シ」は♭で、1段目の場合、この「シ♭」は次に半音下って「ラ」に落ち着きます。半音で下るのはメロディ的にも自然で、とても滑らかに「ラ」に進む感じで、和声進行的にも、Ⅳ-Ⅴ の進行となり、何の問題もありません。



当然間違いだと思い

 しかし2段目のほうではこの「シ♭」にはナチュラル記号が付けられ、「シ-ナチュラル」となっています。実際に弾いてみても決して滑らかなメロディとは言えず、ここだけ妙に浮いた感じに聴こえます。

 そこで私はかつて、このナチュラルは何かの間違いでは、とあまり深く考えずに♭に直して弾いたり、また楽譜も書いていました。でもある時、生徒さんから「ここ、チェロではナチュラルで弾いているようなのですが」と言われ、改めて何種類かのチェロのCDを聴いてみると、確かに皆ナチュラルで弾いていて、さらにバッハの自筆譜で確かめてみると、しっかりとナチュラル記号が付けられていました。



間違い、いや間違いでないことはわかたのだが

 私が間違えてしまったのは確かなのですが(残念ながらよくあること)、しかし「シ-ナチュラル」が間違いではないとすると、なぜバッハはちょっと聴くと不自然に聴こえるようなナチュラル記号を付けたのか、私としてはとても悩んでしまいました。

 バッハの場合、何の理由もなく音符を書くことはありませんし、特にこのように、あえてメロディが不自然に聴こえるようにナチュラル記号を付けたのは何か理由があるはずです。まず考えられるのが、ト短調からト長調に転調するということですが、この音だけ半音上げてもト長調にはならないし、またここをト長調にする理由も見当たらない。 ・・・・他にどんな理由があるんだろう・・・・



偶然にも

 このことがずっと私の頭から離れないまま、1~2週間ほど過ぎたと思います。偶然にもその時、別の生徒さんに、バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番の「グラーヴェ」をレッスンしていましたが、その「グラーヴェ」のエンディングのところの譜面を眺めているうちに、「あれ、これ例のメヌエットの終わり方と同じじゃない?」と突然思いました。


グレーバッハ 001

 この譜面の四角の中の下の声部の「ファ-ファ#-ミ」で、「ファ」が半音上がってから「ミ」に進むのはあまり滑らかではなく、「ファーナチュラル」のまま「ミ」に進んだほうがずっと自然に聴こえます。ですから少なくともメロディの関係で半音上がったわけではないことがわかります。となればあとは和声的な問題しかないということになります。



そうか、属和音にするためか!

 でも、この譜面のように「レ#」と「ファ#」の和音といった形になっていると、さすが私でもここがB7、つまり次の和音の属和音になっていることがわかります。「なるほど、どちらの場合も次の和音の属7になるように半音上げたのか」と納得しました。

 このことがわかった時、私はちょっとしたショックを受けました。一つはバッハの属7-主和音、つまり和声の5度進行へのこだわり、さらにはそのことを一つの音を半音上げることによって成し遂げてしまうバッハの凄さ、またメロディの自然な流れよりも和声進行を優先させると言うバッハの音楽・・・・・



みんなが言うから凄いのかな

 若干大袈裟に言えば私はバッハの音楽の本質を、本当に少しだけ垣間見た気がしました。バッハの音楽の凄さはいろいろな人が言っているわけですが、ただこれまで、「みんなが言うんだから、やはりバッハは偉大なんだろうな」といったところはあったと思います。

 また私たちがバッハの音楽の特徴と思っていることでも、実はそれは単なる時代性といったようなもので、同時代の作曲家なら皆同じような傾向があるといったこともあるでしょう。しかし、今度のことで、ほんの少しですが、具体的にバッハの音楽と、他の同時代の音楽家との違いが、なんとなく感じられた気がしました。



メヌエットに戻って

 話のほうがちょっと先に進んでしまいましたが、話をチェロ組曲の「メヌエット」に戻します。上の段のほうは完全には終わらないので、3~4小節目のところは、和声進行的には、Ⅳ-Ⅴ ということで2度進行になっています。したがって「シ」は当然♭のわけです。しかし2段目のほうは、半終止ですが、一応終わるので、Ⅳ-Ⅴ/Ⅴ-Ⅴ となり、和声の5度進行が挿入されます。そのⅤ/Ⅴ(属和音の属和音)を形成するために「シ」にはナチュラル記号が付けられていると解釈できるでしょう。



ないはずの音が! ~バッハのイリュージョン

 その下の段に和声を完全な形にしものを書きましたが、実際には弾かれない「ミーラ」というバスの進行がある訳です。バロック時代の音楽はバスの音を基に音楽が作られているわけですが、この曲ではその最も重要な音を省略してしまっています。しかしながらバッハは一つの変化記号によって、ないはずのバスをしっかりと感じ取らせてしまう、これはまさにイリュージョンとしか言いようがない!

 
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