中村俊三 ブログ

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14人の新進ギタリストの傾向と共通点

 前回で1枚1枚のCDの紹介は終わりですが、今回からはそのまとめを行ないたいと思います。これらの14人の新人ギタリストの傾向や共通点などを考えてみるということは、現在のギター演奏の潮流、または将来の方向性を知ることに繋がるのではないかと思います。また現在の世界のギター教育の状況なども探ることが出来ると思います。そういったことで以下に14人のギタリストの演奏の傾向や共通点などをまとめてみました。



1.技術が完璧 ~指や楽器の事情にとらわれず、音楽的な音だけを出せる

 これらのギタリストたちは世界の主要な国際コンクールで優勝している人たちですから、技術が完璧なのは当然のことといえますが、どう完璧なのかと言った点で、やはり触れずにはおけないでしょう。この「技術が完璧」と言う意味は、もちろん指が速く動くとか、間違えない、とかいった次元の問題ではありません(かつてはそういった意味に使われていたこともありました)。

 ギターは指で弾く関係上、一般的にはその「指の都合」によって、音が途切れてしまったり、小さくなってしまったり、音色が乱れてしまったりと、音楽的な要求に従った音がなかなか出せないことがよくあります。またギターという楽器はいろいろな原因でノイズの発生しやすい楽器で、右手の爪が弦に触れる音、左手で低音弦を擦る音、押さえている左指を離す音・・・・・。

 しかし彼らの演奏ではそうした「指の都合」など全く感じさせるところがなく、すべての音が音楽の要求に従って発音されています。またほとんど不要なノイズ等が聴こえないのも共通しています。CDを聴いている分にはこれらのことはごく当然のように思えるかも知れませんが(特にギターを演奏しない人には)。ある程度ギターを弾いている人には、これがいかに難しいことで、また決して普通でないことがよくわかると思います。
 
 ギターという楽器は音色や響きなどには、独自のすばらしい面を持っているのですが、同じ独奏楽器でもピアノなどに比べれば、音量なども含め、まかなか音楽的要求に従った音が出せない楽器でもあります。若干「不器用な楽器」とも言えますが、これらのCDを聴いているとそうしたことが全く感じられません。彼らの演奏では「指の都合」とか「楽器の事情」とかを感じさせないといった意味で「技術が完璧」と言えます。



2.音色が美しい

 これは実はちょっと以外だった点です。何といってもコンクールの優勝者ですから、技術が完璧というのは間違いないことでしょうが、しかし音色とか、音楽の美妙なニュアンスといったものはもう少し経験を積んでからというイメージがありましたが、この新しいギタリストたちの音色は、すでにすばらしいものがあります。

 音色については諸条件でいろいろ変ってしまい、特にCDではよくわからない部分もありますが、これまでの中堅や大ギタリストたちのCDと比べるても、かなり美しい音と感じます。また美しいばかりでなく、多彩で幅広い音色を持ち、その音色を自在に使い分け音楽の微妙なニュアンスや奥行きを表現しています。



3.音楽をよく学んでいる

 これも当然と言えば当然と言えますが、彼らの演奏を聴いていると、彼らが幼少時から正しい音楽教育を受け、しっかりと伝統音楽を理解し、自分のものにしているように思えてきます。また音楽教育だけでなく、芸術や文化などの一般教養もしっかり身に付けているのでしょう。




4.作曲家の意図を最大限尊重している ~テンポは音楽的要請に従って

 これらのギタリストの多くは、自分の好みや思いつきで演奏するということはなく、いつも楽譜を深く読み込み、作曲者が何を意図を最大限尊重して演奏しています。

 特にテンポについては比較的遅めのテンポをとっているギタリストが多いようで、これは「作曲家の意図したテンポ」、あるいは「表現上、もっとも適切なテンポ」ということでそうしているようです。「速く弾けるから」とか「自分の技術が高さをアピールできるから」といった理由でテンポ設定をするギタリストは少ないようですが、逆に音楽的に必要さえあればかなり難しいところでも速いテンポで弾いています。またそれが出来る力は皆持っているようです。

 またその作品や、作曲家によって自らの演奏スタイルを大きく変えて演奏しているギタリストもいました。



5.一見みな同じような演奏に聴こえる

 かつての巨匠たち、例えばセゴビアとイエペスでは、同じ曲を聴いてもかなり違った感じに聴こえ、ひょっとしたら別の曲に聴こえたりもします。かつての巨匠たちはたいへん個性的な演奏していて、間違ってもセゴビアとイエペスの演奏を取り違えることはありません。それに比べると、この14名のギタリストたちの演奏は比較的似ていて、ちょっと聴いただけではだれの演奏かはあまりわからないようになっています。

 これを「最近のギタリストは個性がない」と言うことも出来かも知れませんが、しかし前述のとおり、「ギターを演奏=作曲家の意図の再現」と考えると、その演奏が似通ってくるのは必然的かも知れません。

 確かに大きくは違わないのですが、しかし音楽は考え方だけで行なうものではなく、最終的にはそれぞれのギタリストの感性がたいへん重要になってきます。これらのCDをじっくり聴くと、考え方が比較的近い分だけ、その演奏の「肌触り」というか、感覚的なものの違いはよく伝わってきて、聴いている側の好みの差もはっきりあらわれると思います。



おまけ ・・・・日本人がいない  ~日本のサッカーが強くなったのは末端の指導者とサポーターの力

 この14人の中に日本人が一人もいないだけでなく、この「新進演奏家シリーズ」で日本人のギタリストが録音したという話も聴かないので、このシリーズでは日本人のギタリストは一人もいないのでしょう。ということは最近、GFA、タレガ国際、M.ピッタルーガ国際コンクールなどで優勝した日本人がいないということになります。もちろんコンクールがすべてではありませんが、優秀な若手ギタリスト輩出と言う点では、ヨーロッパ諸国に比べて一歩譲っている感は否めないでしょう。

 もちろんこれは日本の若いギタリストたちの才能と言う問題より、わが国のギター教育のシステムの問題、あるいは指導者の技量の問題ということに集約されるのではと思います。サッカー界では、最近日本人の優秀な選手が育ち、世界でも話題になっています。これなどまさに日本のサッカーの教育システムが整い、指導者の技術が高まってきたことによるものだと思います。

 もちろん近年、日本のギターのレヴェルも上がってきているのは確かで、また優れたギタリストも指導者も存在するのは確かですが、ただそれが末端にまでは浸透していないといったところが現状なのだと思います。結局のところ、日本全国にいる私たちのような「街のギター教師」の責任が重大なのでしょう。やはり最初にギターを手にする機会に立ち会うことの多い私たちの責任は特に重いのではないかと思います。

 また同時に優れた演奏家が育つには、すぐれた聴衆が絶対に必要ということも言えます。強いサッカーチームには必ず強力なサポーターが存在します。優れた演奏家を育てるだけでなく、優れた聴衆を育てるのも私たちの大事な仕事でしょう。
 
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