中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

勝手に選ぶセゴヴィア名録音

 前回言いましたとおり、このタイトル記事のシメとして、私個人がたいへん優れていると思うセゴヴィアの名録音を挙げてゆこうと思います。テレビ番組などではこういい時には、「まず、第10位は!」なんて始まると思いますが、ここではそんなまわりくどい事はせず、堂々と(?)第1位から発表してゆきたいと思います。まだ第何位まで発表するかも決まっていし。


 それではまいりましょう、栄光のセゴヴィア名録音、第1位に輝いたのは! デロデロデロデロ・・・・



<勝手に選ぶセゴヴィア名録音  第1位>


C.テデスコ : プラテーロと私   1962年、1964年録音
  

 <プラテーロ、メランコリア、夕べの鐘、つばめ、子守歌、帰り道、井戸、カナリアが飛ぶ、春、プラテーロはモゲールの空にいる>


ブログ 103
「プラテーロと私Ⅰ」のLPジャケット。2年の間隔をおき、5曲ずつ録音された


作品への共感が

 セゴヴィアの名演奏、名録音は数々あるが、第1位に関しては迷わずこの曲。セゴヴィアの演奏の充実度、作品内容、作品へのセゴヴィアの共感度、録音・・・・ なんと言ってもこの録音を聴いたときの感銘度・・・・ 間違いなくセゴヴィアの数々の録音の中でも最高傑作。

 どちらかといえば、作品の内容にかかわらず自由な演奏するセゴヴィアだが、こうした作品にたいしては真摯な態度で接し、自らの演奏スタイルよりも、その作品を活かすことを第一にかんがえているようだ。この作品へのセゴヴィア自身の共感がそれをさせているのだろうか。



朗読なしでも表現内容は十分

 セゴヴィアのギターの音色といえば、セゴヴィア・トーンと称される、高音にポルタメントやヴィヴラートかけた音が話題にされるが、セゴヴィアの音の特色はその重厚で、密度の濃い音にあるように思う。低重心のゆるぎない存在感ある音は、他のギタリストの追従を許さぬもの。

 作品としても、間違いなくギター音楽の最高傑作と言え、こうした表現はギター以外の楽器では不可能と思える。本来朗読に添えられる音楽だが、朗読なしでも表現内容は十分に伝わってくる。最後の「プラテーロはモゲールの空にいる」は特に感動的。



あまり広くないスペースで

 録音はアナログ・ステレオ録音時代のもだが、当時の録音機器の性能の限界に挑むものと思える、セゴヴィアの音を極力忠実に再現しようとする録音技術陣の意気込みが伝わってくるような録音。

 特に1964年の録音では”何も足さず、何も引かず”といった姿勢を感じる。その音は近い距離でセゴヴィアの演奏を聴いているような音と言える。1962年のものに関しては若干人口的な残響が感じられ、リアルさでは一歩譲る。



過度の賛辞は慎むべきだが

 世紀の大巨匠と言えど、過度の評価や賛辞は慎むべきであろうが、この録音(プラテーロと私)に関しては、作品、演奏、録音技術の3者共に極めて優れ、高い評価を受けるのに値するもの。今後長きに渡って多くの人々に聴かれるものと思う、またそうあるべきだ! 

 私はこの録音を、1990年頃に発売されたMCA盤で聴いているが、現在は10曲まとまった形では入手出来ないようだ。5曲のみがDG盤で入手できるようだが、どの5曲かはわからない。

 




<勝手に選ぶセゴヴィア名録音  第2位>

M.M.ポンセ : ソナタ・ロマンティカ    1964年録音



ブログ 084
発売当初のLPでは「プラテーロと私」とカップリングされていた


ポンセの名演は数々あるが

 セゴヴィアは親交の深いポンセの作品を自らの作品ように扱っていた。従ってポンセの作品の演奏に優れたものが多いのは当然と言える。セゴヴィアはポンセの4つのギターのためのソナタを録音していて、いずれも優れた演奏。どの作品を真っ先に挙げるかはたいへん迷うところだが、作品の内容、録音技術などを加味すると、結局このソナタ・ロマンティカになった。


プラテーロとカップリング

 この録音は「プラテーロと私Ⅱ」とカップリングされたもので、LPのA面が「ソナタ・ロマンティカ」、B面が「プラテーロと私(帰り道、井戸、カナリアが飛ぶ、春、プラテーロはモゲールの空にいる)」として1964年に録音されている。つまりLPで言えばこの「プラテーロ」と「ロマンティカ」のものが最高傑作と言える。



録音ではこの1960年代こそが絶頂期

 一般にセゴヴィアの絶頂期といえば1930年代から1950年代くらいを指すことが多い。確かにライブでの演奏となればそれは確かだろう。しかし録音としては1960年代こそがセゴヴィアの絶頂期といってよいと思う。

 また楽器もその1930年代~1950年代に用いたヘルマン・ハウザーの評価が一般的に高く、1960年頃にそのハウザーが故障し、やむなくホセ・ラミレスⅢに持ち替えたと言われている。しかしこうした録音を聴いているとそうした消極的な理由でラミレスにも誓えたわけではないように思える。



ホセ・ラミレスⅢ=この時期のセゴヴィアに最も合った楽器

 この時代であればセゴヴィアの使用する楽器の選択肢は限りなく拡がっていたはずだ、つまり極めて広い選択肢の中からこのホセ・ラミレスⅢを選んだわけである。当然その時点で最も自分の演奏に合うと考えたからこの楽器を選び、それが間違い出なかったからその後20数年間使用することになった。これらの録音を聴いていると、やはりこの時代のセゴヴィアには、この楽器が最も合っているように聴こえる。



永遠の名演と言える

 セゴヴィアの演奏については以前にも述べたが、「プラテーロと私」同様、作品の構成など、その本質を捉えた演奏と言える。また録音も良好で、3年後に録音された「ソナタ・メヒカーナ」などよりもセゴヴィアの音がリアルに聴こえてくる感じがする。

 最近でもこの「ソナタ・ロマンティカ」は若いギタリストなどによってよく演奏されるが、やはり他のギタリストの演奏とは明らかに違う。永遠の名演奏と言えよう。
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