中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

中村俊三 バッハ・リサイタル    
  12月8日(土) 開場13:30 開演14:00 
  石岡市ギター文化館
  前売り2000円  当日2500円  チケット取り扱い 中村ギター教室、ギター文化館



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        <演奏曲目>
 
アンダンテ  (無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番BWV1003より)

無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番ロ短調BMV1002
  Ⅰ.アレマンダ   Ⅱ.コレンテ   Ⅲ.サラバンデ   Ⅳ.テンポ・ディ・ボレア

ロンド風ガヴォット (リュートのためのパルティータホ長調1006aより)

リュートのためのプレリュード、フーガ、アレグロ二長調BWV998

    
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  ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685~1750)



アリア  (管弦楽組曲第3番BWV1068より)

リュートのためのパルティータイ短調BWV997(リュート組曲第2番) 
  Ⅰ.プレリュード(ファンタジア)  Ⅱ.フーガ  Ⅲ.サラバンド  Ⅳ.ジグ&ドゥーブル
  
 *ゲスト演奏(16:00~) サミュエル・クレムケ(ドイツの若手ギタリスト)
 




この際、やりたいことは、やっておこう

 バッハ・リサイタルというのは私自身、この仕事を始めた時から、いや、始める前からぜひやってみたいと思っていたコンサートです。今回に至るまで実現しなかったのは、こうしたコンサートはいろいろな意味でハードルが高く、もちろん最も問題になるのが私自身の技量ですが、またこうしたコンサートを聴きに来てくれる人がいるかどうかということもあるでしょう。

 今回そうした問題点が決して解決したわけではありませんが、最近は年齢のせいで、あまり深く考えなくなったのかも知れません。とりあえずやりたいことはやっておこう、そろそろ人生のロスタイムにも近づきつつあるし・・・・・ こういった心境を一般に”開き直り”というのでしょうね。

 2009年に同じこのギター文化館でイサーク・アルベニスの没後100年として「中村俊三アルベニスを弾く」というアルベニスの作品のみ(実際には同じ年に亡くなったタレガの小品2曲も演奏)のコンサートを行い、その流れということも言えます。アルベニスもバッハも私にとってはとても大切な作曲家です。


かなり無理なスケジュールだが

 それにしても若い頃には弾けなかった曲や手に負えなかったプログラムを60歳すぎてから弾こうというのだから”年寄りの冷や水”を通り越して、無謀な試みとしか言いようがないかも知れません。なお且つ9月には水戸ギター・アンサブル演奏会、10月にはアコラでミニコンサート、さらに6月にも県立図書館と、それぞれほぼ違うプログラムでのコンサートで、このバッハ・リサイタルのための練習だけに集中出来たわけではない・・・・



今頃は全くギターが弾けない状態になっているのでは

 きっと今頃は無理な練習による疲労がたまって全くギターが弾けない状態にでもなっているんじゃないか、などという恐れも現実的にありましたが、有難いことに、少なくとも今のところはギターが弾けないということはなく、左手親指のネックにあたる部分の魚の目が若干痛む以外は何とかなっています(練習量が多くなると、子供の頃のキズが基になって出来た魚の目が必ず痛み出す)。



回復力に感謝

 その日の練習が終わった時などは、指や腕が、これ以上ギターが弾けないくらいにはなっているのですが、一晩寝ると、まあ、なんとか普通に戻っている。回復力に感謝というところです。

 仕事の休みの日は5~6時間と、若い頃と同じくらい、もしかしたら若い頃よりも長い時間練習しているかも知れません。確かに最近では指や腕にあまり負担をかけない弾きを少し覚えたかも知れません。でも、まだまだこれからが勝負なのでオーバ・ワークには十分に気を付けないといけませんね・・・・・




「ギターによるバッハ・リサイタル」といっても、バッハは1曲もギター曲を書いていない

 ところで、バッハは1曲たりともギターのために作品を書いてはいません。そういった楽器が存在することくらいは知っていたかもしれませんが、バッハの周囲にギターを弾いていた人はいなく、またバッハが活動していた地域ではあまりギターは盛んではなかったようで、いろいろ資料をあたっても、バッハとギターとの接点は見当たりません。


バッハの遺品にギターが?

 以前バッハの2度目の奥さんのアンナ・マグダレーナが書いたと言われる伝記を読んだとき、バッハの遺品の中にギターが存在したと書いてあり、ちょっと驚いたのですが、もちろんこれはリュートの誤り、その時は訳者のミスかなと思ったのですが、同じく残されたラウテンベルク(この本の中では「ラウテンクラヴィツェンベル」と表記)の説明がなんとも変で、「チェンバロよりもずっと長く音を保持することが出来る」と実際の真逆の説明をしています。

 知っている人は知っているとおり(当ブログでも以前に書きましたが)、このアンナ・マグダレーナが書いたという伝記は真っ赤な偽物で、実際に書いたのは20世紀初頭のイギリスの女流作家だそうです。この本なかなか面白い本なのですが、残念ながらこの作家はリュートという楽器の存在については全く認識がなかったようです。それでリュートがギターになってしまったのでしょう。


無理もないことかな

 因みに、1900年頃完成された旧バッハ全集ではリュートのための作品は認知されておらず(バッハの実筆譜などにはっきりと「リュートのために」と書いてあるにもかかわらず)、それらの作品は「楽器不詳の作品」とされています。リュートという楽器が一般に認知されるようになったのは1920年頃からのようです。この作者がリュートのことを知らなかったのは無理もないことかも知れません。



にもかかわらず、なぜギタリストはバッハを弾く?

 一方で、現在クラシック・ギターのリサイタルでバッハの曲がプログラムに載るはある意味ごく当たり前。今日多くのギタリストがコンサートでバッハの曲を演奏しています。バッハの曲を演奏しないプロのギタリストというのは非常に稀で、現在行なわれているクラシック・ギターのリサイタルの半数くらいにはバッハの曲が登場しているのではないかと思います。

 この矛盾を説明するのに、バッハが残した、ギターに近い楽器でもあるリュートのための、若干の作品だけでは事足りるとはいえないでしょう。それで説明が付くなら、ヴァイスやフランチェスコ・ダ・ミラーノの作品が頻繁にプログラムに登場しないことが説明できない。


バッハとはそう言う音楽

 説明にはなりませんが、「それはバッハだから」としか言うことが出来ないのでは。バッハがリュートのために作品を書こうが、書くまいが、ギタリストはバッハを演奏し続ける ・・・・・・ギタリストとはそういう人種なのでしょう。 ・・・・・・あるいはバッハとはそう言う音楽なのでしょう。
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