中村俊三 ブログ

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エンノ・フォルホースト  バリオス作品集1 ブリラント盤


 オランダのギタリスト、エンノ・フォルホーストはナクソスとブリラントの二つのレーヴェルにまたがってバリオス作品集を出しています。

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 このブリラント盤のほうは一昨年紹介したセットものの中からですが、単売もされています。1994年の録音ということですから、このCDもバリオス没後50年ということなのでしょう。「ワルツ第3番」、「同第4番」、「フリア・フロリダ」、「蜜蜂」、「森に夢見る」他、練習曲やあまり演奏されない曲、そして「パラグアイ舞曲第1番」、「バッハを讃えて」の2曲の二重奏曲も収録されています。



「より真面目なデビット・ラッセル」なんて紹介してしまいましたが

 フォルホーストについては以前にも紹介しましたが、とても誠実な演奏と言えます。このギタリストの演奏は、その作品の内容や、作曲家の意図を十分に考慮したもので、好感度はとても高いと思います。また音質も師のデビット・ラッセルを彷彿させる、美しく、また質感を感じさせるものです。

 楽器は1963年のホセ・ラミレスだそうですが、低高音ともしっかりと鳴っています。この時代のラミレスといえば、セゴヴィア、 ホセ・ルイス・ゴンザレス、 クストファー・パークニングなども使用していて、まさに絶頂期のラミレスと言えますが、フォルホーストはそうしたギタリストとはまた違った方向性で、この楽器を使用しているようです。


やっぱり「シ=ナチュラル」はドキッ!

 それにしてもフォルホーストの「ワルツ第3番」の「シ=ナチュラル」(最初のエピソードの5小節目)には一瞬ドキッとします。ここを「シ=ナチュラル」で弾いているのはバリオス自身の他は、このフォルホーストしかいないようで、他のギタリストはすべて「シ=♭」で弾いています。

 和声法上の難しいことはわかりませんが、ここをハ長調の属7の和音、つまりG7のコードと考えると、間違いなくここは「シ=ナチュラル」となります。バリオスの自筆譜と思われるものでは、ナチュラル記号は付いていなのですが、運指を見るとに「シ=ナチュラル」を示しているようにも思えます。何といっても作曲家自身がそう弾いているわけですから、あまり疑問の余地はないところかも知れません。

 しかしそうはわかっていても「シ=♭」で弾いている演奏を聴くと全く違和感なく、正しいはずの「シ=ナチュラル」の演奏を聴くと思わず「音を間違えた」と思ってしまうのは、長年聴きなじんでしまったということでしょうか。



バリオスの作品にはある程度の自由度があるが

 バリオスの譜面は生前に出版されなかったこともあって、いろいろな譜面が出ています。またバリオス自身の演奏も残された譜面とはかなり違っているものも多く、そうしたこともあって細かいところでは、ギタリストによって異なる演奏となっています。そしてそれらの場合、どちらかが正しくて、どちらかが間違っているといったものではなさそうです。おそらくバリオス自身でも演奏する度に多少なりとも変えて演奏していたのではないかと思いますので、バリオスの作品にはある程度の自由度があると考えられます。



どちらかが正しく、どちらかが正しくない?

 ですから一個くらいの音が違っていたとしても、特に大きな問題ではないのですが、でもこの箇所については他の例とちょっと事情が違うのではと思います。おそらくバリオス自身では、ここは「フラットでもナチュラルでもどちらでもよい」わけではなく「どちらかが正しくて、どちらかが正しくない」のではないかと思います。

 とは言っても、フラットでも全然おかしく聴こえないところからすると、和声法上、フラットでも可能と言うことも考えられるのかも知れませんが、こういったことの判断はもっと見識のある方々におまかせしましょう。




バリオス作品集2 ナクソス盤


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 こちらのナクソス盤のほうは2001年の録音で「Volume 2」となっていますから、レーヴェルは異なりますが、上のブリラント盤の続編として製作しているのでしょう。曲目のほうも「大聖堂」を除くと、4曲のメヌエットなど前記のものよりもさらに比較的演奏されない曲が多くなっています。



「ラグリマ」をテーマとした

 タレガの「ラグリマ」をテーマにした「タレガの主題による変奏曲」も録音されていることは以前にも書きましたが、テーマと6つの変奏で計10分以上かかる、やや長めの曲になっています。テーマ自体も有名なので、今後頻繁に弾かれるようになるのではと思います。



簡単なプレーに徹する

 フォルホーストはデビット・ラッセルの影響がある、と再三言いましたが、このバリオスに関しては、ラッセルのように、各部分に表情の変化を細かく付けるといったことはあまりしていなくて、”必要なことだけをする”と言った感じです。でも決して無表情ということではなく、5曲目の「祈り」でも端正な歌いまわしながら、情感は次第に込みあがってきます。

 またまたサッカーに例えれば、高い技術をもちながらもなるべく最短距離で簡単なプレーをする。決してウケ狙いの足技などは使わない選手といったところでしょうか。確かに北欧人らしいとても誠実な演奏で、好感度の高いバリオスです。やはり聴く価値は十分にあるCDでしょう。

 
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