中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

 前回に引き続きヴィラ・ロボスのギター独奏曲ですが、今回はいくつかの曲についての感想です。


前奏曲第1番

 まずこ前奏曲集からですが、「第1番」は前述のとおり、イン・テンポを基調としたもので、それに楽譜の指示に従った形でルバートをしています。普通なら当然のことですが、これまでの多くのギタリストはそうした指示を注意深く考慮しているとは限りません。ルバートをすると言うより、音符の長さをデフォルメして演奏していると言う感じもあります。また聴き手のほうもそうした演奏に慣れ親しんできました。

 このMiolinは、直感的ではなく、楽譜を深く読み込み、ある意味正しい演奏をしていると言ってもよいかも知れませんが、この世に正しい演奏などというものは存在しないとすれば、前にも言ったとおり、ヴィラ・ロボスの他の管弦楽作品などと整合的な演奏をしていると言った方がよいでしょう。



rit.とrall. どう違うの?

 もっとも、「楽譜の指示に従った正しい演奏」といってもそれほど簡単ではありません。確かにこの曲にはテンポの変化に関してかなり細かく指示が入っているのですが、一方では不明な点もかなりあります。

 例えばテンポを遅くする指示として、ヴィラ・ロボスは「リタルダンド(rit.)」、「ラレンタンド(rall.)」、「アラルガンド(allarg.)」と3種類を使っています。このうち「アラルガンド」は「音を強めながら、だんだん遅く(クレシェンド+リタルダンド)」と言った意味で、これは確かにこの曲の中でもそのような意味に使われ、特に問題はありません(ただし実行しているギタリストは多くはない!)。

 「ラレンタンド」は「だんだん遅く」と言った意味で、音楽辞典などには「リタルダンドと同じ」と書いてあります。しかしこの楽譜ではこの言葉が両方用いられており、どうも違った意味に使われているようです。少なくともヴィラ・ロボスの中ではこの両者は何か違ったニュアンスのものなのでしょう。



rall. は普通の「リタルダンド」、ではrit. は?

 「rit.」と「rall.」の使われ方の違いとすると、「rall.」のほうにはその後に必ず「a tempo」が付いており、これは私たちが普通つかっているリタルダンドと同じ使われ方のような気がします。それに対し「rit.」のほうには「a tempo」があったりなかったりします。さらに「rit.」の場合は比較的狭い範囲に、またフレーズのピークに付いていることがおおいようです。「rall.」の方はフレーズの終わりの方についており、そういった点でも普通使われるリタルダンド的です。

 ということは、どうも「rit.」のほうが普通に使われる「だんだん遅く」と言った意味と少し違った意味に使われている可能性があります。前後関係から推測すると、ヴィラ・ロボスの「rit.」は「だんだん遅く」ではなく、「その周辺を遅く弾く」、あるいは「『rall.』よりいっそう遅くする」と言ったような意味に考えられるかも知れません。「前奏曲第2番」などでは「rall.」が付いたすぐ後に「rit.」が現れ、曲の流れからして「rit.」の部分が最も遅くなるようになっています。


前奏曲第3番 ~非常に、たいへんゆっくり、悲しみをたたえて

 「第3番」についてですが、曲は前半が「Andante」で、後半が「Molto adagio e(dolorido)」となっています。「Molto adagio e(dolorido)」は「非常にゆっくり、悲しみをもって」と言ったような意味でしょうか。「Adagio」だけでも「かなりゆっくり」と言った意味ですが、それに「非常に」といった意味の「Molto」が付いていますから、「最上級」の遅さです。さらに「e(dolorido)」で、「苦痛を感じながら」と言っていますから少なくとも「快適な」テンポではいけないようです。

 前半の「アンダンテ」は16分音符で始まりますが、ギタリストによってはこれがかなり遅く、後半の「モルトー・アダージョ・エ・ドロリード」のほうと同じようになっている演奏もあります。ヴィラ・ロボスの速度指定から考えると、前半と後半ではかなり速度を変えるべきなので、本来それはありえないことなのでしょう。


指的には易しいが

 確かに技術的(指的?)に言えばこの「第3番」は曲集の中でも易しいほうかも知れませんが、演奏速度に関しては難しいところもあります。第一、イン・テンポで弾こうと思ってもイン・テンポを守るのがなかなか難しい点もあり、また速度設定や、途中の速度変更などの指示に忠実に従うのも簡単ではありません。

 しかしこれまでこの曲に関しては、音色や音響的な面だけを考え、演奏速度と言うことに関してはあまり注意を払わない演奏も多かったのではないかと思います(自己反省を含めて)。適切なテンポ、あるいはテンポの変化をとれるかどうかということが、この曲の演奏の良し悪しに大きく関ることなのでしょう。もちろんこのMiolinは適切なテンポで弾いています。

 また「rit.」と「rall.」の違いに関して、この曲の場合も前述のことが当てはまると思います。


練習曲第1番

 練習曲第1番はご存知のとおりアルペジオの練習曲です。確かにコンサートのための曲というよりトレーニングのための曲といった感じです。イエペスなどはかなりのスピードで弾いており、かつては私もそのイエペスのスピードに追いつこうと、ひたすらスピード・アップだけを目指して練習したものです。

 しかし譜面をよく見るとテンポの指定は「Allegro non troppo」で、それほど速いテンポを要求しているわけではありません。強いてメトロノームの数字で言えば4分音符が110~130といったところでしょう(イエペスの場合は160くらい)。もちろんこのMiolinの演奏で適切なテンポ(130前後)になっています。


 ただ純粋に指のトレーニングと考えれば、指定されたテンポより速く弾いてみることもあるとは思いますが、逆に60~80くらいのゆっくりしたテンポで弾いてみるのも有効だと思います。これが簡単なようで、簡単ではなく、一音一音しっかりと発音し、音色や長さをコントロールするのはなかなか難しいものです。かえって速く弾き飛ばした方が楽なくらいです。

 この曲はエシック社の初版ではかなりのミスがあったのですが、その後全集として出されたAmsco Publicationsのものでは修正されています。また最後に出てくるハーモニックスの表記はヴィラ・ロボス独特のもので、よく練習する人を悩ますものですが、最後の方に一般的な表記の仕方で記されています。


練習曲第10番

 この第10番はEschig社のものも、その後のAmsco Publications社のものも、どちらも約2ページ分の脱落がありました。相当大きな脱落だったのですが、これまで脱落したまま多くのギタリストが演奏し、また録音していました。比較的最近その脱落部分が発見され、十数年ほど前頃現代ギター誌のほうに記載されました。

 これまでの譜面でも、よく見ると意味不明のグリサンド記号があり、注意深く譜面を読んだり、弾いたりすれば何となくおかしいというこは気がついいたのかも知れませんが、もちろん私自身も現代ギター誌の記事を読むまで、そのようなこと考えてみたこともありませんでした。

 私が初めて完全な形の「第10番」を聴いたのはフェルナンデスの演奏だと思いますが、それまでは誰もが特に疑問もなく不完全な「第10番」を弾いていたわけで、私が持っているCDも、このMiolin以外は脱落したままの「第10番」となっています。
 
 このMiolinの演奏を聴いてみると、曲の長さがかなり違うせいもあってか、他のギタリストの演奏とはかなり違う感じがします。確かに「フル」に聴く第10番はなかなか充実した曲といった印象です。さらに、これまで、この曲は(他の曲もある程度同じですが)前衛的で、激しく、技巧的な曲といったイメージでしたが、Miolinの演奏では、奇をてらった曲でも、技巧的な曲でもなく、もっと素朴で自然な感じの曲に聴こえます。

 特に後半の上声部がスラーで、下声部が2分音符を中心の部分など特にそう感じます。ここは決してスラー奏法を聴かせるところではなく、素朴な旋律をスラー奏法で装飾している部分なのだと思います。そういった感じの部分は他のオーケストラ曲でも聴かれ、そういった作品のイメージとも矛盾しません。



練習曲第11番

 この曲にも装飾部分の追加があるようなのですが、このMiolinの演奏では採用されていません。確かにちょっととって付けたような感じもあり、別になくてもよいようです。

 この曲も私自身特に若い時にはよく演奏した曲で、当時はその前衛的な響きなどに惹かれてこの曲に取り組んだわけですが、一方では素朴で美しいのメロディの曲とも言えます。このメロディもやはりこれまでオーケストラ曲などでよく聴かれる感じのもので、いわば「ヴィラ・ロボス的」なメロディと言えるようです。

 「ヴィラ・ロボス的メロディ」というのを具体的に表現すると、まずその多くは第6,7音を半音上げない「自然短調」で出来ているといったことでしょう。ちょっと聴くと教会旋法的に聴こえますが、はっきりとそうはなっていないようです。自然短調による、素朴で、郷愁を誘うほの暗いメロディ、といったものがヴィラ・ロボスの特徴らしく、それによりヨーロッパの音楽と一つの線を引いているのかも知れません。

 また長めの音符を用い、ゆったりとした感じに聴こえるのも特徴でしょう。また細かい音形やパッセージが続くところでも、低音域などで、このゆったりとしたメロディが歌われています。ギター曲でもそういった感じのところはよく出てきて、この「第11番」、「第10番」などはその例でしょう。



まとめ

 他のギター曲については省略しますが、ヴィラ・ロボスのいろいろなジャンルの作品を聴いてからギター曲を聴いてみると、あるいは弾いてみると、当然のことながら、また違った印象を受けます。私たちが聴いてきた、ギターの作品の中でのヴィラ・ロボスというのは、もちろんヴィラ・ロボスの特定の一面であるのは確かです。ヴィラ・ロボスの音楽に取り組もうとしている人は、なるべくたくさんギター曲以外のヴィラ・ロボスの作品を聴くべきというこは言うまでもないことですが、幸いにも現在ではその気にさえなれば結構簡単にそれが出来ると思います。またそれほど多額の費用がかかるものでもありません。


 まだ一つ目のアルバムなのに、だいぶ長くなってしまいましたが、何とか最後まで、交響曲や弦楽四重奏の曲の話もがんばって、やってゆきましょう・・・・
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