中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。


格安CDなどはどこで買うの?

 今回は、前回の「エチュード・ブリランテ」の続きなのですが、「ここに紹介されているCD、特に格安CDなどはどこで買っているのか」という質問がありましたので、若干お答えしておきます。

 前にもお話したかも知れませんが、私の場合、HMVのネット・ショップを利用しています。CDのネット・ショップは他にもあるとは思いますが、特にクラシックの輸入盤はここが最も品揃えが豊富で、また検索もしやすいように思います。価格のほうも納得のゆくものと思います。レアなものを注文した時などは、入手できないこともありますが、今のところ大きなトラブルはありません。

 データなどが細かく記されているものもありますが、逆に全くないもの、あるいは演奏者や曲目などに誤記のあるものもありま。取り扱う数量が大きいのでやむを得ないかなと思います。人気のある曲や演奏家のCDにはコメントも多数ありますが、個人的な感想がほとんどなので”それなりに”読んでいます。時にはたいへん貴重な情報が書かれてあることもあります。ただしギター関係のCDにはコメントは少ないようですね・・・・ では本題に。



パヴァーナ・カプリッチョ

 「アルベニスのパヴァーナ・カプリッチョ」は私自身でも編曲して演奏したので親近感のある曲ですが、タレガの編曲は、文字通り「編曲」で、かなりギター的な曲に仕上がっています。比較するのは何ですが、私の編曲は単なる楽器の移し変えといったもので、なるべくピアノのイメージに近くなるようにになっています。タレガの編曲では原曲より1音低いニ短調のようですが、このCDでは半音ほど低いピッチで調律していて、嬰ハ短調のように聴こえます。


ショパンのノクターン

 ショパンの有名なノクターン(作品9-2)は99年発売の「ショパニアーナ」にも録音されていますが、その時の 演奏に比べ、気持ち遅めで、表情はいっそう深くなっているように感じます。この編曲ではピアノの魅力を十二分に引き出したショパンの原曲に対抗するかのように、たいへんギター的なパッセージが追加されているのが特徴で、タレガ自身でもよく演奏していました。当時から聴衆に人気のあった曲のようです。



アルハンブラ? アランブラ?

 このCDの最後は、名曲「アランブラの思い出」で閉めています。余談ですが、このCDでは「タレガ作曲『アンブラの思い出』」となっていますが、皆さんもお気付きのとおり、かつては「タレガ作曲『アルンブラの思い出』」と表記されていました。タレガは ”Tarrega”とrを重ねて綴るので、かつては「ル」を間に挟んだのですが、もちろんスペイン語ではそのような発音はしません。またアランブラは ”Alhambra”とhが入っているので「ハ」を入れたのでしょうが、もちろん発音されることはありません。

 といったように、長きにわたって「タルレガ作曲『アルハンブラの思い出』」として親しまれてきましたが、スペイン語の発音に近い形でカタカナ表記すれば、当然「タレガ作曲『アランブラの想い出』」とすべきなのでしょう、最近の楽譜やCDその他の印刷物などではほとんどそのように直されています。先日見たNHKハイビジョン放送のスペイン特集でも「アランブラ宮殿」と表記されていました。



「バッハ」が「バック」なら「タレガ」が「タルレガ」だって

 しかしそれが正しいとわかっていても、長い間の習性は恐ろしいもので、まだ私自身でもタルレガ作曲「アルハンブラの思い出」と言ってしまいます。もっとも、フランス人はモーツアルトのことを「ムザルト」と呼び、アメリカ人はバッハのことを「バック」と呼ぶわけですから、日本人なら「アルハンブラ」だろうと、「タルレガ」だろうと、どっちでもよいのかも知れません。

 福田先生の以前のCDでの表記を見てみますと、87年に発売されたCDでは、タルレガ作曲「アルハンブラの思い出」、98年のものではタレガ作曲「アルハンブラの思い出」、04年のCDで晴れてタレガ作曲「アランブラの思い出」となっています。ということは完全にタレガ作曲「アランブラの思い出」と表記されるようになったのは、一般的に言って、21世紀になってからということでしょうか。 



「近代ギターの父」と讃えられながらも

 話を戻しますが、この2枚のタレガ作品集はいろいろな意味で今後のタレガの作品の演奏に影響を与えるものと思います。これまでタレガは「近代ギターの父」と賞賛されながらもその音楽が十分に尊重されなかった面もあります。これまでの多くのギタリストはタレガの音楽を感覚的に捉えることに重きを置き、その譜面からタレガの意図を客観的に汲み取ることには消極的だったように思います。

 現在ではソルやコスト、メルツといったもう少し前の時代の作曲家については客観的にアプローチすることが浸透していますが、タレガの場合は時代が近すぎるせいか、まだまだ演奏者の主観が上回っているように思います。この2枚のCDはタレガの残した譜面を慎重に読み込み、タレガの意図を音として再現することに重きを置いているように思います。

 もっとも実際のタレガの演奏はおそらく即興に富んだものだったでしょうし、それを譜面にすることも、また譜面からそれを再現することも極めて難しいことではあると思います。しかしこの2枚のCDでは可能な限りそれを行っているように感じます。



「編曲作品」も「作品」である

 またこの2枚のCDの最大の特徴は、タレガの編曲作品も「タレガの作品」であることを証明したことではないかと思います。プログラミングの問題だけでなく、実際に聴いてみても、これらの編曲作品が一級のギター作品であることが実感出来ると思います。

 タレガのオリジナル作品についてはそのほとんどのものが出版されていて、現在入手も簡単だと思いますが、これらのCDの録音されているいくつかの編曲作品などはまだ出版されていないか、または入手が困難な状態にあると思います。このCDをきっかけにタレガの編曲作品も体系的に出版されてゆけばと期待しています。



タレガの演奏の歴史を変える

 オリジナル、編曲ともにまだまだ演奏されていない作品がたくさん残っているので、福田先生自身としても、おそらく今後「タレガ作品集Ⅲ」、「Ⅳ」を録音してゆくのではないかと思います。いずれにしてもこれらの一連の「タレガ作品集」は、文字通りタレガの演奏の歴史を変えてゆくことになるでは。 ・・・・・決して誇張した表現ではないでしょう。  

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