中村俊三 ブログ

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アンドレス・セゴヴィア  <プラテーロと私>Ⅰ    1962年 1~2月録音


C.テデスコ : 「プラテーロと私」より
         プラテーロ、憂愁、夕べの鐘、つばめ、子守り

フレスコバルディ : パサカリア、コレンテ
ヴァイス : ファンタジア
ソル : 練習曲イ長調作品6-2、 ホ短調作品6-11
ドノステア : 悩み
ドビュッシー : 亜麻色の髪の乙女
 

ブログ 079



小品集からまとまった作品へ

 この時代のギターのLPと言えば、各時代や様々な作曲家の作品を集めた小品集が主で、セゴヴィアのLPも小品集が中心的でした。しかしセゴヴィアは1950年代半ばころより、徐々に一人の作曲家の作品や、片面を1曲で占めるような大曲を中心としたLPを発表するようになります。

 特に1960年代からは、現在の重要なギターのレパートリーとなる作品をLP上で発表してゆき、このテデスコの「プラテーロと私」もその後、現在に至るまで多くのギタリストに演奏されています。


スペインの詩人が書いたロバと少年(作者の少年時代)の物語 

 この「プラテーロと私」はスペインの詩人ヒメネスが書いた詩集で、プラテーロと言う名のロバと少年(作者)を主人公にしたものです。その中の28編をイタリアの作曲家カステルヌオーヴォ・テデスコがギターと朗読のために音楽を付けました。

 このLP(1961年)に録音されたのはその中から上記の5曲で、1964年にさらに5曲録音し、結果的にセゴヴィアは28曲中、10曲を録音したことになります。これらのLPは朗読はなく、ギターの演奏のみとなっています。


多作家テデスコの傑作ギター曲

 テデスコの作風は、20世紀の作曲家ですがあまり不協和音等を多用するような前衛的な作風でなく、古典的、あるいはロマン派的なものといえるでしょう。そうした作風には、このロバの死を悼む少年の心を描いた作品にはたいへんよく合うようです。

 テデスコはかなり多作家で、ギター曲だけでもかなりの量がありますが、それらの中でもこの「プラテーロと私は」は特に優れた作品と言えるでしょう。ヒメネスの詩がテデスコの傑作を引き出させたのでしょう。


音楽の内容を真摯に引き出そうとしている

 各曲のコメントは控えますが、豊かな音によるセゴヴィアの演奏は掛け値なしの名演といえると思います。セゴヴィアはテデスコの書いた音楽を尊重し、最大限それを音で表現しています。これまでのような、ともすれば恣意的に走るところは見られず、端正ともいえるような演奏です。

 またテデスコが書いた楽譜をとても丁寧に読み取っているようにも思えます。セゴビアはリサイタルでもこの曲をよく取り上げていますが、楽器(ホセ・ラミレスⅢ)も曲や演奏スタイルによく合っています。




「コレンタ」は本来曲の一部分

 このLPのB面にあたる残りの曲もなかなか興味深いものです。フレスコバルディの曲はリサイタルでもよく取り上げていますが、「コレンタ」は以前紹介した「アリアと変奏」の最後の変奏で、本来単独で演奏する曲ではありませんが、以前の録音でこのコレンタのみ録音しなかったので、ここに収録したのでしょう。


オオカミ少年?

 ヴァイスの「ファンタジア」一般にもよく演奏される曲で、セゴヴィアはこれまでポンセ作の「偽ヴァイス」の作品をたくさん録音してきましたが、こちらの方は「本物」のほうで、よく聴けば作風がまったく違うのがわかると思います。セゴヴィアは70年代にも「本物のヴァイス」の作品を録音しますが、これまで「偽ヴァイス」の作品をたくさん録音してきたので、「今度は本物と」言われても、「オオカミ少年」的に、やはり疑ってしまうでしょうね。


ソル、ドノステア、ドビュッシー

 ソルの練習曲はセゴヴィア番号では3番と17番にあたります。ドノステアの「悩み(ドロール)」は1970年代にも「バスク風前奏曲」として録音され、なかなか美しい小品です。最後に一般にもよく知られたドビュッシーの名曲、「亜麻色の髪の乙女」を収録していますが、アンコール曲といったところでしょうか。
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