中村俊三 ブログ

中村ギター教室内のレッスン内容や、イベント、また、音楽の雑学などを書いていきます。


 今日、ギター文化館で村治奏一君のリサイタルを聴きました。 奏一君の演奏はCDなどでは聴いていますが、コンサートとしては7、8年ぶりだと思います。奏一君の経歴や、今日の詳しいプログラムなどはどこかに書いてあると思いますので省略しますが、今日の演奏を聴いた率直な感想としては私の期待値をはるかに超えたものでした。

 最初に演奏したコストの「カチュチャによるカプリスOp.13」は、たいへんクリアーな音で、音楽もクリアーに、曲の内容もよくわかるように演奏していました。

 ソルの幻想曲作品30が始まった時、プログラムは見ていたはずなのですが、いったい何の曲が始まったのかわかりませんでいた。というのも「ミ」の音の連打が一般的なものと違うアクセントで始まったからです。しばらくするうちに意図的なものであることがわかりましたが、確かに非常に印象的な出だしでした。この曲は古典派とロマン派の両方の特徴を持つ曲で、技術的にも難しい曲ですが、感性と音楽の構築性、あるいは古典的な語法の習得など、いろいろなことが演奏者に要求される曲です。主部はソナタ形式で出来ていますが、ソルの初期の作品とはかなり違い、すぐにはそれとわかりにくいようになっています。なんといっても大きな流れで曲を構成して行かなければならない曲ではないかと思います。奏一君の技術や、感性の人並み優れていることは前から十分わかっていたことですが、こうした曲の構成力といった点でもたいへん優れた力を発揮していたと思います。

 3曲目に「アルハンブラの想い出」を弾きましたが、久々にこの曲を真剣に聴いてしまいました。トレモロの音がきれいに粒が揃っているとか、伴奏部のアクセントがタルレガの指示どおりに弾かれているなどということは、あえて言う必要もないでしょうが、奏一君の演奏が美しい理由の一つに、トレモロが単なる音の連打ではなく、はっきりとメロディ、すなわち「歌」になっている点だと思います。

 4曲目のレゴンディの「カプリース」ようなヴィルトーゾ的な曲はもともと奏一君の得意なレパートリーで、今日もそれを十分に発揮していたと思いますが、かつてと違う点はこの日はそれが十分にコントロールされた中で行っているといった点だと思います。

 後半のプログラムは「スマートでかっこいいニューヨーカー」といった奏一君のもう一つの面を出したプログラムで、こうした曲をこれほどかっこよく、ハイセンスに弾ける人はいないと感じました。この日も会場は超満員でしたが、もっともっと人気が出てよいギタリストだと思いました。またどのように派手なパフォーマンスをしても、あくまで爽やかで、エレガンスさが失われません。こうしたものはやはり「もって生まれたもの」としか言いようはないのでしょう。「ギター界の貴公子」などというとマネージメントのキャッチフレーズみたいですが、そんな言葉の最も似合うギタリストでしょう。

 些細なことかも知れませんが、音程のよいことでも驚きました。一昨日私も同じ場所で弾いていて、チューニグに苦労した話はしましたが、決してチューニングの簡単な場所ではないはずですが、音程の不安定なところなど微塵も見せませんでした。ヴァイオリストなどと違って、ギタリストは普通あまり音程のことは話題にはならないのですが、ギタリストの音程はたいへん大事なものだと思います。

 久々に奏一君の演奏を聴いて、私に期待値をはるかに超えるものだったことは前述のとおりですが、「早熟の天才」と思われていた奏一君ですが、その後着実に研鑽に励みしっかりと実力を蓄えたことには私自身少々熱いものを感じました。奏一君には「早熟の天才」ではなく「大器晩成」であることを願っています。

 また、久々に奏一君のご両親(もちろん村治佳織さんのご両親でもあるのですが)ともお話が出来、とても楽しい一日でした。
 
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