中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

 パガニーニについては、当ブログでも何度か書き込んでいて、重複することも多いかも知れませんが、今度パガニーニのコンサトを行うに当たり、改めてお話しようと思います。


   Niccolo_Paganini01.jpg

   Nicolo Paganini (1782~1840 Genova)



古典派のギタリスト、および作曲家として知られているが

 パガニーニについては、私たちのようなギターをやっている者と、一般のクラシック音楽愛好者とでは、その印象もだいぶ違うのではないかと思います。

 ギターをやる者にとっては、まずは「ソナチネ(ハ長調)」や「ロマンス」などでその存在を知り、ジュリアーニやカルリなどと並ぶ古典期のイタリアのギタリストという認識があるでしょう。

 一方一般のクラシック・ファンの場合は、パガニーニのことは伝説的な超技巧派ヴァイオリストとして知っているでしょう。



一般にはギター曲を作曲していたことはあまり知られていない

 もちろんどちらも正しい訳ですが、私たちギタリストはパガニーニが多数のギター曲を書いたとしても、本来はレジェンドなヴァイオリストであることはよく認識しています。

 しかし多くのクラシック音楽ファンには、パガニーニが多数のギター曲、およびギターとヴァイオリンのための曲、ギターを含む室内楽などを作曲して、ギターも演奏していたなどということはあまり知られていないようです。



一般に演奏される曲はそれほど多くない

 確かに一般にパガニーニの曲のうちでよく演奏される曲と言えばヴァイオリン協奏曲の第1番と第2番、および24のカプリース、それにリストが編曲した「カンパネラ(原曲ヴァイオリン協奏曲第2番第3楽章)」、ラフマニノフが作曲した「パガニーニの主題による狂詩曲(原曲カプリース第24番)」といったところでしょう。




若い頃数年間ギターに没頭した

 パガニーニは1782年イタリアのジェノバで生まれ、5歳頃からヴァイオリンを始めたが、13歳ではもう学ぶことが無くなったといわれています。20歳を挟む数年間はギターに集中し、この時多数のギター曲や、ギターを含む作品を多数書いたようです。



ヨーロッパ全土にパガニーニ旋風

 パガニーニがヨーロッパ全土で有名になったのは1828年、つまりパガニーニが45歳になってからのようです。しかしパガニーニがヨーロッパの音楽界に登場すると、その評価や人気は異常なほどとなり、「パガニーニ旋風」を巻き起こしたようです。そしてリストやシューマン、ショパンなどの音楽家にも大きな影響を与えたと言われています。


    paganini-01.jpg



盛っている?

 当時話題になったヴァイオリストだけに、パガニーニに関してはいろいろな逸話が残されていて、超絶技巧を身に付けるために悪魔に魂を売ったとささやかれ、ステージでは観客がその足元ばがりみていたとか・・・・  自らの技巧が盗まれないようにオーケストラに配ったパート譜はコンサートが終わるとすべて回収して次の演奏会場に向かったとか・・・・  偽物のチケットが出回ったために、自らコンサート会場の入り口でチェックしたとか・・・・

 これらの多くは、おそらく尾ひれが付いた、最近の言葉では「盛った」話にはなっているのではないかと思いますが、当時の多くの人がパガニーニことを、この世の人とは思えない大変神秘的なヴァイオリストと思っていたのは確かなようです。



信じられないが水銀投与

 パガニーニは1840年、58歳で亡くなりますが、死因は治療のために用いられた水銀による中毒とされています。信じられないことですが、今日では有毒というより猛毒である水銀を、当時は梅毒の治療としてもちいられていました。この水銀中毒で亡くなった人は当時のヨーロッパでは大変多かったようです。

 
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