中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。

プログラムの作り方 10

<セゴヴィアのプログラム 3>




         第Ⅰ部
ヴァイス : アダージョ、 アレグレット
フレスコヴァルディ : アリアと変奏
バッハ : プレリュード、 フーガ、 ガヴォット
スカルラッティ : ソナタイ長調
ハイドン : アンダンテ、 アレグレット


         第Ⅱ部
テデスコ : 「プラテーロと私」より
   プラテーロ
   メランコリア
   かえり道
   ロンサール
   子守唄
   春

         第Ⅲ部
ポンセ : 南のソナチネ
トゥリーナ : ファンダンギーリョ
アルベニス : グラナダ、 セビーリャ

   *1980年7月17日 新宿文化センター




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セゴヴィア87才の来日、 全盛期と変わらぬ充実したプロ

 セゴヴィアは1980年に3度目の来日をしていますが、この時、東京、大阪、、札幌、名古屋など5回のリサイタルを行っています。 私はそのうち東京の新宿文化センターでのリサイタルを聴きに行き、上はその時のプログラム(Aプロ)です。 残念ながらアンコール曲などは思い出せません(記録も見当たらない)。

 セゴヴィア87才での来日、及びリサイタルですが、プログラムのほうは若い頃に比べ、質、量ともに減ずることなどなく、非常に充実したものであることがわかると思います。

 ちなみに、Bプロの方はド・ヴィゼー、メンデルゾーン、グリーグ、チャイコフスキー、ヴィラ・ロボス、タンスマン、タレガ、アセンシオ、エスプラ、グラナドス、アルベニスの作品で構成されていました。




詳しくは当日になってみないとわからない

  セゴヴィアの場合は事前に主催者などに詳しいプログラム内容を伝えないようで、例えば「ヴァイスのアダージョとアレグレット」と言っても具体的にどの曲かは当日になってみないとわからないことがよくあるようです。

 この日実際に演奏されたのは、「アダージョ」は 「ロジー伯のトンボー」で、「アレグレット」の方はポンセ作曲の「前奏曲ホ長調」でした。 このポンセの「前奏曲」はセゴヴィアが”ヴァイス”作曲として発表した曲です。 この時点(1980年)ではすでに一般にポンセの作品として浸透していましたが、セゴヴィアは終生この曲を”ヴァイス作曲”として演奏していました。

 バッハの 「プレリュード」はチェロ組曲第1番、 「フーガ」は無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番、 「ガヴォット」は無伴奏チェロ組曲第6番からでした。

 ハイドンの「アンダンテ」はタレガ編のニ短調のもの、 「アレグレット」は交響曲第96番「奇跡」のメヌエット(セゴヴィア編)でした。 また「南のソナチネ」の第2楽章は本来のものではなく、「ソナタ第3番」の第2楽章を演奏していました(セゴヴィアはよくこの形で演奏する)。




プログラム構成

 プログラム構成を見ると、おおまかには、前回の1955年のものとほぼ同じ構成で、ほぼ時代順に作品が並び、最後に スペインものとなっています。 ポンセの「南のソナチネ」は”スペインもの”扱いなのでしょう。 Bプロもほぼ同じような構成で、セゴヴィアのプログラム構成を図式化すると、このようになるでしょう。


  ルネサンス、バロック  ⇒  古典、ロマン派  ⇒  近、現代  ⇒  スペイン


 セゴヴィアはこうした形で50年以上にわたりリサイタルを行っていましたが、前述のとおりこれは多くのギタリストに影響を与えました。



拍手が凄かった

 このリサイタルを聴いた感想などは以前にも書きましたが、まず何といってもセゴヴィアがステージそでから現れた時の観衆の拍手が凄かった記憶があります。 もうセゴヴィアを生で聴くことはないだろうと多くの人が思っていたでしょうし、またギター史上の大ギタリストを目の前にしているといった興奮がその拍手に表れていたのでしょう。



もっと小さな会場で聴きたかった?

 若干 ”にわかギター・ファン” も含まれているとも思われますが、当然の満席状態で、ほとんど空席はみあたりませんでした。 会場のキャパが1000人以上といったこともありますが、拍手の音が非常に大きかった分、演奏を始めたセゴヴィアの音はかなり小さく聴こえました。

 出来れば数百人程度のホールで聴きたかったところですが、そういった会場でセゴヴィアを聴くのはあまりにもぜいたくなことなのかも知れません。



ハイドンの「メヌエット」が最も記憶に残っている

 セゴヴィアの演奏は、確かに細かい部分ではコントロールが完全でないところがあったとしても、もちろん大きく内容を損なうようなことは全くなく、特に主旋律などは美しく歌わせていたのが印象に残っています。 当然のことながら、ある意味勢いに任せて弾いていた若い頃とは全く違った音楽へのアプローチです。

 「セヴィーリャ」などでは、以前とアレンジが変わり、原曲に比較的忠実になっているのも印象に残っています。 曲目としてはハイドンの「メヌエット」が最も記憶に残っています。 相変わらずの音の美しさ、躍動感には感動しました。



メイン・デッシュにはあまり興味がなかった?

 テデスコの「プラテーロと私」からの6曲は、これのみで1ステージとなっているわけですから、これがこのプログラムの ”メイン・デッシュ” であるのは間違いありません。

 でも今となってはその演奏を聴いた印象が思い出せません。 以前に、「この 『プラテーロと私』がセゴヴィアの録音の中で最も素晴らしいもの」 と言っていた私ですが、この時点ではこの曲にあまり興味がなかったのでしょうか。






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