中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

セゴヴィアの初来日

 セゴヴィアが1929年、1959年、1980年、1982年の計4回来日しているというのは皆さんもご存知のことと思います。初来日は1929年、昭和4年ということですが、この年セゴヴィア36歳。セゴヴィアは1917年頃から次第に世界的にその名が知られるようになり、2年前の1927年にはSP録音も始まりました。この時代、セゴヴィアは活発に世界中で演奏活動を行い、まさに売り出し中のギタリストといった頃だったでしょう。

 東京および関西方面で計9回のリサイタルを行ったとのことですが、当時の日本のギター界からすれば、桁はずれの演奏レヴェルに誰しもが驚いたそうです。当時の日本ではギターにスチール弦を使用していたとことにセゴヴィアは驚き、またこの時ガット弦の存在を知った日本のギタリストも多くいたそうです(もちろんナイロン弦などまだない)。

 もっともバリオスもスティール弦を使用していたらしいので、ガット弦は、この時代ではヨーロッパ以外ではなかなか入手しにくかったのでしょう。

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初来日(1929年)の頃のセゴヴィア


 セゴヴィア初来日時の、1929年11月2日大阪朝日会館で行われたリサイタルのプログラムをなるべく原文どおりの表記で書いておきます。



  プログラム (第2回)


1.A)ソナティナ・・・・・・・・・・・・ジュリアニ
  B)主題による変奏曲・・・・・・ソール
  C)組曲キャステラナ・・・・・・トルロバ
       セゴヴィアの為に作曲
    (イ)プレリュウド
    (ロ)アラダ
    (ハ)ブカレスク
  D)エボケイション・・・・・・・・・タレガ

 
2.
  A)プレリュウディオ
  B)アレマンデ
  C)サラバンド
  D)クウランテ
  E)ガボッテ・・・・・・・・・・・(以上5曲)J.S,バッハ
 
  F)グラシュウス・・・・・・・チャイコフスキー

3.
  A)セヴィラナ(セゴヴィアの為に作曲)・・・・・テュリナ
  B)ト調ダンツァ・・・・・・・・グラナドス
  C)カディス
  D)セレナアタ
  E)セヴィラ・・・・・(以上3曲)アルベニス



意外と原語の発音に近いカタカナ表記 

 若干時代を感じさせるカタカナ表記で、突っ込みどころもいろいろあるかも知れませんが、意外と現在のもよりも実際の発音に近い表記もあります。セゴヴィアは「セゴヴィア」、タレガは「タレガ」と表記されています。「セゴビア」とか「タルレガ」と表記されるようになったのはその後のようですね。「トロバ」も”その気”になって「トルローバ!」と発音するとスペイン語ぽく聴こえるかも?



イボケイション? 主題による変奏曲?

 第1部で、「イボケイション」とあるのは「アランブラの想い出」のことのようです。セゴヴィアはこの名前でプログラムを送ったのでしょうね、もちろん「アランブラの想い出」と言う名はこの当時からありました。

 「主題による変奏曲」ではなんだかさっぱりわかりませんが、有名な「モールアルトの『魔笛』の主題による変奏曲」のことのようです。セゴヴィアは「モーツァルト」と言う名も「魔笛」と言う言葉も添えなかったのでしょうね。


演奏が始まらないと正確にはわからない

 セゴヴィアが自分のプログラムを細かく、あるいは正確に書かなかったのはこの時でけでなく、その後もずっとだったようです。一応事前にプログラムがわかっていても実際にどの曲が弾かれるかは演奏が始まってみないとわからないということもよくあります。80年代の来日の時もそうでした。

 バッハの曲については、実際にどの曲が演奏されたかは記述等がないのでわかりません。ジュリアニの「ソナティナ」は「ソナタハ長調作品15」の第1楽章「アレグロ・スピリット」。「テュリナ」は「ホアキン・トゥリーナ」。グラナドスの「ト調ダンツァ」は「スペイン舞曲第10番」、アルベニスの「セレナアタ」は「グラナダ」。
 
 プログラム全体を見ると、その後のものと基本的にはあまり変りません。もちろんその後セゴヴィアのレパートリーに加えられた作品も多数ありますが、基本的な部分はこの時代にすでに確立しているようです。日本人のギタリストがこれと同レヴェルのプログラムでリサイタルを行うようになるのはまだまだ先のこと。 

 
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