中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

ゴミ箱を探しても見つからない

 パソコンを買い換えた話をしましたが、いくらか慣れてきたかなと思っていたら、いつの間にかメールが送受信できなくなってしまった。どうやら消してはいけないデータをいつの間にか消してしまったようです。もちろん自覚はありません。ゴミ箱(もちろんパソコン内の)を探しても見つかりません。

 販売店の方に電話してみたら、パソコンを初期化して再セット・アップするしかないと言われました。再セット・アップとなれば店にまでパソコンを持ってゆかなければならないし、これまで苦労しいれたデータも消去されてしまう、おまけに有料(1万円弱)ということで、これはなるべくやりたくない。



なんと、パソコンが勝手に再セット・アップしてしまった!

 創に電話で相談したら、「年末に帰るから、その時なんとかしてあげる。それまで古いパソコン使っていて」
と力強い言葉。 創が帰るまであまりいじくらないようにすれば良かったのですが、ついつい気になっていろいろやっているうちに、スタート画面にロックがかかってしまった。それを解除しようとあれこれやっていたら、なんと、パソコンが勝手に再セット・アップしてしまった!

 おかげでメールは出来るようになったのですが、これまでに取り入れたデータは皆消去されてしまい、特にこのブログの管理者ページ(書き込むページ)が戻らなくなってしまった。最初はメールでこのパソコンに送れたのが、今度は送れない。ログインしようと思っても、パスワードが間違っていると出てしまう・・・・・・



子離れは遠い

 これまでパソコンの買い替えはすべて創に頼んでいたので、今回は何とか自力で使いこなそうと思ったのですが・・・・・・・    私の子離れにはまだちょっと時間がかかりそうです。

 コンサートも近いので、こんなことをしている場合ではないのですが・・・・  パガニーニの話に戻りましょう。
 


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パガニーニの6曲のヴァイオリン協奏曲と「ベニスの謝肉祭」などの管弦楽を含む曲が収められた8枚組のアルバム


最も人気があるのはやはりヴァイオリン協奏曲

 パガニーニの作品のうちで最も人気があり、演奏される機会が多いのは当然のことかも知れませんが、ヴァイオリン協奏曲でしょう。現在は6曲残されていますが、元々は12曲存在したとも言われています。

 6曲中「第1番ニ長調作品6」と「第2番ロ短調作品7(カンパネラ)」は生前に出版され、古くから演奏されていましたが、他の4曲は残されたソロ譜やパート譜、あるいは聴いた人の記憶などを基に再現された譜面となっています。3~6番が演奏されるようになったのは比較的最近のようですが、それほど頻繁に演奏されるわけではありません。



自らの技術が盗まれるのを恐れて出版しなかったとも言われているが

 これらの協奏曲はパガニーニのコンサートのメイン・デッシュとして演奏されたものですから、当時から人気が高かったもので、積極的に出版されてもよかったはずですが、パガニーニは自らの技術が盗まれるのを恐れて出版しなかったともいわれています。

 一般にはこのように言われている訳ですが、私自身としては総合的に考えてもっと別な理由もあるのではないかとも思います。もし本当に自らの技術を盗まれるのを嫌ったとしたら、作品1の「24のカプリース」など出版する訳はないと思います。



譜面上でも自らの超絶技巧をアピールしていた

 この「24のカプリース」は協奏曲以上に超絶技巧のかたまりのような作品で、むしろ自らの超絶技巧を譜面のうえでも誇示しているようにしか思えません。 そのステージ同様に譜面上でも自らの能力の高さをアピールしていたと考えられます。

 また後から述べるようにパガニーニは出版に消極的だったわけではなく、かなり積極的だったとも言えます。特にギターを含む作品についてはそう言えます。



採算面もあったのでは

 協奏曲を出版しなかった理由としては、まず協奏曲はパート数も多く、出版に手間とお金がかかります。もちろんそれだけの販売部数があれば採算は合うわけですが、協奏曲の譜面は個人ではあまり買う人は少なく、出版したとしてもそれほど利益は望めません。

 第一にパガニーニの協奏曲はパガニーニにしか演奏出来ないわけですから、出版してもあまり意味がない訳です。もちろん自分では演奏出来なくても手元に譜面を置いておきたいという愛好者や音楽家も少なからずいたでしょうが、おそらく当時から人気もあった「第1番」と「第2番」があればそれで十分だったのではないでしょうか。



ただエントランスをぶらぶらしていただけだったのかも

 「コンサートが終わるとパート譜を回収して、次の演奏会場に向かった」という話についても、これはある意味当然のこと、当時はどの音楽家もやっていたことではないかと思います。もちろんコピー機などない時代ですから、そのパート譜を持って次の会場に向かわなければそこで演奏は出来なくなります。

 「入り口で入場券をチェックしていた」という話も、案外、パガニーニがただ何となく受付付近にいただけだったのかも知れません。 普通にしていたことが、普通のことには思われないところに、パガニーニの特別なカリスマ性が表れているのでしょう。



他には「ベニスの謝肉祭」が有名

 パガニーニの協奏曲以外のヴァイオリンとオーケストラのための曲としては、「ベニスの謝肉祭」が有名で、タレガもこの主題をもとに変奏曲を作曲し、自らのリサイタルでよく演奏していました。
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