中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

ブログらしく


 もうそろそろお正月休みも終わってしまいますね。 私の場合年末年始はだいたい10日間ほど休みで、他の人よりは少し長いとは思いますが、終わってしまうのは、何かちょっと寂しい気もします。

 仕事といってもそんなにたいへんな仕事をしているわけでもなく、また休みと言っても特に何かしたり、どこかに出かけたりするわけでもなく。 

 結局、ギターを弾いたり、教材の手入れをしたり(ブログを書いたり)とかで過ぎてゆくわけで、仕事をしているのとあまり変わらないのですが、でも休みはうれしい感じがします。 子供の頃の名残なんでしょうか。

 さて、昨年は当ブログでQ&Aシリーズをやっていましたが、これからしばらくの間は、特に内容を絞らず思いついたことをとりとめもなく書いて行こうかと思います、もっともそれが本来のブログの意味合いなのでしょう。

 それでは、まず私がずっと前から気になっていた、この件から始めようと思います。







幻のレーズン菓子  <東鳩ガリバルディ>



1970年頃、下宿の近くの商店で

 私が大学の近くの下宿に住んでいた頃の話です。 その下宿の近くに食料品などを売っている個人商店がありました。 当時(1970年頃)はまだコンビニはなく、スーパーはありましたが、とりあえずちょっとしたものを買う時にはこの個人商店が便利でした。

 品揃え豊富とはゆきませんが、食糧品、からお菓子、日用雑貨と、いろいろなものが少しずつおいてありました。 確かに現在のコンビニに近いところもありますが、雰囲気などはまるで違います。 




下宿って?

  ・・・・ところで、この「下宿」の意味が分からない人もいるかも知れませんので、若干説明しておきましょう。 当時、学生などが部屋を借りる場合、部屋だけの場合と、食事付の場合がありました。 その「食事付」の場合を「下宿」と呼んでいたわけです。 

 もともとは大家さんの住居の1室を借り、家族同様に食事などの世話をしてもらうことだったのでしょうが、だんだんにはアパートのような集合住宅でも食事付と言う場合は「下宿」と呼ばれました。 ・・・・すでに死語になっていると思いますが。




あれば必ず買っていた

 ちょっと道草になってしまいましたが、そういったわけで、私の場合は、特に食料品などを買うことはあまりなく、その商店ではお菓子などを買っていました。 そのお菓子の中では特に東鳩の「ガリバリディ」というレーズン菓子が好きで、店にあれば必ず買って帰りました。

 何といっても小さな個人商店なので、そのお菓子がいつも置いてあるとは限らず、ない時も多かったのですが、その店でにこのお菓子があると、とても嬉しくなりました。





スティック状のレーズン菓子

 何といってももう40年前の話ですから、記憶もはっきりとはしませんが、確かスティック状で、レーズンは多め、甘さは自然な程度で、何といってもレーズンがやや焦げていて、かなり素朴な感じでした。

レーズンビスケット
ひどい絵だが、確かこんな感じ。 焦げ気味のレーズンが特徴で、かなりワイルドな感じ


 お菓子のジャンルとしては何でしょうか、パイのような感じもしますが、ビスケットかクッキー、たぶんクッキーなのでしょう。 いずれにしてもそのややワイルドな食感と、甘さ加減、特にレーズンの焦げた感じが私にはぴったりだったようです。





ガリバルディはイタリアの西郷隆盛?

 ところで、ご存じの方はご存じ(当たり前だが)とは思いますが、「ガリバルディ」というのは人名で、本名ジュゼッペ・ガリバルディ(1807~1882)、イタリア建国の英雄だそうです。 イタリア建国といえば、確か19世紀の半ば頃で、日本では幕末、つまり日本でいえば西郷隆盛、ようするにイタリアの西郷さんといったところでしょう。

 そのガリバルディの軍隊で携帯食としてレーズン入りの堅パン用いられ、以来、レーズン入りのお菓子を「ガリバルディ」と呼ぶようになったそうです。 

 Giuseppe_Garibaldi_portrait2.jpg
ジュゼッペ・ガリバルディ  イタリア建国の英雄らしい。 日本でいえば西郷隆盛か、坂本竜馬といったところか

 こうしたことは丁寧にお菓子のパッケージに書いてありましたが、ちょうどその頃イタリア史の本を読んでいて、そういった意味でもこのお菓子にとても親近感をもちました。 私がガリバルディの名前を最初に知ったのは本の方だったか、お菓子だったか記憶が定かでありません。





しばらくすると、店で見かけなくなってしまった

 私がその下宿に住んでいた時期は1969~1971年で、私がこのガリバルディを食べていたのはこの時期に間違いありません。 しかしその下宿を引っ越す少し前くらいからこのお菓子が店で見かけなくなることが多くなりました。

 1972年には別のところに引っ越したので、その商店にも行くことがなくなり、お菓子はスーパーなどで買うようになったのですが、そのスーパーではいくら探しても、残念ながらこのガリバルディを見つけることが出来ませんでした。





代わりに登場したのが「オールレーズン」

 その代わりにそのスーパーで良く見かけるようになったのが、ご存じ「東鳩オール・レーズン」。 周知のとおりこのお菓子はその後多くの人に愛され、東鳩のヒット商品の一つとなっています。 

 やむを得ずその後は、このオール・レーズンを食べたりしていたのですが、このオール・レーズン、決して嫌いではないのですが、やはりあのガリバルディとは比較になリません。 いずれは復活するのではと淡い期待をしつつも、すでに40余年・・・・・・・・

オール~1
東鳩のオールレーズン。  40年以上の歴史を誇る人気商品だが、その誕生の裏には語ることの出来ない㊙事情があった ・・・・・・・・かも知れない。  





消し去りたい過去?

 この記事を書くにあたって、ネットで調べても東鳩が、かつてガリバリディというお菓子を発売していたと言うことは全く出てきません。

 その代わりにイギリスで「ガリバルディ」という名のお菓子が発売されていることが記載されてあって、写真もありました。 それを見た感じでは、確かに私がかつて食べたガリバルディに少し近い感じがします。

 しかしそれにしてもかつて東鳩製菓がガリバルディという商品を出していたということはどこかに書いてあっても良いはず。

 オールレーズンの説明にも「イタリアやイギリスなどで食べられている『ガリバルディ』というレーズン入りのお菓子を参考に商品開発をした」といったことは書いてあるのですが、 ガリバルディという名で商品を出していたことは全く書いていない・・・・・

 もしかしたら、ガリバルディという商品を出していたことは、東鳩としては消したい過去なのか?  それとも私の記憶違い、あるいは幻だったのか?

  いやあった、 確かに、 ガリバルディと言うレーズン菓子が、 私は間違いなく食べた! そしてその味を今でも覚えている!





売れなかったのか、ネーミングに問題があったのか?

 ネットによれば、オール・レーズンの発売は1972年だそうで、確かにつじつまが合う、前述のとおり私がガリバリディを食べていたのが1969~1971年で、店からガリバリディが消えて、その代わりにオールレーズンが置かれるようになったのが1972年。

 東鳩ガリバルディはオールレーズンの前身だったのは間違いない。 何らかの理由ででガリバルディはオールレーズンに取って代わられたわけだが、 売れ行きが良くなかったのだろうか、それともネーミング?

  確かにネーミングの問題はあるかも知れません。  ガリバルディと言う名称は一般名詞で、なおかつ実際にイギリスでその名前のお菓子発売されている。 そういったことが問題になって名称を変更し、そのついでに製法も若干変えたとも考えられます。

 確かにオールレーズンはガリバリディに比べてハイセンスで、上品なお菓子と変貌し、その後多くの人に受け入れられるロングラン、ヒット商品なったわけですから、ネーミングも商品開発も成功したと言えるでしょう。




でも、あの味にもう一度出会いたい

 でもやはりあの1970年頃のガリバルディにもう一度出会いたい。 それにしても私のあの記憶はいったい何だったのだろう?  ただの幻だと言うのか?  それとも記憶回路の誤作動であるのか? 


 ・・・・・それにしても東鳩ガリバルディというお菓子のことを記憶している人って、私以外にいるのかな?

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