中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

吉田秀和さん

 先日音楽評論家の吉田秀和さんが亡くなったという記事が新聞に載っていました。98歳だそうです。吉田秀和さんと言えば、私たち水戸市民にとっては音楽評論家というより、水戸芸術館の館長ということのほうがピンとくるかも知れません。

 吉田秀和さんのことは前にも書きましたが、私が大学生の頃FM放送で知り、その後その著作も読むようになりました。今現在音楽の友社から出ている吉田秀和全集は何巻あるのかわかりませんが、自分で買ったのと、図書館で借りて読んだのとを合わせると、10数巻は読んだと思います。


その演奏家の側に立って聴く

 読んだ内容のほとんどは忘れてしまっていますが、印象に残っている言葉としては、吉田さんが音楽を聴く時の心構えとして、「自分の好みや考え方ではなく、その演奏家の側に立って聴くことを心がけている」といったものです。

 もちろんこれは評論家としての立場に立ってという意味もあると思いますが、音楽を楽しむとか、鑑賞するといった時も同じではないかと思い、私自身でもCDやコンサートを聴く時に、そういったことを心がけるようにしました。

 いろいろ思い返せば学生時代からこれまで、耳から、あるいは目から入った吉田さんの様々の言葉は、私にとってはたいへん貴重なものでした。ご冥福をお祈りいたします。

 吉田さんはつい最近まで評論を書いていたそうで、まさに大往生と言えますが、でもまだあと5~6年くらいはがんばって欲しかったかな・・・・・


白く、よく動く指がきれいだった

 ところで、吉田さんとギターとの関係はというと、これが全く接点がないようです。吉田さんの興味の中心はモーツァルトやベートーヴェン、バッハ、シューマンなどのドイツ系の音楽にあるので、ラテン系とも言えるギターの音楽にはあまり興味が向かなかったのでしょう。

 10数巻の全集の中で、ギターに関連することを述べたのは、私の記憶の範囲では(かなり怪しいですが)、ただ一度だけ、確か、1950年代にニューヨークでアンドレス・セゴヴィアを聴いた感想を2~3行ほど書いています。

 どの巻に書いてあったか思い出せないのでそ、の文章を探し出すことは出来なかったのですが、私の曖昧な記憶によれば、「ニューヨークでギターのアンドレス・セゴヴィアを聴いた。バッハの『シャコンヌ』などを演奏した。とても小さな音だった。白くよく動く指がきれいだった」 ・・・・確かこんな内容だったと思います。



明日(6月2日)はセゴヴィアの25回目の命日

 さて、そのセゴヴィアは25年前の6月2日にこの世を去りました。つまり明日には亡くなってから4半世紀となるわけです。そこで当教室でも次の6月3日(日)にセゴヴィアの「没後25年記念CDコンサート」を行う予定になっています。

 しかしその命日にこだわったおかげで、ブログのほうが進展せず、これまでのところやっと戦前のSP録音を2度にわたって紹介しただけとなっています。予定としてはブログのほうを読んでもらってからCDの方を聴いていただくはずだったのですが、今回は完全に逆になってしまいました。

 ・・・・それでは多少なりとも追いつくために記事を書き進めましょう。



1935年4月9日
 プレリュード(無伴奏チェロ組曲第1番より J.S.バッハ~ポンセ編曲)
 華麗なるエチュード(アラール~タレガ)
 マズルカ(ポンセ)
 ワルツ(ポンセ)

1936年 10月13日
 カンツォネッタ(メンデススゾーン)
 ヴィヴォ・エネルジコ(テデスコ)

1939年 
 メヌエットⅠ、Ⅱ、ブレー(ド・ヴィゼー)
 ジーグ(フローベルガー作曲と表記、実際はセゴヴィア作)
 セビージャ(アルベニス)
 グラナダ(アルベニス)
 スペイン舞曲第5番(グラナドス)
 スペイン舞曲第10番(グラナドス)
 



当時の最先端技術

 前回の録音(1930年)から5年ほど間があきますが、前回までのものを含め、これらの録音はロンドンのHMV社で行われます。録音方式は電気録音によるダイレクト・カッティングとなります。

 1927年と1939年の録音を比べると、後の時代の方が多少音質は良くなりますが、録音方式に基本的な違いがないせいか、それほど大きくは変りません。しかし同じ年代に録音されたバリオスやリョベットの録音からするとかなりよい音質と言えます。セゴヴィアの録音は当時の最先端の技術で行われたのかも知れません。



風雲急を告げるヨーロッパ

 セゴヴィアは1930年にアメリカ公演、1935年にはパリでバッハのシャコンヌの初演(ギターでの)など、この時期にギタリストとして世界的な名声を築きます。しかし1936年からスペイン内乱、1939年から第二次世界大戦と世界、特にヨーロッパは激動の時代となります。セゴヴィアはそうした戦禍を避けて、1936年にウルグアイのモンテビデオに、1944年からはニューヨークに移住します。



ハウザーⅠ世を使い始める

 また使用する楽器も、1937年にこれまでのマヌエル・ラミレスからヘルマン・ハウザー(Ⅰ世)に変ります。この楽器にはセゴヴィアの要望が強く反映した楽器といえ、ホセ・ラミレスⅢに代わる1960年まで使用します。セゴヴィアの使用した楽器といえば、誰しも真っ先にこのハウザーを思い浮かべるでしょうが、マヌエル・ラミレスもホセ・ラミレスもハウザーと同じく20数年使用していて、使用した年数だけ見ると3本ともほぼ同じ年数です。

 それでもこのハウザーがセゴヴィアの楽器として一番印象に強いのは、この楽器が優れていたことと、セゴヴィアが最も充実した時期に使われたこともあるでしょう。


1935年の録音

 今回はそうした時代の録音ですが、バッハのチェロ組曲第1番からの「プレリュード」はポンセの編曲で、低音などはやや多めに付いています。これまでのところ、意外とタレガの曲の録音は少なく、この「アラールによる華麗なエチュード」はタレガの曲としては2曲目となります。
 
 セゴヴィアは、いろいろな作曲家の作品の中で、ポンセの作品を最も多く演奏し、録音していますが、1935年の2曲(マズルカとワルツ)は1950年代にも録音しています。なかなか魅力的な曲です。


1936年の録音

 メンデルゾーンの「カンツォネッタ」はタレガがメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲から編曲したものですが、それをさらにセゴヴィアが手直しして演奏しています(タレガ編の場合、ほとんどそのようにしている)。セゴヴィアの演奏した曲の中では人気曲の一つといえるでしょう。

 テデスコのソナタ「ボッケリーニ賛」から第4楽章の「ヴィヴォ・エネルジコ」を録音していますが、1958年に全曲録音しています。



1939年の録音

 バロック時代のギタリスト、ロベルト・ド・ヴィゼーのメヌエットは、本来「Ⅰ→Ⅱ→Ⅰ」のように組み合わせて演奏すべきなのですが、セゴヴィアは別個に録音しています。「ブーレ」のほうはコスト編を参考にしているようですが、冒頭の”2つの8分音符”を”2個の4分音符”に直しています。こうすると厳密には「ブーレ」ではなく「ガボット」になってしまうのでは?



フローベルガー? ド・ヴィゼー? 作者不詳?

 次のフローベルガーの「ジーグ」として録音されている曲はセゴヴィアの愛奏曲の一つで、1949年にはド・ヴィゼー作として、1961年には作者不明として録音されています。どうやらセゴヴィアの自作のようですが、短い愛らしい小品です。

 グラナドスとアルベニスの曲を2曲ずつ録音していますが、アルベニスとグラナドスの曲もセゴヴィアにとってこの年が初録音となります。これらの曲は5年後、つまり1944年にも録音しますが、聴いた印象としては1939年録音のほうがテンポもやや遅く、落ち着いた感じがあります。活きの良さと音質では1944年の方に分があるでしょうか。
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